【実施例】
【0052】
以下、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明はこれらの記載に何ら制限を受けるものではない。
【0053】
≪1.スカンジウム抽出用の混合抽出剤の調製≫
下記の実施例、比較例にて用いたスカンジウム抽出用の溶媒抽出剤を、下記表1に示すように調製した。なお、リン酸系抽出剤として、2−エチルヘキシルホスホン酸−1−エチルヘキシル(商品名:PC88A)を用い、中性抽出剤として、トリ−n−オクチルホスフィンオキシド(商品名:TOPO)を用いた。
【0054】
【表1】
【0055】
具体的には、実施例1で用いた混合抽出剤は、リン酸系抽出剤(PC88A)のモル濃度が0.1mol/L、中性抽出剤(TOPO)のモル濃度が0.5mol/Lとなるように、各々の抽出剤をスワゾール(丸善石油化学株式会社製)に溶解させることで得た。
【0056】
また、比較例1で用いた抽出剤は、中性抽出剤(TOPO)のモル濃度が0.5mol/Lとなるようにスワゾールに溶解させることで得た。また、比較例2で用いた抽出剤は、リン酸系抽出剤(PC88A)のモル濃度が0.6mol/Lとなるようにスワゾールに溶解させることで得た。なお、このように、比較例1、2で使用した抽出剤は、リン酸系抽出剤又は中性抽出剤による単独抽出剤である。
【0057】
≪2.各抽出剤による抽出効果、酸性溶液のpH条件の検討≫
実施例1、比較例1及び2において、スカンジウム(Sc)、鉄(Fe)、及び、ジルコニウム(Zr)又はトリウム(Th)をそれぞれ下記表2に示す濃度で含有する硫酸溶液(酸性溶液)を用意した。
【0058】
【表2】
【0059】
[実施例1]
実施例1では、硫酸溶液を2.5mlずつ5つに分取し、その硫酸溶液のpHを0.0〜2.0の範囲内で一定の値に調整した。そして、各々の硫酸溶液についてスカンジウム抽出用の混合抽出剤(PC88A+TOPO)2.5mlと混合し、その混合溶液を回転数650rpmで20分間撹拌した。このとき、硫酸溶液中のpHを、混合抽出剤との混合前と同じ値に維持するため、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を適宜添加した。
【0060】
所定時間の撹拌後、混合溶液の水相と有機相とを分液漏斗で分離し、抽出残液(水相)に対して誘導プラズマ発光分光分析装置(ICP−AES)を用いた元素分析を行い、各種金属の水相から有機相への抽出率を求めた。下記表3及び
図1に、pHと各種金属の抽出率との関係を示す。
【0061】
【表3】
【0062】
[比較例1]
比較例1では、硫酸溶液を2.5mlずつ5つに分取し、その硫酸溶液のpHを0.0〜2.5の範囲内で一定の値に調整したこと、及び、スカンジウム抽出用の抽出剤として中性抽出剤(TOPO)を用いたこと以外は、実施例1と同じ手法にて各種金属の水相から有機相への抽出率を求めた。下記表4及び
図1に、pHと各種金属の抽出率との関係を示す。
【0063】
【表4】
【0064】
[比較例2]
比較例2では、硫酸溶液を2.5mlずつ3つに分取し、その硫酸溶液のpHを0.0〜1.0の範囲内で一定の値に調整したこと、及び、スカンジウム抽出用の抽出剤としてリン酸系抽出剤(PC88A)を用いたこと以外は、実施例1と同じ手法にて各種金属の水相から有機相への抽出率を求めた。下記表5及び
図1に、pHと各種金属の抽出率との関係を示す。
【0065】
【表5】
【0066】
実施例1の結果から分かるように、スカンジウム抽出用の抽出剤としてリン酸系抽出剤と中性抽出剤との混合抽出剤を用いる場合、処理対象の酸性溶液のpHを0.0以上2.0以下、好ましくは1.7以上2.0以下の範囲に調整し維持した状態で溶媒抽出に付すことで、スカンジウムのみを高い収率で抽出することができる。
【0067】
そして、特徴的であるのは、実施例1のように混合抽出剤を用いると、酸性溶液のpHによらず一律して60%以上の抽出率でスカンジウムが抽出される。一方、酸性溶液中に含まれる鉄は、いずれのpHにおいても抽出されず、ジルコニウムも例えばpH1.7以上ではほとんど抽出されなくなる。ここで、
図4に、実施例1において混合抽出剤を用いたときの、スカンジウムと不純物元素であるFe
3+及びZr
4+との分離係数を示す。
【0068】
上述したように、鉄イオンを多く含有する酸性溶液では、pHが2.5〜3.0を超えると鉄の水酸化物の生成が促進されやすくなる。実施例1の結果に示されるように、溶媒抽出処理に先立ち、酸性溶液のpHを0.0以上2.0以下に調整することで、鉄の水酸化物の生成を抑制することができ、しかもこのような鉄の水酸化物が生成しない低いpH領域の酸性溶液であっても、リン酸系抽出剤と中性抽出剤との混合抽出剤によれば、スカンジウムを十分に高い抽出率で抽出できる。
【0069】
一方、比較例1のように、中性抽出剤のみからなる抽出剤を用いると、酸性溶液のpHがいずれの値であっても、スカンジウムの抽出率が50%を超えることがなく、不純物元素との分離係数が小さい。なお、
図5に、比較例1において中性抽出剤のみからなる抽出剤を用いたときの、スカンジウムと不純物元素であるFe
3+及びZr
4+との分離係数を示す。
【0070】
また、
図3に示す比較例2の結果から分かるように、リン酸系抽出剤のみからなる抽出剤を用いた場合では、酸性溶液のpHがいずれの値であっても、スカンジウムと不純物元素とを効果的に分離することができない。
【0071】
以上の結果から、スカンジウム抽出用の抽出剤としてリン酸系抽出剤と中性抽出剤との混合抽出剤を用いることで、鉄を含む不純物元素とスカンジウムとを効率的に分離して、スカンジウムのみを選択的に抽出することができることが分かった。また、その溶媒抽出に先立ち、酸性溶液のpHを0.0以上2.0以下、より好ましくは1.7以上2.0以下の範囲に調整し、そのpH調整後に溶媒抽出に付すことで、スカンジウムのみをより高純度で抽出することができることが分かった。
【0072】
≪3.ニッケル酸化鉱石を酸浸出して得られた酸性溶液からのスカンジウムの抽出≫
[実施例2、実施例3]
実施例2及び3として、下記表6に示すように調製した混合抽出剤(リン酸系抽出剤と中性抽出剤との混合抽出剤)を用いて、ニッケル酸化鉱石に対して酸浸出処理を施してスカンジウムを浸出させた硫酸溶液(下記表7)を溶媒抽出に付した。
【0073】
【表6】
【0074】
【表7】
【0075】
具体的に、溶媒抽出処理の対象とした硫酸溶液は、実際のニッケル酸化鉱石を公知の方法で加圧硫酸浸出し、得られた浸出液に硫化剤を添加して硫化反応によってニッケルやコバルトを分離した後の硫酸溶液(硫化後液)を用意した。なお、表7に示すように、この硫酸溶液は、スカンジウム(Sc)を含有するとともに、アルミニウム(Al)、クロム(Cr)、トリウム(Th)、3価の鉄(Fe)等の不純物と、微量残留したニッケル(Ni)を含有する。
【0076】
そして、実施例2及び3では、硫酸溶液を30mlずつ6つに分取し、その硫酸溶液のpHを1.0〜2.0の範囲内で一定の値に調整した。そして、各々の硫酸溶液についてスカンジウム抽出用の混合抽出剤(PC88A+TOPO)30mlと混合し、その混合溶液を回転数650rpmで20分間撹拌した。このとき、硫酸溶液中のpHを、混合抽出剤との混合前と同じ値に維持するため、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を適宜添加した。
【0077】
所定時間の撹拌後、混合溶液の水相と有機相とを分液漏斗で分離し、抽出残液(水相)に対して誘導プラズマ発光分光分析装置(ICP−AES)を用いた元素分析を行い、各種金属の水相から有機相への抽出率を求めた。実施例2については下記表8及び
図6に、実施例3について下記表9及び
図7に、pHとニッケル酸化鉱石に含まれる各種金属の抽出率との関係を示す。
【0078】
【表8】
【0079】
【表9】
【0080】
実施例2及び3の結果に示されるように、ニッケル酸化鉱石に含まれるアルミニウム、鉄、トリウム等の不純物とニッケルを含む酸性溶液から、それら不純物元素と分離して、スカンジウムを高純度で抽出することができた。
【0081】
≪4.混合抽出剤における混合割合≫
[参考例1]
参考例1として、リン酸系抽出剤(PC88A)と中性抽出剤(TOPO)とを含有する混合抽出剤において、下記表10のように、PC88A:5mMに対してTOPO:500mMを混合することによって、リン酸系抽出剤の混合割合をモル比で1%とした混合抽出剤を用いて溶媒抽出を行った。
【0082】
【表10】
【0083】
溶媒抽出の操作は、実施例2と同じ硫酸溶液(表7)を処理対象とし、その硫酸溶液のpHを1.0、1.6、1.8の3パターンにそれぞれ調整して、実施例2と同様にして行った。そして、混合溶液の水相と有機相とを分液漏斗で分離し、抽出残液(水相)に対して誘導プラズマ発光分光分析装置(ICP−AES)を用いた元素分析を行い、各種金属の水相から有機相への抽出率を求めた。下記表11及び
図8、9に、pHと各種金属の抽出率との関係を示す。
【0084】
【表11】
【0085】
参考例1の結果から、混合抽出剤中におけるリン酸系抽出剤の混合割合が1%であると、不純物元素であるトリウムとの関係においてスカンジウムを十分に分離することができなくなり、スカンジウムの抽出の選択性がやや低下してしまうことが分かった。
【0086】
≪5.他のリン酸系抽出剤を用いた混合抽出剤による溶媒抽出≫
[実施例4]
実施例4として、以下に示す混合抽出剤を調製し、溶媒抽出を行った。すなわち、下記表12に示すように、リン酸系抽出剤として、ジ(2,4,4−トリメチルペンチル)ホスフィン酸(商品名:Cyanex272)を用い、そのリン酸系抽出剤のモル濃度が0.1mol/L、中性抽出剤(TOPO)のモル濃度が0.5mol/Lとなるように、各々の抽出剤をスワゾールに溶解させることによって、混合抽出剤を調製した。
【0087】
【表12】
【0088】
溶媒抽出に対象として、下記表13に示す濃度で、スカンジウム(Sc)、鉄(Fe)、ジルコニウム(Zr)を含有する硫酸溶液を用意し、その硫酸溶液を30mlずつ6つに分取して、pHを1.0〜2.0の範囲内で一定の値に調整した。
【0089】
【表13】
【0090】
溶媒抽出の操作は、実施例1と同様にして行った。そして、混合溶液の水相と有機相とを分液漏斗で分離し、抽出残液(水相)に対して誘導プラズマ発光分光分析装置(ICP−AES)を用いた元素分析を行い、各種金属の水相から有機相への抽出率を求めた。下記表14及び
図10に、pHと各種金属の抽出率との関係を示す。
【0091】
【表14】
【0092】
実施例4の結果から、実施例1で使用したものとは異なるリン酸系抽出剤を用いた混合抽出剤でも、スカンジウムと不純物元素とを効率的に分離することができ、スカンジウムを高純度で精製することができた。なお、
図11に、スカンジウムと不純物元素であるFe
3+及びZr
4+との分離係数を示す。