(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6359241
(24)【登録日】2018年6月29日
(45)【発行日】2018年7月18日
(54)【発明の名称】鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20180709BHJP
C22C 38/24 20060101ALI20180709BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20180709BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C38/24
C22C38/50
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-65257(P2013-65257)
(22)【出願日】2013年3月26日
(65)【公開番号】特開2014-189822(P2014-189822A)
(43)【公開日】2014年10月6日
【審査請求日】2015年12月7日
【審判番号】不服2017-12429(P2017-12429/J1)
【審判請求日】2017年8月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】前田 雅人
【合議体】
【審判長】
板谷 一弘
【審判官】
結城 佐織
【審判官】
長谷山 健
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭64−25950(JP,A)
【文献】
特開2009−97047(JP,A)
【文献】
特開2006−28564(JP,A)
【文献】
特開2009−242820(JP,A)
【文献】
特表2010−539325(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C38/00-38/60
C21D8/00-8/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、該鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Al:0.05%以下、O:0.0100%以下を含有し残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、該鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼。
【請求項3】
質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、Ni:0.04〜0.40%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、該鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼。
【請求項4】
質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Al:0.05%以下、O:0.0100%以下、Ni:0.04〜0.40%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、該鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼。
【請求項5】
質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満を含有し、さらにTi、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上を0.01〜0.30%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、該鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼。
【請求項6】
質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Al:0.05%以下、O:0.0100%以下を含有し、さらにTi、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上を0.01〜0.30%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、該鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼。
【請求項7】
質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、Ni:0.04〜0.40%を含有し、さらにTi、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上を0.01〜0.30%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、該鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼。
【請求項8】
質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Al:0.05%以下、O:0.0100%以下、Ni:0.04〜0.40%を含有し、さらにTi、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上を0.01〜0.30%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、該鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ディスクなどのように高い表面平滑度を必要とするプラスチック製品を成形する金型並びに工具に関する。
【背景技術】
【0002】
光ディスクなどのような表面平滑度が必要なプラスチック製品を成形するための金型には高い鏡面性が要求される。さらに、この金型にはプラスチック成形時に発生する腐食性ガスに対する耐食性も必要とされるため、プラスチック成形金型用鋼としてJISで規定するSUS420J2相当鋼が使用される。ところで、このプラスチック成形用金型用鋼としてのSUS420J2相当鋼は、現状では、炭窒化物の偏析が残った状態で使用されている。
【0003】
上記したように、プラスチック成形用金型用鋼であるSUS420J2相当鋼から成形した金型は、鏡面性を高めるために研磨されるが、該相当鋼中の炭化物は硬質なため研磨されにくく、さらに偏析して残った炭窒化物およびその周辺は研磨されずに残るので、炭窒化物の周辺が僅かにうねった状態となる。また偏析部の炭窒化物は粗大なものが多く、欠落して孔を作る。そこで、SUS420J2相当鋼からなるプラスチック成形用金型は、金型の炭窒化物偏析部では大きなうねりおよび孔が生じる。このため、プラスチック成形用金型として、炭窒化物偏析部の部分が低鏡面状態で使用されていることが判明した。
【0004】
ところで、上記したような炭窒化物の欠落を抑制するために、鋼の成分組成において、Cの含有量を減らすとともにNの含有量を増加することで、炭窒化物の大きさを微細に制御したプラスチック金型鋼が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、この特許文献1では、偏析によるうねりについては考慮しておらず、したがって、鏡面性は不足していると言わざるを得ないものである。
【0005】
さらに、炭化物の凝集を防ぐために、粉末冶金法により鋼材を得る方法が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかし、この特許文献2では、鋼の成分組成にC及び炭化物形成元素が多く含まれているため、炭化物の粗大化は避けられず、研磨時に炭化物が欠落し、鏡面性が低下する恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−9321号公報
【特許文献2】特開平11−43747号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように、光ディスクなどのような表面平滑度が必要なプラスチック製品を成形するための金型には高い鏡面性が要求され、また金型にはプラスチック成形時に発生する腐食性ガスに対する耐食性も必要である。これらを満足するものとして、SUS420J2相当鋼をプラスチック成形金型用鋼として使用しているが、この鋼は硬質な炭化物と炭窒化物を析出して有するので、プラスチック成形金型としたときの金型表面の鏡面性が低い状態であった。そこで発明者は鋭意研究を進めて本発明を開発することができた。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、プラスチック成形用金型用鋼としての新規な化学成分からなる鋼を得て、この鋼に析出して含有される炭化物や炭窒化物における、炭窒化物の粒径、鋼材の圧延方向と平行な面(以下、圧延面と呼ぶ)の100μm平方当たりの炭化物数、圧延面の300μm平方中における50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差を、一定の範囲とすることで鏡面性の高い耐食性の新規のプラスチック成形金型用鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するための本発明の手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満を含有し、残部が不可避不純物およびFeからなる鋼である。そして、この鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下望ましくは4μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼である。
【0010】
第2の手段
では、質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、P:0.030%以下、S:0.010%以下望ましくは0.005%以下、Al:0.05%以下望ましくは0.03%以下、O:0.0100%以下望ましくは0.0050%以下を含有し、残部が不可避不純物およびFeからなる鋼である。そして、この鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下望ましくは4μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼である。
【0011】
第3の手段では、質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、Ni:0.04〜0.40%を含有し、残部が不可避不純物およびFeからなる鋼である。そして、この鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下望ましくは4μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼である。
【0012】
第4の手段
では、質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、P:0.030%以下、S:0.010%以下望ましくは0.005%以下、Al:0.05%以下望ましくは0.03%以下、O:0.0100%以下望ましくは0.0050%以下、Ni:0.04〜0.40%を含有し、残部が不可避不純物およびFeからなる鋼である。そして、この鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下望ましくは4μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼である。
【0013】
第5の手段では、質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満を含有し、さらにTi、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上を0.01〜0.30%含有し、残部が不可避不純物およびFeからなる鋼である。そして、この鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下望ましくは4μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼である。
【0014】
第6の手段では、質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、P:0.030%以下、S:0.010%以下望ましくは0.005%以下、Al:0.05%以下望ましくは0.03%以下、O:0.0100%以下望ましくは0.0050%以下を含有し、さらにTi、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上を0.01〜0.30%含有し、残部が不可避不純物およびFeからなる鋼である。そして、この鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下望ましくは4μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼である。
【0015】
第7の手段では、質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満
、Ni:0.04〜0.40%を含有し、さらにTi、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上を0.01〜0.30%含有し、残部が不可避不純物およびFeからなる鋼である。そして、この鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下望ましくは4μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼である。
【0016】
第8の手段では、質量%で
、C:0.20〜0.40%、Si:0.2〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:12.0〜15.0%、Mo+W/2:0.4%以下、V:0.1〜1.0%未満、N:100ppm未満、
P:0.030%以下、S:0.010%以下望ましくは0.005%以下、Al:0.05%以下望ましくは0.03%以下、O:0.0100%以下望ましくは0.0050%以下、Ni:0.04〜0.40%を含有し、さらにTi、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上を0.01〜0.30%含有し、残部が不可避不純物およびFeからなる鋼である。そして、この鋼に析出含有される炭化物および炭窒化物として、炭窒化物の粒径が5μm以下望ましくは4μm以下であり、該鋼の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数が160個以下であり、さらに該鋼の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が30個以下であることを特徴とする鏡面性に優れた耐食性プラスチック成形金型用鋼である。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、上記の手段としたことで、光ディスクなどのように高い表面平滑度を必要とするプラスチック製品を成形する金型あるいは工具として活用できる、鏡面性が高く耐食性に優れたプラスチック成形金型用鋼であり、本発明のプラスチック成形金型用鋼は、鋼材面における炭窒化物の粒径が小さく鏡面に研磨時にこれらの炭窒化物の滑落による孔が生じることなく、圧延面の100μm平方当たりの炭化物数が少なくその部分に微差な凹凸の多量の発生なく、さらに圧延面の300μm平方中における50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差が少ないので最小部が研磨され易くなることなく鏡面にうねりを生じることが無いなどの優れた効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本願の発明を実施するための形態として、先ず、本願の発明に係るプラスチック成形金型用鋼における化学成分の成分範囲の限定理由を以下に説明する。なお、化学成分は、質量%で示す。
【0019】
C:0.20〜0.40%
Cは、固溶強化による硬さ、耐摩耗性の向上および焼入性を高めるために必要な元素であり、このためには0.20%以上が必要である。しかし、Cが0.40%を超えると粗大な炭化物を形成し、金型用鋼の鏡面性を悪化し、耐食性を低下する。そこで、Cは0.20〜0.40%とする。
【0020】
Si:0.2〜1.0%
Siは、溶製時の脱酸剤、鋼の焼入性および基地の硬さを得るために必要な元素であり、このためには0.2%以上が必要である。しかし、Siが1.0%を超えると靱性および加工性が悪化する。そこで、Siは0.2〜1.0%とする。
【0021】
Mn:1.0%以下
Mnは、溶製時の脱酸剤、鋼の焼入性を得るために必要な元素である。しかし、Mnが1.0%を超えるとマトリックスを脆化する。そこで、Mnは1.0%以下とする。
【0022】
Cr:12.0〜15.0%
Crは、不働態を形成し、耐食性を向上させるとともに焼入れ性を高める元素である。このためには、Crは12.0%以上が必要である。しかし、Crが15.0%を超えると粗大な炭化物を形成し、金型用鋼の鏡面性を悪化する。そこで、Crは12.0〜15.0%とする。
【0023】
Mo+W/2:0.4%以下
MoやWは、硬質炭化物を形成し、硬さ、耐摩耗性を向上させるとともに、焼入性および焼戻し軟化抵抗性を高める。このためには、Mo+W/2は0.4%以下であることが必要である。Mo+W/2が0.4%を超えると、粗大な炭化物および炭化物偏析を形成し、鏡面性を悪化する。そこで、Mo+W/2は0.4%以下とする。
【0024】
V:0.1〜1.0%未満
Vは、VCとして鋼材中に微細分散して析出し、そのVCが他の元素の炭化物の析出起点となり、炭化物偏析を抑制する。このためには、Vは0.1%以上が必要である。しかし、Vが1.0%以上では粗大な炭窒化物および炭窒化物偏析を形成し、鏡面性を悪化する。そこで、Vは0.1〜1.0%未満とする。
【0025】
N:100ppm未満
Nは、100ppm以上含有すると鋼中に窒化物を形成し、鋼面の研磨時に欠落して孔を造り、鏡面性を低下させる。そこで、Nは100ppm未満とする。
【0026】
P:0.030%以下
Pは、結晶粒界へ偏析し、靱性を低下する。そこで、Pは0.030%以下とする。
【0027】
S:0.010%以下、望ましくは0.0050%以下
Sは、硫化物を形成し、鏡面性を悪化し、さらに靱性および熱間加工性を悪化する。そこで、Sは0.010%以下、望ましくは0.0050%以下とする。
【0028】
Al:0.05%以下、望ましくは0.03%以下
Alは、酸化物や窒化物を形成し、鏡面性を悪化する。そこで、Alは0.05%以下、望ましくは0.03%以下とする。
【0029】
O:0.0100%以下、望ましくは0.0050%以下
Oは、他の金属元素と酸化物を形成し、鏡面性を悪化する。そこで、Oは0.0100%以下、望ましくは0.0050%以下とする。
【0030】
Ni:0.04〜0.40%
Niは、焼入性および耐食性を高める元素である。このためには、Niは0.04%以上が必要である。しかし、Niが0.40%以上含有されると、オーステナイト組織が残留して、鋼材寸法の経年変化を起す。そこで、Niは0.04〜0.40%とする。
【0031】
Ti、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上:合計で0.01〜0.30%
Ti、Nb、Ta、Zrは、いづれも微細な炭窒化物を形成し結晶粒粗大化を抑制することで靱性を向上する元素である。そのためには、Ti、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上の含有量が合計で0.01%以上とする必要がある。しかし、Ti、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上の含有量が合計で0.30%を超えて含有されると、粗大な炭窒化物および炭窒化物偏析を形成し鏡面性を悪化する。そこで、Ti、Nb、Ta、Zrのうちの1種又は2種以上は合計で0.01〜0.30%とする。
【0032】
さらに、本願の請求項におけるプラスチック成形金型用鋼の構成要件について、上記の化学成分以外の構成要件の限定理由を以下に説明する。
【0033】
炭窒化物粒径:5μm以下、望ましくは4μm以下
炭窒化物粒径は、粗大であると研磨時に鋼面から欠落して孔を形成し、鏡面性を低下する。そこで、炭窒化物粒径は5μm以下、望ましくは4μm以下とする。
【0034】
鋼材の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数:160個以下
鋼材の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数は、多すぎるとその部分で微細難凹凸が多量に発生する。そこで、鋼材の圧延面における100μm平方当たりの炭化物数は160個以下とする。
【0035】
鋼材の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差:30個以下
鋼材の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最小部の数の差は、大きいと、最小部が研磨されやすいので鏡面にうねりが生じることとなる。そこで、鋼材の圧延面における300μm平方中の50μm平方当たりの炭化物数の最大部の数と最少部の数の差は30個以下とする。
【0036】
さらに、本発明の実施の形態について、表を参照して以下に順次説明するものとする。先ず、本が発明に係る鋼において、高鏡面性が得られるような炭化物析出状態を実現する方法として、例えば、次の(1)および(2)のような製造方法が好適に適用できる。
【0037】
(1)本発明の鋼の化学成分からなる鋳造材を再溶融して2次溶解し、再凝固させる製造方法であり、一般的には、真空アーク再溶解法(VAR)やエレクトロスラグ再溶解法(ESR)によって2次溶解して再凝固させる。すなわち、この方法では、2次溶解により、再溶解後の凝固が短時間で行われるため、凝固偏析が起こりにくく、炭化物の一部凝集を抑えることが可能となる。
【0038】
(2)上記の(1)により溶解、再凝固させた鋼を、1000〜1200℃で10時間以上のソーキング処理を実施する製造方法である。この製造方法は、鋼中に析出した粗大な炭化物を適正範囲の大きさにコントロールするために最適の製造方法である。このソーキング処理は、焼入れ温度よりも高温で、かつ、融点よりも低い温度で実施する必要がある。ソーキング処理を適正に行えば、形成された粗大な炭化物を小さくし、さらに炭化物の量を少なくして均一に分散させることが可能である。なお、ソーキング処理する温度と時間は成分によって適正値が異なる。
【実施例1】
【0039】
表1に示す発明鋼の化学成分からなるプラスチック成形金型用鋼の100kgを真空誘導溶解炉で溶製した。この溶製により得られた鋼材を1200℃に加熱した均熱炉で10時間ソーキング処理し、これを縦横50mmの角材に鍛伸し、次いで1030℃に加熱して空冷する焼入れ処理を施し、さらに200〜500℃に加熱して空冷する焼戻し処理を2回繰り返した。
一方、表1の発明鋼の化学成分の範囲から外れる化学成分を有する鋼を比較鋼とし、その100kgを真空誘導溶解炉で溶製し、溶製により得られた鋼材を1200℃に加熱した均熱炉で10時間ソーキング処理し、これを縦横50mmの角材に鍛伸し、次いで1030℃に加熱して空冷する焼入れ処理を施した。上記の本発明の実施例である発明鋼と同様の処理をしたが、ただし、焼なましすなわち焼鈍処理を省略した。
これらにおける焼入焼戻し硬さは50HRC以上とした。
【0040】
【表1】
【0041】
鏡面性について、本発明の上記の方法において、焼戻し後、縦横50mmの角材を切断し、水平面を機械研磨により♯14000まで研磨し、試験片を作製した。研磨後の面中心部(300μm平方)をレーザー走査型超音波顕微鏡にて撮影し、画像中の50μm平方当りの炭化物数、炭化物の大きさを画像解析装置により計測した。また、研磨後の面について、粗さ指標であるRaおよびうねり指標であるWSmを測定した。Raは0.015以下(Ra≦0.015)、WSmは65μm(WSm≦65μm)であれば、面粗さやうねりが製品の鋼材表面に転写されたとしても、製品に影響が現れないことから、満たされれば○、満たさなければ×として、表2に、本願の発明に係るものを発明鋼とし、比較に係るものを比較鋼として評価結果を示している。
【0042】
【表2】
【0043】
表1に見られるように、本願の請求項に係る発明の化学成分の範囲を外れる比較鋼、ソーキング処理を行っていない比較鋼は、表2に見られるように、鋼材面から酸化物および炭窒化物の欠落があり、鋼材面にうねりが発生し、粗さ指標Raやうねり指標WSmが大きい。これに対して、本発明鋼は粗さ指標Raは小さく、さらにうねり指標WSmは小さい。したがって、本発明鋼によるプラスチック成形金型は優れた鏡面性有するのである。