(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、最表面層にη相(Zn)を含む放電加工用電極線の場合は最表面が軟らかいため、放電加工の際、プーリーやダイス等のパスラインに摩耗粉が発生しやすく、この摩耗粉が放電加工用電極線の最表面に付着することによって亜鉛被覆が削れてしまう。また、最表面層にγ相(Cu
5Zn
8)を含む放電加工用電極線の場合は最表面が硬くなり、摩耗粉は発生しにくいが、折れ脆くなり、放電加工機に電極線を線掛けして段取りする際に断線しやすい。
【0005】
そこで、本発明の目的は、芯材の外周に亜鉛被覆を有する放電加工用電極線において、放電加工の際、プーリーやダイス等のパスラインに発生する摩耗粉を抑制し、かつ折れ脆さが改善された放電加工用電極線及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記目的を達成するために、下記の放電加工用電極線及びその製造方法を提供する。
【0007】
[1]銅又は銅合金からなる芯材の外周が亜鉛を含む被覆層により被覆されており、前記被覆層は、銅−亜鉛系合金であるε相のみからなる最外層を有し、前記最外層は、ビッカース硬度が200〜300Hvである放電加工用電極線。
[2]0.2%耐力が985MPa以上である前記[1]に記載の放電加工用電極線。
[3]前記被覆層は、銅−亜鉛系合金であるγ相を含む内層を有する前記[1]又は[2]に記載の放電加工用電極線。
[4]前記被覆層中のε相の(0001)X線回折強度が、前記被覆層中のγ相の(332)X線回折強度の2倍よりも大きい前記[3]に記載の放電加工用電極線。
[5]前記最外層は、ビッカース硬度が260〜300Hvである前記[1]〜[4]のいずれか1つに記載の放電加工用電極線。
[6]前記芯材は、黄銅からなる前記[1]〜[5]のいずれか1つに記載の放電加工用電極線。
[7]銅又は銅合金からなる芯材の外周が亜鉛を含む被覆層により被覆されている放電加工用電極線の製造方法において、前記芯材の外周に亜鉛めっき又は亜鉛合金めっきを1回施す工程と、めっきを施した前記芯材を伸線する工程と、伸線後に、前記被覆層が銅−亜鉛系合金であるε相のみからなる最外層を有し、前記最外層のビッカース硬度が200〜300Hvとなる熱処理条件で熱処理を施す工程とを含む放電加工用電極線の製造方法。[8]前記熱処理条件は、熱処理温度100〜120℃、熱処理時間3〜24時間の範囲内である前記[7]に記載の放電加工用電極線の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、芯材の外周に亜鉛被覆を有する放電加工用電極線において放電加工の際の摩耗粉の発生が抑制され、かつ折れ脆さが改善された放電加工用電極線及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
〔放電加工用電極線〕
図1は、本発明の実施の形態に係る放電加工用電極線の構造を示す横断面図である。
図1に示される本発明の実施の形態に係る放電加工用電極線10は、銅又は銅合金からなる芯材1の外周が亜鉛を含む被覆層2により被覆されており、被覆層2は、銅−亜鉛系合金であるε相のみからなる最外層2Bを有し、最外層2Bは、ビッカース硬度が200〜300Hvであることを特徴とする。被覆層2を構成する最外層2Bは、放電加工用電極線10の表面層である。
【0011】
本実施の形態に係る放電加工用電極線10は、0.2%耐力が985MPa以上であることが好ましく、990MPa以上であることがより好ましい。0.2%耐力の上限は特に限定されるものではないが1025MPa以下であることが好ましい。
【0012】
芯材1は、銅又は銅合金からなる。銅合金としては特に限定されるものではないが、黄銅であることが好ましい。
【0013】
芯材1の外周に設けられた亜鉛を含む被覆層2は、亜鉛めっき又は亜鉛合金めっき、好ましくは、亜鉛めっきを施すことにより設けられる。
【0014】
被覆層2は、少なくとも銅−亜鉛系合金であるε相のみからなる最外層2Bを有する。ε相とは、一般的に、CuZn
5で表され、Cu濃度が24〜12質量%程度、Zn濃度が76〜88質量%程度のCu−Zn合金である。ε相は島状ではなく、芯材の全周を覆うように層状に形成される。
【0015】
最外層2Bは、電極線の表面から心材に向かって荷重50gでビッカース硬度を測定したときに、ビッカース硬度が200〜300Hvとなるように形成される。ビッカース硬度の値を200Hv以上にすると、放電加工の際の摩耗粉を抑制できる。ビッカース硬度の値が大きくなるほど摩耗粉の発生抑制効果が高くなるため、最外層2Bのビッカース硬度(下限値)は、220Hv以上であることが好ましく、240以上であることがより好ましく、260Hv以上であることがさらに好ましい。また、ビッカース硬度の値を300Hv以下にすると、折れ脆さが改善され、断線しにくくなる。そのため、最外層2Bのビッカース硬度(上限値)は、290Hv以下であることが好ましく、280Hv以下であることがより好ましい。
【0016】
被覆層2は、最外層2Bの内側に亜鉛を含むその他の層を有していてもよく、例えば、銅−亜鉛系合金であるγ相を含む内層2Aを有することが好ましい。γ相とは、一般的に、Cu
5Zn
8で表され、Cu濃度が45〜35質量%程度、Zn濃度が55〜65質量%程度のCu−Zn合金である。γ相を含む内層2Aは、γ相を内層中に85質量%以上含むことが好ましく、90質量%以上含むことがより好ましく、95質量%以上含むことがさらに好ましく、100質量%含むことが最も好ましい。
【0017】
被覆層2を構成する内層2Aは、2層以上からなるものであってもよい。なお、銅−亜鉛系合金であるβ相からなる層や純亜鉛であるη相からなる層は、有していないことが好ましいが、本発明の効果を奏する限りにおいて存在していてもよい。
【0018】
被覆層2は、被覆層2中のε相の(0001)X線回折強度が、被覆層2中のγ相の(332)X線回折強度の2倍よりも大きいことが好ましい。本実施の形態においては、被覆層2中のε相の全部もしくは大部分が最外層2Bに存在し、被覆層2中のγ相の全部が内層2Aに存在する。ε相の(0001)X線回折強度は、γ相の(332)X線回折強度の3倍以上であることが好ましく、4倍以上であることがより好ましい。上限は特に限定されるものではないが、20倍以下であることが好ましい。X線回折強度は、薄膜法(入射X線を低角度(例えば10°)に固定させることによりX線の侵入深さを浅くし、芯材にわずかにX線が入る程度に調整して表面層の分析感度を高める手法)により測定したピーク強度を比較したものである。
【0019】
被覆層2の厚さは、全体として、1〜20μmであることが好ましい。内層2Aを有する場合、層厚比は、外層2B/内層2A=4/1〜1/1であることが好ましい。
【0020】
〔放電加工用電極線の製造方法〕
本発明の実施の形態に係る放電加工用電極線10の製造方法は、銅又は銅合金からなる芯材1の外周が亜鉛を含む被覆層2により被覆されている放電加工用電極線10の製造方法において、芯材1の外周に亜鉛めっき又は亜鉛合金めっきを1回施す工程と、めっきを施した芯材1を伸線する工程と、伸線後に、被覆層2が銅−亜鉛系合金であるε相のみからなる最外層2Bを有し、最外層2Bのビッカース硬度が200〜300Hvとなる熱処理条件で熱処理を施す工程とを含むことを特徴とする。
【0021】
亜鉛めっき又は亜鉛合金めっきを1回施す工程及び伸線する工程は、公知の方法により行なうことができる。
【0022】
伸線後に熱処理を施す工程を経ることにより、前述の本発明の実施の形態に係る放電加工用電極線10を製造することができる。熱処理条件は、好ましくは、100〜120℃、3〜24時間、より好ましくは100〜120℃、3〜18時間の範囲内で、前述の最外層2Bを形成できるように調整する。熱処理温度及び時間は、電極線の径や被覆層の厚さによって、適宜、調整する。例えば、100℃で熱処理する場合、電極線の径がφ0.20mmであれば、6〜10時間程度が好ましく、電極線の径がφ0.25mmであれば、10〜17時間程度が好ましい。また、例えば、100℃で熱処理する場合、被覆層の厚さが1.5μm未満であれば、3〜7時間程度が好ましく、被覆層の厚さが1.5μm以上であれば、7〜18時間程度が好ましい。
【0023】
上記本発明の実施の形態に係る製造方法によれば、上記熱処理を施す工程を経ることにより、被覆層2を構成する内層2Aも同時に形成できる。上記熱処理条件内で適宜、調整することにより、被覆層2中のε相の(0001)X線回折強度が、被覆層2中のγ相の(332)X線回折強度の2倍よりも大きい被覆層を形成できる。また、0.2%耐力が985MPa以上である放電加工用電極線10を得ることが出来る。
【0024】
〔本発明の実施形態の効果〕
本発明の実施形態によれば、以下の効果を奏する。
(1)芯材の外周に亜鉛被覆を有する放電加工用電極線において、放電加工の際、プーリーやダイス等のパスラインに発生する摩耗粉の発生を抑制し、かつ折れ脆さが改善された放電加工用電極線及びその製造方法を提供できる。
(2)1回のめっき工程で製造できるため、生産性に優れる放電加工用電極線及びその製造方法を提供できる。
【0025】
次に実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0026】
〔放電加工用電極線の製造〕
芯材1としての黄銅線(線径:1.2mm)上に電解亜鉛めっき法により厚さ約10μmの亜鉛めっき層を形成した。亜鉛めっきを施した芯材1を線径が0.20mm(めっき層1.7μm)になるまで伸線した後、ボビン(F10:胴径100mm)に巻き取り、この状態で焼鈍を行ない、各10kgの放電加工用電極線を製造した。焼鈍条件は、表1に示す通りである。
【0027】
製造した放電加工用電極線それぞれについて、ビッカース硬度と0.2%耐力を下記の方法により測定した。測定結果を表1に示す。
【0028】
ビッカース硬度は、放電加工用電極線を水平に置き、該電極線の幅方向の中心(芯材1の中心)を狙って、亜鉛めっき層の表面から芯材1に向かって荷重50gでビッカース圧子を押し付ける方法で測定した。ランダムに選んだ3点で測定した平均値を求めた。
【0029】
0.2%耐力は、評点間距離100mmとする評点を放電加工用電極線の表面(亜鉛めっき層の表面)に施した後、引張試験機を用いて引張速度20mm/minの速度にて該電極線を引っ張ることで引張試験を行い測定した。
【0030】
また、X線回折により、被覆層(最外層及び内層)の相状態を確認した。実施例ではいずれも、ε相のみからなる最外層が形成されていた。
【0031】
〔放電加工用電極線の評価〕
製造した放電加工用電極線それぞれについて、下記の方法により、摩耗粉の発生抑制効果、及び折れ脆さの改善効果を評価した。評価結果を表1に示す。
【0032】
<摩耗粉の発生抑制効果>
製造した電極線をボビンに巻き替える際、走行線を羊毛フェルトで10分間はさみ、フェルトに付着した摩耗粉の量を目視で評価した。摩耗粉がほとんどない場合を○(合格)、摩耗粉が少量の場合を△(不合格)、摩耗粉量が多い場合を×(不合格)とした。
【0033】
<折れ脆さの改善効果>
製造した電極線を放電加工機に線掛けして段取りする作業を20回行い、折れ曲がり断線のしにくさで評価した。断線が発生しなかった場合を○(合格)、1回以上の断線が発生した場合を×(不合格)とした。
【0034】
【表1】
【0035】
〔0.2%耐力の測定・検討〕
下記の方法により放電加工用電極線を製造し、0.2%耐力の測定を行なった。
図2Aは、各焼鈍時間及び焼鈍温度で作製した放電加工用電極線(芯材の線径:0.20mm)についての0.2%耐力の測定結果を示すグラフである。また、
図2Bは、各焼鈍時間及び焼鈍温度で作製した放電加工用電極線(芯材の線径:0.25mm)についての0.2%耐力の測定結果を示すグラフである。なお、
図2A〜Bにおける25℃のプロットは、焼鈍しなかった放電加工用電極線の測定結果である。
【0036】
芯材1としての黄銅線(線径:1.2mm)上に電解亜鉛めっき法により厚さ約10μmの亜鉛めっき層を形成した。亜鉛めっきを施した芯材1を線径が0.20mm(めっき層1.7μm)又は0.25mm(めっき層2.1μm)になるまで伸線した後、ボビン(F10:胴径100mm)に巻き取り、この状態で焼鈍を行ない、各10kgの放電加工用電極線を製造した。焼鈍条件は、40〜160℃(40、60、80、100、120、160℃)、3時間及び8時間である。
【0037】
図2A及び2Bより、芯材の線径が0.20mmの場合(
図2A)及び0.25mmの場合(
図2B)共に、焼鈍時間3時間及び8時間のいずれも、焼鈍温度100〜120℃で0.2%耐力が高い(985〜1025MPa程度)電極線が得られることが分かる。
【0038】
〔X線回折強度の測定・検討〕
下記の方法により放電加工用電極線を製造し、前述の薄膜法(X線入射角度:10°)によりX線回折強度の測定を行なった。
図3A〜Cは、各焼鈍時間及び焼鈍温度で作製した放電加工用電極線(芯材の線径:0.20mm)についてのX線回折強度の測定結果を示しており、
図3Aは被覆層中のε相(CuZn
5)の(0001)強度の測定結果であり、
図3Bは被覆層中のγ相(Cu
5Zn
8)の(332)強度の測定結果であり、
図3Cは被覆層中のη相(Zn)の(100)強度の測定結果である。なお、
図3A〜Cにおける25℃のプロットは、焼鈍しなかった放電加工用電極線の測定結果である。
【0039】
芯材1としての黄銅線(線径:1.2mm)上に電解亜鉛めっき法により厚さ約10μmの亜鉛めっき層を形成した。亜鉛めっきを施した芯材1を線径が0.20mm(めっき層1.7μm)になるまで伸線した後、ボビン(F10:胴径100mm)に巻き取り、この状態で焼鈍を行ない、各10kgの放電加工用電極線を製造した。焼鈍条件は、40〜160℃(40、60、80、100、120、160℃)、3時間及び8時間である。
【0040】
図3A及び3Bより、焼鈍温度120℃以下において、焼鈍時間3時間及び8時間のいずれも、ε相の(0001)X線回折強度が、γ相の(332)X線回折強度の2倍よりも大きいことが分かる。なお、8時間焼鈍品は、焼鈍温度100℃でη相の(100)X線回折強度が0となり、3時間焼鈍品は、焼鈍温度120℃でη相の(100)X線回折強度が0となった(
図3C)。η相は純Zn相であり、軟らかいため摩耗粉が出やすく、放電加工機のパスライン上でカスとして溜まる。そのため、η相は熱処理で無くした方が良く、そのためには100℃以上の熱処理が必要であることが分かる。
【0041】
上記0.2%耐力及びX線回折強度の測定結果より、100℃〜120℃の熱処理が最適である。
【0042】
なお、本発明は、上記実施の形態及び実施例に限定されず種々に変形実施が可能である。