特許第6365963号(P6365963)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6365963燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼及びそれを用いた燃料噴射部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6365963
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼及びそれを用いた燃料噴射部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180723BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20180723BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/54
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2018-500815(P2018-500815)
(86)(22)【出願日】2017年7月5日
(86)【国際出願番号】JP2017024615
(87)【国際公開番号】WO2018008674
(87)【国際公開日】20180111
【審査請求日】2018年1月10日
(31)【優先権主張番号】特願2016-133970(P2016-133970)
(32)【優先日】2016年7月6日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2017-40425(P2017-40425)
(32)【優先日】2017年3月3日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】上原 利弘
(72)【発明者】
【氏名】都地 昭宏
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−277639(JP,A)
【文献】 特開平07−048653(JP,A)
【文献】 特開平08−049512(JP,A)
【文献】 特開昭62−067219(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.35%以上0.50%未満、Si:0.20%を超え0.40%以下、Mn:0.2〜0.4%、Ni:0.25%以下、Cr:15.0〜17.0%、Mo:2.0%を超え3.0%以下、W:0.1〜0.3%、B:0.001〜0.003%、N:0.15%以上0.20%未満を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、不可避的不純物元素として、P:0.025%以下(0%を含む)、S:0.005%以下(0%を含む)、Cu:0.2%以下(0%を含む)、Al:0.05%以下(0%を含む)、Ti:0.02%以下(0%を含む)、Nb:0.02%以下(0%を含む)、V:0.15%以下(0%を含む)、O:0.003%以下(0%を含む)、H:0.001%以下(0%を含む)とし、ビッカース硬さが650〜700HVであることを特徴とする燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1に記載の燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼を用いた燃料噴射部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車エンジン等の燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼及びそれを用いた燃料噴射部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジン等の内燃機関においては、近年、自動車の燃費向上、排ガス規制強化などにより、高温の排ガスを利用する排気ガス循環システム(EGR:Exhaust−Gas−Recirculation)を装着するエンジンが増加している。また、自動車の世界的な普及により、地域によって不純物の多い燃料を利用せざるを得ない場合が増加している。排気ガスの再循環や不純物の多い燃料の使用によって、燃料噴射部材においては、従来より厳しい腐食環境に曝されるようになってきており、高硬度だけでなく、耐食性の向上が要求されている。
従来より、高硬度と高耐食性を両立させたマルテンサイト系ステンレス鋼として、Nを積極的に添加した高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼が開発されている(特許文献1〜4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−049399号公報
【特許文献2】特開2008−133499号公報
【特許文献3】特開2007−277639号公報
【特許文献4】特開2010−077525号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特開2001−49399号公報(特許文献1)に示される耐孔食性の優れた高硬度マルテンサイト系ステンレス鋼は、Nを多く添加することによって高耐孔食性と硬さを兼備させたマルテンサイト系ステンレス鋼である。Mo添加によるδ(デルタ)フェライト生成を抑制するため、Niを積極的に添加するとともに、耐孔食性向上の目的でCuも添加した上で、成分バランスを最適化したものである。しかしながら、酸化物系介在物を生成するO量については何ら考慮されていない。
特開2008−133499号公報(特許文献2)に示される高硬度マルテンサイト系ステンレス鋼もまた、Nを多く添加することによって高硬度と耐食性を兼備させたマルテンサイト系ステンレス鋼である。しかしながら、N量が0.2%以上と多いため、焼割れが生じやすく、焼割れ防止の対策としてB、Si添加、Al、Ti量抑制を行うとともに残留オーステナイトを少量残す焼入れ条件を適用していることから経年変形の可能性がある。また、N量が多いため、大気圧下ではNを固溶させられず、加圧溶解によって溶解しなければならないという制約がある。
【0005】
また、特開2007−277639号公報(特許文献3)に示されるマルテンサイト鋼もNを多く含むマルテンサイト系ステンレス鋼であり、C、Nの総量および比率を最適化して高硬度を得るとともに種々元素添加により耐食性を向上させ、B添加により焼割れ低減を図ったものである。しかし、鏡面性確保のため、Mo量が低めに抑制されていることから、環境によっては耐食性が十分でない可能性がある。
また、特開2010−077525号公報(特許文献4)に示されるマルテンサイト系ステンレス鋼および転がり軸受は、Nを多く含むマルテンサイト系ステンレス鋼であり、高硬度と耐食性を両立させたものである。熱間加工性を確保するためにSiが低めに制限されており、また酸化物系介在物を生成するO量について何ら考慮されていない。
【0006】
さらに、特許文献1乃至4に示されるN含有マルテンサイト系ステンレス鋼は、いずれも高硬度鋼で心配される水素脆性の原因となるH量については何ら考慮されていない。このように、高N含有マルテンサイト系ステンレス鋼には、個々の成分バランスによって製造性、特性などに個別の課題があった。
本発明の目的は、自動車エンジン等の燃料噴射部材に適するNを添加した燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼であって、高硬度と同時に良好な耐食性を保持しつつ、疲労や孔食の起点となる酸化物系介在物を低減することが可能で、さらに高硬度鋼の水素脆化を抑制することにも寄与しうる燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼及びそれを用いた燃料噴射部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、かかる問題点を解決すべく、特定の合金組成のN添加マルテンサイト系ステンレス鋼について鋭意検討を行った。その結果、高い低温焼戻し硬さを得るにはSiを多めに添加することが有効であること、耐食性を向上させるためにはMoを多めに添加することが有効であること、耐孔食性を向上させるためには酸素量を低めに管理することが有効であること、高硬度鋼で心配される水素脆性を抑制するにはH量を低く抑えることが有効であることを見出し、本発明に至った。
【0008】
すなわち、本発明は、質量%で、C:0.35%以上0.50%未満、Si:0.20%を超え0.40%以下、Mn:0.2〜0.4%、Ni:0.25%以下、Cr:15.0〜17.0%、Mo:2.0%を超え3.0%以下、W:0.1〜0.3%、B:0.001〜0.003%、N:0.15%以上0.20%未満を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなり、不可避的不純物元素として、P:0.025%以下(0%を含む)、S:0.005%以下(0%を含む)、Cu:0.2%以下(0%を含む)、Al:0.05%以下(0%を含む)、Ti:0.02%以下(0%を含む)、Nb:0.02%以下(0%を含む)、V:0.15%以下(0%を含む)、O:0.003%以下(0%を含む)、H:0.001%以下(0%を含む)とし、ビッカース硬さが650〜700HVである燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼である。
また、本発明は上記の燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼を用いた燃料噴射部材である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼は、自動車エンジンの燃料噴射部材に使用すると、高硬度と耐食性を両立でき、より高い信頼性を奏するものである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
先ず、本発明で規定した各元素とその含有量について説明する。なお、特に記載のない限り含有量は質量%として記す。
<C:0.35%以上0.50%未満>
Cは、15.0〜17.0%Crを含むステンレス鋼の焼入れ後にマルテンサイト組織を生成して高硬度を得るために必要な元素である。また、Crなどの炭化物生成元素と反応して炭化物を形成して高硬度と耐摩耗性を得るのに有効な元素である。Cは、0.35%より少ないと焼入れ条件によっては十分な硬さが得られない。一方、Cを0.50%以上添加すると、焼入れ時の冷却速度が遅いと粒界にCrを含む炭化物を生成して粒界腐食を起こしやすくなることからCは0.35%以上0.50%未満とする。Cの好ましい下限は0.40%が良い。また、Cの好ましい上限は0.45%が良い。
【0011】
<Si:0.20%を超え0.40%以下>
Siは、脱酸元素として少量添加するだけでなく、低温焼戻し時にセメンタイトの析出を遅らせることにより、硬さを高めるのに有効かつ必要な元素である。Siは、0.20%以下では低温焼戻しでの硬さを高める効果が十分ではなく、一方Siを0.40%を超えて添加すると酸化物系介在物が多く生成して耐孔食性や疲労強度を低下させる恐れがあることから、Siは0.20%を超え0.40%以下とする。Siの好ましい下限は0.25%が良い。また、Siの好ましい上限は0.30%が良い。
<Mn:0.2〜0.4%>
Mnは、脱酸元素として少量添加するが、0.2%より少ないと効果が少なく、一方、Mnを0.4%を超えて添加してもより一層の向上効果がみられないことから、Mnは0.2〜0.4%とする。Mnの好ましい下限は0.25%が良い。また、Mnの好ましい上限は0.35%が良い。
【0012】
<Ni0.25%以下>
Niは、オーステナイト生成元素であり、デルタフェライトの生成を抑制して、耐食性を向上させる必須元素である。しかし、Niを0.25%を超えて添加すると、オーステナイト生成元素であるために、A1点、Ms点を低下させるので、軟化焼鈍の効果を低下させたり、焼入れ後のマルテンサイト変態を抑制して残留オーステナイト量を増加させて硬度上昇を抑制することから、Niは0.25%以下とする。前記Niの添加をより確実にするには、Niの下限を0.05%とするのが好ましい。Niの好ましい上限は0.20%が良い。
<Cr:15.0〜17.0%>
Crは、不動態被膜を形成することで耐食性を向上させるだけでなく、Cと反応して炭化物を生成して硬度を高める重要な元素である。また、本発明鋼のように、Nを多く含む鋼においては、Nの固溶度を上昇させて多くのNを母相中に固溶させる効果を有する重要な元素である。Crは、15.0%より少ないと、Cを多めに含む鋼ではCrの一部がCr炭化物に消費されるため、母相中のCr濃度が低下して十分な耐食性が得られない。一方、Crを17.0%より多く添加すると、フェライト生成元素であることからデルタフェライトを生成することによって耐食性、硬さを低下させることから、Crは15.0〜17.0%とする。Crの好ましい下限は16.0%であり、さらに好ましいCrの下限は16.3%が良い。
【0013】
<Mo:2.0%を超え3.0%以下>
Moは、Crを含む不動態被膜を強化することによって、耐食性を高める重要な元素である。Moは、2.0%以下では十分な耐食性が得られない。一方、Moを3.0%を超えて添加すると、フェライト生成元素であるのでデルタフェライトを生成しやくなり、耐食性および硬さを低下させることから、Moは2.0%を超え3.0%以下とする。Moの好ましい下限は2.2%であり、さらに好ましいMoの下限は2.4%が良い。Moの好ましい上限は2.8%であり、さらに好ましいMoの上限は2.7%が良い。
<W:0.1〜0.3%>
Wもまた、Moと同様、耐食性を高める元素であるが、Moよりその効果が少ないため、Moとともに少量添加される。Wは、0.1%より少ないと耐食性を高める効果が少なく、一方、Wを0.3%より多くてもより一層の向上効果が得られ難いことから、Wは0.1〜0.3%とする。Wの好ましい下限は0.15%であり、Wの好ましい上限は0.25%が良い。
【0014】
<B:0.001〜0.003%>
Bは、粒界を強化して熱間加工性を改善するとともに、靱性を向上させるのに有効な元素である。Bは、0.001%より少ないと十分な熱間加工性を改善する効果が得られず、一方、Bを0.003%より多く添加すると、窒化物を形成したり炭化物に固溶して硬化相を増加させて靱性を低下させることから、Bは0.001〜0.003%とする。
<N:0.15%以上0.20%未満>
Nは、母相中に固溶することにより、安定な不動態膜を形成することに寄与して耐食性を向上させる重要な元素である。また、Nはオーステナイト形成元素であることから、デルタフェライトの生成を抑制できる範囲でCr、Mo等の添加量を増加させて、耐食性に有効なCr、Moを多く添加できることから、耐食性の向上に間接的にも寄与する。Nは0.15%より少ないと、耐食性向上効果が不十分となる。一方、Nを0.20%以上添加すると、母相中に固溶できる限界を超えて凝固時にブローホールを生成しやすくなることから、Nは0.15%以上0.20%未満とする。Nの好ましい下限は0.16%であり、Nの好ましい上限は0.19%が良い。
【0015】
<P:0.025%以下(0%を含む)>
Pは、不純物元素である。Pは少ない方が好ましく、0%であっても差し支えないが、原料等から少量が不可避的に混入する。Pは、0.025%以下であれば焼戻し脆性等の有害な影響を及ぼさないことから、Pは0.025%以下とする。
<S:0.005%以下(0%を含む)>
Sは、不純物元素である。Sは、少ない方が好ましく、0%であっても差し支えないが、原料等から少量が不可避的に混入する。Sは、0.005%以下であれば硫化物系介在物の生成量が少なく、耐食性に悪影響を及ぼすこともないことから、Sは0.005%以下とする。不純物のSが及ぼす影響をより確実に抑制するには、Sの上限を0.002%とするのが好ましい。
【0016】
<Cu:0.2%以下(0%を含む)>
Cuは、本発明鋼においては不純物元素である。Cuは少ない方が好ましく、0%であっても差し支えないが、溶解時に原料等から少量が不可避的に混入する。Cuは0.2%より多く混入すると、熱間加工性が低下して熱間加工中に割れる可能性があることから、Cuは0.2%以下とする。不純物のCuが及ぼす影響をより確実に抑制するには、Cuの上限を0.1%とするのが好ましい。
<Al,Ti,Nb,V>
Al、Ti、NbおよびVは、本発明鋼においては不純物元素である。Al、Ti、NbおよびVは、少ない方が好ましく、0%であっても差し支えないが、溶解時に原料等から少量が不可避的に混入する。これらの元素は、酸化物や炭化物を生成することで、硬度や耐食性などの特性を低下させるおそれがあるが、Alは0.05%以下、Tiは0.02%以下、Nbは0.02%以下、Vは0.15%以下であれば、実用上、特に大きな有害作用はみられない。このことから、Alは0.05%以下、Tiは0.02%以下、Nbは0.02%以下、Vは0.15%以下とする。不純物のAl、Ti、NbおよびVが及ぼす影響をより確実に抑制するには、Alは0.02%、Tiは0.01%、Nbは0.01%、Vは0.10%を上限とするのが好ましい。
【0017】
<O:0.003%以下(0%を含む)>
Oは、本発明鋼においては酸化物系介在物を生成する不純物元素である。Oは少ない方が好ましく、0%であっても差し支えないが、溶解時に原料、大気雰囲気中等から少量が不可避的に混入する。Oは、0.003%より多く混入すると、酸化物系介在物を多く生成して耐食性、疲労特性、熱間加工性等を低下させることから、Oは0.003%以下とする。不純物のOが及ぼす影響をより確実に抑制するには、Oの上限を0.002%とするのが好ましい。
<H:0.001%以下(0%を含む)>
Hは、高硬度鋼において、転位、粒界、析出物などミクロな欠陥部分に偏析することにより水素脆化を起こす有害元素である。Hは不純物元素として、できるだけ低く抑える必要があり0%であっても差し支えない。Hは、0.001%を超えると水素脆化感受性が増すことから、Hは0.001%以下とする。不純物のHが及ぼす影響をより確実に抑制するには、Hの上限を0.0005%とすると良い。
<残部Fe及び不可避不純物>
Feは、本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼を得るために、基地を構成するマルテンサイト組織の主要元素として必要であり、残部は実質的にFeとする。残部には、上記に規定しない微量の不可避的不純物が含有されることは許容される。
【0018】
以上、説明する本発明の燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼は、高硬度と同時に良好な耐食性を保持しつつ、疲労や孔食の起点となる酸化物系介在物を低減し、さらに高硬度鋼の水素脆化の抑制にも寄与しうる燃料噴射部材として最適である。
なお、上述した不純物元素の混入を極力低減しつつ、酸化物系介在物等も同時に低減するためには、例えば、溶解原料の厳選、原料への水分等の付着の低減等により、原料からの不純物の混入を極力防止する方法、脱酸元素の適量添加による酸素低減、エレクトロスラグ再溶解等の再溶解法の適用等による非金属介在物の低減等の方法を組合わせることで本発明で規定する組成の範囲に成分を調整することができる。
【実施例】
【0019】
大気中(大気圧下)での1次溶解を行ったが、その時、原料を厳選したうえで、さらに水素の混入をできるだけ減らすため原料への水分の付着を極力低減した。一次溶解においてSi、Mn等による脱酸の後、エレクトロスラグ再溶解によりNを規定量含有させた状態で酸化物系介在物、硫化物系介在物を極力除去し、本発明鋼No.1のインゴットを得た。表1に本発明鋼No.1の化学成分を示す。上段で示す元素は必須で添加した元素であり、下段で示す元素は不純物元素である。
【0020】
【表1】
【0021】
本発明鋼No.1のインゴットを均質化熱処理の後、熱間鍛造し、さらに熱間圧延により直径14〜33mmの棒材に加工し、焼鈍を行った。これより熱処理用試験片を採取し、1070〜1090℃で40分保持後、空冷の焼入れを行い、冷却後1時間以内に−80℃で1時間のサブゼロ処理を行い、さらに180〜240℃で1時間保持後、空冷の焼戻し処理を行い、硬さをビッカース硬度計を用いて測定した。
また、比較用にNo.11(市販のJIS SUS440C)についても評価を行った。SUS440Cを比較用として用いたのは、燃料噴射部材用途に比較的よく使われる高Cステンレス鋼であるからである。ここで用いたSUS440Cの熱処理として、1050℃で30分保持後、油冷の焼入れを行い、冷却後1時間以内に−80℃で1時間のサブゼロ処理を行い、さらに200℃で1時間保持後、空冷の焼戻しを行い、ビッカース硬さ測定を行った。
種々の焼入れ温度、焼戻し温度で熱処理した後の硬さを表2に示す。本発明鋼の硬さは650〜700HVが得られた。180℃の焼戻し条件で比較すると、本発明鋼No.1は691〜693HV、比較鋼No.11は690HVであり、本発明鋼No.1は、SUS440Cと同等の高硬度を得ることができる。
【0022】
【表2】
【0023】
次に、本発明鋼No.1について、高い硬さの得られる熱処理条件を選択し、耐食性評価試験片を作製した。熱処理条件は、表2中で示す、1090℃で40分保持後、空冷の焼入れを行い、冷却後1時間以内に−80℃で1時間のサブゼロ処理を行い、さらに180℃で1時間保持後、空冷の焼戻し処理を行う条件とした。前記熱処理の後、直径10mm、長さ20mmの丸棒試験片に加工し、30℃、pH3の硫酸溶液中に96時間浸漬した後、腐食減量(腐食試験前の試験片重量から腐食試験後の試験片重量を引き、腐食試験前の試験片の表面積で割った値)を測定し、その後、試験片を縦に切断し、断面から最大粒界腐食深さを測定し、耐食性の評価を行った。
比較用にNo.11(市販のSUS440C)についても耐食性評価を行った。ここで用いたSUS440Cの熱処理として、1050℃で30分保持後、油冷の焼入れを行い、冷却後1時間以内に−80℃で1時間のサブゼロ処理を行い、さらに180℃で1時間保持後、空冷の焼戻しを行った。
耐食性評価結果を表3に示す。本発明鋼No.1は、比較鋼No.11に比べて、硫酸水溶液環境での腐食減量が大幅に小さく、0.4mg/cm以下の良好な水準であった。また比較鋼No.11が大きな粒界腐食を発生したのに対して、本発明鋼No.1は粒界腐食が発生しておらず、非常に良好な耐食性を示すことがわかる。これは、成分を調整した上で、エレクトロスラグ再溶解によりNを規定量含有させた状態で酸化物系介在物、硫化物系介在物を除去したためである。
【0024】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0025】
以上のように、本発明の燃料噴射部材用マルテンサイト系ステンレス鋼は、高硬度と耐食性を両立できることから、自動車エンジンの燃料噴射部材に使用すると、不純物の多い燃料を用いた場合に、より高い信頼性を奏するものである。