(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6361966
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】藻場の形成方法
(51)【国際特許分類】
A01G 33/00 20060101AFI20180712BHJP
【FI】
A01G33/00
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-143427(P2014-143427)
(22)【出願日】2014年7月11日
(65)【公開番号】特開2016-19467(P2016-19467A)
(43)【公開日】2016年2月4日
【審査請求日】2017年2月14日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183266
【氏名又は名称】住友大阪セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074332
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 昇
(74)【代理人】
【識別番号】100114432
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 寛昭
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕明
(72)【発明者】
【氏名】久恒 成史
【審査官】
田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−006796(JP,A)
【文献】
特開2002−315467(JP,A)
【文献】
特開2003−047363(JP,A)
【文献】
特開2007−104933(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 33/00
A01K 61/70−61/78
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中生物による藻類に対する食圧が経時的に変化する水中において藻場を形成する藻場の形成方法であって、
前記食圧の低い時期に胞子又は幼胚を放散させる成熟期を迎える第一藻類と多年生の第二藻類とを育成する育成領域内に網状部材で覆われた保護領域を形成し、該保護領域内で第一藻類であるアントクメ及び第二藻類であるクロメを育成することを特徴とする藻場の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中生物による藻類に対する食圧が経時的に変化する水中に藻場を形成するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水中に形成される藻場は、藻場を構成する藻類の生育量と、水中生物の摂食活動による摂食量とのバランスによってある程度の領域に広がりをもって形成される。藻類は、魚類の摂食量の減少する時期(以下、食圧が低い時期とも記す)に成熟期(胞子を放散させる時期)を迎えるように生育することで、魚類による摂食のリスクを低減しつつ次世代の繁殖と生育が行われる。これにより、藻類の生育量と魚類による摂食量とのバランスが保たれて、ある程度の広がりをもった藻場が維持される。
【0003】
しかし、環境の変化によって食圧の高い時期が長期化し、斯かる時期(魚類による摂食量の多い時期)と藻類の成熟期とが重なる場合がある。斯かる場合、次世代の藻類の生育が魚類による摂食によって阻害され、藻類の生育量と魚類による摂食量とのバランスが崩れて藻場が消失する現象(以下、磯焼けとも記す)が生じている。
【0004】
このような磯焼けが生じている水中に再び藻場を形成する際には、魚類による摂食の影響を受けることなく藻類を育成することが要求される。このように藻類を育成する方法として、例えば、藻類の胞子や藻類自体が礁材に付着してなる藻礁を水底に設置して人工藻場を形成すると共に、礁材上の藻類を育成する領域を網状部材で覆って保護領域を形成する方法が提案されている(特許文献1参照)。斯かる方法では、藻類を摂食する生物が保護領域へ侵入しないため、藻礁上の藻類が水中生物の摂食活動の影響を受けることがなく、効率的に藻類の育成及び藻場の形成を行うことが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−6796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記のような保護領域を形成した場合、保護領域の外側においては、水中生物の摂食活動の影響を受けることになる。このため、食圧の高い時期に保護領域内の藻類から胞子が放散された場合、保護領域の外側の水底に胞子が付着しても保護領域の外側では藻類の育成が困難となって保護領域の外側に藻場を形成することができない。
【0007】
そこで、本発明は、網状部材で覆われた藻類の保護領域の外側においても藻場を形成することができる藻場の形成方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る藻場の形成方法は、水中生物による藻類に対する食圧が経時的に変化する水中において藻場を形成する藻場の形成方法であって、前記食圧の低い時期に胞子又は幼胚を放散させる成熟期を迎える第一藻類と多年生の第二藻類とを育成する育成領域内に網状部材で覆われた保護領域を形成し、該保護領域内で第一藻類
であるアントクメ及び第二藻類
であるクロメを育成することを特徴とする。
【0009】
斯かる構成によれば、第一藻類は、食圧の低い時期に成熟期を迎えるため、保護領域の外側の領域に胞子又は幼胚が放散されても次世代の第一藻類が生育する。これにより、保護領域の外側に第一藻類の藻場(以下、第一藻場とも記す)を形成することができる。また、多年生の藻類である第二藻類が保護領域内で育成されることで、水中生物の摂食活動の影響を受けることなく、年間を通じて保護領域内に第二藻類の藻場(以下、第二藻場とも記す)を形成することができる。つまり、保護領域の外側では第一藻場の形成と拡大を行うことができると共に、保護領域内では、第二藻場を年間通して維持することができる。
【0011】
斯かる構成によれば、保護領域内で第二藻類に加えて第一藻類を育成することで、第一藻類が成熟期を迎えるまで水中生物の摂食活動の影響を受けることなく第一藻類を育成することができる。これにより、保護領域の外側での第二藻場の形成を効率的に行うことができる。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、本発明によれば、網状部材で覆われた藻類の保護領域の外側においても藻場を形成することができる藻場の形成方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施形態に係る藻場の形成方法で使用される礁材に網状部材が設置された状態を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について
図1を参照しながら説明する。
【0019】
本実施形態に係る藻場の形成方法は、水中生物による藻類に対する食圧が経時的に変化する水中において藻場を形成するものである。また、本実施形態に係る藻場の形成方法は、水中生物として、アイゴ、ノトイスズミ、ブダイ、ニザダイ、ナジメ、カワハギ、ウマズラハギ等の植食性魚類が生息する海中、特に、アイゴ、ノトイスズミ、ブダイの少なくとも何れか一種が生息する海中に藻場を形成する際に好適に適用される。
【0020】
藻類に対する食圧の変化は、例えば、周辺海域の海藻量が変化することで、顕著になる。具体的には、春先の周辺海域にワカメ等の多くの海藻が存在する状況では、海藻を食べる藻食性魚類の食圧は、分散され、結果、食圧が低い状況となる。一方、春先から夏場にかけては、水温上昇に伴って春藻場(ワカメ等)が消失するため、周辺海域の海藻量が大きく減少し、相対的に食圧が高まる状況となる。さらに、比較的水温が高い時期(例えば、20℃以上となる期間)から徐々に水温が低下していく時期に藻類に対する食圧がさらに高くなり、ある程度まで温度が下がると逆に食圧は大きく減少する。この食圧が高まる時期は、周辺海域の海藻類の減少と、水温低下時期が重なる秋口に顕著となる。
【0021】
本実施形態に係る藻場の形成方法は、前記食圧の低い時期に胞子又は幼胚を放散させる成熟期を迎える第一藻類と多年生の第二藻類とを所定の領域(育成領域とも記す)で育成させる。育成領域としては、特に限定されるものではなく、人工礁材の表面や水底が用いられる。本実施形態では、
図1に示すように、人工礁材Aの表面と人工礁材Aの周囲の水底Lが育成領域となり、該育成領域に藻場が形成される。
【0022】
また、育成領域には、網状部材Bで覆われた保護領域が形成される。本実施形態では、礁材A上に網状部材Bが設置されることで礁材A上に保護領域が形成される。網状部材Bとしては、水中生物(具体的には、少なくとも上記の植食性魚類)が保護領域に侵入できない程度の編み目を有するものが用いられる。該保護領域では、少なくとも第二藻類が育成される。本実施形態では、保護領域では、第一藻類及び第二藻類が育成される。
【0023】
第一藻類としては、成熟期に胞子として遊走子を放散させるものであることが好ましい。遊走子が放散されることで、保護領域の周囲にまで遊走子が放散されるため、藻場(具体的には、後述の第一藻場)の拡大を効率的に行うことができる。また、第一藻類としては、食圧が高くなる時期の直前に成熟期を迎えるものであることが好ましい。これにより、第一藻類は、水中生物によって摂食され難い状態(例えば、水中生物が摂食しにくい大きさや形態)で食圧の高い時期を過ごすことができるため、食圧が低い時期が来た際に藻場(具体的には、後述の第一藻場)の形成を効率的に行うことができる。
【0024】
第一藻類としては、多年生ホンダワラ類、ホンダワラ類、コンブ類から選択される何れか一つ又は複数を用いることができる。ホンダワラ類としては、温帯性のマメタワラ、ヤツマタモク、アカモク等の南方系のキレバモク、マジリモク、フタエモク、ツクシモク等が挙げられる。コンブ類としては、ワカメ、(南方系)アントクメ等が挙げられる。特に、アントクメは、ワカメ類より生育期間が長く、また、遊走子がホンダワラ類の幼胚と比較して拡散範囲が広いため、藻場の拡大スピードが速い。また、アントクメは、仮根が岩礁に強固に付着する構造であるため、比較的波あたりが強く、水深帯が浅い海域から比較的光量が少ない深場の海域まで生育することが可能である。このため、第一藻類としてアントクメを用いることで、人工的な藻場造成(具体的には、後述する第一藻場の形成)を効率的に行うことができる。
【0025】
第二藻類は、保護領域内で魚類の食害に合うことなく通年に渡って育成されるものであるが、成熟期に胞子として遊走子を放散させる藻類であることが好ましい。遊走子が放散されることで、保護領域の周囲にまで遊走子が放散されるため、第二藻類の成熟期や食圧によっては第二藻類を保護領域の周囲に生育させることができる。
【0026】
第二藻類としては、アラメ、カジメ、クロメ、ツルアラメ、多年生ホンダワラ類から選択される何れか一つ又は複数を用いることができる。特に、クロメは、遊走子がホンダワラ類の幼胚と比較して拡散範囲が広いため、藻場の拡大スピードが速い。また、クロメは、仮根が岩礁に強固に付着する構造であるため、比較的波あたりが強く、水深帯が浅い海域から比較的光量が少ない深場の海域まで生育することが可能である。このため、第二藻類としてクロメを用いることで、人工的な藻場造成(具体的には、保護領域内や保護領域の周辺での藻場の形成)を効率的に行うことができる。
【0027】
次に、本実施形態に係る藻場の形成方法によって藻場が形成される流れについて説明する。以下では、第一藻類としてアントクメを使用し、第二藻類としてクロメを使用した場合について説明する。
【0028】
まず始めに、網状部材Bで覆われた保護領域内でアントクメ(第一藻類)とクロメ(第二藻類)とを育成する。これにより、保護領域内にアントクメとクロメとの混生藻場を形成する。保護領域内のアントクメは、魚類による食圧の低い時期(具体的には、食圧が高くなる直前)に成熟期を迎え(具体的には、8月頃)遊走子を放散する。放散された遊走子は、保護領域の周囲の水底Lに付着する。そして、該遊走子から成長するアントクメは、保護領域の外側において、魚類に摂食され難い形態(具体的には、顕微鏡で観察可能な程度のサイズ)で食圧が高い時期(具体的には、9月〜2月)を過ごす。そして、食圧の低い時期(具体的には、3月〜8月)が来た際に、保護領域の周囲でアントクメの藻場(以下、第一藻場とも記す)が形成される。
【0029】
ここで、アントクメは、一年生の藻類であるため、第一藻場を構成するアントクメが成熟期を経過した後(具体的には、食圧が高くなる時期)には、第一藻場が一時的に消失する。しかしながら、上述のように食圧の低い時期に第一藻場内及び第一藻場の周囲にアントクメの遊走子が放散されているため、放散された遊走子から成長するアントクメは、魚類に摂食され難い形態(具体的には、顕微鏡で観察可能な程度のサイズ)で食圧が高い時期を過ごし、食圧の低い時期が到来した際により広範囲の第一藻場が形成される。
【0030】
一方、保護領域内には、アントクメが成熟期を過ぎた後には、多年生のクロメが残り、年間を通してクロメの藻場(以下、第二藻場とも記す)が形成される。具体的には、保護領域内のアントクメは、保護領域内にも遊走子を放散させるが、斯かる遊走子は、周囲にクロメが存在するため保護領域内で生育しない。これにより、保護領域内には、クロメの藻場が通年に渡って形成される。
【0031】
以上のように、本実施形態に係る藻場の形成方法では、保護領域内に通年に渡って第二藻場(四季藻場)が形成され、保護領域の外では食圧の低い時期にのみ第一藻場(春藻場)が形成されることになる。
【0032】
以上のように、本発明に係る藻場の形成方法によれば、網状部材で覆われた藻類の保護領域の外側においても藻場を形成することができる藻場の形成方法を提供することができる。
【0033】
即ち、第一藻類は、食圧の低い時期に成熟期を迎えるため、保護領域の外側の領域に胞子又は幼胚が放散されても次世代の第一藻類が生育する。これにより、保護領域の外側に第一藻類の藻場(以下、第一藻場とも記す)を形成することができる。また、多年生の藻類である第二藻類が保護領域内で育成されることで、水中生物の摂食活動の影響を受けることなく、年間を通じて保護領域内に第二藻類の藻場(以下、第二藻場とも記す)を形成することができる。つまり、保護領域の外側では第一藻場の形成と拡大を行うことができると共に、保護領域内では、第二藻場を年間通して維持することができる。
【0034】
また、保護領域内で第二藻類に加えて第一藻類を育成することで、第一藻類が成熟期を迎えるまで水中生物の摂食活動の影響を受けることなく第一藻類を育成することができる。これにより、保護領域の外側での第二藻場の形成を効率的に行うことができる。
【0035】
なお、本発明に係る藻場の形成方法は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、上記した複数の実施形態の構成や方法等を任意に採用して組み合わせてもよく(1つの実施形態に係る構成や方法等を他の実施形態に係る構成や方法等に適用してもよく)、さらに、下記する各種の変更例に係る構成や方法等を任意に選択して、上記した実施形態に係る構成や方法等に採用してもよいことは勿論である。
【0036】
例えば、上記実施形態では、第一藻類が第二藻類と共に保護領域内で育成されるように構成されているが、これに限定されるものではなく、例えば、第一藻類が保護領域の外で育成されてもよい。例えば、食圧の低い時期に成熟期の第一藻類を保護領域の周囲に配置することで、保護領域の外であっても保護領域の周囲に胞子又は幼胚が放散されるため、第一藻場を形成することができる。
【0037】
また、上記実施形態では、第一藻類として、一年生の藻類であるアントクメを用いているが、これに限定されるものではなく、第一藻類とし多年生の藻類を用いてもよい。
【0038】
また、上記実施形態では、礁材A上に網状部材Bが設置されて保護領域が形成されているが、これに限定されるものではなく、水底Lに網状部材Bが設置されて保護領域が形成されてもよい。
【符号の説明】
【0039】
A…礁材A、B…網状部材、L…水底