【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点B) 「培養腸上皮幹細胞を用いた炎症性腸疾患に対する粘膜再生治療の開発拠点」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
SATO, T., et al.,Long-term Expansion of Epithelial Organoids From Human Colon, Adenoma, Adenocarcinoma, and Barrett's Epithelium,Gastroenterology,2011年11月,Vol. 141, No. 5,p. 1762-1772
【文献】
太田悠木、佐藤俊朗,病理組織への新たなアプローチ1Organoid,The Liver Cancer Journal,2015年 6月,Vol. 7, No. 2,p. 24-29
【文献】
佐藤俊朗,腸管上皮幹細胞培養技術をどのように臨床応用していくか,分子消化器病,2012年,Vol. 9, No. 2,p. 6-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記Wntタンパク質が、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、及びWnt16からなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1に記載の細胞培養培地。
前記R−スポンジンがR−スポンジン1、R−スポンジン2、R−スポンジン3、及びR−スポンジン4からなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1又は2に記載の細胞培養培地。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<<細胞培養培地>>
一実施形態として、本発明は、Wntタンパク質とその安定化物質アファミンとの複合体及びR−スポンジン(R−spondin)からなるWntアゴニストと、分裂促進増殖因子、骨形成因子(bone morphogenetic protein;BMP)阻害剤、形質転換増殖因子−β(transforming growth factor−β;TGF−β)阻害剤、及びp38阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも一種と、を含む細胞培養培地を提供する。
【0013】
本実施形態の細胞培養培地は、実質的に不純物を含まず、上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞のうち少なくともいずれか一方を含む組織を長期間培養することができる。また、上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞のうち少なくともいずれか一方を含む組織から高効率でオルガノイドを形成させることができる。また、本発明の細胞培養培地を用いて培養された上皮幹細胞は、長期間分化能を維持することができ、腫瘍発生頻度が極めて低い。
【0014】
本明細書において、「上皮幹細胞」とは、長期間の自己複製機能と上皮分化細胞への多分化能をもつ細胞を意味し、上皮組織に由来する幹細胞を意味する。上皮組織としては、例えば、角膜、口腔粘膜、皮膚、結膜、膀胱、尿細管、腎臓、消化器官(食道、胃、十二指腸、小腸(空腸及び回腸を含む)、大腸(結腸を含む))、肝臓、膵臓、乳腺、唾液腺、涙腺、前立腺、毛根、気管、肺等を挙げられる。本実施形態の細胞培養培地は、中でも、消化器官(食道、胃、十二指腸、小腸(空腸及び回腸を含む)、大腸(結腸を含む))、肝臓、膵臓に由来する上皮幹細胞の培養に用いられることが好ましい。
また、本明細書において、「上皮癌細胞」とは、上述の上皮組織由来の細胞が癌化したものを意味する。
【0015】
本明細書において、「オルガノイド」とは、細胞を制御した空間内に高密度に集積させることにより自己組織化した立体的な細胞組織体を意味する。
【0016】
<無血清の細胞培養基本培地>
本実施形態の細胞培養培地には、あらゆる無血清の細胞培養基本培地が含まれる。本実施形態の細胞培養培地は、動物細胞用又はヒト細胞用であることが好ましい。係る無血清の細胞培養基本培地としては、例えば、炭酸系の緩衝液でpH7.2以上pH7.6以下に緩衝化されている規定の合成培地等が挙げられる。より具体的には、グルタミン、インスリン、ペニシリン又はストレプトマイシン、及びトランスフェリンが補充されたダルベッコ改変イーグル培地/ハムF−12混合培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F−12;DMEM/F12)が挙げられる。また、グルタミン、インスリン、ペニシリン又はストレプトマイシン、及びトランスフェリンが補充されたRPMI1640培地(Roswell Park Memorial Institute 1640 medium)も挙げられる。また、グルタミン及びペニシリン又はストレプトマイシンが補充されたアドバンスト−DMEM/F12、並びに、グルタミン及びペニシリン又はストレプトマイシンが補充されたアドバンストRPMI培地等も挙げられる。
また、本実施形態の細胞培養培地における、無血清の細胞培養基本培地は、さらに、精製された、天然、半合成、又は合成の増殖因子が補充されていてもよい。増殖因子としては、例えば、B−27 Supplement(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)、N−アセチル−L−システイン(Sigma社製)、N−2 Supplement(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)等が挙げられる。これらの増殖因子は、一部の細胞の増殖を刺激することができる。なお、本実施形態の細胞培養培地は、ウシ胎仔血清(fetal bovine serum(FBS)又はfetal calf serum)等の不確定な成分を実質的に含まない。
なお、本明細書において、「不確定な成分を実質的に含まない」とは、本実施形態の細胞培養培地は血清等の不確定な成分を全く含まない、すなわち、本実施形態の細胞培養培地は無血清培地である、又は本実施形態の細胞培養培地は血清等の不確定な成分を細胞に影響を与えない程度の量しか含まない状態を意味する。中でも、本実施形態のの細胞培養培地は無血清培地であることが好ましい。
【0017】
<Wntアゴニスト>
本明細書において、「Wntアゴニスト」とは、細胞内でT−cell factor(以下、TCFともいう。)/lymphoid enhancer factor(以下、LEFともいう。)介在性の転写を活性化する薬剤を意味する。よって、Wntアゴニストは、Wntファミリータンパク質に限定されず、Frizzled受容体ファミリーメンバーに結合して活性化するWntアゴニスト、細胞内β−カテニン分解の阻害剤、及びTCF/LEFの活性化物質を包含する。Wntアゴニストは、該Wntアゴニストの非存在下でのWnt活性のレベルと比較して、少なくとも1.1倍、好ましくは少なくとも1.2倍、より好ましくは少なくとも10倍、さらに好ましくは少なくとも50倍、特に好ましくは少なくとも100倍、最も好ましくは少なくとも300倍のWnt活性レベルとなるように、細胞においてWnt活性を刺激する。
Wnt活性は、当業者にとって公知の方法を用いて、例えばpTOPFLASH及びpFOPFLASH Tcfルシフェラーゼレポーターコンストラクトによって、Wntの転写活性を測定することにより調べることができる(参考文献:Korinek et al.,1997.Science 275:1784−1787)。
【0018】
上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞のうち少なくともいずれか一方を含む組織の培養においては、Wntアゴニストが含まれることが必須である。本実施形態の細胞培養培地に含まれるWntアゴニストとしては、Wntタンパク質とアファミンとの複合体及びR−スポンジン(R−spondin)のうち少なくともいずれか一方であることが好ましく、Wntタンパク質とアファミンとの複合体及びR−スポンジンの両方が含まれることがより好ましい。本実施形態の細胞培養培地において、Wntタンパク質とアファミンとの複合体及びR−スポンジンを含むことで、上皮幹細胞は、オルガノイドをより高効率で形成することができる。
【0019】
[Wntタンパク質]
Wntアゴニストの一種であるWntタンパク質としては、由来は特に限定されず、各種生物由来のWntタンパク質を用いることができる。中でも、哺乳動物由来のWntタンパク質であることが好ましい。哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ブタ、ウサギ等が挙げられる。哺乳動物のWntタンパク質としては、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16等が挙げられる。本実施形態の細胞培養培地において、Wntタンパク質は複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0020】
Wntタンパク質を製造する方法としては、例えば、Wntタンパク質発現細胞を用いて製造する方法等が挙げられる。Wntタンパク質発現細胞において、細胞の由来(生物種、培養形態等)は特に限定されず、Wntタンパク質を安定発現する細胞であればよく、Wntタンパク質を一過性に発現する細胞でもよい。Wntタンパク質発現細胞としては、例えば、マウスWnt3aを安定発現するL細胞(ATCC CRL−2647)、マウスWnt5aを安定発現するL細胞(ATCC CRL−2814)等が挙げられる。また、Wntタンパク質発現細胞は、公知の遺伝子組換え技術を用いて作製することができる。すなわち、所望のWntタンパク質をコードするDNAを公知の発現ベクターに挿入し、得られた発現ベクターを適切な宿主細胞に導入することにより、Wntタンパク質発現細胞を作製することができる。所望のWntタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、例えば、GenBank等の公知のデータベースから取得することができる。
【0021】
Wntタンパク質発現細胞により発現されるWntタンパク質は、Wnt活性を有する限り、Wntタンパク質のフラグメントでもよく、Wntタンパク質のアミノ酸配列以外のアミノ酸配列を含むものでもよい。Wntタンパク質のアミノ酸配列以外のアミノ酸配列について、特に限定はなく、例えばアフィニティータグのアミノ酸配列等が挙げられる。また、Wntタンパク質のアミノ酸配列は、GenBank等の公知のデータベースから取得できるアミノ酸配列と完全に一致している必要はなく、Wnt活性を有する限り、公知のデータベースから取得できるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列であってもよい。
【0022】
GenBank等の公知のデータベースから取得できるWntタンパク質のアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列としては、例えば、公知のデータベースから取得できるアミノ酸配列において、1〜数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列等が挙げられる。「1〜数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列」とは、例えば、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ペプチド作製法等により、欠失、置換、若しくは付加できる程度の数(10個以下が好ましく、7個以下がより好ましく、6個以下がさらに好ましい。)のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されていることを意味する。また、実質的に同一のアミノ酸配列としては、例えば、公知のデータベースから取得できるアミノ酸配列との同一性が、少なくとも80%以上であり、好ましくは少なくとも85%以上、より好ましくは少なくとも90%以上、さらに好ましくは少なくとも92%以上、特に好ましくは少なくとも95%以上、最も好ましくは少なくとも99%以上であるアミノ酸配列等が挙げられる。
【0023】
Wntタンパク質の活性は、例えば、TCFレポーターアッセイにより確認することができる。一般的に、TCFレポーターアッセイとは、Wntシグナルが細胞に入ると特異的に活性化される転写因子であるT−cell factor(TCF)の結合配列を持つルシフェラーゼ遺伝子を導入し、Wntタンパク質の活性の強さをルシフェラーゼの発光によって、簡便に評価する方法である(参考文献:Molenaar et al., Cell, 86, 391, 1996.)。TCFレポーターアッセイ以外の方法としては、Wntシグナルが入ると細胞内のβカテニンが安定化することを利用して、βカテニンの量をウエスタンブロッティグによって定量評価する方法(参考文献:Shibamoto et al., Gene to cells, 3, 659, 1998.)等が挙げられる。また、Wnt5a等のように、non−canonical pathwayを介して細胞にシグナルを与えるWntタンパク質については、細胞内アダプタータンパク質であるDvl2のリン酸化を評価することでWntタンパク質の活性を評価する方法(参考文献:Kikuchi et al., EMBO J., 29, 3470, 2010.)等を用いることができる。
【0024】
[R−スポンジン(R−spondin)]
Wntアゴニストの一種であるR−スポンジンとしては、R−スポンジン1、R−スポンジン2、R−スポンジン3、及びR−スポンジン4からなるR−スポンジンファミリーが挙げられる。R−スポンジンファミリーは、分泌タンパク質であり、Wntシグナル伝達経路の活性化及び制御に関わることが知られている。本実施形態の細胞培養培地において、R−スポンジンを複数種組み合わせて用いてもよい。
R−スポンジン活性を有する限り、R−スポンジンのフラグメントでもよく、R−スポンジンのアミノ酸配列以外のアミノ酸配列を含むものでもよい。
【0025】
[含有量]
本実施形態の細胞培養培地に含まれるWntタンパク質の濃度は、50ng/mL以上であり、100ng/mL以上10μg/mL以下であることが好ましく、200ng/mL以上1μg/mL以下であることがより好ましく、300ng/mL以上1μg/mL以下であることがさらに好ましい。上皮幹細胞の培養中、好ましくは2日ごとにWntアゴニストを培養培地に添加し、好ましくは4日ごとに細胞培養培地を新鮮なものに交換する。
【0026】
<アファミン>
本明細書において、「アファミン」とは、アルブミンファミリーに属する糖タンパク質を意味し、血液又は体液中に存在することが知られている。細胞培養に用いる培地に通常添加される血清には、当該血清を採取した動物由来のアファミンが含まれている。血清中にはアファミン以外の不純物等を含むため、本実施形態の細胞培養培地においては、血清を用いずに、アファミンを単独で使用することが好ましい。
【0027】
本実施形態の細胞培養培地に含まれるアファミンは、由来は特に限定されず、各種生物由来のアファミンを用いることができる。中でも、哺乳動物由来のアファミンであることが好ましい。哺乳動物としては、例えば、上述の[Wntタンパク質]と同様のものが挙げられる。主な哺乳動物のアファミンのアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列は、例えば、GenBank等の公知のデータベースから取得することができる。例えば、GenBankにおいて、ヒトアファミンのアミノ酸配列はAAA21612、これをコードする遺伝子の塩基配列はL32140のアクセッション番号で登録されており、ウシアファミンのアミノ酸配列はDAA28569、これをコードする遺伝子の塩基配列はGJ060968のアクセッション番号で登録されている。
【0028】
本実施形態の細胞培養培地に含まれるアファミンは、血清等に含まれる天然のアファミンを公知の方法で精製したものでもよく、組換えアファミンであってもよい。組換えアファミンは、公知の遺伝子組換え技術を適宜用いることにより製造することができる。組換えアファミンの製造方法としては、例えば、アファミンをコードするDNAを公知の発現ベクターに挿入し、得られた発現ベクターを適切な宿主細胞に導入して組換えアファミンを発現させ、公知の精製方法を用いて精製することにより製造することができる。組換えアファミンは、アフィニティータグを付加したアファミンであってもよい。付加するアフィニティータグは特に限定されず、公知のアフィニティータグから適宜選択して用いることができる。アフィニティータグとしては、特異的抗体により認識されるアフィニティータグであることが好ましく、例えば、FLAGタブ、MYCタグ、HAタグ、V5タグ等が挙げられる。
【0029】
上述のWntタンパク質は、特定のセリン残基が脂肪酸(パルミトレイン酸)で修飾されているため、強い疎水性を有する。そのため、Wntタンパク質は、水溶液中では凝集又は変性しやすいため、精製及び保存が非常に難しいことが広く知られている。
一方、この特定のセリン残基の脂肪酸による修飾は、Wntタンパク質の生理活性に必須であり、Frizzled受容体ファミリーメンバーとの結合に関与することが報告されている。本発明者らは、水溶液中において、Wntタンパク質がアファミンと1対1で結合し複合体を形成し、高い生理活性を保ちながら、可溶化することを見出した。
係る知見に基づき、Wntタンパク質及びアファミンの両方を発現する細胞を培養する方法により、Wntタンパク質−アファミン複合体を製造してもよく、Wntタンパク質発現細胞とアファミン発現細胞とを共培養する方法により、Wntタンパク質−アファミン複合体を製造してもよい。Wntタンパク質−アファミン複合体中のWntタンパク質の活性は、上述の[Wntタンパク質]と同様の方法を用いて、評価することができる。
【0030】
本実施形態の細胞培養培地に含まれるアファミンの濃度は、特に限定されないが、50ng/mL以上10μg/mL以下であることが好ましく、100ng/mL以上1μg/mL以下であることがより好ましく、300μg/mL以上1μg/mL以下であることがさらに好ましい。
【0031】
<分裂促進増殖因子>
本実施形態の細胞培養培地に含まれる分裂促進増殖因子としては、例えば、上皮増殖因子(Epidermal Growth Factor;EGF)、形質転換増殖因子−α(Transforming Growth Factor−α;TGF−α)、塩基性繊維芽細胞増殖因子(basic Fibroblast Growth Factor;bFGF)、脳由来神経栄養因子(brain derived neurotrophic factor;BDNF)、ケラチン生成細胞増殖因子(keratinocyte growth factor;KGF)等の増殖因子のファミリーが挙げられる。これらの分裂促進増殖因子は複数種類を組み合わせて用いてもよい。
EGFは、様々な培養外胚葉性細胞及び中胚葉性細胞に対する強力な分裂促進因子であり、一部の繊維芽細胞の、特異的細胞の分化に顕著な影響を有する。EGF前駆体は、タンパク質分解により切断されて、細胞を刺激する53−アミノ酸ペプチドホルモンを生成させる、膜結合分子として存在する。
本実施形態の細胞培養培地に含まれる分裂促進増殖因子としては、中でも、EGFが好ましい。本実施形態の細胞培養培地に含まれるEGFの濃度は、5ng/mL以上500ng/mL以下であることが好ましく、10ng/mL以上400ng/mL以下であることがより好ましく、50ng/mL以200ng/mL以下であることがさらに好ましい。
また、本実施形態の細胞培養培地にbFGF(好ましくは、FGF10又はFGF7)を含む場合においても、EGFと同様の含有量であることが好ましい。複数のFGF、例えばFGF7及びFGF10を使用する場合は、FGFの総含有量が上記範囲であることが好ましい。幹細胞の培養中、2日ごとに分裂促進増殖因子を培養培地に添加することが好ましく、4日ごとに培養培地を新鮮なものに交換することが好ましい。
【0032】
<BMP阻害剤>
骨形成因子(bone morphogenetic protein;BMP)は、二量体リガンドとして二種類の異なる受容体セリン/スレオニンキナーゼ、I型及びII型受容体からなる受容体複合体に結合する。II型受容体はI型受容体をリン酸化し、その結果、この受容体キナーゼが活性化される。このI型受容体は、続いて特異的な受容体基質(SMAD)をリン酸化し、その結果、シグナル伝達経路によって転写活性が導かれる。一般的に、BMP阻害剤は、例えば、BMP受容体へのBMP分子の結合を阻止又は阻害するものであって、BMP活性を中和する複合体を形成するためにBMP分子に結合する薬剤である。また、BMP阻害剤は、例えば、BMP受容体と結合し、BMP分子の受容体への結合を阻止又は阻害するものであって、アンタゴニスト又は逆アゴニストとして作用する薬剤である。
【0033】
BMP阻害剤は、この阻害剤の非存在下でのBMP活性レベルと比較して、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上の阻害活性を有する。BMP阻害活性は、当業者にとって公知の方法(参考文献:Zilberberg et al., BMC Cell Biol, 8:41, 2007.)を用いて、BMPの転写活性を測定することによって、評価することができる。
【0034】
本実施形態の細胞培養培地に含まれるBMP阻害剤としては、天然のBMP結合タンパク質であることが好ましく、例えば、ノギン(Noggin)、コーディン(Chordin)、コーディンドメイン等のコーディン様タンパク質;ホリスタチン(Follistatin)、ホリスタチンドメイン等のホリスタチン関連タンパク質;DAN、DANシステイン−ノットドメイン等のDAN様タンパク質;スクレロスチン/SOST、デコリン、α−2マクログロブリン等が挙げられる。本実施形態の細胞培養培地に含まれるBMP阻害剤としては、中でも、コーディン様タンパク質又はDAN様タンパク質が好ましく、コーディン様タンパク質がより好ましい。コーディン様タンパク質としては、ノギンが好ましい。コーディン様タンパク質やDAN様タンパク質は拡散性タンパク質であり、様々な親和度でBMP分子に結合し、シグナル伝達受容体へのBMP分子の接近を阻害することができる。上皮幹細胞を培養する場合において、これらのBMP阻害剤を細胞培養培地に添加することにより、幹細胞の喪失を妨げることができる。
【0035】
本実施形態の細胞培養培地に含まれるBMP阻害剤の濃度は、10ng/mL以上100ng/mL以下であることが好ましく、20ng/mL以上100ng/mL以下であることがより好ましく、50ng/mL以上100ng/mL以下であることがさらに好ましい。幹細胞の培養中、2日ごとに分裂促進増殖因子を培養培地に添加することが好ましく、4日ごとに培養培地を新鮮なものに交換することが好ましい。
【0036】
<TGF−β阻害剤>
形質転換増殖因子−β(transforming growth factor−β;TGF−β)は、増殖因子の一種であり、腎臓、骨髄、血小板等ほぼすべての細胞で産生される。TGF−βには、5種類のサブタイプ(β1〜β5)が存在する。また、TGF−βは、骨芽細胞の増殖、並びに、コラーゲンのような結合組織の合成及び増殖を促進し、上皮細胞の増殖や破骨細胞に対しては抑制的に作用することが知られている。一般的に、TGF−β阻害剤は、例えば、TGF−β受容体へのTGF−βの結合を阻止又は阻害するものであって、TGF−β活性を中和する複合体を形成するためにTGF−βに結合する薬剤である。また、TGF−β阻害剤は、例えば、TGF−β受容体と結合し、TGF−βの受容体への結合を阻止又は阻害するものであって、アンタゴニスト又は逆アゴニストとして作用する薬剤である。
【0037】
TGF−β阻害剤は、この阻害剤の非存在下でのTGF−β活性レベルと比較して、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上の阻害活性を有する。TGF−β阻害活性は、当業者にとって公知の方法で評価することができる。係る評価系としては、ルシフェラーゼレポーター遺伝子を動かすヒトPAI−1プロモーター又はSmad結合部位を含むレポーター構築物を用いて細胞が安定にトランスフェクトされている細胞アッセイが挙げられる(参考文献:De Gouville et al., Br J Pharmacol, 145(2):166−177, 2005.)。
【0038】
本実施形態の細胞培養培地に含まれるTGF−β阻害剤としては、例えば、A83−01(3−(6−メチルピリジン−2−イル)−1−フェニルチオカルバモイル−4−キノリン−4−イルピラゾール)、ALK5 Inhibitor I(3−(ピリジン−2−イル)−4−(4−キノニル)−1H−ピラゾール)、LDN193189(4−(6−(4−(ピペラジン−1−イル)フェニル)ピラゾロ[1,5−a]ピリミジン−3−イル)キノリン)、SB431542(4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−ピリジン‐2‐イル−1H−イミダゾール−2−イル]ベンズアミド)、SB−505124(2−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−2−tert−ブチル−3H−イミダゾール−4−イル)−6−メチルピリジン塩酸塩水和物)、SD−208(2−(5−クロロ−2−フルオロフェニル)プテリジン−4−イル)ピリジン−4−イル−アミン)、SB−525334(6−[2−(1,1−ジメチルエチル)−5−(6−メチル−2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−4−イル]キノキサリン)、LY−364947(4−[3−(2−ピリジニル)−1H−ピラゾール−4−イル]−キノリン)、LY2157299(4−[2−(6−メチル−ピリジン−2−イル)−5,6−ジヒドロ−4H−ピロロ[1,2−b]ピラゾール−3−イル]−キノリン−6−カルボン酸アミド)、TGF−β RI Kinase Inhibitor II 616452(2−(3−(6−メチルピリジン−2−イル)−1H−ピラゾール−4−イル)−1,5−ナフチリジン)、TGF−β RI Kinase Inhibitor III 616453(2−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−4−イル−2−tert−ブチル−1H−イミダゾール−4−イル)−6−メチルピリジン, HCl)、TGF−β RI Kinase Inhibitor IX 616463(4−((4−((2,6−ジメチルピリジン−3−イル)オキシ)ピリジン−2−イル)アミノ)ベンゼンスルホンアミド)、TGF−β RI Kinase Inhibitor VII 616458(1−(2−((6,7−ジメトキシ−4−キノリル)オキシ)−(4,5−ジメチルフェニル)−1−エタノン)、TGF−β RI Kinase Inhibitor VIII 616459(6−(2−tert−ブチル−5−(6−メチル−ピリジン−2−イル)−1H−イミダゾール−4−イル)−キノキサリン)、AP12009(TGF−β2アンチセンス化合物“Trabedersen”)、Belagenpumatucel−L(TGF−β2アンチセンス遺伝子修飾同種異系腫瘍細胞ワクチン)、CAT−152(Glaucoma−lerdelimumab(抗−TGF−β−2モノクローナル抗体))、CAT−192(Metelimumab(TGFβ1を中和するヒトIgG4モノクローナル抗体)、GC−1008(抗-TGF−βモノクローナル抗体)等が挙げられる。本実施形態の細胞培養培地に含まれるTGF−β阻害剤としては、中でも、A83−01が好ましい。
【0039】
本実施形態の細胞培養培地に含まれるTGF−β阻害剤の濃度は、100nM以上10μM以下であることが好ましく、500nM以上5μM以下であることがより好ましく、500nM以上2μM以下であることがさらに好ましい。幹細胞の培養中、2日ごとにTGF−β阻害剤を培養培地に添加することが好ましく、4日ごとに培養培地を新鮮なものに交換することが好ましい。
【0040】
<p38阻害剤>
本明細書において、「p38阻害剤」は、p38シグナル伝達を直接的又は間接的に負に調節する任意の阻害剤を意味する。一般的に、p38阻害剤は、例えば、p38に結合し、且つその活性を低減する。p38プロテインキナーゼは、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)ファミリーの一部である。MAPKは、環境ストレス及び炎症サイトカイン等の細胞外刺激に応答し、遺伝子発現、有糸分裂、分化、増殖、及び細胞生存/アポトーシス等の様々な細胞活性を調節するセリン/スレオニン特異的プロテインキナーゼである。p38 MAPKは、α、β、β2、γ、及びδアイソフォームとして存在する。また、p38阻害剤は、例えば、少なくとも1つのp38アイソフォームに結合し、且つその活性を低減する薬剤でもある。
【0041】
p38阻害剤は、この阻害剤の非存在下でのp38活性レベルと比較して、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上の阻害活性を有する。p38阻害剤による阻害効果は、当業者にとって公知の方法で評価することできる。係る評価系としては、Thr180/Tyr182リン酸化のリン酸化部位特異的抗体検出方法、生化学的組換えキナーゼアッセイ、腫瘍壊死因子α(TNF−α)分泌アッセイ、p38阻害剤用のDiscoverRxハイスループットスクリーニングプラットフォーム、p38活性アッセイキット (例えば、Millipore社製, Sigma−Aldrich社製等)等が挙げられる。
【0042】
本実施形態の細胞培養培地に含まれるp38阻害剤としては、例えば、SB−202190(4−(4−フルオロフェニル)−2−(4−ヒドロキシフェニル)−5−(4−ピリジル)−1H−イミダゾール)、SB−203580(4−[4−(4−フルオロフェニル)−2−[4−(メチルスルフィニル)フェニル]−1H−イミダゾール−5−イル]ピリジン)、VX−702(6−(N−カルバモイル−2,6−ジフルオロアニリノ)−2−(2,4−ジフルオロフェニル)ピリジン−3−カルボキシアミド)、VX−745(5−(2,6−ジクロロフェニル)−2−[2,4−ジフルオロフェニル)チオ]−6H−ピリミド[1,6−b]ピリダジン−6−ワン)、PD−169316(4−(4−フルオロフェニル)−2−(4−ニトロフェニル)−5−(4−ピリジル)−1H−イミダゾール)、RO−4402257(6−(2,4−ジフルオロフェノキシ)−2−{[3−ヒドロキシ−1−(2−ヒドロキシエチル)プロピル]アミノ}−8−メチルピリド[2,3−D]ピリミジン−7(8h)−ワン)、BIRB−796(1−[5−tert−ブチル−2−(4−メチルフェニル)ピラゾール−3−イル]−3−[4−(2−モルフォリン−4−イレトキシ)ナフタレン−1−イル]ウレア)等が挙げられる。
【0043】
本実施形態の細胞培養培地に含まれるp38阻害剤の濃度は、50nM以上100μM以下であることが好ましく、100nM以上50μM以下であることがより好ましく、100nM以上10μM以下であることがさらに好ましい。幹細胞の培養中、2日ごとにp38阻害剤を培養培地に添加することが好ましく、4日ごとに培養培地を新鮮なものに交換することが好ましい。
【0044】
<その他成分>
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、Rock(Rho−キナーゼ)阻害剤を含んでいてもよい。Rock阻害剤としては、例えば、Y−27632((R)−(+)−トランス−4−(1−アミノエチル)−N−(4−ピリジル)シクロヘキサンカルボキサミド二塩酸塩一水和物)、ファスジル(HA1077)(5−(1,4−ジアゼパン−1−イルスルホニル)イソキノリン)、H−1152((S)−(+)−2−メチル−1−[(4−メチル−5−イソキノリニル)スルホニル]−ヘキサヒドロ−1H−1,4−ジアゼピン二塩酸塩)等が挙げられる。Rock阻害剤として、Y−27632を用いる場合は、単細胞に分散された幹細胞の培養の最初の2日間に添加することが好ましい。本実施形態の細胞培養培地に含まれるY−27632は、10μMであることが好ましい。
【0045】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、Notchアゴニストを含んでいてよい。Notchシグナル伝達は、細胞生存及び増殖において重要な役割を果たすことが知られている。Notch受容体タンパク質としては、例えば、Delta 1、Jagged 1及び2、並びにDelta様1、Delta様3、Delta様4を含む多くの表面結合型又は分泌性リガンドと相互作用し得る受容体タンパク質等が挙げられる。リガンドが受容体に結合すると、ADAMプロテアーゼファミリーのメンバーを含むプロテアーゼによる連続的な切断反応、及び、γセクレターゼプレシニリンにより制御される膜内切断によって、Notch受容体が活性化される。この結果として、Notchの細胞内ドメインが核に移動し、ここで、これが下流遺伝子の転写を活性化する。Notchアゴニストとしては、Jagged 1及びDelta 1、又はそれらの活性を有する断片若しくは誘導体が好ましい。Notchアゴニストとしては、DSLペプチドがより好ましい(参考文献:Dontu et al., Breast Cancer Res, 6:R605−R615, 2004.)。
本実施形態の細胞培養培地に含まれるNotchアゴニストがDSLペプチドである場合、その濃度は、10ng/mL以上100ng/mL以下であることが好ましい。特に培養の第一週中にNotchアゴニストを添加すると、培養効率が2〜3倍上昇する。このNotchアゴニストは、好ましくは、この幹細胞の培養の最初の7日間、2日ごとに培養培地に添加される。
【0046】
Notchアゴニストは、この分子の非存在下でのNotch活性レベルと比較して、少なくとも10%、より好ましくは少なくとも20%、さらに好ましくは少なくとも30%、さらに好ましくは少なくとも50%、特に好ましくは少なくとも90%、最も好ましくは100%、細胞においてNotch活性を刺激する分子である。Notch活性は、当業者にとって公知の方法により、4xwtCBF1−ルシフェラーゼレポーターコンストラクトを用いて、Notchの転写活性を測定することによって、評価することができる(参考文献:Hsieh et al., Mol Cell Biol., 16, 952−959, 1996.)。
【0047】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、DAPT又はDBZ等のγ−セクレターゼ阻害剤を含んでいてもよい。γ−セクレターゼ阻害剤は、分化の間、細胞運命決定に影響を及ぼすことができる。本実施形態の細胞培養培地に含まれるγ−セクレターゼ阻害剤の濃度は、例えば1ng/mL以上10μg/mLであってよく、例えば1ng/mL以上1μg/mL以下であってよく、例えば1ng/mL以上100ng/mL以下であってよい。
【0048】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、ガストリン(又はLeu15−ガストリン等の適切な代替物)が添加される。本実施形態の細胞培養培地に含まれるガストリン(又は適切な代替物)濃度は、例えば1ng/mL以上10μg/mLであってよく、例えば1ng/mL以上1μg/mL以下であってよく、例えば5ng/mL以上100ng/mL以下であってよい。
【0049】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、ニコチンアミドを含んでいてもよい。ニコチンアミドを含むことにより、例えばヒト結腸オルガノイドの培養効率及び寿命を改善することができる。本実施形態の細胞培養培地に含まれるニコチンアミドの濃度は、例えば1mg/mL以上100mg/mLであってよく、例えば5mg/mL以上50mg/mL以下であってよく、例えば5mg/mL以上20mg/mL以下であってよい。
【0050】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、少なくとも1種のアミノ酸を含んでもよい。本実施形態の細胞培養培地に含まれるアミノ酸としては、例えば、L−アラニン、L−アルギニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−システイン、L−シスチン、L−グルタミン酸、L−グルタミン、L−グリシン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−プロリン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、L−バリン、及びその組み合わせ等が挙げられる。一般的に、細胞培養培地に含まれるL−グルタミンの濃度は0.05g/L以上1g/L以下(通常、0.1g/L以上0.75g/L以下)である。細胞培養培地に含まれるその他のアミノ酸は、0.001g/L以上1g/L(通常、0.01g/L以上0.15g/L以下)である。アミノ酸は合成由来でもよい。
【0051】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、少なくとも1種のビタミンを含んでいてもよい。本実施形態の細胞培養培地に含まれるビタミンとしては、例えば、チアミン(ビタミンB1)、リボフラビン(ビタミンB2)、ナイアシン(ビタミンB3)、D−パントテン酸カルシウム(ビタミンB5)、ピリドキサール/ピリドキサミン/ピリドキシン(ビタミンB6)、葉酸(ビタミンB9)、シアノコバラミン(ビタミンB12)、アスコルビン酸(ビタミンC)、カルシフェロール(ビタミンD2)、DL−αトコフェロール(ビタミンE)、ビオチン(ビタミンH)、メナジオン(ビタミンK)等が挙げられる。
【0052】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、少なくとも1種の無機塩を含んでいてもよい。本実施形態の細胞培養培地に含まれる無機塩は、細胞の浸透圧平衡の維持を助けるために、および膜電位の調節を助けるためのものである。無機塩の具体例としては、カルシウム、銅、鉄、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、亜鉛の塩が挙げられる。塩は、通常、塩化物、リン酸塩、硫酸塩、硝酸塩、及び重炭酸塩の形で用いられる。さらに具体的な塩には、CaCl
2、CuSO
4−5H
2O、Fe(NO
3)−9H
2O、FeSO
4−7H
2O、MgCl、MgSO
4、KCl、NaHCO
3、NaCl、Na
2HPO
4、Na
2HPO
4−H
2O、ZnSO
4−7H
2O等が挙げられる。
【0053】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、少なくとも1種の炭素エネルギー源となり得る糖を含んでいてもよい。本実施形態の細胞培養培地に含まれる糖としては、例えば、グルコース、ガラクトース、マルトース、フルクトース等が挙げられる。中でも、糖としては、グルコースが好ましく、D−グルコース(デキストロース)が特に好ましい。本実施形態の細胞培養培地に含まれる糖の濃度は、1g/L以上10g/Lであることが好ましい。
【0054】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、少なくとも1種の微量元素を含んでいてもよい。本実施形態の細胞培養培地に含まれる微量元素としては、例えば、バリウム、ブロミウム、コバルト、ヨウ素、マンガン、クロム、銅、ニッケル、セレン、バナジウム、チタン、ゲルマニウム、モリブデン、ケイ素、鉄、フッ素、銀、ルビジウム、スズ、ジルコニウム、カドミウム、亜鉛、アルミニウム又はこれらのイオン等が挙げられる。
【0055】
本実施形態の細胞培養培地は、さらに、少なくとも1種の付加的な薬剤を含んでいてもよい。係る薬剤としては、幹細胞培養を改善することが報告されている栄養素又は増殖因子、例えば、コレステロール/トランスフェリン/アルブミン/インシュリン/プロゲステロン、プトレシン、亜セレン酸塩/他の因子等が挙げられる。
【0056】
<<上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞を含む組織を培養するための方法>>
一実施形態として、本発明は、上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞のうち少なくともいずれか一方を含む組織の培養方法であって、細胞外マトリクスを調製する細胞外マトリクス調製工程と、前記細胞外マトリクス上に上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれらの細胞を含む組織を接着させる接着工程と、前記接着工程後に、上述の細胞培養培地を添加し、前記上皮幹細胞、前記上皮癌細胞、又は前記それらの細胞を含む組織を培養し、オルガノイドを形成させるオルガノイド形成工程と、を備える培養方法を提供する。
【0057】
本実施形態の培養方法によれば、上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞のうち少なくともいずれか一方を含む組織を長期間培養することができる。また、上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞のうち少なくともいずれか一方を含む組織から高効率でオルガノイドを形成させることができる。
本実施形態の方法について、以下に詳細に説明する。
【0058】
[細胞外マトリクス調製工程]
一般的に、「細胞外マトリクス(Extracellular Matrix;ECM)」とは、生物において細胞の外に存在する超分子構造を意味する。このECMは、上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれらを含む組織が増殖するための足場となる。
ECMは、様々な多糖、水、エラスチン、及び糖タンパク質を含む。糖タンパク質としては、例えば、コラーゲン、エンタクチン(ナイドジェン)、フィブロネクチン、ラミニン等が挙げられる。
【0059】
ECMの調製方法としては、例えば、結合組織細胞を用いる方法等が挙げられる。より具体的には、ECM産生細胞、例えば、線維芽細胞を培養した後に、これらの細胞を取り出し、上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれらを含む組織を添加することによって、ECMを足場として用いることができる。
【0060】
ECM産生細胞としては、例えば、主にコラーゲン及びプロテオグリカンを産生する軟骨細胞、主にIV型コラーゲン、ラミニン、間質プロコラーゲン、及びフィブロネクチンを産生する線維芽細胞、主にコラーゲン(I型、III型、及びV型)、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、及びテネイシン−Cを産生する結腸筋線維芽細胞等が挙げられる。または、市販のECMを用いてもよい。市販のECMとしては、例えば、細胞外マトリクスタンパク質(Invitrogen社製)、Engelbreth−Holm−Swarm(EHS)マウス肉腫細胞に由来する基底膜調製物(例えば、Matrigel(商標)(BD Biosciences社製))等挙げられる。ProNectin(SigmaZ378666)等の合成ECMを用いてもよい。また、天然ECM及び合成ECMの混合物を用いてもよい。
【0061】
幹細胞を培養するためにECMを使用する場合、幹細胞の長期生存及び未分化幹細胞の継続的存在を強化することができる。ECMの非存在下では、幹細胞培養物を長期間にわたって培養することができず、未分化幹細胞の継続的存在は観察されない。さらに、ECMが存在すると、ECMの非存在下では培養することができないオルガノイドを培養することができる。
【0062】
ECMは、通常、細胞が懸濁されたディッシュの底に沈んでいる。例えば、ECMが37℃で凝固するときに、上述の細胞培養培地を加えて、ECMの中に拡散させて用いてもよい。培地中の細胞は、ECMの表面構造と相互作用することによって、例えば、インテグリンと相互作用することによってECMに固着することができる。
【0063】
ECMは培養容器等にコーティングして用いてもよい。ECMとして、フィブロネクチンを用いる場合、培養容器中にコーティングされる割合は、1μg/cm
2以上250μg/cm
2以下であることが好ましく、1μg/cm
2以上150μg/cm
2以下であることがより好ましく、8μg/cm
2以上125μg/cm
2以下であることがさらに好ましい。
【0064】
[接着工程]
続いて、上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞のうち少なくともいずれか一方を含む組織を準備する。本実施形態の培養法において用いられる、上皮幹細胞又は上皮癌細胞は上述の<<細胞培養培地>>と同様のものが挙げられる。
【0065】
上皮組織から細胞を単離する方法としては、当技術分野において公知の方法が挙げられる。例えば、キレート剤と単離組織とを恒温放置することによって、陰窩を単離することができる。この組織を洗浄した後、硝子スライドで上皮細胞層を粘膜下層から剥離し、細切する。この後、トリプシン又は、好ましくはEDTA及びEGTAのうち少なくともいずれか一方を含む液中で恒温放置し、例えば、ろ過及び遠心機の少なくともいずれか一方を用いて、未消化の組織断片と陰窩由来の単一細胞とを分離する。トリプシンの代わりに、その他のタンパク質分解酵素、例えばコラゲナーゼ及びディスパーゼIのうち少なくともいずれか一方を使用してもよい。膵臓及び胃の断片を単離するために同様の方法が使用される。
【0066】
上皮組織から幹細胞を単離する方法としても、当技術分野において公知の方法が挙げられる。幹細胞は、その表面上でLgr5及びLgr6のうち少なくともいずれか一方(Lgr5及びLgr6は大型のGタンパク質共役受容体(GPCR)スーパーファミリーに属する)を発現する。単離方法としては、上皮組織から細胞縣濁液を調製し、この細胞縣濁液を、Lgr5及びLgr6のうち少なくともいずれか一方と結合する化学物質に接触させ、このLgr5及びLgr6のうち少なくともいずれか一方と結合する化学物質を分離し、この結合化合物から幹細胞を単離する方法挙げられる。
【0067】
Lgr5及びLgr6のうち少なくともいずれか一方と結合する化学物質としては、例えば、抗体、より具体的には、例えばLgr5及びLgr6のうち少なくともいずれか一方を特異的に認識し、それに結合するモノクローナル抗体(例えば、マウス及びラットモノクローナル抗体を含むモノクローナル抗体等)が挙げられる。このような抗体を用いて、例えば磁性ビーズを活用して、又は蛍光活性化細胞ソーターを通じて、Lgr5及びLgr6のうち少なくともいずれか一方を発現している幹細胞を単離することができる。
【0068】
上述の方法により単離された上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞のうち少なくともいずれか一方を含む組織を、前記調製工程で得られた細胞マトリクス上に播種し、静置する。播種された細胞は、ECMの表面構造と相互作用することによって、例えば、インテグリンと相互作用することによってECMに接着することができる。
【0069】
[オルガノイド形成工程]
続いて、細胞播種後、細胞が乾かないうちに、上述の細胞培養培地を添加し、培養する。培養温度は30℃以上40℃以下が好ましく、37℃程度がより好ましい。培養時間は用いる細胞によって適宜調整することができる。培養開始からから1〜2週間程度後で、オルガノイドを形成させることができる。また、従来では2〜3ヶ月しか細胞維持培養することができなかった細胞に対し、本実施形態の培養方法では、3ヶ月以上の長期間(好ましくは、10ヶ月程度)においても、細胞を維持培養することができる。本実施形態の培養方法を用いて、上皮幹細胞を培養した場合は、分化能を維持でき、腫瘍発生頻度を極めて低い状態に抑えることができる。
【0070】
<<上皮幹細胞、又は上皮幹細胞を含む組織を培養するための方法>>
一実施形態として、本発明は、上皮幹細胞、又は上皮幹細胞を含む組織の培養方法であって、細胞外マトリクスを調製する細胞外マトリクス調製工程と、前記細胞外マトリクス上に上皮幹細胞、又は上皮幹細胞を含む組織を接着させる接着工程と、前記接着工程後に、上述の無血清培地である細胞培養培地を添加し、前記上皮幹細胞、又は前記上皮幹細胞を含む組織を培養し、オルガノイドを形成させるオルガノイド形成工程と、を備える培養方法を提供する。
【0071】
本実施形態の培養方法によれば、上皮幹細胞、又は上皮幹細胞を含む組織を長期間培養することができる。また、上皮幹細胞、又は上皮幹細胞を含む組織から高効率でオルガノイドを形成させることができる。
本実施形態の方法について、以下に詳細に説明する。
【0072】
[細胞外マトリクス調製工程]
ECMとしては、上述の<<上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞を含む組織を培養するための方法>>の[細胞外マトリクス調製工程]において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0073】
ECMの調製方法としては、上述の<<上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞を含む組織を培養するための方法>>の[細胞外マトリクス調製工程]において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0074】
ECM産生細胞としては、上述の<<上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞を含む組織を培養するための方法>>の[細胞外マトリクス調製工程]において例示されたものと同様のものが挙げられる。市販のECMとしては、上述の<<上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞を含む組織を培養するための方法>>の[細胞外マトリクス調製工程]において例示されたものと同様のものが挙げられる。また、天然ECM及び合成ECMの混合物を用いてもよい。
【0075】
幹細胞を培養するためにECMを使用する場合、幹細胞の長期生存及び未分化幹細胞の継続的存在を強化することができる。ECMの非存在下では、幹細胞培養物を長期間にわたって培養することができず、未分化幹細胞の継続的存在は観察されない。さらに、ECMが存在すると、ECMの非存在下では培養することができないオルガノイドを培養することができる。
【0076】
ECMは、通常、細胞が懸濁されたディッシュの底に沈んでいる。例えば、ECMが37℃で凝固するときに、上述の細胞培養培地を加えて、ECMの中に拡散させて用いてもよい。培地中の細胞は、ECMの表面構造と相互作用することによって、例えば、インテグリンと相互作用することによってECMに固着することができる。
【0077】
ECMは培養容器等にコーティングして用いてもよい。ECMとして、フィブロネクチンを用いる場合、培養容器中にコーティングされる割合は、1μg/cm
2以上250μg/cm
2以下であることが好ましく、1μg/cm
2以上150μg/cm
2以下であることがより好ましく、8μg/cm
2以上125μg/cm
2以下であることがさらに好ましい。
【0078】
[接着工程]
続いて、上皮幹細胞、又は上皮幹細胞を含む組織を準備する。本実施形態の培養法において用いられる、上皮幹細胞は上述の<<細胞培養培地>>と同様のものが挙げられる。
【0079】
上皮組織から幹細胞を単離する方法としては、上述の<<上皮幹細胞、上皮癌細胞、又はそれら細胞を含む組織を培養するための方法>>の[接着工程]に例示されたものと同様の方法が挙げられる。
【0080】
上述の方法により単離された上皮幹細胞、又は上皮幹細胞を含む組織を、前記調製工程で得られた細胞マトリクス上に播種し、静置する。播種された細胞は、ECMの表面構造と相互作用することによって、例えば、インテグリンと相互作用することによってECMに接着することができる。
【0081】
[オルガノイド形成工程]
続いて、細胞播種後、細胞が乾かないうちに、上述の無血清培地である細胞培養培地を添加し、培養する。培養温度は30℃以上40℃以下が好ましく、37℃程度がより好ましい。培養時間は用いる細胞によって適宜調整することができる。培養開始からから1〜2週間程度後で、オルガノイドを形成させることができる。また、従来では2〜3ヶ月しか細胞維持培養することができなかった細胞に対し、本実施形態の培養方法では、3ヶ月以上の長期間(好ましくは、10ヶ月程度)においても、細胞を維持培養することができる。本実施形態の培養方法を用いて、上皮幹細胞を培養した場合は、分化能を維持でき、腫瘍発生頻度を極めて低い状態に抑えることができる。
【0082】
<<オルガノイド>>
一実施形態として、本発明は、上述の培養方法により、得られる、オルガノイドを提供する。
【0083】
本実施形態のオルガノイドは、再生医療、上皮細胞の基礎医学研究、薬物応答のスクリーニング、疾患由来上皮オルガノイドを用いた創薬研究等に応用することができる。
【0084】
<用途>
一実施形態として、本発明は、薬物応答のスクリーニング、毒性アッセイ、又は再生医療のための上述のオルガノイドの使用を提供する。
【0085】
薬物応答のスクリーニングにおいて、上述のオルガノイドを用いる場合、オルガノイドを例えば96ウェルプレート又は384ウェルプレート等のマルチウェルプレート中で培養する。分子のライブラリを使用して、このオルガノイドに影響を与える分子を同定する。ライブラリとしては、例えば、抗体断片ライブラリ、ペプチドファージディスプレイライブラリ、ペプチドライブラリ(例えばLOPAP(商標)、Sigma Aldrich社製)、脂質ライブラリ(BioMol社製)、合成化合物ライブラリ(例えばLOPAP(商標)、Sigma Aldrich社製)又は天然化合物ライブラリ(Specs、TimTec社製)等が挙げられる。さらに、遺伝子ライブラリを用いてもよい。遺伝子ライブラリとしては、例えば、cDNAライブラリ、アンチセンスライブラリ、siRNA、又はその他の非コードRNAライブラリ等が挙げられる。具体的な方法としては、ある一定の時間にわたり細胞を試験薬剤の複数の濃度に曝露し、曝露時間終了時に、培養物を評価する方法が挙げられる。また、本実施形態のオルガノイドは上皮癌細胞を特異的に標的とするが、正常細胞からなるオルガノイドを標的としない薬物を同定するために使用することもできる。
【0086】
さらに、本実施形態のオルガノイドは、新規候補薬物又は既知若しくは新規栄養補助食品の毒性アッセイにおいてCaco−2細胞等の細胞株の使用に代わるものとなり得る。
さらに、本実施形態のオルガノイドは、現在のところ適切な組織培養又は動物モデルがないノロウイルスなどの病原体を培養するために使用することができる。
また、本実施形態のオルガノイドは、再生医療において、例えば、放射線照射後又は術後の腸上皮の修復において、クローン病及び潰瘍性大腸炎等の炎症性腸疾患に罹患している患者の腸上皮の修復において、又は短腸症候群に罹患している患者の腸上皮の修復において、有用である。さらに、本実施形態のオルガノイドは、小腸/結腸の遺伝性疾患の患者における腸上皮の修復において、有用である。また、本実施形態のオルガノイドは、再生医療において、例えば膵臓切除後の移植片又はその一部として、又はI型糖尿病及びII型糖尿病等の糖尿病の治療のために有用である。
【0087】
また、一実施形態として、本発明は、移植のための上述のオルガノイドの使用を提供する。
【0088】
本実施形態の<<上皮幹細胞、又は上皮幹細胞を含む組織を培養するための方法>>により得られたオルガノイドは、正常な上皮幹細胞からなり、分化能が維持されており、腫瘍発生頻度を極めて低いことから、移植用として好適に用いることができる。
【実施例】
【0089】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0090】
[実施例1]
(1)Wnt3a−アファミン複合体の調製
Wnt3a−アファミン複合体は、ウシ胎児血清にウシアファミンが含まれることを利用し、Wnt3aのみを遺伝子導入した細胞を血清含有培地で培養し、分泌されるWnt3aがアファミンと自動的に安定な複合体を形成することを利用して調製した。すなわち、N末端にタグ配列を有するWnt3aを発現する細胞(W−Wnt3a/HEK)を、10%ウシ胎児血清を含む培地中でディッシュ又は多層フラスコ等で5〜7日間培養し、培養上清を回収した。続いて、回収した培養上清は遠心分離し、フィルター(0.22μm)を通した。集めた培養上清のうち、220mLを使用した。続いて、回収した200mLの培養上清に3mLのP20.1抗体セファロースを加え、4℃で3時間回転混和した後、培地を空のカラムに通して、セファロースを集めた。なお、P20.1抗体はWnt3aのN末端のタグ配列を特異的に認識する抗体である。続いて、カラムに集めたセファロースを3mLのTris bufferd saline(20mM Tris−HCl、150mM NaCl、pH7.5)で洗浄し、洗浄操作を5回繰り返した。続いて、1回あたり3mLのペプチド溶液(0.2mg/mL PAR4−C8 peptide/TBS)を用いて溶出を行い、溶出液を回収した。溶出操作を10回繰り返して、Wnt3a−アファミン複合体を得た。Wnt3aの活性は、W−Wnt3a/HEKの細胞上清を用いたTCFレポーターアッセイにより確認し、市販のWnt3a(R&D systems社製)と比較して、10倍以上の高い活性を有することが確かめられた。
【0091】
(2)細胞培養培地の調製
市販のAdvanced DMEM/F−12培地(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)に、最終濃度1μg/mLとなるようにヒト組換えR−スポンジン1(R&D systems社製)を添加し、最終濃度100ng/mLとなるようにノギン(Peprotech社製)を添加し、最終濃度500nMとなるようにA83−01(Tocris社製)を添加し、最終濃度50ng/mLとなるようにEGF(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)を添加し、更に最終濃度10μMとなるようにSB202190(Sigma Aldrich社製)を添加した(ENRAS培地)。さらに、最終濃度300ng/mL又は1,000ng/mLとなるように(1)で調製したWnt3a−アファミン複合体(以下、「rWnt」と呼ぶ。)、又は最終濃度300ng/mLとなるように市販のWnt3a(R&D systems社製)(以下、「R&D」と呼ぶ。)を添加した培地を用意した。さらに、コントロールとして、Wnt3aを含まない培地(以下、「Wnt(−)」と呼ぶ。)、及びWnt3aの最終濃度300ng/mLとなるように血清含有培地で培養したW−Wnt3a/HEK由来の培養上清を添加した培地(以下、「Wnt CM」と呼ぶ。)を用意した。
【0092】
(3)腸管幹細胞の培養
慶應義塾大学医学部倫理委員会で承認された倫理研究計画にも基づき、説明と同意を得られた大腸腫瘍患者より、大腸腫瘍から少なくとも5cm以上離れた部分を正常粘膜として採取し、また,大腸腫瘍より大腸癌組織を採取した。採取した組織はEDTA又はリベラーゼTHにより上皮細胞を抽出し、マトリゲル(登録商標)に包埋した。
上皮細胞(以下、「腸管幹細胞」と呼ぶ。)を含むマトリゲル(登録商標)は24、48、又は96ウェルプレートに播種し、培地とともに培養した。具体的には、下記の通りである。
培養した腸管幹細胞を、10μLのマトリゲル(登録商標)(BD Bioscience社製)と共に、96ウェルプレートに播種した。(2)で調製した6種類の培地(rWnt 300ng/mL、rWnt 1000ng/mL、R&D 300ng/mL、Wnt CM及びWnt(−))を各ウェルに100μLずつ添加し、37℃で培養した。培養から、2日毎に培地交換を行った。
図1(A)は、初代培養(Passage0)の培養開始から6日後の様子を示す画像であり、
図2(A)は1回目の継代(Passage1)の培養開始から6日後の様子を示す画像であり、
図3(A)は2回目の継代(Passage2)の培養開始から5日後の様子を示す画像である。
図1(B)、
図2(B)、及び
図3(B)は、各培地中の腸管幹細胞のオルガノイドがウェル中に占める面積を定量化したグラフである。
【0093】
図1〜3から、Wnt3a−アファミン複合体を含む培地では、腸管幹細胞を長期間、継代培養することができることが確認された。また、データは示さないが、Wnt3a−アファミン複合体を含む培地では、腸管幹細胞を4か月の期間にわたり、18以上の継代培養を行うことができた。
【0094】
[実施例2]
(1)細胞培養培地の調製
市販のAdvanced DMEM/F−12培地(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)に、最終濃度50ng/mLとなるようにEGF(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)を添加し、最終濃度100ng/mLとなるようにノギン(Peprotech社製)を添加し、最終濃度500nMとなるようにA83−01(Tocris社製)を添加した(以下、「ENA培地」と呼ぶ。)。
また、市販のAdvanced DMEM/F−12培地(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)に、最終濃度50ng/mLとなるようにEGF(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)を添加し、最終濃度100ng/mLとなるようにノギン(Peprotech社製)を添加し、最終濃度500nMとなるようにA83−01(Tocris社製)を添加し、最終濃度10μMとなるようにSB202190(Sigma Aldrich社製)を添加した(以下、「ENAS培地」と呼ぶ。)。
ENAS培地に、それぞれに最終濃度300ng/mLとなるように市販のWnt3a(R&D systems社製)を添加して、従来の方法で用いられる培地を調製した。
さらに、ENA培地及びENAS培地に、最終濃度300ng/mLとなるように実施例1の(1)で調製したWnt3a−アファミン複合体を添加して、本発明の細胞培養培地を調製した。なお、コントロールとして、Wnt3a−アファミン複合体を含まないENA培地及びENAS培地も用意した。
【0095】
(2)大腸癌由来の上皮癌細胞の培養
実施例1の(3)と同様の方法を用いて、ヒト腫瘍組織由来の上皮癌細胞を含む大腸を、リベラーゼTHを用いて、上皮癌細胞と残りの組織とに分けた。残りの組織については、トリプシンでさらにバラバラに分解した。続いて、上皮癌細胞、又は上皮細胞及びバラバラに分解した残りの組織を、10μLのマトリゲル(登録商標)(BD Bioscience社製)と共に、96ウェルプレートに播種した。上皮癌細胞を播種したウェルに、(2)で調製した市販のWnt3aを含むENAS培地(従来の方法で用いられる培地)を100μL添加した。また、上皮細胞及びバラバラに分解した残りの組織を播種したウェルに、(2)で調製したWnt3a−アファミン複合体を添加したENA培地及びENAS培地、Wnt3aを含まないENA培地及びENAS培地をそれぞれ100μLずつ添加した。
【0096】
続いて、市販のWnt3aを含むENAS培地(従来の方法で用いられる培地)を添加した上皮癌細胞、(2)で調製したWnt3a−アファミン複合体を添加したENA培地及びENAS培地を添加した上皮癌細胞で培養した。
【0097】
結果、市販のWnt3aを含むENAS培地(従来の方法で用いられる培地)を添加した上皮癌細胞では、大腸癌オルガノイドの樹立効率が67.5%であったのに対して、(2)で調製したWnt3a−アファミン複合体を添加したENA培地及びENAS培地では、大腸癌オルガノイドの樹立効率が100.0%であった。
【0098】
以上のことから、本発明の細胞培養培地は、大腸癌由来の上皮癌細胞において、高効率でオルガノイドを形成させることができることが明らかとなった。
【0099】
[実施例3]
(1)細胞培養培地の調製
まず、実施例2の(1)と同様の方法を用いて、最終濃度300ng/mLとなるように実施例1の(1)で調製したWnt3a−アファミン複合体と最終濃度1μg/mLとなるようにヒト組換えR−スポンジン1(R&D systems社製)とを添加したENRAS+Wnt3a−AFM培地を調製した。
【0100】
(2)NOGマウスからの正常上皮幹細胞の剥離
まず、先端にバルーンを貼付したゾンデを作製した(参考文献:Fukudaet al.,Genes and Development,28,1752−1757,2014)。次いで、超免疫不全マウスであるNOD/Shi−scid−IL2Rγ
nullマウス(NOGマウス)に対し、吸引麻酔下で、マウス肛門からゾンデを1〜2cm挿入し、バルーンを膨らませることで直腸の口側をクランプした。次いで、肛門との間にできた腸管管腔に加温したEDTAを注入して(
図4の上左側の図参照)、2〜3分間かけて管腔を閉鎖した。次いで、バルーンを抜去し、ブラシを用いて直腸上皮の片側を擦過することで、EDTAにより剥離しやすくなった上皮を、陰窩底部を含めて剥脱した(
図4の上右側の図及び下左右の図参照)。
【0101】
(3)上皮幹細胞の培養
次いで、(1)で調製したENRAS+Wnt3a−AFM培地を用いて、ヒト上皮幹細胞を培養し、ヒト大腸オルガノイドを作製し、さらに3〜4日間培養し、ヒト大腸オルガノイドを増殖させた。
【0102】
(4)NOGマウスへのヒト大腸オルガノイドの移植
次いで、約10
6〜10
8の細胞を50〜200μLの5〜20%マトリゲルを含むPBSに懸濁した。次いで、粘膜剥脱したNOGマウスの肛門から、1匹当たり約10
6〜10
8の細胞を含む懸濁液を注腸し、肛門を一時閉鎖した(
図5の左側の図参照。)。なお、ヒト大腸オルガノイドは、予めGFP標識しておいた。移植から2週間後、及び16週間後のNOGマウスの移植部位を内視鏡を用いて明視野及び蛍光モードにて観察した。結果を
図5に示す。
【0103】
図5から、移植部位においてGFPの蛍光が観察された。これにより、事前にヒト大腸オルガノイドをGFP標識しておくことにより、生着後の経時的な観察を行うことができることが確かめられた。また、図示していないが、少なくとも半年以上にわたる長期生着が認められた。
【0104】
また、移植後28日後のNOGマウスを用いて、移植部位を切り出し、病理組織観察した。結果を
図6に示す。
図6において、上の図は、組織切片をヘマトキシリン−エオジン(Hematoxylin−Eosin;HE)染色した結果を示す画像である。下の左側の図は、組織切片を、抗ヒトサイトケラチン抗体を用いた免疫染色及びヘキスト(Hoechst)(登録商標)を用いた核染色を行った結果を示す画像である。下の右側の図は、組織切片をin situ ハイブリダイゼーション分析によるLgr5の検出及びヘキスト(Hoechst)(登録商標)を用いた核染色を行った結果を示す画像である。
【0105】
図6から、HE染色により、マウス陰窩と比較して、ヒト大腸オルガノイドが生着し形成した陰窩は、一回り大きな陰窩として識別された。また、ヒト大腸オルガノイドが生着し形成した陰窩がヒト細胞によるものであることは、抗ヒトサイトケラチン抗体を用いた免疫染色によって、確かめられた。
さらに、in situ ハイブリダイゼーション分析によるLgr5の検出結果から、移植したヒト大腸オルガノイドが生着し形成した陰窩底部には、腸管幹細胞マーカーであるLgr5が発現しており、マウスの間質にサポートされながら、ヒトの腸管上皮幹細胞(オルガノイド)が機能し、長期生着し得ることが明らかとなった。
【0106】
以上の結果から、本発明のオルガノイドを移植された動物モデルは、再生医療、上皮細胞の基礎医学研究、薬物応答のスクリーニング、疾患由来上皮オルガノイドを用いた創薬研究等に応用できることが示唆された。