【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年8月30日 一般社団法人電気学会発行の平成28年電気学会産業応用部門大会講演論文集において発表、平成28年8月30日〜9月1日 一般社団法人電気学会主催の平成28年電気学会産業応用部門大会において9月1日に発表
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
モータの回転を波動歯車装置で減速して負荷軸に伝達する構成を備えたアクチュエータを駆動制御して前記負荷軸の位置決め制御を行うアクチュエータの位置決め制御装置において、
実際に検出される負荷軸位置に基づき、前記負荷軸が目標位置に位置決めされるように前記モータを駆動制御するフルクローズド制御系として、状態オブザーバを併用した状態フィードバック制御系を備えており、
前記状態オブザーバは、前記状態フィードバック制御系における制御対象である前記アクチュエータの前記モータに対する制御入力、および、前記負荷軸位置に基づき、モータ軸位置およびモータ速度を推定し、
前記状態フィードバック制御系は、前記負荷軸位置と、前記状態オブザーバによる推定モータ軸位置および推定モータ速度とを用いて、前記制御対象の状態量をフィードバックし、
前記状態フィードバック制御系の設計に当たっては、
前記モータ軸位置および前記負荷軸位置の双方をフィードバックして前記負荷軸の位置決め制御を行うP−PI制御系を含めた閉ループ系におけるP−PI補償器ゲインを決定し、前記状態フィードバック制御系の状態フィードバックゲインが零のときの前記閉ループ系の極配置を確認し、
確認した前記閉ループ系の極の中で、実軸上に無い振動極の減衰のみを変更するために、当該振動極が実軸上の極と垂直に並ぶように、前記状態フィードバックゲインを導出する
波動歯車装置を備えたアクチュエータの位置決め制御装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
負荷軸に取り付けたエンコーダの情報を用いて負荷軸の位置制御を行うフルクローズド制御系を適用する場合には、制御性能を向上できるものの、モータ軸エンコーダに加えて、負荷軸にエンコーダを設置する必要があり、それに伴うコストアップやエンコーダの設置場所の確保等の課題も多い。しかし、最終制御量である負荷軸の更なる性能向上やエンコーダの低コスト化といった背景から、負荷軸エンコーダの利用が拡大していくと考えられる。
【0006】
本発明の課題は、モータ軸情報を用いずに、負荷軸情報のみを用いたフルクローズド制御系を適用して、波動歯車装置の角度伝達誤差に起因した共振振動を抑制して精度良く負荷軸を位置決めすることのできる、波動歯車装置を備えたアクチュエータの位置決め制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の位置決め制御装置は、制御対象のアクチュエータの位置決め制御を行うためのフルクローズド制御系として、負荷軸情報のみを用いた状態フィードバック制御系を備えている。
【0008】
制御対象の波動歯車装置を備えたアクチュエータは、モータトルクや負荷トルクが加わった際に、モータ・負荷軸間のねじれ振動が励起されるので、ねじれ特性を考慮した2慣性モデルとして一般に取り扱われる。負荷軸情報のみを用いた制御系を設計する場合、2慣性モデルの特性として共振周波数より高周波数領域での位相遅れが大きく、制御系が不安定となりやすい。
【0009】
そこで、本発明の位置決め制御装置では、状態フィードバック制御系に、状態オブザーバを併用している。制御対象への制御入力、および、実際に検出される負荷軸情報から、モータ軸情報(モータ軸位置およびモータ速度)を推定し、制御系の安定化を図ることにより、精度良く負荷軸の位置決め制御を行うようにしている。
【0010】
すなわち、本発明は、モータの回転を波動歯車装置で減速して負荷軸に伝達する構成を備えたアクチュエータを駆動制御して前記負荷軸の位置決め制御を行うアクチュエータの位置決め制御装置において、
実際に検出される負荷軸位置に基づき、前記負荷軸が目標位置に位置決めされるように前記モータを駆動制御するフルクローズド制御系として、状態オブザーバを併用した状態フィードバック制御系を備えており、
前記状態オブザーバは、前記状態フィードバック制御系における制御対象である前記アクチュエータの前記モータに対する制御入力、および、前記負荷軸位置に基づき、前記モータ軸位置およびモータ速度を推定し、
前記状態フィードバック制御系は、前記負荷軸位置と、前記状態オブザーバによる推定モータ軸位置および推定モータ速度とを用いて、前記制御対象の状態量をフィードバックすることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明者等による実機実験により、本発明の位置決め制御装置による位置決め制御の有効性が確認された。また、本発明によれば、フルクローズド制御系を採用しているので、位置決め制御の整定時の定常偏差やばらつきを圧縮することが可能である。
【0012】
さらに、エンコーダを負荷軸のみに取り付ければよいので、従来のセミクローズド制御系に対してセンサ数を増加させることなく負荷軸の制御性能を向上させることができる。また、センサ数の増加によるコストアップやエンコーダの設置場所の確保などの課題を解決できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、図面を参照して、本発明による波動歯車装置を備えたアクチュエータの位置決め制御装置について説明する。
【0015】
[位置決めシステムの全体構成]
図1Aは、本発明の制御対象である、波動歯車装置を減速機として含むアクチュエータを備えた位置決めシステムの構成例を示す説明図である。位置決めシステム1は、アクチュエータ2、および、その位置決め制御装置3を備えている。アクチュエータ2は、モータ4と、モータ4の出力回転を減速する波動歯車装置5と、波動歯車装置5から出力される減速回転によって回転する負荷軸6とを備えている。
【0016】
波動歯車装置5は、モータ軸8に固定した波動発生器5aと、負荷軸6に固定した可撓性外歯車5bと、アクチュエータハウジング2aの側に固定した剛性内歯車5cとを備えている。アクチュエータ2によって、負荷軸6に取り付けた負荷装置7が回転駆動される。負荷軸6には負荷軸位置検出用の負荷軸エンコーダ10が取り付けられている。
【0017】
位置決め制御装置3は、負荷軸エンコーダ10によって検出される負荷軸位置のみに基づき、モータ4の駆動を制御して、負荷軸6(したがって負荷装置7)の位置決めを行うフルクローズド制御系を備えている。フルクローズド制御系は、状態オブザーバを併用した状態フィードバック制御系である。
【0018】
なお、
図1Aにおいては、後述の実証実験において用いたモータ軸エンコーダ9aおよび、その信号ライン9bを想像線で示してある。
【0019】
[波動歯車装置の角度伝達誤差]
図1Bは、位置決めシステム1の制御対象のアクチュエータを2慣性系モデルと見做した場合におけるセミクローズド制御系を示すブロック線図である。制御対象は、一般に、波動歯車装置の入力側のモータ軸を含むモータ側慣性系と、波動歯車装置の出力側の負荷軸を含む負荷側慣性系とからなる2慣性系モデルとして取り扱われる。図中の記号は次の通りであり、C(s)はモータ軸位置と速度をフィードバックするP−PI補償器を示し、前述の角度伝達誤差は、図中では、モータ軸位置θ
mと負荷軸位置θ
lの間のねじれ位置へ入力される位置外乱θ
syncとしている。
【0020】
J
m:モータ軸慣性モーメント
D
m:モータ軸粘性摩擦係数
J
l:負荷軸慣性モーメント
D
l:負荷軸粘性摩擦係数
D
g:減速機の粘性摩擦係数
N:減速比
K
t:モータトルク定数
K
g:ばね特性
θ
m:モータ軸位置
ω
m:モータ速度
θ
l:負荷軸位置
ω
l:負荷速度
θ
sync:角度伝達誤差
i
ref:モータトルク電流指令値
θ
*m:位置指令入力
【0021】
ここで、一般に、波動歯車装置の角度伝達誤差θ
TEは、モータ軸位置をθ
m、負荷軸位置をθ
l、減速比をNとすると、モータ軸位置θ
mから計算される理論的負荷軸位置θ
m/Nと、実際の負荷軸角度θ
lとの差であり、次の式1で定義される。
(式1)
θ
TE=θ
l−θ
m/N
【0022】
波動歯車装置では、歯車の加工誤差や構成部品の組み付け誤差に起因して、構成部品の相対回転に同期して角度伝達誤差が生じる。角度伝達誤差の測定は次のように行うことができる。すなわち、微小送り角度の位置決めを、歯車のかみ合わせが一巡する負荷軸1周分行い、位置決め終了時における角度伝達誤差を位置決め毎に測定する。
【0023】
図2は負荷軸1周分の角度伝達誤差測定結果を示すグラフであり、
図3はモータ軸3周期分の測定結果を示すグラフであり、
図4は測定結果のスペクトル解析結果を示すグラフである。
図4の横軸はモータ回転に規格化している。
図2、
図3より、周期的な成分が確認できる。
図4より、角度伝達誤差は特にモータ回転周期の2倍の周波数成分が主成分であることが確認できる。
【0024】
[角度伝達誤差に起因した振動の解析]
角度伝達誤差の周波数と機構共振周波数が一致すると、加減速の途中で共振振動を励起し、機構振動や騒音を発生させることが知られている。
【0025】
図5は、角度伝達誤差θ
syncから負荷軸位置θ
lまでの周波数特性を示すグラフである。
図5より、伝達特性G
lは、100[Hz]付近に共振特性を有しており、角度伝達誤差θ
syncに100[Hz]の成分が入力されたときに、負荷軸位置に振動を励起されることが分かる。
【0026】
図6は、角度伝達誤差θ
syncに起因した振動現象を解析するために、一定加速度実験を行った結果を示すグラフである。
図6(a)に負荷速度応答を、
図6(b)に負荷位置振動成分をそれぞれ示す。
図6より、特に負荷速度が60[rpm]付近で振動的な応答となっている。一定加速度実験において、角度伝達誤差の周波数が100[Hz]となるときのモータ速度は3000[rpm]であり、波動歯車装置の減速比Nは50であるので、負荷速度は60[rpm]となる。よって、本振動現象は、角度伝達誤差に起因したものであることが分かる。
【0027】
[制御系の設計]
(状態フィードバック制御系の設計)
先に述べたように、角度伝達誤差に起因した共振振動によって制御性能が大きく劣化することから、位置決め制御装置3(
図1参照)では、状態フィードバック制御による補償手法を採用している。
【0028】
図7は、モータ軸と負荷軸の双方にエンコーダを配置し、これらにより検出されるモータ軸位置および負荷軸位置の双方を用いた状態フィードバック制御系を示すブロック線図である。この図において、Fは状態フィードバックゲインを示し、C
pは位置比例補償器を示し、C
vは速度比例積分補償器を示す。この構成の状態フィードバック制御系に対して、従来のP−PI制御系を含めた閉ループ系に対する極配置を前提として、状態フィードバック制御系の設計を行う。具体的には、
(1)P−PI補償器ゲイン(位置比例ゲイン、速度比例ゲイン、速度積分ゲイン)を決定し、F=0の時の閉ループ系極配置を確認する。
(2)上記(1)で確認した閉ループ系の極の中で実軸上に無い振動極の減衰のみを変更するため、振動極が実軸上の極と垂直に並ぶように、状態フィードバックゲインFを導出する。
【0029】
この設計手順では、P−PI補償器のゲインを決定すれば、振動極が適度な減衰となる状態フィードバックゲインFを一意に導出でき、簡便な設計が可能である。
【0030】
ここで、状態フィードバック制御系の設計に用いる、制御対象の状態方程式は次の式2〜8で表される。
【0031】
(式2)
(式3)
(式4)
(式5)
(式6)
(式7)
(式8)
【0032】
(閉ループ系に対する極配置設計)
閉ループ系の極配置と、状態フィードバック制御系の拡大系プラントの極配置の関係性を明確にする。
図7における指令から負荷軸までの閉ループ系の伝達関数をG
r→load、拡大系プラントの入力からモータ軸までの伝達関数をG
v→motor、拡大系プラントの入力から負荷軸までの伝達関数をG
v→loadとすると、G
r→loadは、G
v→motorおよびG
v→loadを用いて、式9で表される。
(式9)
【0033】
ここで、G
r→load、G
v→motor、G
v→loadを分子と分母の多項式に分けて、以下のようにそれぞれ表す。
(式10)
(式11)
(式12)
【0034】
式10、式11、式12を式9に代入すると、
(式13)
と表すことができる。さらに、式13の左辺および右辺における分母多項式は、
(式14)
となる。したがって、拡大系プラントの分母多項式は、
(式15)
となる。式15より、振動極の減衰を変更した閉ループ系での極配置から、拡大系プラントの極配置および状態フィードバックゲインFを導出できる。
【0035】
図8は、以上の手順により設計した閉グループ系の極配置図である。フルクローズド制御系での振動極の減衰を変更し、振動極が実軸上の極と垂直に並ぶように設計できていることが確認できる。
【0036】
(状態オブザーバの設計)
本発明では、負荷軸情報のみを用いたフルクローズド制御系を実現するために、状態オブザーバによってモータ軸位置および速度を推定し、モータ軸情報を必要としない状態オブザーバ併用型フルクローズド制御系を備えている。
【0037】
状態オブザーバの設計に用いる状態量および制御対象の状態方程式を、式16〜式19に示す。以下の式において、d
mはモータ外乱である。
【0038】
(式16)
(式17)
(式18)
(式19)
【0039】
図9は、状態オブザーバのブロック線図である。図中の符号は次の通りである。
【0040】
一般的に、状態オブザーバの極は閉ループ系の極に対して高域側に配置すればよいが、あまり高域側に極を配置すると外乱やノイズの影響を受けやすくなる。そこで、ここでは、
図10において×印で示す閉ループ系の極に対して、状態オブザーバの極を丸で囲った×印で示す位置に配置するように決定した。
【0041】
(状態オブザーバ併用型状態フィードバック制御系)
図11は、上述のように設計した状態オブザーバを組み込んだ状態オブザーバ併用型状態フィードバック制御系を示すブロック線図である。
図12は、設計した制御系の各種周波数応答を示すグラフであり、
図12(a)は開ループ伝達特性を示し、
図12(b)はナイキスト線図であり、
図12(c)は閉ループ伝達特性(指令から負荷軸まで)を示し、
図12(d)は角度伝達誤差から負荷軸までの角度伝達誤差特性を示す。
【0042】
図12における各線は次の制御系を意味している。なお、後述の
図13、14においても同様である。
Semi-Closed:セミクローズド制御系
Full-Closed:フルクローズド制御系
State-Feedback:モータ軸負荷軸エンコーダを用いた状態フィードバック制御系
State-Feedback with Observer:状態オブザーバ併用型状態フィードバック制御系(提案制御系)
【0043】
図12(a)、(b)より、状態フィードバック制御系、本発明の提案制御系は、従来のセミクローズド制御系/フルクローズド制御系と同等の安定余裕を有していることが分かる。
図12(d)より、状態フィードバック制御系が、角度伝達誤差の振動が顕著となる100Hzでのゲインを最も低減出来ている。本発明の提案制御系では、状態フィードバック制御系に比して角度伝達誤差の影響を受けやすいものの、従来のセミクローズド制御系/フルクローズド制御系に比べてゲインを低減出来ていることが確認できる。
【0044】
[実機検証]
提案制御系の有効性を、
図1に示す位置決めシステムを用いた駆動実験により検証した。そのために、前述のP−PIセミクローズド制御系、P−PIフルクローズド制御系、モータ軸負荷軸エンコーダを用いた状態フィードバック制御系との応答比較を行った。実機実験として、制振性を評価するために、角度伝達誤差に起因した振動の影響が顕著となる低加速度実験を実施し、追従性評価としての高速・高精度位置決めを評価するために、高加速度実験を実施した。
【0045】
(低加速度実験による特性解析)
低加速度実験時の提案制御系の特性を、実機実験により検証した。
図13は、低加速度実験時の実機応答を示し、定量的な評価として表1に制御性能評価を示す。
図13において、(a)は負荷速度を示し、(b)は負荷位置振動成分を示す。
【0047】
図13より、提案制御系の場合には、状態フィードバック制御系、セミクローズド制御系およびフルクローズド制御系の場合に比して、16s〜18sの間で共振振動が抑制されている。一方で、提案制御系では、
図12(d)の周波数特性で見られたように、40〜80Hz付近のゲインが他の制御系に比べて大きくなっていることから、11s〜15sの間で振動が大きくなっている。
【0048】
さらに、表1より、セミクローズド制御系と比して、提案制御系では、負荷位置振動成分の最大振幅を43.6%に、振動面積を88.6%にそれぞれ抑制しており、モータ軸エンコーダを用いずに状態フィードバック制御系の場合と同程度の振動抑制が実現できている。
【0049】
(高加速度実験による特性解析)
高加速度実験時の提案制御系の特性を、実機実験により検証した。
図14は、高加速度実験時の実機応答を示し、(a)はモータ位置整定付近を示し、(b)は負荷位置整定付近を示す。
【0050】
図14より、提案制御系は、定常偏差やばらつきを圧縮できており、また、従来のセミクローズド制御系およびフルクローズド制御系より、負荷位置の整定までが早く、従来の状態フィードバック制御系と比して同精度の位置決め制御が可能である。これは、P−PI制御系ゲインを高く設定することが可能となったためである。
【0051】
以上説明したように、波動歯車装置が減速機として内在するアクチュエータを対象にして、角度伝達誤差に起因した共振振動を抑制することを目的として、状態オブザーバ併用型フルクローズド状態フィードバック制御系を設計し、実機検証により、その有効性を検証した。
【0052】
提案制御系では、従来のセミクローズド制御系に対してセンサ数を増加させることなく、負荷位置に偏差が現れずに目標位置に整定するような位置決め制御が可能となり、共振周波数である100Hz付近の振動を、モータ軸負荷軸エンコーダを用いた状態フィードバック制御系と同程度に抑制できた。
)に位置決めされるようにモータを駆動制御するフルクローズド制御系として、状態オブザーバ(Observer)を併用した状態フィードバック制御系を備えている。状態オブザーバは、モータに対する制御入力(i
)と、状態オブザーバによる推定モータ軸位置、推定モータ速度とを用いて、制御対象の状態量をフィードバックする。波動歯車装置の角度伝達誤差に起因する共振振動を抑制して精度の高い位置決めが可能となる。