(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.9〜1.2%、Si:0.1〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:3.0〜5.0%、W:2.1〜3.5%、Mo:9.0〜10.0%、V:0.9〜1.2%、Co:5.0〜10.0%、N:0.020%以下、残部Feおよび不純物でなる高速度工具鋼であり、
前記高速度工具鋼が含有する前記C、Si、W、Mo、V、Coの含有量の関係が、下記式で算出されるM値において、−1.5≦M値≦1.5を満たすことを特徴とする高速度工具鋼。
式:M値=−9.500+9.334[%C]−0.275[%Si]−0.566[%W]−0.404[%Mo]+3.980[%V]+0.166[%Co]
[]括弧内は各元素の含有量(質量%)を示す。
質量%で、C:0.9〜1.2%、Si:0.1〜1.0%、Mn:1.0%以下、Cr:3.0〜5.0%、W:2.1〜3.5%、Mo:9.0〜10.0%、V:0.9〜1.2%、Co:5.0〜10.0%、N:0.020%以下、残部Feおよび不純物でなる高速度工具鋼を鋼塊に鋳造し、前記鋼塊に熱間加工を行う工具用材料の製造方法であって、
前記高速度工具鋼の鋼塊が含有する前記C、Si、W、Mo、V、Coの含有量の関係が、下記式で算出されるM値において、−1.5≦M値≦1.5を満たし、
前記工具用材料の断面組織中に含まれる炭化物の最大径が、極値統計法によって算出される推定最大予測値√(Areamax)で、32.0μm以下であることを特徴とする工具用材料の製造方法。
式:M値=−9.500+9.334[%C]−0.275[%Si]−0.566[%W]−0.404[%Mo]+3.980[%V]+0.166[%Co]
[]括弧内は各元素の含有量(質量%)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
使用中の切断工具の刃先や塑性加工工具の形状面に、チッピングや割れ等の工具損傷が生じる原因の一つとして、工具用材料の組織中に含まれる粗大な炭化物がある。つまり、工具用材料の組織中に著しく粗大な炭化物が多く含まれると、この著しく粗大な炭化物が焼入れ焼戻し後の製品組織でも残留して、上記の刃先や形状面の靭性が低下する。そして、使用中の刃先や形状面の破壊に要する応力(破壊応力)が低下して、粗大な炭化物を起点とした破壊が発生する。したがって、工具用材料の組織中の炭化物サイズを小さくすることが、上記の工具損傷の抑制に有効である。
【0014】
このような技術的背景において、高硬度を実現できるSKH59の成分組成は、組織中に多量の炭化物を形成する合金設計となっている。そして、このような成分組成の高速度工具鋼の場合、鋼塊や鋼片等の素材の時点で、その鋳造組織中に著しく粗大化した塊状の共晶炭化物が形成されやすい。一般的に、鋳造組織中のM
2C共晶炭化物(以下、「共晶M
2C」と言う。)は板状であり、熱間加工によって粒状のM
6C炭化物に分解させることができる(以下、「分解M
6C」と言う。)。しかし、上記の共晶M
2Cが著しく粗大な塊状であると、工具用材料の製造工程において、続く熱間加工(線材加工)でも、これを十分に粒状化した分解M
6Cに変化させることができず、工具用材料の焼鈍組織には、著しく粗大な炭化物が多く存在する結果となる。
また、SKH59のような成分組成の高速度工具鋼の鋳造組織中には、M
6C共晶炭化物(以下、「共晶M
6C」と言う。)も形成される。一般的に、この共晶M
6Cは、魚骨状である。そして、熱間加工によって粒状化することが難しい。よって、上記の共晶M
6Cが著しく粗大であると、熱間加工後において、これが“そのまま”の著しく粗大な状態で残って、工具用材料の焼鈍組織に著しく粗大な炭化物が多く存在する結果となる。
【0015】
そして、この工具用材料の焼鈍組織で微細に出来なかった炭化物は、最終工程の焼入れ焼戻しでも微細にし難い。その結果、上記の刃先や形状面の組織中に粗大な炭化物が多く含まれた各種工具は、優れた耐摩耗性は付与できるとしても、チッピングや割れ等の抑制に必要な耐損傷性が劣化する要因となる。
また、上記の鋼塊や鋼片等の素材の時点で、その鋳造組織中に形成された著しく粗大な共晶炭化物が、熱間加工でも粒状に変化しないと、この素材の熱間加工性が劣って、続く熱間加工で所定の寸法にまで延伸することが難しくなる。
【0016】
そこで、まず、本発明者は、上記の工具用材料のもととなる「高速度工具鋼」自体の成分組成を見直した。そして、鋳造組織中における共晶炭化物の微細化に有利な成分組成を見いだした。以下に、本発明の高速度工具鋼の成分組成の限定理由について述べる。(「質量%」について、単に「%」と記載する。)
【0017】
・C:0.9〜1.2%
Cは、Cr、W、Mo、Vと結合して炭化物を形成し、焼入れ焼戻し硬さを高め、耐摩耗性を向上する元素である。しかし、多すぎると、熱間加工性が低下する。また、靭性が低下する。よって、後述するCr、W、Mo、V量とバランスさせた上で、0.9〜1.2%とする。好ましくは0.95%以上である。より好ましくは1.00%以上である。また、好ましくは1.15%以下である。より好ましくは、1.10%以下である。
【0018】
・Si:0.1〜1.0%
Siは、通常、溶解工程における脱酸剤として使用される。そして、工具用材料の切削加工性を向上させる元素である。しかし、多すぎると、鋳造組織中に粗大な共晶炭化物を形成しやすく、熱間加工性が低下する。また、靭性も低下する。よって、Siは、0.1〜1.0%とする。好ましくは0.2%以上である。より好ましくは0.25%以上である。また、好ましくは0.6%以下である。より好ましくは0.5%以下である。更に好ましくは0.4%以下である。
【0019】
・Mn:1.0%以下
Mnは、Siと同様、脱酸剤として使用される。しかし、多すぎると靭性が低下するので、1.0%以下とする。好ましくは0.6%以下である。より好ましくは0.5%以下である。更に好ましくは0.4%以下である。また、Mnを含有する場合、好ましくは0.1%以上である。より好ましくは0.2%以上である。さらに好ましくは0.25%以上である。
【0020】
・Cr:3.0〜5.0%
Crは、焼入性、耐摩耗性、耐酸化性等を付与するのに有効な元素である。しかし、多すぎると、鋳造組織中における固溶C量の増加を助長しやすく、少なからず、鋼塊の熱間加工性の低下の要因となる。また、工具製品の靭性、高温強度、耐焼戻し軟化特性を低下させる。よって、3.0〜5.0%とする。好ましくは3.5%以上である。より好ましくは3.6%以上である。更に好ましくは3.7%以上である。特に好ましくは3.8%以上である。また、好ましくは4.5%以下である。より好ましくは4.3%以下である。更に好ましくは4.1%以下である。特に好ましくは4.0%以下である。
【0021】
・W:2.1〜3.5%
Wは、上述したCと結合して特殊な炭化物を形成して、耐摩耗性や耐焼付き性を付与する。また、焼戻し時の二次硬化作用が大きく、高温強度も向上する。しかし、多すぎると、熱間加工性を阻害する。また、少なからず、炭化物の粗大化の要因となる。よって、2.1〜3.5%とする。好ましくは2.2%以上である。より好ましくは2.3%以上である。更に好ましくは2.4%以上である。また、好ましくは2.9%以下である。より好ましくは2.8%以下である。更に好ましくは2.7%以下である。特に好ましくは2.6%以下である。
【0022】
・Mo:9.0〜10.0%
Moは、Wと同様にCと結合して特殊な炭化物を形成して、耐摩耗性や耐焼付き性を付与する。また、焼戻し時の二次硬化作用が大きく、高温強度も向上する。しかし、多すぎると、熱間加工性を阻害する。よって、9.0〜10.0%とする。好ましくは9.1%以上である。より好ましくは9.2%以上である。更に好ましくは9.3%以上である。特に好ましくは9.4%以上である。また、好ましくは9.9%以下である。より好ましくは9.8%以下である。更に好ましくは9.7%以下である。特に好ましくは9.6%以下である。
【0023】
・V:0.9〜1.2%
Vは、Cと結合して硬質の炭化物を形成し、耐摩耗性の向上に寄与する。しかし、多すぎると、熱間加工性が低下する。また、靭性が低下する。よって、0.9〜1.2%とする。好ましくは0.93%以上である。より好ましくは0.95%以上である。また、好ましくは1.15%以下である。より好ましくは1.10%以下である。
【0024】
・Co:5.0〜10.0%
Coは、基地中に固溶して、焼戻しマルテンサイトの硬さを向上させ、耐摩耗性の向上に寄与する。また、工具の強度や耐熱性を向上させる。しかし、多すぎると、熱間加工性が低下する。また、靭性が低下する。よって、5.0〜10.0%とする。好ましくは6.0%以上である。より好ましくは6.5%以上である。更に好ましくは7.0%以上である。また、好ましくは9.3%以下である。より好ましくは9.2%以下である。更に好ましくは9.0%以下である。特に好ましくは8.5%以下である。
【0025】
・N:0.020%以下
Nは、上述した成分組成を有する高速度工具鋼の鋳造組織において、共晶炭化物の塊状化を抑制する効果を有する。しかし、多すぎると、鋳造組織中にバナジウム窒化物を形成して、素材の熱間加工性を阻害する。また、かえって、上記の共晶炭化物の塊状化を助長する作用がある。よって、Nは、0.020%以下とする。好ましくは0.019%以下である。より好ましくは0.018%以下である。更に好ましくは0.017%以下である。なお、Nを含有する場合、上記の効果を得るのに好ましくは0.005%以上である。より好ましくは0.008%以上である。更に好ましくは0.012%以上である。特に好ましくは0.015%以上である。
【0026】
そして、本発明では、上述した高速度工具鋼の成分組成において、下記の式で算出されるM値を「−1.5〜1.5」の範囲に管理することが重要となる。
式:M値=−9.500+9.334[%C]−0.275[%Si]−0.566[%W]−0.404[%Mo]+3.980[%V]+0.166[%Co]
[]括弧内は各元素の含有量(質量%)を示す。
【0027】
上記の式は、本発明の成分組成を有する高速度工具鋼の組織中に“安定的に”存在し得る共晶炭化物の量(頻度)を示す指標値である。具体的に言うと、鋳造組織中に共晶炭化物が形成された素材を熱間加工したときに、共晶M
2Cについては、それが熱間加工でM
6Cに分解されずに、熱間加工後の工具用材料の組織に残り得る頻度を示すものである。そして、共晶M
6Cについては、それ自体の頻度(すなわち、熱間加工後の工具用材料における頻度)を示すものである。
【0028】
上記の式について説明する。まず、本発明の高速度工具鋼の場合、上記の共晶炭化物の安定化に影響を及ぼす元素として、C、Si、W、Mo、V、Coを挙げることができる。そして、これら元素の中で、C、V、Coは共晶M
2Cの安定化を促し、Si、W、Moは共晶M
6Cの安定化を促すことを、本発明者は知見した。そして、本発明者は、共晶M
2Cの安定化を促すC、V、Coに「プラス」の係数を付し、共晶M
6Cの安定化を促すSi、W、Moに「マイナス」の係数を付したとともに、それぞれの係数について、共晶炭化物の安定化を促す程度(頻度)に応じて、係数の値(絶対値)を定めたことで、相互的に変化する共晶M
6Cと共晶M
2Cとの頻度のバランスを高速度工具鋼の成分組成で評価できる上記の式を完成させた。
【0029】
以上の係数の取り決めによって、上記の式によるM値を“ゼロ”に近づけるということは、工具用材料の組織において、炭化物の粗大化の要因となる共晶炭化物を低減するということである。つまり、上記のM値を“ゼロ”に近づけることで、鋳造組織中の共晶M
2Cは、熱間加工によって、微細な分解M
6Cに変化させることが容易となる。そして、もとより、熱間加工で微細にすることが困難な共晶M
6Cは、その存在量自体を低減することができる。
そして、本発明においては、上記のM値を「1.5以下」とする。これによって、安定的な共晶M
2Cが減り、共晶M
2Cを熱間加工で微細な分解M
6Cに変化させることができる。好ましくは「1.0以下」である。より好ましくは「0.8以下」である。更に好ましくは「0.7以下」である。また、本発明においては、上記のM値を「−1.5以上」とする。これによって、熱間加工で微細にすることが困難な共晶M
6C自体を低減することができる。好ましくは「−1.0以上」である。より好ましくは「−0.8以上」である。更に好ましくは「−0.7以上」である。M値をこれら範囲に調整することよって、高速度工具鋼の熱間加工性の向上、および、各種工具の耐損傷性の向上を達成することができる。
【0030】
その他、本発明の高速度工具鋼には、SおよびPが不可避的な不純物元素として、含まれ得る。Sは、多すぎると、素材の熱間加工性を阻害するので、0.010%以下に規制することが好ましい。より好ましくは0.005%以下である。更に好ましくは0.001%以下である。Pは、多すぎると靭性を劣化するので、0.05%以下に規制することが好ましい。より好ましくは0.03%以下である。更に好ましくは0.025%以下である。
【0031】
そして、上述の成分組成を有した高速度工具鋼を鋼塊に鋳造して、これに熱間加工を行うことで、この熱間加工後の焼鈍組織中の炭化物サイズが小さい工具用材料を得るのに効果的である。このとき、上記の炭化物サイズは、その工具用材料の断面組織中に含まれる炭化物の最大径が、極値統計法によって算出される推定最大予測値√(Area
max)で、32.0μm以下であることが好ましい。この極値統計法による上記の推定最大予測値√(Area
max)を32.0μm以下とすることで、各種工具の耐損傷性を、さらに向上することができる。より好ましくは30.0μm以下である。更に好ましくは28.0μm以下である。
【実施例1】
【0032】
所定の成分組成に調整した溶鋼を準備した。そして、この溶鋼を実操業レベルに相当する10℃/分程度の冷却速度で鋳造して、表1の成分組成を有する高速度工具鋼の鋼塊を作製した。なお、鋼塊No.13は、SKH59に相当する。表1において、鋼塊の順序は、本発明の効果を評価しやすいように、概ねM値が小さいものから順に並べてある。
【0033】
【表1】
【0034】
次に、上記の鋼塊No.1〜21を熱間加工によって鍛伸して、断面形状が20mm×20mmの矩形の棒材でなる焼鈍状態の、上記の鋼塊番号順に対応する工具用材料No.1〜21を得た。このとき、鍛伸中は、鋼塊の端部より上記の断面形状に鍛伸されていくところ、その鍛伸中に棒材(または、鋼塊)の表面に疵が発生したものについては、そのときの棒材の長さ(鍛伸長さ)も計測した。表2に、熱間加工後の各工具用材料の鍛伸長さを、そのM値と共に示す。鍛伸長さは、高速度工具鋼の熱間加工性を評価しやすいように、SKH59である工具用材料No.13のそれを「100」としたときの比較値で示した。
【0035】
【表2】
【0036】
表2より、高速度工具鋼が含有する個々の元素量が本発明を満たし、M値が「−1.5〜1.5」の範囲内に調整された本発明例の工具用材料No.8〜11の鍛伸長さは「100超」であり、中でも、工具用材料No.9、11の鍛伸長さは「120以上」であり、実質、鋼塊の全部を鍛伸することができた。そして、SKH59(工具用材料No.13)に比べて熱間加工性が良好であった。
【0037】
これに比べて、M値が「−1.5」より小さい工具用材料No.1〜5は、含有する個々の元素量が本発明を満たすことによらず、鋼塊の鋳造組織中に粗大な共晶M
6Cが多く存在していたことに起因して、鍛伸長さが短く、SKH59(工具用材料No.13)に比べて熱間加工性に劣っていた。その中でも、工具用材料No.2は、上記の要因に加えて、SiおよびCrの含有量が高めであったことにも起因して、鍛伸の初めから鋼塊の表面に顕著な疵が発生し、熱間加工を中止した。
また、M値が「−1.5〜1.5」の範囲内にある工具用材料No.6,7のうち、工具用材料No.6は、Wの含有量が本発明の範囲より高いが、鍛伸長さは100を超えた。しかし、工具用材料No.7は、Wの含有量が更に高いことに加えて、Moの含有量も高めであることから、熱間加工性が低下した。
【0038】
M値が「1.5」より大きい工具用材料No.12〜21は、含有する個々の元素量が本発明を満たすことによらず、一部を除いて、概ねSKH59(工具用材料No.13)と同等の熱間加工性を示した。そして、上記の一部について、工具用材料No.15は、C、WおよびVの含有量が高いことから、熱間加工性が大きく劣化した。また、工具用材料No.19は、CおよびVの含有量が高いことに加えて、Coの含有量も高めであったことが影響して、熱間加工性が大きく劣化した。CおよびVの含有量が高い工具用材料No.21は、熱間加工性が低下した。
図2に、工具用材料No.1〜21における、M値と、上記の鍛伸長さとの関係を示しておく(但し、熱間加工を中止したNo.2については、鍛伸長さを「0」として示している)。
【0039】
次に、熱間加工を中止した工具用材料No.2を除いて、工具用材料No.1〜21の焼鈍組織中にある炭化物の分布状況を観察した。この観察には、倍率150倍の走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた。観察面は、棒材の中心線を含む長さ方向の断面(縦断面)であり、棒材の上記した断面形状の一辺(20mm)と、棒材の長さ方向の一辺(20mm)とでなる、20mm×20mmの矩形の領域とした。そして、この矩形の観察面に含まれる34080μm
2の視野を1視野として、64視野分を上記のSEMで観察し、各視野毎における最大径が9μm以上の炭化物を計測した。
上記の炭化物の計測は、次の要領によった。まず、SEMによる反射電子像に対し、この像中に確認される炭化物の最大径に基づいて、「9μm」の最大径を閾(しきい)値とした二値化処理を行うことで、上記の観察面に分布する「最大径が9μm以上」の炭化物を示した二値化画像を得た。
図3および
図4は、それぞれ、本発明例である工具用材料No.11および比較例である工具用材料No.19における上記の二値化画像である(炭化物は、黒点の分布で示されている)。そして、この二値化画像から、最大径が9μm以上の炭化物の計測を行った。
【0040】
そして、上記の炭化物の計測によって得た「最大径が9μm以上の炭化物」のうちから、「一番大きな炭化物」のサイズを、1視野毎に読み取って、この1視野毎における「一番大きな炭化物」のサイズと、その頻度とを基にした極値統計グラフを作成した。そして、極値統計法により、工具用材料の断面組織中に含まれる炭化物の最大径(つまり、推定最大予測値√(Area
max))を予測した。推定最大予測値は、上記の極値統計グラフをもとに、再帰期間を100に設定して求めた(後述)。表3に、炭化物の最大径(推定最大予測値√(Area
max))を示す。
上記の極値統計処理には、マイクロソフト社の表計算ソフトウェア「エクセル」を用いた。このとき、極値統計処理に必要な再帰期間について、予測体積は31.4mm
3とした。これは、通常、各種工具の耐チッピング性等を評価するのに用いられている、直径4mm、スパン50mmの試験片による3点曲げ試験において、その破壊の起点となり得る危険部分が、この試験片の表面から中心に向かって直径の5%入った体積の部分にあることに基づいたものである。そして、表3に示した炭化物の最大径(推定最大予測値√(Area
max))は、上記した3点曲げ試験片100本当たりでの推定値である。
【0041】
【表3】
【0042】
表3より、本発明例の工具用材料No.8〜11は、その断面組織中に含まれる炭化物の最大径が、推定最大予測値√(Area
max)で32.0μm以下であった。特に、工具用材料No.8,10,11の√(Area
max)は、30.0μm以下であった。よって、本発明例の工具用材料を用いて作製した工具は、耐損傷性の向上が期待できる。
これに対して、工具用材料No.1、3、5、7、14、15も、上記の推定最大予測値√(Area
max)が32.0μm以下であった。しかし、これらの工具用材料は、上述の通り、SKH59(工具用材料No.13)より熱間加工性が劣っていた。
工具用材料No.6は、M値が本発明の「−1.5〜1.5」の範囲を満たしているが、Wの含有量が本発明の範囲より高く、上記の推定最大予測値√(Area
max)が32.0μmを超えていた。
工具用材料No.12、16〜21は、M値が本発明の「−1.5〜1.5」の範囲を満たさず、推定最大予測値√(Area
max)が32.0μmを超えていた。
図1に、工具用材料No.1〜21(但し、No.2を除く)のM値と、上記の√(Area
max)との関係を示しておく。
【0043】
また、工具用材料No.1〜21(但し、No.2を除く)に、1190℃に加熱して急冷する焼入れと、これに続けて、560℃で1時間保持することを3回繰り返す焼戻しを実施した。そして、この焼入れ焼戻し後の工具用材料の硬度を測定した。結果を表4に示す。本発明例の工具用材料No.8〜11は、67.0HRC以上の十分な硬度を達成し、その中でも、工具用材料No.9〜11は、68.0HRC以上の高い硬度を達成した。これらのことから、本発明例の工具用材料を用いて作製した工具は、高寿命化が期待できる。
【0044】
【表4】
【実施例2】
【0045】
所定の成分組成に調整した溶鋼を準備した。そして、この溶鋼を10℃/分程度の冷却速度で鋳造して、表5の成分組成を有する高速度工具鋼の鋼塊No.22〜24を作製した。なお、鋼塊No.24は、SKH59に相当する。
【0046】
【表5】
【0047】
上記の鋼塊No.22〜24を熱間加工して、直径が5mmの焼鈍状態のコイル線材でなる、上記の鋼塊番号順に対応する工具用材料No.22〜24を得た。そして、工具用材料No.22〜24の焼鈍組織中にある炭化物の分布状況を観察した。観察面は、コイル線材の中心線を含む縦断面の、その中心線の位置とした。そして、この観察面における34080μm
2の視野を1視野とした64視野分について、実施例1と同じ要領で、各視野毎における最大径が9μm以上の炭化物を計測した。そして、上記の計測によって得た「最大径が9μm以上の炭化物」について、実施例1と同じ要領で、極値統計法により、工具用材料の断面組織中に含まれる炭化物の最大径(推定最大予測値√(Area
max))を予測した。結果を、表6に示す。
【0048】
【表6】
【0049】
表6より、本発明例の工具用材料No.22、23は、その断面組織中に含まれる炭化物の最大径が、推定最大予測値√(Area
max)で32.0μm以下であった。よって、本発明例の工具用材料を用いて作製した切断工具や塑性加工用工具は、耐損傷性の向上が期待できる。
【0050】
上記のコイル線材の工具用材料No.22〜24に、実際の工具に実施される条件の焼入れ焼戻しを想定して、1190℃からの焼入れと、560℃で1時間の保持を3回繰り返す焼戻しを行った。そして、この焼入れ焼戻し後の試験片に3点曲げの抗折試験を実施して、試験片が破断に至るまでの最大曲げ応力(すなわち、抗折力)を測定した。抗折試験では、試験片の寸法を直径4mm×長さ60mmとし、試験時のスパンを50mmとした。また、抗折力は、上記の抗折試験を4回行って、その最大曲げ応力の平均値とした。結果を、焼入れ焼戻し硬さと共に、表7に示す。
【0051】
【表7】
【0052】
抗折力は、工具の靱性を評価するための指標であり、この値が大きい程、靱性が高いことを示す。上記の抗折力の値が大きいことで、切断工具においては、その刃先に生じる早期のチッピングを抑制できる。また、塑性加工工具においては、その形状面に生じる早期の欠け、割れ、折損等を抑制できる。そして、表7の通り、本発明例の工具用材料No.22、23は、焼入れ焼戻し後の工具製品の状態で、比較例の工具用材料No.24(SKH59)と比べて、高い抗折力を示した。