(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
断面が平角の導体上に、直接または絶縁層(D)を介して熱硬化性樹脂層(A)を有し、該熱硬化性樹脂層(A)の外周に、少なくとも熱可塑性樹脂層(B)を有する積層樹脂被覆絶縁電線からなり、
前記熱硬化性樹脂層(A)の断面形状が、2組の対向する2つの辺からなり、膜厚が極大となる凸部を少なくとも4つ有しており、該少なくとも4つの凸部が、4つの辺の各々に少なくとも1つの凸部を有するか、または少なくとも対向する2辺の各々に少なくとも2つの凸部を有してなり、
前記凸部を有する各辺の各々において、最小膜厚をaμm、凸部の最大膜厚の平均をbμmとしたとき、a/bが0.60以上0.90以下であることを特徴とする絶縁ワイヤ。
前記熱硬化性樹脂層(A)の断面形状が、少なくとも対向する2辺の各々に少なくとも2つ前記凸部を有し、残りの対向する2辺の各々に、さらに前記凸部を1つもしくは2つ以上有し、
前記凸部を有する各辺の各々において、最小膜厚をaμm、凸部の最大膜厚の平均をbμmとしたとき、a/bが0.60以上0.90以下であることを特徴とする請求項1に記載の絶縁ワイヤ。
前記熱硬化性樹脂層(A)の断面形状が、1つの辺に前記凸部を1つ有する場合、該辺の中央近傍に、または、1つの辺に少なくとも2つの前記凸部を有する場合は、該凸部を該辺の両端近傍に各々1つ有するか、または該辺の中央から該辺の端までの中間点から該辺の両端までの間にそれぞれ1つ有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の絶縁ワイヤ。
前記熱硬化性樹脂層(A)と前記熱可塑性樹脂層(B)の間に非結晶性樹脂からなる絶縁層(C)を有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の絶縁ワイヤ。
前記非結晶性樹脂が、ポリエーテルイミド、ポリエーテルサルホン、ポリフェニルサルホンおよびポリフェニレンエーテルからなる群より選択される樹脂であることを特徴とする請求項6に記載の絶縁ワイヤ。
前記熱可塑性樹脂層(B)を構成する樹脂が、熱可塑性ポリイミド、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトンおよび変性ポリエーテルエーテルケトンからなる群より選択される熱可塑性樹脂であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の絶縁ワイヤ。
前記熱硬化性樹脂層(A)を構成する樹脂が、ポリイミド、ポリアミドイミド、熱硬化性ポリエステルおよびH種ポリエステルからなる群より選択される熱硬化性樹脂であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の絶縁ワイヤ。
断面が平角の導体上に、直接または絶縁層(D)を介して熱硬化性樹脂層(A)を有し、該熱硬化性樹脂層(A)の外周に、少なくとも熱可塑性樹脂層(B)を有する積層樹脂被覆絶縁電線からなる絶縁ワイヤであって、
前記熱硬化性樹脂層(A)の断面形状が、2組の対向する2つの辺からなり、膜厚が極大となる凸部を少なくとも4つ有しており、該少なくとも4つの凸部を、4つの辺の各々に少なくとも1つの凸部を形成するか、または少なくとも対向する2辺の各々に少なくとも2つの凸部を形成し、
前記凸部を有する各辺の各々において、最小膜厚をaμm、凸部の最大膜厚の平均をbμmとしたとき、a/bが0.60以上0.90以下を満たすように該凸部を形成することにより、前記絶縁ワイヤの導体からの前記熱可塑性樹脂層(B)の剥離の発生を防止したことを特徴とする皮膜剥離防止絶縁ワイヤの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<<絶縁ワイヤ>>
本発明の絶縁ワイヤは、断面における4つのコーナーが、後述の曲率半径rを有する平角の導体上に、直接または絶縁層(D)を介して熱硬化性樹脂層(A)(エナメル焼付け層とも称す)を有し、該熱硬化性樹脂層(A)の外周に、少なくとも熱可塑性樹脂層(B)(押出被覆樹脂層とも称す)を有する積層樹脂被覆絶縁電線からなる。
本発明では、
図1〜5に示すように、積層樹脂被覆の断面形状において、熱硬化性樹脂層(A)の導体を取り囲む厚みが、
図6に示すように、従来のような均一な厚みでなく、長辺や短辺に厚みの厚い凸部を設け、しかも凸部の最大厚みを特定の範囲とするものである。
【0016】
なお、
図1〜9は、導体1上に、熱硬化性樹脂層2(A)(エナメル焼付け層)を設け、その外周に熱可塑性樹脂層3(B)(押出被覆樹脂層)を設けた2層の積層樹脂被覆層として、模式的に示しているが、導体と熱硬化性樹脂層2(A)の間に、絶縁層(D)を設けてもよく、また、熱硬化性樹脂層2(A)と熱可塑性樹脂層3(B)との間に、中間層、例えば、接着層としての非結晶性樹脂からなる絶縁層(C)(以下、「非結晶性樹脂層(C)」とも称す。)を設けてもよい。
なお、絶縁層(D)および中間層を有する場合、
図1〜5において、これらの層は省略されているものとする。また、
図6〜9においても同様である。
また、これらの各層は、1層であっても2層以上の複数層からなっていてもよい。
以下、導体から順に説明する。
【0017】
<導体>
本発明に用いる導体としては、通常絶縁ワイヤで用いられているものを使用することができ、銅線、アルミニウム線などの金属導体が挙げられる。好ましくは、銅線であり、より好ましくは、酸素含有量が30ppm以下の低酸素銅、さらに好ましくは20ppm以下の低酸素銅または無酸素銅の導体である。酸素含有量が30ppm以下であれば、導体を溶接するために熱で溶融させた場合、溶接部分に含有酸素に起因するボイドの発生がなく、溶接部分の電気抵抗が悪化することを防止するとともに溶接部分の強度を保持することができる。
【0018】
本発明で使用する導体は、断面形状が、平角形状である。平角形状の導体は円形のものと比較し、巻線時に、ステータースロットに対する占有率が高い。従って、このような用途に好ましい。
平角形状の導体は、角部からの部分放電を抑制するという点において、
図1〜9に示すように4隅に面取り(曲率半径r)を設けた形状であることが好ましい。曲率半径rは、0.6mm以下が好ましく、0.2〜0.4mmの範囲がより好ましい。
導体の断面の大きさは、特に限定はないが、幅(長辺)は1〜5mmが好ましく、1.4〜4.0mmがより好ましく、厚み(短辺)は0.4〜3.0mmが好ましく、0.5〜2.5mmがより好ましい。幅(長辺)と厚み(短辺)の長さの割合は、1:1〜4:1が好ましい。なお、本発明で使用する導体の断面は、幅と厚みが同じ長さ、すなわち、略正方形であってもよい。導体の断面が略正方形の場合、長辺は導体の断面の一つの対向する二つの辺の各々を意味し、短辺は別の対向する二つの辺の各々を意味する。
【0019】
<熱硬化性樹脂層(A)>
本発明では、エナメル焼付け層として、熱硬化性の樹脂からなる熱硬化性樹脂層(A)を少なくとも1層有する。
なお、本発明において、1層とは、層を構成する樹脂および含有する添加物が全く同じ層を積層した場合は同一層とするものであり、同一樹脂で構成されていても添加物の種類や配合量が異なる等、層を構成する組成物が異なる場合を層の数としてカウントする。
これは、エナメル焼付け層以外の他の層においても同様である。
【0020】
エナメル焼付け層は、樹脂ワニス(必要に応じ酸化防止剤、帯電防止剤、紫外線防止剤、光安定剤、蛍光増白剤、顔料、染料、相溶化剤、滑剤、強化剤、難燃剤、架橋剤、架橋助剤、可塑剤、増粘剤、減粘剤、およびエラストマーなどの各種添加剤などを含有してもよい)を導体上に複数回塗布、焼付けして形成したものである。樹脂ワニスを塗布する方法は常法でよく、例えば、導体形状の相似形としたワニス塗布用ダイスを用いる方法がある。これらの樹脂ワニスを塗布した導体はやはり常法にて焼付炉で焼付けされる。具体的な焼付け条件はその使用される炉の形状などに左右されるが、およそ5mの自然対流式の竪型炉であれば、400〜500℃にて通過時間を10〜90秒に設定することにより達成することができる。
【0021】
樹脂ワニスは、熱硬化性樹脂をワニス化させるために有機溶媒等を使用するが、有機溶媒としては、熱硬化性樹脂の反応を阻害しない限りは特に制限はなく、例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAC)、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド等のアミド系溶媒、N,N−ジメチルエチレンウレア、N,N−ジメチルプロピレンウレア、テトラメチル尿素等の尿素系溶媒、γ−ブチロラクトン、γ−カプロラクトン等のラクトン系溶媒、プロピレンカーボネート等のカーボネート系溶媒、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン系溶媒、酢酸エチル、酢酸n−ブチル、ブチルセロソルブアセテート、ブチルカルビトールアセテート、エチルセロソルブアセテート、エチルカルビトールアセテート等のエステル系溶媒、ジグライム、トリグライム、テトラグライム等のグライム系溶媒、トルエン、キシレン、シクロヘキサン等の炭化水素系溶媒、スルホラン等のスルホン系溶媒などが挙げられる。
【0022】
これらの有機溶媒のうち、高溶解性、高反応促進性等の点でアミド系溶媒、尿素系溶媒が好ましく、加熱による架橋反応を阻害しやすい水素原子を有さないため、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルエチレンウレア、N,N−ジメチルプロピレンウレア、テトラメチル尿素がより好ましく、N−メチル−2−ピロリドンが特に好ましい。
【0023】
なお、熱硬化性樹脂層(A)であるエナメル焼付け層は、導体の外周に直接設けてもよく、また絶縁層(D)を介して設けてもよい。
【0024】
熱硬化性樹脂ワニスの熱硬化性樹脂は、通常のエナメル線に用いられている材料を使用することができ、例えば、ポリアミドイミド(PAI)、ポリイミド(PI)、ポリエステルイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステル、ポリアミド、ホルマール、ポリウレタン、熱硬化性ポリエステル(PEst)、H種ポリエステル(HPE)、ポリビニルホルマール、エポキシ樹脂、ポリヒダントインが挙げられる。
好ましくは耐熱性において優れる、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエステルイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステル等のポリイミド系樹脂である。紫外線硬化樹脂などを用いてもよい。
また、これらの熱硬化性樹脂は、1種のみを単独で使用してもよく、また、2種以上を混合して使用してもよい。また、複数層の熱硬化性樹脂層(A)からなる積層エナメル焼付け層の場合、各層で互いに異なった熱硬化性樹脂を用いても、異なった混合比率の熱硬化性樹脂を使用してもよい。
【0025】
本発明では、熱硬化性樹脂として、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、熱硬化性ポリエステル(PEst)およびH種ポリエステル(HPE)からなる群より選択される熱硬化性樹脂が好ましく、なかでもポリイミド(PI)またはポリアミドイミド(PAI)が好ましく、ポリイミド(PI)が特に好ましい。
【0026】
ここで、H種ポリエステル(HPE)とは、芳香族ポリエステルのうちフェノール樹脂などを添加することによって樹脂を変性させたもので、耐熱クラスがH種であるものを言う。市販のH種ポリエステル(HPE)は、Isonel200(米スケネクタディインターナショナル社製 商品名)等を挙げることができる。
【0027】
ポリイミド(PI)は、特に制限はなく全芳香族ポリイミドおよび熱硬化性芳香族ポリイミドなど任意のポリイミド樹脂を用いることができる。例えば、市販品(ユニチカ社製、商品名:Uイミド、宇部興産社製、商品名:U−ワニス、東レ・デュポン社製、商品名:#3000など)を用いるか、常法により、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミン類を極性溶媒中で反応させて得られるポリアミド酸溶液を用い、被覆を形成する際の焼き付け時の加熱処理によってイミド化させることによって得られるものを用いることができる。
【0028】
ポリアミドイミド(PAI)は、市販品(例えば、日立化成(株)社製、商品名:HI406など)を用いるか、常法により、例えば極性溶媒中でトリカルボン酸無水物とジイソシアネート類を直接反応させて得たもの、あるいは、極性溶媒中でトリカルボン酸無水物にジアミン類を先に反応させて、まずイミド結合を導入し、次いでジイソシアネート類でアミド化して得たものを用いることができる。
なお、ポリアミドイミド(PAI)は、他の樹脂に比べ熱伝導率が低く、絶縁破壊電圧が高く、焼付け硬化が可能であるという特性を有する。
【0029】
焼き付け炉を通す回数を減らし、導体とエナメル焼付け層との接着力が極端に低下すること防ぐため、エナメル焼付け層の厚さは、60μm以下が好ましく、50μm以下がさらに好ましい。また、絶縁ワイヤとしてのエナメル線に必要な特性である、耐電圧特性や、耐熱特性を損なわないためには、エナメル焼付け層がある程度の厚さである方が好ましい。エナメル焼付け層の下限の厚さはピンホールが生じない程度の厚さであれば特に制限するものではなく、好ましくは3μm以上、更に好ましくは6μm以上である。なお、ここでの厚さは、凸部を設けない場合の厚さであり、平均厚みであっても構わない。
エナメル焼付け層は1層であっても複数層であってもよい。
【0030】
本発明では、熱硬化性樹脂層(A)であるエナメル焼付け層は、上記の厚みの熱硬化性樹脂層(A)に厚みが厚い部分を設け、断面形状において、厚みが極大となる凸部を有する。
熱硬化性樹脂層(A)であるエナメル焼付け層の断面形状は、従来のエナメル焼付け層では、
図6に示すように、2組の対向する2つの辺からなる。本発明においては、この4つの辺のいずれかに少なくとも4つの凸部を設けるものである。これにより、エナメル焼付け層の上層に設けられる層、特に押出被覆樹脂層もしくは、接着層のような中間層と接する界面の表面積(断面形状では界面の長さ)を増加させ、しかも、極大凸部の存在により、絶縁ワイヤの側面から加えられた力に対するせん断変形に対する抵抗が増し、接する界面での膜剥がれが起きにくくなる。この結果、導体からの熱可塑性樹脂層(B)である押出被覆樹脂層の皮膜剥離の発生が防止可能となる。
【0031】
本発明では、このような作用を、効果的に発現させるため、凸部の膜厚と少なくとも4つの凸部の辺の表面上の設置位置を特定する。
【0032】
(凸部の形状と膜厚)
本発明では、凸部を有する1つの辺において、凸部を設けない状態の平坦部の膜厚である最小膜厚をaμm、凸部の最大膜厚もしくは複数の凸部を有する場合は、凸部の最大膜厚の平均をbμmとしたとき、a/bの値が0.60以上0.90以下である。従って、複数の辺が凸部を有する場合は、各々の辺において、a/bの値が0.60以上0.90以下である。
また、1つの辺に複数の凸部を有する場合、各々の凸部で、a/bの値が0.60以上0.90以下であることが特に好ましい。
【0033】
ここで、最小膜厚は、上記のように、凸部を設けない状態での膜厚であり、同一辺上で、凸部が形成されていない部分の膜厚である。
なお、本発明においては、極大凸部(極大値を有する凸部)とは、凸部の形状が凸部の両側に膜厚が変極点を示すもののみに限定されるものでなく、例えば、辺の端部に凸部が設けられた場合のように、凸部が形成された辺の端部方向や短辺方向(厚み方向)に変極点を示さないものをも包含する。また、本発明における凸部は、凸部と各辺の端部あるいは凸部と平坦部が滑らかに接続するもので、平坦部から矩形状に突出するものでないことから、凸部と各辺端部の境界や凸部と平坦部の境界に応力集中することがない。ここで、凸部を辺の両端近傍に各々1つずつ有する場合に、凸部と辺の端部の接続は、凸部と辺の端部を、平坦部を介して接続しても、凸部と辺の端部を直接接続しても良い。凸部と辺の端部あるいは、凸部と平坦部が滑らかに結ばれていれば、上層に被覆する樹脂の回り込みもよい。
【0034】
上記a/bの値は、0.65以上0.85以下が好ましく、0.70以上0.80以下がより好ましい。
【0035】
a/bの値が0.60を下回るとエナメル焼付け層内で膜厚の差が大きくなり、焼付けを行うと、最小膜厚の部分と凸部の膜厚が厚い部分で焼付けのムラが生じるため、部分的に残留溶剤が溜まりやすくなるため、発泡が生じ外観不良が生じる。特に、膜厚が最大となる凸部の極大部分では焼付けが甘くなり、残留溶剤が多くなるため、発泡しやすくなる。
【0036】
a/bの値が0.90を上回るとエナメル焼付け層と押出被覆樹脂層の間に十分な接着面積が得られず、目的とする加工性が低下する。好ましくは0.80以下とすることが望ましい。
【0037】
一方、このうちの、最小膜厚aは、3μm以上60μm以下が好ましく、6μm以上50μm以下がより好ましく、10μm以上50μm以下がさらに好ましく、20μm以上50μm以下が特に好ましい。
また、凸部の最大膜厚もしくは凸部の最大膜厚の平均bは、20μm以上60μm以下が好ましく、20μm以上55μm以下がより好ましく、25μm以上55μm以下がさらに好ましい。
【0038】
本発明における凸部の断面形状は、
図1〜5に示すように、順次厚みが増し、凸部の極大点を過ぎると逆に、順次厚みが減少する凸部が好ましく、いわゆる山形の形状の凸部が好ましい。すなわち、凸部の頂点(極大点に向かって、一時平坦になってもよいが、順次増大、言い換えると、減少を含まないで、順次増大し、極大点である頂点)を過ぎると、増大することなく、順次減少するカーブの凸部が好ましい。
なお、凸部の底辺を占める割合は、辺全体を占めても、その一部であってよいが、少なくとも平坦部や最小膜厚が観測できる程度には、平坦部が存在していることが好ましい。
【0039】
(4つの凸部の辺上の設置方法)
本発明では、以下の1)または2)ように凸部を設ける。
【0040】
1)4つの辺の各々に少なくとも1つの凸部を設ける。
2)少なくとも対向する2辺の各々に少なくとも2つの凸部を設ける。
【0041】
なお、本願明細書では、「辺」とは上記曲率半径rを持つ角部を含まない、いわゆる凸部を設ける前の直線部分のみを示す。
【0042】
上記1)の設置方法は、上記2)の設置方法より好ましい。
上記2)の設置方法の場合、凸部を設ける対向する2辺は、短辺より長辺の方が好ましい。また、上記2)の設置方法で凸部を設け、さらに残りの対向する2つの辺のうち、いずれか一方に、さらに凸部を設けるのが好ましく、残りの2つの辺の各々に凸部を設けるのがさらに好ましい。この場合の残りの2つの辺に設ける凸部は1つの辺に1つの凸部を設けるより、2つの凸部を設ける方が好ましく、この場合、2つの辺ともに2つの凸部を設ける方がさらに好ましい。この場合、新たに設ける凸部を有する辺におけるa/bの値は0.60以上0.90以下が好ましい。
【0043】
本発明では、少なくとも4つの凸部を設けるものであるが、1つの辺に設ける凸部は2つが好ましく、従って、4つの辺の各々に2つ、合計8つの凸部を設ける場合が、最も効果的である。1つの辺に設ける凸部の数が多すぎると、個々の凸部の占める面積が小さくなり、得られる効果も2つと比較すると目減りする傾向がある。
【0044】
本発明では、対向する2つの辺のa/bの値を同じ値にしても、互いに異なった値にしても構わない。この場合、断面形状で、対向する2つの辺を、凸部の配置に関しては、対向する2つの辺の中心点または中心線に対して、点対称または線対称であることが好ましく、凸部の高さについては、それぞれの辺において、あるいはそれぞれの凸部において異なるものでもかまわないが、同一の辺に凸部が2つある場合は、それぞれの凸部の高さは、絶縁ワイヤの使用時を想定すると同一であることが望ましい。
【0045】
ここで、本発明では、1つの辺に凸部を1つ有する場合、辺の中央近傍に有するのが好ましい。
一方、1つの辺に少なくとも2つの凸部を有する場合は、凸部を辺の両端近傍に各々1つ有するか、または1つの凸部を辺の端近傍に有し、他の1つの凸部を辺の中央から該辺の端までの中間点より凸部を有さない側の端までの間に有するか、または辺の中央から辺の端までの中間点から辺の両端までの間にそれぞれ1つ有することが好ましい。
1つの辺に少なくとも2つの凸部を有する場合、なかでも、凸部を辺の両端近傍に各々1つ有するか、または辺の中央から辺の端までの中間点から辺の両端までの間に左右それぞれ1つ有することが好ましい。
【0046】
なお、辺の中央近傍とは、辺の長さをLとした場合、辺の中央から±L/10の範囲を意味する。本発明においては、凸部の極大点を辺の中央点に設けるのが最も好ましい。
一方、辺の端近傍とは、辺の末端からL/10の範囲を意味する。本発明においては、凸部の極大点を辺の端近傍に設けるのが好ましい。
【0047】
熱硬化性樹脂層(A)であるエナメル焼付け層に厚みの厚い凸部を形成するには、層を形成する樹脂ワニスの粘度を低下させて線速を調整することにより、表面張力を利用してエナメル焼付け層の角部に凸部を形成させる方法およびダイス形状によりコントロールする方法がある。このうち、粘度低下による方法は、角部に凸部を設けることは可能であるが、任意の意図する位置に設けることが難しく、また凸部の厚さのコントロールが難しいため、ダイス形状で凸部の位置、厚みをコントロールすることが好ましい。
【0048】
<熱可塑性樹脂層(B)>
本発明では、熱硬化性樹脂層(A)であるエナメル焼付け層に接して、もしくは接着層などの中間層を介して、押出被覆樹脂層として、熱可塑性の樹脂からなる熱可塑性樹脂層(B)を少なくとも1層有する。
押出被覆樹脂層を設けることにより、部分放電発生電圧の高い絶縁ワイヤを得ることができる。
押出被覆法の利点は、製造工程で焼付け炉を通す必要がないため、導体の酸化皮膜層の厚さを成長させることなく絶縁層の厚さを厚くすることができるということである。
【0049】
押出被覆樹脂層に用いる樹脂は、熱可塑性の樹脂を使用し、なかでも耐熱性に優れた熱可塑樹脂を用いることが好ましい。
このような熱可塑性樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、熱可塑性ポリアミド(PA)、熱可塑性ポリエステル(PE)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、熱可塑性ポリイミド(TPI)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、変性ポリエーテルエーテルケトン(変性PEEK)等が挙げられる。
【0050】
このうち、PEEKとしては、例えば、キータスパイアKT−820(ソルベイスペシャリティポリマーズ社製、商品名)、PEEK450G(ビクトレックスジャパン社製、商品名)、変性PEEKとしては、アバスパイアAV−650(ソルベイスペシャリティポリマーズ社製、商品名)、AV−651(ソルベイスペシャリティポリマーズ社製、商品名)、TPIとしては、オーラムPL450C(三井化学株式会社製、商品名)、PPSとしては、フォートロン0220A9(ポリプラスチックス社製、商品名)、PPS FZ−2100(DIC社製、商品名)、熱可塑性PAとしては、ナイロン6,6のFDK−1(ユニチカ株式会社製、商品名)、ナイロン4,6のF−5000(ユニチカ株式会社製、商品名)、ナイロン6,TのアーレンAE−420(三井石油化学株式会社製、商品名)、ナイロン9,TのジェネスタN1006D(クラレ株式会社製、商品名)等の市販品を挙げることができる。
【0051】
なお、変性PEEKとしては、PEEKに対してPPS・PES・PPSU・PEIをアロイ化したもの等があり、例えば、ソルベイスペシャリティポリマーズ社製のアバスパイアAV−621、AV−630、AV−651、AV−722、AV−848等も挙げられる。
【0052】
これらの熱可塑性樹脂のうち、変性PEEK、PEEK、PPS、TPIが好ましい。
なかでも、押出被覆樹脂層に用いる樹脂は、部分放電発生電圧を低くし、かつ耐溶剤性を考慮すると結晶性樹脂を用いることがさらに好ましい。
特に本発明では、コイル加工時に皮膜が損傷しにくいことが求められるため、結晶性で特に弾性率が高い変性PEEK、PEEK、PPSを用いることが好ましい。
【0053】
なお、使用する熱可塑性樹脂は、1種のみを単独で用いてもよく、2種以上を混合して使用してもよい。また、複数層の熱可塑性樹脂層(B)からなる積層押出被覆樹脂層の場合、各層で互いに異なった熱可塑性樹脂を用いても、異なった混合比率の熱可塑性樹脂を使用してもよい。
2種の熱可塑性樹脂を混合して使用する場合は、例えば両者をポリマーアロイ化して相溶型の均一な混合物として使用するか、非相溶系のブレンドを、相溶化剤を用いて相溶状態を形成して使用することができる。
【0054】
押出被覆樹脂層の厚さ、すなわち、エナメル焼付け層に凸部を有さない状態での厚みであって、具体的にはエナメル焼付け層が凸部を有さない平坦部での厚みであり、このような意味での押出被覆樹脂層の厚さは、特に制限はないが、好ましくは30〜300μmである。押出被覆樹脂層の厚さが小さすぎると、絶縁性が低下し部分放電劣化が生じやすくなりコイルとしての要求を満たせない。押出被覆樹脂層の厚さが大きすぎると、電線の剛性が高くなりすぎ曲げ加工が困難になるとともにコストアップの原因にも繋がる。
本発明では、前記押出被覆樹脂層の厚さは、50〜250μmがより好ましく、60〜200μmがさらに好ましい。
【0055】
また、本発明では、積層樹脂被覆の断面形状において、熱可塑性樹脂層(B)の外表面が、2組の対向する2つの辺からなり、各々の辺において、導体までの積層樹脂被覆層の合計の厚みが、該辺のいずれの部分も、同じであることが特に好ましい。
すなわち、
図1〜5に示すように、熱可塑性樹脂層(B)の断面形状における外表面が、導体の形状と相似形になることが好ましく、このような形状にすることで、絶縁ワイヤの側面から加わる力に対しても歪みにくく、絶縁ワイヤの強度が高い状態で維持される。
【0056】
このような断面形状の熱可塑性樹脂層(B)は、押出被覆樹脂層の断面の外形の形状が導体の形状と相似形になるように、押出ダイを用いて、押出機で、押出被覆することで形成できる。
【0057】
本発明においては、特性に影響を及ぼさない範囲で、押出被覆樹脂層を得る原料に、結晶化核剤、結晶化促進剤、気泡化核剤、酸化防止剤、帯電防止剤、紫外線防止剤、光安定剤、蛍光増白剤、顔料、染料、相溶化剤、滑剤、強化剤、難燃剤、架橋剤、架橋助剤、可塑剤、増粘剤、減粘剤、およびエラストマー等の各種添加剤を配合してもよい。また、得られる絶縁ワイヤに、これらの添加剤を含有する樹脂からなる層を積層してもよいし、これらの添加剤を含有する塗料をコーティングしてもよい。
【0058】
<非結晶性樹脂層(C)>
本発明では、熱硬化性樹脂層(A)と熱可塑性樹脂層(B)の間に、中間層としての絶縁層を設けることも好ましい。
このような中間層としては、性質の異なる樹脂を使用する熱硬化性樹脂層(A)と熱可塑性樹脂層(B)の接着性を高める接着層が好ましい。
接着層は非結晶性の樹脂からなる非結晶性樹脂層(C)が好ましい。
【0059】
なお、本発明において、「結晶性」とは結晶化に好都合な環境下で、高分子の鎖の少なくとも一部に規則正しく配列された結晶組織を持つことができる特性をいい、「非結晶性」とはほとんど結晶構造を持たない無定形状態を保つことをいい、硬化時に高分子の鎖がランダムな状態になる特性をいう。
【0060】
本発明で使用する非結晶性樹脂としては、ポリサルホン(PSU)、ポリエーテルサルホン(PES)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリフェニルサルホン(PPSU)、ポリフェニレンエーテル(PPE)が挙げられ、これらから選択される非結晶性樹脂を使用することが、接着性を高める接着層として好ましい。本発明においては、ポリエーテルサルホン(PES)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリフェニルサルホン(PPSU)、ポリフェニレンエーテル(PPE)がより好ましい。これにより、加工性がさらに向上し、また、導体からの熱可塑性樹脂層(B)である押出被覆樹脂層の剥離の発生抑止にも、エナメル焼付け層が有する凸部の作用を高めることにも有利に作用する。
【0061】
PSUとしては、例えば、ユーデルPSU(ソルベイアドバンストポリマーズ社製、商品名)等を使用することができる。
PESとしては、例えば、スミカエクセル4800G(住友化学社製、商品名)、PES(三井化学社製、商品名)、ウルトラゾーンE(BASFジャパン社製、商品名)、レーデルA(ソルベイアドバンストポリマーズ社製、商品名)等を使用することができる。
PEIとしては、例えば、ウルテム1010(サビックイノベーティブプラスチック社製、商品名)等を使用することができる。
PPSUとしては、例えば、レーデルR5800(ソルベイアドバンストポリマー社製、商品名)等を使用することができる。
PPEとしては、例えば、ザイロン(旭化成ケミカルズ社製、商品名)、ユピエース(三菱エンジニアリングプラスチックス社製、商品名)等を使用することができる。
【0062】
非結晶性樹脂層(C)の厚さは、0.5〜20μmが好ましく、2〜15μmがより好ましく、3〜12μmがさらに好ましく、3〜10μmが特に好ましい。
なお、非結晶性樹脂層(C)の厚さは、エナメル焼付け層の凸形状および平坦部を含め、均一な厚みであることが好ましく、エナメル焼付け層の厚みに対して、厚みが薄いと、容易に均一な膜厚を形成できる。
【0063】
非結晶性樹脂層(C)は、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)等の有機溶媒に非結晶性樹脂を溶解させた樹脂ワニスを導体の形状と相似形のダイスを使用して、エナメル焼付け層上にコーティングして焼付けることで形成できる。
樹脂ワニスのための有機溶媒は、エナメル焼付け層の樹脂ワニスにおいて挙げた有機溶媒が好ましい。
また、具体的な焼付け条件はその使用される炉の形状などに左右されるが、前述のエナメル焼付け層における条件で記載した条件が好ましい。
【0064】
<絶縁層(D)>
本発明においては、上記非結晶性樹脂層(C)以外に、導体と熱硬化性樹脂層(A)であるエナメル焼付け層の間に、絶縁層(D)を設けてもよい。
絶縁層(D)としては熱硬化性樹脂層焼付時に外観不良を起こさず、導体と絶縁層(D)、および絶縁層(D)と熱硬化性樹脂層(A)の密着性が著しく低下する樹脂でなければどのような樹脂を用いても構わない。
絶縁層(D)を介さないで、導体上に熱硬化性樹脂層(A)であるエナメル焼付層を設け、その外側に熱可塑性樹脂層(B)また非結晶性樹脂層(C)を設けることが好ましい。
【0065】
<<絶縁ワイヤの製造方法>>
本発明の絶縁ワイヤの製造方法は、個々の層で説明した通りである。
以下、本発明の絶縁ワイヤの製造方法の一例を詳述する。
前記エナメル焼付け層の外周に、ワニス化された樹脂を焼き付けて前記接着層を形成し、その後、押出被覆樹脂層を設ける際、好ましくは、接着層に用いる樹脂のガラス転移温度よりも高い温度で溶融状態となる、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂を接着層に押出して接触させ、該エナメル焼付け層に該接着層を介して該押出被覆樹脂を熱融着させて該押出被覆樹脂層を形成する。
なお、本発明では、接着層は、押出加工で被覆するのでなく、ワニス化した樹脂(樹脂ワニス)を塗布して設けるものである。
【0066】
<<皮膜剥離防止絶縁ワイヤの製造方法>>
本発明の皮膜剥離防止絶縁ワイヤの製造方法は、絶縁ワイヤの導体からの熱可塑性樹脂層(B)である押出被覆樹脂層の剥離の発生を防止することができる。
すなわち、断面が平角の導体上に、直接または絶縁層(D)を介して熱硬化性樹脂層(A)を有し、熱硬化性樹脂層(A)の外周に、少なくとも熱可塑性樹脂層(B)を有する積層樹脂被覆絶縁電線からなる絶縁ワイヤであって、積層樹脂被覆の断面形状において、熱硬化性絶縁層(A)が、2組の対向する2つの辺からなり、膜厚が極大となる凸部を少なくとも4つ有しており、少なくとも4つの凸部を、4つの辺の各々に少なくとも1つの凸部を形成するか、または少なくとも対向する2辺の各々に少なくとも2つの凸部を形成し、凸部を有する各辺の各々において、最小膜厚をaμm、凸部の最大膜厚の平均をbμmとしたとき、a/bが0.60以上0.90以下を満たすように該凸部を形成することにより、絶縁ワイヤの導体からの熱可塑性樹脂層(B)の剥離の発生を防止する皮膜剥離防止絶縁ワイヤの製造方法である。
【0067】
本発明の絶縁ワイヤおよびその製造方法は、前述の通りである。
本発明の皮膜剥離防止は、前述のように、前記の少なくとも4つの凸部を有するものである。
【0068】
本発明の絶縁ワイヤは、前記特徴を有しているから、各種電気機器(電子機器ともいう。)等、耐電圧性や耐熱性を必要とする分野に利用可能である。例えば、本発明の絶縁ワイヤはコイル加工してモーターやトランスなどに用いられ、高性能の電気機器を構成できる。特にHV(ハイブリッドカー)やEV(電気自動車)の駆動モーター用の巻線として好適に用いられる。このように、本発明によれば、上記の絶縁ワイヤをコイル化して用いた、電気機器、特にHVおよびEVの駆動モーターを提供できる。なお、本発明の絶縁ワイヤがモーターコイルに用いられる場合にはモーターコイル用絶縁ワイヤとも称する。
【実施例】
【0069】
以下に、本発明を実施例に基づいて、さらに詳細に説明するが、これは本発明を制限するものではない。
【0070】
実施例1
導体には断面平角(長辺3.2mm×短辺2.4mmで、四隅の面取りの曲率半径r=0.3mm)の平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を用いた。
熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕の形成に際しては、導体上に形成される熱硬化性樹脂層(A)の形状と相似形のダイスを使用して、ポリイミド樹脂(PI)ワニス(ユニチカ社製、商品名:Uイミド)を導体へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、これを数回繰り返すことで、熱硬化性樹脂層(A)を形成し、エナメル線を得た。
形成された熱硬化性樹脂層(A)は、
図1に示すように、4辺がいずれも、辺の中央に1つの極大凸部を有し、いずれの辺においても、極大凸部の最大膜厚は50μm、最小膜厚は35μmで、いずれの辺においても最小膜厚/極大凸部の最大膜厚の比は0.70であった。
【0071】
得られたエナメル線を心線とし、押出機のスクリューは、30mmフルフライト、L/D=20、圧縮比3を用いて、以下の様に押出被覆樹脂層を形成した。
熱可塑性樹脂はポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(ソルベイスペシャリティポリマーズ社製、商品名:キータスパイアKT−820、比誘電率3.1)を用い、押出被覆樹脂層の断面の外形の形状が導体の形状と相似形になるように、押出ダイを用いてPEEKの押出被覆を行い、熱硬化性樹脂層(A)の外側に、凸部を有さない平坦部での厚みが150μmの熱可塑性樹脂層(B)〔押出被覆樹脂層〕を形成し、PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁電線を得た。
【0072】
実施例2
実施例1において、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂ワニスを、H種ポリエステル樹脂(HPE)ワニス(米スケネクタディインターナショナル社製、商品名:Isonel200)に置き換え、実施例1と同様にして、
図1に示す形状の熱硬化性樹脂層(A)を形成し、エナメル線を得た。
形成された熱硬化性樹脂層(A)は、
図1に示すように、4辺がいずれも、辺の中央に1つの凸部を有し、いずれの辺においても、凸部の最大膜厚は42μm、最小膜厚は35μmで、いずれの辺においても最小膜厚/凸部の最大膜厚の比は約0.83であった。
なお、この比は、小数点3桁目を四捨五入し、表に示した。以下、割り切れない場合は、同様にして表に示した。
【0073】
得られたエナメル線を心線とし、熱可塑性樹脂を、ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS)(DIC社製、商品名:FZ−2100、比誘電率3.4)に置き換え、実施例1と同様にして熱硬化性樹脂層(A)の外側に、熱硬化性樹脂層(A)が凸部を有さない平坦部での厚みが100μmとなるように
図1に示すような熱可塑性樹脂層(B)を形成し、PPS押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。
【0074】
実施例3
実施例1において、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂ワニスを、ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス(日立化成(株)製、商品名:HI406)置き換え、実施例1と同様にして、
図5に示す形状の熱硬化性樹脂層(A)を形成し、エナメル線を得た。
形成された熱硬化性樹脂層(A)は、
図5に示すように、4辺がいずれも、辺の両端付近に2つの凸部を有し、いずれの辺においても、2つの凸部の最大膜厚の平均は42μm、最小膜厚は30μmで、いずれの辺においても最小膜厚/(凸部の最大膜厚の平均)の比は約0.71であった。
【0075】
次に、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)にポリエーテルイミド樹脂(PEI)(サビックイノベーティブプラスチックス社製、商品名:ウルテム1010)を溶解させ、20質量%溶液とした樹脂ワニスを、導体の形状と相似形のダイスを使用して、前記エナメル線へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、厚さ6μmの非結晶性樹脂層(C)〔接着層〕を形成し、接着層付きエナメル線を得た。
なお、
図5では、非結晶性樹脂層(C)〔接着層〕は省略しているが、熱硬化性樹脂層(A)上に均一な厚みの非結晶性樹脂層(C)〔接着層〕を有する。
【0076】
得られた接着層付きエナメル線を心線とし、熱可塑性樹脂は、実施例1と同じPEEKを使用し、実施例1と同様にして非結晶性樹脂層(C)〔接着層〕の外側に、熱硬化性樹脂層(A)が凸部を有さない平坦部での厚みが70μmとなるように
図5に示すような熱可塑性樹脂層(B)を形成し、PEEK押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。
【0077】
実施例4および5
実施例3において、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂ワニスは、実施例1と同じPIを使用し、実施例3と同様にして、
図5に示す形状で、下記表1に示す厚みの熱硬化性樹脂層(A)を形成し、エナメル線を得た。
【0078】
次に、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)に、下記表1に示す非結晶性樹脂層〔接着層〕の樹脂を溶解させ、実施例3と同様にして、下記表1に示す厚みの非結晶性樹脂層(C)を形成し、接着層付きエナメル線を得た。
【0079】
得られた接着層付きエナメル線を心線とし、熱可塑性樹脂に、下記表1に示す樹脂を使用し、実施例3と同様にして非結晶性樹脂層(C)〔接着層〕の外側に、下記表1に示す厚みの熱可塑性樹脂層(B)を形成し、絶縁ワイヤを得た。
【0080】
ここで、非結晶性樹脂層(C)の樹脂は、実施例4では、ポリフェニルサルホン樹脂(PPSU)(ソルベイスペシャリティポリマーズ製、商品名:レーデルR5800、ガラス転移温度220℃)、実施例5では、ポリエーテルサルホン樹脂(PES)(住友化成(株)製、商品名:スミカエクセル4800G)、熱可塑性樹脂層(B)の樹脂は、実施例4では、熱可塑性ポリイミド(TPI)(三井化学社製、商品名:オーラムPL450C)、実施例5では、変性ポリエーテルエーテルケトン樹脂(変性PEEK)(ソルベイスペシャリティポリマーズ社製、商品名:アバスパイアAV−650、比誘電率3.1)を使用した。
【0081】
実施例6
実施例1において、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂ワニスを、実施例1と同じPIを使用し、実施例1と同様にして、
図1に示す形状で、下記表1に示す厚みの熱硬化性樹脂層(A)を形成し、エナメル線を得た。
【0082】
得られたエナメル線を心線とし、熱可塑性樹脂を、ポリエチレンテレフタレート(PET)(帝人社製、商品名:TR8550、ガラス転移温度70℃)に置き換え、実施例1と同様にして熱硬化性樹脂層(A)の外側に、下記表1に示す厚みの熱可塑性樹脂層(B)を形成し、PET押出被覆エナメル線からなる絶縁ワイヤを得た。
【0083】
実施例7〜10
実施例3において、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂ワニスを、下記表1に示す樹脂のワニスに置き換え、実施例3と同様にして、下記表1に示された図の形状で、下記表1に示す厚みの熱硬化性樹脂層(A)を形成し、エナメル線を得た。
【0084】
次に、実施例3と同じPEIを使用し、実施例3と同様に、下記表1に示す厚みの非結晶性樹脂層(C)を形成し、接着層付きエナメル線を得た。
【0085】
得られた接着層付きエナメル線を心線とし、熱可塑性樹脂は、実施例3と同じPEEKを使用し、実施例3と同様にして非結晶性樹脂層(C)〔接着層〕の外側に、下記表1に示す厚みの熱可塑性樹脂層(B)を形成し、絶縁ワイヤを得た。
【0086】
ここで、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂は、実施例7、8および10では、実施例1と同じPIを使用し、実施例9では、実施例3と同じPAIを使用した。
【0087】
実施例11〜16
実施例11、13および15は、実施例1および8と同様に、実施例12、14および16は、実施例3および9と同様に、下記表2に示す構成の絶縁ワイヤを作製した。
ここで、実施例15および16では、下記表2に示すように、2つの長辺に有する凸部の厚みもしくは平均厚みを互いの辺で異なった厚みに、2つの短辺に有する凸部の厚みもしくは平均厚みを互いの辺で異なった厚みに変更した。
【0088】
ここで、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂は、実施例11、13〜15では、実施例1と同じPIを使用し、実施例12および16では、実施例3と同じPAIを使用した。非結晶性樹脂層(C)の樹脂は、実施例12および16では、実施例3と同じPEIを使用し、実施例14では、実施例5と同じPESを使用した。また、熱可塑性樹脂層(B)の樹脂は、実施例11〜13、15および16では、実施例1と同じPEEKを使用し、実施例14では、実施例5と同じ変性PEEKを使用した。
【0089】
比較例1〜6
比較例1は、実施例1と同様に、比較例2〜6は、実施例3と同様に、下記表3に示す構成の絶縁ワイヤを作製した。
【0090】
ここで、熱硬化性樹脂層(A)の樹脂は、比較例1および3では、実施例3と同じPAIを使用し、比較例2、4〜6では、実施例1と同じPIを使用した。非結晶性樹脂層(C)の樹脂は、比較例2では、実施例5と同じPESを使用し、比較例3〜6では、実施例3と同じPEIを使用した。また、熱可塑性樹脂層(B)の樹脂は、比較例1では、実施例4と同じTPIを使用し、比較例2では、実施例2と同じPPSを使用し、比較例3〜6では、実施例1と同じPEEKを使用した。
【0091】
上記のようにして作製した各絶縁ワイヤに対して、下記の評価を行った。
【0092】
[加工性評価(皮膜の密着性)]
加工性、特に絶縁ワイヤの層間にせん断応力を加えたときの皮膜の密着性を評価するために捻り試験を行った。JIS−C3216−3の5.4に規定されている「剥離試験」を参考にし、熱可塑性樹脂層(B)〔押出被覆樹脂層〕が熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕から剥離するまでの捻り回数を計測して、5回の平均値を求めた。以下、試験内容を説明する。
まず、各絶縁ワイヤを50cmに切り取り、絶縁ワイヤの両端から1cmの熱可塑性樹脂層(B)〔押出被覆樹脂層〕を四方剥離し、非結晶性樹脂層(C)〔接着層〕を有する場合は、これも同時に四方剥離して、熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕が露出した状態にした。次にこの状態の絶縁ワイヤの一端を固定し、他端を一定加重(加重の大きさ:100N)で一方向に捻り、熱可塑性樹脂層(B)〔押出被覆樹脂層〕の皮膜剥離が観察されるまでの捻り回数を計測した。捻り回数が10回以上であれば合格であり、「C」〜「A」で表示した。このうち、「C」は、捻り回数が10以上20未満であり、「B」は、20以上30未満であり、「A」は、30回以上である。また、捻り回数が10回未満のものが不合格であり「D」で示した。
【0093】
[外観評価]
各絶縁ワイヤを長さ10cmに切り取り、切り取った直後の熱可塑性樹脂層(B)〔押出被覆樹脂層〕を剥離して、熱可塑性樹脂層(B)の表面およびむき出しになった熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕の表面をマイクロスコープ(倍率50倍)で観察した。熱可塑性樹脂層(B)〔押出被覆樹脂層〕および熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕のいずれにも発泡および欠損のないものが合格であり、「A」で表示した。また、熱可塑性樹脂層(B)〔押出被覆樹脂層〕および熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕のいずれかに、発泡および欠損のいずれも観察されたものが不合格であり「C」で示した。
【0094】
得られた結果をまとめて、下記表1〜3に示す。
なお、表1〜3に示す熱硬化性樹脂層(A)の最小膜厚、凸部最大膜厚の平均、熱可塑性樹脂層(B)、非結晶性樹脂層(C)の厚さの単位はμmである。
【0095】
【表1】
【0096】
【表2】
【0097】
【表3】
【0098】
上記表1〜3から明らかなように、熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕において、2つの長辺、2つの短辺のいずれにも凸部を有し、かついずれの辺においても、最小膜厚/(凸部の最大膜厚の平均)の比が0.60以上0.90以下であるか、または少なくとも1組の対向する2つの辺がともに2つの凸部を有し、凸部を有するいずれの辺においても最小膜厚/(凸部の最大膜厚の平均)の比が0.60以上0.90以下である実施例1〜16は、いずれも、加工性評価において、皮膜の密着性に優れ、しかも熱可塑性樹脂層(B)〔押出被覆樹脂層〕の表面、およびむき出しにした熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕の表面のいずれにも発泡も欠損もなく、絶縁ワイヤの表面および熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕の外表面のいずれの外観評価にも優れていることがわかる。
【0099】
これに加えて、実施例11〜14で示すように、長辺と短辺の凸部の厚みを互いに異なった厚みにしても、さらには、これに加えて、実施例15および16で示すように、2つの長辺と2つの短辺において、対向する辺に有する凸部の厚みを互いに異なった厚みにしても、本発明の規定を満たすことにより優れた効果を奏する。具体的には、2つの長辺、2つの短辺のいずれにも凸部を有し、かついずれの辺においても、最小膜厚/(凸部の最大膜厚の平均)の比が0.60以上0.90以下であるか、または少なくとも2つの長辺がともに両端に2つの凸部を有し、いずれの長辺においても最小膜厚/(凸部の最大膜厚の平均)の比が0.60以上0.90以下であることを満たせば、加工性と外観評価のいずれも優れることがわかる。
【0100】
また、実施例1〜10の比較から、熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕において、4つの辺のいずれにも凸部を有するものは、2つの長辺のみのものと比較し、加工性に優れることがわかる。また、2つの長辺のいずれもが、両端に凸部を有し、かつ2つの短辺がともに少なくとも1つの凸部を有するとさらに優れることがわかる。ここで、実施例8と9の比較から、2つの短辺がともに、その両端に凸部を有するより、2つの長辺がともに、その両端に凸部を有する方が、加工性に優れることもわかる。
【0101】
これに対して、比較例5で示すように、従来のように、4辺とも凸部のない平坦な辺の場合、比較例3および4のように4つの辺の1辺のみに凸部を有する場合、さらには、比較例6のように、2つの長辺とも凸部を有するものの、いずれの辺も凸部が中央に1つのみであり、短辺に凸部を有さない場合でも、加工性に劣る。
【0102】
しかも、2つの長辺、2つの短辺のいずれにも1つの凸部を有したとしても、比較例1のように、最小膜厚/(凸部の最大膜厚の平均)の比が0.90より大きな値であると、外観の評価は満足するものの、加工性に劣る。逆に、比較例2のように、最小膜厚/(凸部の最大膜厚の平均)の比が0.60未満であると加工性は満足するものの、外観の評価に劣り、加工性と外観の評価をともに満足させるには、最小膜厚/(凸部の最大膜厚の平均)の比が0.60以上0.90以下であることが必要であることがわかる。
【0103】
ここで、比較例1では、熱可塑性樹脂層(B)〔押出被覆樹脂層〕と熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕の間に十分な接触面積が得られず、目的とする加工性が得られなかったものと考えられる。また、比較例2では、熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕の外表面に、残留溶剤起因の発泡が観察されたことから、熱硬化性樹脂層(A)〔エナメル焼付け層〕の凸部の最大膜厚部が十分に焼き付けられなかったものと考えられる。
また、比較例3および4では、平角線の4辺中の長辺側もしくは短辺側の片方の辺に1個所しか凸部が存在しないため、凸部を形成した辺では剥離が発生しないが、凸部が存在しない辺で剥離が発生し、皮膜剥離が少ない捻り回数で生じた。また、比較例6では、2つの長辺の中央に凸部が形成されることによりその辺の剥離には強くなるが、凸部がない短辺では耐剥離の改善効果はないかもしくはあっても少ないため、加工性が目標レベルに達しなかったものと思われる。
【0104】
上記の結果から、本発明の絶縁ワイヤは、コイル、特にモーターコイルなどの電気・電子機器に好ましく適用できることがわかる。
【0105】
本発明をその実施態様とともに説明したが、我々は特に指定しない限り我々の発明を説明のどの細部においても限定しようとするものではなく、添付の請求の範囲に示した発明の精神と範囲に反することなく幅広く解釈されるべきであると考える。
【0106】
本願は、2013年12月26日に日本国で特許出願された特願2013−270576に基づく優先権を主張するものであり、これはここに参照してその内容を本明細書の記載の一部として取り込む。