特許第6378246号(P6378246)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6378246正極活物質、及び、当該正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6378246
(24)【登録日】2018年8月3日
(45)【発行日】2018年8月22日
(54)【発明の名称】正極活物質、及び、当該正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20180813BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20180813BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20180813BHJP
【FI】
   H01M4/525
   H01M4/505
   C01G53/00 A
【請求項の数】4
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-93742(P2016-93742)
(22)【出願日】2016年5月9日
(65)【公開番号】特開2017-204331(P2017-204331A)
(43)【公開日】2017年11月16日
【審査請求日】2017年5月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 元
(72)【発明者】
【氏名】大森 敬介
(72)【発明者】
【氏名】穂積 正人
(72)【発明者】
【氏名】児玉 昌士
(72)【発明者】
【氏名】田中 拓海
(72)【発明者】
【氏名】吉田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】園尾 将人
(72)【発明者】
【氏名】前田 悠貴
【審査官】 神野 将志
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/161754(WO,A1)
【文献】 特開2011−116580(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0282522(US,A1)
【文献】 特開2012−252807(JP,A)
【文献】 特開2015−216105(JP,A)
【文献】 特開2013−069580(JP,A)
【文献】 特開2013−134871(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525、4/505
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式Li(1+a)NiCoMn(−0.05≦a≦0.2、x=1−y−z−t、0≦y<1、0≦z<1、0<t≦0.03)で表される正極活物質であって、
透過型電子顕微鏡(TEM)−エネルギー分散型X線分光法(EDX)分析により算出される元素濃度の、W元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt1とし、W元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ1としたときに、以下の式(1)を満たし、
前記一次粒子の平均粒径が0.1〜2.0μmであることを特徴とする正極活物質。
σ1/t1≦0.92 (1)
【請求項2】
Ni元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt2、Co元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt3、Mn元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt4とし、Ni元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ2、Co元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ3、Mn元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ4としたときに、以下の式(2)〜(4)の少なくとも1つを満たすことを特徴とする、請求項1に記載の正極活物質。
σ2/t2≦0.10 (2)
σ3/t3≦0.10 (3)
σ4/t4≦0.10 (4)
【請求項3】
さらに、以下の式(5)〜(7)をすべて満たすことを特徴とする、請求項2に記載の正極活物質。
σ2/t2≦0.07 (5)
σ3/t3≦0.07 (6)
σ4/t4≦0.07 (7)
【請求項4】
前記請求項1乃至3のいずれか一項に記載の正極活物質を含む正極活物質層を有する正極と、負極活物質を含む負極活物質層を有する負極と、当該正極及び当該負極の間に介在する電解質層と、を備えることを特徴とする、リチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、正極活物質、及び、当該正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池の性能向上のために正極活物質に着目した研究が試みられている。
例えば、特許文献1には低SOC領域における出力向上、充放電サイクルによる劣化抑制を目的として、層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなし、Ni、Co、及びMnのうち少なくとも1種を含み、さらに、W、Ca、及びMgを含み、且つ、W元素が一次粒子の表面に偏って存在する正極活物質を有する正極を用いたリチウム二次電池が開示されている。
特許文献2には、複数の板状一次粒子がランダムな方向に凝集して形成され、且つ、Ti、V、Cr、Al、Mg、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wの少なくとも1種の元素を含むニッケルコバルトマンガン複合水酸化物粒子と、リチウム化合物を混合し、得られた混合物を焼成して得た正極活物質を用いることにより、電極抵抗を小さくできることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2012−252807号公報
【特許文献2】特開2011−116580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のリチウム二次電池でもW元素を含有しない正極活物質を用いたリチウム二次電池に比べて充放電サイクル後の容量維持率の向上効果がみられていたが、更なる耐久性の向上が求められている。
本発明は上記実情を鑑みて成し遂げられたものであり、本発明の目的は、耐久性が高い正極活物質、及びリチウムイオン二次電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、鋭意検討の結果、W元素を含む正極活物質において、W元素分布を均一化させることで、耐久性が向上するという知見を得た。本発明は、当該知見に基づいて完成させた。
【0006】
本発明の正極活物質は、一般式Li(1+a)NiCoMn(−0.05≦a≦0.2、x=1−y−z−t、0≦y<1、0≦z<1、0<t≦0.03)で表される正極活物質であって、
透過型電子顕微鏡(TEM)−エネルギー分散型X線分光法(EDX)分析により算出される元素濃度の、W元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt1とし、W元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ1としたときに、以下の式(1)を満たし、
前記一次粒子の平均粒径が0.1〜2.0μmであることを特徴とする。
σ1/t1≦0.92 (1)
【0007】
また、本発明の正極活物質において、Ni元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt2、Co元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt3、Mn元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt4とし、Ni元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ2、Co元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ3、Mn元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ4としたときに、以下の式(2)〜(4)の少なくとも1つを満たすことが好ましい。
σ2/t2≦0.10 (2)
σ3/t3≦0.10 (3)
σ4/t4≦0.10 (4)
さらに、本発明の正極活物質において、以下の式(5)〜(7)をすべて満たすことがより好ましい。
σ2/t2≦0.07 (5)
σ3/t3≦0.07 (6)
σ4/t4≦0.07 (7)
【0008】
本発明のリチウムイオン二次電池は、前記正極活物質を含む正極活物質層を有する正極と、負極活物質を含む負極活物質層を有する負極と、当該正極及び当該負極の間に介在する電解質層と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、耐久性が高い正極活物質及びリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明のリチウムイオン二次電池の概略的な構成を示す断面図である。
図2】実施例1のHAADF像を示す図である。
図3】実施例1のTEM−EDX像を示す図である。
図4】HAADF像における正極活物質粒子の粒界及び内部の例を示す図である。
図5】比較例1のHAADF像を示す図である。
図6】比較例1のTEM−EDX像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において「リチウムイオン二次電池」とは、正負極間におけるリチウムイオンに伴う電荷の移動により充放電が実現される二次電池をいう。さらに、本発明の正極活物質は全固体リチウム電池、特に硫化物全固体リチウム電池に用いることが好ましい。
また、本明細書において「活物質」とは、二次電池において電荷担体となる化学種(すなわち、ここではリチウムイオン)を可逆的に吸蔵および放出(典型的には挿入および脱離)可能な物質をいう。
また、本明細書において「SOC」とは、特記しない場合、二次電池が通常使用される電圧範囲を基準とする、該電池の充電状態をいうものとする。例えば、層状構造のリチウム遷移金属酸化物を備えたリチウムイオン二次電池では、端子間電圧4.1V(上限電圧)〜3.0V(下限電圧)の条件で測定される定格容量を基準とする充電状態をいうものとする。
【0012】
1.正極活物質
本発明の正極活物質は、一般式Li(1+a)NiCoMn(−0.05≦a≦0.2、x=1−y−z−t、0≦y<1、0≦z<1、0<t≦0.03)で表される正極活物質であって、
W元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt1とし、W元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ1としたときに、以下の式(1)を満たすことを特徴とする。
σ1/t1≦0.92 (1)
また、本発明の正極活物質は、リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなしている。
本発明の正極活物質は、W元素分布が均一であることにより耐久性が向上する。これは、O原子をW元素が強く引き付ける作用が、正極活物質中で均一に起きることによると推定される。
【0013】
≪W元素の分布≫
正極活物質中に存在するW元素の分布は、例えば、正極活物質粒子(二次粒子)についてエネルギー分散型X線分光法(EDX;Energy Dispersive X−ray Spectroscopy)を用いてW元素の分布をマッピングすることにより把握することができる。一次粒子の粒界(一次粒子の表面)の位置は、例えば、正極活物質粒子断面の透過型電子顕微鏡(TEM)観察により把握することができる。EDXを備えたTEMを好ましく使用することができる。
正極活物質中に含まれるW元素は、一次粒子の内部全体に存在することが好ましい。
ここで、W元素が「一次粒子の内部全体に存在する」とは、W元素が正極活物質の全体に、目立った偏りを示すことなく(好ましくは略均一に)存在(分布)していることを意味する。W元素の分布に偏りのないことは、例えば、正極活物質粒子(二次粒子)をEDXにてライン分析し、粒界に対応する位置への濃縮がないことを通じて把握することができる。
また、W元素の分布をマッピングし、粒界への集中が見られないことによっても把握され得る。好ましい一態様では、上記ライン分析の結果が、一次粒子の内部全体を通じて(例えば、活物質粒子の全体を通じて)略均一である。
なお、本発明の正極活物質は、Ni、Co及びMnからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素を含み、これらの元素は、一次粒子の内部全体に(好ましくは略均一に)存在していることが好ましい。
【0014】
本発明においては元素の均一性の指標として、元素濃度標準偏差σ/元素濃度平均tの値を用いた。
本発明において、元素濃度平均tは対象元素毎に以下の通り算出する。一次粒子の内部と粒界の両方から少なくとも1つずつ、無作為にx箇所を選ぶ。選ばれた箇所それぞれにおいて、TEM−EDX分析によりNi、Co、Mn、及びWの総量を100at%としたときの対象元素の元素濃度(c1、c2、・・・cx)を求める。得られたx箇所の対象元素の元素濃度の平均値を算出する(t=(c1+c2+・・・+cx)/x)。
また、本発明において、元素濃度標準偏差σは、上記で得られたx箇所の対象元素の元素濃度からEXCELのSTDEV.P関数を使用して対象元素毎に算出する。
なお、本発明では、正極活物質を構成する元素の組成比率が元素濃度標準偏差σの大きさに影響するため、元素濃度標準偏差σを元素濃度平均tで割った値(σ/t)を均一の指標とした。
【0015】
正極活物質におけるW元素の含有量は、当該正極活物質に含まれるNi、Co、Mn、及びWの総量を100at%としたときに、下限値は0at%よりも多ければ特に限定されず、0.01at%以上、特に0.05at%以上であることが好ましく、上限値は、3.0at%以下、特に2.0at%以下であることが好ましい。
W元素の含有量が少なすぎると、電池性能向上効果(例えば、低SOC領域における出力を向上させる効果、反応抵抗を低減する効果等)が十分に発揮され難くなる場合がある。
また、W元素の量が多すぎる場合にも、W元素を含まない組成に対する電池性能向上効果が十分に発揮され難くなったり、あるいは却って電池性能が低下したりすることがある。 また、電池材料の資源リスク低減の観点からも有利である。なお、W元素の含有量は、前記元素濃度平均により求められるが、例えば、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析法により、JIS K 0116に準拠して測定することもできる。
【0016】
≪正極活物質の製造方法≫
正極活物質を製造する方法としては、当該正極活物質を最終生成物として調製可能な方法を適宜採用することができる。以下、主にNi、Co、Mn及びWの全てを含む層状構造の酸化物(LiNiCoMnW酸化物)である正極活物質を例として、当該正極活物質の好ましい製造方法の一実施態様をより詳しく説明するが、ここに開示される技術の適用対象をかかる正極活物質に限定する意図ではない。
本実施態様に係る正極活物質製造方法は、Ni、Co、及びMnを含む水溶液(典型的には酸性、すなわちpH7未満の水溶液)Aを準備することを含む。この水溶液Aは、典型的には、Wを実質的に含有しない組成物である。上記水溶液Aに含まれる各金属元素の量比は、目的物たる正極活物質の組成に応じて適宜設定することができる。例えば、Ni、Co及びMnのモル比を、上記正極活物質におけるこれらの元素のモル比と概ね同程度とすることができる。
なお、水溶液Aは、Ni、Co、及びMnの全てを含む一種類の水溶液であってもよく、組成の異なる二種類以上の水溶液であってもよい。通常は、製造装置の複雑化を避ける、製造条件の制御が容易である等の観点から、Ni、Co、及び、Mnの全てを含む一種類の水溶液Aを用いる態様を好ましく採用し得る。
【0017】
≪水溶液A≫
上記水溶液Aは、例えば、適当なNi化合物、Co化合物、及びMn化合物のそれぞれ所定量を水性溶媒に溶解させて調製することができる。これらの金属化合物としては、各金属の塩(すなわち、Ni塩、Co塩、及びMn塩)を好ましく使用することができる。
これらの金属塩を水性溶媒に添加する順序は特に制限されない。また、各塩の水溶液を混合して調製してもよい。これらの金属塩(Ni塩、Co塩、Mn塩)におけるアニオンは、それぞれ、当該塩が所望の水溶性となるように選択すればよい。例えば、アニオンは、硫酸イオン、硝酸イオン、塩化物イオン、炭酸イオン、水酸化物イオン等があり得る。すなわち、上記金属塩は、それぞれ、Ni、Co、Mnの硫酸塩、硝酸塩、塩酸塩、炭酸塩、水酸化物等があり得る。これら金属塩のアニオンは、全てまたは一部が同じであってもよく、互いに異なってもよい。これらの塩は、それぞれ、水和物等の溶媒和物であってもよい。水溶液Aの濃度は、全遷移金属(Ni、Co、Mn)の合計が1.0〜2.6mol/L程度となる濃度であることが好ましい。水溶液Aの濃度が1.0mol/L未満では、反応槽あたりの晶析物量が少なくなるために生産性が低下する。一方2.6mol/Lより大きくすると常温での飽和濃度を超えるため、結晶が再析出して溶液の濃度減少が生じる。
【0018】
≪水溶液B(W水溶液)≫
本態様に係る正極活物質製造方法は、また、W元素を含む水溶液B(以下、「W水溶液」ということもある。)を準備することを含む。このW水溶液は、典型的には、Ni、Co、及びMnを実質的に含有しない(これらの金属元素を少なくとも意図的には含有させないことをいい、不可避的不純物等として混入することは許容され得る。)組成物である。例えば、金属元素として実質的にW元素のみを含むW水溶液を好ましく使用し得る。上記W水溶液は、所定量のW化合物を25℃におけるpH(以下pHについては液温25℃にて測定した場合の値とする。)が10以上のアルカリ水溶液(例えば水酸化ナトリウム水溶液)に溶解させて調製する。かかるW化合物としては、例えば、各種のW塩を用いることができる。好ましい一態様では、タングステン酸(Wを中心元素とするオキソ酸)の塩を用いる。上記W塩におけるカチオンは、当該塩が水溶性となるように選択することができ、例えばアンモニウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン等であり得る。好ましく使用し得るW塩の一例として、パラタングステン酸アンモニウム、タングステン酸ナトリウムが挙げられる。上記W塩は、水和物等の溶媒和物であってもよい。W水溶液の濃度は、W元素基準で0.01〜2.1mol/L程度であることが好ましい。
【0019】
上記水溶液Aの調製に用いる水性溶媒は、典型的には水である。使用する各金属化合物の溶解性によっては溶解性を向上させる試薬(酸、アルカリ等)を含む水を用いてもよい。
【0020】
≪アルカリ性水溶液≫
本態様に係る正極活物質製造方法は、さらに、アルカリ性水溶液を準備することを含み得る。このアルカリ性水溶液は、水性溶媒にアルカリ剤(液性をアルカリ側に傾ける作用のある化合物)が溶解した水溶液である。上記アルカリ剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物を使用可能である。組成の異なる複数のアルカリ性水溶液(例えば、水酸化ナトリウム水溶液と水酸化カリウム水溶液)を使用してもよい。典型的には、Ni、Co、Mn及びWを実質的に含有しない(これらの金属元素を少なくとも意図的には含有させないことをいい、不可避的不純物等として混入することは許容され得る。)組成物である。
【0021】
≪錯イオン形成剤≫
本態様に係る正極活物質製造方法は、さらに錯イオン形成剤を準備することを含み得る。
錯イオン形成剤は、水溶液A中に含まれる金属元素と錯イオンを形成するものを用いることができ、例えばアンモニア水溶液を使用可能である。
【0022】
≪前駆体水酸化物の晶析≫
そして、水溶液Aと、水溶液Bとを、別々に且つ、水溶液Aと、水溶液Bと、錯イオン形成剤を含む溶液と、アルカリ性溶液とを、同時に供給することによりアルカリ性の(例えば、pHが10〜13.5の)条件下で混合することにより、Ni、Co、Mn及びWを含む前駆体水酸化物を析出(晶析)させる。
晶析方法としては、例えば、初期pHが10〜13.5(典型的には10.5〜13、例えば11.3程度)のアルカリ性水溶液を反応槽内に用意し、この初期pHを維持しつつ、錯イオン形成剤の濃度が1000〜15000ppmとなるように、当該反応槽に水溶液Aと、水溶液Bとを、別々に且つ、水溶液Aと、水溶液Bと、錯イオン形成剤を含む溶液と、アルカリ性溶液とを、同時に適切な速度で供給して撹拌混合する。
さらに好ましい態様としては、錯イオン形成剤の濃度が1000〜15000ppmであって、初期pHが10〜13.5(典型的には10.5〜13、例えば11.3程度)のアルカリ性水溶液を反応槽内に用意し、水溶液Aを供給してNi、Co及びMnを含む水酸化物を析出した後、さらにpHを10〜13.5(典型的には10.5〜13、例えば11.3程度)に維持しつつ、反応溶液中のNiイオンの濃度を10〜1000ppmの範囲とし、錯イオン形成剤の濃度が1000〜15000ppmとなるように、当該反応槽に水溶液Aと、水溶液Bとを、別々に且つ、水溶液Aと、水溶液Bと、錯イオン形成剤を含む溶液と、アルカリ性溶液とを、同時に適切な速度で供給して撹拌混合する。
上述のNi、Co及びMnを含む水酸化物粒子の一個が、最終のNi、Co、Mn及びWを含む水酸化物粒子一個における種となることから、得られるNi、Co及びMnを含む水酸化物粒子の数によって、最終のNi、Co、Mn及びWを含む水酸化物の二次粒子の総数を決めることができる。種生成において水溶液Aをより多く入れる場合は、生成する種の数がより多くなり、最終のNi、Co、Mn及びWを含む水酸化物の二次粒子の平均粒径が小さくなる傾向がある。種生成を行うことで製造LOTごとの変動を抑制することができる。析出した前駆体水酸化物は、晶析終了後、水洗・濾過して乾燥させ、所望の粒径を有する粒子状に調製するとよい。
【0023】
上記前駆体水酸化物の析出反応(当該水酸化物の生成反応)を進行させる間、その反応液の温度は、25℃〜80℃の範囲に制御することが好ましく、30℃〜60℃の範囲に制御することがより好ましい。上記前駆体水酸化物の析出反応時間は、よりW元素が均質に存在する前駆体水酸化物を得る点で12時間以上とするのが好ましく、生産性の点で60時間以下とすることが好ましい。
上記水溶液Aの水溶液A中に含まれるNi、Co、及びMnの合計モル数は、目的とする正極活物質の粒径(典型的には平均粒径)に応じて適宜設定することができる。傾向としては、より粒径の大きな正極活物質を得るためには、より合計モル数を多くするとよい。
【0024】
このように、水溶液Aと、pHを10以上に調整した水溶液Bとを、別々に準備し、水溶液Aと、水溶液Bと、錯イオン形成剤とアルカリ性溶液を別々に且つ同時に適切な速度で供給し混合することにより、均一にW元素が存在する正極活物質の製造に適した前駆体水酸化物(典型的には粒子状)が生成し得る。以下、この点について説明する。
タングステンは、アルカリ性条件下においてタングステンの水酸化物として析出せず、水溶液Aに含まれる金属元素(以下では、この金属元素がニッケルであるとして説明する)と一緒にタングステンの化合物(例えばNiWO)として析出し、複合水酸化物からなる一次粒子の内部及び表面に取り込まれる。
したがって、仮に、水溶液Aと水溶液Bとをあらかじめ混合したものをアルカリ性溶液に供給する場合は、タングステン周辺のニッケルイオンの濃度が高いことから、タングステンの化合物の析出速度が速くなり、一次粒子の内部及び表面においてタングステンの偏析が起こりやすい。
一方で、アルカリ性溶液に水溶液Aと水溶液Bを別々にそれぞれ供給した場合、ニッケル水酸化物が別に析出することで、タングステンの周囲にはニッケル元素があまり存在せず、タングステンの化合物の析出はほとんど起こらない。そして、析出したニッケル水酸化物が、錯イオン形成剤と反応することにより、ニッケル錯イオンとして徐々に再溶出し、ニッケル錯イオンとタングステンが反応しタングステンの化合物が析出する。析出する際、再溶出したニッケル錯イオンの濃度が低いため、タングステンの化合物の析出速度を遅くすることができる。
以上の理由により、水溶液Aと水溶液Bを別々に供給することで、より均質にタングステンを存在させることができると考えられる。
【0025】
また、上述の種を生成する際に水溶液Aと水溶液Bを供給することも可能ではあるが、その場合は、水溶液Aの供給するモル数だけでなく、タングステン化合物の析出と併せて種の数が決まる。それに対して、水溶液Bを用いずに水溶液Aのみを供給して種生成をする場合は、水溶液Aで供給するモル数により種の数が決まるので、タングステンの析出に依存しない分、製造LOTごとの種の数の変動を抑制できると考えられる。
【0026】
仮に、水溶液BのpHが10よりも低い場合、反応溶液のpHが局所的に低くなるので、その領域において一旦析出したニッケル水酸化物が再度溶解する場合がある。そうなると、反応溶液のpHが局所的に低くなった領域において、タングステン周辺のニッケル濃度が高くなることで、タングステンの化合物の析出速度が速くなり、一次粒子の内部及び表面においてタングステンの偏析が起こりやすい。
以上の理由により、水溶液BのpHを10より高く調整することで、タングステンの化合物の析出速度を遅くして、一次粒子においてより均質にタングステンを存在させることができると考えられる。
【0027】
さらに、析出反応時間が12時間以上となるように水溶液Aと、水溶液Bと、アルカリ性水溶液と、錯イオン形成剤の供給速度を調整することにより、W化合物の析出速度を遅くすることで、より均質にWを存在させることができると考えられる。
【0028】
本態様に係る正極活物質の製造方法は、上記前駆体水酸化物を大気雰囲気下にて熱処理し遷移金属複合酸化物を得ることを含み得る。例えば、熱処理の温度を105〜900℃の範囲とし、熱処理時間を5〜50時間の範囲とすることができる。
【0029】
本態様に係る正極活物質製造方法は、上記遷移金属複合酸化物とLi化合物とを混合することを含み得る。上記Li化合物としては、Liを含む酸化物を用いてもよく、加熱により酸化物となり得る化合物(Liの炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、シュウ酸塩、水酸化物、アンモニウム塩、ナトリウム塩等)を用いてもよい。好ましいLi化合物として、炭酸リチウム、水酸化リチウム等を例示することができる。かかるLi化合物は、一種のみを単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。上記遷移金属複合酸化物とLi化合物との混合は、湿式混合および乾式混合のいずれの態様で行ってもよい。簡便性およびコスト性の観点からは乾式混合が好ましい。上記遷移金属複合酸化物と上記Li化合物との混合比は、目的とする正極活物質におけるLiと、Ni、Co及びMnとのモル比が実現されるように決定することができる。例えば、Liと、Ni、Co及びMnとのモル比が上記正極活物質におけるモル比と同程度となるように、上記遷移金属複合酸化物とLi化合物とを混合するとよい。
【0030】
そして、上記混合物を焼成してリチウム遷移金属酸化物を生成させる(焼成工程)。
焼成温度は、650〜990℃の範囲とすることが好ましい。焼成温度が650℃未満であると未反応Li分の増加が見られ、990℃を超えるとWの偏析が見られる。
【0031】
好ましくは、かかる焼成工程後に焼成物を解砕し、必要に応じて篩分けを行なって正極活物質の粒径を調整する。このようにして、リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなし、当該一次粒子の内部、及び一次粒子の表面に均一にW元素が存在する正極活物質を得ることができる。
上記製造方法によって、W元素が一次粒子の内部、及び一次粒子の表面に均一に存在する正極活物質が得られる理由の一つとして、W元素の分布が均一である前駆体水酸化物の寄与があるものと推察される。
【0032】
正極活物質は、上記二次粒子の平均粒径が1〜50μm、特に1〜20μm、さらに3〜6μmであることが好ましい。正極活物質の平均粒径が小さすぎると、取り扱い性が悪くなる可能性があり、正極活物質の平均粒径が大きすぎると、平坦な正極活物質層を得るのが困難になる場合があるからである。
なお、本明細書中において「平均粒径」とは、特記しない場合、レーザ散乱・回折法に基づく粒度分布測定装置に基づいて測定した粒度分布から導き出せるメジアン径(50%体積平均粒子径;以下「D50」と表記することもある。)をいう。
上記正極活物質の比表面積は、0.25〜1.9m/gの範囲にあることが好ましい。
【0033】
上記正極活物質を構成する一次粒子の平均粒径は、通常は、0.1〜2.0μm、好ましくは0.2〜1.5μmである。
本発明における一次粒子の平均粒径は、常法により算出される。一次粒子の平均粒径の算出方法の例は以下の通りである。まず、適切な倍率(例えば、5万〜100万倍)の透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope;以下、TEMと称する。)画像又は走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope;以下、SEMと称する。)画像において、ある1つの粒子について、当該粒子を球状と見なした際の粒径を算出する。このようなTEM観察又はSEM観察による粒径の算出を、同じ種類の200〜300個の粒子について行い、これらの粒子の平均を一次粒子の平均粒径とする。
【0034】
上記のとおりW元素の分布状態は、TEM−EDX分析(点分析)により、正極活物質の内部及び粒界の組成を解析することにより知ることができる。そして、W元素の分布状態が均一なものが耐久性に優れる。
W元素の分布の均一化に伴い、Ni元素、Co元素、Mn元素についてもそれぞれ均一に分布している方が耐久性に優れるため、好ましい。
Ni元素、Co元素、Mn元素の分布状態は、同じくTEM−EDX分析で解析できる。
【0035】
本発明の正極活物質は、当該正極活物質中に含まれるW元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt1とし、W元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ1としたときに、以下の式(1)を満たす。
σ1/t1≦0.92 (1)
また、リチウムイオン二次電池のサイクル特性向上の観点から、本発明の正極活物質は、当該正極活物質中に含まれるNi元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt2、Co元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt3、Mn元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度平均をt4とし、Ni元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ2、Co元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ3、Mn元素の一次粒子内部及び一次粒子粒界における元素濃度標準偏差をσ4としたときに、以下の式(2)〜(4)の少なくとも1つを満たすことが好ましい。
σ2/t2≦0.10 (2)
σ3/t3≦0.10 (3)
σ4/t4≦0.10 (4)
さらに、本発明の正極活物質は、以下の式(5)〜(7)をすべて満たすことがより好ましい。
σ2/t2≦0.07 (5)
σ3/t3≦0.07 (6)
σ4/t4≦0.07 (7)
【0036】
2.リチウムイオン二次電池
本発明のリチウムイオン二次電池は、前記正極活物質を含む正極活物質層を有する正極と、負極活物質を含む負極活物質層を有する負極と、当該正極及び当該負極の間に介在する電解質層と、を備えることを特徴とする。
【0037】
図1は、本発明のリチウムイオン二次電池の一例を示す図であって、積層方向に切断した断面の模式図である。なお、本発明のリチウムイオン二次電池は、必ずしもこの例のみに限定されない。
リチウムイオン二次電池100は、正極活物質層2及び正極集電体4を含む正極6と、負極活物質層3及び負極集電体5を含む負極7と、当該正極6及び当該負極7の間に介在する電解質層1を備える。
以下、本発明のリチウムイオン二次電池に用いられる正極、負極、及び電解質層、並びに本発明のリチウムイオン二次電池に好適に用いられるセパレータ及び電池ケースについて、詳細に説明する。
【0038】
正極は、上記本発明の正極活物質を含有する正極活物質層を備える。本発明に用いられる正極は、通常、正極活物質層に加えて、正極集電体、及び当該正極集電体に接続された正極リードを備える。
【0039】
正極活物質層は、必要に応じて導電材及び結着剤等を含有していても良い。
導電材としては、正極活物質層の導電性を向上させることができれば特に限定されるものではないが、例えばアセチレンブラック、ケッチェンブラック等のカーボンブラック、カーボンナノチューブ(CNT)、カーボンナノファイバー(CNF)等を挙げることができる。また、正極活物質層における導電材の含有割合は、導電材の種類によって異なるものであるが、正極活物質層の総質量を100質量%としたとき、通常、1〜30質量%である。
結着剤としては、例えばポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ブチレンゴム(BR)、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)等を挙げることができる。また、正極活物質層における結着剤の含有割合は、正極活物質等を固定化できる程度であれば良く、より少ないことが好ましい。結着剤の含有割合は、正極活物質層の総質量を100質量%としたとき、通常、0.5〜10質量%である。
正極活物質層の厚さは、目的とする電池の用途等により異なるものであるが、10〜250μmであるのが好ましく、20〜200μmであるのがより好ましく、30〜150μmであることがさらに好ましい。
正極集電体は、上記正極活物質層の集電を行う機能を有するものである。正極集電体の材料としては、例えば、アルミニウム、SUS、ニッケル、クロム、金、亜鉛、鉄及びチタン等を挙げることができる。正極集電体の形状としては、例えば、箔状、板状、メッシュ状等を挙げることができる。
【0040】
正極を製造する方法は、特に限定されるものではない。例えば、正極活物質を分散媒に分散させてスラリーを調製し、該スラリーを正極集電体上に塗布、乾燥、圧延する方法等が挙げられる。
分散媒は、特に限定されず、例えば、酢酸ブチル、ヘプタン、N−メチル−2−ピロリドン等が挙げられる。
塗布方法としては、ドクターブレード法、メタルマスク印刷法、静電塗布法、ディップコート法、スプレーコート法、ロールコート法、グラビアコート法、スクリーン印刷法等が挙げられる。
なお、正極活物質層を形成した後、電極密度を向上させるために、正極活物質層をプレスしても良い。
【0041】
負極は、負極活物質を含有する負極活物質層を備える。本発明に用いられる負極は、通常、負極活物質層に加えて、負極集電体、及び当該負極集電体に接続された負極リードを備える。
負極活物質としては、リチウムイオンを吸蔵、放出可能なものであれば特に限定されない。例えば、金属リチウム、リチウム合金、リチウム元素を含有する金属酸化物、リチウム元素を含有する金属硫化物、リチウム元素を含有する金属窒化物、及びグラファイト、ハードカーボン等の炭素材料、Si等を挙げることができ、グラファイトが好ましい。
リチウム合金としては、例えばリチウムアルミニウム合金、リチウムスズ合金、リチウム鉛合金、リチウムケイ素合金等を挙げることができる。
また、リチウム元素を含有する金属酸化物としては、例えばLiTi12等のリチウムチタン酸化物等を挙げることができる。また、リチウム元素を含有する金属窒化物としては、例えばリチウムコバルト窒化物、リチウム鉄窒化物、リチウムマンガン窒化物等を挙げることができる。また、固体電解質をコートした金属リチウムも使用できる。
【0042】
負極活物質層は、必要に応じて導電材及び結着剤等を含有していても良い。
導電材及び結着剤の詳細は、上述した正極活物質層における導電材及び結着剤等と同様である。
負極活物質層の層厚としては、特に限定されるものではないが、例えば10〜100μm、中でも10〜50μmであることが好ましい。
負極集電体は、上記負極活物質層の集電を行う機能を有するものである。負極集電体の材料としては、SUS、Cu、Ni、Fe、Ti、Co、Zn等を用いることができる。また、負極集電体の形状としては、上述した正極集電体の形状と同様のものを採用することができる。
負極を製造する方法は、上記負極が得られる方法であれば特に限定されない。なお、負極活物質層を形成した後、電極密度を向上させるために、負極活物質層をプレスしてもよい。
【0043】
本発明に用いられる電解質層は、正極及び負極の間に保持され、正極及び負極の間でリチウムイオンを交換する働きを有する。
電解質層には、電解液、ゲル電解質、及び固体電解質等を用いることができ、固体電解質が好ましい。なお、これらは、1種類のみを単独で用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0044】
電解液としては、非水系電解液を用いることができる。
非水系電解液としては、通常、リチウム塩及び非水溶媒を含有したものを用いる。
リチウム塩としては、例えばLiPF、LiBF、LiClO及びLiAsF等の無機リチウム塩;LiCFSO、LiN(SOCF(Li−TFSI)、LiN(SO及びLiC(SOCF等の有機リチウム塩等を挙げることができる。
非水溶媒としては、例えばエチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、γ−ブチロラクトン、スルホラン、アセトニトリル(AcN)、ジメトキシメタン、1,2−ジメトキシエタン(DME)、1,3−ジメトキシプロパン、ジエチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル(TEGDME)、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド(DMSO)及びこれらの混合物等を挙げることができる。非水系電解液におけるリチウム塩の濃度は、例えば0.5〜3mol/Lの範囲内である。
【0045】
ゲル電解質は、通常、非水系電解液にポリマーを添加してゲル化したものである。
ゲル電解質として、具体的には、上述した非水系電解液に、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、ポリアクリルニトリル、ポリビニリデンフロライド(PVdF)、ポリウレタン、ポリアクリレート、セルロース等のポリマーを添加し、ゲル化することにより得られる。
【0046】
固体電解質としては、結晶質酸化物・酸窒化物、硫化物系固体電解質、酸化物系固体電解質、及びポリマー電解質等を用いることができる。
結晶質酸化物・酸窒化物としては、LiI、LiN、LiLaTa12、LiLaZr12、LiBaLaTa12、LiPO(4−3/2w)N(w<1)、Li3.6Si0.60.4等を例示することができる。
硫化物系固体電解質としては、具体的には、LiI−LiS−P、LiI−LiPO−P、LiS−P、LiS−P、LiS−P−P、LiS−SiS、LiS−SiS、LiS−B、LiS−GeS、LiI−LiS−P、LiI−LiBr−LiS−P、LiI−LiS−SiS−P、LiS−SiS−LiSiO、LiS−SiS−LiPO、LiPS−LiGeS、Li3.40.6Si0.4、Li3.250.25Ge0.76、Li4−xGe1−x等を例示することができる。
酸化物系固体電解質としては、具体的には、LiO−B−P、LiO−SiO、LiPON(リン酸リチウムオキシナイトライド)、Li1.3Al0.3Ti0.7(PO、La0.51Li0.34TiO0.74、LiPO、LiSiO、LiSiO等を例示することができる。
ポリマー電解質は、通常、リチウム塩及びポリマーを含有する。
リチウム塩としては、上述した無機リチウム塩、有機リチウム塩等を使用できる。ポリマーとしては、リチウム塩と錯体を形成するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、ポリエチレンオキシド等が挙げられる。
【0047】
本発明のリチウムイオン二次電池には、セパレータを用いることができる。セパレータは、正極及び負極の間に配置されるものであり、通常、正極活物質層と負極活物質層との接触を防止し、電解質を保持する機能を有する。上記セパレータの材料としては、例えばポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエステル、セルロース及びポリアミド等の樹脂を挙げることができ、中でもポリエチレン及びポリプロピレンが好ましい。また、上記セパレータは、単層構造であっても良く、複層構造であっても良い。複層構造のセパレータとしては、例えばPE/PPの2層構造のセパレータ、又は、PP/PE/PP若しくはPE/PP/PEの3層構造のセパレータ等を挙げることができる。
本発明においては、上記セパレータが、樹脂不織布、ガラス繊維不織布等の不織布等であっても良い。また、上記セパレータの膜厚は、特に限定されるものではなく、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられるセパレータの膜厚と同様である。
セパレータには、上述した電解液等の電解質を含浸させて用いてもよい。
【0048】
本発明のリチウムイオン二次電池は、正極、電解質層及び負極等を収納する電池ケースを備えていてもよい。電池ケースの形状としては、具体的にはコイン型、平板型、円筒型、ラミネート型等を挙げることができる。
【実施例】
【0049】
(実施例1)
[正極活物質の準備]
Ni化合物として硫酸ニッケル、Co化合物として硫酸コバルト、及びMn化合物として硫酸マンガンをそれぞれ所定量水に溶解させて金属元素の総モル数が474モルである水溶液Aを準備した。
パラタングステン酸アンモニウム4.7モル分を水酸化ナトリウム溶液に溶解させてpHが12.3である水溶液Bを準備した。
アルカリ性水溶液として、水酸化ナトリウム溶液を準備した。
錯イオン形成剤を含む溶液として、アンモニア水溶液を準備した。
反応容器内に窒素ガスを投入し容器内を窒素で置換した。
反応容器に水40リットルを準備し、水酸化ナトリウム溶液をpHが12.5になるように加えた。そして水溶液Aを4モル分加えて、Ni、Co及びMnを含む水酸化物を析出した。
そして、残りの水溶液Aと水溶液Bと、アルカリ性水溶液と、アンモニア水溶液を、アルカリ性(pH11.3)条件下、ニッケル濃度が約300ppmであって、アンモニウム濃度が10000ppmとなるように別々に且つ同時に撹拌混合しながら18時間かけて供給して、Ni、Co、Mn及びWを含む前駆体水酸化物を析出(晶析)させた。
析出した前駆体水酸化物は、晶析終了後、水洗・濾過して乾燥させた。
上記前駆体水酸化物の析出反応時の反応液の温度は、50℃に制御した。
上記前駆体水酸化物を大気雰囲気下300℃にて20時間熱処理を行い、遷移金属複合酸化物を得た。
その後、上記遷移金属複合酸化物とLi化合物として炭酸リチウムを所定量乾式混合した。
そして、得られた混合物を焼成してリチウム遷移金属酸化物を生成させた。焼成温度は、930℃とした。焼成時間は、15時間であった。
【0050】
以上により、正極活物質として、TEM−EDXマッピングにより得られたW元素分布状態が均一(活物質の一次粒子内部もしくは界面にW濃化が見られない状態)な正極活物質(Li1.14Ni0.332Co0.330Mn0.3280.010)を準備した。
実施例1の正極活物質の高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF−STEM)像(以下、HAADF像)を図2に、TEM−EDX像を図3に示す。実施例1の正極活物質のTEM−EDX分析による元素組成比率を表1に示す。
なお、表1〜6に示す部位の列の左隣の列に記載した数字は、TEM−EDX分析を行った任意の箇所のサンプル番号を示したものである。また、表1〜6に示す部位とは、図4に示すように、HAADF像で確認して、TEM−EDX分析を行う箇所が一次粒子の粒界か内部かを判断し、示したものである。
【0051】
【表1】
【0052】
[正極活物質コートの作製]
転動流動式コーティング装置(パウレック製)を用いて、大気環境において上記W元素分布が均一な正極活物質にLiNbOのゾルゲル液をコーティングし、大気環境において焼成を行った。
【0053】
[正極活物質層の作製]
PP製容器に酪酸ブチル、及び、PVdF系バインダー(クレハ製)の5wt%酪酸ブチル溶液を入れ、さらに、上記コート処理後の正極活物質と硫化物系固体電解質(平均粒径0.8μmのLiIを含むLiS−P系ガラスセラミック)の割合が体積%で7:3となるように容器に加え、導電剤としてVGCF(登録商標 昭和電工製)を加え、超音波分散装置(エスエムテー製 UH−50)で30秒間攪拌した。
次に、容器を振盪器(柴田科学株式会社製、TTM−1)で3分間振盪させ、さらに超音波分散装置で30秒間攪拌した。
振盪器で3分間振とうした後、得られた混合物を、アプリケーターを使用してブレード法にてカーボン塗工Al箔(昭和電工製 SDX)上に塗工した。
塗工した電極は、自然乾燥後、100℃のホットプレート上で30分間乾燥させた。
【0054】
[負極活物質層の作製]
PP製容器に酪酸ブチル、PVdF系バインダー(クレハ製)の5wt%酪酸ブチル溶液を入れ、さらに、負極活物質として平均粒径10μmの天然黒鉛系カーボン(三菱化学製)、平均粒径0.8μmの硫化物系固体電解質としてLiIを含むLiS−P系ガラスセラミックを容器に加え、超音波分散装置(エスエムテー製 UH−50)で30秒間攪拌した。次に、容器を振盪器(柴田科学株式会社製、TTM−1)で3分間振盪させた。さらに、30秒間の超音波分散と3分間の振盪を3回くり返した。
アプリケーターを使用してブレード法にてCu箔上に塗工した。
塗工した電極は、自然乾燥後、100℃のホットプレート上で30分間乾燥させた。
【0055】
[固体電解質層の作製]
PP製容器にヘプタン、BR系バインダー(JSR製)の5wt%ヘプタン溶液を入れ、平均粒径2.5μmの硫化物系固体電解質としてLiIを含むLiS−P系ガラスセラミックを加え、超音波分散装置(エスエムテー製 UH−50)で30秒間攪拌した。次に、容器を振盪器(柴田科学株式会社製、TTM−1)で30分間振盪させた。
アプリケーターを使用してブレード法にてAl箔上に塗工した。
塗工した電極は、自然乾燥後、100℃のホットプレート上で30分間乾燥させた。
【0056】
[電池の作製]
1cmの金型に電解質層を入れて1ton/cm(≒98MPa)でプレスし、固体電解質層を作製後、その片側に正極活物質層を入れ、1ton/cm(≒98MPa)でプレスし、正極活物質層の基材であるカーボン塗工Al箔を剥離させた後、さらにもう片側に負極活物質層を入れ、6ton/cm(≒588MPa)でプレスする事により電池を作製した。
【0057】
(実施例2)
パラタングステン酸アンモニウム2.4モル分を水酸化ナトリウム溶液に溶解させてpHが12.3である水溶液Bを準備したこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質を作製した。
上記正極活物質(Li1.14Ni0.333Co0.331Mn0.3310.005)を使用したこと以外は、実施例1と同様に電池を製造した。実施例2の正極活物質のTEM−EDX分析による元素組成比率を表2に示す。
【0058】
【表2】
【0059】
(実施例3)
正極活物質に、実施例2と同様の方法で作製した正極活物質(Li1.16Ni0.334Co0.333Mn0.3280.005)を使用し、正極活物質のコート液にLiNbOの錯体液を用いたこと以外は実施例1と同様に電池を製造した。
実施例3の正極活物質のTEM−EDX分析による元素組成比率を表3に示す。
【0060】
【表3】
【0061】
(比較例1)
前駆体水酸化物の作製において水溶液Bを準備しないこと以外は、実施例1と同様の条件にて遷移金属複合酸化物を得た。上記遷移金属酸化物と炭酸リチウムと酸化タングステンを所定量乾式混合した。
そして、得られた混合物を焼成してリチウム遷移金属酸化物を生成させた。焼成温度は、930℃とした。焼成時間は、15時間であった。
正極活物質として、上記の条件で作製した正極活物質(Li1.15Ni0.334Co0.328Mn0.3280.010)を使用した以外は実施例1と同様に電池を製造した。
比較例1の正極活物質のHAADF像を図5に、TEM−EDX像を図6に示す。比較例1の正極活物質のTEM−EDX分析による元素組成比率を表4に示す。
【0062】
【表4】
【0063】
(比較例2)
正極活物質に、W元素分布が不均一な正極活物質(Li1.14Ni0.336Co0.331Mn0.3280.005)を使用した以外は実施例1と同様に電池を製造した。
比較例2の正極活物質のTEM−EDX分析による元素組成比率を表5に示す。
【0064】
【表5】
【0065】
(比較例3)
W元素分布が不均一な正極活物質(Li1.14Ni0.336Co0.331Mn0.3280.005)を使用し、正極活物質のコート液にLiNbOの錯体液を用いた以外は実施例1と同様に電池を製造した。
比較例3の正極活物質のTEM−EDX分析による元素組成比率を表6に示す。
【0066】
【表6】
【0067】
(充放電試験)
上記実施例1〜3及び比較例1〜3の電池を用いて、充放電試験を行った。具体的に、雰囲気温度25℃、1/3Cの条件でSOC0〜100%の定電流定電圧(CCCV)充電および放電を行い、初期容量を求めた。SОC40%に調整後、7Cレート(ΔI)で定電流放電を行い、5秒後の電圧降下(ΔV)から初期抵抗を求めた。
その後、雰囲気温度60℃、2Cの条件でSOC10〜90%の充放電を1000サイクル行った。
そして、雰囲気温度60℃、2Cの条件で定電流(CC)充電を行い、1000サイクル後容量及び、1000サイクル後抵抗を求めた。
そして、1000サイクル後容量と初期容量から、容量維持率を算出した。実施例1〜2、及び比較例1〜2の結果を表7に示す。実施例3、及び比較例3の結果を表8に示す。
また、1000サイクル後抵抗と初期抵抗から、抵抗維持率を算出した。実施例1〜2、及び比較例1〜2の結果を表7に示す。実施例3、及び比較例3の結果を表8に示す。
なお、表7の実施例1〜2、比較例2の容量維持率、抵抗増加率は、比較例1の容量維持率、抵抗増加率をそれぞれ100とした時の換算値である。また、表8の実施例3の容量維持率、抵抗増加率は、比較例3の容量維持率、抵抗増加率をそれぞれ100とした時の換算値である。
【0068】
【表7】
【0069】
【表8】
【0070】
表7に示すように、実施例1〜2は、比較例1と比較して、容量維持率が8〜9%向上し、抵抗増加率が7〜12%低下していることがわかる。
さらに、表8に示すように、実施例3は、比較例3と比較して、容量維持率が5%向上し、抵抗増加率が6%低下していることがわかる。
したがって、実施例の正極活物質は、比較例の正極活物質と比べて、電池の耐久性を向上できるとともに、抵抗増加率を低減できることがわかる。
【0071】
実施例1の正極活物質(図2〜3)と比較例1の正極活物質(図5〜6)を比較すると、比較例1はW元素が一次粒子の粒界および内部に偏析しているのに対し、実施例1はW元素の分布が均一となっている。これは、表1、表4に示す元素濃度標準偏差σ/元素濃度平均tの値が実施例1の方が比較例1よりも小さいことからも明らかである。この違いが、電池の容量維持率の向上、抵抗増加率の低下に寄与しているものと考えられる。
したがって、実施例1〜3より、元素濃度標準偏差σ/元素濃度平均tが少なくとも0.92以下であれば、1000サイクル後の電池の容量維持率を向上させ、抵抗増加率を低下させることができることがわかる。これは、W元素分布が均一になることにより、正極活物質内で均一に正極活物質中のO原子をW元素が強く引きつけることが、高電位環境での正極活物質の劣化抑制に寄与しているものと推定される。
【0072】
また、表1〜3に示すように、実施例1〜3の正極活物質のように、一次粒子の粒界及び内部のW元素のばらつきが小さいと、正極活物質を構成する遷移金属(Ni、Co、Mn)元素の組成ばらつきも低減する。
一方、表4〜6に示すように、比較例1〜3の正極活物質のように、一次粒子の粒界や内部にWが濃化していると、遷移金属元素の組成比率もばらつくことがわかる。
したがって、正極活物質内で遷移金属元素の分布が均一である(ばらつきが少ない)ことにより、局所的な劣化が抑制されるため、高い耐久性能につながるものと考えられる。
【符号の説明】
【0073】
1 電解質層
2 正極活物質層
3 負極活物質層
4 正極集電体
5 負極集電体
6 正極
7 負極
100 リチウムイオン二次電池
図1
図2
図3
図4
図5
図6