特許第6366988号(P6366988)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6366988長さの揃った金又は銀ナノロッドの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6366988
(24)【登録日】2018年7月13日
(45)【発行日】2018年8月1日
(54)【発明の名称】長さの揃った金又は銀ナノロッドの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 9/24 20060101AFI20180723BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20180723BHJP
【FI】
   B22F9/24 E
   B22F1/00 K
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-91447(P2014-91447)
(22)【出願日】2014年4月25日
(65)【公開番号】特開2015-209563(P2015-209563A)
(43)【公開日】2015年11月24日
【審査請求日】2017年3月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】井上 貴仁
(72)【発明者】
【氏名】武仲 能子
【審査官】 坂口 岳志
(56)【参考文献】
【文献】 特表2006−504512(JP,A)
【文献】 特開2005−097718(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0172954(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0189483(US,A1)
【文献】 特開2006−233252(JP,A)
【文献】 特開2009−221563(JP,A)
【文献】 特開2006−265713(JP,A)
【文献】 特開2013−112545(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00− 9/00
B01J 14/00−19/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2重膜を形成し得る界面活性剤、金又は銀化合物、及び、アスコルビン酸を含む成長溶液と、結晶核分散液とを液滴形成直前に所定の混合比で混合し、該混合液の液滴であって体積がほぼ同じ多数の液滴を該混合液と相溶性の無い非相溶性媒体中に形成し、該多数の液滴のうちの少なくとも一部の液滴中で、金又は銀ナノロッドの成長を行う金又は銀ナノロッドの製造方法であって、1個の液滴中に含まれる金又は銀化合物の量は、500nm超のナノロッドの長さに対応するものであり、前記結晶核分散液の濃度及び前記混合比は、1個の液滴中に存在する結晶核が1個又は0個となるように設定されたものであり、前記界面活性剤の濃度が100〜700mMであり、金又は銀ナノロッドの成長を前記界面活性剤のクラフト温度未満で成長させる、金又は銀ナノロッドの製造方法。
【請求項2】
前記結晶核分散液は、界面活性剤又はクエン酸、金又は銀化合物、及び、還元剤を混合して調製されたものである、請求項1に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
【請求項3】
前記2重膜を形成し得る界面活性剤は、炭素数が16以上のアルキル基を有するアルキルトリメチルアンモニウムブロマイドを主成分とするものである、請求項1又は2に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
【請求項4】
前記非相溶性媒体としての油を流す主マイクロ流路と、該主マイクロ流路の途中に接続され、前記混合液を前記主マイクロ流路に導入して混合液の液滴を多数形成する混合マイクロ流路とを備えたマイクロ流路装置を用いる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
【請求項5】
前記成長溶液と前記結晶核分散液の供給速度は、ともに0.01ml/hであり、前記油の流速が0.03〜0.07ml/hである、請求項4に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長さが500nmを超え、かつ、長さの揃った金又は銀ナノロッドの製造方法、製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
長さの揃った金ナノロッドや銀ナノロッドは、吸収波長のピークが狭くなることによる光学応用や、配列化によるワイヤグリッド偏光素子への応用が大いに期待されている。そのため、長さの揃った金ナノロッドの合成技術の研究が進められてきている。
【0003】
これまでの金ナノロッド合成技術においては、長さ100nm以下程度の短い金ナノロッドに対しては長さ分散を抑えた合成法が報告されているが、数百nm程度の長い金ナノロッドについては、長さ分散を抑える方法がほとんど報告されてこなかった。
Wuらは金ナノロッドの成長途中に適量の硝酸を加えることで、平均長350nm程度の長い金ナノロッドの高収率な合成法を発表しているが、長さ分散は±20%程度存在していた(非特許文献1参照)。
【0004】
金ナノロッドの成長メカニズムはTakenakaらによって明らかにされており、直径については金ナノロッド表面を被覆している界面活性剤2重膜の曲率に依ることが分かっている(非特許文献2参照)。界面活性剤2重膜の曲率は界面活性剤の種類と、濃度・温度条件で決定されるため、これらの条件を一定にすれば、金ナノロッドの直径についてはほとんど分散なく得られることを意味している。
【0005】
一方で長さについては、硝酸などの添加物がない場合、一つの結晶核が結合する金イオンの数で決定されることも示唆されている(非特許文献3参照)。このことから、バルクでの合成方法では、多くの結晶核が多くの金イオンを奪い合うこととなり、長さに比較的大きな分散ができるのは避けられないことであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2013-112545号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Wu et al.,Crystal Growth and Design 7, 831, 2007
【非特許文献2】Takenaka et al., J Colloid Interface Sci. 356, 111, 2011
【非特許文献3】Takenaka et al., J Colloid Interface Sci. 407, 265, 2013
【非特許文献4】Duraiswamy and Khan, Small 5, 2828, 2009
【非特許文献5】Adv. Mater. 13, 1389,2001
【非特許文献6】J. Phys. Chem. B 105, 4065,2001
【非特許文献7】Chem. Commun. 617,2001
【非特許文献8】PHYSICAL REVIEW E 80, 020601(R)2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のとおり、100nm以下の短い金ナノロッドについては、成長途中で硝酸銀や硝酸を適量添加するなどして、長さを揃える技術が報告され、100nm超350nm程度以下の長さのものでは、ある程度長さ分散を抑えた技術が報告されているが、500nmを超える長い金ナノロッドの長さ分散を抑えるバルクでの合成法についての報告は皆無である。
本発明は、長さが500nmを超え、かつ、長さの揃った金又は銀ナノロッドの製造方法や製造装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意検討した結果、限られた微小空間内に金ナノロッドの材料となる金イオンと1つの結晶核を入れ、一つの結晶核が結合する金イオン数を制限することで、長さ分散の小さい金ナノロッドを合成することができるとの独自の着想を得た。そして、該着想に基づいてさらに各種の試験・研究を行い、金化合物等を含む成長溶液と結晶核分散液との混合液の液滴を該混合液と相溶性の無い非相溶性液体中で多数形成し、1個の液滴中に含まれる金化合物の量を500nm超のナノロッドの長さに対応するものとするとともに、1個の液滴中に存在する結晶核が1個又は0個となるように結晶核分散液の濃度や両液の混合比を調整することにより、長さが500nm超でかつ長さの揃った金ナノロッドが製造できること、このようなナノロッドの製造は銀を用いても可能であること等を知見した。
本発明は、このような独自の着想や知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
なお、微小空間内で金ナノロッドを合成する研究はDuraiswamyらによってなされているが(非特許文献4参照)、これは、金ナノロッドの容器壁面への付着回避を狙って行われたものであり、本発明のように、微小空間内の結晶核の数を制限してナノロッドの長さ分散を抑えるものではない。また、合成された金ナノロッドの長さも100nm以下と短い点でも本発明とは全く異なっている。
また、特許文献1には、微小液滴中に少なくとも1個の結晶を効率よく取得する技術において、結晶成長用容器の内部に、結晶化させる物質を含む溶液の微小液滴を配置し、前記微小液滴の最長部の長さを結晶化させる物質の自然拡散により移動できる最大距離を示す移動可能最大距離以下となるような大きさに調製すること、微小液滴の調製にマイクロ流路デバイスを用いることが記載されているが、本発明のように、液滴中で長さの揃ったナノロッドを成長させるものではない。
【0011】
本発明は、前述のような本発明者の独自の着想や知見に基づくものであり、本願では、以下の発明が提供される。
(1)2重膜を形成し得る界面活性剤、金又は銀化合物、及び、アスコルビン酸を含む成長溶液と、結晶核分散液とを液滴形成直前に所定の混合比で混合し、該混合液の液滴であって体積がほぼ同じ多数の液滴を該混合液と相溶性の無い非相溶性媒体中に形成し、該多数の液滴のうちの少なくとも一部の液滴中で、金又は銀ナノロッドの成長を行う金又は銀ナノロッドの製造方法であって、1個の液滴中に含まれる金又は銀化合物の量は、500nm超のナノロッドの長さに対応するものであり、前記結晶核分散液の濃度及び前記混合比は、1個の液滴中に存在する結晶核が1個又は0個となるように設定されたものである、金又は銀ナノロッドの製造方法。
(2)前記結晶核分散液は、界面活性剤又はクエン酸、金又は銀化合物、及び、還元剤を混合して調製されたものである、(1)に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
(3)前記2重膜を形成し得る界面活性剤は、炭素数が16以上のアルキル基を有するアルキルトリメチルアンモニウムブロマイドを主成分とするものである、(1)又は(2)に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
(4)前記非相溶性媒体としての油を流す主マイクロ流路と、該主マイクロ流路の途中に接続され、前記混合液を前記主マイクロ流路に導入して混合液の液滴を多数形成する混合マイクロ流路とを備えたマイクロ流路装置を用いる、(1)乃至(3)のいずれか1項に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
(5)前記成長溶液と前記結晶核分散液の供給速度は、ともに0.01ml/hであり、前記油の流速が0.03〜0.07ml/hである、(4)に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
(6)主マイクロ流路と、該主マイクロ流路に接続され該主マイクロ流路に混合液を導入して混合液の液滴を多数形成する混合液用マイクロ流路と、該混合液用マイクロ流路の上流側にそれぞれ接続され、前記混合液の成分である成長溶液と結晶核分散液をそれぞれ供給する成長溶液用マイクロ流路及び結晶核分散液用マイクロ流路と、混合液用マイクロ流路の接続部よりも上流側の主マイクロ流路に接続され、前記混合液と相溶性の無い非相溶性液体を供給する非相溶性液体供給部と、前記成長溶液用マイクロ流路に接続され、2重膜を形成し得る界面活性剤、金又は銀化合物、及び、アスコルビン酸を含む成長溶液を供給する成長溶液供給部と、前記結晶核分散液用マイクロ流路に接続され、結晶核分散液を供給する結晶核分散液供給部と、前記主マイクロ流路の下流側に設けられ、前記多数の液滴のうちの少なくとも一部の液滴中で成長した金又は銀ナノロッドを回収する回収部を具備する金又は銀ナノロッドの製造装置。
(7)混合液用マイクロ流路に接続された塩基供給用マイクロ流路をさらに具備する、(6)に記載の銀ナノロッドの製造装置。
【0012】
本発明は、次のような態様を含むことができる。
(8)金化合物が塩化金酸であり、銀化合物が硝酸銀である、(1)〜(5)のいずれか1項に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
(9)前記結晶核分散液を調製する際の界面活性剤が、アルキルトリメチルアンモニウムブロマイドを主成分とするものである、(1)〜(5)、(8)のいずれか1項に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
(10)前記還元剤が、水素化ホウ素ナトリウムである、(2)〜(5)、(8)、(9)のいずれか1項に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
(11)前記液滴は、直径が10〜50μmの範囲内である、(1)〜(5)、(8)〜(10)のいずれか1項に記載の金又は銀ナノロッドの製造方法。
(12)前記混合液にさらに塩基を混合する、(1)〜(5)、(8)〜(11)のいずれか1項に記載の銀ナノロッドの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、長さが500nmを超え、かつ、長さの揃った金ナノロッドや銀ナノロッドを容易に製造することができる。製造されるナノロッドは、直径も揃っているため、アスペクト比も揃ったものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施例で用いたものと同じ成長溶液と結晶核分散液を用いて、バルクで金ナノロッドを合成した時に生成された実験例の金ナノロッドの電子顕微鏡像。
図2】本発明の実施例で用いたマイクロ流路装置の概略図。
図3】本発明の実施例に用いる銀ナノロッド作製用のマイクロ流路装置の概略図。
図4】本発明により製造した長さ500nm超の高アスペクト比金ナノロッドを局所的細胞電位の計測用電極として用いる場合の概念図。
図5】本発明により製造した長さ500nm超の高アスペクト比金ナノロッドを外部からの電気信号の送り込みによる局所的細胞の電気刺激用電極として用いる場合の概念図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の金又は銀ナノロッドの製造方法や製造装置では、直径が10〜300nm(好ましくは15〜100nm)で、長さが500nm超5μm以下で長さの揃った金や銀のナノロッドを製造するが、その作製方法は、次のような原理1〜原理4に基づいている。なお、便宜上、金ナノロッドのみに言及しているが、銀ナノロッドにも当て嵌まる原理である。
【0016】
<原理1>金ナノロッドの作製方法の基礎原理
金ナノロッドは、シード法で作製する。すなわち、結晶核分散液と成長溶液との混合によって成長溶液中で結晶核に金イオンが異方的に結合し、異方的な形状を持つ金ナノロッドが自発的に結晶成長する。金ナノロッドの成長は、材料となる金イオンが消耗することで停止する。
【0017】
<原理2>金ナノロッドの直径の制御原理
金ナノロッドの直径は、成長溶液内部で金ナノロッド表面を保護している界面活性剤2重膜の曲率と硬さによって制御される。2重膜の曲率は、使用する界面活性剤の種類と成長温度、及び濃度によって制御することができる。
【0018】
<原理3>金ナノロッドの長さの制御原理
作製される金ナノロッドの直径がほぼ一定の場合、金ナノロッドの長さは、成長溶液内に含まれる実効的な結晶核数で決定される。実効的な結晶核数とは、実際に投入する結晶核数に、成長溶液内部で自発核形成する結晶核数を加えたものである。自発核形成は、成長温度の低下、界面活性剤濃度の増加等、金イオンと界面活性剤ミセルとの複合体を安定化させることにより抑制することが可能である。
【0019】
<原理4>金ナノロッドのアスペクト比の制御原理
液滴1つあたりに含まれる金イオンの数は、成長溶液内部の金イオン濃度と液滴サイズにより計算できるので、その値をN個とする。本発明の実施例において使用する条件で、バルク合成した場合にできる金ナノロッドの直径は約100nmであること(図1参照)、また金ナノロッド内部の金−金結合距離が約0.3nm程度であることを考慮すると、金ナノロッド断面に存在する金原子の数nは、およそ
n = π*50*50/(0.3*0.3)
と計算できる。このとき、金ナノロッドの長さL[nm]は
L = (N/n)*0.3
と書ける。アスペクト比(AR=長さ/直径)は、
AR = L/100
となる。
【0020】
本発明において、上記原理1〜4に基づいてナノロッドを製造するには、成長溶液と結晶核分散液との混合液でサイズ(体積)の揃った多数の液滴を該混合液と相溶性の無い非相溶性媒体中に形成し、ナノロッドが少なくとも成長完了するまで液滴が相互に接触、合体させないようにすることが必要である。
非相溶性媒体としては、油等の非相溶性液体でも良いし、空気等の気体であっても良い。
液滴を形成する手段としては、限定するものではないが、非相溶性液体が流れているマイクロ流路、混合液をミスト状の液滴に形成する霧化装置等が挙げられる。
【0021】
非相溶性液体としての油が流れているマイクロ流路の場合では、マイクロ流路内部に直径がμm〜数十μmのサイズの揃った油中水滴を作製する必要がある。また、マイクロ流路には成長溶液、結晶核分散液、油をそれぞれ挿入するための挿入口と、成長が終了した金又は銀ナノロッドを取り出すための回収口が必要である。流路の素材とデザインは、直径がμm〜数十μmのサイズの揃った油中水滴が生成できるものであればどのようなものでも良い。成長溶液と結晶核分散液は、油と接触する直前に混合される必要がある。これら2液の混合後なるべく早急にこの混合水溶液を油中に打ち出し、油中水滴を作る。金又は銀ナノロッドは、この2液が混合された時点から成長を始める。金又は銀ナノロッドの総成長時間は分〜時間程度であるため、この成長時間に比べて十分に短い時間内に油と接触し油中水滴中に金又は銀ナノロッドを閉じ込めればよい。
できた油中水滴中で金又は銀ナノロッドは自発的に成長するため、成長が終了するまで流路中を流し続け、成長が終了した時点で回収する。
【0022】
成長溶液は、2重膜を形成し得る界面活性剤とアスコルビン酸、金又は銀化合物を含むものとする。場合によって、ここに硝酸銀や硝酸、塩酸などの添加剤を添加することもできる。
金又は銀化合物としては、塩化金酸、硝酸銀を挙げることができる。塩化金酸や硝酸銀の濃度は、通常0.1〜2.0mM、好ましくは0.2〜0.8mM、より好ましくは0.3〜0.5mMである。
2重膜を形成し得る界面活性剤としては、4級アミンを親水部に持つ界面活性剤の混合物で、例えば、炭素数が16以上のアルキル基を有するアルキルトリメチルアンモニウムブロマイドを主成分として用いる。そのような界面活性剤としては、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロマイド(HTAB:C16TAB)、オクタデシルトリメチルアンモニウムブロマイド(OTAB:C18TAB)、CnTAB(n≧20)を挙げることができる。炭素数の異なるアルキル基を有する界面活性剤を適宜に組み合わせることにより、形成される2重膜の直径の大きさを調整することができる。例えば、HTABとOTABとの混合比を1.0:(0.0〜1.0)の範囲内で変化させることにより、金ナノロッドの直径を10〜40nmの範囲内で調整することができる。2重膜を形成し得る界面活性剤の濃度は、通常1〜700mM、好ましくは10〜600mM、より好ましくは50〜200mMである。
アスコルビン酸は、還元剤として機能するが、還元作用が比較的弱いため、金の酸化数を+1の状態までしか還元しない。金又は銀の保護材として働く界面活性剤を含む所定の条件では、アスコルビン酸と金又は銀化合物とが存在しても金又は銀粒子は生成せず、さらに結晶核が加わった条件下で金又は銀ナノロッドに成長させる。アスコルビン酸の濃度は、通常0.1〜4.0mM、好ましくは0.2〜1.6mM、より好ましくは0.3〜1.0mMである。
【0023】
結晶核分散液には2種類の作製法がある。作製法1では、結晶核分散液は界面活性剤と、還元剤としての水素化ホウ素ナトリウム、塩化金酸を含む水溶液である(非特許文献5参照)。作製法2では、界面活性剤水溶液の代わりにクエン酸を含む水溶液を用いる(非特許文献6参照)。作製法1で用いる界面活性剤は、4級アミンを親水部に持つ界面活性剤の混合物で、アルキルトリメチルアンモニウムブロマイドを主成分として用いる。これは成長溶液で用いた界面活性剤と同等である必要はない。
【0024】
結晶核分散液は、液滴1つにつき0又は1個の結晶核が液滴内部に存在するように調整する必要がある。調整方法としては、流路幅や流速、流量を調整して成長溶液との混合比を調整する方法、又は成長溶液と結晶核分散液の濃度を適切に調整する方法、又は、その両方の方法を用いる。結晶核分散液を希釈する場合には、作製法1では界面活性剤水溶液を、作製法2ではクエン酸水溶液を用いる。
液滴1つにつき0又は1個の結晶核が液滴内部に存在していたか否かは、作製されたナノロッドの長さ分散を観察することによって行うことができる。
1個の液滴中における結晶核の平均個数が1よりも小さく0に近づくほど、2以上の結晶核を含む液滴の生成確率が小さくなり、長さ分散も小さくなるが、結晶核を含まない液滴の生成割合が大きくなって、金ナノロッドの作製効率が低下してしまう。そのため、揃った長さと作製効率とを勘案して、1個の液滴中における結晶核の平均個数を適当に調整する。
金ナノロッドの結晶核は、結晶核の大きさを5±1nmと仮定して換算すると、通常、2.2×108個/ml〜7.7×108個/mlの濃度で結晶核分散液に含まれることになる。
【0025】
非相溶性液体としての油は、成長溶液及び結晶核分散液と相溶性のない液体であり、かつ流路内に流せるものであれば内容は特に問わない。そのような油としては、例えば、パーフルオロアルキルエーテル等のフッ化物系オイル、ミネラルオイルなどの一般的なオイル類などを挙げることができる。
【0026】
銀ナノロッドの製法も、一部を除き金ナノロッドの製法と同じである。異なる部分は、塩化金酸の代わりに硝酸銀を用いることと、pHを調整するための塩基を流路に挿入するためのポットが追加で必要であることのみである(非特許文献7参照)。塩基は、成長溶液と結晶核分散液との混合後、この混合水溶液が油と接触し油中水滴になるまでの間に、混合水溶液と混合される必要がある。pHが低くなると、生成する銀ナノロッドが長くなる(非特許文献7参照)。塩基としては、限定するものではないが、水酸化ナトリウム、水酸化アンモニウム等が挙げられる。
【0027】
成長温度は用いる界面活性剤と成長させる金又は銀ナノロッドの長さに応じて適切に調整することが望ましい。用いる界面活性剤は室温付近にクラフト温度を持つため、成長温度がクラフト温度未満になると成長溶液や結晶核分散液がゲル化(場合によっては結晶化)してしまう。少なくとも成長溶液と結晶核分散液(及び、銀の場合は水酸化ナトリウム等の塩基)は界面活性剤がゲル化していない液体状態で一様に混合する必要がある。そのため、成長溶液と結晶核分散液の温度下限はクラフト温度以上、上限は通常40℃程度、より好ましくは30℃程度である。これらが油中水滴になった後の成長温度は、クラフト温度の上下どちらでもよい。ただし、クラフト温度未満で成長させた場合には成長に長時間(10時間程度)かかる場合もあるため、流路の長さも加味して成長条件を決める必要がある。
【0028】
成長が完了した金又は銀ナノロッドを含む液滴は、回収部で回収されるが、その際、ナノロッドを含まず、成長溶液と結晶核分散液との混合液の液滴が並存しても、金又は銀ナノロッドがさらに成長しないように成長防止措置を講じる。そのような成長防止措置は、限定するものではないが、例えば、回収ポット内にチオール化合物を入れておき、回収された金又は銀ナノロッドの表面にチオール化合物を強く結合させて、並存する金化合物や銀化合物による成長を禁止、停止させることが挙げられる(非特許文献8参照)。そのようなチオール化合物としては、一般的なモノチオール化合物(例えば、オクタンチオール、デカンチオール、ドデカンチオール等のアルカンチオールやベンゼンチオール、硫化ナトリウムなど)のほかに、ジチオール化合物、ジスルフィド化合物も挙げられる。
【実施例】
【0029】
以下では、実施例に基づいて本発明やその特徴とするところをより具体的に説明するが、本発明は、これら実施例に何ら限定されるものではない。
【0030】
<バルクでの金ナノロッド製造の実験例1>
(成長溶液の調製)
100mMのヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロマイド(HTAB)水溶液5mlに10mMの塩化金酸水溶液400μlを加え、そこに100mMのアスコルビン酸64μlを加えて撹拌し成長溶液とした。
【0031】
(結晶核分散液の調製)
100mMのHTAB水溶液1.875mlに、10mMの塩化金酸水溶液62.5μlを加え、そこに10mMの水素化ホウ素ナトリウム150μlを加えて2分間激しく撹拌した。撹拌後、この溶液を2時間室温にて静置した。2時間静置した溶液を100mMのHTAB溶液で105倍に希釈したものを結晶液分散液とした。
【0032】
(結晶核分散液と成長溶液との混合)
前記成長溶液と結晶液分散液とを容器に入れ撹拌して、金ナノロッドに成長させた。図1に生成された金ナノロッドの電子顕微鏡像を示す。生成した金ナノロッドは、長さが1μmを超えるものが存在するものの、粒状のもの等も存在しており、長さが揃っておらず、長さ分散が大きなものとなっている。
【0033】
<バルクでの直径の揃った金ナノロッド製造の実験例2>
バルク合成(溶液量10ml)で、太さの揃った金ナノロッドを作製する方法について説明する。以下の方法は次の論文に記載されている(Chemical Physics Letters 467 (2009) 327-330)。
今回用いたシード法で金ナノロッドを作製する。つまり、結晶核分散液と成長溶液を混合することで金ナノロッドを作製する。
【0034】
(1)結晶核分散液の調製
100mMのヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロマイド(HTAB)水溶液1.875mlに、10mMの塩化金酸水溶液62.5μlを加え、そこに10mMの水素化ホウ素ナトリウム150μlを加えて2分間激しく撹拌した。撹拌後、この溶液を2時間室温(25℃)にて静置し、結晶核分散液とした。
【0035】
(2)成長溶液の調製
100mMのHTAB水溶液9.5mlに10mMの塩化金酸水溶液400μlを加え、そこに100mMのアスコルビン酸64μlを加えて撹拌し成長溶液とした。
【0036】
(3)結晶核分散液と成長溶液との混合
調製後2時間室温(25℃)にて静置した結晶核分散液17μlを成長溶液内に投入した。その後混合液を静かに混ぜ合わせ、室温(25℃)で静置して成長した金ナノロッドを得た。
【0037】
上記の方法で得られる金ナノロッドの太さは、16.5±3.4nmであった。非特許文献2によれば、規格化された標準偏差NSD(normalized standard deviation)が0.3以下になった状態を、直径が揃った状態としている。今、上記の方法で得られた金ナノロッドの直径のNSDを次式で求めると、
【数1】
(式中、Standard deviationは直径の標準偏差を、Averageは直径の平均値を、それぞれ意味する。)

よりNSD=0.21となり、直径が揃った状態であることがわかる。なおNSDの計算には、少なくとも100本以上のナノロッドの直径を測定し求めた。
【0038】
<マイクロ流路を用いた金ナノロッド製造の実施例>
(1)作製したマイクロ流路
図2に作製したマイクロ流路を示す。マイクロ流路は、主マイクロ流路と、該主マイクロ流路に接続され該主マイクロ流路に混合液を導入して混合液の液滴を多数形成する混合液用マイクロ流路と、該混合液用マイクロ流路の上流側にそれぞれ接続され、前記混合液の成分である成長溶液と結晶核分散液をそれぞれ供給する成長溶液用マイクロ流路及び結晶核分散液用マイクロ流路と、混合液用マイクロ流路の接続部よりも上流側の主マイクロ流路に接続され、前記混合液と相溶性の無い非相溶性液体(油)を供給する非相溶性液体(油)供給部と、前記成長溶液用マイクロ流路に接続され、2重膜を形成し得る界面活性剤、金又は銀化合物、及び、アスコルビン酸を含む成長溶液供給部と、前記結晶核分散液用マイクロ流路に接続され、結晶核分散液を供給する結晶核分散液供給部と、前記主マイクロ流路の下流側に設けられ、前記多数の液滴のうちの少なくとも一部の液滴中で成長した金又は銀ナノロッドを回収する回収部を具備する。
前記主マイクロ流路は、ほぼ一直線状に形成され、液滴排出部分(混合液用マイクロ流路の接続部)の上流と下流の所定範囲を除き、流路幅がほぼ一定で50μmであるが、前記所定範囲内の液滴排出部分を含む中間部は、流路幅がおよそ30μm、前記中間部の両側は、流路幅が30μmから50μmまで徐々に変化する遷移部となっている。
前記成長溶液用マイクロ流路及び結晶核分散液用マイクロ流路は、混合液用マイクロ流路に対し、混合液用マイクロ流路の中心軸線を対称軸とする略V字の対称形となるように接続され、どちらも、流路幅がおよそ25μmである。両液が衝突、混合される混合液用マイクロ流路は、流路幅が細くおよそ7μmで、流路長も比較的短く設定され、その中心軸線が主マイクロ流路に対し垂直となるように接続されている。
【0039】
今、液滴の流速をv m/s(ビデオより計測)とすると、液滴が生成されてから回収部分までの流路の長さLは次のように求められる。ナノロッドの成長にはT分が必要とすると、
L = v[μm/s]×T×60[s]
とかける。今、ビデオ画像より
v = 34.2[μm/s]
であるので、
L = 2.1T[mm]
と計算できる。
【0040】
(2)マイクロ流路の作製工程
上記マイクロ流路は、概略、下記(ア)〜(エ)の工程を順次経ることにより作製した。
(ア)光リソグラフィーによるマイクロ流路の鋳型の作製工程
鏡面研磨されたSi基板上にレジストTHB126N(JSR製ネガ型フォトレジスト)をスピンコートした後、図2のパターンを露光し、基板を現像した。現像液はテトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド(TMAH)現像液の50倍希釈水溶液で、該水溶液中に基板を8分間浸漬して現像を行った。
(イ)PDMSへのマイクロ流路の転写工程
表面にマイクロ流路の鋳型が形成されたSi基板を水平な基盤上に固定し、ポリジメチルシロキサン〔PDMS;シルポット(ダウコーニング社)と硬化剤を10:0.75の比で混合したもの〕をよく脱泡し、泡がない状態になったものをSi基板上に流し込み、完全に硬化したPDMSをSi基板から引きはがした。次に流路の各液体の供給部や回収部などの穴を生検トレパンであけた。流路の高さは後に使用する生検トレパンの高さ程度に高くして、チューブ装着後もチューブが抜ける等のトラブルが回避できるようにしている。
(ウ)パターンが転写されたPDMSのガラス基板への貼り付け工程
PDMSのパターン面とガラスの平坦な接着面に空気プラズマを照射後、すぐに両者のプラズマ照射面同士を接着し、マイクロ流路を形成した。
(エ)流路内部の疎水化処理工程
形成されたマイクロ流路の内部を1H,1H,2H,2H,perfluorodecyltriethoxysilaneのメタノール溶液(1wt%)で疎水化処理した。
【0041】
(3)マイクロ流路への結晶核分散液、成長溶液の挿入
マイクロ流路の各液の供給部にチューブをセットし、その先に結晶核分散液、成長溶液、油を入れたシリンジをセットした。結晶核分散液、成長溶液としては、上記実験例1で用いたと同じものを用いた。油としては、フロリナート(FC3283、住友スリーエム株式会社)を用いた。
用いるシリンジは1mlのものである。それぞれの溶液を流路内に流し込み、長さの揃った金ナノロッドを製造する。その際、それぞれの溶液の濃度と流速は、表1に記載のものを用いた。表1において、安定なw/o液滴が生成された油成分と水成分の流速範囲を示す。○と△で示された流速では、安定なw/o液滴が生成されたが、×で示された流速ではそのような生成ができなかった。
【0042】
【表1】
【0043】
(実施例の結晶核分散液を調製する際の希釈理由)
一般的なバルクでの金ナノロッド作製法では、成長溶液は100mMのHTAB水溶液9.5ml、10mMの塩化金酸水溶液400μl、100mMのアスコルビン酸64μlの混合物である。結晶核分散液は上述と同様に、100mMのHTAB水溶液1.875mlに、10mMの塩化金酸水溶液62.5μlを加え、そこに10mMの水素化ホウ素ナトリウム150μlを加えて2分間激しく撹拌し、撹拌後2時間室温に静置して作製する。2時間後、結晶核分散液を17μlとり、これを成長溶液に加えて金ナノロッドを成長させる。この時、結晶核のサイズが一律で5nmの立方体だと仮定すると、およそ10mlの成長溶液中に結晶核6.1×1011個が含まれる(非特許文献8参照)。つまりバルク成長の場合には、結晶核1つあたりの成長溶液の体積は約16.4μm3である。これは半径1.58μmの球に相当する。しかし、マイクロ流路での成長では、(1)成長溶液と結晶核分散液との混合比、(2)結晶核1つあたりの成長溶液の体積に違いがある。つまり、上記実施例で用いたマイクロ流路装置の場合、成長溶液と結晶核分散液の液量を1:1で混合する必要があり、また液滴サイズが半径15μm程度であることから、結晶核1つあたりの成長溶液の体積に約1000倍の違いがある。これらを考慮すると、およそ105倍に希釈した結晶核分散液を用いることでバルクと同様の成長が期待できることが分かる。
【0044】
(流速)
好ましい実施例では、結晶核分散液と成長溶液の流速を両方とも0.01ml/hで固定した。この時、安定にw/o液滴ができる油の流速範囲は0.03〜0.07ml/hであった(表1参照)。これ以外の範囲では水の連続流が観測され、安定な水液滴は生成されなかった。ただし、これらのデータは、図2に示された実施例のマイクロ流路装置に関するものであり、マイクロ流路の設計変更等によって変化するものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の製造方法や製造装置によって製造される金ナノロッドや銀ナノロッドは、細胞電位計測プローブや細胞刺激プローブ等の医療分野において好適に使用できる。図4に、本発明により製造される長さ500nm超の高アスペクト比金ナノロッドを局所的細胞電位の計測用定電極として用いた場合の概念図を、図5に、本発明により製造される長さ500nm超の高アスペクト比金ナノロッドを外部からの電気信号の送り込みによる局所的細胞の電気刺激用電極として用いる場合の概念図を示す。これらの技術は、人工的な五感の再現や運動機能の引き出しといった人と機械とを結ぶインターフェースの役割を果たすと期待されるものである。このような応用分野では、すでにSiマイクロプローブを用いた研究が行われているが、プローブ直径が数μm程度あり、侵襲性が高い。それに対し、本発明により製造されるナノロッドは、直径100nm程度であることから侵襲性が低く、生きたまま電位計測や電気刺激が可能であると期待できる。またアスペクト比が大きい為、細胞内部まで挿入することができる。Siのプローブでは、表面が酸化され易いため、電極としての使用には工夫を要するが、金は非常に酸化されにくく安定である。さらに、金は生体親和性が高く、長期間の埋植も可能である。
その他の応用分野として、ナノギャップ電極や電子回路といった電気化学分野、ワイヤグリッド偏光素子といった光学分野も考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5