特許第6355736号(P6355736)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人大阪大学の特許一覧

特許6355736変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法
<>
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000007
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000008
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000009
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000010
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000011
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000012
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000013
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000014
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000015
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000016
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000017
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000018
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000019
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000020
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000021
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000022
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000023
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000024
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000025
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000026
  • 特許6355736-変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法 図000027
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6355736
(24)【登録日】2018年6月22日
(45)【発行日】2018年7月11日
(54)【発明の名称】変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、及びそれを用いた多能性を有する幹細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/33 20060101AFI20180702BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20180702BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20180702BHJP
【FI】
   C07K14/33ZNA
   C12N5/0735
   C12N5/10
【請求項の数】14
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2016-529687(P2016-529687)
(86)(22)【出願日】2015年6月29日
(86)【国際出願番号】JP2015068715
(87)【国際公開番号】WO2015199243
(87)【国際公開日】20151230
【審査請求日】2016年12月6日
(31)【優先権主張番号】特願2014-133364(P2014-133364)
(32)【優先日】2014年6月27日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、再生医療の産業化に向けた細胞製造・加工システムの開発事業「ヒト多能性幹細胞由来の再生医療製品製造システムの開発、ヒト間葉系細胞由来の再生医療製品製造システムの開発」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】特許業務法人池内・佐藤アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】紀ノ岡 正博
(72)【発明者】
【氏名】金 美海
(72)【発明者】
【氏名】藤永 由佳子
(72)【発明者】
【氏名】菅原 庸
【審査官】 市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】 特許第6112514(JP,B2)
【文献】 国際公開第2014/087849(WO,A1)
【文献】 特表2007−511609(JP,A)
【文献】 特開2008−169166(JP,A)
【文献】 医科学応用研究財団研究報告 2009,2011年 2月,Vol.28,pp.298-301
【文献】 J. Cell Biol.,2010年,Vol.189, No.4,pp.691-700
【文献】 Science,2014年 6月20日,Vol.344, Issue 6190,pp.1405-1410
【文献】 再生医療,2015年 2月 1日,Vol.14, suppl 2015,p326,P-02-026
【文献】 PLOS ONE,2014年10月,Volume 9, Issue 10,e111170
【文献】 J. Biol. Chem.,2013年,Vol.288, No.49,pp.35617-35625
【文献】 PLOS Pathogens,2013年,Vol.9, Issue10,e1003690
【文献】 Biochem. Biophys. Res. Commun.,2014年,Vol.446,pp.568-573
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00−19/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質であって、
前記複合体タンパク質は、
B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含むか、B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA1、HA2及びHA3を含み、
E−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有し、かつ、
糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異し、
前記糖鎖結合部位を構成するアミノ酸は、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の264番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の286番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記HA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸からなる群から選択される変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質。
【請求項2】
B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質であって、
前記複合体タンパク質は、サブコンポーネントHA1、HA2及びHA3によって形成され、
前記サブコンポーネントHA1の野生型のアミノ酸配列の286番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記サブコンポーネントHA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸の一方のアミノ酸又は双方のアミノ酸が変異した、変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質。
【請求項3】
前記サブコンポーネントHA1のC末端にタグが結合している、請求項1又は2に記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質。
【請求項4】
多能性(pluripotency)を有する幹細胞の培養方法であって、請求項1からのいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む、方法。
【請求項5】
前記細胞培養は、接着培養又は浮遊培養である、請求項記載の方法。
【請求項6】
多能性(pluripotency)を有する幹細胞の培養中に発生した又は発生しうる未分化状態を脱した細胞を除去する方法であって、請求項1からのいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む、方法。
【請求項7】
多能性(pluripotency)を有する幹細胞の未分化状態を維持する方法であって、請求項1からのいずれかに記載の変異型HA複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む、方法。
【請求項8】
ヒト由来のiPS細胞の培養方法であって、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で前記iPS細胞を浮遊培養することを含む、方法。
【請求項9】
前記iPS細胞の細胞集塊をボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で浮遊培養することによって、前記細胞集塊を小塊に分割すること、及び
前記小塊を浮遊培養して新たな細胞集塊を形成させることを含み、
前記細胞集塊の形成を、前記細胞集塊の分割と同じ培地内で行う、請求項記載の方法。
【請求項10】
ヒト由来のiPS細胞の細胞集塊の分割方法であって、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で前記iPS細胞を浮遊培養することを含む、方法。
【請求項11】
前記ボツリヌス菌由来のへマグルチンは、エンドサイトーシスによって取り込まれる、請求項から10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンは、A型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン及びB型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンからなる群から選択される、請求項から11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
多能性を有する幹細胞用の培地成分と、請求項1からのいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質とを含
請求項4から11のいずれかに記載の方法に用いるための、キット。
【請求項14】
ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質を含む組成物であって、
前記複合体タンパク質は、
ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含むか、又はボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA1、HA2及びHA3を含み、
E−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有し、かつ、
糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した、変異型ヘマグルチニン複合タンパク質であり、
前記ボツリヌス菌は、A型ボツリヌス菌又はB型ボツリヌス菌であり、
前記糖鎖結合部位を構成するアミノ酸は、
A型ボツリヌス菌の場合、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の263番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の285番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記HA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸からなる群から選択され、
B型ボツリヌス菌の場合、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の264番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の286番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記HA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸からなる群から選択され、
多能性(pluripotency)を有する幹細胞の培養中に発生した又は発生しうる未分化状態を脱した細胞を除去するために用いる、又はヒト由来のiPS細胞を浮遊培養するために用いる、組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質、多能性を有する幹細胞の培養方法、多能性を有する幹細胞の培養中に発生した又は発生しうる未分化状態を脱した細胞を除去する方法、多能性を有する幹細胞の未分化状態を維持する方法、iPS細胞の培養方法、iPS細胞の細胞集塊の分割方法、及び、これらの方法に使用するキットに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトiPS細胞などの多能性幹細胞を大量培養する際には、一連の増幅培養(継代培養)の繰り返しにより多くの未分化な細胞を調製する。この一連の培養において、未分化状態から逸脱した細胞“未分化逸脱細胞”が偶発的に発生することが知られている。
【0003】
この未分化逸脱細胞は、未分化細胞とほぼ同等の分裂能力を有し、かつ、未分化細胞から未分化逸脱細胞への転換を誘発することが知られている。すなわち、未分化逸脱細胞が発生すると、その増殖速度は未分化細胞のそれを上回り、未分化細胞の増殖が抑制される。
【0004】
未分化逸脱細胞の発生は、熟練してない培養操作者による培養で多く観察される。また、コロニーサイズの過大や、コロニー同士の合一が発生の一因であると知られている。よって、低コンフルエントでの継代、播種時の均一性維持により、未分化逸脱細胞の発生頻度をある程度下げることができる。また、近年の開発された培地によっても、未分化逸脱細胞の発生頻度がある程度抑制されている。しかしながら、それでも未分化逸脱細胞は偶発的に発生し、発生した場合には、未分化逸脱細胞を含むコロニーを除去することが未だ必須である。
【0005】
未分化逸脱細胞を含むコロニーは、未分化状態を維持するため、継代時に顕微鏡下のピペッティング作業により丁寧に除去される。このようなコロニー除去の手技を模した装置、例えば、観察装置とロボットハンドリングによるピペッティングを組み合せた装置も開発されている。
【0006】
また、特許文献1には、iPS細胞等の多能性幹細胞の未分化を維持しつつ増殖させるために、アクチビン存在下で多能性幹細胞を培養することを開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−143229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したとおり、ヒトiPS細胞等の多能性幹細胞の継代培養では、脱未分化現象を引き起こしやすく、未分化維持が困難で、数回の継代後には多くのiPS細胞コロニーが脱未分化現象を引き起こし、未分化状態を脱した細胞を含むコロニーとなりうる。よって、丁寧な培養、及び、丁寧なコロニーの選別という煩雑な操作が不可欠となる。幹細胞産業を促進する点からも、煩雑な操作が少なく、熟練者でなくても可能な、多能性幹細胞の未分化維持方法が望まれている。
【0009】
また、ヒトiPS細胞等の多能性幹細胞は、再生医療や創薬研究への実用化の点から、高品質の細胞を安定に大量供給することが望まれている。このため、近年、浮遊培養による培養が試みられているが、細胞塊の分割時に細胞にダメージを与えること等が問題となっている。このため、ヒトiPS細胞等の多能性幹細胞を簡便に効率よく大量培養可能な方法が望まれている。
【0010】
ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン(HA)は、ボツリヌス神経毒素複合体の成分である。近年、このHAが、細胞接着分子であるE−カドヘリンに特異的に結合し、それによって腸管上皮細胞の細胞間バリアを破壊するという分子機構を有することが発見された。このHAが有する分子機構を用いて、多能性(“pluripotency”以下同様)を有する幹細胞の培養中のコロニーに発生する「未分化状態を脱した細胞」を除去することが本発明者らによって試みられている。
【0011】
本開示は、一態様において、多能性を有する幹細胞の培養中のコロニーに発生する「未分化状態を脱した細胞」を除去可能な新たなヘマグルチニンを提供する。
【0012】
本開示は、一態様において、へマグルチンニンを用いた、多能性を有する幹細胞の新たな培養方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示は、一態様において、B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質であって、前記複合体タンパク質は、B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した、変異型ヘマグルチニン複合タンパク質に関する。
【0014】
本開示は、一態様において、B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質であって、前記複合体タンパク質は、サブコンポーネントHA1、HA2及びHA3によって形成され、前記サブコンポーネントHA1の野生型のアミノ酸配列の264番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、前記サブコンポーネントHA1の野生型のアミノ酸配列の286番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記サブコンポーネントHA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸の一方のアミノ酸又は双方のアミノ酸が変異した変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質に関する。
【0015】
本開示は、一態様において、多能性を有する幹細胞の培養方法であって、本開示の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む方法に関する。
【0016】
本開示は、一態様において、多能性を有する幹細胞の培養中に発生した又は発生しうる未分化状態を脱した細胞を除去する方法であって、本開示の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む方法に関する。
【0017】
本開示は、一態様において、ヒト由来のiPS細胞の培養方法であって、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で前記iPS細胞を浮遊培養することを含む方法に関する。
【0018】
本開示は、一態様において、ヒト由来のiPS細胞の細胞集塊の分割方法であって、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で前記iPS細胞を浮遊培養することを含む方法に関する。
【発明の効果】
【0019】
本開示によれば、一態様において、多能性を有する幹細胞の培養中のコロニーに発生する「未分化状態を脱した細胞」を除去できるという効果が奏されうる。
【0020】
本開示によれば、一態様において、多能性を有する幹細胞を、簡便に効率よく大量培養できるという効果が奏されうる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、B型野生型HA複合体をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例2)。
図2図2は、B型変異型HA複合体1(HA1 N286A)をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例2)。
図3図3は、B型変異型HA複合体2(HA3 R528A)をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例2)。
図4図4は、B型変異型HA複合体3(HA1 N286A/HA3 R528A)をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例2)。
図5図5は、B型変異型HA複合体4(HA3 K607A)をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(比較例1)。
図6図6は、B型野生型HA複合体1をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例3)。
図7図7は、B型野生型HA複合体2をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例3)。
図8図8は、B型野生型HA複合体3をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例3)。
図9図9は、B型野生型HA複合体4をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例3)。
図10図10は、B型野生型HA複合体5をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例3)。
図11図11は、浮遊培養においてB型野生型及びB型変異型HA複合体を添加したときのiPS細胞の細胞集塊の顕微鏡観察写真の一例である(300cells/well、実施例4)。
図12図12は、浮遊培養においてB型野生型及びB型変異型HA複合体を添加したときのiPS細胞の細胞集塊の顕微鏡観察写真の一例である(500cells/well、実施例4)。
図13図13は、浮遊培養においてB型野生型HA複合体の種々の添加時間(6、12、18及び24時間)における、iPS細胞の細胞集塊の顕微鏡観察写真の一例である(実施例5)。
図14図14は、実施例6で行った実験の流れを説明する図である。
図15図15は、実施例6における培養日数と生細胞濃度との関係を示すグラフの一例を示す。
図16図16は、実施例7で行った実験の流れを説明する図である。
図17図17は、実施例7における培養日数と生細胞濃度との関係を示すグラフの一例を示す。
図18図18は、A型変異型HA複合体2(HA3 R528A)をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例7)。
図19図19は、A型変異型HA複合体3(HA1 N285A/HA3 R528A)をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(実施例7)。
図20図20は、A型変異型HA複合体4(HA3 K607A)をday3に添加したときのiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である(比較例3)。
図21図21は、コントロール(HA無添加)のiPS細胞のコロニーの顕微鏡観察写真の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンは、HA1(33K、HA−33)、HA2(17K、HA−17)及びHA3(70K、HA−70)の3つのサブコンポーネントから構成される複合体であることが知られている。中でもB型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンは、サブコンポーネントHA1、HA2及びHA3が2:1:1の割合で12量体の複合体を形成している。また、B型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンは、E−カドヘリンと結合してE−カドヘリンを介した細胞間接着を阻害すること、及びHA2とHA3の複合体であってもE−カドヘリン結合活性が得られることが知られている。
【0023】
本開示は、一態様において、B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、E−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有し、かつ、糖鎖認識部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つを変異させたヘマグルチニン(変異型ヘマグルチニン)であれば、多能性を有する幹細胞の培養中のコロニー内に発生した及び/又は発生する未分化状態を脱した細胞(以下、「未分化逸脱細胞」ともいう)の細胞間接着を選択的に阻害することができ、さらには未分化逸脱細胞を選択的に除去できるという知見に基づく。
【0024】
また、本開示は、一態様において、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で、多能性を有する幹細胞を浮遊培養すると、ヒトiPS細胞のようにデリケートな細胞であっても、細胞集塊を容易に効率よく小塊に分割でき、さらには小塊から新たな細胞集塊を形成させることができる、との知見に基づく。
【0025】
また、本開示は、一態様において、A型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、E−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有し、かつ、糖鎖認識部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つを変異させたヘマグルチニン(A型変異型ヘマグルチニン)は、B型野生型ヘマグルチニンと比較して、未分化逸脱細胞を効率よく除去できる、との知見に基づく。
【0026】
[多能性を有する幹細胞]
本開示において、多能性を有する幹細胞は、限定されない一又は複数の実施形態において、ヒト多能性(pluripotent)幹細胞である。本開示において、ヒト多能性幹細胞は、限定されない一又は複数の実施形態において、ヒトiPS細胞又はヒトES細胞である。
【0027】
[未分化状態を脱した細胞(未分化逸脱細胞)]
本開示において未分化状態を脱した細胞(未分化逸脱細胞)とは、限定されない一又は複数の実施形態において、細胞の形態が未分化状態の細胞のそれとは異なり、判別可能である。未分化逸脱細胞となったことは、限定されない一又は複数の実施形態において、未分化マーカーの消失で確認できる。未分化マーカーは、限定されない一又は複数の実施形態において、Oct3/4、Nanog、SSEA−4、TRA−1−60である。
【0028】
[変異型ヘマグルチニン(HA)複合体タンパク質]
本開示は、一又は複数の実施形態において、B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質(以下、「本開示の変異型HA複合体タンパク質」ともいう)に関する。本開示の変異型HA複合体タンパク質は、B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した変異型ヘマグルチニン複合タンパク質である。本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、E−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有し、かつ、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した変異型ヘマグルチニン複合タンパク質である。また、本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、E−カドヘリン結合活性を有し、かつ、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した変異型ヘマグルチニン複合タンパク質である。また、本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、E−カドヘリン機能阻害活性を有し、かつ、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した変異型ヘマグルチニン複合タンパク質である。
【0029】
本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、多能性を有する幹細胞の培養中に、コロニー内に発生した及び/又は発生する未分化逸脱細胞の細胞間接着を阻害することができるという効果を奏しうる。本開示の変異型HA複合体タンパク質は、好ましくはコロニーから未分化逸脱細胞を除去することができ、また、多能性を有する幹細胞の培養において構成されるコロニーを未分化状態に維持できる(未分化状態が維持された多能性を有する幹細胞で構成されたコロニーを形成し続けることができる)という効果を奏しうる。
【0030】
本開示の変異型HA複合体タンパク質は、B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA1をさらに含んでいてもよい。本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、HA2及びHA3の2成分で構成される複合体であり、より効率よく細胞間接着を阻害し、未分化逸脱細胞をより効率的に除去できる観点から、HA1、HA2及びHA3の3成分で構成される複合体である。
【0031】
本開示の変異型HA複合体タンパク質は、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異している。本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、B型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンにおける糖鎖結合活性の少なくとも一部又は全部を欠損させた変異型ヘマグルチニン複合タンパク質ともいうことができる。本発明者らは、B型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンにおける糖鎖結合部位を構成するアミノ酸として、HA1のアミノ酸配列(配列番号1)の286番目のアスパラギン及びHA3のアミノ酸配列(配列番号3)の528番目のアルギニン等を見出している。また、その他のアミノ酸としては、HA1のアミノ酸配列(配列番号1)の264番目のアスパラギン等が知られている(例えば、KwangKook Lee et al, Biochem Biophys Res Commun 2014 Apr 4, Vol 446, Issue 2, pp.568-573等)。本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、これらのアミノ酸又はこれらのアミノ酸に相当するアミノ酸が変異されており、コロニーから効率よく未分化逸脱細胞を除去できる点からは、HA3のアミノ酸配列(配列番号3)の528番目のアルギニン又はそれに相当するアミノ酸が変異されていることが好ましく、より好ましくはHA3のアミノ酸配列(配列番号3)の528番目のアルギニン又はそれに相当するアミノ酸と、HA1のアミノ酸配列(配列番号1)の286番目のアスパラギン又はそれに相当するアミノ酸とが変異されている。本開示において「これらのアミノ酸に相当するアミノ酸」とは、上記した糖鎖結合部位を構成する野生型のアミノ酸と立体構造上同等な位置のアミノ酸をいう。本開示におけるアミノ酸の変異は、一又は複数の実施形態において、糖鎖を認識しないアミノ酸への置換を含み、好ましくはアラニンへの置換を含む。
【0032】
本開示の変異型HA複合体タンパク質は、B型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンにおけるE−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有している。すなわち、本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、E−カドヘリン結合活性を有している。したがって、本開示は、その他の態様において、B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、E−カドヘリン結合活性を有し、かつ、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した、B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質に関する。E−カドヘリン結合部位としては、B型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンと同様にE−カドヘリン結合活性を有するA型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンにおけるE−カドヘリン結合部位が解析されている(例えば、KwangKook Lee et al, Science 2014 Jun 20, Vol.344, no. 6190 pp.1405-1410等)。
【0033】
本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA3として、HA3の野生型(野生型HA3)のアミノ酸配列(配列番号3)において528番目のアルギニン又はそれに相当するアミノ酸が変異したアミノ酸配列の一部又は全部を含む。
【0034】
本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA2として、HA2の野生型(野生型HA2)のアミノ酸配列(配列番号2)の一部又は全部を含む。
【0035】
本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA1として、HA1の野生型(野生型HA1)のアミノ酸配列(配列番号1)において、264番目のアスパラギン若しくはそれに相当するアミノ酸、及び/又は286番目のアスパラギン若しくはそれに相当するアミノ酸が変異したアミノ酸配列の一部又は全部を含む。
【0036】
本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA1、HA2及びHA3によって形成され、前記サブコンポーネントHA1の野生型のアミノ酸配列の286番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記サブコンポーネントHA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸の一方のアミノ酸又は双方のアミノ酸が変異した変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質である。
【0037】
本開示の変異型HA複合体タンパク質の第1の実施形態として、野生型HA1のアミノ酸配列(配列番号1)において264番目のアスパラギン及び/又は286番目のアスパラギンが変異したHA1(変異型HA1)、野生型HA2及び野生型HA3を含む変異型HA複合体(変異型HA複合体1)が挙げられる。変異型HA複合体1の一又は複数の実施形態において、変異型HA複合体1に含まれるサブコンポーネントHA1の少なくとも1つが変異型HA1であればよく、全てのHA1が変異型HA1であることが好ましい。
【0038】
本開示の変異型HA複合体タンパク質の第2の実施形態として、野生型HA1、野生型HA2、及び、野生型HA3のアミノ酸配列(配列番号3)において528番目のアルギニン又はそれに相当するアミノ酸が変異したHA3(変異型HA3)を含む変異型HA複合体(変異型HA複合体2)が挙げられる。変異型HA複合体2の一又は複数の実施形態において、変異型HA複合体2に含まれるサブコンポーネントHA3の少なくとも1つが変異型HA3であればよく、全てのHA3が変異型HA3であることが好ましい。
【0039】
本開示の変異型HA複合体タンパク質の第3の実施形態として、変異型HA1、野生型HA2及び変異型HA3を含む変異型HA複合体(変異型HA複合体3)が挙げられ、より効率よく細胞間接着を阻害し、未分化逸脱細胞をより効率的に除去する観点から、好ましくは野生型HA1のアミノ酸配列(配列番号1)において286番目のアスパラギンがアラニンに変異したHA1(配列番号4)、野生型HA2(配列番号2)、及び野生型HA3のアミノ酸配列(配列番号3)において528番目のアルギニンがアラニンに変異したHA3(配列番号5)が挙げられる。変異型HA複合体3の一又は複数の実施形態において、変異型HA複合体3に含まれるサブコンポーネントHA1の少なくとも1つが変異型HA1であればよく、全てのHA1が変異型HA1であることが好ましい。また、変異型HA複合体3に含まれるサブコンポーネントHA3の少なくとも1つが変異型HA3であればよく、全てのHA3が変異型HA3であることが好ましい。
【0040】
本開示の変異型複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA1のC末端にタグが結合していてもよい。C末端に結合するタグとしては、一又は複数の実施形態において、FLAGタグ、D4タグ(DDDD、配列番号15)等が挙げられる。本開示の変異型複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA1のN末端にタグが結合していないことが好ましく、サブコンポーネントHA1のN末端にHisタグ又はFLAGタグが結合していないことが好ましい。
【0041】
[多能性を有する幹細胞の培養方法]
本開示は、一態様において、多能性を有する幹細胞の培養方法であって、本開示の変異型HA複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む(以下、「本開示の培養方法」ともいう)。本開示の培養方法によれば、本開示の変異型HA複合体タンパク質の存在下で細胞培養することから、一又は複数の実施形態において、未分化逸脱細胞を除去することができ、また、多能性を有する幹細胞の培養において構成されるコロニーを未分化状態に維持できるという効果を奏しうる。また、本開示の培養方法によれば、本開示の変異型HA複合体タンパク質の存在下で細胞培養することから、一又は複数の実施形態において、ヒト由来のiPS細胞のようにデリケートな細胞であっても、スフェロイド状の細胞集塊を効率よく分割でき、好ましくは多能性を有する幹細胞を効率よく大量に培養することができる。本開示の培養方法において、細胞培養は、一又は複数の実施形態において、接着培養(平面培養)、及び浮遊培養等が挙げられる。
【0042】
〔接着培養〕
本開示の培養方法の第一の実施形態として、接着培養により細胞培養を行うことが挙げられる。細胞培養が接着培養である場合、一又は複数の実施形態において、培養面上に形成されるコロニーから未分化逸脱細胞を除去できるという効果を奏しうる。したがって、本開示は、その他の態様において、多能性を有する幹細胞の培養中に発生した又は発生しうる未分化状態を脱した細胞を除去する方法であって、本開示の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む方法に関する。また、本開示は、その他の態様において、未分化状態を脱した細胞が発生したコロニーから未分化状態の細胞からなるコロニーを形成する方法であって、本開示の変異型HA複合体タンパク質の存在下で前記未分化状態を脱した細胞が発生したコロニーを培養することを含む方法に関する。本開示は、その他の態様において、多能性を有する幹細胞の未分化状態を維持する方法であって、本開示の変異型HA複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む方法に関する。
【0043】
本開示の培養方法、除去方法、コロニー形成方法及び/又は維持方法によれば、一又は複数の実施形態において、コロニーから未分化逸脱細胞を効率よく除去ができ、効率的に未分化細胞のみを培養できる。本開示の培養方法及び除去方法によれば、一又は複数の実施形態において、培養装置での培養中に閉鎖空間を維持しながら未分化逸脱細胞を除去することができ、コロニーを構成する細胞を実質的に未分化細胞のみとするコロニー選抜を行うことができる。
【0044】
第一の実施形態における細胞培養は、従来用いられる及び/又は今後開発される、多能性を有する幹細胞の培養条件及び培養培地等を採用でき、該培養条件の培地に本開示の変異型HA複合体タンパク質を存在させることで行える。限定されない一又は複数の実施形態において、本開示の変異型HA複合体タンパク質を培養中の培養培地に添加してもよく、或いは、本開示の変異型HA複合体タンパク質を予め添加した培地を使用して培養してもよい。限定されない一又は複数の実施形態において、本開示の変異型HA複合体タンパク質は、コロニーに未分化逸脱細胞の発生が確認された場合に随時添加してもよい。培養培地、培養プレート等は市販のものを使用してもよい。
【0045】
本開示の培養方法、除去方法、コロニー形成方法及び/又は維持方法に使用する本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、効率的に未分化逸脱細胞を除去する点から、変異型HA3を含むことが好ましく、より好ましくは変異型HA1及び変異型HA3を含む。培地に存在させる本開示の変異型HA複合体タンパク質の濃度は、限定されない一又は複数の実施形態において、効率的に未分化細胞を除去する観点から、5nM以上、10nM以上、又は15nM以上が挙げられる。同様の観点から、200nM以下、150nM以下、又は100nM以下である。
【0046】
本開示の培養方法、除去方法、コロニー形成方法及び/又は維持方法において、培地中に添加された変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、細胞内吸収(エンドサイトーシスなど)により自発的に除去させることができる。また、変異型HA複合体タンパク質に付したタグを標的とした吸着カラムを備え付け、培地を循環させることにより、変異型HA複合体タンパク質を強制的に培地から回収してもよい。このように変異型HA複合体タンパク質を自発的及び/又は強制的に除去・回収することによって、未分化逸脱細胞の除去を適時に一時的又は連続的に行うことができる。本開示の培養方法は、一又は複数の実施形態において、多能性を有する幹細胞の細胞培養をバイオリアクターでの自動運転により行うことを含む。
【0047】
第一の実施形態における細胞培養は、限定されない一又は複数の実施形態において、フィーダ細胞を用いた培養であってもよいし、フィーダレス培養であってもよい。フィーダ細胞は、限定されない一又は複数の実施形態において、MEF(Mouse Embryo Fibroblast)細胞、SL10、及びSNL 76/7フィーダ細胞等が挙げられる。フィーダ細胞は、限定されない一又は複数の実施形態において、フィーダ細胞の中でも、多能性を有する幹細胞の遊走速度が比較的ゆっくりなフィーダ細胞が好ましい。フィーダ細胞は、限定されない一又は複数の実施形態において、多能性を有する幹細胞の遊走が比較的ゆっくりであり、多能性を有する幹細胞の培養中のコロニーに未分化逸脱細胞をコロニー中央部に発生させることができる点から、SNL 76/7フィーダ細胞が好ましい。
【0048】
〔浮遊培養〕
本開示の培養方法の第二の実施形態として、浮遊培養により細胞培養を行うことが挙げられる。細胞培養が浮遊培養である場合、一又は複数の実施形態において、ヒト由来のiPS細胞のようにデリケートな細胞であって細胞集塊を効率よく分割でき、好ましくは多能性を有する幹細胞を効率よく大量に培養することができる。したがって、本開示は、その他の態様において、多能性を有する幹細胞の細胞集塊の分割方法であって、本開示の変異型HA複合体タンパク質の存在下で、多能性を有する幹細胞を浮遊培養することを含む、多能性を有する幹細胞の細胞集塊の分割方法に関する。
【0049】
第二の実施形態における培養方法は、一又は複数の実施形態において、前記幹細胞の細胞集塊をボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で浮遊培養することによって、前記幹細胞の細胞集塊を小塊に分割すること、及び前記小塊を浮遊培養して新たな細胞集塊を形成させることを含む。第二の実施形態における培養方法は、一又は複数の実施形態において、細胞集塊の形成を、細胞集塊の分割と同じ培地内で行う。培地中に添加された本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、細胞内吸収(エンドサイトーシスなど)による自発的に除去できることができる。したがって、第二の実施形態における培養方法は、一又は複数の実施形態において、変異型HA複合体タンパク質を洗浄することなく、連続培養によって細胞集塊の分割と新たな細胞集塊の形成とを行うことができる。第二の実施形態における培養方法は、一又は複数の実施形態において、変異型HA複合体タンパク質を洗浄する工程を含まない。また、一又は複数の実施形態において、本開示の変異型HA複合体タンパク質に付したタグを標的とした吸着カラムを備え付け、培地を循環させることにより、本物質を強制的に培地から回収してもよい。このように変異型HA複合体タンパク質を自発的及び/又は強制的に除去・回収可能することによって、細胞集塊の分割を制御して分割効果を適時に一時的又は連続的に発揮させることができる本開示の培養方法は、一又は複数の実施形態において、多能性を有する幹細胞の細胞培養をバイオリアクターでの自動運転により行うことを含む。
【0050】
第二の実施形態における細胞培養は、従来用いられる及び/又は今後開発される、多能性を有する幹細胞の培養条件及び培養培地等を採用でき、該培養条件の培地に本開示の変異型HA複合体タンパク質を存在させることで行える。限定されない一又は複数の実施形態において、本開示の変異型HA複合体タンパク質を培養中の培養培地に添加してもよく、或いは、本開示の変異型HA複合体タンパク質を予め添加した培地を使用して培養してもよい。培養培地及び培養容器等は市販のものを使用してもよい。
【0051】
培地に存在させる本開示の変異型HA複合体タンパク質の濃度は、限定されない一又は複数の実施形態において、効率的に未分化細胞を除去する観点から、5nM以上、10nM以上、又は15nM以上が挙げられる。同様の観点から、200nM以下、150nM以下、又は100nM以下である。
【0052】
浮遊培養は、一又は複数の実施形態において、従来用いられる及び/又は今後開発される、多能性を有する幹細胞の培養条件及び培養培地等を採用でき、該培養条件の培地に本開示の変異型HA複合体タンパク質を存在させることで行える。
【0053】
[iPS細胞の培養方法]
本開示は、一又は複数の実施形態において、iPS細胞の培養方法であって、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で前記iPS細胞を浮遊培養することを含む方法(以下、「本開示のiPS細胞の培養方法」ともいう)に関する。本開示のiPS細胞の培養方法によれば、ヒト由来のiPS細胞のようにデリケートな細胞であってもスフェロイド状の細胞集塊を効率よく分割できることから、iPS細胞を効率よく大量に培養することができる。したがって、本開示は、一又は複数の実施形態において、iPS細胞の細胞集塊の分割方法であって、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下でiPS幹細胞を浮遊培養することを含む方法(以下、「本開示の分割方法」ともいう)に関する。
【0054】
本開示のiPS細胞の培養方法は、一又は複数の実施形態において、iPS細胞の細胞集塊をボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で浮遊培養することによって、iPS細胞の細胞集塊を小塊に分割すること、及び前記小塊を浮遊培養して新たな細胞集塊を形成させることを含む。本開示のiPS細胞の培養方法は、一又は複数の実施形態において、細胞集塊の形成を、細胞集塊の分割と同じ培地内で行う。培地中に添加された本開示の変異型HA複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、細胞内吸収(エンドサイトーシスなど)による自発的に除去できることができる。したがって、本開示のiPS細胞の培養方法は、一又は複数の実施形態において、変異型HA複合体タンパク質を洗浄することなく、連続培養によって細胞集塊の分割と新たな細胞集塊の形成とを行うことができる。本開示のiPS細胞の培養方法は、一又は複数の実施形態において、変異型HA複合体タンパク質を洗浄する工程を含まない。また、一又は複数の実施形態において、本開示の変異型HA複合体タンパク質に付したタグを標的とした吸着カラムを備え付け、培地を循環させることにより、本物質を強制的に培地から回収してもよい。このように変異型HA複合体タンパク質を自発的及び/又は強制的に除去・回収可能することによって、細胞集塊の分割を制御して分割効果を適時に一時的又は連続的に発揮させることができる本開示の培養方法は、一又は複数の実施形態において、多能性を有する幹細胞の細胞培養をバイオリアクターでの自動運転により行うことを含む。
【0055】
本開示のiPS細胞の培養方法及び分割方法において使用するボツリヌス菌由来のヘマグルチニンとしては、一又は複数の実施形態として、A型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン及びB型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン等が挙げられる。B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンとしては、一又は複数の実施形態において、C末端にタグが結合したサブコンポーネントHA1を含むことが好ましい。B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンは、一又は複数の実施形態において、本開示の変異型HA複合体タンパク質等が挙げられる。
【0056】
本開示のiPS細胞の培養方法及び分割方法において、低濃度で効率よく細胞集塊を分割することができる点からは、A型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンが好ましい。A型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンとしては、一又は複数の実施形態において、A型野生型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン及び後述するA型変異型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンが挙げられる。
【0057】
本開示のiPS細胞の培養方法及び分割方法において、浮遊培養条件、HAの添加条件等は第二の実施形態の培養方法と同様に行うことができる。
【0058】
[組成物]
本開示は、その他の態様において、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンを含む組成物(以下、「本開示の組成物」ともいう。)に関する。本開示の組成物は、本開示の培養方法、本開示の除去方法、本開示のコロニー形成方法、本開示の維持方法、及び/又は本開示の分割方法のために使用できる。したがって、本開示は、その他の態様において、本開示の培養方法、本開示の除去方法、本開示のコロニー形成方法、本開示の維持方法、及び/又は本開示の分割方法に用いる組成物であって、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンを含む組成物に関する。また、本開示は、その他の態様において、本開示の培養方法、本開示の除去方法、本開示のコロニー形成方法、本開示の維持方法、及び/又は本開示の分割方法におけるツリヌス由来のヘマグルチニンの使用に関する。ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンとしては、一又は複数の実施形態において、上述のA型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン及びB型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン並びにこれらの複合体が挙げられ、B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンとしては、一又は複数の実施形態において、本開示の変異型HA複合体、及び野生型HA複合体が挙げられる。
【0059】
[キット]
本開示は、その他の態様において、多能性を有する幹細胞用の培地成分と本開示の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質とを含むキット(以下、「本開示のキット」ともいう。)に関する。本開示のキットにおける「変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質」は、上述のとおりである。本開示のキットは、本開示の培養方法、除去方法、コロニー形成方法、及び/又は維持方法のために使用できる。多能性を有する幹細胞用の培地成分は、特に限定されず、従来使用される又は今後開発されるものを使用できる。
【0060】
[多能性を有する幹細胞の培養に用いる組成物]
本開示は、その他の態様において、ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質を含む、多能性を有する幹細胞の培養に用いる組成物(以下、「本開示の培養用組成物」)に関する。本開示の培養用組成物は、本開示の培養方法、本開示の除去方法、本開示のコロニー形成方法、本開示の維持方法、及び/又は本開示の分割方法のために使用できる。
【0061】
本開示の培養用組成物に含まれるボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質は、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、E−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有し、かつ、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した、変異型ヘマグルチニン複合タンパク質である。変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質を構成するヘマグルチニンは、E−カドヘリンとの相互作用を有するヘマグルチニンであればそのボツリヌス菌の型は特に制限されない。ボツリヌス菌としては、特に限定されない一又は複数の実施形態において、A型ボツリヌス菌又はB型ボツリヌス菌が挙げられる。
【0062】
ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質である本開示の変異型HA複合体タンパク質が挙げられる。
【0063】
ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、A型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質(以下、「A型変異型HA複合体」ともいう)が挙げられる。
【0064】
A型変異型HA複合体としては、一又は複数の実施形態において、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した公知のA型変異型HA複合体が挙げられる。A型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンにおける糖鎖結合部位を構成するアミノ酸として、例えば、HA1のアミノ酸配列(配列番号16)の285番目のアスパラギン、及びHA3のアミノ酸配列(配列番号18)の528番目のアルギニン、HA1のアミノ酸配列(配列番号16)の263番目のアスパラギン等がある。
【0065】
A型変異型HA複合体は、A型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA1をさらに含んでいてもよい。A型変異型HA複合体は、一又は複数の実施形態において、HA2及びHA3の2成分で構成される複合体であり、より効率よく細胞間接着を阻害し、未分化逸脱細胞をより効率的に除去できる観点から、HA1、HA2及びHA3の3成分で構成される複合体である。
【0066】
A型変異型HA複合体は、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異している。A型変異型HA複合体は、一又は複数の実施形態において、A型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンにおける糖鎖結合活性の少なくとも一部又は全部を欠損させた変異型ヘマグルチニン複合タンパク質ともいうことができる。A型変異型HA複合体は、一又は複数の実施形態において、糖鎖結合部位を構成するアミノ酸又はこれらのアミノ酸に相当するアミノ酸が変異されており、コロニーから効率よく未分化逸脱細胞を除去できる点からは、HA3のアミノ酸配列(配列番号18)の528番目のアルギニン又はそれに相当するアミノ酸が変異されていることが好ましく、より好ましくはHA3のアミノ酸配列(配列番号18)の528番目のアルギニン又はそれに相当するアミノ酸と、HA1のアミノ酸配列(配列番号16)の285番目のアスパラギン又はそれに相当するアミノ酸とが変異されている。
【0067】
A型変異型HA複合体は、A型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンにおけるE−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有している。すなわち、A型変異型HA複合体は、一又は複数の実施形態において、E−カドヘリン結合活性を有している。
【0068】
A型変異型HA複合体は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA3として、A型−HA3の野生型(野生型HA3)のアミノ酸配列(配列番号18)において528番目のアルギニン又はそれに相当するアミノ酸が変異したアミノ酸配列の一部又は全部を含む。
【0069】
A型変異型HA複合体は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA2として、A型−HA2の野生型(野生型HA2)のアミノ酸配列(配列番号17)の一部又は全部を含む。
【0070】
A型変異型HA複合体は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA1として、A型−HA1の野生型(野生型HA1)のアミノ酸配列(配列番号16)において、26番目のアスパラギン若しくはそれに相当するアミノ酸、及び/又は286番目のアスパラギン若しくはそれに相当するアミノ酸が変異したアミノ酸配列の一部又は全部を含む。
【0071】
A型変異型HA複合体は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA1のC末端にタグが結合していてもよい。C末端に結合するタグとしては、一又は複数の実施形態において、FLAGタグ、D4タグ(DDDD、配列番号15)等が挙げられる。本開示の変異型複合体タンパク質は、一又は複数の実施形態において、サブコンポーネントHA1のN末端にタグが結合していないことが好ましく、サブコンポーネントHA1のN末端にHisタグ又はFLAGタグが結合していないことが好ましい。
【0072】
本開示は、一又は複数の実施形態において、本開示の培養用組成物を用いた多能性を有する幹細胞を培養する方法、多能性を有する幹細胞の培養中に発生した又は発生しうる未分化状態を脱した細胞を除去する方法、及び多能性を有する幹細胞の未分化状態を維持する方法に関する。これらの方法は、一又は複数の実施形態において、本開示の培養用組成物の存在下で多能性を有する幹細胞を細胞培養をすることを含む。
【0073】
本開示はさらに以下の限定されない一又は複数の実施形態に関する。
〔A1〕 B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質であって、
前記複合体タンパク質は、
B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、
糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した、変異型ヘマグルチニン複合タンパク質。
〔A2〕 B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質であって、
前記複合体タンパク質は、
B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、
E−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有し、かつ、
糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した、変異型ヘマグルチニン複合タンパク質。
〔A3〕 前記複合体タンパク質は、B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA1をさらに含む、〔A1〕記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質。
〔A4〕 前記糖鎖結合部位を構成するアミノ酸は、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の264番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の286番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記HA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸からなる群から選択される、〔A3〕記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質。
〔A5〕 B型ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質であって、
前記複合体タンパク質は、サブコンポーネントHA1、HA2及びHA3によって形成され、
前記サブコンポーネントHA1の野生型のアミノ酸配列の286番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記サブコンポーネントHA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸の一方のアミノ酸又は双方のアミノ酸が変異した、変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質。
〔A6〕 前記サブコンポーネントHA1のC末端にタグが結合している、〔A1〕から〔A5〕のいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質。
〔A8〕 前記複合体タンパク質は、E−カドヘリン機能阻害活性を有する、〔A1〕から〔A7〕のいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合タンパク質。
〔A9〕 前記複合体タンパク質は、E−カドヘリン結合活性を有する、〔A1〕から〔A8〕のいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合タンパク質。
〔A10〕 前記複合体タンパク質は、E−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有する、〔A1〕から〔A9〕のいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合タンパク質。
〔B1〕 多能性(pluripotency)を有する幹細胞の培養方法であって、〔A1〕から〔A10〕のいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む、方法。
〔B2〕 前記細胞培養は、接着培養又は浮遊培養である、〔B1〕記載の方法。
〔C1〕 多能性(pluripotency)を有する幹細胞の培養中に発生した又は発生しうる未分化状態を脱した細胞を除去する方法であって、〔A1〕から〔A10〕のいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む、方法。
〔C2〕 多能性(pluripotency)を有する幹細胞の未分化状態を維持する方法であって〔A1〕から〔A10〕のいずれかに記載の変異型HA複合体タンパク質の存在下で細胞培養することを含む、方法。
〔D1〕 ヒト由来のiPS細胞の培養方法であって、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で前記iPS細胞を浮遊培養することを含む、方法。
〔D2〕 前記iPS細胞の細胞集塊をボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で浮遊培養することによって、前記細胞集塊を小塊に分割すること、及び
前記小塊を浮遊培養して新たな細胞集塊を形成させることを含み、
前記細胞集塊の形成を、前記細胞集塊の分割と同じ培地内で行う、〔D1〕記載の方法。
〔D3〕 ヒト由来のiPS細胞の細胞集塊の分割方法であって、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン存在下で前記iPS細胞を浮遊培養することを含む、方法。
〔D4〕 前記ボツリヌス菌由来のへマグルチンは、エンドサイトーシスによって取り込まれる、〔D1〕から〔D3〕のいずれかに記載の方法。
〔D5〕 前記ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンは、A型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニン及びB型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンからなる群から選択される、〔D1〕から〔D4〕のいずれかに記載の方法。
〔D6〕 前記B型ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンは、請求項1から5のいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質を含む、〔D5〕記載の方法。
〔E1〕 ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンを含む組成物であって、〔B1〕、〔B2〕、〔C1〕、〔C2〕及び〔D1〕から〔D6〕のいずれかに記載の方法に使用するための組成物。
〔F1〕 多能性を有する幹細胞用の培地成分と、〔A1〕から〔A10〕のいずれかに記載の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質とを含む、キット。
〔F2〕 〔B1〕、〔B2〕、〔C1〕、〔C2〕及び〔D1〕から〔D6〕のいずれかに記載の方法に使用するための〔F1〕記載のキット。
〔G1〕 ボツリヌス菌由来の変異型ヘマグルチニン複合体タンパク質を含む組成物であって、
前記複合体タンパク質は、
ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2及びHA3を少なくとも含み、
E−カドヘリン結合部位を構成するアミノ酸配列を有し、かつ、
糖鎖結合部位を構成するアミノ酸の少なくとも一つが変異した、変異型ヘマグルチニン複合タンパク質であり、
前記組成物は、
多能性を有する幹細胞の培養中に発生した又は発生しうる未分化状態を脱した細胞を除去する方法、
多能性を有する幹細胞の未分化状態を維持する方法、
ヒト由来のiPS細胞を浮遊培養する方法、及び
ヒト由来のiPS細胞の細胞集塊の分割方法からなる群から選択されるいずれかの方法に使用するための組成物。
〔G2〕 前記ボツリヌス菌は、A型ボツリヌス菌又はB型ボツリヌス菌である、〔G1〕記載の組成物。
〔G3〕 前記複合体タンパク質は、ボツリヌス菌由来のヘマグルチニンのサブコンポーネントHA1をさらに含む、〔G1〕又は〔G2〕に記載の組成物。
〔G4〕 前記糖鎖結合部位を構成するアミノ酸は、
A型ボツリヌス菌の場合、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の263番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の285番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記HA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸からなる群から選択され、
B型ボツリヌス菌の場合、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の264番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、前記HA1の野生型のアミノ酸配列の286番目のアスパラギンに相当するアミノ酸、及び前記HA3の野生型のアミノ酸配列の528番目のアルギニンに相当するアミノ酸からなる群から選択される、〔G3〕記載の組成物。
〔H1〕 多能性を有する幹細胞の培養方法であって、〔G1〕から〔G4〕のいずれかに記載の組成物の存在下で細胞培養することを含む、方法。
〔H2〕 前記細胞培養は、接着培養又は浮遊培養である、〔H1〕記載の方法。
〔H3〕 多能性を有する幹細胞の培養中に発生した又は発生しうる未分化状態を脱した細胞を除去する方法であって、〔G1〕から〔G4〕のいずれかに記載の組成物の存在下で細胞培養することを含む、方法。
〔H4〕 多能性を有する幹細胞の未分化状態を維持する方法であって、〔G1〕から〔G4〕のいずれかに記載の組成物の存在下で細胞培養することを含む、方法。
【実施例】
【0074】
以下、実施例により本開示をさらに詳細に説明するが、これらは例示的なものであって、本開示はこれら実施例に制限されるものではない。
【0075】
(実施例1)
[B型ボツリヌスHA複合体の作製]
下記表1に示すB型ボツリヌス菌由来の野生型HA複合体及び変異型HA複合体1〜4を次の手順に従い作製した。これらのHA複合体(野生型HA複合体及び変異型HA複合体)は、B型ボツリヌス菌由来の野生型HAサブコンポーネント(HA1、HA2、HA3)、変異型HA1(HA1 N286A、配列番号4)、変異型HA3(HA3 R528A、配列番号5)及び変異型HA3X(HA3 K607A、配列番号6)を使用して作製した。
(1)プラスミドの作製
野生型は、HA1、HA2及びHA3のそれぞれのタンパク質として以下のタンパク質をコードする遺伝子を、それぞれ下記のプライマーを用いてClostridium botulinum B−Okra株のゲノムDNAをテンプレートとして、PCR法により増幅した。
(各サブコンポーネントのタンパク質)
HA1:配列番号1のアミノ酸配列の7−294位のアミノ酸配列からなるタンパク質のC末端にFLAGタグが結合した組換えタンパク質
HA2:配列番号2のアミノ酸配列の2−146位のアミノ酸配列からなるタンパク質のN末端にFLAGタグが結合した組換えタンパク質
HA3:配列番号3のアミノ酸配列の19−626位のアミノ酸配列からなるタンパク質のN末端にStrepタグが結合した組換えタンパク質
(タグ配列)
FLAGタグ:DYKDDDDK(配列番号7)
Strepタグ:WSHPQFEK(配列番号8)
(HA1増幅用プライマー)
HA1 フォワードプライマー:catgccatgggcatccaaaattcattaaatgac(配列番号9)
HA1 リバースプライマー:cgggatccttacttgtcgtcatcgtctttgtagtctgggttactcatagtccatatc(配列番号10)
(BHA2増幅用プライマー)
HA2 フォワードプライマー:tgaataagctttcagctgaaagaacttttc(配列番号11)
HA2 リバースプライマー:cactttggtaccttatattttttcaagtttga(配列番号12)
(HA3増幅用プライマー)
HA3 フォワードプライマー:gaaaaagggtaccaatatagtgatactattg(配列番号13)
HA3 リバースプライマー:cgtgtcgacttaattagtaatatctatatgc(配列番号14)
変異型HA複合体1〜4(表1)は、変異体の作製は、野生型HAが挿入されたベクターを鋳型として、PCR によるsite−directed mutagenesis法によって行った。
増幅したDNA断片について、HA1はpET52b(+)のNcoI−BamHI siteに挿入し、HA2はpT7−FLAG−1(Sigma)のHindIII−SalI siteに挿入し、HA3についてはpET52b(+)(Novagen)のKpnI−SalI siteに挿入した(pET−BHA3)。
(2)タンパク質発現
作製したプラスミドはそれぞれ単独で大腸菌株Rosetta2(DE3)(Novagen)にトランスフォームした。タンパク質発現誘導はOvernight Express Autoinduction system 1(Novagen)を用いて行った。HA1及びHA3は30℃で36時間、HA2については18℃で40時間、タンパク質発現誘導を行った。大腸菌は遠心により回収し、−80℃で保存した。
(3)タンパク質精製及び複合体作製
HA1及びHA2は、Anti−FLAG M2 agarose(Sigma)を用いて精製を行った。HA3はStrepTrap HP(GE Healthcare)を用いて精製した。
それぞれ精製した組換え体タンパク質を、HA1:HA2:HA3=4:4:1のモル比で混合し、37℃で3時間インキュベートした後、StrepTrap HPにより精製することにより、HA複合体を得た。
【0076】
【表1】
【0077】
(実施例2)
[B型変異型HA複合体がiPS細胞に及ぼす影響]
フィーダ細胞上にiPS細胞を播種し(day0)、24時間ごとに維持培地で培地交換した。3日後(day3)においてHA複合体(野生型HA複合体又は変異型HA複合体)を添加し24時間インキュベートし、PBSで2度洗浄して維持培地で培地交換した(day4)。その後、9日後(day9)まで24時間ごとに維持培地で培地交換した。培養後、培養された細胞のOct3/4の発現を免疫細胞染色法で確認した。使用した細胞、培地、及び培養条件は以下のとおりである。
〔細胞〕
iPS細胞:Tic NP29(MEFで維持していたTicを継代したもの)
フィーダ細胞:SNL 76/7
〔培地〕
iPS細胞:Repro Stem(商品名、ReproCELL社製)、5ng/mL bFGF(ReproCELL社製)
フィーダ細胞:DMEM(Sigma社製)(7%FBS(GIBCO社製),1%Penicillin−streptomycin solution(NACALAI TESQUE社製))
〔容器〕
12ウェルプレート(培養面積:3.8cm2/ウェル、Corning社製)
〔HA調製・添加方法〕
PBSでHA複合体を段階希釈し、さらに、培地(Repro Stem)を用いて希釈した(終濃度:100nM)。さらにbFGF(終濃度5ng/ml)を加え、それをウェルに添加した。
〔培養条件〕
37℃、5%CO2雰囲気下
iPS細胞の継代後、3日後(day3)の培地交換において、HA複合体を各濃度で添加し、24時間培養した。その後、4日後(day4)の培地交換において、HA複合体無添加の培地に切り替え、培養を継続した。
〔観察〕
day3、day4、day5及びday9において、IN Cell Analyzer 2000(商品名、GEヘルスケアバイオサイエンス社製)で培養細胞を観察し画像を取得した。得られた顕微鏡観察写真を図1〜4に示す。図1〜4において、上図において実線で囲んだ部分を下図に示す。
【0078】
(比較例1)
変異型HA複合体4(HA3 K607A)を用い、実施例2と同様の実験を行った。その結果を図5に示す。図5において、上図において実線で囲んだ部分を下図に示す。
【0079】
図1は野生型HA複合体の顕微鏡写真、図2は変異型HA複合体1の顕微鏡写真、図3は変異型HA複合体2の顕微鏡写真及び図4は変異型HA複合体3の顕微鏡写真を示す。
サブコンポーネントHA1における286番目のアスバラギン及びHA3における528番目のアルギニンは、糖鎖認識部位であることが知られている。図2〜4に示すように、糖鎖結合活性を欠失させたいずれの変異型HA複合体1〜3においても、変異型HA複合体添加から24時間後(day3)で未分化逸脱細胞の細胞間接着がゆるくなり、未分化逸脱細胞の細胞間接着の阻害が確認できた。特に、変異型HA複合体2(HA3 R528A)は、コロニー中心の未分化逸脱細胞の細胞間接着を阻害すると共に、細胞の剥離が確認された、また、変異型HA複合体3(HA1 N286A/HA3 R528A)では、図4に示すように変異型HA複合体添加から24時間後(day3)で細胞間接着がゆるくなり、48時間後(day4)には、他の変異型HA及び野生型HAと比較して細胞剥離の効果が高いことが認められた(図4の矢印で示す部分)。さらに、培養9日目(day9)には未分化維持コロニーを形成していることが分かった。一方、カドヘリン結合活性消失変異体である比較例1の変異型HA複合体4(HA3 K607A)は、細胞間接着の阻害及び細胞の剥離は確認されなかった(図5)。このため、糖鎖結合活性を欠失させた変異型HA複合体1〜3によって、局所的な細胞−細胞間接着の阻害が可能であるとともに、特に変異型HA複合体2及び3によれば効率よい未分化逸脱細胞の剥離が可能であることが示唆された。
【0080】
コロニーを、DAPIと、未分化マーカー(Oct3/4、TRA−1−60及びSSEA−4)又は内胚葉、中胚葉若しくは外胚葉の初期分化マーカー(α―SAM、Serum albumin又はNestin)を用いて染色した。その結果、コロニー中心に発生した未分化逸脱細胞は未分化マーカー及び上記の初期分化マーカーのいずれも陰性であり、その周辺の細胞は未分化マーカーが陽性であることが確認された。
【0081】
(実施例3)
[B型HA複合体がiPS細胞に及ぼす影響(その2)]
下記表2に示すように異なる位置にタグを結合させた以外は実施例1と同様の手順で野生型HA複合体1〜5を作製した。
調製した野生型HA複合体1〜5を用いて、実施例2と同様にしてiPS細胞に及ぼす影響を確認した。その結果を図6〜10に示す。図6は野生型HA複合体1の顕微鏡写真、図7は野生型HA複合体2の顕微鏡写真、図8は野生型HA複合体3の顕微鏡写真、図9は野生型HA複合体4の顕微鏡写真、及び図10は野生型HA複合体5の顕微鏡写真を示す。
【表2】
【0082】
図6〜10の矢印で示すように、いずれの野生型HA複合体においても、野生型HA複合体添加から24時間後(day3)で、未分化逸脱細胞の細胞間接着のゆるみ(細胞間接着の阻害)が確認できた。特に、野生型HA複合体1、3及び4は、添加から24時間後(day3)で細胞の剥離が確認され、中でも野生型HA複合体1は培養5日目(day5)には、未分化逸脱細胞が除去され、未分化維持コロニーを形成していることが確認された。したがって、野生型HA複合体1によれば、効率よい未分化逸脱細胞の剥離が可能であることが示唆された。
【0083】
(実施例4)
[B型変異型HA複合体がiPS細胞集塊に及ぼす影響(その1)]
96well−V bottom plateを用いてiPS細胞集塊を作成し、毎日半量培地交換を行った。培養3日目(day3)にiPS細胞集塊にHA複合体を添加した。培養4日目(day4)に、iPS細胞集塊を96well plate flat bottom plateに移し、軽いピペッティングを行い、細胞集塊が割れるかどうかを確認した。使用した細胞、培地、HA複合体及び培養条件等は以下のとおりである。
〔細胞〕
ヒトiPS細胞(Tic NP41(iMatrix−511(nippi)で維持していたiPS細胞))
〔培地〕
mTeSR1(STEMCELL Technologies)
〔容器〕
96well−V bottom plate(Sumitomo Bakelite)
〔HA〕
野生型HA複合体
変異型HA複合体1(HA1 N286A)
変異型HA複合体2(HA3 R528A)
変異型HA複合体3(HA1 N286A/HA3 R528A)
変異型HA複合体4(HA3 K607A)
〔HA調製・添加方法〕
PBSでHA複合体を段階希釈し、さらに、培地(mTeSR1)を用いて希釈したもの(終濃度:100nM)をウェルに添加した。
〔培養条件〕
37℃、5%CO2雰囲気下
〔観察〕
全視野をIn Cell Aanalyzer(商品名、GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて細胞集塊を観察し画像を取得した。撮影は、変異型HA複合体添加前後(day3及びday4)に倍率4倍で行った。得られた顕微鏡写真を図11及び12に示す。
【0084】
割れた細胞集塊をlamininコート培養面上で培養し(フィーダ細胞:SNL)、毎日、全量培地交換を行った。培養5日目に、細胞形態の観察を行うと共に、培養された細胞のOct3/4の発現をmouse monoclonal Oct3/4 antibody(Santa Cruz Biotechnology, sc−5279)を用いた免疫細胞染色法で確認し、また、DAPI染色を行った。
【0085】
コントロールとして、HA複合体を添加しない以外は、上記と同様にして行った。以上の結果を下記表3に示す。
【表3】
【0086】
図11及び12に示すように、野生型HA複合体及び変異型HA複合体1〜3を添加することによって、ヒトiPS細胞集塊をより小さい大きさの細胞集塊に分割させることができた。特に変異型HA複合体1〜3の添加によって、ヒトiPS細胞集塊をより小さな塊に分割させることができた。一方、カドヘリン結合活性消失変異体である比較例1の変異型HA複合体4(HA3 K607A)の添加では細胞集塊の分割は殆どみられず、control(HA複合体未添加)では細胞集塊は分割しなかった。
【0087】
(実施例5)
[B型HA複合体がiPS細胞集塊に及ぼす影響(その2)]
前培養として30mlリアクターで5日間iPs細胞を培養した。培養5日目の細胞を24well plateに移しHA複合体を添加した。HA複合体添加から6、12、18又は24時間経過後、培地交換によってHAを取り除き、ピペッティングして細胞集塊を分割させた。その後培養を24時間行い、細胞集塊の形態を観察した。使用した細胞、培地、HA及び培養条件等は以下のとおりである。得られた顕微鏡写真を図13に示す。
〔細胞〕
ヒトiPS細胞(Tic, National Center for Global Health and Medicine,Np.52)
〔培地〕
mTeSR1(Cata #0580/05896,STEMCELL TECHNOLOGIES)
〔培養環境〕
37℃,5%CO2雰囲気下
〔培養容器〕
24well plate(Corning,Cat.No.3526)
〔播種密度〕
1.0×105cells/ml
〔HA〕
野生型HA複合体5(His−BHA1−FLAG:His−BHA2:Strep−BHA3)
添加濃度:40nM
〔観察装置〕
IN Cell Analyzer(GE Healthcare)
【0088】
図13に示すように、HA複合体の添加によって小さく分割させた細胞集塊を培養することによって、再び凝集塊が形成された。また、HA複合体の添加時間(HA添加から培地交換までの時間)に対して、添加時間が6時間の場合が最も分割の度合いが強く、12時間以降では分割されにくくなるという傾向が確認された。これにより、培地内のHA複合体が、細胞のエンドサイトーシス等によってHA複合体が消化又は失活している可能性が示唆された。したがって、HA複合体により細胞集塊を分割させた後、HAの除去操作を行わない場合であっても、iPS細胞を再度凝集させて細胞集塊を形成できることが示唆された。一方、培地中に添加されたHA複合体は、HA複合体に付したタグを標的とした吸着カラムを備え付け、培地を循環させることにより、HA複合体を強制的に培地から回収することが可能である。よって、HA複合体を自発的または強制的に除去・回収可能であるため、逸脱細胞の除去や細胞集塊の分割効果を適時に一時的または連続的に発揮でき、バイオリアクターでの自動運転を可能であることを示唆された。
【0089】
(実施例6)
[B型変異型HA複合体がiPS細胞集塊に及ぼす影響(その3)]
図14に示す手順でiPS細胞の培養を行った。まず、バイオリアクターでiPS細胞を120時間浮遊培養してiPS細胞の細胞集塊を形成した。ついでB型変異型HA複合体を添加し、6時間HA処理した後、ピペッティングにより細胞集塊を分割し、ついで10μM ROCKインヒビターを添加しさらに浮遊培養を行った。また、24時間ごとに生細胞濃度の測定を行った。その結果の一例を図15に示す。
〔細胞〕
ヒトiPS細胞(Tic, National Center for Global Health and Medicine,Np.52)
〔培地〕
mTeSR1(Cata #0580/05896,STEMCELL TECHNOLOGIES)
〔培養環境〕
37℃,5%CO2雰囲気下
〔培養容器〕
24well plate(Corning,Cat.No.3526)
〔播種密度〕
1.0×105cells/ml
〔HA〕
B型変異型HA複合体(タグ(結合箇所、種類)HA1:C末端FLAG、HA2:N末端FLAG、HA3:N末端Strep)
添加濃度:10nM
〔観察装置〕
IN Cell Analyzer(GE Healthcare)
【0090】
HA処理後のピペッティングによって小さな塊に分割された細胞集塊が、その後の培養により再凝集して細胞集塊を形成することが確認できた。よって、細胞のエンドサイトーシス等によってHA複合体が消化又は失活していることが示唆された。また、図15に示すように、培養日数とともに生細胞濃度が増加することが確認できた。したがって、HA処理による細胞分割操作を活用することによって、iPS細胞の高密度培養プロセスを実現することができた。
【0091】
(実施例7)
[B型変異型HA複合体がiPS細胞集塊に及ぼす影響(その4)]
図16に示す手順でiPS細胞の培養を行った。まず、バイオリアクターにiPS細胞を入れ、ついで10μM ROCKインヒビターを添加し、24時間ROCKインヒビター処理を行った後、120時間浮遊培養してiPS細胞の細胞集塊を形成した。ついでB型変異型HA複合体を添加し、6時間HA処理した後、ピペッティングにより細胞集塊を分割した。ついで10μM ROCKインヒビターを添加し、18時間ROCKインヒビター処理を行った後、さらに12時間浮遊培養を行った。なお、24時間ごとに培地交換及び生細胞濃度の測定を行った。その結果の一例を図17に示す。
〔細胞〕
ヒトiPS細胞(Tic, National Center for Global Health and Medicine,Np.52)
〔培地〕
mTeSR1(Cata #0580/05896,STEMCELL TECHNOLOGIES)
〔培養環境〕
37℃,5%CO2雰囲気下
〔培養容器〕
24well plate(Corning,Cat.No.3526)
〔播種密度〕
1.0×105cells/ml
〔HA〕
B型変異型HA複合体(タグ(結合箇所、種類)HA1:C末端FLAG、HA2:N末端FLAG、HA3:N末端Strep)
添加濃度:10nM
〔観察装置〕
IN Cell Analyzer(GE Healthcare)
【0092】
コントロールとして、図16に示すように通常の継代培養法によるiPS細胞の培養を行った。すなわち、HA処理及び培養開始後150時間及び198時間のROCKインヒビター処理を行わなかった以外は、実施例7と同様にiPS細胞の培養を行った。その結果の一例を図17に示す。
【0093】
実施例7では、HA処理後のピペッティングによる細胞集塊の分割と、その後の培養による細胞集塊の再凝集とが確認できた。図17に示すように、実施例6及びコントロールのいずれも培養開始24h後から生細胞濃度が増加し迅速な増殖が確認されたが、培養開始144h付近では増殖速度が穏やかに減少し、HA処理を行わないコントロールでは、144h以降では増殖(生細胞濃度の増加)が遅くなり、168h以降では生細胞濃度が1.5×106cells/ml付近で増殖がほとんど確認できなくなった。一方、培養開始144h後にHA処理を行った実施例6では、1度低下していた増殖速度が再び回復し、144h以降においても細胞の増殖が確認された。また、培養開始192h後に2回目のHA処理を行ったところ、緩やかだった増殖速度の回復が確認され、216h培養後の最終的な生細胞濃度は、実施例6は3.36×106cells/mlであった(コントロールは1.68×106cells/ml)。以上より、HA処理による細胞分割操作法を利用した培養法は通常の継代培養法と比べて細胞増殖能が維持されiPS細胞の高密度培養が可能であることが分かった.
【0094】
(実施例8)
[A型変異型HA複合体がiPS細胞に及ぼす影響]
下記表4に示すA型野生型HA複合体及びA型変異型HA複合体を作製した。これらのHA複合体は、T. Matsumura et al., Nature Communications 2015 Feb 17;6:6255. doi: 10.1038/ncomms7255に基づき作製した。なお、プラスミド作製時における各サブコンポーネントのタンパク質としては、HA1はC末端にFLAGタグが結合した組み換えタンパク質、HA2はN末端にFLAGタグが結合した組み換えタンパク質、HA3はN末端にStrepタグが結合した組み換えタンパク質を使用した。
【0095】
【表4】
【0096】
フィーダ細胞上にiPS細胞を播種し(day0)、24時間ごとに維持培地で培地交換した。3日後(day3)においてHA複合体(A型野生型HA複合体又はA型変異型HA複合体)を添加し24時間インキュベートし、PBSで2度洗浄して維持培地で培地交換した(day4)。その後、7日後(day7)まで24時間ごとに維持培地で培地交換した。使用した細胞、培地、及び培養条件は以下のとおりである。
〔細胞〕
iPS細胞:Tic(MEFで維持していたTicを継代し、SNL細胞上に播種したもの、NP13)
フィーダ細胞:SNL
〔培地〕
iPS細胞:Repro Stem(商品名、ReproCELL社製)、5ng/mL bFGF(ReproCELL社製)
フィーダ細胞:DMEM(Sigma社製)(7%FBS(GIBCO社製),1%Penicillin−streptomycin solution(NACALAI TESQUE社製))
〔容器〕
12ウェルプレート(培養面積:3.8cm2/ウェル、Corning社製)
〔HA調製・添加方法〕
培地(Repro Stem)にbFGF(終濃度5ng/ml)を加え、希釈培地を準備した。上記表4に示すA型変異型HA複合体2〜4を、希釈培地を用いて希釈し(終濃度:100nM)し、それをウェルに添加した。
〔培養条件〕
37℃、5%CO2雰囲気下
iPS細胞の継代後、3日後(day3)の培地交換において、HA複合体添加し、24時間培養した。その後、4日後(day4)の培地交換において、HA複合体無添加の培地に切り替え、培養を継続した。
〔観察〕
day3、day4、day5及びday7において、IN Cell Analyzer 2000(商品名、GEヘルスケアバイオサイエンス社製)で培養細胞を観察し画像を取得した。撮影は倍率4倍で行った。得られた顕微鏡観察写真を図18及び19に示す。図18〜20において、上図において実線で囲んだ部分を下図に示す。
【0097】
図18はA型変異型HA複合体2(HA3 R528A)の顕微鏡写真及び図19はA型変異型HA複合体3(HA1 N285A/HA3 R528A)の顕微鏡写真を示す。
【0098】
比較例3として、カドヘリン結合活性消失変異体であるA型変異型HA複合体4(HA3 K607A)を用いた以外は、上記実施例と同様にしてiPS細胞の培養を行った。コントロールとして、HA複合体を添加しない以外は、実施例と同様にしてiPS細胞の培養を行った。得られた顕微鏡観察写真をそれぞれ図20及び21に示す。
【0099】
図18及び19に示すように、糖鎖結合活性を欠失させたいずれのA型変異型HA複合体2及び3においても、A型変異型HA複合体添加から24時間後(day3)で、コロニー中心の未分化逸脱細胞の細胞間接着がゆるくなり、未分化逸脱細胞の細胞間接着の阻害が確認できたと共に、細胞の剥離が確認された。特に、A型変異型HA複合体3(HA1 N285A/HA3 R528A)では、A型野生型HA複合体及びA型変異型HA複合体2と比較して細胞剥離の効果が高いことが認められた。一方、HA複合体無添加のコントロール及びカドヘリン結合活性消失変異体である比較例3の変異型HA複合体4(HA3 K607A)は、細胞間接着の阻害及び細胞の剥離は確認されなかった(図20及び21)。このため、糖鎖結合活性を欠失させたA型変異型HA複合体2及び3によって、局所的な細胞−細胞間接着の阻害が可能であるとともに、効率よい未分化逸脱細胞の剥離が可能であることが示唆された。
【0100】
(実施例9)
[A型変異型HA複合体がiPS細胞集塊に及ぼす影響]
非接着性培地容器60mm dish(Thermo: Nunclon Sphere)にiPS細胞を播種し(4.2×106cells/60mm dish)、培養してiPS細胞集塊を作成した。培養4日目(day4)まで毎日培地交換を行った。培養4日目(day4)にiPS細胞集塊を24well plateに移し、HA添加前の写真を撮影した後、HA複合体を添加した(終濃度:40nM)。HA添加から6、12、18又は24時間後にピペッティングを行い、ピペッティング前後に細胞集塊の観察をするとともに、細胞集塊が分割するかどうかの確認を行った。ピペッティング後、24時間さらに培養を行い、細胞集塊の観察を行った。使用した細胞、培地、HA複合体及び培養条件等は以下のとおりである。また、A型野生型HA複合体及びA型変異型HA複合体は実施例8で作製したものと同様のものを使用した。
〔細胞〕
ヒトiPS細胞(Tic(iMatrix−511(nippi)で維持していたiPS細胞、NP19))
〔培地〕
mTeSR1(STEMCELL Technologies)
〔HA〕
A型野生型HA複合体
A型変異型HA複合体1(HA1 N285A)
A型変異型HA複合体2(HA3 R528A)
A型変異型HA複合体3(HA1 N285A/HA3 R528A)
A型変異型HA複合体4(HA3 K607A)
〔HA調製・添加方法〕
PBSでHA複合体を段階希釈し、さらに、培地(mTeSR1)を用いて希釈したもの(終濃度:100nM)をウェルに添加した。
〔培養条件〕
37℃、5%CO2雰囲気下
〔観察〕
全視野をIn Cell Aanalyzer(商品名、GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて細胞集塊を観察した。
【0101】
コントロールとして、HA複合体を添加しない以外は、上記と同様にして行った。
【0102】
以上の結果を下記表5に示す。
【表5】
【0103】
A型野生型複合体は、B型野生型HA複合体及びB型変異型HA複合体1〜3と同様のレベルで細胞集塊を分解することができた。A型変異型HA複合体1〜3は、同じ濃度条件で行った場合、A型野生型複合体、B型野生型HA複合体及びB型変異型HA複合体1〜3よりもさらに小さな塊に分割することができた。一方、カドヘリン結合活性消失変異体である比較例1の変異型HA複合体4(HA3 K607A)の添加では細胞集塊の分割は殆どみられず、コントロール(HA複合体未添加)では細胞集塊は分割しなかった。
【配列表フリーテキスト】
【0104】
配列番号1:B型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンのサブコンポーネントHA1
配列番号2:B型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2
配列番号3:B型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンのサブコンポーネントHA3
配列番号4:B型変異型HA1(HA1 N286A)
配列番号5:B型変異型HA3(HA3 R528A)
配列番号6:B型変異型HA3X(HA3 K607A)
配列番号7:FLAGタグ
配列番号8:Strepタグ
配列番号9〜14:プライマー
配列番号15:D4タグ
配列番号16:A型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンのサブコンポーネントHA1
配列番号17:A型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンのサブコンポーネントHA2
配列番号18:A型ボツリヌス菌由来の野生型ヘマグルチニンのサブコンポーネントHA3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]