特許第6371332号(P6371332)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6371332
(24)【登録日】2018年7月20日
(45)【発行日】2018年8月8日
(54)【発明の名称】量子カスケードレーザ
(51)【国際特許分類】
   H01S 5/343 20060101AFI20180730BHJP
【FI】
   H01S5/343 610
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-101182(P2016-101182)
(22)【出願日】2016年5月20日
(65)【公開番号】特開2017-208497(P2017-208497A)
(43)【公開日】2017年11月24日
【審査請求日】2017年4月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005049
【氏名又は名称】シャープ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小谷 晃央
(72)【発明者】
【氏名】荒川 泰彦
【審査官】 高椋 健司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−042572(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/186462(WO,A1)
【文献】 特開2011−151249(JP,A)
【文献】 特開2008−060396(JP,A)
【文献】 特開2013−254907(JP,A)
【文献】 特開2008−177366(JP,A)
【文献】 特開2009−152508(JP,A)
【文献】 特開2013−033867(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2008/0259983(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 5/00−5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体基板と、
前記半導体基板上に設けられ、量子井戸発光層及び注入層からなる単位積層体が多段に積層され、前記量子井戸発光層と前記注入層とが交互に積層されたカスケード構造を有する活性層とを備え、
前記活性層に含まれる複数の前記単位積層体のそれぞれは、そのサブバンド準位構造において、発光上準位と、発光下準位と、緩和準位として機能し、前記発光上準位と前記発光下準位とのエネルギー差(EUL)よりも小さなエネルギー間隔で存在する2以上のエネルギー準位から構成される緩和ミニバンドとを有し、前記緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、縦光学フォノンのエネルギー(ELO)から、前記発光上準位と前記発光下準位の差(EUL)を引いたエネルギー(ELO−EUL)よりも小さく設定され(EMB<ELO−EUL)、
前記量子井戸発光層における前記発光上準位から前記発光下準位への電子のサブバンド間遷移によって光が生成されるとともに、前記サブバンド間遷移を経た電子は、前記注入層に含まれる前記緩和ミニバンド内を緩和して、前記注入層から後段の単位積層体の量子井戸発光層へと注入されるように構成され、
前記単位積層体が、AlInGa(1−x−y)N(0≦x≦1、0≦y≦1)により表される材料からなる、量子カスケードレーザ。
【請求項2】
前記緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、縦光学フォノンのエネルギー(ELO)から、前記発光上準位と前記発光下準位とのエネルギー差(EUL)と、ボルツマン定数(k)と量子カスケードレーザの温度(T)との積により求められる温度エネルギー(EkT)を引いたエネルギーよりも小さい(EMB<ELO−EUL−EkT)、請求項1に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項3】
前記緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、ボルツマン定数(k)と量子カスケードレーザの温度(T)との積により求められる温度エネルギー(EkT)よりも大きい(EMB>EkT)、請求項1または2に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項4】
前記緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、26meVよりも大きい(EMB>26meV)、請求項3に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項5】
前記半導体基板がGaNからなり、その上面とGaNのm面({1−100}面)との成す角度が−5度以上であり、かつ+5度以内である、請求項1に記載の量子カスケードレーザ
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子カスケードレーザに関する。
【背景技術】
【0002】
量子カスケードレーザ(QCL:Quantum Cascade Laser)は赤外領域からテラヘルツ帯(300GHz〜10THz)までの電磁波を高出力で発生可能な光源として期待されており、その研究開発は近年加速している。特にテラヘルツ帯の電磁波を発生可能な光源としては、QCLを除いて有望な光源(化合物半導体からなる小型の光源)は存在しない。そのため、QCLは、テラヘルツ帯の電磁波を発生可能な最も有望な光源として期待されている。このようなQCLでは、化合物半導体からなる多重量子井戸(MQW:Multi Quantum Well)構造の伝導帯サブバンド間又は価電子帯サブバンド間に反転分布を形成することによりレーザ発振が起こる。
【0003】
従来、GaAs系材料、InP系材料又はGaSb系材料のいずれかを用いてテラヘルツ帯の電磁波を発生可能なQCLを製造することが多かった。しかし、いずれの材料を用いた場合であっても、200K以上の温度でのレーザ発振は報告されていない。
【0004】
200K以上の温度でのレーザ発振を妨げている要因は、熱励起フォノン散乱である。熱励起フォノン散乱とは、レーザ上準位にある電子又は正孔(キャリア)が熱によって面内の運動エネルギーを得た結果、キャリアのエネルギーとレーザ下準位とのエネルギー差が縦光学(LO:Longitudinal Optical)フォノンの振動エネルギー以上になったときに、LOフォノンにより散乱されて非輻射的にレーザ下準位に緩和することをいう。
【0005】
例えば約3THz(約13meV)の電磁波を発生させるQCL(量子井戸層としてGaAs層を含む)では、レーザ上準位とレーザ下準位とのエネルギー差は約13meV(レーザ発振波長に相当するエネルギー)である。低温では、キャリアは、レーザ上準位のエネルギーバンドの底部分に多く存在する。そのため、200K未満の温度では、レーザ上準位に存在するキャリアのうち、LOフォノンにより散乱されてレーザ下準位に遷移する割合は、誘導放出により遷移する割合よりも十分に小さい。
【0006】
しかしながら、温度が上昇すると、キャリアは熱により励起され、その分布は例えば擬フェルミ分布に近づく。熱によりレーザ上準位のエネルギーバンドの底部分よりも上の準位に励起されたキャリアのエネルギーとレーザ下準位のエネルギーとの差が、そのQCLの量子井戸層を構成する化合物半導体のLOフォノンの振動エネルギーに一致すると、熱により励起されたキャリアはLOフォノンにより散乱されてレーザ下準位に遷移する。この遷移は、レーザ上準位からレーザ下準位への誘導放出よりも高い確率で起こる。つまり、熱により励起されたキャリアは、電磁波の発生によってではなくLOフォノンによる散乱によってエネルギーを失う。それだけでなく、熱により励起されたキャリアがLOフォノンにより散乱されてレーザ下準位に遷移すると、エネルギーを失ったキャリアがレーザ下準位を占有するので、反転分布の発生が抑制される。これらのことから、レーザ発振が抑制される。
【0007】
例えば、上述のQCLでは、レーザ上準位に存在するキャリアが熱によって約23meVのエネルギーを得ると、LOフォノンによる散乱(非輻射遷移)が支配的となり、よって、レーザ発振が抑制される。ここで、LOフォノンの振動エネルギーは材料に固有の物性値である。そのため、テラヘルツ帯の電磁波を発生可能なQCLにおいて量子井戸層としてLOフォノン振動エネルギーが約36meVであるGaAs層を用いると、そのQCLを室温(300K(約26℃))で動作させることは困難であった。
【0008】
特開2013−171842号公報(特許文献1)には、テラヘルツ帯の電磁波を発生可能なQCLにおいて量子井戸層としてGaAsとは異なる化合物半導体からなる層を用いることが提案されている。特許文献1では、量子井戸層としてGaN層が用いられている。GaNのLOフォノンの振動エネルギーは92meV程度である。そのため、上述の熱励起フォノン散乱の発生を防止できると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2013−171842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
図7に、特許文献1に開示されたGaN系THz−QCLのサブバンド構造を示す(特許文献1の図13に対応)。このGaN系THz−QCLでは、c面GaN層の上面にAlGaN/GaN系のMQW構造が形成されており、図7には、レーザ発振可能な程度にバイアス電圧が印加された状態のサブバンド構造を示す。図7に1unitとして示されているのはQCLの1周期である。QCLの1周期には、2つの量子井戸層が含まれている。レーザ発振可能な程度にバイアス電圧が印加された状態では、電子は、左側の量子井戸のエネルギー準位(3)から右側の量子井戸層のエネルギー準位(2)に発光遷移を生じ、エネルギー準位(2)の電子はLOフォノン散乱によりエネルギー準位(1)へと高速に緩和する。この機構を利用するため、エネルギー準位(2)とエネルギー準位(1)との差はGaNの縦光学フォノン(LOフォノン)エネルギーに相当する約92meVの差が設けられている。THz帯の発光エネルギーは4〜45meV程度の間であることから、GaNのLOフォノンエネルギーは、THz帯の発光エネルギーよりも大きく、仮に発光エネルギーを3THz(約13meV)とすれば、発光エネルギーの約7倍ものエネルギーをLOフォノン散乱により失うことになる。このことはつまり、QCLの駆動に投入された電力のうちの大半はフォノン散乱、つまり、熱となって消費されてしまい、特許文献1に示された構造、一般的にはフォノン共鳴引き抜き構造(Resonant Phonon Depopulation)ではデバイスの電力効率が低くなってしまうという問題があった。
【0011】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的は、室温でも安定にレーザ発振可能なTHz−QCLを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の量子カスケードレーザ(QCL)は、半導体基板と、前記半導体基板上に設けられ、量子井戸発光層及び注入層からなる単位積層体が多段に積層され、前記量子井戸発光層と前記注入層とが交互に積層されたカスケード構造を有する活性層とを備え、前記活性層に含まれる複数の前記単位積層体のそれぞれは、そのサブバンド準位構造において、発光上準位と、発光下準位と、緩和準位として機能し、前記発光上準位と前記発光下準位とのエネルギー差(EUL)よりも小さなエネルギー間隔で存在する2以上のエネルギー準位から構成される緩和ミニバンドとを有し、前記緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、縦光学フォノンのエネルギー(ELO)から、前記発光上準位と前記発光下準位の差(EUL)を引いたエネルギー(ELO−EUL)よりも小さく設定され(EMB<ELO−EUL)、前記量子井戸発光層における前記発光上準位から前記発光下準位への電子のサブバンド間遷移によって光が生成されるとともに、前記サブバンド間遷移を経た電子は、前記注入層に含まれる前記緩和ミニバンド内を緩和して、前記注入層から後段の単位積層体の量子井戸発光層へと注入されるように構成されたことを特徴とする。
【0013】
本発明のQCLは、前記緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、縦光学フォノンのエネルギー(ELO)から、前記発光上準位と前記発光下準位とのエネルギー差(EUL)と、ボルツマン定数(k)と温度(T)との積により求められる温度エネルギー(kT)を引いたエネルギーよりも小さい(EMB<ELO−EUL−EkT)ことが好ましい。
【0014】
本発明のQCLは、前記緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、ボルツマン定数(k)と温度(T)との積により求められる温度エネルギー(kT)よりも大きい(EMB>EkT)ことが好ましい。
【0015】
本発明のQCLは、前記緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、26meVよりも大きい(EMB>26meV)ことが好ましい。
【0016】
本発明のQCLは、前記単位積層体が、AlInGa(1−x−y)N(0≦x≦1、0≦y≦1)により表される材料からなることが好ましい。
【0017】
本発明のQCLにおいて、前記半導体基板がGaNからなり、その上面とGaNのm面({1−100}面)との成す角度が−5度以上であり、かつ+5度以内であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、室温(300K(約26℃))でも安定にレーザ発振させることができ、かつ低消費電力なQCLを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態のQCLの断面図である。
図2】本発明の一実施形態の活性層のエネルギーバンド構造及び波動関数の形状を示す図である。
図3】本発明の一実施形態の電子の流れを示す図である。
図4】本発明の一実施形態のミニバンド幅の設計指針を示す図である。
図5】本発明の一実施形態のミニバンド幅の設計指針を示す図である。
図6】本発明の一実施形態のQCLの断面図である。
図7】特許文献1に開示されたQCLのエネルギー状態を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について図面を用いて説明する。以下では、テラヘルツ帯の電磁波を発生させるQCLについて示すが、本発明のQCLはテラヘルツ帯の電磁波を発生させるQCLに限定されない。なお、本発明の図面において、同一の参照符号は、同一部分又は相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さ等の寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、実際の寸法関係を表すものではない。
【0021】
[第1の実施形態]
≪QCLの構造≫
図1は、本発明の第1の実施形態のQCL10の断面図である。図1に示す例のQCL10は、半導体基板100と、半導体基板100の上面に設けられた歪緩和層101と、第1コンタクト層11と、第1コンタクト層11の上面に設けられた活性層12と、活性層12の上面に設けられた第2コンタクト層13と、第2コンタクト層13の上面に接する上部電極(第2電極)14と、第1コンタクト層11に接し、活性層12と並ぶように設けられる下部電極(第1電極)15とを備える。活性層12は、2つ以上の活性層ユニットが積層されて構成されている。活性層ユニットのそれぞれは、井戸層とバリア層とを少なくとも1層ずつ有し、井戸層とバリア層とが交互に積層されて構成されている。
【0022】
QCL10では、幅が例えば100μmのメサ形状となるように第1コンタクト層の上面側の一部と活性層12と第2コンタクト層13とがエッチングされており、これにより導波路が形成されている。QCL10の用途に応じて導波路の幅を変更することができ、「100μm」はテラヘルツ帯の電磁波のシングルモード発振が可能な導波路の幅の一例に過ぎない。
【0023】
<半導体基板>
半導体基板100は、化合物半導体(第1化合物半導体)からなる。第1化合物半導体は、好ましくは一般式Alx1Iny1Ga(1−x1−y1)N(0≦x1≦1、0≦y1≦1)で表される。より好ましくは、第1化合物半導体は、後述の量子井戸発光層に用いられる材料の格子定数に近い格子定数を有する材料であり、つまり、GaN、InN、後述の第4化合物半導体、又は、GaN又はInNの格子定数と第4化合物半導体の格子定数との間の格子定数を有する材料である。
【0024】
例えば、半導体基板100は、m面({1−100}面)自立GaN基板であることが好ましい。より好ましくは、半導体基板100は、その上面が面方位(1−100)を有するようにカットされた後に研磨されたm面自立GaN基板である。これにより、結晶品質に優れたAlGaN/GaN系のMQW構造を成長させることができる。半導体基板100は、GaNからなり、その上面とGaNのm面({1−100}面)との成す角度が−5度以上であり、かつ+5度以内(さらに好ましくは−1度以上であり、かつ+1度以内)であることが好ましい。この場合であっても結晶品質に優れたAlGaN/GaN系のMQW構造を成長させることができることを本発明者らは確認している。
【0025】
<歪緩和層>
歪緩和層101は、単一層の化合物半導体または、異なる組成を有する複数層の化合物半導体(まとめて化合物半導体群)からなる。後述の活性層12に含まれるAlGaN層に発生する引張り歪を低減させる目的で、半導体基板100の格子定数を緩和させる目的で設けられる。歪緩和層101は、好ましくは一般式Alx2Iny2Ga(1−x2−y2)N(0≦x2≦1、0≦y2≦1)で表される化合物半導体を複数組み合わせる。より好ましくは、約25nmのAlN層と約1μmのAlGaN層の2層構造である。2層目のAlGaN層の好ましい構成は、後述の第4化合物半導体の組成と略同一であり、例えば、Al0.145Ga0.855Nであることが最も好ましい。
【0026】
<コンタクト層>
第1コンタクト層11は、下部電極15と良好なオーミックコンタクトを取ることが求められる。さらに、活性層12に光を閉じ込めることができるよう、発光する波長の光を強く吸収することが求められる。このような目的を果たすために、n型ドーパント(例えばSi)を含むことが好ましい。これにより、第1コンタクト層11自体の抵抗を低減でき、また、第1コンタクト層11と下部電極15との接触抵抗も低減できる。さらに、フリーキャリア吸収によりテラヘルツ帯の電磁波を吸収する。第1コンタクト層11におけるn型ドーパント濃度は、好ましくは1×1017/cm以上5×1019/cm以下であり、より好ましくは1×1017/cm以上3×1018/cm以下である。
【0027】
このような第1コンタクト層11の厚さは、好ましくは10nm以上1μm以下であり、より好ましくは100nm以上500nm以下である。
【0028】
<活性層>
(井戸層)
活性層12は2以上の量子井戸により構成される活性層ユニットが複数繰り返し積層されることで形成される。量子井戸は井戸層とバリア層を交互に積層することにより形成される。井戸層は化合物半導体(第3化合物半導体)からなる。第3化合物半導体は、後述のバリア層に用いられる第4化合物半導体よりも小さなバンドギャップを有する材料であり、好ましくは一般式Alx3Iny3Ga(1−x3−y3)N(0≦x3≦1、0≦y3≦1)で表され、より好ましくはGaN、又は、半導体基板100の材料である第1化合物半導体の格子定数と近い格子定数を有するようにx3及びy3の少なくとも1つが調整されたAlx3Iny3Ga(1−x3−y3)Nである。半導体基板100がm面自立GaN基板などのGaN基板である場合には、第3化合物半導体はGaNであることが好ましい。これにより、GaNからなる量子井戸層の結晶品質を高めることができる。
【0029】
(バリア層)
バリア層は化合物半導体(第4化合物半導体)からなる。第4化合物半導体は前述の第3化合物半導体よりも大きなバンドギャップを有する材料であることが好ましく、好ましくは一般式Alx4Iny4Ga(1−x4−y4)N(0≦x4≦1、0≦y4≦1)で表される。より好ましくはAl0.145Ga0.855Nである。
【0030】
(活性層全体)
活性層ユニット内では、複数の量子井戸(バリア層と井戸層を交互に積層させた構造)を並べることにより複数の量子準位(電子が井戸層内に閉じ込められることにより量子化された結果発現する準位)を結合させてミニバンドと呼ばれる状態を形成させる。ここで、好適な活性層ユニットの一例を示す。活性層ユニットは合計18層(井戸層9層、バリア層9層)から成り、下記の通り表される。(a)〜(i)は後述の説明に用いるために付与している。
【0031】
・第1層(a) :GaN 9.2nm
・第2層 :Al0.145Ga0.855N 2.4nm
・第3層(b) :GaN 16.5nm
・第4層 :Al0.145Ga0.855N 1.5nm
・第5層(c) :GaN 10.8nm
・第6層 :Al0.145Ga0.855N 1.0nm
・第7層(d) :GaN 9.5nm
・第8層 :Al0.145Ga0.855N 0.6nm
・第9層(e) :GaN 9.5nm
・第10層 :Al0.145Ga0.855N 0.6nm
・第11層(f):GaN 9.5nm
・第12層 :Al0.145Ga0.855N 0.6nm
・第13層(g):GaN 9.5nm
・第14層 :Al0.145Ga0.855N 0.6nm
・第15層(h):GaN 9.5nm
・第16層 :Al0.145Ga0.855N 0.6nm
・第17層(i):GaN 9.5nm
・第18層 :Al0.145Ga0.855N 3.2nm
なお、上述の活性層ユニット構成は一例であり、活性層ユニットのそれぞれにおける井戸層の層数及びバリア層の層数及び層厚は特に限定されない。また、第11層にはドーパントとしてシリコン(Si)が5×1017cm−3の濃度でドーピングされている。
【0032】
活性層12は活性層ユニットを繰り返し形成することによって得られ、その厚さは、好ましくは0.5μm以上100μm以下であり、より好ましくは1μm以上20μm以下である。
【0033】
<第2コンタクト層>
第2コンタクト層13は、化合物半導体(第5化合物半導体)からなる。第5化合物半導体は、好ましくは一般式Alx5Iny5Ga(1−x5−y5)N(0≦x5≦1、0≦y5≦1)で表される。より好ましくは、第5化合物半導体は、GaNである。
【0034】
第2コンタクト層13は、n型ドーパント(例えばSi)を含むことが好ましい。これにより、第2コンタクト層13自体の抵抗を低減でき、また、第2コンタクト層13と上部電極14との接触抵抗も低減できる。第2コンタクト層13におけるn型ドーパント濃度は、好ましくは1×1017/cm以上1×1020/cm以下であり、より好ましくは1×1018/cm以上5×1019/cm以下である。
【0035】
このような第2コンタクト層13の厚さは、好ましくは10nm以上1μm以下であり、より好ましくは100nm以上500nm以下である。
【0036】
<上部電極、下部電極>
上部電極14は、第2コンタクト層13とは良好なオーミック特性を有する金属材料からなることが好ましく、例えば、Ti層とAl層とが積層されて構成されたオーミック電極である。上部電極14は、Ti及びAlとは異なる金属からなっても良いし、透明な酸化物電極であっても良い。
【0037】
下部電極15は、第1コンタクト層11とは良好なオーミック特性を有する金属材料からなることが好ましく、例えば、Ti層とAl層とが積層されて構成されたオーミック電極である。下部電極15は、Ti及びAlとは異なる金属からなっても良いし、透明な酸化物電極であっても良い。
【0038】
≪効果の検証≫
シミュレーションによって本実施形態の効果を検証した。このシミュレーションでは、電子のハミルトニアンとして単一バンドハミルトニアンを仮定し、活性層ユニット当たりに約45mVのバイアス電圧を印加した場合の電子のポテンシャルエネルギー及び波動関数を算出した。その計算結果を図2に示す。
【0039】
図2では、横軸には活性層の厚さ方向における位置を表し、縦軸には電子のポテンシャルエネルギーを表す。図2に示されるように、本発明における活性層12は、量子井戸発光層(発光層)及び注入層からなる単位積層体(活性層ユニット)が多段に積層され、前記発光層と前記注入層とが交互に積層されたカスケード構造を有する。図2において、発光層および注入層を含む、点線で囲まれた「1周期」が1つの活性層ユニットを表す。太線で描かれたエネルギー準位L1,L2,L3,L1’,L2’,L3’が光学遷移、つまり発光に関わるエネルギー準位である。縦軸の値が電子のポテンシャルエネルギーを表し、その形状が波動関数の形状を表す。また、上記L1〜L3、L1’〜L3’以外の光学遷移に関わらないエネルギー準位についても細線を用いて図示してある(記号の付与はせず)。
【0040】
図2に示したとおり、合計18層の活性層ユニットは多くのエネルギー準位を含む。まず、図2の井戸層(a)および(b)に主に電子が存在するエネルギー準位L1〜L3は光学遷移に関わるエネルギー準位である。エネルギー準位L1,L2はレーザ上準位(発光上準位)であり、エネルギー準位L1,L2に注入された電子は光を放出しながらレーザ下準位(発光下準位)であるエネルギー準位L3へと緩和する。このとき、エネルギー準位L1,L2とエネルギー準位L3とのエネルギー差が発光エネルギーになる。図2に示された構造の場合、エネルギー準位L2とエネルギー準位L3とのエネルギー差は約14.1meVである。周波数では約3.2THzである。エネルギー準位L2とほとんど離れておらず、エネルギー準位L1もエネルギー準位L2と同様、光学遷移に関わる。
【0041】
次に、エネルギー準位L3とエネルギー準位L1’(またはエネルギー準位L2’)の間には、井戸層(b)〜(i)に電子が存在可能な(波動関数が値を有する)エネルギー準位が多く存在する。多くの波動関数は異なる井戸間にまたがって値を有し、各エネルギー準位の間隔も数meVと、光学遷移のエネルギー差よりも小さいため、光学遷移でエネルギー準位L3(井戸層(b))に緩和した電子は井戸層(c)〜(i)へとエネルギーを失いながら連続的に遷移することが可能になる。このように、複数の井戸層を結合させて井戸間を電子が連続的に遷移することが可能なエネルギー準位の集合体を一般的に緩和ミニバンドと呼ぶ。このように、本発明において、活性層に含まれる複数の単位積層体(活性層ユニット)のそれぞれは、そのサブバンド準位構造において、発光上準位と、発光下準位と、緩和準位として機能し、前記発光上準位と前記発光下準位とのエネルギー差(EUL)よりも小さなエネルギー間隔で存在する2以上のエネルギー準位から構成される緩和ミニバンドとを有する。
【0042】
図2に示された構造の場合、緩和ミニバンドは、空間的には井戸層(c)〜(i)にわたって広がり、エネルギー的にはエネルギー準位L3からエネルギー準位L1’にわたる。緩和ミニバンドの上端と下端のエネルギー差を緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)と規定すると、図2の構造において、緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は約27.6meVである。ここで、本発明における緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、縦光学フォノンのエネルギー(ELO)から、前記発光上準位と前記発光下準位の差(EUL)を引いたエネルギー(ELO−EUL)よりも小さく設定される(EMB<ELO−EUL)。
【0043】
図3を用いて電子の流れと発光のプロセスについて説明する。井戸層(a)を通じて井戸層(b)のエネルギー準位L1およびエネルギー準位L2に注入された電子は、発光を伴いながら井戸層(b)のエネルギー準位L3に遷移する。井戸層(b)のエネルギー準位L3に遷移した電子はトンネル効果により井戸層(c)に注入される。井戸層(c)に注入された電子は緩和しながら井戸層(c)→井戸層(d)→井戸層(e)→井戸層(f)→井戸層(g)→井戸層(h)→井戸層(i)へと連続的に緩和ミニバンド内を移動し、井戸層(i)から後段の活性層ユニット(a)(エネルギー準位L1’,L2’)に注入される。このように、本発明においては、前記量子井戸発光層における前記発光上準位から前記発光下準位への電子のサブバンド間遷移によって光が生成されるとともに、前記サブバンド間遷移を経た電子は、前記注入層に含まれる前記緩和ミニバンド内を緩和して、前記注入層から後段の単位積層体の量子井戸発光層へと注入されるように構成される。
【0044】
ここで、緩和ミニバンドを介したエネルギー準位L3からエネルギー準位L1’への緩和は電子−電子散乱、界面ラフネス散乱、不純物散乱、音響フォノン散乱などを通じて非常に高速に生じる。エネルギー準位L1,L2からエネルギー準位L3への光学遷移(誘導放出遷移)よりもエネルギー準位L3から電子が引き抜かれる速さの方が高速であるので、エネルギー準位L1,L2とエネルギー準位L3との間は反転分布状態となり、利得が発生する。この状態で外部に共振器を設け、利得が共振器内のロスを上回るとQCL10はレーザ発振状態になる。
【0045】
本発明においては、緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)は、縦光学フォノンのエネルギー(ELO)から、発光上準位と発光下準位とのエネルギー差(EUL)と、ボルツマン定数(k)と温度(T)との積により求められる温度エネルギー(kT)を引いたエネルギーよりも小さい(EMB<ELO−EUL−EkT)ことが好ましい。以下、縦光学フォノンのエネルギー(ELO)、発光波長(発光エネルギー(ETHz)、もしくはレーザ上準位(発光上準位)であるエネルギー準位L1またはエネルギー準位L2とレーザ下準位(発光下準位)であるエネルギー準位L3との差(EUL))、緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)と温度エネルギー(EkT)間の最も好適な関係、つまり、QCLの好適な設計指針について述べる。
【0046】
LOフォノン散乱による電子の緩和は一般的に上述の誘導放出による緩和よりも非常に高速なプロセスであるため、エネルギー準位L1,L2に存在する電子LOフォノン散乱による拡散を防ぐ必要がある。また、温度が上昇すると、電子は熱により高いエネルギーを持つことが可能になる。平均的な熱エネルギーを、ボルツマン定数(k)と温度(T)との積により求められる温度エネルギー(kT)と定義する。温度エネルギー(kT)は、例えば室温300Kでは約26meVである。
【0047】
まず、上述のLOフォノン散乱の高速性より、エネルギー準位L1またはエネルギー準位L2からLOフォノンエネルギー(ELO)分下がったところに許される状態(緩和ミニバンド)が存在すると、エネルギー準位L1またはエネルギー準位L2の電子は発光せずにLOフォノン散乱により非発光遷移してしまうので、エネルギー準位L1またはエネルギー準位L2からLOフォノンエネルギー(ELO)分だけ低いエネルギーにエネルギー準位が存在しないように設計されるのが好ましい。ここで、図4は、本発明の一実施形態のミニバンド幅の設計指針を示す図である。また、図4(a)に示されるように、エネルギー準位L1またはエネルギー準位L2から温度エネルギー(kT)分高い状態からLOフォノンエネルギー(ELO)分だけ低い状態にエネルギー準位が存在しないと、熱励起された電子のLOフォノン散乱による緩和機構が抑制できるので、温度が上昇してもQCLの反転分布は保たれる。
【0048】
図4(b)のように、エネルギー準位L1またはエネルギー準位L2からLOフォノンエネルギー(ELO)分だけ低いエネルギーにエネルギー準位が存在しなくても、温度エネルギー(kT)分だけ高いエネルギーからLOフォノンエネルギー(ELO)分だけ低いエネルギーにエネルギー準位(緩和ミニバンド)が存在すると、温度が上昇して熱励起された電子がLOフォノン散乱により緩和してしまうため、温度上昇とともに反転分布が小さくなるという問題点が発生する。
【0049】
上述の条件から、好適な条件として、
kT+EMB+ETHz−ELO0 式(1)
が導かれる。ELOは、材料固有の物性値であり、EkTはデバイスを動作させたい温度によって決まるため、動作温度と発光波長が決まると、
MBLO−EkT−ETHz 式(2)
により望ましいEMBを設計することができる。
【0050】
上記式(2)の条件に加えて、さらに好適な指針を図5を用いて示す。図5(a)のように、EMB<EkTの場合、緩和ミニバンドの底付近のエネルギー準位L1’,L2’の電子は熱励起により緩和ミニバンドの上端付近、つまりエネルギー準位L3へと一部遷移することが可能になる。熱励起によるエネルギー準位L3への遷移は、エネルギー準位L1,L2とエネルギー準位L3との間での反転分布を抑制することになる。このため、図5(b)に示すように、
MB>EkT 式(3)
を満たすように緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)が設計されることが好ましい。
【0051】
上記式(2)及び上記式(3)から、緩和ミニバンドのエネルギー幅設計の指針として下記式(4)が導かれる。
【0052】
kT<EMB<ELO−EkT−ETHz 式(4)
ここで、QCL10の井戸層はGaNであり、LOフォノンエネルギー(ELO)は92meVである。さらに、発光エネルギーETHzは14.1meVであり、室温300Kでの動作を想定すると、EkTは26meVであるから好適なミニバンドのエネルギー幅EMBの条件は上記式(4)から26meV以上、51.9meV以下となる。図2から明らかなように、QCL10のミニバンドのエネルギー幅は27.6meVであるから、上記式(4)を満たし、室温300Kにおいても動作が可能である。
【0053】
≪QCLの製造≫
まず、例えば分子線エピタキシー法(MBE:Molecular Beam Epitaxy)又は有機金属気相成長法(MOVPE:Metal Organic Vapor Phase Epitaxy)によって、半導体基板100の上面に歪緩和層101、第1コンタクト層11、活性層12及び第2コンタクト層13を形成する。次に、例えば電子線蒸着法によって、第2コンタクト層13の上面に上部電極14を形成し、半導体基板100の下面に下部電極15を形成する。続いて、例えばRIE(Reactive Ion Etching)法によって、上部電極14、第2コンタクト層13、活性層12及び第1コンタクト層11の一部をエッチングして図1に示すメサ形状を形成する。さらに、へき開によりメサと垂直方向(紙面と平行な面)の両端に光学ミラー構造を形成する。このようにして図1に示すQCLが得られる。
【0054】
ここで、図7に示した従来のQCL(特許文献1に開示されたQCL)に対する本発明の実施形態1のQCL10の利点を示す。従来のQCLは図7のエネルギー準位(2)(本発明の第1の実施形態のQCL10のエネルギー準位L3に相当)からエネルギー準位(1)へと電子を高速に引き抜く機構にLOフォノン散乱を利用しているため、縦光学フォノンのエネルギー(ELO)に相当するエネルギー分だけ、投入電力のロスが生じる。一方、本発明の第1の実施形態のQCL10の場合、エネルギーのロスは緩和ミニバンドのエネルギー幅(EMB)である。例えば、従来のQCLおよび本発明の第1の実施形態のQCL10のようにGaNを材料として用いる場合、従来のQCLのエネルギーロスは92meVである一方、本発明の第1の実施形態のQCL10のエネルギーロスは27.6meVと、約3分の1で済むため、本発明の第1の実施形態のQCL10では、より高効率なテラヘルツ光の発生が可能になる。
【0055】
[第2の実施形態]
図6は、本発明の第2の実施形態のQCL20の断面図である。図6に示す本発明の第2の実施形態のQCL20では、歪緩和層101上に、第1コンタクト層を介さずに活性層12が積層されており、下部電極15’が基板100の下面に設けられている。このような第2の実施形態のQCL20の場合、下部電極を上部電極の反対側に取ることができるため、上述した第1の実施形態のQCL10と比較して、放熱性に優れたジャンクションダウン(活性層をヒートシンクに取り付ける構成)を取ることが可能になるという利点がある。
【0056】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0057】
10,20 QCL、100 半導体基板、101 歪緩和層、11 第1コンタクト層、12 活性層、13 第2コンタクト層、14 上部電極、15,15’ 下部電極。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7