特許第6371912号(P6371912)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ユミコアの特許一覧 ▶ ユミコア・コリア・リミテッドの特許一覧

特許6371912リチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物カソード材料用のカーボネート前駆体及びその製造方法
<>
  • 特許6371912-リチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物カソード材料用のカーボネート前駆体及びその製造方法 図000007
  • 特許6371912-リチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物カソード材料用のカーボネート前駆体及びその製造方法 図000008
  • 特許6371912-リチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物カソード材料用のカーボネート前駆体及びその製造方法 図000009
  • 特許6371912-リチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物カソード材料用のカーボネート前駆体及びその製造方法 図000010
  • 特許6371912-リチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物カソード材料用のカーボネート前駆体及びその製造方法 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6371912
(24)【登録日】2018年7月20日
(45)【発行日】2018年8月8日
(54)【発明の名称】リチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物カソード材料用のカーボネート前駆体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20180730BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20180730BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20180730BHJP
【FI】
   H01M4/525
   H01M4/505
   C01G53/00 A
【請求項の数】20
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-535975(P2017-535975)
(86)(22)【出願日】2015年9月30日
(65)【公表番号】特表2017-530086(P2017-530086A)
(43)【公表日】2017年10月12日
(86)【国際出願番号】IB2015057491
(87)【国際公開番号】WO2016055910
(87)【国際公開日】20160414
【審査請求日】2017年3月27日
(31)【優先権主張番号】14188028.6
(32)【優先日】2014年10月8日
(33)【優先権主張国】EP
(31)【優先権主張番号】15164468.9
(32)【優先日】2015年4月21日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】501094270
【氏名又は名称】ユミコア
(73)【特許権者】
【識別番号】517107151
【氏名又は名称】ユミコア・コリア・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ジン・フ
(72)【発明者】
【氏名】ホンピョオ・ホン
(72)【発明者】
【氏名】イェンス・パウルセン
(72)【発明者】
【氏名】ジンドゥ・オ
(72)【発明者】
【氏名】ダニエル・ネリス
(72)【発明者】
【氏名】エリック・ロベール
【審査官】 山口 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】 特表2006−503789(JP,A)
【文献】 特表2008−535173(JP,A)
【文献】 特開平11−240721(JP,A)
【文献】 特開2016−153347(JP,A)
【文献】 特開昭59−146943(JP,A)
【文献】 特表2017−536654(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第103708561(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G25/00−47/00,49/10−99/00
H01M4/00−4/62
CAplus(STN)
REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続反応器において、Li−M酸化物カソード材料のM−カーボネート前駆体を製造する方法であって[式中、M=NiMnCo、Aはドーパントであり、x>0、y>0、0≦z≦0.35、0≦n≦0.02、及びx+y+z+n=1]:
Niイオン、Mnイオン、Coイオン、及びAイオンを含み、かつモル金属含量M”フィードを有するフィード溶液を提供する工程と、
カーボネート溶液及びビカーボネート溶液のいずれか1つ又は両方を含み、かつNaイオン及びKイオンのいずれか一方又は両方を更に含む、イオン溶液を提供する工程と、
M’イオンを含み、かつ金属含量(モル)、M’シードを有するスラリーを提供する工程であって、M’=Nix’Mny’Coz’A’n’の式中、A’がドーパントであり、0≦x’≦1、0≦y’≦1、0≦z’≦1、0≦n’≦1、かつx’+y’+z’+n’=1であり、モル比M’シード/M”フィードは、0.001〜0.1である、提供する工程と、
反応器内で、フィード溶液と、イオン溶液と、スラリーとを混合することにより、反応液体混合物を得る工程と、
反応液体混合物中のシード上にカーボネートを沈殿させることにより、反応した液体混合物と、Mカーボネート前駆体とを得る工程と、
反応した液体混合物からMカーボネート前駆体を分離する工程と、を含む、方法
【請求項2】
前記シードの中位径D50が0.1〜3μmである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
M’イオンが、非水溶性の化合物、すなわちM’CO、M’(OH)、M’−オキシド、及びM’OOΗのいずれかとして存在する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
Niイオン、Mnイオン、Coイオン、及びAイオンが、水溶性のスルフェート化合物として存在する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
M’シード/M”フィードが0.001〜0.05である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
A及びA’が、Mg、Al、Ti、Zr、Ca、Ce、Cr、Nb、Sn、Zn、及びBからなる群の元素のうちのいずれか1種以上である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記反応器におけるNHの濃度が5.0g/L未満である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
M=M’である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記スラリー中の固形分含量が30〜300g/Lである、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記反応器が連続式撹拌槽型反応器(CSTR)である、請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記Mカーボネート前駆体の中位径が、M’シード/M”フィード比をもとに求められる、請求項5に記載の方法。
【請求項12】
前記非水溶性の化合物がMnCO又はTiOのいずれかである、請求項3に記載の方法。
【請求項13】
前記イオン溶液が、水酸化物溶液を更に含み、OH/COモル比、又はOH/HCOモル比、あるいはこれらの両方のモル比が1/10未満である、請求項1〜12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記分離したMカーボネート前駆体を乾燥及び粉砕する最終工程を更に含み、スパン<2である前記乾燥及び粉砕したMカーボネート前駆体が得られるよう前記M’シード/M”フィード比が選択される、請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
再充電可能バッテリー用のリチウムMオキシドカソード材料の製造方法であって、
請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法によりMカーボネート前駆体を提供する工程と、
Li前駆体化合物を提供する工程と、
MカーボネートとLi前駆体とを混合する工程と、
かかる混合物を、600〜1100℃の温度にて少なくとも1時間焼成する工程と、を含む、製造方法。
【請求項16】
再充電可能バッテリー用のリチウムMオキシドカソード材料の製造方法であって、
請求項4に記載の方法によりMカーボネート前駆体を提供する工程と、
Li前駆体化合物を提供する工程と、
MカーボネートとLi前駆体とを混合する工程と、
かかる混合物を、600〜1100℃の温度にて少なくとも1時間焼成する工程と、を含む、製造方法。
【請求項17】
再充電可能バッテリー用のリチウムMオキシドカソード材料の製造方法であって、
請求項5に記載の方法によりMカーボネート前駆体を提供する工程と、
Li前駆体化合物を提供する工程と、
MカーボネートとLi前駆体とを混合する工程と、
かかる混合物を、600〜1100℃の温度にて少なくとも1時間焼成する工程と、を含む、製造方法。
【請求項18】
再充電可能バッテリー用のリチウムMオキシドカソード材料の製造方法であって、
請求項6に記載の方法によりMカーボネート前駆体を提供する工程と、
Li前駆体化合物を提供する工程と、
MカーボネートとLi前駆体とを混合する工程と、
かかる混合物を、600〜1100℃の温度にて少なくとも1時間焼成する工程と、を含む、製造方法。
【請求項19】
再充電可能バッテリー用のリチウムMオキシドカソード材料の製造方法であって、
請求項8に記載の方法によりMカーボネート前駆体を提供する工程と、
Li前駆体化合物を提供する工程と、
MカーボネートとLi前駆体とを混合する工程と、
かかる混合物を、600〜1100℃の温度にて少なくとも1時間焼成する工程と、を含む、製造方法。
【請求項20】
再充電可能バッテリー用のリチウムMオキシドカソード材料の製造方法であって、
請求項14に記載の方法によりMカーボネート前駆体を提供する工程と、
Li前駆体化合物を提供する工程と、
MカーボネートとLi前駆体とを混合する工程と、
かかる混合物を、600〜1100℃の温度にて少なくとも1時間焼成する工程と、を含む、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池用のカソード材料として使用されるリチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物のためのカーボネート前駆体材料、及びかかるカーボネート前駆体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在及び将来的な応用として、高エネルギー密度を有するLiバッテリーが必要とされている。高エネルギー密度は、高体積密度及び高比可逆放電容量のいずれか、あるいは(好ましくは)両方を有するカソードにより達成され得る。長い間、LiCoO(又は「LCO」)が充電型リチウム電池等の主流のカソード材料であった。LCOは相対的に高い容量(3〜4.3Vでサイクルさせたとき、150〜160mAh/g)と、高密度(真の密度は約5.05g/cm)とを備え、製造が比較的容易である。LCOはLiの拡散が相対的に高いことから、表面積の小さい(0.1〜0.5m/g)大型(大きさ10〜20μm)で高密度の粒子を利用することができる。市販のLCOはロバスト(robust)であり、カソード粉末の製造が容易である。
【0003】
しかしながら、LCOは重大な欠点も有している。主な欠点には、コバルト資源が比較的希少であることに伴い、コバルト金属の価格が比較的高額であるというものがある。更に悪いことに、歴史的にコバルトの価格は乱高下しており、このような変動が、LiCoOの代替物を考案する必要性を高めている可能性がある。過去数年以内に上市されたLCOの主要な代替物にリチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物(「NMC」とも呼ばれる)がある。この材料は、一般式Li(1+m)(NiMnCO1−m2+δ[式中、x+y+z=1、0≦δ≦0.3、0≦m≦0.5]を有するLiMnO−LiNiO−LiCoOの三元系状態図に属する。NMCは、低コストであり、動作電圧が高く、かつLi貯蔵量がLCOよりも多く、過去数年間で需要が増大している。更に、この組成はドーピングにより変えることができる。例えば、Al、Mg、Ti及び時にはZrのような元素がCo、Ni又はMnを部分的に置換できることが知られている。この複雑な三元系状態図内で、組成が異なり、性能も極めて異なる電気化学的に活性な相を製造する際の自由度は高い。
【0004】
概して、NMCカソード材料などの複雑な組成を有するカソード材料の製造に際し、混合遷移金属水酸化物などの特別な前駆体が使用される。理由は、高性能Li−M−Oは十分に混合された遷移金属カチオンを必要とするためである。「過焼結」(典型的にはLiCOなどのLi前駆体の長時間の高温焼結)せずに、この使用を達成するためには、カソード前駆体は、遷移金属を混合遷移金属水酸化物において提供されるようによく混合された形(原子レベルで)で含有する必要がある。混合型水酸化物は、典型的には、例えば、pH制御下で、NaOHと混合されたM−SO流から沈殿させるなどして、反応物を沈殿させて、好適な形態の前駆体を得ることにより製造される。NMC水酸化物原材料は、低比表面積であり、かつタップ密度(TD)が比較的高く、ひいてはそれにより得られるNMCも低比表面積であり、TDが比較的高いという利点を有している。Liイオン電池の高エネルギー密度は、このような高TDカソード材料を使用することにより達成され得る。
【0005】
近年、電動輸送機器(xEV)及び電動工具に使用される、レート性能及びサイクル寿命安定性の優れた電池が求められている。特定領域の陽極材料を増加させることにより、電池の急速充放電(良好なレート性能としても知られる)に対する要求に対処できる。ニッケル・マンガン・コバルト水酸化物前駆体を、相当するカーボネート前駆体と比較すると、後者は、比表面積が高く、球状の形態を有しており、高タップ密度を提供するという利点を有する。しかしながら、従来のカーボネート前駆体の製造方法である沈殿法は、安定性が低いという欠点を有する。結果として、得られるカーボネート前駆体の粒子径は、沈殿中に絶え間なく変動する。また、沈殿プロセス中の沈殿パラメーターを変更させることによりカーボネート前駆体の粒子径を調整することも非常に難しいため、この方法は、大量生産を目的とした際には柔軟性を欠いてしまう。カーボネート前駆体製造プロセスは、沈殿安定性及び粒子径の調節性が求められることを主要な課題としているため、現在のところ、NMCの大量生産においてカーボネート前駆体を現実的に応用するには克服しなければならない問題がある。
【0006】
例えば、米国特許第2011/0114900号では、出発材料としてニッケル・マンガン・コバルトカーボネート前駆体を使用する方法がすでに提案されている。この特許文献では、高比表面積及び高タップ密度を備えたニッケル・マンガン・コバルトカーボネート前駆体の製造方法が例示されており、この方法は、ニッケル塩、マンガン塩、コバルト塩、を含む溶液Aと、金属カーボネート又は金属ビカーボネートを含む溶液Bとを、溶液Aにおけるニッケル塩、マンガン塩、及びコバルト塩のアニオンと同じアニオンと、溶液Bにおける金属カーボネート又は金属ビカーボネートのアニオンと同じアニオンとを含む溶液Cに添加することにより、回分反応器で沈殿を実施する。
【0007】
“Growth mechanism of Ni0.3Mn0.7CO precursor for high capacity Li−ion battery cathodes”,by Dapeng Wang et al.,in J.Mater.Chem.,2011,21,9290−9295では、ニッケル、マンガン、及びコバルトの硫酸と、炭酸ナトリウムと、アンモニウム溶液とを連続式撹拌槽型反応器(CSTR)にポンプ送液することによりニッケル・マンガン・コバルトカーボネート前駆体が製造されている。しかしながら、この文献に記載のカーボネート沈殿プロセスでは、粒子径を制御することはできない。更に、沈殿中にはキレート剤としてアンモニウム溶液も使用されており、生成にまつわる環境上の懸念とコストの増大という不利点(disadvantage)を有する。
【0008】
米国特許第7767189号では、カーボネート前駆体を使用したリチウム遷移金属酸化物の製造方法が開示される。かかる方法は、次の工程:次の金属元素(「金属n+」):コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、及びマンガン(Mn)のイオンのうちの少なくとも2種の混合物を含む第1の水溶液を形成すること、CO2−イオンを含む第2の水溶液を形成すること、第1の溶液を第2の溶液と混合し、反応させて、カーボネート前駆体、Ni1−x−yCoMnCOを製造することと、次のサブ工程:LiCOとカーボネート前駆体とを均一に混合すること、混合した材料を高温下で焼結すること、焼結した材料を冷却及び微粉砕して、リチウム遷移金属酸化物、LiNi1−x−yCOMnを得ること、を用い、カーボネート前駆体からリチウム遷移金属酸化物を調製することと、を含む。
【0009】
典型的なカーボネート沈殿プロセスはアンモニアの使用を伴う。アンモニアは、いわゆるキレート剤であり、沈殿プロセスを安定化させる際にほとんど必須である。しかしながら、沈殿プロセスにアンモニアが存在すると、大抵の場合安全性のリスクが生じる。更に、沈殿後にも濾液にアンモニアが残存する。アンモニアは環境中に放出できない。そのため、廃水は、アンモニアを除去−好ましくは再利用−すべく処理される。これらのアンモニアの導入は高コストであり、産廃処理のための設備投資並びに操業費(エネルギー)を大幅に増加させる。そのため、アンモニアを使用せず、十分な密度と、球状の形態を有する混合型前駆体を供給する沈殿法を考案することが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第2011/0114900号
【特許文献2】米国特許第7767189号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】“Growth mechanism of Ni0.3Mn0.7CO3 precursor for high capacity Li−ion battery cathodes”,by Dapeng Wang et al.,in J.Mater.Chem.,2011,21,9290−9295
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、沈殿物の球状の形態を損なわずに、連続プロセスにおいて、カーボネート沈殿プロセスの沈殿安定性及び粒子径調節性にまつわる課題を解決する方法を提供すること、並びに高比表面積及び相対的に高タップ密度を有しており、−キレート剤を使用せずに実施した場合であっても−沈殿物を、電動輸送機器(xEV)及び電動工具用のバッテリーのためのカソード材料の製造に好適なものにする、カーボネート前駆体を提供すること、を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
第一の態様から、本発明は、連続反応器において、Li−M酸化物カソード材料のM−カーボネート前駆体を製造する方法であって[式中、M=NiMnCo、Aはドーパントであり、x>0、y>0、0≦z≦0.35、0≦n≦0.02、及びx+y+n=1]:
Niイオン、Mnイオン、Coイオン、及びAイオンを含み、かつ金属含量(モル)、M”フィードを有するフィード溶液を提供する工程と、
カーボネート溶液及びビカーボネート溶液のいずれか1つ又は両方を含み、かつNaイオン及びKイオンのいずれか一方又は両方を更に含む、イオン溶液を提供する工程と、
M’イオンを含み、かつ金属含量(モル)、M’シードを有するスラリーを提供する工程であって、M’aNix’Mny’Coz’A’n’の式中、A’がドーパントであり、0≦x’≦1、0≦y’≦1、0≦z’≦1、0≦n’≦1、かつx’+y’+z’+n’=1であり、モル比M’シード/M”フィードは、0.001〜0.1である、提供する工程と、
反応器内で、フィード溶液と、イオン溶液と、スラリーとを混合することにより、反応液体混合物を得る工程と、
反応液体混合物中のシード上にカーボネートを沈殿させることにより、反応した液体混合物と、Mカーボネート前駆体とを得る工程と、
反応した液体混合物からMカーボネート前駆体を分離する工程と、を含む。
【0014】
一実施形態において、シードの中位径D50は、0.1〜3μmである。別の実施形態において、M’イオンは、非水溶性の化合物、すなわちM’CO、M’(OH)、M’−オキシド、及びM’OOΗのいずれかとして存在する。これらの例は、MnCO及びTiOである。更に別の実施形態において、Niイオン、Mnイオン、Coイオン、及びAイオンは、水溶性のスルフェート化合物として存在する。A及びA’は、Mg、Al、Ti、Zr、Ca、Ce、Cr、Nb、Sn、Zn及びBのうちのいずれか1種以上であってよい。一実施形態において、M=M’である。組成Mは、例えば、Ni:Mn:Co=42:42:16、あるいはNi:Mn:Co=33:33:33、あるいはNi:Mn:Co=60:20:20、あるいはNi:Mn:Co=22:67:11であってよい。そのため、一実施形態において、M=NiMnCOであり、式中、20≦x≦80、20≦y≦70、10≦z≦0.35、0≦n≦0.2、かつx+y+z+n=1である。この実施形態において、AはTiであってよい。
【0015】
本発明者らは、上記状況の観点に立って熱心に実験を重ねた末、結果として、ニッケル塩、マンガン塩、及びコバルト塩を含むフィード溶液と、金属カーボネート又は金属ビカーボネートを含む酸化物溶液と、シードスラリーとをCSTR反応器にポンプ送液し、沈殿反応を実施することにより本発明を完成させた。このCSTR反応器は、図1に例示する。本発明によるプロセスにおいて、反応器において生じる核生成プロセスは存在せず、Mカーボネート前駆体は、シードの表面上でのみ成長する。
【0016】
更なる方法実施形態において、シードスラリー中の金属含量の、フィード溶液中の金属含量に対するモル比(M’シード/M”フィード)は0.001〜0.05である。本発明において、Mカーボネート前駆体の中位径は、特定比のM’シード/M”フィードを適用することにより設定できる。いくつかの実施形態において、スラリー中固形含量は、30〜300g/Lであってよい。更に、本発明において記載されるとおりのカーボネート沈殿プロセスは、低アンモニウム濃度(例えば、5.0g/L未満)下で、あるいは更にはアンモニウムなしで操作され得る。反応器は、連続式撹拌槽型反応器(CSTR)であってよい。本発明による更なる方法実施形態が、これまでに記載した異なる方法実施形態のそれぞれでカバーされる特徴を組み合わせることにより提供されることは明らかである。
【0017】
本発明の態様は、カーボネート前駆体を提供するものであり、カーボネート前駆体は、Ni原子、Mn原子、及びCo原子を含み、かつ3〜20μmの中位径、10〜200m/gのBET比表面積、及び1.0〜2.0g/cmのタップ密度を有する。したがって、本発明の方法により得られたカーボネート前駆体は、高比表面積と、制御可能な粒子径とを有するとともに、カーボネート前駆体をリチウム前駆体と焼成することにより得られるNMCカソード材料も有する。これらのNMCカソード材料を使用するLiイオン電池は、優れたバッテリー性能を示し、高出力又は高いレート用途に特に適する。その理由の1つに、カーボネート前駆体の、例えば、リチウムカーボネートとの焼成中に、カーボネート前駆体粒子からCOが放出されるというものがある。粒子のコアからCOが放出されることで、「導管」が生成され、これが最終的なカソード材料の開放気孔を生じる。好適な焼成プロファイルを適用することにより、開放気孔は最終的なカソード製品に残存する。
【0018】
第2の態様の観点から、本発明は、再充電可能バッテリー用のリチウムMオキシドカソード材料の製造方法を提供する方法を提供でき、方法は、
本発明の第1の態様によるMカーボネート前駆体を提供する工程と、
Li前駆体化合物を提供する工程と、
MカーボネートとLi前駆体とを混合する工程と、
かかる混合物を、600〜1100℃の温度にて少なくとも1時間焼成する工程と、を含む。例えば、リチウム前駆体は、LiOH又はLiCOであってよい。
【0019】
ここで、国際公開第2004/040677号において、少なくとも1種の沈殿反応物を含む粉末(powderous)遷移金属化合物の製造プロセスが記載されていることには言及したい。この製造プロセスでは、遷移金属塩の溶解した少なくとも1種の溶液と、カーボネート塩水酸化物の溶解した少なくとも1種の溶液とを、シードとして作用する粒子に加えると、溶解した遷移金属カチオン及び溶解した水酸化物アニオン又はカーボネートアニオンが固形沈殿物を形成し、この沈殿物がシード粒子上を被覆して層を形成する。沈殿物は、シード粒子の遷移金属組成M1とは少なくとも10%異なる組成M2を有する。外部構成要素及び内部構成要素において、顕著に異なる遷移金属組成を有する粉末材料を提供することを目的とすることから、例えば、シード上に沈殿したM(OH)又はMCOの総化学量論量は11〜25mol%となり、すなわち、シードは、最終的な沈殿生成物の大部分を占め、かつスラリー中のシード量は、これを達成するために非常に多量にすることが求められる。その結果、M’シード/M”フィード比は4〜9.09となり、本発明よりも数桁大きくなる。
【0020】
本発明において、我々は、沈殿プロセスを安定化するためにシードを使用することを課題とする。シードの量を増大させるにつれ多量の微粒子が形成され、沈殿するカーボネート前駆体のタップ密度が低下することにより、最終的なリチウム化生成物において次の問題が生じることから、シードの量は制限すべきであること(M’シード/M”フィード≦0.1として表される)、並びに沈殿生成物はごく少ないモル量でのみ存在させるべきであることが判明している。
沈殿化カーボネートのスパンが、カーボネートから作製される焼結リチウム化生成物のスパンと強く連動することによる許容できないほど大きなスパン(スパンは、粒子径質量分布の(D90−D10)/D50値であり、D50(μm)は中位径を指し、D90(μm)は分布の90%がその粒子径以下になる粒子径を指し、D10(μm)は、分布の10%がその粒子径以下になる粒子径を指す)、
脆性に関する問題、
Liイオンバッテリーにおいて、過剰量の微粒子により生じる安全上の問題、
前駆体のタップ密度が低下することで、最終生成物のタップ密度が低下し、結果として、バッテリーにおいてエネルギー密度が低下する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】典型的な10L CSTR反応器の設計
図2】実施例1の炭酸塩前駆体のSEM画像(×500倍)
図3】実施例1の炭酸塩前駆体のXRDパターン
図4】0.5重量%、1.0重量%、及び2重量%でのシード添加(実施例1)後、及びかかるシードの添加前(比較例1)の平均粒子径(D50)の変動。
図5】1.0重量%、及び5.0重量%でのシード添加(実施例2)後、及びかかるシードの添加前(比較例2)の平均粒子径(D50)の変動。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の実施形態において、本発明のカーボネート前駆体は、Ni、Co、及びMn原子を含み、一般式(NiMnCO)COを有する[式中、x+y+z+n=1、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.35、0≦n≦0.02であり、AはMg、Al、Ti、Zr、Ca、Ce、Cr、Nb、Sn、Zn、及びBから選択された1つ以上のドーパントである]、複合カーボネートである。得られたカーボネート前駆体は、10m/g−超の比表面積を有する。比表面積は、Quantachrome(登録商標)Autosorb装置を使用して標準的なBrunauer−Emmett−Teller(BET)方法により測定される。BET測定前に、200℃で6時間サンプルを脱ガスし、湿分を完全に取り除いた。カーボネート前駆体の粒子径は、Malvern(登録商標)MasterSizer2000で測定する。本発明における炭酸塩前駆体のタップ密度(TD)測定は、前駆体試料(ほぼ60〜120g付近の質量Wを有する)を入れた目盛付きメスシリンダー(100mL)を機械的にタッピングすることにより行われる。初期の粉末容積を観察した後、更なる容積(Vはcm単位)又は質量(W)変化が観察されないように、メスシリンダーを400回機械的にタッピングする。TD=W/VとしてTDを計算する。TD測定をERWEKA(登録商標)装置で行う。
【0023】
次に、本発明によるカーボネート前駆体の製造方法が記載される。複合カーボネートは、Ni塩、Mn塩、及びCo塩を含み、所望によりA塩を含むフィード溶液と、金属カーボネート又は金属ビカーボネートを含むカーボネート溶液と、M’CO、M’(OH)、M’−オキシド、又はM’OOHの小型粒子のいずれか1つを含むシードスラリー(M’=Nix’−Mny’Coz’−A’n’、x’+y’+z’−i−n’=1、0≦x’≦1、0≦y’≦1、0≦z’≦1、及び0≦n’≦1)と、任意選択的に、金属水酸化物を含む水酸化物溶液と、を反応器にポンプ送液して、連続式撹拌槽型反応器(CSTR)において共沈反応を実施することにより得られる。M’の組成は必ずしも本発明におけるMと同じものである必要はない。A’は、Mg、Al、Ti、及びZrなどの1種以上の金属を含み得るドーパントである。A’はAと等価であるものの、Aが1種以上の金属から構成される場合、異なり得る。例えば、AがTiMg組成物である場合、A’は、Mg、Ti、又はMgTi組成物のいずれかであってよく、後者の場合には、Aと同じ組成を有し得るものの、異なる組成を有してもよい。
【0024】
フィード溶液は、Ni塩、Mn塩、及びCo塩、並びに任意選択的にA塩を含有する。フィード溶液中のNi塩の種類は、Ni塩が水溶性であって、Niイオン含有水溶液を生じる限り、特に限定されず、Ni塩の例としてはNiの硫酸塩、塩化物、硝酸塩及び酢酸塩が挙げられる。また、フィード溶液中のMn塩の種類は、Mn塩が水溶性であって、Mnイオン含有水溶液を生じる限り、特に限定されず、Mn塩の例としてはMnの硫酸塩、塩化物、硝酸塩及び酢酸塩が挙げられる。同様にして、フィード溶液中のCo塩の種類は、Co塩が水溶性であって、Coイオン含有水溶液を生じる限り、特に限定されず、Co塩の例としてはCoの硫酸塩、塩化物、硝酸塩及び酢酸塩が挙げられる。
【0025】
本発明の炭酸塩前駆体では、Aは、Mg、Al、Ti、Zr、Ca、Ce、Cr、Nb、Sn、Zn、V及びBのうちの1種以上であり得る、Ni、Mn及びCoとは異なるカチオンドーパントである。カチオンドーピング(A元素)に関しては、ドーピング元素はフィード溶液に溶解される。フィード溶液中の対応するドーパント塩は、それが水溶性であって、ドーパントイオン含有水溶液を生じる限り、特に限定されない。ドーパント塩の例としては硫酸塩、塩化物、硝酸塩、及び酢酸塩が挙げられる。フィード溶液中のドーパント塩の濃度は、最終炭酸塩前駆体において所望される含有量、及びシードスラリーにおけるその(任意選択的な)有無をもとに決定される。
【0026】
フィード水溶液中で、Ni原子で表されるNiイオンの含有量は好ましくは0.1〜2.0モル/L、特に好ましくは0.2〜1.8モル/Lであり、Mn原子で表されるMnイオンの含有量は好ましくは0.1〜2.0モル/L、特に好ましくは0.2〜1.8モル/Lであり、Co原子で表されるCoイオンの含有量は好ましくは0.05〜1.5モル/L、特に好ましくは0.1〜1.0モル/Lである。フィード溶液中のNiイオン、Mnイオン及びCoイオンの濃度が上述の範囲内に該当すると、生成物の収率と、得られる炭酸塩前駆体の物理化学的性質との間のバランスを得ることができる。フィード溶液中のNi、Mn及びCoのアニオンの総濃度は、好ましくは1.0〜3.0モル/L、特に好ましくは1.5〜2.5モル/Lである。フィード溶液中のNi、Mn及びCo原子濃度間のモル比が上述の範囲内に該当すると、最終的なリチウム金属酸化物の電気化学的性能が更に増強される。
【0027】
炭酸塩水溶液は、金属炭酸塩及び金属重炭酸塩のいずれか一方又は両方を含有する。炭酸塩溶液は、金属炭酸塩が水溶性であって、炭酸塩イオン含有水溶液を生じる限り、特に限定されない。金属炭酸塩の例としては炭酸ナトリウム及び炭酸カリウムなどのアルカリ金属炭酸塩が挙げられる。重炭酸塩溶液は、それが水溶性であって、重炭酸塩イオン含有水溶液を生じる限り、特に限定されない。金属重炭酸塩の例としては重炭酸ナトリウム及び重炭酸カリウムなどのアルカリ金属重炭酸塩が挙げられる。好ましくは、炭酸塩溶液は安価な炭酸ナトリウムを含有して、反応溶液のpHをほぼ中性にする。炭酸塩溶液では、炭酸塩又は重炭酸塩イオンの濃度は好ましくは1.0〜4.0モル/L及び特に好ましくは1.5〜3.0モル/Lである。炭酸塩又は重炭酸塩のイオン濃度がその範囲に該当すると、良好な前駆体と、電気化学的性能の優れた最終酸化物の製造が可能となる。
【0028】
水酸化物溶液の使用は、本発明のカーボネート沈殿プロセスにおいて、1つの選択肢である。一般的に言って、低%のNaOH(例えば、0〜5重量%)でNaCOを置き換えることで、得られるカーボネート前駆体の比表面積を更に増大させることができる。これは最終的なNMCカソード材料のレート特性に有益な効果をもたらす。かかる溶液は、金属水酸化物水溶液であってよい。水酸化物溶液は、金属水酸化物が水溶性であり、水酸化物イオン含有水溶液を生じる限り、特に限定されない。金属水酸化物の例としてはリチウム、ナトリウム及びカリウム水酸化物などのアルカリ金属水酸化物が挙げられる。これらのなかでも、比較的安価でありながら、反応溶液のpHをほぼ中性にすることができる、水酸化リチウム及び水酸化ナトリウムが好ましい。かかる水酸化物溶液において、水酸化物イオンの濃度は好ましくは5〜15モル/L、特に好ましくは8〜10モル/Lである。水酸化物イオンの濃度がこの範囲に該当すると、良好な前駆体及び優れた電気化学的性能の最終酸化物の製造が可能になる。
【0029】
本発明のシードは、M’CO、M’(OH)、M’酸化物、又はΜ’OOHの小粒子であってよい(M’=Nix’−Mny’COz’A’n’、x’+y’+z’+n’=1、0≦x’≦1、0≦y’≦1、0≦z’≦1、及び0≦n’≦1、したがって、M’は一元金属組成物、二元金属組成物、三元金属組成物、又は更には四元金属組成物であり得る)。シードは、小粒子径を有し、D50が0.1〜2μmである、M’CO、M’(OH)、M’酸化物、又はΜ’OOHの市販品であってよい。シードは、M’CO、M’(OH)、M’酸化物、及びM’OOHの大型粒子をミリングし、その粒子径をD50に関し0.1〜2μmに低減することによって製造することもできる。ミリング法としては、分散媒を添加又は非添加の、ジェットミル、ボールミル、ビーズミル、又はリングミルなどが挙げられる。次に、得られた小粒子を水に再分散させて均一なシードスラリーを形成する。シードスラリーの固体充填は、好ましくは、30〜300g/Lの範囲であり、特に好ましくは50〜200g/Lの範囲である。ここに、M’の組成は必ずしも本発明におけるMと同じものである必要はないことを強調する。一実施形態において、M=M’であり、多量の最終生成物MCOがシード材料に変換される。本発明において使用されるシードが非水溶性であることは明らかである。
【0030】
一実施形態では、本発明のカーボネート前駆体は、連続撹拌タンク反応器(http://encyclopedia.che.engin.umich.edu/PAges/Reactors/CSTR/CSTR.htmlに記載されているようなCSTR)中で、特定の温度、pH値及び撹拌速度で製造される。直径200mm及び高さ420mmで、10LのCSTR反応器の典型的な構造及び設計を図1に示す。4つのバッフルが反応器中に設置され、ピッチ付きのブレードインペラーが底からの高さの1/3に備えられている。給液管は、バッフル上にインペラーの同一の高さで固定される。インペラーの撹拌速度は、CSTR反応器の上方のモーターにより制御される。
【0031】
【表1】
【0032】
本発明のカーボネート前駆体の製造方法において、異なる溶液及びシードスラリーは、反応器の内容物を30〜95℃に維持しつつ、好ましくは50〜90℃に維持しつつ、同時に又はあるいは交互に反応器に送り込まれてもよい。溶液及びシードスラリーは、一定の流速、例えば、それぞれフィード溶液、カーボネート溶液、水酸化物溶液、及びシードスラリーの流速に対応する、Rフィード、Rカーボネート、R水酸化物、及びRシードでCSTR反応器に送り込まれる。滞留時間Reは、CSTR反応器(V)の容積を、フィード、カーボネート、水酸化物溶液、及びシードスラリーの流速の合計で除することにより計算される;Re=V/(Rフィード+Rカーボネート+R水酸化物+Rシード)。したがって、滞留時間Reは、フィード溶液、カーボネート溶液、及び水酸化物溶液の流速、並びにシードスラリーの流速を調節することにより調整できる。本発明の滞留時間Reは、1.5〜6.0時間の範囲、好ましくは2.0〜4.0時間の範囲に設定される。反応温度Tは、30〜95℃の範囲、好ましくは50〜90℃の範囲に設定される。CSTR反応器中の撹拌速度は、500〜2000rpmの範囲、好ましくは800〜1500rpmの範囲で設定される。
【0033】
反応器の中に投入されるフィード及びカーボネート溶液の量は、カーボネートイオンの総数の、フィード溶液から添加されるNi、Mn、Co及びAイオンの総モル数(M)に対するモル比(CO/M)が、好ましくは0.9〜1.2、特に好ましくは0.95〜1.15となる量である。反応物において重炭酸塩イオン中に存在する総モル数(HCO)の、フィード溶液から添加されるNi、Mn及びCoイオンの総モル数(M)に対する比(HCO/M)は、好ましくは1.9〜2.4、特に好ましくは1.9〜2.3である。反応器の中に投入されるシードの量は、シードスラリーに添加されたNi、Mn、Co及びAイオンの総モル数(M’シード)の、フィード溶液から添加されるNi、Mn、Co及びAイオンの総モル数(M”フィード)に対するモル比(M’シード/M”フィード)が、好ましくは0.001〜0.1、特に好ましくは0.001〜0.05となる量である。水酸化物溶液が添加されるとき、カーボネート/ビカーボネート溶液、及び水酸化物溶液の量は、水酸化物溶液に添加されたOHの総モル数の、反応物中のカーボネートイオン又はビカーボネートイオン中に存在するCOの総モル数に対する比、OH/COが、好ましくは0.1未満、特に好ましくは0.05未満となる量である。同様に、OH/HCOは、好ましくは0.1未満、特に好ましくは0.05未満である。
【0034】
カーボネートの沈澱プロセスは、主として次のパラメーターにより制御される。
インペラーの撹拌速度
温度
滞留時間
pH
金属Mの濃度
CO/Mモル比
OH/CO又はOH/HCOのモル比
M’シード/M”フィードのモル比
本発明にかかる炭酸塩前駆体は、これらのパラメーターを上述の範囲中で調整することにより製造することができる。
【0035】
カーボネート前駆体スラリーは、CSTR反応器のオーバーフローから捕集され、前駆体粒子は固体−液体分離工程、例えばプレス濾過又は連続遠心分離濾過により取得される。固体−液体分離プロセスは、濾過/遠心排水の伝導率が20μS/mよりも低くなったときに完了する。このようにして得られた粒子を150℃で乾燥、粉砕及び分級して、本発明のカーボネート前駆体を生成する。調製したままの状態のカーボネート前駆体の典型的な走査電子顕微鏡(SEM)画像及びXRDパターンを、それぞれ図2及び図3に示す。図2は、本発明の方法により得られた、典型的な球状形態を示す。
【0036】
上述の一般式により表される(ドープ)リチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物(NMC(A))は、本発明の(ビ)カーボネート前駆体をリチウム化合物と混合すること、及びそのように得られた混合物を焼結することにより製造される。添加されるリチウム化合物の量は、リチウム化合物中のリチウム原子のモル数の、カーボネート前駆体中に含まれるNi、Mn、Co及びA原子の総モル数(M)に対する比(Li/M)が、好ましくは0.95〜1.60、より好ましくは1.00〜1.50となる量である。焼結雰囲気は特に限定されず、焼結は、例えば、多段焼結として空気中又は酸素雰囲気中で行われてもよい。焼結条件は、ベーク温度が600〜1100℃、好ましくは850〜1000℃であり、及び焼結時間が5時間以上、好ましくは10〜24時間である。焼結後、適切に冷却及び粉砕及び必要な場合には分級することにより、1m/g以上の高いBET比表面積及び1.2g/cm以上の高いタップ密度を有する、(ドープ)リチウム・ニッケル・マンガン・コバルト酸化物(NMC(A))を得ることができる。このようなNMC(A)材料は、xEV用の高レートのLiイオン電池にカソード材料として使用するのに好適である。
【0037】
本発明を次の実施例において更に例示する。
【0038】
比較例1:
フィード溶液の調製NISO、MnSO、CoSO、及びMgSOを脱イオン水に溶解させて、Ni、Mn、Co、及びMgがそれぞれ0.835モル/L、0.835モル/L、0.32モル/L、及び0.01モル/L(Ni:Mn:Co:Mg=41.75:41.75:16:0.5)の濃度である遷移金属溶液を調製する。カーボネート溶液の調製に際しては、NaCOを脱イオン水に溶解し、1.65モル/LのNaCO溶液を得る。原料及び炭酸塩溶液を10L CSTR反応器にポンプ送液する。CO:金属のモル比は1.0とし、滞留時間は3時間に設定する。フィード溶液及びカーボネート溶液を沈澱温度90℃、インペラー撹拌速度1000rpmに設定したCSTR反応器に連続的にポンプ注入する。得られたカーボネート前駆体のTDは1.7g/cmであり、D50は23.5μmである。この前駆体は132m/gのBET値を示す。しかし、シードを非添加の場合のカーボネートの沈殿プロセスは不安定であり、図4の左側に示すとおり、平均粒子径(D50)は沈殿中に絶え間なく変動する。
【0039】
実施例1:
シード添加はせずに、比較例1におけるものと同じ沈殿条件を用いた。シードスラリーの調製に際し、撹拌下で、200g/Lの固形充填量でシードを水に再分散させて、均一なスラリーを形成する。比較例1のシード添加はせずに(したがってM=M’)カーボネート加工により製造された大型のカーボネート粒子をビーズミリングし、中位径(D50)を1.0μmに減少させて、シードを調製する。
【0040】
フィード、カーボネート溶液、及びシードスラリーを10L CSTR反応器にポンプ送液する。CO:金属のモル比は1.0とし、M’シード/M”フィードのモル比は、連続して0.005(0.5重量%)、0.01(1.0重量%)、及び0.02(2.0重量%)とし、滞留時間は3時間に設定する。フィード溶液、カーボネート溶液及びシードスラリーを、沈澱温度90℃、インペラー撹拌速度1000rpmに設定したCSTR反応器に連続的にポンプ注入する。炭酸塩前駆体スラリーを反応器のオーバーフローから捕集する。次に、得られた前駆体スラリーをプレスフィルターにより固体−液体分離し、脱イオン水により濾過水の伝導率が20μS/mよりも低くなるまで数回洗浄する。このようにして得られたカーボネート前駆体ウエットケーキを150℃のオーブン内で24時間乾燥する。最終的に得られたカーボネート前駆体は、(Ni0.415Mn0.415Co0.16Mg0.005)COの組成を有する。これらの生成物のTD、D50、及びBETを、以下に示す表1において比較する。
【0041】
【表2】
【0042】
図4は、左側にシード添加開始から4日間の比較例1の状況を表す。沈殿プロセスは効果的に安定化され、粒子径はシードスラリーの重量比を変えることにより良好に調節することができる。右側に示す条件は、実施例1のデータに対応する。
【0043】
一般的に言って、本発明では、極めて低濃度(≦5g/L)のキレート剤(例えば、NHOH)が使用されるか、あるいは更にはキレート剤は全く使用されておらず、CSTR反応器における典型的なカーボネート沈殿プロセスの際の核生成速度は極めて速い。これこそが、シード添加を行わなかった場合にカーボン(carbon)沈殿プロセスが不安定になる理由である。反応器に小型のシードを添加した後、原理上は、反応器において核生成プロセスは発生せず、結果として新しい金属カーボネートはシード表面上でのみ成長する。原理上は、カーボネート沈殿はシードの表面上でのみ生じることから、反応器において、シード添加後の粒子径は、M’シード/M”フィードのモル比、並びに反応器に添加されるシードの量及び大きさにより決定することができる。これが、カーボネート沈殿プロセスを安定化させるシード添加プロセスを可能にし、かつシード添加後の粒子径を調節可能(すなわち、シードの量を変えることで)にする機構である。例えば、粒子径は、M’シード/M”フィードモル比を増加させることにより減少できる。より多量のシードを反応器に添加すると、カーボネートが各シード上であまり成長しなくなってしまうことから、結果的に粒子径は減少することになる。しかしながら、表2に示されるように、M’シード/M”フィード比を増大させたとき、スラリー、及び特に乾燥前駆体生成物中の粒子のPSDのスパンが増大する。このデータは、乾燥後のD50と、スパンの変化を示す。スラリー及び乾燥生成物のD50及びスパンを比較した場合、シード添加量を上げるとD50及びスパンの両方が高くなる。これは、特に高シード添加レベル(ここで、シードはより微細である)では、乾燥後に、粗面を有する粒子上で微粒子が凝集し、D50及びスパン値が増大するためである。シード及びフィードの金属組成は同一であり、M’シード/M”フィードはシードの重量%に対応することには留意されたい。
【0044】
【表3】
【0045】
比較例2:
フィード溶液の調製:NiSO、MnSO、及びCoSOを脱イオン水に溶解させて、Ni、Mn、Coのそれぞれの濃度が0.44モル/L、1.34モル/L、0.22モル/L(Ni:Mn:Co=22:67:11)である遷移金属溶液を調製する。カーボネート溶液の調製に際しては、NaCOを脱イオン水に溶解し、1.65モル/LのNaCO溶液を得る。水酸化物溶液の調製に際しては、NaOHを脱イオン水に溶解し、10モル/LのNaOH溶液を得る。フィード、水酸化物、及びカーボネート溶液を、それぞれ流速Rフィード=25.7mL/分、RNaOH=0.2mL/分、及びRカーボネート=29.7mL/分で10L CSTR反応器にポンプ送液する。CO:金属のモル比は1.0であり、OH:COのモル比は0.04である。滞留時間は3時間に設定する。沈澱温度80℃、インペラー撹拌速度1000rpmに設定したCSTR反応器にフィード溶液及びカーボネート溶液を連続的にポンプ注入する。したがって、得られたカーボネート前駆体のTDは1.8g/cmであり、D50は13.4μmである。この前駆体は11.2m/gのBET値を示す。しかし、シードを非添加の場合のカーボネートの沈殿プロセスは不安定であり、図5の左側に示すとおり、中位径(D50)は沈殿中に絶え間なく変動する。
【0046】
実施例2:
シード添加はせずに、比較例2におけるものと同じ沈殿条件を用いた。小型のシード粒子(1.0μm)は、CSTR反応器からのシード添加はせずに、同じ沈殿条件下で捕集された大型のカーボネート前駆体粒子をボールミリングすることにより製造する。(比較例2、したがってM=M’)。シードスラリーの調製に際し、撹拌下で、150g/Lの固形充填量で小型のMCO粒子(Ni:Mn:Co=22:67:11)を水に再分散させて、均一なスラリーを形成する。
【0047】
フィード、水酸化物溶液及びカーボネート溶液、並びにシードスラリーを、それぞれ流速Rフィード=25.7mL/分、RNaOH=0.2mL/分、及びRカーボネート=29.7mL/分で10L CSTR反応器にポンプ送液する。CO:金属のモル比は1.0とし、OH:COのモル比は、連続して0.04とし、M’シード/M”フィードのモル比は0.01(1重量%)及び0.05(5重量%)に設定する。滞留時間は3時間に設定する。沈澱温度80℃、インペラー撹拌速度1000rpmに設定したCSTR反応器に溶液を連続的にポンプ注入する。
【0048】
炭酸塩前駆体スラリーをCSTR反応器のオーバーフローから捕集する。次に、得られた前駆体スラリーをプレスフィルターにより固体−液体分離し、脱イオン水により濾過水の伝導率が20μS/mよりも低くなるまで数回洗浄する。このようにして得られたカーボネート前駆体ウエットケーキを150℃のオーブン内で24時間乾燥する。得られたカーボネート前駆体のTD、D50、及びBETを、以下に示す表2において比較する。
【0049】
【表4】
【0050】
図5は、シード添加開始から12日間の比較例2の状況を表す。沈殿プロセスは、効果的に安定化されており、シードスラリーの重量比を変えることにより、粒子径が良好に調節される。右側に、実施例2のデータに対応する条件の結果を示す。
【0051】
以下の表4には、実施例2における生成物とほとんど同じ条件で作成した前駆体生成物(実施例2’とする)の乾燥前後のスパンを、シードレベルの関数として示す。この結果は実施例1と同様の傾向を示す。
【0052】
【表5】
【0053】
実施例3:
フィード溶液の調製NiSO、MnSO、及びCoSOを脱イオン水に溶解させて、Ni、Mn、Coのそれぞれの濃度が1.2モル/L、0.4モル/L、0.4モル/L(Ni:Mn:Co=60:20:20)である遷移金属溶液を調製する。炭酸塩溶液の調製に対しては、NaCOを脱イオン水に溶解し、1.65モル/LのNaCO溶液を得る。
【0054】
M’シード/M”フィード=0.04とし、MnCOをシード添加したことを除き実施例1におけるものと同じ沈殿条件を使用した(ここで、Mn=M’≠M)。MnCOシーズは、市販のMnCO製品を0.5μmにボールミリングし、次に水に分散させることにより製造される。シーズスラリーの固体充填は100g/Lである。シード添加前は、反応器中のカーボネート前駆体の粒子径は絶えず変動し、D50は24.8mである。シード添加後、反応器において中位径は7.1μmで安定化される。炭酸塩前駆体スラリーをCSTR反応器のオーバーフローから捕集する。次に、得られた前駆体スラリーをプレスフィルターにより固体−液体分離し、脱イオン水により濾過水の伝導率が20μS/mよりも低くなるまで数回洗浄する。このようにして得られたカーボネート前駆体ウエットケーキを150℃のオーブン内で24時間乾燥する。
【0055】
得られたカーボネート前駆体のBETは240m/g、TDは1.1g/cmである。
【0056】
実施例4:
フィード溶液の調製:NiSO、MnSO、及びCoSOを脱イオン水に溶解させて、Ni、Mn、Coのそれぞれの濃度が0.67モル/L、0.67モル/L、0.67モル/L(Ni:Mn:Co=1:1:1)である遷移金属溶液を調製する。炭酸塩溶液の調製に対しては、NaCOを脱イオン水に溶解し、1.65モル/LのNaCO溶液を得る。TiOシード添加のM’シード/M”フィード=0.01としたことを除き実施例1におけるものと同じ沈殿条件を使用した(ここで、M’≠M)。TiOナノ粒子(D50=250nm)を水に分散して、50g/Lの固形充填量で懸濁液を調製する。シード添加前、反応器中のカーボネート前駆体の粒子径は、絶えず変動し、D50は20.1μmである。シード添加後、反応器中の中位径は6.8μmで安定化される。炭酸塩前駆体スラリーをCSTR反応器のオーバーフローから捕集する。次に、得られた前駆体スラリーをプレスフィルターにより固体−液体分離し、脱イオン水により濾過水の伝導率が20μS/mよりも低くなるまで数回洗浄する。このようにして得られたカーボネート前駆体ウエットケーキを150℃のオーブン内で24時間乾燥する。得られたカーボネート前駆体のBETは93m/g、TDは1.3g/cmである。最終的に得られたカーボネート前駆体は、(Ni0.33Mn0.33Co0.33Ti0.01)COの組成を有する。
【0057】
実施例5:
フィード溶液の調製NiSO、MnSO、及びCoSOを脱イオン水に溶解させて、Ni、Mn、Coのそれぞれの濃度が1.2モル/L、0.4モル/L、0.4モル/L(Ni:Mn:Co=60:20:20)である遷移金属溶液を調製する。重炭酸ナトリウム溶液の調製に際し、NaHCOを脱イオン水に溶解し、1.0モル/LのNaHCO溶液を得る。CO:金属のモル比を2.05にしたことを除き、実施例1におけるものと同じ沈殿条件を使用した。小型のシード粒子(1.0μm)は、CSTR反応器からのシード添加はせずに、同じ沈殿条件下で捕集された大型のカーボネート前駆体粒子をボールミリングすることにより調製する。シードスラリーの調製に際し、撹拌下で、100g/Lの固形充填量で小型のMCO粒子(Ni:Mn:Co=60:20:20)を水に再分散させて、均一なスラリーを形成する。M’シード/M”フィードのモル比は、連続して0.004(0.4重量%)に設定した(ここで、M’=M)。滞留時間は3時間に設定する。沈澱温度90℃、インペラー撹拌速度1000rpmに設定したCSTR反応器に溶液を連続的にポンプ注入する。シード添加前、反応器中のカーボネート前駆体の粒子径は、絶えず変動し、D50は10.6μmである。シード添加後、反応器中の中位径は6.5μmで安定化される。炭酸塩前駆体スラリーをCSTR反応器のオーバーフローから捕集する。次に、得られた前駆体スラリーをプレスフィルターにより固体−液体分離し、脱イオン水により濾過水の伝導率が20μS/mよりも低くなるまで数回洗浄する。このようにして得られたカーボネート前駆体ウエットケーキを150℃のオーブン内で24時間乾燥する。得られたカーボネート前駆体のBETは223m/g、TDは1.1g/cmである。
【0058】
上記の実施例において、CSTRにはアンモニアを添加していない。
図1
図2
図3
図4
図5