【実施例1】
【0025】
図1(a)は、本発明に係る強誘電酸化物をバリア層として使用しバリア層と単原子層膜によりトンネル障壁を構成した不揮発性メモリ素子の断面図であり、その作製方法は次のとおりである。
【0026】
まず絶縁体でBaTiO
3と同一の結晶構造を有するSrTiO
3酸化物単結晶基板上に、オーミック電極となるLa
0.6Sr
0.4MnO
3のような高い導電性を有する酸化物を、基板温度750℃、酸素圧力1mTorrの作製条件で、パルスレーザー堆積法により30nm厚に形成した。
続いてその上に、基板温度650℃、酸素圧力35mTorrの作製条件で、強誘電バリア層となるBaTiO
3を3nm厚に形成した。
さらに、常誘電酸化物の単原子層膜を得るための前駆体として、二原子層BaO膜を基板温度600℃、酸素圧力35mTorrの作製条件で0〜2分子層(1分子層=0.55nm)の厚さで堆積した。
【0027】
次に、二原子層BaO膜を常誘電酸化物の単原子層BaO膜に転換させるために、試料を空気中、水中において10分間超音波洗浄することにより攪拌処理した。
【0028】
さらにその上に、リフトオフで金属電極を作製するために、まずフォトリソグラフィーにより、4μm×4μmの大きさの素子の反転レジストパターンを作製し、次に室温で電子線蒸着によりCoのような金属を10nm厚形成し、さらに酸化防止用にAuのような金属を10nm厚に形成し、SrTiO
3酸化物単結晶基板上に、Au/Co/単原子層BaO膜/BaTiO
3/La
0.6Sr
0.4MnO
3積層構造を作製した。
【0029】
常誘電酸化物である単原子層BaO膜の表面被覆率は、前駆体である二原子層BaOの膜厚を変えることで調整した。
図2(a)は、さまざまな膜厚をもった二原子層BaOをBaTiO
3/La
0.6Sr
0.4MnO
3積層構造の上に堆積させ、水で10分超音波洗浄した後に形成された単原子層BaO膜の表面被覆率を示したものである。
【0030】
表面被覆率は、水で超音波洗浄した後、Co電極を付けずに、内殻光電子分光のBa3d準位の化学シフトを測定することにより決定した。二原子層BaOの堆積量が多いほど、単原子層BaO膜の表面被覆率が増加するのがわかる。
【0031】
ここで注意すべきは、二原子層BaO膜の堆積量がゼロの場合でも単原子層BaO膜が形成されていることである。
これは、下記に詳述するように、表面の化学組成は内部とは異なるという、いわゆる表面再構成現象のため、二原子層BaO膜を積層しなくても、ある程度の二原子層BaO膜が自然に発生しているからである。
【0032】
図2(b)は、本発明に係る方法で作製した不揮発性メモリ素子構造において、前駆体BaOの膜厚を0分子層、1分子層、2分子層と変化させた時に、下部電極(LSMO)と上部電極(Co)の間に-5V〜+5Vの範囲で掃引した場合に流れる電流を、原子間力顕微鏡の導電性チップを探針として用いて、室温にて測定した結果である。
【0033】
プラス方向は、
図1に示すメモリ素子の上部から下部に電流を流す方向である。
前駆体BaOの膜厚によらず、いずれも「8の字型」のヒステリシスを描いている。
BaTiO
3バリア層における電気分極の上下方向がスイッチする電圧は±3Vである。
したがって、+5Vの電圧を印加すると、強誘電バリア層であるBaTiO
3の電気分極は下向きになり、これは電圧を除去しても維持される。
逆に-5Vの電圧を印加すると、電気分極は上向きになる。
【0034】
したがって、
図3(a)の下図において、電圧-2V〜+2Vの範囲内で電流-電圧特性が「8の字型」のヒステリシスを描くのは、電気分極が下向きの時はトンネル抵抗が低い状態になり、電気分極が上向きの時はトンネル抵抗が高い状態になることを意味し、強誘電特性と対応した抵抗状態を可逆的にスイッチする抵抗変化メモリ効果が実現されていることが分かる。
【0035】
図2(c)は、低抵抗状態および高抵抗状態において+1Vにおける抵抗値(R
H、R
L)、およびその比をプロットしたものである。
前駆体の二原子層BaO膜の膜厚が大きいほど、常誘電酸化物の単原子膜の被覆率が多くなり、その結果、抵抗変化比(R
H/R
L)は増加し、抵抗変化メモリ効果が増強されているのがわかる。
【0036】
図3(a)の上図は、比較のため、
図1に示すメモリ素子において、水による超音波洗浄処理をせずにBaTiO
3/LSMO積層構造をそのまま用いる従来の方法によって作製した素子について、-3V〜+3Vの範囲で電圧掃引した場合に流れる電流を室温で測定した結果である。
超音波洗浄処理した場合と同様にヒステリシスが見られているものの、その向きは「逆8の字」であって、電気分極と抵抗の関係が逆転し、電気分極が上向きの時は低抵抗状態になり、電気分極が下向きの時は高抵抗状態になったことがわかる。
【0037】
図3(b)の上図は、超音波洗浄する前のBaTiO
3/LSMO積層構造の表面構造の模式図である。SrTiO
3基板の最表面は、二つの副格子サイト(SrOおよびTiO
2)のうち、TiO
2で構成されているため、BaTiO
3もTiO
2面で終端される。
【0038】
しかし、BaTiO
3の最表面における安定な化学組成は、BaTiO
3内部とは必ずしも一致せず、BaTiO
3の場合、表面はTiO
2面とは別に過剰なチタン酸化物(過剰TiOx層)が形成されることが知られている。
つまり表面は内部よりもTiの濃度が高くなるため、余剰のBaが酸化物、すなわち二原子層BaO膜として析出することになる。
この表面状態は、基板、作製条件などに左右されるので、制御することは難しい。
【0039】
図3(b)の下図は超音波洗浄により単原子膜に転換した積層構造の模式図である。
超音波洗浄する前の積層構造の表面は、過剰なTiOx層、および前駆体となる二原子層BaO膜からなる混合物であるが、これは室温・空気中においては安定ではないため、水で超音波洗浄すると、過剰なチタン、バリウムが除去されるとともに単原子層BaO膜に転換し、室温・空気中においては安定な表面状態に転移する。
【0040】
図4は、低抵抗状態と高抵抗状態の上部電極(Co)とバリア層(BaTiO
3)の界面のバンド構造の模式図である。
本発明に関する積層構造において、もし、金属電極と強誘電バリア層の間に常誘電酸化物が全く存在しなければ、強誘電電気分極によってバンド構造に電場の勾配が生じることはなく、抵抗変化によるメモリ効果も生じ得ない。
【0041】
従前、
図4に示すように、金属電極と強誘電バリア層の間に、常誘電層が挟まっている場合は、バンド構造に電場の勾配が生じ、強誘電電気分極の向きに依存してトンネル伝導的な障壁高さが変化することが知られていて、これが、強誘電電気分極に対応した抵抗変化を生み出す原因と考えられていた。
【0042】
その常誘電層が本発明の単原子層BaO膜である場合は、電気分極方向と抵抗状態の関係から、障壁の高さを決定しているのはBaTiO
3の価電子バンドと単原子層BaO膜中に含まれる酸素の2p軌道であると考えられる。
【0043】
しかし従来の超音波洗浄していない積層構造の表面状態においては、過剰なTiOx層が存在し、単原子層BaO膜と同様に常誘電の単原子膜であるのでスイッチングに関与してしまう。
なお、前駆体の二原子層BaO膜は、絶縁性が高くまた化学的に不安定であり、スイッチング動作には寄与しない。
しかし障壁の高さを決定するのがTiの3d軌道であるため、過剰なTiOx層が存在すると、分極方向と抵抗状態の関係が逆転してしまうほど大きく特性が変化してしまう。
つまり、抵抗状態を決定するBaTiO
3の表面状態が、TiOx層および単原子層BaO膜の二成分存在し、従来の作製方法では、背反する両者の寄与が共存ないしは競合し、かつその寄与比が作製条件に依存して一定しないため結果的にスイッチング特性に大きなばらつきがあったものと思われる。
【0044】
本発明に関わる不揮発性メモリ素子およびその作製方法においては、BaTiO
3の示す多種多様な表面状態から、室温で安定な表面状態を選択的に形成したことにより、スイッチング特性の安定性・制御性を向上させることができた。
【0045】
本実施例では、強誘電酸化物としてBaTiO
3を積層したが、バリア層はBaTiO
3と同一の結晶構造を有する他の強誘電酸化物、例えば、Pb(Zr,Ti)O
3,BiFeO
3であってもよい。
また、本実施例では、常誘電酸化物の単原子層BaO膜の積層を常誘電酸化物の二原子層からなる薄膜を当該バリア層へ堆積し水による攪拌処理により行ったが、単原子層成長が可能でかつBaTiO
3等の結晶構造と整合するのであれば直接的に、他の常誘電酸化物の単原子層膜を積層してもよい。
【0046】
本実施例では、常誘電体酸化物としてBaOを用いたが、他のアルカリ土類金属の酸化物であってもよい。
また、前駆体酸化物は、BaOに代えて、CaO,SrOおよびそれらの固溶体であってもよい。
【0047】
本実施例では、金属電極としてCoを使用したが、これに代えてFe,Ni,Cu,Au,Pt等又はそれらの合金若しくは化合物であってもよい。