(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
畜産農家にとって、畜舎から出る廃水の処理は、多大なコストおよび労力を要するため、大きな負担となっている。また、環境への影響を防ぐために、畜産バイオマスの資源化や排水処理基準の厳格化などに対応した新しい廃水処理技術の開発が求められている。有機性廃水の適正な処理および有機性廃水からの資源の回収を実現できる新技術の開発は、畜産分野のみならず食品加工、醸造、都市部における下水処理などの幅広い分野においても必要とされている。
【0003】
近年、生物電気化学システム(Bioelectrochemical System;BES)と称される新しい技術が注目されている。生物電気化学システムは、電極上の反応を促進させる触媒として生物を利用する装置(バイオリアクター)の総称である。生物電気化学システムの例には、微生物燃料電池(Microbial Fuel Cell;MFC)や微生物電解セル(Microbial Electrolysis Cell;MEC)、微生物電気化学的または酵素電気化学的な物質の生産または分解を行う装置などが含まれる。微生物燃料電池および微生物電解セルでは、微生物が嫌気性条件下において有機物を酸化還元反応で分解するとともに、そのときに生じた電子をアノード(負極)に渡す役割を担っている。
【0004】
微生物燃料電池は、嫌気性条件下において微生物が有機物を分解(酸化)することによって生じる余剰の還元力(電子)をアノード(負極)で回収することで発電(エネルギー回収)を行うバイオリアクターである。微生物燃料電池において、有機物の分解により生成された水素イオンは、カソード(正極)側に移動する。一方、有機物の分解により生成された電子は、アノードで回収されて、外部回路を経由してカソードに移動する。カソード表面では、アノード側から移動してきた水素イオンおよび電子が酸素と反応することで、水が生成される。
【0005】
微生物燃料電池では外部からのエネルギー投入を必要としないが、微生物電解セルではアノード(負極)とカソード(正極)との間に電圧を印加することを必要とする。微生物電解セルでは、アノードおよびカソードは、電圧印加部(電源やポテンショスタットなど)に接続されており、電圧印加部は、アノードとカソードとの間に電圧を印加する。このように、微生物電解セルでは外部からエネルギーをわずかに投入することが必要である。微生物電解セルにおいて、有機物の分解により生成された水素イオンは、カソード(正極)側に移動する。一方、有機物の分解により生成された電子は、アノードで回収されて、外部回路を経由してカソードに移動する。カソード表面では、水素イオンと電子とが反応することで、水素ガスが生成される。この水素を回収することにより、エネルギーを回収することができる。水素として得られるエネルギーの量は、電圧印加として投入したエネルギーの量よりも大きいため、微生物電解セル全体としては、廃水からエネルギーを回収したことになる。
【0006】
微生物燃料電池や微生物電解セルなどの生物電気化学システムは、様々な種類の有機性廃水を処理することができる。この処理により廃水中の有機物が分解されるため、生物電気化学システムは、廃水を浄化(有機物を除去)する機能も併せ持っている。このように、生物電気化学システムは、廃水の浄化および廃水からのエネルギー回収を同時に行うことができるため、今後の新技術として期待されている。
【0007】
生物電気化学システムでは、有機物の分解により生成された電子をアノードに渡す反応を高速化させることが非常に重要であり、この反応の速度が装置全体の処理速度に大きく影響を及ぼす。アノードとしては、通常、グラファイトやカーボンクロス、カーボンフェルト、カーボンブラシなどの炭素電極が使用される(例えば、非特許文献1,2参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の生物電気化学システムには、電極上での反応速度が遅いという問題があり、実用化のためには電極上での反応速度の向上が必要である。一般的に、生物電気化学システムにおける装置全体の処理速度(微生物燃料電池および微生物電解セルでは出力に関係する)は、微生物からアノードへの電荷移動効率に依存する。前述のとおり、従来の微生物電気化学システムでは、炭素電極がアノードとして使用されていた。このため、装置全体の処理速度を向上させる観点からは、アノードに改善の余地があると期待される。また、炭素電極は、物理的強度および形状保持性の観点からも改善の余地がある。
【0010】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、炭素電極をアノードとして有する従来の生物電気化学システムよりも装置全体の処理速度に優れる生物電気化学システム、およびそれに用いられる電極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、アノードとして用いる電極の表面にモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズまたは酸化ニッケルを存在させることで上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の生物電気化学システムに関する。
【0013】
[1]容器と、前記容器内に収容された、有機物および電子供与微生物を含む液体と、前記液体に接触するように配置されたアノードと、前記液体に接触するように、またはカチオン透過性の隔膜を挟んで前記液体と隣接するように配置されたカソードと、を有し、前記アノードは、モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび酸化ニッケルからなる群から選択される1または2以上の電極材料を含み、前記アノードの表面における前記電極材料の表面積の合計割合は、0.001〜100面積%の範囲内である、生物電気化学システム。
[2]前記アノードは、実質的に前記電極材料からなる、[1]に記載の生物電気化学システム。
[3]前記アノードは、導電体からなる電極本体と、前記電極本体の表面に配置された前記電極材料を含む表面層と、を有する、[1]に記載の生物電気化学システム。
[4]前記生物電気化学システムは、微生物燃料電池である、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の生物電気化学システム。
[5]前記アノードから前記カソードに電子が流れるように、前記アノードと前記カソードとの間に電圧を印加する電圧印加部をさらに有し、前記生物電気化学システムは、微生物電解セルである、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の生物電気化学システム。
【0014】
また、本発明は、以下の生物電気化学システム用電極に関する。
【0015】
[6]生物電気化学システムにおいてアノードとして使用される電極であって、モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび酸化ニッケルからなる群から選択される1または2以上の電極材料を含み、その表面における前記電極材料の表面積の合計割合は、0.001〜100面積%の範囲内である、生物電気化学システム用電極。
[7]実質的に前記電極材料からなる、[6]に記載の生物電気化学システム用電極。
[8]導電体からなる電極本体と、前記電極本体の表面に配置された、前記電極材料を含む表面層と、を有する、[6]に記載の生物電気化学システム用電極。
[9]前記生物電気化学システムは、微生物燃料電池である、[6]〜[8]のいずれか一項に記載の生物電気化学システム用電極。
[10]前記生物電気化学システムは、微生物電解セルである、[6]〜[8]のいずれか一項に記載の生物電気化学システム用電極。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、炭素電極をアノードとして有する従来の生物電気化学システムよりも装置全体の処理速度に優れる生物電気化学システムを提供することができる。たとえば、本発明によれば、従来の生物電気化学システムよりも出力に優れる微生物燃料電池および微生物電解セルを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0019】
[実施の形態1]
実施の形態1では、本発明に係る生物電気化学システムの例として、微生物燃料電池について説明する。
【0020】
(微生物燃料電池の構成)
図1は、実施の形態1に係る微生物燃料電池100の構成を示す模式図である。
図1に示されるように、微生物燃料電池100は、容器110、液体120、アノード(負極)130、膜電極接合体140を有する。液体120は、有機物および電子供与微生物122を含む。膜電極接合体140は、隔膜142およびカソード(正極)144を含む。また、アノード130とカソード144は、外部回路を構成する導線により電気的に接続されている。
【0021】
容器110は、微生物燃料電池100の本体部を構成し、液体120を収容する。容器110の素材、形状および大きさは、特に限定されず、用途に応じて適宜設定されうる。本実施の形態に係る微生物燃料電池100では、隔膜142およびカソード144を含む膜電極接合体140が容器110の壁面の一部を構成している。
【0022】
液体120は、容器110内に収容されており、燃料となる有機物および電子供与微生物122を含む。通常、液体120は、1種または2種以上の電解質を含有する水溶液である。電解質の種類は、水中で電離可能な物質であれば特に限定されない。電解質の例には、NaH
2PO
4/Na
2HPO
4、KH
2PO
4/K
2HPO
4、NaCO
3/NaHCO
3、NaCl、KCl、NH
4Clなどが含まれる。また、液体120には、必要に応じて電子メディエータや導電性微粒子などの電子伝達性介在物質をさらに添加してもよい。
【0023】
液体120中の電子供与微生物122のうち、少なくとも一部の電子供与微生物122は、アノード130に担持されている。すなわち、アノード130は、電子供与微生物122を高密度で保持する担体としても機能する。電子供与微生物122の種類は、1種であってもよいし、2種以上であってもよい。有機廃水や汚泥などを燃料として使用する場合は、外部から電子供与微生物を加えなくとも、それらに生息する電子供与微生物をそのまま利用することができる。たとえば、シュードモナスやジオバクターなどは、土壌や淡水、海水などの自然環境の至るところに生息しているため、有機廃水や汚泥などを燃料とすれば、外部から添加することなく利用できる。
【0024】
燃料となる有機物の種類は、電子供与微生物122が代謝可能であれば、特に限定されない。燃料となる有機物としては、アルコールや単糖類、多糖類、タンパク質などの有用資源だけでなく、農産業廃棄物や有機廃液、し尿、汚泥、食物残渣などの未利用資源(有機性廃棄物)も使用することができる。燃料となる有機物は、電子供与微生物122の維持および増殖のため、また微生物燃料電池100を連続して稼働させるため、必要に応じて追加される。
【0025】
アノード130は、少なくともその一部が液体120に接触するように配置される。本実施の形態では、アノード130は、容器110内に固定されている。たとえば、アノード130は、液体120に浸漬されてもよいし、容器110の内壁の一部を構成するように配置されてもよい。アノード130の形状は、特に限定されず、電子供与微生物122の付着性や電子供与微生物122からの電子伝達度などに応じて適宜選択されうる。アノード130の形状の例には、板状やメッシュ状、ブラシ状、棒状、粒状などが含まれる。
【0026】
本実施の形態に係る微生物燃料電池100は、アノード130の表面にモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズまたは酸化ニッケルが存在することを一つの特徴とする。すなわち、アノード130は、モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび酸化ニッケルからなる群から選択される1または2以上の電極材料を含む。アノード130は、モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズまたは酸化ニッケルのいずれか一種のみを含んでいてもよいし、二種以上を含んでいてもよい。このようにアノード130の表面にモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズまたは酸化ニッケルを存在させることで、特別な表面処理がなされていない炭素電極よりも出力を向上させることができる(実施例参照)。一般的に、アノードとして金属電極を用いると、微生物の付着が悪く、炭素電極を用いた場合よりも出力が低下すると考えられている。これに対し、本発明者は、アノード130の表面にモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズまたは酸化ニッケルが存在すると、特別な表面処理がなされていない炭素電極よりも出力が向上することを見出した。このように出力が向上する原理は不明であるが、電子伝達の中間体(例えば、水素やギ酸、シトクロム、リボフラビン、ナノワイヤ、メタノール、エタノールなど)とモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズまたは酸化ニッケルとが高親和性を示して、電子を受け渡ししやすくしているためと推察される(原理がこれに限定されるものではない)。
【0027】
アノード130の表面におけるモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび酸化ニッケルの表面積の合計割合は、0.001〜100面積%の範囲内が好ましく、10〜100面積%の範囲内がより好ましく、50〜100面積%の範囲内がさらに好ましく、90〜100面積%の範囲内が特に好ましい。アノード130の表面におけるモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび酸化ニッケルの表面積の合計割合は、エネルギー分散型X線分析(EDS/EDX)やX線光電子分光(ESCA)、X線回折(XRD)、蛍光X線分析(XRF)など行い、これらの結果を総合的に判断することで決定される。
【0028】
アノード130の構成は、特に限定されない。たとえば、アノード130は、モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび/または酸化ニッケル(合計100質量%)を成形することで作製されてもよいし、モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび/または酸化ニッケルを含む組成物を成形することで作製されてもよい。また、アノード130は、他の導電性材料からなる電極本体の表面に、モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび/または酸化ニッケルを含む表面層を形成することで作製されてもよい。また、モリブデン、スズまたはニッケルからなる電極の表面を酸化させて、電極の表面に酸化モリブデン、酸化スズまたは酸化ニッケルを含む表面層を形成してもよい。
【0029】
モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび/または酸化ニッケルを成形することでアノード130を作製する場合は、例えばモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズまたは酸化ニッケルを板状、メッシュ状または棒状に成形すればよい。
【0030】
また、モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび/または酸化ニッケルを含む組成物を成形することでアノード130を作製する場合は、例えばモリブデン粉末、酸化モリブデン粉末、スズ粉末、酸化スズ粉末および/または酸化ニッケル粉末を含む組成物を成形すればよい。モリブデン粉末、酸化モリブデン粉末、スズ粉末、酸化スズ粉末および/または酸化ニッケル粉末を用いてアノード130を作製する場合、これらの粉末の平均粒径は、特に限定されないが、例えば10〜500nm程度であればよい。平均粒径が小さい粉末を使用することは、アノード130の表面積の増大に繋がるため好ましいが、製造コストの増大にも繋がる。したがって、現実的には、平均粒径が10〜500nm程度の粉末を使用すればよい。
【0031】
また、モリブデン粉末、酸化モリブデン粉末、スズ粉末、酸化スズ粉末および/または酸化ニッケル粉末を含む組成物を用いてアノード130を作製する場合は、他の物質としては導電性の高い物質を使用することが好ましい。たとえば、炭素は、自然界に豊富に存在し、かつ安価であり、かつ微生物が付着しやすいことから、モリブデン粉末、酸化モリブデン粉末、スズ粉末、酸化スズ粉末および/または酸化ニッケル粉末と組み合わせる物質として好ましい。たとえば、炭素粉末を使用する場合、炭素粉末の平均粒径は、特に限定されないが、例えば1〜40nm程度であればよい。平均粒径が小さい粉末を使用することは、アノード130の表面積の増大に繋がるため好ましいが、製造コストの増大にも繋がる。したがって、現実的には、平均粒径が1〜40nm程度の粉末を使用すればよい。
【0032】
また、モリブデン粉末、酸化モリブデン粉末、スズ粉末、酸化スズ粉末および/または酸化ニッケル粉末を含む組成物の成形を容易にする観点からは、樹脂バインダーを添加することが好ましい。樹脂バインダーの種類は、特に限定されないが、水素イオン伝導性を有する樹脂が好ましい。そのような樹脂の例には、ナフィオン(登録商標)が含まれる。たとえば、遊星ボールミルや乳鉢などを用いて、モリブデン粉末、酸化モリブデン粉末、スズ粉末、酸化スズ粉末および/または酸化ニッケル粉末と、炭素粉末と、イオン伝導性ポリマー溶液との混合物を調製し、得られた混合物を棒状または板状のキャビティを有する成形型に導入し、加熱することで、アノード130を作製することができる。
【0033】
他の導電性材料からなる電極本体の表面に、モリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズおよび/または酸化ニッケルを含む表面層を形成することでアノード130を作製する場合、電極本体の形状は、特に限定されない。電極本体の形状の例には、板状、メッシュ状、棒状、ブラシ状が含まれる。また、電極本体の素材も、特に限定されない。前述のとおり、炭素は、自然界に豊富に存在し、かつ安価であることから、電極本体の素材としても好ましい。たとえば、遊星ボールミルや乳鉢などを用いて、モリブデン粉末、酸化モリブデン粉末、スズ粉末、酸化スズ粉末および/または酸化ニッケル粉末と、炭素粉末と、イオン伝導性ポリマー溶液との混合物を調製し、得られた混合物をインクジェット装置やバーコーターなどを用いて電極本体の表面に塗布し、加熱することで、アノード130を作製することができる。混合物に含まれる各成分は、上述のものを使用すればよい。たとえば、ホットプレス機を用いて加熱(圧着)する場合は、120〜150℃で10分〜1時間、10〜100kgf/cm
2の圧力で圧着すればよい。
【0034】
また、モリブデン、スズまたはニッケルからなる電極の表面を酸化させて、電極の表面に酸化モリブデン、酸化スズまたは酸化ニッケルを含む表面層を形成する場合、電極の表面を酸化させる方法は、特に限定されない。たとえば、陽極酸化により酸化皮膜を形成してもよいし、薬品(酸化剤)により酸化皮膜を形成してもよいし、電気炉で加熱して酸化皮膜を形成してもよいし、火で炙ることで酸化皮膜を形成してもよい。
【0035】
膜電極接合体140は、カチオン透過性を有する隔膜142と、ガス透過性を有するカソード144とを含む。隔膜142およびカソード144は、一体化されて膜電極接合体140を構成している。膜電極接合体140は、隔膜142が液体120に接触し、カソード144が外気に接触するように配置される。本実施の形態では、膜電極接合体140は、容器110の内壁の一部を構成するように配置されている。
【0036】
隔膜142は、カチオンを選択的に透過させうる膜であり、液体120とカソード144との間に配置されている。隔膜142の種類は、カチオンを選択的に透過させることができれば、特に限定されない。隔膜142の例には、プロトン交換膜が含まれる。プロトン交換膜は、プロトン伝導性のイオン交換高分子電解質からなる膜である。プロトン交換膜の素材の例には、パーフルオロスルホン酸系のフッ素イオン交換樹脂、有機/無機複合化合物が含まれる。パーフルオロスルホン酸系のフッ素イオン交換樹脂は、例えば、スルホ基および/またはカルボキシル基を有するパーフルオロビニルエーテルを基礎とする重合単位と、テトラフルオロエチレンを基礎とする重合単位とを含む共重合体を含む。そのようなフッ素イオン交換樹脂としては、ナフィオン(登録商標)が知られている。また、有機/無機複合化合物は、炭化水素系高分子(例えばポリビニルアルコール)および無機化合物(例えばタングステン酸)が複合化した化合物からなる物質である。これらの素材からなる膜は、市販されている。
【0037】
カソード(エアカソード)144は、隔膜142を挟んで液体120と隣接するように配置されている。カソード144の素材および形状は、ガス透過性および導電性を両立できれば特に限定されない。カソード144の素材の例には、炭素や金属などが含まれる。カソード144の例には、カーボンペーパーやカーボンクロス、カーボンメッシュ、グラファイト粒子、活性化グラファイト粒子、カーボンフェルト、網状ガラス化カーボン、ステンレス鋼メッシュなどが含まれる。また、これらの表面に、プラチナや活性炭などの酸素還元触媒を担持させてもよい。
【0038】
(微生物燃料電池の動作)
次に、本実施の形態に係る微生物燃料電池100の動作について説明する。
【0039】
図1に示されるように、本実施の形態に係る微生物燃料電池100を稼働させると、容器110内において、電子供与微生物122により有機物(例えば酢酸)が二酸化炭素に分解される際に、水素イオンと電子が生成される。有機物の分解により生成された水素イオンは、隔膜142を透過してカソード144表面に移動する。一方、有機物の分解により生成された電子は、アノード130で回収されて、外部回路を経由してカソード144に移動する。また、カソード144は通気性を有するため、カソード144表面には酸素も存在する。このような状況において、カソード144表面では、水素イオンおよび電子が酸素と反応することで、水が生成される。したがって、容器110内に有機物を供給することで、上記サイクルを維持して、外部回路に電力を連続して供給することができる。
【0040】
(効果)
以上のように、本実施の形態に係る微生物燃料電池100は、アノード130の表面にモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズまたは酸化ニッケルが存在しているため、特別な表面処理がなされていない炭素電極をアノードとして有する従来の微生物燃料電池よりも出力(アノードの単位面積当たりの電力密度)の点で優れている(実施例参照)。たとえば、燃料として有機廃液を使用した場合、本実施の形態に係る微生物燃料電池100は、有機廃液から電気エネルギーを回収するだけでなく、有機廃液の浄化処理も行うことができる。
【0041】
なお、本実施の形態では、隔膜142を有する微生物燃料電池100について説明したが、隔膜142は必須の構成要件ではない。すなわち、カソード144は、アノード130と接触してはいけないが、液体120には直接接触していてもよい。しかしながら、電池の長期持続性やエネルギーの回収効率などを考慮した場合は、隔膜142が存在することが好ましい。
【0042】
また、本実施の形態では、エアカソード方式(単槽方式)の微生物燃料電池について説明したが、本発明に係る生物電気化学システムは、二槽方式の微生物燃料電池であってもよい。この場合は、容器110は、隔膜142によりアノード槽とカソード槽とに分けられる。アノード130は、アノード槽内に収容された有機物および電子供与微生物122を含む液体中に浸漬され、カソード144は、カソード槽内に収容された液体中に浸漬される。
【0043】
[実施の形態2]
実施の形態2では、本発明に係る生物電気化学システムの例として、微生物電解セルについて説明する。
【0044】
(微生物電解セルの構成)
図2は、実施の形態2に係る微生物電解セル200の構成を示す断面模式図である。
図2に示されるように、微生物電解セル200は、容器210、液体220、アノード(負極、作用極)230、カソード(正極、対極)240、参照電極250、ポテンショスタット260、水素回収部270および水素貯蔵部280を有する。アノード230、カソード240および参照電極250は、ポテンショスタット260に電気的に接続されている。液体220は、有機物および電子供与微生物222を含む。
【0045】
容器210は、微生物電解セル200の本体部を構成し、液体220を収容する。容器110の素材、形状および大きさは、特に限定されず、用途に応じて適宜設定されうる。
【0046】
液体220は、容器210内に収容されており、エネルギー源となる有機物および電子供与微生物222を含む。液体220は、実施の形態1に係る微生物燃料電池100の液体120と同様のものである。
【0047】
アノード230は、液体220に接触するように配置される。本実施の形態では、アノード230は、液体220中に浸漬されている。アノード230は、実施の形態1に係る微生物燃料電池100のアノード130と同様のものである。
【0048】
カソード240は、液体220に接触するように配置される。本実施の形態では、カソード240は、液体220中に浸漬されている。カソード240の素材は、導電性を有し、かつ化学的に安定であれば特に限定されない。また、カソード240の形状は、特に限定されず、水素ガスの回収の容易性などに応じて適宜選択されうる。カソード240の素材の例には、炭素や金属、金属酸化物などが含まれる。カソード240の例には、カーボンクロスやカーボンフェルト、ステンレス鋼メッシュ、プラチナメッシュなどが含まれる。また、これらの表面に、プラチナなどの水素イオン還元触媒を担持させてもよい。
【0049】
参照電極250は、液体220に接触するように配置される。本実施の形態では、参照電極250は、液体220中に浸漬されている。参照電極250の種類は、特に限定されず、適宜選択されうる。参照電極250の例には、銀−塩化銀電極や標準水素電極、カロメル電極などが含まれる。
【0050】
ポテンショスタット260は、アノード230、カソード240および参照電極250に電気的に接続されており、アノード(作用極)230の電極電位を−0.4V(vs.Ag/AgCl)(Ag/AgCl:銀−塩化銀電極)以上、好ましくは−0.2〜2.0V(vs.Ag/AgCl)になるように制御する。電極電位を制御する基準として参照電極250を用い、カソード(対極)240に電子を流すことでアノード(作用極)230の電極電位を一定に保つ。この結果、ポテンショスタット260は、アノード(作用極)230とカソード(対極)240との間に電圧を印加することとなり、有機物の分解で生じる電子は、アノード(作用極)230からポテンショスタット260を介して最終的にカソード240に流れ、カソード240の表面で水素ガス272が発生する。このように、アノード(作用極)230の電極電位は、カソード240の電極電位よりも常に所定の電位差で低い。
【0051】
水素回収部270は、カソード140の表面で発生した水素ガス272を回収する。水素回収部270の構成は、上記目的を達成することができれば特に限定されない。本実施の形態では、水素回収部270は、液体220中においてカソード240の上部に配置された、漏斗形状の部材である。水素回収部270は、水素貯蔵部280に回収した水素ガスを送り込む。
【0052】
水素貯蔵部280は、水素回収部270が回収した水素ガスを貯蔵する。水素貯蔵部280の構成は、上記目的を達成することができれば特に限定されない。水素貯蔵部280の例には、ガスホルダーなどが含まれる。
【0053】
(微生物電解セルの動作)
次に、本実施の形態に係る微生物電解セル200の動作について説明する。
【0054】
ポテンショスタット260により、アノード(作用極)230の電極電位が常に所定の値(例えば−0.2V(vs.Ag/AgCl))となるように、参照電極250を基準として用いてアノード230とカソード240との間に電圧を印加して微生物電解セル200を稼働させると、容器210内において、電子供与微生物222により有機物(例えば酢酸)が二酸化炭素に分解される際に、水素イオンと電子が生成される。有機物の分解により生成された水素イオンは、カソード240表面に移動する。一方、有機物の分解により生成された電子は、アノード230で回収されて、外部回路を経由してカソード240に移動する。このような状況において、カソード240表面では、水素イオンおよび電子が反応することで、水素ガス272が生成される。したがって、容器210内に有機物を供給することで、上記サイクルを維持して、水素ガス272を連続して生成することができる。
【0055】
(効果)
以上のように、本実施の形態に係る微生物電解セル200は、アノード230の表面にモリブデン、酸化モリブデン、スズ、酸化スズまたは酸化ニッケルが存在しているため、特別な表面処理がなされていない炭素電極をアノードとして有する従来の微生物電解セルよりも出力(電流の生産量および水素ガスの生産量)に優れている(実施例参照)。たとえば、燃料として有機廃液を使用した場合、本実施の形態に係る微生物電解セル200は、有機廃液から水素ガスを回収するだけでなく、有機廃液の浄化処理も行うことができる。
【0056】
なお、本実施の形態では、アノード230とカソード240との間に電圧を印加する電圧印加部としてポテンショスタット260を有する微生物電解セル200について説明したが、電圧印加部としてポテンショスタット260の代わりに電源を配置してもよい。この場合は、電源は、アノード230およびカソード240に電気的に接続され、アノード230からカソード240に電子が流れるように、アノード230とカソード240との間に電圧を印加する。参照電極250は、不要である。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を参照して本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0058】
[実施例1]
本実施例では、実施の形態1に係るエアカソード方式の微生物燃料電池(
図1参照)を作製した。
【0059】
1.アノードの準備
(1)モリブデン電極
モリブデン電極として、純度99.95%のモリブデン板(50mm×50mm×0.1mm、MO−293328、株式会社ニラコ)を準備した。
【0060】
(2)酸化モリブデン電極
上記のモリブデン電極を0.2M酢酸水溶液中に浸漬した状態で30Vの電圧を10分間印加することで、モリブデン電極の表面に陽極酸化皮膜を形成した。この電極の表層部分は、実質的に酸化モリブデンからなっていた。
【0061】
(3)スズ電極
スズ電極として、純度99.9%のスズ板(50mm×50mm×0.1mm、SN−443321、株式会社ニラコ)を準備した。
【0062】
(4)酸化スズ電極
上記のスズ電極を1%水酸化ナトリウム水溶液中に浸漬した状態で10Vの電圧を10分間印加することで、スズ電極の表面に陽極酸化皮膜を形成した。この電極の表層部分は、実質的に酸化スズからなっていた。
【0063】
(5)ニッケル電極
ニッケル電極として、純度99%以上のニッケル板(50mm×50mm×0.1mm、NI−313324、株式会社ニラコ)を準備した。
【0064】
(6)酸化ニッケル電極
最高加熱処理温度が1500〜1900℃である都市ガス用コンロを用いて上記のニッケル電極を片面を5分間ずつ、合計10分間炙ることで、ニッケル電極の表面に酸化皮膜を形成した。この間のニッケル電極の最高到達温度は、1200〜1400℃であった。この電極の表層部分は、実質的に酸化ニッケルからなっていた。
【0065】
(7)ニオブ電極
ニオブ電極として、純度99.9%のニオブ板(50mm×50mm×0.1mm、NB−323312、株式会社ニラコ)を準備した。
【0066】
(8)炭素電極
炭素電極として、実質的に炭素繊維からなるカーボンクロス(50mm×50mm×0.1mm、EC−CC1−060、株式会社東陽テクニカ)を準備した。
【0067】
2.カソード(MEA)の作製
粒子径30〜40nmの導電性カーボン粉末(Vulcan XC-72;CABOT社)25mg、粒子径2〜3nmのプラチナ粉末(田中貴金属工業株式会社)25mg、イオン伝導性ポリマー溶液(ナフィオン(登録商標)を5質量%含む溶液)0.5mLを混合して、ペーストを作製した。得られたペーストをカーボンクロス(50mm×50mm)の一方の面上に均一に塗布し、大気中でホットプレス機を用いてプレス(150℃、10分間、圧力60kgf/cm
2)して厚み約100μmの触媒層を形成した。
【0068】
得られた積層体の触媒層の上に、前述のイオン伝導性ポリマー溶液を厚さが数μmとなるように塗布した。さらにその上に、プロトン交換膜(Nafion-117;65mm×65mm)を載せ、前述の条件でプレスして圧着した。最終的なプラチナ触媒の密度は、0.5mg/cm
2相当量である。
【0069】
3.人工廃水の調製
以下の表に示される添加物を蒸留水に加えて、人工廃水(電解質溶液)を調製した。
【表1】
【0070】
4.微生物燃料電池の作製
電解槽として、容量125mLのアクリル樹脂製の角筒状の容器を準備した。角筒の内部空間の大きさは、50mm×50mm×50mmである。角筒の1つの側壁には、培地などを導入するための貫通孔(導入口)が形成されている。
【0071】
角筒の一方の開口部に、アノード用内部パッキン(50mm×50mmの貫通孔が形成されている)、アノード、アノード用外部パッキン(貫通孔が形成されていない)およびアノード側カバーを積層し、取り付けボルトを用いて角筒に固定した。このとき、アノードが角筒の内部空間に露出するようにアノードを配置した。アノードとしては、上記(1)〜(8)の電極のいずれか一つを配置した。
【0072】
同様に、角筒の他方の開口部に、膜電極接合体用内部パッキン(50mm×50mmの貫通孔が形成されている)、膜電極接合体、膜電極接合体用外部パッキン(50mm×50mmの貫通孔が形成されている)および膜電極接合体側カバー(直径15mmの貫通孔が4つ形成されている)を積層し、取り付けボルトを用いて角筒に固定した。このとき、プロトン交換膜が触媒層よりも角筒の内部空間側に位置するように膜電極接合体を配置した。
【0073】
5.微生物燃料電池の出力密度の測定
人工廃水(表1)と、電子供与微生物を含む活性汚泥とを5:1の割合で混合した。得られた混合液(培地)を導入口から電解槽の内部に導入して、30℃で培養を開始した。1週間に1回の頻度で混合液を交換しながら6週間培養した。その後、カソードの単位面積あたりの電力密度を測定した。
【0074】
図3は、電流値と電力密度との関係を示すグラフである。このグラフに示されるように、アノードとしてモリブデン電極またはスズ電極を用いた場合は、金属電極でありながら高い最高電力密度(237〜275mW/m
2)を示した。また、アノードとして酸化モリブデン電極、酸化スズ電極または酸化ニッケル電極を用いた場合も、高い最高電力密度(247〜281mW/m
2)を示した。これらの値は、アノードとしてニオブ電極(1mW/m
2)、炭素電極(183mW/m
2)またはニッケル電極(165mW/m
2)を用いた場合よりも顕著に高かった。なお、このグラフにおいて、ニオブ電極を用いた場合の結果は、原点付近において他のプロットに埋もれてしまっている。
【0075】
ここでは結果を示さないが、モリブデン電極またはスズ電極を電気炉で加熱するか、または火で炙ることで得られた酸化モリブデン電極または酸化スズ電極を用いた場合、およびニッケル電極を電気炉で加熱することで得られた酸化ニッケル電極を用いた場合も、最高電力密度が高かった。一方、チタン電極、亜鉛電極、アルミニウム電極、インジウム電極、ジルコニウム電極、タンタル電極、銀電極、パラジウム電極またはこれらの表面を酸化した電極を用いた場合は、ニオブ電極を用いた場合と同様に、最高電力密度が低かった。
【0076】
[実施例2]
本実施例では、実施の形態2に係る微生物電解セル(
図2参照)を作製した。
【0077】
1.電極の準備
実施例1と同様に、アノード(作用極、負極)として、(1)モリブデン電極、(2)酸化モリブデン電極、(3)スズ電極、(4)酸化スズ電極、(5)ニッケル電極、(6)酸化ニッケル電極、(7)ニオブ電極および(8)カーボン電極を準備した。また、カソード(対極、正極)としてのプラチナ電極(10mm×10mm×0.2mm)、参照電極としての銀−塩化銀電極を準備した。
【0078】
2.人工廃水の調製
実施例1と同様の組成の人工廃水(電解質溶液)を調製した(表1参照)。
【0079】
3.微生物電解セルの作製
容器として、容量125mLのアクリル樹脂製の立方体形状の容器を準備した。容器の内部空間の大きさは、50mm×50mm×50mmである。容器内に、アノード、カソード(プラチナ電極)および参照電極(銀−塩化銀電極)を配置した。これらの電極は、ポテンショスタットに接続されている。アノードとしては、上記(1)〜(8)の電極のいずれか一つを配置した。また、カソード(プラチナ電極)の上部に漏斗形状の水素回収部を設置して水素ガスを回収するとともに、水素ガスの量を計測できるようにした。
【0080】
4.微生物電解セルの電流値および水素ガスの発生量の測定
人工廃水(表1)と、電子供与微生物を含む活性汚泥とを5:1の割合で混合した。得られた混合液(培地)を導入口から容器の内部に導入して、30℃で培養を開始した。1週間に1回の頻度で混合液を交換しながら6週間培養した。その後、電流値および水素ガスの発生量を測定した。
【0081】
図4は、アノードの電位を開放電位から−0.2V(vs.Ag/AgCl)に変化させた場合の電流値を示すグラフである。このグラフに示されるように、アノードとしてモリブデン電極または酸化モリブデン電極を用いた場合は、−0.3V(vs.Ag/AgCl)における電流値は2.7〜3.0mAであった。また、アノードとしてスズ電極、酸化スズ電極または酸化ニッケル電極を用いた場合も、−0.3V(vs.Ag/AgCl)において大きい電流値(2.9〜3.1mA)を示した。これらの値は、アノードとしてニオブ電極(0.01mA)、炭素電極(1.3mA)またはニッケル電極(1.0mA)を用いた場合よりも顕著に大きかった。
【0082】
図5は、水素ガスの発生量の継時的変化を示すグラフである。このグラフに示されるように、アノードとしてモリブデン電極、スズ電極、酸化モリブデン電極、酸化スズ電極または酸化ニッケル電極を用いた場合は、アノードとしてニオブ電極、炭素電極またはニッケル電極を用いた場合よりも、水素ガスの発生量が顕著に多かった。