【実施例】
【0054】
以下、実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
実施例1:改変ペプチド多量体の抗菌活性
改変ペプチドの一つであるペプチドA(配列番号1:RLYLRIGRR)の単量体、二量体、および三量体を、JITSUBO株式会社(東京)に依頼して合成した。以下にそれぞれの配列を示す。
peptideA単量体:RLYLRIGRR-NH
2(配列番号1)
peptideA二量体:RLYLRIGRRRLYLRIGRR-NH
2(配列番号28)
peptideA三量体:RLYLRIGRRRLYLRIGRRRLYLRIGRR-NH
2(配列番号29)
それぞれのペプチド(peptideAの単量体、二量体および三量体)について、黄色ブドウ球菌および大腸菌に対する抗菌活性を測定した。抗菌活性の測定は以下の手法で行った。
用いた菌種:
Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌) NBRC 12732、および
Escherichia coli (大腸菌) NBRC 3972
培地および生理食塩水:
ニュートリエント(NB)培地(Difco Nutrient Broth)、
NB寒天培地は、NB培地に寒天粉末1.5%を加え、高圧蒸気殺菌したものを用いた。
生理食塩水は、0.85%塩化ナトリウム(精製水) を高圧蒸気殺菌したものを用いた。
【0055】
手順:
平板寒天培地の保存菌株から、NB培地に1白金耳移植し、37℃で一晩培養した。培養した菌100μlを新しいNB培地5 mlに加え、37℃で3時間振盪培養した。培養液を、吸光度600 nm= 0.01 (菌濃度 1×10
4個/ml)になるように、生理食塩水で希釈調整し試験菌液とした。次いで、96ウェルマイクロプレートに、適当な濃度の、それぞれのペプチドの試料液を入れ、精製水で2倍希釈系列を作成した。試料液全体量は20μl。対照区には精製水20μlを入れた。(ウェル中の最終ペプチド濃度は最高で100μg/ml)。ウェルに試験菌液180μlを加え、37℃で18時間±1時間培養した。培養した各サンプルの菌数を10倍希釈法により希釈系列を作成し、各希釈系列のサンプルから200μlをNB寒天培地に塗抹し、37℃で一晩培養した。培養後のコロニー数をコロニーカウンターで測定し、サンプル中の生菌数を算定した。
結果を以下の表1に示す。黄色ブドウ球菌に対しては、PeptideA単量体に比べ、二量体で8倍、三量体では24倍、大腸菌に対しては、PeptideA単量体に比べ、二量体で8倍、三量体では12倍の強い抗菌活性を示した。ペプチドの繰り返しにより相乗的な活性上昇を示したことから、繰り返し構造が極めて有効であることが示された。
【0056】
【表1】
【0057】
実施例2:改変ペプチド多量体融合タンパク質の大腸菌における発現
大腸菌で毒性の高いペプチドを発現させるシステムとして高い実績を持つpET31ベクター系(Novagen)を使用し、KSIタンパク質(ケステロイド異性化酵素)との融合タンパク質としての発現を行った。KSIタンパク質は溶解性が低く、抗菌ペプチドの活性を抑制できることが知られている。
PeptideAの単量体、および多量体を発現する配列を作製した。具体的には、メチオニンをスペーサーとしたPeptideAの繰り返し配列(9AMn)、およびグリシン2残基とメチオニンをスペーサーとしたPeptideAの繰り返し配列(9AGGMn)を作製した、それぞれ以下の配列をもつ合成オリゴDNAを用いた。
9AMS(センス鎖): 5’-CGTCTGTATCTGCGTATTGGCCGTCGTATG-3’(配列番号30)、
9AMAS(アンチセンス鎖): 5’-ACGACGGCCAATACGCAGATACAGACGCAT-3’ (配列番号31)、および
9AGGMS(センス鎖): 5’-CGTCTGTATCTGCGTATTGGCCGTCGTGGCGGCATG-3(配列番号32)
9AGGMAS(アンチセンス鎖):5’-GCCGCCACGACGGCCAATACGCAGATACAGACGCAT-3’(配列番号33)
【0058】
これらのオリゴDNAをTE緩衝液に100μMの濃度に溶解し、20μLのオリゴDNA溶液と20μLのアニーリング緩衝液(400 mM Tris-HCl, 100 mM MgCl
2, 500 mM NaCl, pH 8.0)を混合し、99℃10分加熱した後に、15分以上かけて30℃まで冷却してアニーリングを行った。反応溶液をフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコールで抽出し、エタノール沈殿を行い、アニール断片を得た。アニーリングさせた単位を、20μLのTE緩衝液に溶解し、2.5μLの本溶液と10μLのH
2O、12.5μLライゲーション溶液I(タカラ)と混合し、16℃で20時間ライゲーションすることにより作製した。
これらの操作を複数回繰り返し、断片をアガロース電気泳動ゲルから切り出し、精製した。精製した断片をpET31ベクターのAlwNI部位に挿入した。挿入プラスミドで大腸菌DH5αを形質転換し、得られた単コロニーからプラスミドを抽出し、その配列をDNAシークエンサーにより確認した。その結果、繰り返し回数は、9AMnについては、n=1, 2, 3, 4, 6、9AGGMnについては、n=1, 3, 5,のクローンを得た。
【0059】
これらのプラスミドを宿主大腸菌BLR(DE3)pLysSに導入した。これらの導入した菌を37℃で一晩培養し、IPTGを添加することにより発現を誘導した。融合タンパク質の抗菌活性は、発現誘導後の宿主大腸菌への毒性で評価した。スペーサーのアミノ酸残基数に関わらず、n=1、2では発現が見られたが、n=3以上では明瞭なバンドの発現が見られなかった。また、n=3以上では誘導後に大腸菌のタンパク質量が低下し、融合タンパク質の発現誘導により菌体に対する毒性を示した。結果を
図1に示す。矢印は誘導された融合タンパク質を示す。
【0060】
融合タンパク質の発現が見られたn=0,1,2についてKSI融合タンパク質を精製し、黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性試験を行ったが、いずれも抗菌活性は見られなかった。一方、極めて不溶性であり抗菌ペプチドの活性を抑制しうるKSIタンパク質との融合においても、n=3以上では菌体に対する毒性が見られたことから、改変ペプチドを繰り返して融合タンパク質として発現させることが細菌に対する抗菌効果として極めて有効であることが明らかになった。また、そのような改変ペプチドのペプチド単位を繰り返して有する融合タンパク質が、細菌に対して顕著な抗菌活性をもつことが明らかとなった。
【0061】
実施例3:改変ペプチドの繰り返しペプチドを有する融合タンパク質(シルク)の発現
3−1:DNAの調製
改変ペプチドの繰り返しペプチドをコードする下記に記載のDNA(配列1〜配列4)を調製した。
配列1:配列1は、カイコのフィブロインL鎖プロモーターによって調節されるフィブロイン融合型繰り返しペプチドであり、フィブロインプロモーター(約650bp)の下流にフィブロインL鎖(726bp)と改変ペプチド(RLYLRIGRK:配列番号13)の繰り返しペプチド(171bp)をリンカー配列(G4S3)で融合させたキメラタンパク質である。そのC末端には発現を蛍光によってモニターできるようにEGFP(720bp)を融合させてある。配列1のDNA配列(配列番号34)と、配列1によりコードされるアミノ酸配列(配列番号35)を
図2に示す。
【0062】
配列2:配列2は、カイコの任意のプロモーターによって発現するGAL4により調節される繰り返しペプチドである。GAL4認識配列であるUAS(381bp)の下流にカイコのセリシン1シグナルペプチドを含む23アミノ酸をコードする配列(69bp)をN末端に融合させたEGFP(725bp)と改変ペプチド(RLYLRIGRK:配列番号13)の繰り返しペプチド(171bp)をリンカー配列(G4S3)で結合したキメラタンパク質である。配列2のDNA配列(配列番号36)と、配列2によりコードされるアミノ酸配列(配列番号37)を
図3に示す。
【0063】
配列3:配列3は、カイコのフィブロインL鎖プロモーターによって調節されるフィブロイン融合型繰り返しペプチドである。配列3は、フィブロインプロモーター(約650bp)の下流にフィブロインL鎖(741bp)と改変ペプチド(RLYLRIGRR:配列番号1)の繰り返しペプチド(360bp)を融合させたキメラタンパク質である。そのC末端にはHis-tag(18bp)を融合させてある。配列3のDNA配列(配列番号38)と、配列3によりコードされるアミノ酸配列(配列番号39)を
図4に示す。
【0064】
配列4:配列4は、カイコのフィブロインH鎖プロモーターによって調節されるフィブロイン融合型繰り返しペプチドである。配列4は、フィブロインプロモーター(約1130bp)の下流にイントロン(971bp 図中括弧内の配列)を含むフィブロインH鎖(1620bp)と改変ペプチド(RLYLRIGRR:配列番号1)の繰り返しペプチド(360bp)を融合させたキメラタンパク質である。そのC末端にはHis-tag(18bp)を融合させてある。配列4のDNA配列(配列番号40)と、配列3によりコードされるアミノ酸配列(配列番号41)を
図5に示す。
【0065】
それぞれの配列は、以下のようにして作製した。
配列1:配列1は以下の方法で作製した。
改変ペプチドの5回繰り返しペプチドをコードするOr9A3Gx5配列を含むベクターをSacI/SalIで消化し、pSLfa1180ベクターに挿入した。N末端側にリンカー配列(G4S)x3を融合するために、以下の配列のオリゴDNAをSpeI/SacIサイトに挿入し、G4S3-Or9A3Gx5を作製した。
5’-ACTAGTGGTGGAGGCGGTTCAGGCGGAGGTGGCTCTGGCGGTGGCGGATCGGAGCTC-3’(配列番号42)
次いで、G4S3-Or9A3Gx5のC末端にEGFPを挿入するために、5’末端にSalI、3’末端にSpeI サイトを付加したプライマーを用いてEGFP配列を増幅した。次にこの断片をSalI/SpeIサイトに挿入し、リンカー−繰り返しペプチド−EGFP配列(G4S3-Or9A3Gx5-EGFP配列)を得た。
G4S3-Or9A3Gx5-EGFPを、フィブロインL鎖遺伝子(フィブロインL鎖プロモーターおよびフィブロインL鎖)をもつ、pBac[Lp-LORF, 3xP3-DsRed]ベクターのSpeIサイトに挿入して、配列1を有するトランスフォーメーションベクター(FibL-Or9A3Gx5-EGFP)を作製した。
【0066】
配列2:配列2は以下の方法で作製した。
配列2(セリシンシグナル-YN42-EGFP-G4S3-Or9A3Gx5-FLAG配列)は制限酵素サイトを付加したプライマーを用いたPCRでそれぞれ増幅し、pSLfa1180ベクターに順次、挿入して作製した。
以下が、XbaI/NdeIサイトを付加したセリシン1のシグナルペプチド配列(配列番号43)である。
5’-TCTAGAATGCGTTTCGTTCTGTGCTGCACTTTGATTGCGTTGGCTGCGCTCAGCGTAAAAGCTCATATG-3’(配列番号43)
以下が、NdeI/XhoIサイトを付加したシルクに対して結合活性を有するペプチド配列(YN42ペプチド配列:SYTFHWHQSWSS(配列番号25))をコードするヌクレオチド配列(配列番号44)である。
5’-CATATGAGCTACACATTCCACTGGCACCAAAGCTGGAGTTCACTCGAG-3’(配列番号44)
また、EGFPには、XhoI/BglIIサイトを付加した。リンカー配列(G4S3)には、BglII/SacIサイトを付加した。改変ペプチドの5回繰り返しペプチドをコードするOr9A3Gx5配列には、SacI/SalIサイトを付加した。FLAGタグには、SalI/SpeIサイトを付加した。
作製したpSLfa1180-セリシンシグナル-YN42-EGFP-G4S3-Or9A3Gx5-FLAGをXbaI/SpeI で消化して得られた断片、1167bpを、pBacMCS[UAS-SV40, 3xP3T toH]のBlnIサイトに挿入し、配列2を有するトランスフォーメーションベクター(SBP-EGFP-Or9A3Gx5)を作製した。
【0067】
配列3:配列3は以下の方法で作製した。
改変ペプチドの10回繰り返しペプチドをコードするAd9A3Gx10配列を作製し、これをフィブロインL鎖遺伝子(フィブロインL鎖プロモーター、およびびフィブロインL鎖)をもつ、pBac[Lp-LORF, 3xP3-DsRed]ベクターのSpeIサイトに挿入し、配列3を有するトランスフォーメーションベクター(FibL-Ad9A3Gx10)を作製した。
【0068】
配列4:配列4は以下の方法で作製した。
改変ペプチドの10回繰り返しペプチドをコードするAd9A3Gx10配列を作製し、これをフィブロインH鎖遺伝子(フィブロインH鎖プロモーター、イントロンおよびフィブロインH鎖)をもつ、pHC-EGFPHisベクターのBamHI/SalIサイトに挿入し、配列4を有するトランスフォーメーションベクター(FibH-Ad9A3Gx10)を作製した。
【0069】
それぞれの融合タンパク質(配列)のデザインを模式的に
図6に示す。
下記表2に示すように、配列1、3および4は、後部絹糸腺特異的な分泌シグナルであるフィブロインH鎖遺伝子またはL鎖遺伝子のプロモーター配列を用いた、フィブロイン鎖融合型(抗菌ペプチドとフィブロインの融合タンパク質)の発現であり、一方、配列2は、中部絹糸腺特異的な分泌シグナルであるセリシン1遺伝子のプロモーター配列を用いた、分泌型(シルク結合性ペプチドと抗菌ペプチドの融合タンパク質)の発現である。
【0070】
【表2】
【0071】
3−2:遺伝子組換えカイコの作製
配列1、2、3および4を、カイコゲノムDNA中に組み込んだ組み換えカイコを以下のようにして作出した。
上記のようにして、配列1および2をpiggyBacベクターに挿入したプラスミドDNAを作出した。なお、このプラスミドDNAは遺伝子導入マーカーとして3xP3プロモーターの下流に蛍光タンパク質遺伝子を組み込んである。また、上記のようにして、配列3をpiggyBacベクターに挿入したプラスミドDNAを、配列4をpHCベクターに挿入したプラスミドDNAを作出した。
次いで、各配列をもつプラスミドDNAを、ヘルパープラスミドDNAと転移酵素のmRANとともにカイコの胚へマイクロインジェクションした。インジェクションを施したG0個体を飼育し、正常発生し、成虫になった個体を交配した。得られたG1個体の胚から、遺伝子が導入された個体をマーカー遺伝子の発現を指標にスクリーニングし、組換え個体を得た。
【0072】
3−3:改変ペプチド繰り返しペプチド遺伝子の発現
5齢3日目から5日目のカイコの後部絹糸腺からtotal RNAを抽出し、内在性のフィブロイン(L鎖あるいはH鎖)に対する抗菌性ペプチドのRNA量を調べた。結果を以下の表3に示す。それぞれの系統の中で、発現量が比較的高い系統を表に示した。いずれの系統も絹糸腺内における組換えタンパク質の発現を確認することができた。
【0073】
【表3】
【0074】
また、フィブロインL鎖およびH鎖プロモーターを用いたカイコ後部絹糸腺におけるフィブロイン融合型改変ペプチド繰り返しペプチド(配列3および配列4)の発現を、絹糸腺をヒスチジンタグに対する免疫染色で確認したところ、発現が確認できた。
【0075】
3−4:組換えタンパク質の検出
融合タンパク質の発現を確認するために、組換えカイコの繭からシルクを得て、EGFPの蛍光を確認した。なお、シルクは、特許文献7に記載のEGFPが蛍光を失わない条件で精練した。
配列1を導入した組換えカイコについて、フィブロインL鎖プロモーターを用いたカイコ後部絹糸腺におけるフィブロイン融合型改変ペプチド繰り返しペプチドの発現を調べた結果を
図7に示す。組換え個体の生産するシルクにはGFPの蛍光が見られた。
また、後部絹糸腺、中部絹糸腺発現プロモーターGAL4系統と交配することによって発現誘導されるUAS-改変ペプチド繰り返しペプチド(配列2)の発現を調べた結果、シルクに蛍光があることが確認できた。結果を
図8に示す。すなわち、シルクに結合活性を有するペプチド(YN42)およびEGFPと融合させた繰り返しペプチドを絹糸腺で発現させることにより、EGFPの蛍光を発するシルクを得ることができた。このことからこのペプチドを用いることにより、シルクに繰り返しペプチドを固定化できることが明らかになった。さらには、シルクに結合活性をもつペプチドを有するタンパク質を、絹糸腺で内在性のシルクタンパク質と同時に発現させることにより、非共有結合的にシルクに機能性タンパク質を固定化することが可能であることが判った。
【0076】
3−5:融合タンパク質を含むシルクの抗菌活性
作出した組換えカイコの生産したシルクの抗菌活性試験は、日本工業規格の「JIS L 1902繊維製品の抗菌性試験方法および抗菌効果」に定められた菌転写法を改変して行った。対象菌として黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus NBRC 12732)を用いた。繭は煮繭しセリシンを除去し、真綿とした。約1 cm角に切った真綿をオートクレーブで滅菌し、クリーンベンチ内で一時間乾燥させた。2%アガロースプレートを作製したシャーレを逆さにし、蓋側を底にして、乾燥させた真綿をアガロースに触れないように置いた。室温で20時間保管することにより、試料の湿度を平衡化させた。黄色ブドウ球菌は対数増殖期のものをOD
600=0.01となるようにNB培地で希釈し、0.45μmの孔径を持つUltrafreeに200μL入れ、13,000回転で5分間遠心することにより膜上に菌体を集めた。滅菌した真綿にこの菌体をすりつけることにより転写し、アガロース入りのシャーレ中、室温で2時間置いた。真綿を20 mlの生理食塩水中で10秒間ボルテックスにより撹拌し、菌を洗い出した。洗い出された菌をNBプレート上に植菌し、コロニー数を計測した。
菌転写法による抗菌活性では、菌減少値=log(対照の菌数)−log(試料の菌数)≧0で抗菌効果ありと評価する。結果を以下の表4に示す。いずれの組換えカイコの生産した抗菌ペプチド融合シルクも、菌減少値>0となり、抗菌活性を示した。これらの結果より、改変ペプチドの5回および10回繰り返し構造を融合させたシルクおよび5回繰り返し構造をシルク結合ペプチドで固定化したシルクは抗菌活性を示した。
【0077】
【表4】
【0078】
3−6:融合タンパク質を含むシルクの抗菌作用
シルク(セリシンが除去された繭)は、乾燥不充分で保存すると変色を起こす。シルクの変色の一因は、微生物が生産するチロシナーゼによるチロシン残基の酸化による。そこで、変色に対する実施例3により作製した組換えシルクの抗菌作用を確認した。
組換えカイコから得られた繭からセリシンを除去したシルクを得た。
得られたシルク(FibL-Ad9A3Gx10(配列3)および FibH-Ad9A3Gx10(配列4)の組換えシルク)を乾燥不充分な状態で、常温にて約1年間保存した。対照としては、通常のカイコから得られた真綿(セリシン除去繭)を用いた(白/C)。結果を
図9に示す。対照の真綿表面は茶色く変色したが、本発明の組換えシルクは変色が起こらず白のままであった。これにより、組換えシルクでは、微生物の繁殖が抑制されていることが判った。
【0079】
実施例4:シルク結合性ペプチドを用いた抗菌性シルクの製造
4−1:組換えシルクの製造
カブトムシディフェンシン由来ペプチドをコードする下記に記載のDNA(配列5)を調製した。
配列5:配列5は、カイコの任意のプロモーターによって発現するGAL4により調節されるタイワンカブトムシディフェンシンの成熟ペプチド部分(mDef)である。GAL4認識配列であるUAS(381bp)の下流にカイコのセリシン1シグナルペプチドを含む23アミノ酸をコードする配列(69bp)をN末端に融合させたEGFP(725bp)とディフェンシンの成熟ペプチド部分(LTCDLLSFEAKGFAANHSLCAAHCLAIGRKGGACQNGVCVCRR:配列番号45)をリンカー配列(G4S3)で結合したキメラタンパク質である。配列5のDNA配列(配列番号46)と、配列5によりコードされるアミノ酸配列(配列番号47)を
図10に示す。
【0080】
配列5(セリシンシグナル-YN42-EGFP-G4S3-mDef)は、配列2と同様にして、Or9A3Gx5配列の代わりにmDef配列を用いて作製した。
次いで、配列2と同様にして、組換えカイコを作製し、mDef遺伝子を発現させ、組換えシルクを得た。発現を調べた結果、シルクに蛍光があることが確認できた。すなわち、シルクに結合活性を有するペプチド(YN42)とEGFPを含む融合タンパク質を、絹糸腺で、内在性のシルクタンパク質と同時発現させることにより、EGFPの蛍光を発するシルク(蛍光という機能を付加したシルク)を得ることができた。
このことから、シルクに結合活性をもつペプチドと任意のタンパク質からな融合タンパク質を、絹糸腺で、内在性シルクタンパク質と同時に発現させることにより、非共有結合的に、シルクに機能性タンパク質を固定化できることが判った。
4−2:抗菌性を付与したシルクの抗菌作用
実施例3−6と同様にして、抗菌性を付与したシルクの抗菌作用を確認した。
組換えカイコから得られたシルク真綿(セリシン除去繭)(SBP-EGFP-mDef(配列5)の組換えシルク)を乾燥不充分な状態で、常温にて約1ヶ月間保存した。対照としては、通常のカイコから得られた真綿(セリシン除去繭)を用いた(白/C)。結果を
図11aに示す。対照真綿表面は茶色く変色したが、本発明の組換えシルク真綿は変色が起こらず白のままであった。また、保存後の対照真綿表面および本発明のシルク真綿表面の常在菌を確認したとろ、対照真綿表面には多種の常在菌が確認されたが、本発明の組換えシルク真綿表面上の菌は種類が少なかった。結果を表5に示す。
【0081】
【表5】
さらに、対照真綿の表面に発生した菌を採取し、それを、新しい対照真綿および本発明のシルク(SBP-EGFP-mDef(配列5)の組換えシルク)に接種し、同様に、乾燥不充分な状態で、常温にて30日間保存した。結果を
図11bに示す。対照真綿は変色した(矢印部分)が、本発明の組換えシルクは変色が起こらなかった。これにより、本発明の方法により、シルクに抗菌性の機能が付与されていることが判った
【0082】
実施例5:シルク結合性ペプチド(YN42)とルシフェラーゼ融合タンパク質のシルク繊維への結合
ベクターに以下のコンストラクト(SBP(YN42)-EGFP-(G4S)3-Rluc)を挿入し、大腸菌に、融合タンパク質(YN42-EGFP-ルシフェラーゼ)を発現させた。具体的には以下のようにして行った。
発現ベクターpET22のNdeI、SacI間に上記の断片を挿入し、大腸菌BL21(DE3)の形質転換を行った。大腸菌を培養し、IPTGを培地中に加えることにより誘導を行った。発現したタンパク質は不溶性画分に回収されたため、不溶性画分を8M尿素を含むトリス塩酸緩衝液(pH8.0)で溶解し、0.1Mアルギニンを含むトリス塩酸緩衝液(pH8.0)に対して透析することにより、融合タンパク質を含む溶液を得た。溶液を遠心し上清に回収された大腸菌で発現させた融合タンパク質をフィブロインゲルまたはシルク繊維と混合し、次いで、遠心により上清を除き、さらにミリQ水で洗浄した。
ゲルまたは繊維に吸着した画分および吸着されなかった画分(素通り画分)の蛍光を観察したところ、融合タンパク質は、フィブロインゲルの場合は、ゲルと共に吸着画分に観察されたが、シルク繊維の場合は、繊維への吸着(結合)はほとんどみられなかった。すなわち、シルク結合性ペプチド配列を含む融合タンパク質は、フィブロインゲルに対してシルクよりはるかに強い結合性を示した。このことは、ゲル状のフィブロイン(カイコの絹糸腺の中でもフィブロインはゲル状であることが知られている)に対する結合がより有効であることを示している。結果を
図14に示す。
【0083】
実施例6:フィブロイン結合ペプチドを用いた機能性シルクの製造
6−1:組換えカイコの作製
実施例3の配列2と同様にして、抗菌ペプチド配列の代わりに、シロアリセルラーゼA18またはウミシイタケルシフェラーゼを用いて、それぞれの酵素をコードするDNA(シロアリセルラーゼA18(配列6);ウミシイタケルシフェラーゼ(配列7))を調製した。配列6のDNA配列(配列番号48)と、配列6によりコードされるアミノ酸配列(配列番号47)を
図12に示す。配列7のDNA配列(配列番号50)と、配列7によりコードされるアミノ酸配列(配列番号51)を
図13に示す。
次いで、配列2と同様にして、それぞれの酵素を含む融合タンパク質を組換えカイコに発現させ、酵素活性が付与されたシルクを作製した。
上記のようにして得られた組換えカイコの絹糸腺を摘出し、8M尿素で溶解した。これらの試料を電気泳動後、EGFP抗体を用いたウエスタンブロティングにより、ルシフェラーゼ発現系統(3系統)およびセルラーゼ発現系統(2系統)における組換えタンパク質の発現を確認した。結果を
図15に示す。
【0084】
6−2:組換えシルクの酵素活性の測定
上記のようにして作製した組換えカイコから得られた繭を用いて、セルラーゼ活性またはルシフェラーゼ活性を測定した。
ルシフェラーゼ活性は、プロメガ社のデュアルルシフェラーゼ定量システム、またはウミシイタケルシフェラーゼ定量システムを用いて測定した。繭を細かく裁断し、25μLの基質溶液を加え、マイクロテック・ニチオン社製、Lumicounter 700を用いて発光量を測定した。結果を
図16に示す。ルシフェラーゼ発現系統の繭にはルシフェラーゼ活性が確認された。
セルラーゼ活性は、細かく裁断した乾燥繭を1 mlの0.2%(w/v)カルボキシメチルセルロース(in 0.1M, pH5.5 AcNa buffer)に添加し,37℃上下回転(15rpm)条件でインキュベートし、各時間に50μLを採取、還元糖量を計測した。還元糖量は、TZE(テトラゾリウムブルー試薬)800 μLを添加し100℃で5分加熱後、660 nmの吸光度を測定することにより定量した。結果を
図17に示す。セルラーゼ発現系統の繭にはセルラーゼ活性が確認された。
【0085】
6−3:機能性シルクの安定性
上記のようにして得られた繭(機能性付与シルク)における、シルク結合性ペプチドをもつ融合タンパク質のシルクへの結合安定性を検討した。具体的は、繭を、水、0.4% Na
2CO
3溶液、8M尿素溶液を入れた容器に、この順番にて入れ、それぞれ、室温にて1時間ずつ、ボルテックスミキサーで洗浄した。その後、繭に残っている蛍光を確認した。結果は、いずれの組換えシルクにおいても蛍光が保持されており、シルク結合性ペプチドをもつ融合タンパク質がシルクに保持されていることが判った。結果を
図18に示す。すなわち、本発明の方法により、シルクに安定的に機能を付与できることが判った。
【0086】
上記の記載は、本発明の目的および対象を単に説明するものであり、添付の特許請求の範囲を限定するものではない。添付の特許請求の範囲から離れることなしに、記載された実施態様に対しての、種々の変更および置換は、本明細書に記載された教示より当業者にとって明らかである。