特許第6363577号(P6363577)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6363577リチウムイオン電池スクラップの浸出方法および、リチウムイオン電池スクラップからの金属の回収方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6363577
(24)【登録日】2018年7月6日
(45)【発行日】2018年7月25日
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池スクラップの浸出方法および、リチウムイオン電池スクラップからの金属の回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 23/00 20060101AFI20180712BHJP
   C22B 3/06 20060101ALI20180712BHJP
   C22B 3/26 20060101ALI20180712BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20180712BHJP
   C22B 7/00 20060101ALI20180712BHJP
   C22B 47/00 20060101ALI20180712BHJP
【FI】
   C22B23/00 102
   C22B3/06
   C22B3/26
   C22B3/44 101Z
   C22B7/00 C
   C22B47/00
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-192195(P2015-192195)
(22)【出願日】2015年9月29日
(65)【公開番号】特開2016-69732(P2016-69732A)
(43)【公開日】2016年5月9日
【審査請求日】2017年3月17日
(31)【優先権主張番号】特願2014-202069(P2014-202069)
(32)【優先日】2014年9月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】横田 拓也
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 順一
【審査官】 荒木 英則
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−001750(JP,A)
【文献】 特開2005−149889(JP,A)
【文献】 特開2012−153956(JP,A)
【文献】 特開2013−221178(JP,A)
【文献】 特開2014−162982(JP,A)
【文献】 特開2013−112859(JP,A)
【文献】 特表2013−512345(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 23/00
C22B 3/00− 3/44
C22B 7/00
C22B 47/00
H01M 6/00− 6/52
H01M 10/00−10/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象金属と、該対象金属とは異なる金属である別種金属とを含むリチウムイオン電池のスクラップを、酸性溶液にて浸出させるに当り、
前記スクラップを酸性溶液に添加し、はじめに、前記別種金属が浸出して、前記酸性溶液中に別種金属の金属イオンを存在させ、その後、別種金属の金属イオンが存在する当該酸性溶液中で、対象金属と別種金属の金属イオンとを接触させることにより、対象金属と別種金属の金属イオンとの酸化還元反応に基き、対象金属を浸出させ、前記別種金属の金属イオンを、酸化により酸化物として沈殿させる金属浸出工程を含
前記スクラップに含まれる別種金属が、前記対象金属における酸化還元反応の酸化還元平衡電位に比して、酸化還元反応の酸化還元平衡電位の低い金属である、リチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項2】
前記スクラップに含まれる別種金属が、異なる酸化数をとりうる金属である、請求項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項3】
前記別種金属と同じ元素の金属の単体、該同じ元素の金属の化合物、および、該同じ元素の金属の金属イオンを含む溶液のうちの少なくとも一種を、前記金属浸出方法で、前記スクラップとともに酸性溶液に添加する、請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項4】
前記金属浸出工程で、リチウムイオン電池正極活物質の原料を、スクラップとともに酸性溶液に添加し、当該リチウムイオン電池正極活物質の原料に、別種金属の化合物が含まれる、請求項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項5】
前記対象金属が、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも一種の金属である、請求項1〜のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項6】
前記別種金属が、マンガン及び鉄からなる群から選択される少なくとも一種の金属である、請求項1〜のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項7】
請求項1〜のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法の金属浸出工程と、前記金属浸出工程で得られた浸出後液から、該浸出後液に浸出した別種金属を、溶媒抽出により対象金属と分離させて回収する分離回収工程とを含む、リチウムイオン電池スクラップからの金属の回収方法。
【請求項8】
前記金属浸出工程で、前記別種金属と同じ元素の金属の化合物、および/または、該同じ元素の金属の金属イオンを含む溶液を、スクラップとともに酸性溶液に添加し、
当該別種金属と同じ元素の金属の金属イオンを含む溶液が、前記分離回収工程における別種金属を含む溶媒から逆抽出した酸性液であり、前記別種金属と同じ元素の金属の化合物が、前記酸性液から生成した別種金属の化合物である、請求項に記載のリチウムイオン電池スクラップからの金属の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、対象金属を含むリチウムイオン電池スクラップを浸出させる方法、及び、そのリチウムイオン電池スクラップから所定の金属を回収する方法に関するものであり、特には、リチウムイオン電池スクラップの処理に要するコストの低減に寄与することのできる技術を提案するものである。
【背景技術】
【0002】
各種の電子デバイスをはじめとして多くの産業分野で使用されているリチウムイオン電池は、マンガン、ニッケルおよびコバルトを含有するリチウム金属塩を正極材として用いたものであり、近年は、その使用量の増加および使用範囲の拡大に伴い、電池の製品寿命や製造過程での不良により廃棄される量が増大している状況にある。
かかる状況の下では、大量に廃棄されるリチウムイオン電池スクラップから、上記のニッケルおよびコバルト等の高価な元素を、再利用するべく比較的低コストで容易に回収することが望まれる。
【0003】
有価金属の回収のためにリチウムイオン電池スクラップを処理するには、はじめに、たとえば、所要に応じて焙焼、破砕および篩別等の各工程を経て得られた粉状ないし粒状のリチウムイオン電池スクラップを、過酸化水素水を用いて酸浸出し、そこに含まれ得るリチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、鉄、銅、アルミニウム等を溶液中に溶解させて浸出後液を得る。
次いで、その浸出後液に対して溶媒抽出法を実施して、各金属元素を順次に分離させる。ここでは、まず鉄およびアルミニウムを回収し、続いてマンガンおよび銅、そしてコバルト、その後にニッケルを回収して、最後に水相にリチウムを残すことで、各有価金属を回収することができる。
【0004】
なお、リチウムイオン電池などの二次電池から有価金属を回収する方法として、特許文献1および2にはそれぞれ、「Co,Ni,Mn含有リチウム電池滓からの有価金属回収方法」および「廃二次電池からの金属の回収方法」が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−193778号公報
【特許文献2】特開2005−149889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上述したリチウムイオン電池スクラップの処理方法では、リチウム、ニッケルおよびコバルト等の回収対象の金属の回収率を向上させるため、リチウムイオン電池スクラップに含まれる対象金属を酸浸出するに当って、還元剤として過酸化水素水を添加することが必要になる。特に、リチウムイオン電池スクラップに含まれることのある正極活物質は、リチウム等が酸化物の形態をなすので、これを十分に浸出させるには、還元剤としての過酸化水素水の量も多量となる。
しかるに、この過酸化水素水は比較的高価なものであることから、上記の処理方法は、多量の過酸化水素水の添加に起因して、処理コストが大きく嵩むという問題があった。
【0007】
また、上記の処理方法で浸出後液に含まれるマンガン等の、高価な金属以外の金属は、先述したように後工程で溶媒抽出法により回収することが可能であるが、この場合、当該金属を溶媒抽出するために工数が増大してコストが嵩む他、溶媒抽出後の回収される当該金属の形態によっては、それをそのまま再利用できず、更なる処理が必要になるという問題もある。
【0008】
この発明は、従来技術が抱えるこのような問題を解決することを課題とするものであり、それの目的とするところは、リチウムイオン電池スクラップの浸出に際して添加する高価な過酸化水素水の量を減らし、又は過酸化水素水の添加を不要とし、また有価金属以外の金属等を容易に回収可能として、処理コストを有効に低減させることのできるリチウムイオン電池スクラップの浸出方法および、リチウムイオン電池スクラップからの金属の回収方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者は、酸性溶液で浸出させるリチウムイオン電池スクラップに、浸出の対象とする対象金属とともに、対象金属とは元素の異なる別種金属がそもそも含まれている点に着目し、スクラップを酸性溶液で浸出するに当って、スクラップを酸性溶液に添加した際に、まず、この別種金属が浸出し、それによって酸性溶液中に存在することになる別種金属の金属イオンが、対象金属の浸出を有効に促進させ得ることを見出した。
また、スクラップを酸性溶液で浸出する際に、それに含まれる一部の別種金属が一旦溶解した後に析出し、その浸出後液から固液分離等により回収可能であることを見出した。
【0010】
そして、これらのことを利用することで、従来は多量に添加することが必要であった過酸化水素水を減少させ、又は削減することができて、処理コストを低減することができると考えた。
【0011】
このような知見の下、この発明のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法は、対象金属と、該対象金属とは異なる金属である別種金属とを含むリチウムイオン電池のスクラップを、酸性溶液にて浸出させるに当り、前記スクラップを酸性溶液に添加し、はじめに、前記別種金属が浸出して、前記酸性溶液中に別種金属の金属イオンを存在させ、その後、別種金属の金属イオンが存在する当該酸性溶液中で、対象金属と、別種金属の金属イオンとを接触させることにより、対象金属と別種金属の金属イオンとの酸化還元反応に基き、対象金属を浸出させ、前記別種金属の金属イオンを、酸化により酸化物として沈殿させる金属浸出工程を含み、前記スクラップに含まれる別種金属が、前記対象金属における酸化還元反応の酸化還元平衡電位に比して、酸化還元反応の酸化還元平衡電位の低い金属である。
【0012】
の場合においては、前記スクラップに含まれる別種金属が、異なる酸化数をとりうる金属であることがより好ましい。
【0014】
またここでは、前記別種金属と同じ元素の金属の単体、該同じ元素の金属の化合物、および、該同じ元素の金属の金属イオンを含む溶液のうちの少なくとも一種を、前記金属浸出方法で、前記スクラップとともに酸性溶液に添加することが好ましい。
【0015】
そしてまたこの場合、前記金属浸出工程では、リチウムイオン電池正極活物質の原料を、スクラップとともに酸性溶液に添加することが好ましく、このリチウムイオン電池正極活物質の原料には、別種金属の化合物が含まれるものとする。
【0016】
以上に述べた浸出方法では、前記対象金属が、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも一種の金属であることが好ましい。
前記別種金属は、マンガン及び鉄からなる群から選択される少なくとも一種の金属であることが好ましい。
【0017】
また、この発明のリチウムイオン電池スクラップからの金属の回収方法は、上記いずれかのリチウムイオン電池スクラップの浸出方法の金属浸出工程と、前記金属浸出工程で得られた浸出後液から、該浸出後液に浸出した別種金属を、溶媒抽出により対象金属と分離させて回収する分離回収工程とを含むものである。
【0018】
この回収方法では、前記金属浸出工程で、前記別種金属と同じ元素の金属の化合物、および/または、該同じ元素の金属の金属イオンを含む溶液を、スクラップとともに酸性溶液に添加し、当該別種金属と同じ元素の金属の金属イオンを含む溶液が、前記分離回収工程における別種金属を含む溶媒から逆抽出した酸性液であり、前記別種金属と同じ元素の金属の化合物が、前記酸性液から生成した別種金属の化合物であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
この発明では、はじめに、前記別種金属が浸出して、前記酸性溶液中に別種金属の金属イオンを存在させることにより、酸性溶液中で、対象金属と、別種金属の金属イオンとを接触することで、対象金属の浸出を有効に促進させることができる。
また、酸性溶液中で対象金属と別種金属の金属イオンとが接触することにより、別種金属が酸化物として析出・沈殿し、この別種金属を浸出後液から容易に回収することができる。
その結果として、この発明によれば、従来の方法に比して、リチウムイオン電池スクラップの処理に要するコストを有効に低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】この発明の一実施形態に係るリチウムイオン電池スクラップからの金属の回収方法を概略的に示す工程図である。
図2】他の実施形態に係るリチウムイオン電池スクラップからの金属の回収方法を概略的に示す工程図である。
図3】試験例1の発明例1での時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を示すグラフである。
図4】試験例1の発明例2での時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を示すグラフである。
図5】試験例2の発明例3での時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を示すグラフである。
図6】試験例2の発明例4での時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を示すグラフである。
図7】試験例2の発明例5での時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を示すグラフである。
図8】試験例2の発明例6での時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を示すグラフである。
図9】試験例2の発明例7での時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を示すグラフである。
図10】試験例3の発明例8の処理方法での時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を示すグラフである。
図11】試験例3の発明例9の処理方法での時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に例示説明する。
この発明のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法の一の実施形態は、対象金属を含むリチウムイオン電池のスクラップを、酸性溶液にて浸出させるための方法であり、これには、前記スクラップを酸性溶液に添加し、はじめに、前記別種金属が浸出して、前記酸性溶液中に別種金属の金属イオンを存在させ、その後、別種金属の金属イオンが存在する当該酸性溶液中で、対象金属と、別種金属の金属イオンとを接触させることにより、対象金属を浸出させる金属浸出工程が含まれる。
【0022】
(リチウムイオン電池スクラップ)
この発明で対象とするリチウムイオン電池スクラップは、電池製品の寿命や製造不良またはその他の理由によって廃棄された、いわゆる電池滓、アルミニウム箔付き正極材もしくは正極活物質、または、これらのうちの少なくとも一種、あるいは、たとえば、電池滓等を、必要に応じて、後述するように焙焼し、化学処理し、破砕し、および/もしくは篩別したもの等とすることができる。但し、リチウムイオン電池スクラップの種類等によっては、このような焙焼や化学処理、破砕、篩分は必ずしも必要ではない。
【0023】
なおここで、たとえば、リチウムイオン電池スクラップが電池滓である場合、このリチウムイオン電池スクラップには一般に、正極活物質を構成するリチウム、ニッケル、コバルト、マンガンのうちの、一種以上の元素からなる単独金属酸化物または、二種以上の元素からなる複合金属酸化物の他、アルミニウム、銅、鉄等が含まれることがある。
あるいは、正極活物質である場合、このリチウムイオン電池スクラップには一般に、上記の単独金属酸化物または複合金属酸化物が含まれ得る。また、アルミニウム箔付き正極材の場合は、当該単独金属酸化物または複合金属酸化物に加えて、さらにアルミニウムが含まれることがある。
【0024】
(焙焼工程)
上記のリチウムイオン電池スクラップは、必要に応じて、既に公知の方法により焙焼することができる。これにより、リチウムイオン電池スクラップに含まれる不要な物質を分解、燃焼もしくは揮発させることができる。焙焼を行う加熱炉としては、固定床炉、電気炉、重油炉、キルン炉、ストーカー炉、流動床炉等を用いることができる。
【0025】
なお、このような焙焼とともに所要の化学処理を施すことが可能であり、そして、一軸破砕機や二軸破砕機等を用いてリチウムイオン電池スクラップを破砕することで適当な大きさに調整した後、下記の篩別工程を実施することができる。
【0026】
(篩別工程)
この篩別工程では、上述したように破砕した後のリチウムイオン電池スクラップを篩別することで、アルミニウム等の一部を取り除くことができる。効果的に篩別するには、事前にリチウムイオン電池スクラップに対して上述した熱処理や化学処理を施しておくことが望ましい。
このような篩別は必須ではないものの、篩別を行わない場合は、後述する浸出工程における酸浸出や中和での試薬の使用量が増加することがある。
【0027】
(金属浸出工程)
金属浸出工程では、上記のようにして得られた粉状ないし粒状のリチウムイオン電池スクラップを、硫酸等の酸性溶液に添加して浸出させる。
ここにおいて、この実施形態では、スクラップに、浸出対象の対象金属と、その対象金属とは異なる元素の別種金属が含まれており、かかるスクラップを酸性溶液に添加すると、はじめに、スクラップに含まれる別種金属が酸性溶液中に溶解する。
それにより、酸性溶液には、別種金属の金属イオンが存在することとなる。
【0028】
その後、酸性溶液中では、上記の別種金属の金属イオンと対象金属とが接触し、対象金属と別種金属の金属イオンとの酸化還元反応に基き、対象金属の浸出を促進することになる。
その結果として、酸性溶液に、多量の過酸化水素水を添加する必要がなくなるので、浸出に要する高価な過酸化水素水の量を低減又は、削減することができて、処理コストを有効に低減させることが可能になる。
【0029】
ここで、対象金属は、たとえば、リチウム、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも一種の金属とすることができる。
これらの対象金属の、酸性溶液中での浸出を有効に促進させるため、別種金属は、マンガン、鉄からなる群から選択される少なくとも一種の金属とすることが好ましい。
【0030】
スクラップに含まれる別種金属は、対象金属における酸化還元反応の酸化還元平衡電位に比して、酸化還元反応の酸化還元平衡電位の低い金属とすることが好適である。これにより、酸性溶液中での別種金属の金属イオンと対象金属との酸化還元反応を効果的に促進させて、対象金属をより有効に浸出させることができる。
具体的には、たとえば、対象金属が、ニッケル、コバルトである場合は、別種金属は、かかる対象金属よりも上記の酸化還元平衡電位の低い金属として、マンガン、鉄とすることができる。
【0031】
またここでは、別種金属が、異なる酸化数をとりうる金属とすることが、対象金属を還元して溶解させるとともに自らが酸化し酸化物として沈殿しやすくなる点で好ましい。
この具体例として、別種金属は、マンガン、鉄とすることができる。
【0032】
金属浸出工程では、別種金属と同じ元素の金属の単体、その同じ元素の金属の化合物、および、該同じ元素の金属の金属イオンを含む溶液のうちの少なくとも一種を、前記金属浸出方法で、前記スクラップとともに酸性溶液に添加することが、対象金属の浸出をより一層促進させるとの観点から好ましい。
この場合、別種金属と同じ元素の金属の単体や、その同じ元素の金属の化合物は、酸性溶液中で溶解して、また別種金属の金属イオンを含む溶液はそのままの状態で、酸性溶液中の別種金属の金属イオンを増加させる。つまり、ここでは、別種金属と同じ元素の金属の添加前の形態は問わず、添加後に酸性溶液中で別種金属の金属イオンが増加することになればよい。
この場合、別種金属と同じ元素の化合物としては、上述したような別種金属の塩化物、硫化物、水酸化物または炭酸塩とすることができる。
【0033】
上記の金属浸出工程を経ることで、後述する回収方法のように、金属浸出工程の後、対象金属を回収する際に、金属浸出工程で得られる浸出後液に別種金属が、少量だけ含まれるか、または全く含まれないようになるので、対象金属を回収する際の別種金属の分離に要する手間および費用をも削減することができる。
【0034】
たとえば別種金属がマンガンである場合、この金属浸出工程では、酸性溶液中に二酸化マンガンが析出し、これを回収することができる。
【0035】
ところで、リチウムイオン電池正極活物質の原料(いわゆる正極材前駆体等)には、たとえば、リチウム、コバルト、ニッケルおよび/またはマンガン等の化合物を含むものであり、ここには別種金属の化合物、たとえば、塩化物、硫化物、水酸化物または炭酸塩が含まれることがある。
このように正極活物質の原料が別種金属の化合物を含むものである場合は、その正極活物質の原料を、金属浸出工程で、スクラップとともに酸性溶液に添加することで、上述したような酸化還元反応の下、対象金属の浸出を有効に促進させることができるので好適である。酸性溶液に添加する正極活物質の原料は、マンガン化合物のなかでも、炭酸マンガン(II)を含むものであることが特に好ましい。
【0036】
なお、このような正極活物質の原料は、たとえば、正極活物質製造過程の工程スクラップとして得ることができる。
仮に、この正極活物質の原料だけを酸浸出する場合は、それに含まれ得るコバルト、ニッケル、マンガン、リチウム等は溶解し易く、一旦溶解したマンガンの析出反応が十分に行われず、後工程にて多量のマンガンイオンを処理する必要がある。
これに対し、上述したように、正極活物質の原料を、酸性溶液中でスクラップと混合させて酸浸出した場合は、正極活物質の原料に含まれ得る炭酸マンガン(II)等から一旦溶解したマンガンイオンが還元剤として働くことにより、スクラップ中のコバルト、ニッケルの浸出を促進し、一方では、溶解したマンガンの、酸化マンガンとしての析出反応が進むため、スクラップのみ、または、正極活物質の原料のみを単独で酸浸出する場合に比して、リチウム、コバルト、ニッケル等をより有効に浸出させることができるとともに、より多くの二酸化マンガン等を沈殿させることができる。
【0037】
以上に述べた金属浸出工程で別種金属を添加する場合は、リチウムイオン電池スクラップの浸出開始より、0時間〜12時間が経過した後に、別種金属を添加することが、金属浸出工程の処理時間の短縮化の観点から好ましい。
また、金属浸出工程での別種金属の添加量は、浸出させるリチウムイオン電池スクラップ中の対象金属の含有量に対し、0.1倍〜5倍とすることが好ましい。これにより、対象金属の溶解を有効に促進させるとともに、別種金属を十分に沈殿させることができる。
【0038】
なお、処理時間を短縮化するため、金属浸出工程で、金属浸出工程におけるリチウムイオン電池スクラップの浸出時間は、1時間〜24時間とすることが好ましい。
この金属浸出工程で用いる酸としては、硫酸、塩酸等の鉱酸ならびに、過酸化水素水等を挙げることができる。
また、別種金属を酸性溶液中に添加した後、20℃〜80℃の温度の下、酸性溶液を、0rpm〜750rpmの速度で撹拌することが好ましい。
【0039】
(分離回収工程)
この発明のリチウムイオン電池スクラップからの金属の回収方法の一の実施形態では、上述した金属浸出工程の後、分離回収工程を実施する。より詳細には、この実施形態は、リチウムイオン電池スクラップに含まれる金属元素に応じて、たとえば、図1または2に例示する工程を含むことができる。
【0040】
この分離回収工程では、金属浸出工程で得られた浸出後液に対し、たとえば、一般的な溶媒抽出法または電解法等を用いて、そこに溶解している対象金属を含む各元素を回収する他、その浸出後液に別種金属が溶解した状態で残った場合に、別種金属を対象金属と分離させて回収する。
【0041】
図1に示すところでは、対象のリチウムイオン電池廃棄物に含まれて浸出後液中に溶解しているリチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、アルミニウム、銅、鉄等のうち、はじめに、鉄およびアルミニウムを溶媒抽出する。
続いて、それにより得られる溶液から、マンガンおよび銅を回収する。但し、ここでは、先述したように浸出工程での二酸化マンガンの析出反応の促進により、溶液中に含まれるマンガンの量は少なくなる。また条件によっては、溶液中にマンガンが含まれないこともあり、この場合は、マンガンの回収が不要となる。その結果として、ここでのマンガンの回収に要するコストを有効に低減ないし削減することができる。
その後は、コバルトおよびニッケルのそれぞれを順次に回収し、最後に溶液中にリチウムを残して、各金属を回収することができる。
【0042】
一方、図2に示すところでは、リチウムイオン電池廃棄物に含まれる元素は、リチウム、ニッケル、コバルト、マンガンだけであるから、浸出後液からマンガン、コバルトおよびニッケルを順次に回収して、リチウムのみが残留する溶液とすることで、図1に示す方法よりも簡易に行うことができる。
【0043】
ここで、このような分離回収工程では、別種金属を含む溶媒から逆抽出した酸性液を得ることができ、別種金属を含むこの酸性液を、先述の金属浸出工程で、別種金属の金属イオンを含む溶液として酸性溶液に添加して用いることが好ましい。それにより、金属浸出工程で添加する過酸化水素水の量の低減または過酸化水素水の削減に伴う、処理コストの低減に寄与することができる。
この酸性液としては、硫酸塩溶液、塩酸溶液または硝酸溶液とすることが好ましく、なかでも硫酸マンガン(II)溶液とすることが特に好ましい。
【0044】
なお、特に硫酸マンガン(II)溶液は一般に、別途再利用する場合、そのままの状態では用いることができず、更なる処理が必要となって費用および工数が増大することから、この金属浸出工程で用いることが有効である。
金属浸出工程で酸性溶液に添加された硫酸マンガン(II)は還元剤として働いて、対象金属の浸出を効果的に促進させることができる。
【0045】
上記の酸性液を、金属浸出工程で、別種金属の金属イオンを含む溶液として添加する場合、酸性液中の別種金属の濃度は、1g/L〜50g/Lとすることが好ましい。
【0046】
あるいは、上記の酸性液に、炭酸化、水酸化、晶析等の処理を施すことによって生成した別種金属の化合物を、金属浸出工程で酸性溶液に添加して用いることも有効である。
このようにして生成される別種金属の化合物としては、たとえば、別種金属の炭酸塩、水酸化物または硫酸塩等を挙げることができ、なかでも、炭酸マンガン(II)が、金属浸出工程での添加剤として用いることに最も好適である。
【実施例】
【0047】
次に、この発明のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法を試験的に実施し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、ここでの説明は、単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0048】
(試験例1)
表1に示す含有量でマンガン、コバルト、ニッケルおよびリチウムを含むリチウムイオン電池廃棄物を、酸性溶液に添加して浸出した。
ここで、発明例1では、この発明に従う方法により処理し、分離回収工程で回収した硫酸マンガン(II)溶液100mLを用いることとした。この硫酸マンガン(II)溶液中のマンガンの濃度は13.1g/Lであった。一方、発明例2では、浸出工程で硫酸マンガン(II)を用いない代わりに、純水100mLを用いた。
【0049】
なお、いずれの発明例1および2においても、原料としてのリチウムイオン電池廃棄物の質量を10gとし、また、浸出工程では、硫酸マンガン(II)溶液または純水に対して1倍当量の硫酸を用いることとし、浸出温度60℃の下、速度250rpmで撹拌した。なお発明例1および2では、過酸化水素水を用いなかった。
【0050】
【表1】
【0051】
そして、それぞれの発明例1および2で、浸出工程における所定の時間経過後の液中の各元素の濃度を、ICP発光分光分析で測定し、時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を算出した。それらの結果を、図3および4のそれぞれにグラフで示す。
【0052】
図3および4に示す結果から、硫酸マンガン(II)溶液を添加した発明例1では、硫酸マンガン(II)を添加しなかった発明例2に比して、特にニッケルおよびコバルトの浸出率が、浸出の初期から大きく上昇し、終盤には、ニッケル、コバルトおよびリチウムのほぼ全てが浸出したことが解かる。
【0053】
(試験例2)
発明例3〜5では、この発明に従う方法により、正極活物質と正極材前駆体を混合し、表2に示す含有量でマンガン、コバルト、ニッケルおよびリチウムを含む混合物を得た。
この一方で、発明例6では正極活物質のみとし、発明例7では正極材前駆体のみとした。なお、発明例3〜5で、正極活物質と混合させた正極材前駆体の組成は、正極材前駆体のみとした発明例7の組成と同じである。
【0054】
それぞれの発明例3〜7につき、混合物、正極活物質ないし正極材前駆体の10gを、純水100mL、硫酸1倍当量で酸浸出し、浸出温度60℃の下、速度250rpmで撹拌した。いずれの発明例3〜7においても、過酸化水素水を用いなかった。
【0055】
【表2】
【0056】
そして、それぞれの発明例3〜7で、浸出工程における所定の時間経過後の液中の各元素の濃度を、ICP発光分光分析で測定し、時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を算出した。それらの結果を、図5〜9のそれぞれにグラフで示す。
【0057】
図5〜9に示す結果により、正極活物質と正極材前駆体とを混合させて酸浸出した発明例3〜5では、過酸化水素水を添加していないにも関わらず、正極活物質だけ又は正極材前駆体だけを酸浸出した発明例6、7に比して、特に、コバルトおよびニッケルの浸出率が浸出当初から大きく増加し、最終的にはコバルト、ニッケルおよびリチウムがほぼ完全に浸出していることが解かる。
また、正極材前駆体だけを酸浸出した発明例7では、浸出の途中でマンガンの浸出率があまり低下せず、二酸化マンガンが十分に析出しなかったのに対し、発明例3〜5では、二酸化マンガンの析出反応が促進されて、マンガンの浸出率が大きく低下していることが解かる。
【0058】
(試験例3)
発明例8および9では、表3に示す含有量でマンガン、コバルト、ニッケルおよびリチウムを含む正極活物質を用いた。発明例8では、この正極活物質を、表4に示すような、主として炭酸マンガン(II)からなる物質に混合させて酸浸出した。一方、発明例9では、炭酸マンガン(II)に混合せずに正極活物質の酸浸出を実施した。
【0059】
なお、いずれの発明例8および9においても、原料としての正極活物質の質量を10gとし、また、浸出工程では、過酸化水素水を用いずに、純水100mL、純水に対して1倍当量の硫酸を用いることとし、浸出温度60℃の下、速度250rpmで撹拌した。また、発明例8で正極活物質に混合させた炭酸マンガン(II)の質量は2.57gとした。
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
そして、各発明例8および9で、浸出工程における所定の時間経過後の液中の各元素の濃度を、ICP発光分光分析で測定し、時間の経過に伴う各元素の浸出率の変化を算出した。それらの結果を、図10および11のそれぞれにグラフで示す。
【0063】
図10および11の結果から明らかなように、正極活物質だけを酸浸出させた発明例9では、コバルトおよびニッケルの浸出率が上昇しなかったのに対し、炭酸マンガン(II)と正極活物質とを混合させた発明例8では、コバルトおよびニッケルの浸出率が大きく上昇したことが解かる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11