(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
電子顕微鏡等の内部に配置される光学素子は、正確に適正な位置に形成されている必要がある。例えば、静電レンズを形成する電極は、電子ビームを通過させるための開口が設けられているが、この開口が電子ビームの理想光軸に対し、軸対称に形成されている必要がある。また、電極間の距離も設計通り、適正な位置に正確に位置付けられている必要がある。レンズを形成するための電極は、碍子のような絶縁部材を介して電子顕微鏡等の装置に取り付けられている。碍子は絶縁性の高いセラミック等で形成されているが、非常に硬質な部材であり、軟質な部材に対して相対的に加工が難しい。また、加工が困難であるが故に、光学素子を高精度に所定の位置に位置付けることが難しい。
【0015】
より具体的には、碍子は磁器を組成とするものが多く、焼結時の寸法変化が数100μm程度発生する難加工材である。また、碍子と金属を接合する場合、温度によらず、安定した位置精度を確保するためには、碍子、金属の双方に熱膨張率が近い部材を介して接続する必要があり、構成が複雑になる。また、その際にロウ付けで各部材を接合しようとすると、ロウ材端面に高温加熱等による接着面粗さ等を発生し、不要な放電や不純ガスを発生する可能性がある。特許文献1乃至3には、碍子や偏向器を、導電性セラミックによって構成すること、或いはセラミック上に導電性膜を形成することが説明されているが、碍子自体を高精度形成することは上述の事情により困難であり、より高精度形成可能な部材の適用が望ましい。
【0016】
以下に、高精度形成に基づく荷電粒子線装置の高性能化の実現を目的とする荷電粒子線装置、及び荷電粒子線装置用部材の製造方法を提案する。
【0017】
上記目的を達成するための一態様として、荷電粒子源から放出された荷電粒子ビームを、変化させる光学素子、及び当該光学素子を包含する真空容器を備えた荷電粒子線装置であって、前記光学素子は電極或いは第1のバナジウムを含むガラスからなる被電圧印加部材を含むものであって、当該被電圧印加部材を支持する支持部材、及び前記真空容器の少なくとも1つは、第2のバナジウムを含むガラスによって構成される荷電粒子線装置を提案する。即ち、真空空間に位置する真空空間に接する真空容器内壁を構成する部材、光学素子の構成部材、その他真空内に配置される部材を、バナジウムを含むガラスで構成した荷電粒子線装置を提案する。
【0018】
また、上記目的を達成するための他の態様として、荷電粒子線装置に搭載される光学素子、真空容器或いは荷電粒子線装置を製造する製造方法であって、前記荷電粒子ビームを変化させる光学素子に含まれる被電圧印加部材の接続部材、及び前記真空容器の少なくとも一方を、バナジウムを含むガラスによって構成する製造方法を提案する。
【0019】
上記構成、及び方法によれば、荷電粒子線装置、及び荷電粒子線装置を構成する部材の高精度形成に基づく、荷電粒子線装置の高性能化が可能となる。
【0020】
電子顕微鏡等の電子線装置に用いられる静電偏向器や静電レンズなどの電極構造は、金属電極を電気的に分離するために電極間に絶縁体碍子を挟む構造をとっている。絶縁体碍子が直接金属電極に接合できないため、ネジによる締め付けや、ロウ付け部品を介して金属電極と溶接する方法などが使用される。更に絶縁体碍子が電子線に照射されるとチャージアップしてしまうため、絶縁部を遮蔽したり、電子線が到達しないように複雑な構造をとる必要があった。
【0021】
以下に説明する実施例は、電子顕微鏡のような荷電粒子線装置、荷電粒子線装置内で荷電粒子ビームを調整、変化させる光学素子、及びこれらの製造方法に関するものであり、バナジウムを含有するガラスを、金属電極、或いはバナジウムガラスを含む被電圧印加部材を固定、支持、接続する際の絶縁物として、あるいは部材に塗布して用いることを特徴とする。
【0022】
バナジウムを含有するガラスは、非晶質であり、結晶体のバナジウムと異なり、低温で軟化・流動し、気密性が高く(ガス透過性がない)、抵抗率を制御できる。また、含有物の組成率を変えることで軟化点を300〜700℃で制御することができ、金属と金属、金属と絶縁物の接合剤として用いることができる。また、加工性が良いため、金属同様の加工精度を実現し、さらに抵抗率を10
6〜10
13Ωcmの範囲で制御することができる。
【0023】
また、電子源周辺は、電子源特性の安定化、長寿命化のため、極高真空が求められる。これまでの知見から電子源からの電子放出の安定化には真空度向上が重要であることが分かってきている。真空度向上のため、非蒸発型ゲッターポンプ(NEG)等の効果は確認されているが、電子銃の複雑な電極構造で、局所的に排気することは出来ていない。
【0024】
電子顕微鏡の電子源周辺の構成は複雑で、局所的に高真空に排気するには、大型の高真空ポンプが必要である。しかしながら、電子源周辺部は大型の高真空ポンプを取り付けるスペースは無く、構造が複雑なため排気コンダクタンスが大きくとれない。そのため、結果的には大型の高真空ポンプを取り付けても実効的に排気能力は限界がある。そこで、以下に説明する実施例では、バナジウムガラスコートに基づく荷電粒子線装置の高性能化の実現を目的とする荷電粒子線装置、及び荷電粒子線装置用部材の製造方法を提案する。
【0025】
上記目的を達成するための一態様として、内部空間が高真空に排気される真空容器と、前記真空容器の前記内部空間側の表面に形成されたコート層とを備え、前記コート層はバナジウムを含むガラス、つまり、非晶質であることを特徴とする真空部材を用いた荷電粒子線装置を提案する。
【0026】
高真空にしたい空間、例えば、電子源周辺部の壁にバナジウムガラスをコートすることで、電子源周辺部でのガス放出量を低減し、コート層でのゲッター効果により、局所排気を実施し、構造が複雑な空間でも大型の高真空ポンプを付けること無く、極高真空を達成する。以下に説明する実施例は、電子顕微鏡のような荷電粒子線装置、荷電粒子線装置内で、電子源周辺部などでの放出ガス量を低減でき、局所的に排気できる真空部材、および、これらの製造方法に関するものであり、バナジウムを含有するガラスを、金属、絶縁物などの部材に塗布して用いることを特徴とする。
【0027】
上記構成、及び方法によれば、荷電粒子線装置、及び荷電粒子線装置を構成する部材の高機能化に基づく、荷電粒子線装置の高性能化が可能となる。バナジウムガラスを用いることで放電のリスクを上げることなく、局所高真空化の実現が可能となる。
【0028】
また、金属や絶縁物へのコート剤としてバナジウムを含有するガラスを用いることにより、ガス放出量を低減でき、高真空を維持できる構成することが可能となる。また、バナジウムガラスの抵抗率を適切に制御することで、電子の衝突等によって形成されるチャージアップ等の発生を抑制でき、当該チャージアップによるビーム軌道への影響や、放電に基づく絶縁破壊等の発生の可能性を低減することが可能となる。特に、排気コンダクタンスが小さい構造が複雑な部分であっても、真空空間に対向するように、ゲッター効果を持つコート面を塗布することができるため、内部構造が複雑な光学系であっても、高真空化を実現することが可能となる。
【0029】
バナジウムを含有するガラスは、非晶質であり、結晶体のバナジウムと異なり、低温で軟化・流動し、気密性が高く(ガス透過性がない)、抵抗率を制御できる。更に、バナジウムを含有するガラスは、バナジウムを主成分(含有する成分の中で一番多い)とする非晶質の均一な単一材料である。また、含有物の組成率を変えることで軟化点を200〜700℃で制御することができ、金属や絶縁物のコート剤として用いることができる。コート剤として用いる場合は、金属や絶縁物とのガラスの熱膨張係数を合わせる必要がある。一般的には、コートしようとする部材の熱膨張係数の一、二割小さい熱膨張係数のガラスが好ましい。バナジウムガラスの熱膨張係数は4〜20ppmの範囲で調整できる。部材の材質は、ステンレス、チタン、アルミ、銅、金、銀、ニッケル、コバルト、リン青銅、鋳鉄、軟磁性材料(パーメンダ、 パーメンジュール、タフバーム、鉄等)、カプトン、セラミック(ガラス、アルミナ、ジルコニア、チッ化アルミ、炭化ケイ素、チッ化ケイ素、フォルステライト、ステアタイト、コージライト、フェライト、ムライト、サイアロン、チタン酸バリウム、チタン酸ジルコン酸鉛、マシナブルセラミック等)、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂などである。
【0030】
図9にガラスの温度と粘度の変化を表すグラフ、
図10にガラスの示差熱分析のグラフを示す。ガラスは温度が高くなるにつれ、粘度が下がる。また、ガラスから過冷却液体に移り変わる温度を転移点(Tg)、ガラスの膨張が停止する点を屈伏点(Mg)、軟化し始める温度を軟化点(Ts)、ガラスが焼結体となる焼結点(Tsint)、ガラスが溶け出す流動点(Tf)、ガラスの成形に適した温度(粘度が1E+4 dPas であるような温度)を作業点という。転移点と軟化点は例えば、535℃、655℃と言った値で、バナジウムを含有するガラスを軟化点から作業点に加熱することで、接合剤、コート剤、或いは真空容器内の微小な凹部等を充填する充填剤とすることができる。
【0031】
金属と金属、金属と絶縁物の間の接合剤としてバナジウムを含有するガラスを用いることにより、ネジによる締め付けや、ロウ付け等を行うことなく、荷電粒子線装置内に設置される光学素子を構成することが可能となる。また、加工性に優れているため、高い位置精度を得ることができ、結果として高性能な光学素子、及び荷電粒子線装置の提供が可能となる。さらには、バナジウムガラスの抵抗率を適切に制御することで、電子の衝突等によって形成されるチャージアップ等の発生を抑制でき、当該チャージアップによるビーム軌道への影響や、放電に基づく絶縁破壊等の発生の可能性を低減することが可能となる。
【0032】
真空容器を構成する絶縁材として、低軟化点で加工性が優れ、体積抵抗値を任意の範囲で制御できるバナジウムを含有するガラスを用いる。バナジウムを含有するガラスは
、含有物の組成率を変えることで、軟化点や熱膨張係数を接合部材の特性に合わせることができるため、接合剤として働き、金属や他の絶縁物、バナジウムを含有するガラス自体を高い気密性を保ったまま接合することができる。
【0033】
また、加工性が優れているので、金属との一体構造物を作り、それを切削加工することで、電極構造の組立てや溶接などをせずに構造物を作製することができる。
【0034】
さらに、抵抗値を制御することができるため、構造物の表面に電子などが付着しても、チャージアップを防止することができる。
【0035】
以下に説明する実施例によれば、位置精度の高い、チャージアップを防止することができる電極構造物を作ることができる。また、真空容器としても気密性の高いものを作れる。
【0036】
以下、図面を用いて、バナジウムを含むガラスを構成要素とする走査電子顕微鏡、及びその各構成要素について、詳細に説明する。なお、以下の実施例では、走査電子顕微鏡を用いて説明を行うが、本実施例は他の荷電粒子線装置にも適用することが可能である。
【0037】
また、バナジウムガラスは、ゲッター効果による真空排気を行うことができるため、真空空間に面する電子顕微鏡の各部品を構成する構造物としてだけではなく、構造物をコートするコート剤として用いることによって、高真空化の実現が可能となる。
【0038】
図1は、走査電子顕微鏡(荷電粒子線装置)の概要を示す図である。電子源106と第一陽極102の間に印可される引出電圧V1によって電子源106から放出された一次電子線107は電子源106と第二陽極104の間に印可される電圧Vaccにより加速されて、後段の電子顕微鏡鏡筒114に進行する。
【0039】
引出電圧V1は引出電圧制御回路151、加速電圧Vaccは加速電圧制御回路152により制御されている。
【0040】
一次電子線107は、第一集束レンズ制御回路153で制御された第一集束レンズ113で集束される。一次電子線107は対物絞り116で電子線の試料照射電流が制御されるが、電子線の中心を対物絞り116の孔中心へ通過させるために、電子線中心軸調整用アライナー154と、対物絞り116上で電子線を走査するための電子線中心調整用偏向器115が設けられている。
【0041】
さらに一次電子107は、収差補正器120によりビーム形状が補正され、それを対物レンズ119で細く集束され、上段偏向器117と下段偏向器118により試料121上を二次元的に走査される。試料121は、XYZ駆動およびリターディング電圧制御機構160により制御されている試料ステージ122に配置されている。
【0042】
試料121上の一次電子線107の照射点からは、反射電子や二次電子などの信号電子123が放出される。この信号電子123を検出器124で検出し、信号処理機構159により観察画像として図示にない表示方法により試料121の拡大像がえられる。
【実施例1】
【0043】
上記説明した装置構成で、電極の絶縁部分、真空容器にバナジウムを含有するガラスを適用した例について説明する。
図2は、電子源周辺の絶縁物および真空容器にバナジウムを含有するガラスを用いた構造の概略図である。
【0044】
第一陽極102と第二陽極104の間には加速電圧Vaccが印可されて、電子源106から放出された一次電子線107を加速しており、第一陽極102と第二陽極104を電気的に絶縁している絶縁体碍子180として、バナジウムを含有するガラスを用いる。
【0045】
また、一次電子線107が通過する領域は真空雰囲気であり、外側が大気となっており、絶縁体碍子180は真空容器の一部としても用いられている。
【0046】
絶縁体碍子180として用いるバナジウムを含有するガラスの大きさは、次のようにして決まる。一次電子線107は、第一陽極102や第二陽極104等の電極に衝突して反射電子や散乱電子と言った二次的な電子108、109が発生する。この二次的な電子108、109は絶縁体碍子180に付着し、蓄積されてチャージアップの原因となる。
【0047】
このチャージアップを防ぐためには、絶縁体碍子180の真空雰囲気側の壁面に電子線照射量、例えば数μA程度流す必要がある。第一陽極と第二陽極にかかる電圧はVacc−V1であり、通常−数kV〜数十kVである。
【0048】
これを満たす抵抗値は10
11Ω程度であり、抵抗率10
9Ωcmのバナジウムを含有するガラスで、外径100mm内径80mm高さ100mmの形状を作製すればこの抵抗値を実現できる。また、空気の絶縁破壊電界強度の一般的な値は3kV/mmであり、外側の放電を起こさない長さを確保できている。絶縁体碍子180として用いるバナジウムを含有するガラスの大きさは、チャージアップを防止する抵抗値と、放電の危険性の無い距離があれば特に限定するものではない。
【0049】
また、バナジウムを含有するガラスは、低軟化点であり、第一陽極102および第二陽極104に直接接合することができ、接合の際は、レーザを用いる方法をはじめ、様々な加熱による接合方法により実施される。
【0050】
バナジウムを含むガラスではない絶縁体碍子では、抵抗値の制御が困難で、チャージアップを防止するために、二次的な電子108、109が放出されないよう第一陽極102、第二陽極104の形状を複雑な構造にしたり、絶縁体碍子の前に遮蔽材を挿入して対応する必要がある。また、絶縁体碍子は金属と直接接合することができず、セラミックスの場合は、熱膨張率の近いコバールとセラミックスを銀ロウ付けし、コバールと金属を溶接することで真空容器を作製する必要があるが、銀ロウやコバールと言った部材が、不純ガスを放出する原因となるため、これらの構成を用いない本実施例によれば、高真空の維持が可能な真空容器の提供が可能となる。また、真空空間に接する面積の大きな絶縁碍子を、バナジウムガラスで生成することによって、ゲッター効果による高真空化を実現することが可能となる。
【実施例2】
【0051】
図3は、加速管にバナジウムを含有するガラスを用いた構造の概略図である。加速管は、電子顕微鏡の場合、複数の電極が絶縁体を介して積層される。そして各電極に印加される電圧によって、電子ビームは多段加速される。このような加速管は、主に透過型電子顕微鏡のような高加速電子顕微鏡に用いられ、例えば、数100keVに電子ビームを加速させる。
【0052】
バナジウムを含むガラスを用いない加速管では、ガラスやセラミックスなどの絶縁体碍子を使用している。一次電子線107や一次電子線107が発生させる反射電子や散乱電子と言った二次的な電子108、109が衝突したときは、絶縁体碍子の表面に電子が蓄積され、チャージアップする。チャージアップすると、加速管の電位分布が変わり、一次電子線107の軌道が変化し、観察時にビームが揺らぐといった現象が起こる。このチャージアップ現象を防止するために、バナジウムを含むガラスを用いない加速管では、一次電子線107が二次的な電子108、109が絶縁体碍子に直接当たらないように、加速電極を複雑な形状とする必要がある。このような加速電極は製作が複雑になるばかりでなく、加速管を組み込んだ時に、中心軸上の電位勾配が厳密には一定でなくなり、一次電子線107の収差も増大する。また、電位勾配を一定にするために、各電極間に数GΩの抵抗(ブリーダ抵抗)を取り付け、静電レンズ効果の影響を小さくしたまま、電子線を加速する
ことになる。
【0053】
図3(a)は、バナジウムを含有するガラスを加速管207の1、3、5段目(
図3(b)のガラス201、203、205)に使用した例である。ここで、加速管に使用されるバナジウムを含有するガラスは、特に内側表面の抵抗を小さくする特徴がある。具体的な抵抗値としては、10
8〜10
10Ωの範囲である。バナジウムを含有するガラスを使用することで、内側表面に電子が衝突し発生するチャージは、表面を電流として流れるので、チャージアップを防止できる。よって、各段の加速電極の形状もセラミック等の碍子を用いた加速管と違い単純な構造とすることができる。
【0054】
また、各段に使用するバナジウムを含有するガラスの抵抗を、ブリーダ抵抗と同じ値に合わせこむことで、ブリーダ抵抗を使用しない加速管を提供することもできる。さらに、加速電極間の距離や形状に応じて、バナジウムを含有するガラスの長さや抵抗値を変えることで、一定の電界を得ることも可能である。
【0055】
また、バナジウムを含有するガラスは低軟化点で加工性が良い。そのため、この加速管の作製には、まず
図3(b)にある通り、円柱のバナジウムを含有するガラス201、203、205と加速電極202、204を積み重ね、バナジウムを含有するガラスを接合する。続いて、
図3(c)にあるような一体構造物206を切削加工することで、最終形状を完成する。こうして、組立工程を省き、ネジ止め、溶接などの作業がなくなるため、同軸度などの位置精度が高い加速管を作ることができる。従って、組立て誤差による一次電子線107の軌道の乱れを防ぎ、収差を小さくすることができる。また、部品点数が少なくなることで、不純ガスを放出する原因が減り、真空度も改善される。
【0056】
また、同じ要領で静電レンズを形成することもできる。より具体的には、部材201、203、205を電極とし、部材202、204を、バナジウムを含むガラスからなる絶縁部材とすることによって、静電レンズを構築することが可能となる。
【実施例3】
【0057】
図4は、静電レンズにバナジウムを含有するガラスを用いた構造の概略図である。一次電子線107を収束するのには、電子レンズが用いられ、電子レンズの一つとして静電レンズが使われる。静電レンズは電位の異なる電極が同軸に重なった構造をしている。
【0058】
セラミックスなどの絶縁体碍子を構成要素とする静電レンズでは、碍子によって電気的に電極同士を絶縁している。そのため、一次電子線107や一次電子線107が発生させる反射電子や散乱電子と言った二次的な電子が絶縁体碍子に衝突したときは、絶縁体碍子の表面に電子が蓄積され、チャージアップする。チャージアップすると、静電レンズの電位分布が変わり、一次電子線107の軌道が変化し、観察時にビームが揺らぐといった現象が起こる。
【0059】
このチャージアップ現象を防止するために、一次電子線107や二次的な電子が絶縁体碍子に直接当たらないように、電極の構造を複雑にすることが考えられるが、このような電極は製作が複雑になるばかりでなく、静電レンズを組み込んだ時に、所望の電界を作ることができなくなり、一次電子線107の収差も増大する。
【0060】
一方、バナジウムを含有するガラスは低軟化点で加工性が良い。本実施例では、
図4(b)に例示するように、絶縁部材となる筒状のバナジウムを含むガラス352と、抵抗が低く、電極のような被電圧印加部材となる円柱状のバナジウムを含むガラス351を用意し、部材351の切削加工等によって、
図4(a)に例示するような形状に成型する。バナジウムガラスは、電極の代替部材として適用可能な程度の抵抗値を持たせることが可能であるため、本実施例は絶縁部材と被電圧印加部材のいずれをもバナジウムガラスを含有する材料で構成する例について説明する。
【0061】
図4(a)はバナジウムを含有するガラスを用いて形成された静電レンズを示す図であり、第2のバナジウム含有するガラスで構成された絶縁部材354、第1のバナジウムを含有するガラスで構成された被電圧印加部材356、358、360によって静電レンズが構成されている。また、絶縁部材354には、被電圧印加部材356、358、360のそれぞれに、電圧を印加する導線を通すための通路355、357、359が設けられている。
【0062】
本実施例では、静電レンズの作製のために、円柱のバナジウムを含有するガラスと電極を積み重ね、バナジウムを含有するガラスを接合し、続いて、接合によって一体となった一体構造物を切削加工することで、最終形状を完成する。
【0063】
こうして、組立工程を省き、ネジ止め、溶接などの作業がなくなるため、同軸度をはじめとした位置精度が高い静電レンズを作ることができる。従って、組立て誤差による一次電子線107の軌道の乱れを防ぎ、収差を小さくすることができる。また、部品点数が少なくなることで、不純ガスを放出する原因が減り、真空度も改善される。静電レンズの形状・抵抗値は、特に全て同じ形状、同じ抵抗値のものとする必要はなく、電極間の距離や形状に応じて、バナジウムを含有するガラスの長さや抵抗率を変えることで電界形状を制御し、所望のレンズ効果を得ることも可能である。
【0064】
別の作製方法としては、円筒のバナジウムを含有するガラスと円柱の電極を嵌め合わせ、バナジウムを含有するガラスを接合する。続いて、
図4(c)に例示するような一体構造物353を機械加工することで、最終形状を完成する。電位を与えるための配線は、側面を加工しても良く、また、分割された円筒のバナジウムを含有するガラスの境界にあらかじめ配線を埋め込み、バナジウムを含有するガラス同士を接合したものを用いても良い。
【実施例4】
【0065】
図5は、収差補正器にバナジウムを含有するガラスを用いた構造の概略図である。一次電子線107の収差を補正するのには、磁場や電場を用いた収差補正器(多極子)が用いられ、その一つとして静電型収差補正器が使われる。静電型収差補正器は放射状に配置された電極に異なる電位を加えて、一次電子線107のビーム形状を制御する。
【0066】
セラミック等の碍子を用いた静電型収差補正器は、セラミックスなどの絶縁体碍子で電気的に電極を絶縁している。そのため、一次電子線107やその反射電子や散乱電子と言った二次的な電子の付着により、チャージアップの可能性がある。チャージアップすると、電極間の電位分布が変わり、一次電子線107の軌道が所望の起動から逸脱し、観察時にビームが揺らぐといった現象が起こる。このチャージアップ現象を防止するためには、一次電子線107や二次的な電子が絶縁体碍子に直接当たらないように、電極が複雑な構造にする必要がある。
【0067】
本実施例は、比較的簡単な構造で、加工が容易な収差補正器に関するものである。
図5は、バナジウムを含有するガラスを電極の絶縁物に用いた八極子の静電型収差補正器である。
【0068】
バナジウムを含有するガラスは低軟化点で加工性が良い。そのため、この静電型収差補正器の作製には、まず、
図5(b)に例示されている通り、円筒のバナジウムを含有するガラス402と円柱の電極401を嵌め合わせ、両者を接合する。続いて、
図5(b)に例示されているような一体構造物403を切削加工することで、最終形状を完成する。こうして、組立工程を省き、ネジ止め、溶接などの作業がなくなるため、同軸度をはじめとした位置精度が高い静電型収差補正器を作ることができる。従って、組立て誤差による一次電子線107の軌道の乱れを防ぎ、収差を小さくすることができる。また、部品点数が少なくなることで、不純ガスを放出する原因が減り、真空度も改善される。電位を与えるための配線は、側面に加工しても良く、また、分割された円筒のバナジウムを含有するガラスの境界にあらかじめ配線を埋め込み、バナジウムを含有するガラス同士を接合したものを用いても良い。
【0069】
また、静電偏向器も静電型収差補正器と同様の構造をしており、静電型収差補正器と同様に作製することができる。
【0070】
図5(a)に例示する静電型収差補正器は、8つの電極404、405、406、407、408、409、410、411と、当該電極を包囲する筒状のバナジウムを含有するガラスによって構成されている。また、筒状体には、導線を通すための開口412、413、414、415が形成されている。また、8つの電極を導電性の高いバナジウムガラスを含有する部材とするようにしても良い。また、収差補正器ではなく静電偏向器として用いるようにしても良い。
【実施例5】
【0071】
図6は、電子源周辺の絶縁物としてバナジウムを含有するガラスをセラミックスなどの絶縁体碍子の表面に構成した構造の概略図である。
図6に例示する構成では、絶縁性碍子503の内壁に、バナジウムを含有するガラス504が塗布されている。このようにバナジウムを含有するガラスは、塗布して使用することができる。このように、電子が衝突する可能性がある碍子表面に、バナジウムを含有するガラスを塗布することによって、チャージアップを抑制することが可能となる。
【0072】
バナジウムを含有するガラスは数百μm厚で塗布することができ、表面抵抗を10
11Ω程度に制御することができるため、電極間に高電圧を印加した際にバナジウムを含有するガラスの表面に微小電流を流すことでチャージアップを防ぐことができる。
【0073】
一方、絶縁性碍子503は焼結によって作成されるものであるため、
図6に例示するような構成を採用した場合、焼結時の寸法変動によって、第一陽極102と第二陽極104との相対位置がずれ、設計通り高精度に形成できないことが考えられる。それに対し、
図2に例示したように、部材180を、バナジウムを含有するガラス、或いはバナジウムガラスを含有する部材とすることによって、電極を支持する部材が焼結時の寸法変動によって変形することのない部材となるため、高い加工精度でビームを調整する光学素子を構成することが可能となる。
【0074】
以下、図面を用いて、バナジウムを含むガラスのコートによる高真空化方法の詳細に説明する。なお、以下の実施例では、真空容器を用いて説明を行うが、本実施例は他の荷電粒子線装置にも適用することが可能である。
【0075】
図12は国際標準規格に準ずる超高真空用フランジ(ICF)を用いた単管の断面図である。単管はステンレス材(主に、SUS304L)1を用いており、超高真空用フランジ5同士の接続にはメータシール方式の無酸素銅ガスケット3を用いる。超高真空フランジ5のナイフエッジ4部分を銅ガスケット3に食い込ませることにより、真空シールを実施する。荷電粒子線装置においては、上記単管が真空室の壁面となり、荷電粒子線カラムを構成するために、フランジを介して複数の真空室(容器)を接続する際に、上述のような銅ガスケットが用いられる。
【0076】
図13は、単管にバナジウムガラス2を塗布した後の断面図である。バナジウムガラスを535℃〜655℃でペースト化し、スプレー、刷毛塗り、印刷方法などの手法により、内壁へ塗布する。塗布後、150℃で30分乾燥させる。乾燥後のバナジウムガラス2の膜厚は200〜400μm程で、これを大気中に置いて、330℃、1時間と500℃、1時間の焼成を実施することにより、単管内壁へバナジウムガラスコートできる。コート層の膜厚は、塗布後の膜厚の約半分となり、100〜200μm程であった。バナジウムガラス2は、銅が拡散すると結晶化してしまうため、銅ガスケット3とバナジウムガラス2が接触しないようにする必要がある。本実施例では、バナジウムガラス塗布後の厚みd[mm]と塗布膜端面から超高真空フランジ5のナイフエッジ4部分までの距離、或いは塗布膜端部と銅ガスケット3との距離E[mm]の関係をE>dとすることにより、塗布後の焼成でバナジウムガラス2が溶融して流れても銅ガスケットと接触しないようにできる。
【0077】
図14は、超高真空フランジのICF−114を4つ配した、クロス管を
図13のように、バナジウムガラスコート(Vガラスコート)したものと、ステンレス表面(SUS表面)そのままのものを用意し、ベーキングによる到達真空度の違いを見た排気特性である。真空排気は240L/sのターボ分子ポンプと非蒸発型のゲッターポンプで実施した。真空度はヌードイオンゲージと四重極質量分析計にて計測した。
図14の横軸は時間[sec]で、縦軸は真空度[Pa]である。ベーキング温度は150℃で、6時間(21600sec)の間、行った。ベーキング開始後はVガラスコートしたものも、SUS表面のものも真空容器のクロス管の温度上昇とともに真空度が上昇しているが、ガス放出量は徐々に減少していく。ここで、ガス放出量の減少の状況は、
図143の結果を見てわかるように、SUS表面のものと比較して、Vガラスコートしたものが早く減少していることがわかる。これはSUS表面がVガラスコートされることにより、ベーキング前のガスの吸着が抑えられ、ガス放出量の低減が出来ている事がわかる。尚、ベーキング中、4時間(14400sec)経過後、ゲッターポンプとイオンゲージの脱ガスのため、真空度はVガラスコートしたものも、SUS表面のものも、一旦、真空度は上昇しているが徐々に減少している。
【0078】
ベーキング終了後(21600sec以降)もSUS表面のものと比較して、Vガラスコートしたものが早く真空度が減少していることがわかる。ベーキング終了45時間後では、到達真空度はSUS表面のものが1.6x10
−8Paに対して、Vガラスコートしたものは9.3x10
−9Pa以下となった。通常のベーキングでは、極高真空領域を達成するためには、250〜400℃のベーキング温度が必要であるが、150℃の低温ベーキングでも、Vガラスコートにより、10
−9Pa台の極高真空領域に到達できていることが分かる。つまり、真空度が10
−8〜10
−11[Pa]の極高真空領域で、バナジウムガラスコートのゲッター効果により、局所排気できることを示している。
【実施例6】
【0079】
本実施例では荷電粒子線装置の電子源内部の真空空間に面する部材にバナジウムガラスを塗布した例を説明する。
図2を用いて説明したように、走査電子顕微鏡の電子銃は、電子源106と第一陽極102の間に印加される引出電圧V1によって、電子源106から電子を引き出し、引き出された電子を電子源106と第二陽極104の間に印加される電圧Vaccにより加速して一次電子線107とする電子顕微鏡に用いられる光学素子である。
【0080】
図2を用いて、部材180をバナジウムガラスで生成する例について説明したが、通常はセラミック製の絶縁碍子が用いられている。セラミック製の絶縁碍子に、二次的電子109に衝突すると正にチャージアップする。また、第一陽極102と第二陽極104に一次電子線107が衝突した際、その陽極表面からガスが放出され、電子源周辺部の真空度が劣化する。
【0081】
電子源近傍の部材が正帯電すると、不要な電界が形成され電子ビームの軌道を変化させてしまうことになり、電子銃の安定性を劣化させる原因となる。
【0082】
以下に絶縁性碍子を用いたとしても、チャージアップの抑制や、高真空化を実現し得る電子源構成について説明する。
図15は、真空度が10
−8〜10
−11Paの領域において、電極の絶縁部分、真空容器にバナジウムを含有するガラスを適用した例を示す図である。
【0083】
絶縁体碍子103のチャージアップを防ぐためには、まず、反射電子や散乱電子と言った二次的電子108、109の発生を抑制することにある。第一陽極102と第二陽極104の電子線が衝突すると考えられる内壁(電子源側面)に、バナジウムガラスコートを塗布する。第一陽極102の内壁には、第一陽極102の材質の熱膨張係数に合わせて、1、2割小さい熱膨張係数のバナジウムガラスコート161を塗布し、第二陽極104の材質の熱膨張係数に合わせて、1、2割小さい熱膨張係数のバナジウムガラスコート162を塗布する。これらのバナジウムガラスコート161、162の効果により、一次電子線107が第一陽極102と第二陽極104に衝突した際の反射電子や散乱電子と言った二次的電子108B、109Bを、バナジウムガラスコート161、162無しの場合と比較し、低減できる。また、第一陽極102と第二陽極104に一次電子線107が衝突した際、その陽極表面からのガス放出量が低減でき、電子源周辺部の真空度が劣化もおさえることができる。
【0084】
さらに、低減できた二次的電子108B、109Bによる絶縁体碍子103のチャージアップを防止するためには、絶縁体碍子103の真空雰囲気側の壁面に電子線照射量、例えば数μA程度流す必要がある。第一陽極と第二陽極にかかる電圧はVacc−V1であり、通常−数kV〜数十kVである。これを満たす抵抗値は10
11Ω程度であり、この抵抗値になるようなバナジウムガラスコート163を施すことで実現できる。
【0085】
更に、ゲッター効果を持つバナジウムガラスを、ペースト化し塗布することによって、細かい部品であってもその表面を覆うことができるため、排気コンダクタンスの小さな真空内領域であっても、十分な排気効果を期待でき、結果として真空室内の高真空化を実現することが可能となる。更に平坦面に塗布するよりも、電子源内部のような複雑な構成要素にバナジウムガラスを塗布した方が、真空空間に接するバナジウムガラスコートの面積を大きくなるため、バナジウムガラスのコーティング技術は、微細な部品が存在する環境の高真空化を実現するのに有効な技術であると言える。
【実施例7】
【0086】
図16は、バナジウムを含有するガラスを用いた構造の走査電子顕微鏡(荷電粒子線装置)の概要を示す図である。電子顕微鏡鏡筒114は大きく分けて下記の3つの真空容器部分に分かれる。つまり、1)電子源周辺部の真空容器、2)第一集光レンズ113、偏向器115のある真空容器、3)対物絞り116、上段偏向器117、下段偏向器118、対物レンズ119、詩集差補正器120、試料ステージ122、検出器124等が設置されている真空容器である。実施例6では、1)電子源周辺部の真空容器にバナジウムガラスコートを適用した実施例を示した。こちらの真空度は、10
−8〜10
−11Paの領域である。2)、3)の真空容器の真空度は10
−3〜10
−8Paの領域であるが、こちらの真空領域でも1)の真空容器内と同様のバナジウムガラスコートによるガス放出量低減等の効果がある。本実施例では、電子顕微鏡鏡筒114の内壁に、バナジウムガラスコート164を施すことにより、ガス放出量の低減、ゲッター効果による高真空化の実現等の効果が得られ、ベーキング温度の低減、ベーキング時間の短縮、メンテナンス時の立上げ短縮によるダウンタイムの低減が可能となる。
【0087】
また、電子顕微鏡鏡筒114内には、光学素子(第一集光レンズ113、偏向器115、対物絞り116、上段偏向器117、下段偏向器118、対物レンズ119、詩集差補正器120等)がある。これらの光学素子は絶縁碍子と電極から構成され、一次電子線107が衝突する部分、あるいは、その二次的な電子が衝突する部分に1)の電子銃周辺部と同様に、各素材の熱膨張係数・絶縁性に適合したバナジウムガラスコートを用いることにより、ガス放出の低減、チャージアップ防止も可能となる。
【実施例8】
【0088】
図7は、試料ステージの絶縁構造にバナジウムを含有するガラスを使用した例を示す図である。
図7に例示する試料ステージは、駆動機構604が設けられており、制御装置652から供給される駆動信号に基づいて、試料601の所望の観察個所に一次電子線107が照射されるように、試料601を移動させる。近年の試料ステージは試料601に入射する一次電子線107を減速させるために、高電圧を印加できる構造になっている。そのため、アース電位である真空容器605と、減速電界印加用電源651から電圧が印加される試料ホルダ(被電圧印加部材)602との間には、絶縁のためにセラミックなどの絶縁体碍子が用いられる。
【0089】
一次電子線107やそれが発生する二次的な電子610が試料601や絶縁体碍子に衝突することにより、試料601や絶縁体碍子がチャージアップする。そこで、絶縁体碍子にバナジウムを含有するガラス603を使用し、バナジウムを含有するガラス603の表面に微小電流611を流すことで、チャージアップを防止することができる。また、絶縁体碍子と試料ホルダ602の固定に、ネジ止めや溶接を用いる場合、ステージ構造が複雑になるが、バナジウムを含有するガラスは低軟化点であるために、直接試料ホルダ602とバナジウムを含有するガラスを直接接合することで、構造を簡略化することができる。
【0090】
透過型電子顕微鏡等に使用されるサイドエントリーの微小試料用ステージや、ビーム電流を制御する可動絞りの固定材料にも使用することができ、チャージアップを防止した簡略化された構造物を作製することができる。
【実施例9】
【0091】
図8は、静電レンズに抵抗値の異なる複数のバナジウムを含有するガラスを用いた構造の概略図である。抵抗率10
6Ωcmのバナジウムを含有するガラスは電圧を印加することで金属電極と同様に電界を生じる。また、セラミックスを始めとする絶縁体碍子の抵抗率は一般的に10
15Ωcmであり、これに近似する10
13Ωcmのバナジウムを含有するガラスを絶縁体碍子として使用することができる。以下の方法により、この抵抗値の異なる複数のバナジウムを含有するガラスにより静電レンズを作製することができる。
【0092】
バナジウムを含有するガラスは低軟化点で加工性が良い。そのため、この静電レンズの作製には、まず
図8(b)にある通り、円柱のバナジウムを含有するガラスと抵抗値の異なるバナジウムを含有するガラス(701〜705)を積み重ね、接合する。続いて、
図8(c)に例示すような一体構造物706を切削加工することで、最終形状を完成する。こうして、組立工程を省き、ネジ止め、溶接などの作業がなくなるため、同軸度をはじめとした位置精度が高い静電レンズを作ることができる。従って、組立て誤差による一次電子線107の軌道の乱れを防ぎ、収差を小さくすることができる。また、部品点数が少なくなることで、不純ガスを放出する原因が減り、真空度も改善される。静電レンズの形状・抵抗値は、電極間の距離や形状に応じて変えることができ、所望の強度の電界を発生させ、チャージアップ、放電を防止できれば特に限定するものではない。
【0093】
別の作製方法としては、まず
図8(d)にある通り、円筒のバナジウムを含有するガラス708の表面に、抵抗値の異なる(抵抗値が十分小さく、被電圧印加部材となり得る)バナジウムを含有するガラス(709、711、713)を塗布し、加工することで電極を構成する。被電圧印加部材に電位を与えるための配線は、
図8(d)に例示するように、側面を加工して、開口710、712、714を設けても良いし、分割された円筒のバナジウムを含有するガラスの境界にあらかじめ配線を埋め込み、バナジウムを含有するガラス同士を接合したものを用いても良い。
【0094】
また、加速管と静電偏向器と静電多極子も、同様にして抵抗値の異なる複数のバナジウムを含有するガラスを用いて電極構造を構成することができ、位置精度が向上し、構造の簡略化したチャージアップを防止した電極構造を提供できる。
【実施例10】
【0095】
図11は、バナジウムを含有するガラスを被電圧印加部材である電極の支持部材として採用した他の例を示す図である。本実施例では、絶縁用碍子として例えばセラミック製碍子1102を碍子の基本構成材とすると共に、セラミック製碍子1102と第一陽極102との間、及びセラミック製碍子1102と第二陽極104との間のそれぞれに、バナジウムを含有するガラスによって構成された接続部材1101、1103を介在させている。即ち、第一陽極102と第二陽極104との間に所定の距離を設け、絶縁を維持するための距離を確保する部材として、接続部材1101、セラミック製碍子1102、接続部材1103を設けている。先述したように、セラミックは、焼結時に変形し、高い位置精度を確保することが難しい。一方、バナジウムを含むガラスは切削加工が容易であり、且つ溶融によって複数部材間の接続を行うこともできる。よって、セラミックの変形分を、バナジウムを含むガラスによって吸収することができ、簡単な加工で高い位置精度を持つ光学素子を作成することが可能となる。
【0096】
このように、電極に直接接すると共に、その位置を決定付ける部材としてバナジウムを含むガラスを適用することによって、簡単な加工で高い位置精度を持つ光学素子を作成することができ、結果として高性能な荷電粒子線装置の提供が可能となる。また、放電防止のために、接続部材1101、1103と同等の抵抗値を持つバナジウムを含むガラスで構成された薄膜1104を、セラミック製碍子1102の真空室側表面に形成することによって、高い位置精度の確保と、チャージアップ抑制の両立が可能となる。