【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0025】
(実施例1:シリカゾル液の作成)
図2は、静置法によるシリカゾル液の作成法の概要を示す図である。
図中、(a)に示すように、1.5mgのポリリジン(シグマ-アルドリッチ社製 ポリL−リジン、平均分子量15kDa、30kDa及び100kDaの3種)を3mLの水に溶解させ、上層にトリエトキシシラン(TEOS,信越化学社製)3mLをゆっくりと加え、静置した状態で20℃の恒温槽で反応を行った。反応はTEOSと水の界面から進行し、3日後に、(b)に示すように、下層に濁りのある液体が生成された。
【0026】
図中、(c)は、平均分子量15kDaから作成されたシリカゾル中のコロイド粒径の経時変化を示し、(d)は、平均分子量100kDaから作成されたシリカゾル中のコロイド粒径の経時変化を示す。調
製直後では、両分子量サイズから作成されたコロイド粒径は、約200nm程度であるが、9日後、平均分子量15kDaから作成されたシリカゾル中のコロイド粒径は、2000nm以上に成長してゲル化した。また平均分子量100kDaから作成されたシリカゾル中のコロイド粒径は、9日後500nm、23日後900nmを示し、ゾル溶液として長時間安定に存在することが明らかとなった。
【0027】
界面を乱さないように、上澄みに残存するTEOSをゆっくりと除去して、得られた濁りのある液体を、別の容器に移す。得られたシリカゾルの濃度は、4〜5質量%程度である。
【0028】
(実施例2:酵素コーティング液の作成)
実施例1で得られたシリカゾル15μLに、1mg/mLリン酸緩衝液(pH7.0)の濃度で作成したシグマ−アルドリッチ社製のグルコース酸化酵素溶液15mLを混合してコーティング液を作成した。
比較のために、酵素を含まないコーティング液を作成し、酵素なしコーティング液とした。
【0029】
(実施例3:ガラス基板へのコーティング)
得られた酵素コーティイング液を用いて、洗浄したガラス基板上にコーティングした。
コーティング法は、30〜50μL程度の酵素コーティング液をガラス基板上に塗布コーティングして、3時間、室温で乾燥させた。乾燥後の膜厚は100μm程度であった。
【0030】
図3は、本発明のコーティング液を用いて、ガラス基板上へ酵素コーティングした状態を撮影した写真であり、図中、(A)は、コーティングあり、(B)は、コーティングなしを、それぞれ示している。
本発明の酵素コーティング液が透明であることが分かる。
【0031】
得られたコーティング層について、フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)(日本分光製 JASCO MFT-2000 FT-IR spectrophotometer)を用いて分析した。
図4は、コーティング層のFT−IR図であり、実線で示すものが、酵素コーティング液であり、破線で示すものが、酵素なしコーティング液である。
該図から、シリカが生成されていることが分かる。また、酵素を含むコーティング液からは、シリカおよび酵素由来の有機物ピーク(シリカ:1100および3400cm
-1、酵素:1650および2980cm
-1)が観察され、コーティング膜中に酵素が固定化されたことを示している。
【0032】
(実施例4:乾燥時間の検討)
本実施例では、乾燥時間を変化させて、乾燥時間と酵素活性の関係について検討した。
基板上の酵素コーティング層の酵素活性の測定は、実施例3と同様にして得られた乾燥後0〜5時間後のコーティング層上に、それぞれ、グルコース酸化酵素に対応する基質であるD−グルコース、4−アミノアンチピリン、フェノール及びペルオキシダーゼを含む酵素反応液を滴下して反応を開始し、5分後、酵素反応により反応液を赤色に変化させ、その吸光度(波長500nm、日本分光製 V-560)を測定することにより行った。
また、基板を洗浄し、洗浄液中の酵素活性も同様にして測定した。
【0033】
結果を
図5に示す。
図中、白色(プレート)は、基板上の酵素活性であり、黒色(洗浄液)は、洗浄液中の酵素活性をそれぞれ示している。
該図から、乾燥時間が短い場合には、洗浄により、コロイド中の水分とともに酵素が脱離してしまうが、乾燥時間が3時間を超えると、コーティング液中の酵素が脱離しないものの、酵素の活性が失活してしまうことが分かる。
【0034】
(実施例5:基板の保存期間の検討)
本実施例では、前記実施例4において、3時間の乾燥で得られた基板を用いて、乾燥防止用緩衝液の滴下の有無と、保存期間の関係について検討した。なお、活性の測定方法は、実施例4と同様にして測定した。
乾燥防止用の緩衝液には、リン酸カルシウムpH7.0を用いた。
【0035】
結果を
図6に示す。
図中、黒色(プレート)は、乾燥防止用緩衝液として、リン酸カルシウムpH7.0を滴下した基板の酵素活性、白色(水なし)は、乾燥防止用緩衝液を滴下しなかった基板の酵素活性、をそれぞれ示している。
図から明らかなように、乾燥防止用緩衝液を滴下した場合、4℃中で14日間程度ほとんど活性の低下が観察されなかった。しかし、乾燥防止用緩衝液を滴下しない場合では、5日程度でコーティング表面が乾燥し、酵素の活性が大きく低下した。
【0036】
(実施例6:コーティング液内の酵素の高次構造の検討)
図7は、コーティング
液内酵素の高次構造の解析結果を示す。
図中、(a)は酵素内(グルコース酸化酵素)に存在するトリプトファンの蛍光スペクトルを示す(島津製作所製 RF-5300PC spectrofluorophotometer)。
溶液状態の酵素(点線)とコーティング溶液内の酵素(実線)は、同じ極大蛍光波長(335nm)を示すのに対して、乾燥後のシリカコーティング層内酵素(破線)の極大蛍光波長は、大きく長波長側にシフトしていることが分かる(345nm)。
また酵素に結合することで、蛍光を発生する試薬ANSと上述3種類を混合して、同様に蛍光測定を行った。その結果を(b)に示す。
乾燥後のシリカコーティング層内酵素は、その蛍光強度を2割程度増強することが分かった。
【0037】
以上の結果から、溶液中およびコーティング液中の酵素の立体構造は大きく変化せず、酵素活性を維持することができるが、ゲルの乾燥に従って、酵素の構造が大きく変化し、その結果酵素の活性も大きく低下することが考察された。
(c)に、グルコース酸化酵素の立体構造を示す。酵素の比較的内部にトリプトファンおよび疎水性アミノ酸(黒ボール)と親水性アミノ酸(白ボール)が点在することが分かる。コーティング層が乾燥するに従って、内部に存在するトリプトファンが、酵素の立体構造の変化により外部に露出し、変性を生じ活性の低下が起こったと考えられる。
【0038】
(実施例7:コーティング酵素のリサイクル利用回数の検討)
本実施例においては、コーティング酵素のリサイクル利用回数について検討した。
図8に、分子量の異なる3種(平均分子量15kDa(−■−)、30kDa(−◆−)及び100kDa(−▲−))のポリL−リジンを用いて作成したシリカゾル液から作成した酵素コーティングのリサイクル利用について検討した結果を示す。酵素反応条件は、実施例4と同様である。
その結果、3種類のコーティングされた酵素は、いずれも9回繰りかえし使用後に、1回目と比較して、40〜50%の高活性を維持することが分かった。この結果は、シリカコーティング層内に存在する酵素は反応中に溶出する量は少量であり、繰り返して酵素反応に利用可能なことを示している。
【0039】
(実施例8:コーティング酵素の感度測定)
本実施例においては、溶液状態の酵素とコーティングされた酵素との、感度に差異が無いかどうかについて検討した。結果を
図9に示す。
開発したシリカコーティング酵素を実際の酵素センサーとして利用するためには、その感度は重要である。そこで、低濃度(0.25mM)〜高濃度(8mM)のD−グルコース濃度を用いて、コーティング酵素(−■−)の活性を測定した。比較のために、溶液状の酵素(−▲−)も同時に測定した。
その結果、両酵素ともに同程度の酵素活性を示すことが分かった。つまり、シリカコーティング層に存在する酵素は、溶液状の酵素と同程度の基質感度を示すことが明らかとなった。
【0040】
(実施例9:酵素液のドット・コーティング)
図10は、酵素を溶解させたシリカコーティング液のドット・コーティング図およびその蛍光図を示す。(a)の、酵素コーティング液1μLを直径15mmの丸ガラスにドットプリントした写真から、その範囲内で、約80スポットのドット作成が可能であった。(b)に、グルコース酸化酵素をFITC蛍光色素で標識し、同様にドットプリントした部分の拡大した蛍光顕微鏡写真を示す。1ドットは、直径約500μm程度であり、比較的ドットの中央付近に酵素分子が局在していることが分かる。今後の本コーティング液の応用として、現在活発に開発されているドットプリンターへの応用可能を示唆するものであり、バイオチップやバイオセンサーへの適応が考えられる。
【0041】
(実施例10:ポリイミド基板への酵素コーティング)
本実施例では、基材として、ポリイミドを用いた。ポリイミドは耐熱性が高く、センサー基板しての利用がされている。
図11は、酵素コーティング液(silica-sol)を用いた場合と、単に酵素緩衝液(buffer)を用いた場合のポリイミド基板上での酵素活性を比較した結果である。ガラス基板上と同様に、本コーティング液を用いた場合、ポリマーであるポリイミド上においても高い酵素活性を示した。しかし、コーティング液を用いない場合では、ポリイミド上に酵素がほとんど残存することはなく、高い活性を示さなかった。この結果から、ガラス基板のみならず、ポリマーやその他の基板上において、本コーティング液は、酵素を効率的にコーティングすることが可能であった。
【0042】
(実施例11:フィルターペーパーへの酵素コーティングとリサイクル活性評価)
本実施例では、2種類のフィルターペーパーへ酵素コーティングを行い、そのリサイクル活性を評価した。
図12の左側に示すようにして、直径1cmサイズのフィルターに50μLの酵素シリカコーティング液を静置して、シリンジを使って、細孔内に充填させた。30分程度4℃で乾燥させた後、D−グルコースを含む溶液をシリンジによりフィルターに通した。ろ過後の液体中に存在する過酸化水素量を、実施例4と同様の手法で定量した。
図12に、酵素
を含有するシリカコーティング液を、ニトロセルロースフィルター(5μmポア) (−◆−)及びPVDFフィルター(5μmポア)(−■−)の細孔内に充填させ、連続的な酵素反応に利用した結果を示す。
その結果、ニトロセルロースフィルターの孔内に充填した酵素は、5回の繰りかえし利用においても高い活性を示すことが分かった。この結果か
ら、ガラス基板の様な平面上のみならず、形状の複雑なファイルター細孔内においても、効率的に酵素をコーティングでき、高い酵素活性を発現することが明らかとなった。