(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の反射防止構造体は、ガラス基板の表面に、可視光の波長以下の周期の微細な凹凸構造(微細構造)を有する。本発明に使用されるガラス基板は、酸化物基準の質量百分率表示で、アルカリ金属酸化物を合計で15%以上含有し、かつAl
2O
3を7%以上含有するシリケートガラスからなる。
まず、ガラス基板を構成するシリケートガラスの組成について説明する。以下のガラスの組成においては、特に付記しない限り、「%」は「質量%」を表す。
【0021】
<ガラス組成>
本発明者らは、銀微粒子をマスクとしたドライエッチングの手法を用いた、ガラス基板表面の微細構造の形成において、アルカリ金属酸化物を合計で15%以上含有し、かつAl
2O
3を7%以上含有するシリケートガラスの基板を用いることで、十分な高さと良好な形状を有し、均一性の高い微細構造を形成できることを見出した。なお、アルカリ金属酸化物としては、例えば、Li
2O、Na
2O、K
2O、Cs
2Oが挙げられ、それらの中でもNa
2OおよびK
2Oが好ましい。
【0022】
アルカリ金属酸化物の含有量の合計は、17%以上であってもよく、19%以上であってもよい。また、アルカリ金属酸化物の含有量の合計は、25%以下であってもよく、23%以下であってもよく、20%以下であってもよい。
Al
2O
3の含有量は、9%以上であってもよく、11%以上であってもよい。また、20%以下であってもよく、16%以下であってもよく、13%以下であってもよい。
【0023】
上記組成のシリケートガラスからなるガラス基板においては、ガラス基板上にマスクとして形成される銀層(例えば、銀パターン)を構成する銀が、ドライエッチング中に印加される電界によりイオン化して、ガラス基板中に移動し拡散する。そして、ガラス基板上に形成された銀層に加えて、ガラス基板中に形成された銀イオンの拡散領域が、ドライエッチングのマスクとして機能する。そのため、ドライエッチングのマスクが長時間有効に機能し、各凸部が錐体形状で十分な高さを有し、かつ可視光の波長領域以下の周期を有し均一な微細構造が形成される。微細構造の高さや形状、周期については、後でさらに詳しく説明する。
【0024】
アルカリ金属酸化物として、R
2O(但し、RはLi、Na、K、およびCsからなる群より選ばれた少なくとも1種。好ましくは、NaおよびKから選ばれた少なくとも1種。)を含有するガラス組成における、銀イオンの拡散および微細構造の形成についてさらに説明する。ドライエッチング中の電界により、ガラス基板の表層のアルカリ金属イオン(以下、Rイオンとも記す。Rは上記R
2OのRの説明に準じる。)が、基板の内部に移動および拡散し、この移動および拡散に伴って、ガラス基板上の銀層を構成する銀がイオン化し1価の銀(Ag)イオン(以下、銀イオンとも記す)になって、ガラス基板の表層に侵入し拡散する。こうして、ガラス基板の銀イオンの拡散していない領域に比べて、エッチングレートが低い銀イオンの拡散領域がガラス基板中にできることで、良好な微細構造が実現される。
ガラス基板の表層のRイオンの移動に伴って、イオン化した銀がガラス基板中に侵入し拡散するのは、Rイオンの価数が銀イオンと等しく、かつRイオンのイオン半径と、銀イオンのイオン半径とが近いためである。すなわち、ガラス基板の表層のRイオンが内部に移動することにより、これらのイオンと交換するように銀イオンがガラス基板中に侵入して拡散する。
【0025】
ガラス基板中のRイオンの含有量と、銀イオンがガラス中のRイオンと交換する速度(以下、イオン交換速度という。)によって、ガラス基板中への銀イオンの拡散のし易さが変わる。なお、本願においては、Rイオン(アルカリ金属イオン)が移動し、該Rイオンが占有していたサイトに銀イオンが入ることを「交換」または「イオン交換」と表現する。
【0026】
本発明の反射防止構造体の製造で出発材料として用いられるガラス基板は、アルカリ金属酸化物を合計で15%以上含有し、かつAl
2O
3を7%以上含有するガラス組成を有するので、前記イオン交換速度が高く、銀イオンをガラス基板内部の深い領域にまで拡散させることができる。次に、ガラス基板中に含有されるAl
2O
3の作用について説明する。
【0027】
アルカリ金属イオンを含むシリケートガラスの場合、アルカリ金属イオンを保持するために非架橋酸素が生じる。非架橋酸素は負の電荷密度が高いため、アルカリ金属イオンを強く引きつける。シリケートガラス中にAlが含まれる場合、非架橋酸素を減少させることができる。すなわち、Alはガラス基板中で4配位をとり、4つの酸素と結合する。その結果、Alを中心とした4つの架橋酸素を含めた領域が負の電荷をもち、アルカリ金属イオンを保持できる。また、Alを中心とした4つの架橋酸素を含めた領域の負の電荷密度は、非架橋酸素の持つ負の電荷密度よりも低くなる。したがって、アルカリ金属イオンは、Alの周辺に弱く引き付けられ、容易に移動できる状態となる。そのため、ガラス基板中のAl
2O
3の含有量を7%以上として、アルカリ金属イオンが強く引き付けられている非架橋酸素の量を減少させることで、銀イオンとガラス基板中のアルカリ金属イオンのイオン交換速度を上げることができる。
【0028】
なお、ガラス基板中のAl
2O
3の含有量が高くなりすぎると、Alは6配位となるため、非架橋酸素の量はかえって増大する。ガラス基板中の非架橋酸素の量は、アルカリ金属イオンの含有量とも相関関係があり、酸化物基準の質量百分率表示でのAl
2O
3の含有量に対するアルカリ金属酸化物の含有量の合計の割合(以下、R
2O/Al
2O
3と示す。)が1.0〜1.9の範囲で、非架橋酸素の量が最小となり、このとき前記したイオン交換速度が最大となる。なお、R
2O/Al
2O
3におけるR
2Oは、アルカリ金属酸化物の含有量の合計を示す。例えば、RがNaおよびKの場合は、R
2O=Na
2O+K
2Oとなる。
【0029】
すなわち、本発明に使用されるガラス基板の組成においては、R
2O/Al
2O
3が1.0〜1.9であることが好ましい。R
2O/Al
2O
3は、1.0〜1.85がより好ましく、1.3〜1.85がさらに好ましい。ガラス組成において、R
2O/Al
2O
3が1.0〜1.9の範囲であれば、銀イオンがアルカリ金属イオンと交換するイオン交換速度を、十分に大きい速度にすることができ、銀イオンをガラス基板の内部の深い領域にまで拡散させることができる。また、ガラス基板上に形成された銀層を構成する銀の多くを、イオン化してガラス基板中に拡散することにより、ガラス基板内部に三次元的な銀拡散領域の分布を形成することができる。そして、三次元的な銀拡散領域をマスクとして用いることで、形状が良好で十分な高さを有し、反射防止構造として優れた微細構造が得ることができる。
【0030】
出発材料として使用するガラス基板を構成するガラスが、アルカリ金属酸化物を合計で15%以上含有し、かつAl
2O
3を7%以上含有するシリケートガラスでない場合には、銀イオンがガラス基板中の所望の領域に拡散しないため、反射防止性に優れた所望の微細構造を得ることができない。
【0031】
例えば、一般的なソーダライムガラス基板は、Al
2O
3の含有割合が7%未満であるため、前記したイオン交換速度が低い。そのため、ガラス基板中のアルカリ金属イオンの微視的な分布を反映し、局所的な銀イオンの拡散が生じる結果、銀イオンのガラス基板中への拡散が不均一になり、微細構造の形状に乱れが生じ、形状の均一性が低下しやすい。
十分な反射防止性能を得るためには、微細構造の高さは250nm以上が必要であるが、ソーダライムガラス基板を用いた場合には、微細構造の高さを高くするほど、形状の乱れが顕著になるため、光の散乱が生じ白っぽく見えてしまう。
【0032】
また、一般的なボロシリケートガラス基板は、アルカリ金属酸化物の含有量の合計が15%未満であるため、ガラス基板中に拡散できる銀イオンの量が少ない。したがって、所望の錐体形状を有する微細構造を形成することが難しく、高い反射防止性能は得られない。この理由として、銀イオンの拡散領域が表面から浅い領域に限られることが考えられる。ボロシリケートガラス基板では、銀イオンの拡散量が少ないため、ドライエッチングのマスクとしてはたらく銀イオンは表面の浅い領域に留まり、深さ方向にはあまり拡散しない。その結果、ドライエッチングにより得られる形状は、錐体形状ではなく、断面積が深さ方向にあまり変化しない柱状になりやすいと考えられる。
【0033】
さらに、従来から液晶パネルに用いられている無アルカリガラスの基板では、ガラス基板中にアルカリ金属酸化物が実質的に含有されていないため、ガラス基板中への銀イオンの侵入や拡散が生じない。そして、無アルカリガラス基板のエッチングレートは銀に比べて低いため、マスクである銀パターンがガラス基板よりも速くエッチングされていき、微細構造の形成自体が困難である。また、無アルカリガラス基板に比べてエッチングレートが高い石英ガラス基板においても、ガラス基板中にアルカリ金属酸化物が実質的に含有されていないため、ガラス基板中への銀イオンの拡散が生じない。したがって、十分な高さの微細構造を形成することは困難である。
【0034】
これに対して、本発明で使用されるガラス基板は、アルカリ金属酸化物を合計で15%以上含有し、かつAl
2O
3を7%以上含有するシリケートガラスからなるため、十分な高さで良好な形状を有し、かつ均一な微細構造を形成することができる。
【0035】
本発明に使用されるガラス基板を構成するシリケートガラスは、例えば、以下の組成を有することが好ましい。
すなわち、酸化物基準の質量百分率表示で、
Al
2O
3を7%〜20%
Na
2Oを0〜25%、
K
2Oを0〜25%、
SiO
2を45%〜68%、
CaOを0〜10%、
およびその他の酸化物を0〜33%含有し、Na
2OおよびK
2Oを合計で15%〜25%含有することが好ましい。
Na
2OおよびK
2Oの含有量の合計は、17%〜23%が好ましく、19%〜21%がより好ましい。また、Al
2O
3含有量は、9%〜16%が好ましく、11%〜13%がより好ましい。
【0036】
SiO
2は、ガラスの骨格を形成する成分で、45%未満ではガラス基板の耐熱性および化学的耐久性が低下するおそれがある。また、微細構造を形成する際のエッチングガスとして用いられる含フッ素化合物により容易にエッチングできないおそれがある。より好ましくは50%以上、さらに好ましくは55%以上である。しかし、68%超ではガラスの高温粘度が上昇し、溶解性が悪化する問題が生じるおそれがある。より好ましくは65%以下、さらに好ましくは62%以下である。
【0037】
CaOは、エッチングガスとして用いられる含フッ素化合物と反応してフッ化カルシウムを形成する。フッ化カルシウムは、その他のガラスに含まれる元素のフッ化物に比べて結合エネルギーが高く、エッチングされにくい。フッ化カルシウムの形成により微細構造のサイドエッチングが抑制されるため、錐体形状を形成するためには、CaOを含有してもよい。含有量は、より好ましくは2%以上、さらに好ましくは3%以上である。しかし、10%超ではガラスの失透温度が上昇するおそれがある。より好ましくは9%以下、さらに好ましくは8%以下である。
【0038】
本発明に使用されるガラス基板を構成するシリケートガラスは、本発明の目的に反しない範囲において、その他の成分を含有してもよい。例えば、その他の酸化物を0〜33%含有してもよい。具体的には次に挙げる酸化物を1種以上含有してもよく、例えばB
2O
2を0〜1%、MgOを0〜10%、SrOを0〜19%、BaOを0〜12%、ZrO
2を0〜11%含有してもよい。これらの成分を上記範囲で含有することで、ガラス基板製造時の溶解性、失透性等を改善させることができる。
【0039】
<反射防止構造体の製造方法>
本発明の反射防止構造体の製造方法は、ガラス基板の表面に、可視光の波長以下の周期の微細な凹凸構造を有する反射防止構造体を製造する方法であり、酸化物基準の質量百分率表示で、アルカリ金属酸化物を合計で15%以上含有し、かつAl
2O
3を7%以上含有するシリケートガラスからなるガラス基板の表面に、銀膜を形成し、前記銀膜を熱処理して、多数の微小な島状部が点在する形状の銀パターンを形成する工程と、前記銀パターンをマスクとして前記ガラス基板をドライエッチングする工程と、前記銀パターンを除去する工程を有することを特徴とする。すなわち、本発明の製造方法では、ガラス基板の表面に銀パターンを形成し、ドライエッチングし、銀パターンを除去し、反射防止構造体を得る。
以下に、本発明の反射防止構造体の製造方法を、図面に基づいて説明する。
本発明の製造方法においては、まず
図1(a)に示すように、ガラス基板1を用意し、このガラス基板1の上に銀膜2を形成する。ガラス基板1の組成については、前記ガラス組成の項目で説明した通りである。ガラス基板1の厚さは特に限定されないが、例えば0.05mm〜10mmであればよく、0.5mm〜6mmが好ましい。
【0040】
銀膜2の形成方法は、特に限定されないが、例えば、ドライコーティング法が用いられる。ドライコーティング法としては、PVD法(物理的蒸着法:Physical Vapor Deposition)、CVD法(化学的蒸着法:Chemical Vapor Deposition)等が挙げられる。PVD法が好ましく、PVD法の中でも、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法が好ましい。さらに、これらの中でも、数10nmの薄膜の制御性に優れ、汎用性が高い点から、スパッタリング法が特に好ましい。
【0041】
銀膜2の膜厚は、後工程でドライエッチングのマスクとなる所望の形状の銀パターンが得られるように、20nm以下が好ましく、15nm以下がより好ましい。
すなわち、ガラス基板の表面にドライエッチングにより可視光の波長以下の周期の微細構造を形成するには、マスクとなる銀パターンを、多数の微小な島状部(以下、微小島部と示す。)が繋がることなく50nm〜400nm、好ましくは100nm〜300nmのピッチで点在する形状に形成する必要がある。この銀パターンのパターン形状および微小島部の点在する周期(ピッチ)は、銀膜2の膜厚によって制御可能であり、銀膜2の膜厚が20nm以下であれば、微小島部が前記周期で点在する所望の形状の銀パターンを形成することができる。また、銀膜2の膜厚は、マスクとして機能する厚さの銀パターンを形成するために、2nm以上であればよく、4nm以上が好ましい。
【0042】
次いで、銀膜2が形成されたガラス基板1を熱処理して、
図1(b)に示すように、ドライエッチングのマスクとなる、多数の微小島部3aが所定の周期で点在する形状の銀パターン3を形成する。
【0043】
熱処理は、銀膜2から前記形状の銀パターン3が形成される条件で行えばよい。銀はガラスとの濡れ性が悪いため、銀の融点以下の温度においても流動し、微小島部3aが点在する形状のパターンが形成される。熱処理温度は、100℃以上が好ましく、150℃以上がより好ましい。熱処理温度は、ガラス基板1の軟化点よりも低い500℃以下が好ましい。熱処理時間は、5分以上が好ましく、10分以上がより好ましい。生産性の観点から、熱処理時間は1時間以内が好ましい。熱処理雰囲気は、特に限定されず、例えば、大気中、窒素雰囲気、真空雰囲気等とできる。
なお、熱処理は、銀膜2の形成と同時に行ってもよい。例えば、スパッタリング法により、ガラス基板1を加熱しながら銀膜2をスパッタ成膜することで、銀膜2の形成と熱処理による銀パターン3の形成を同時に行うことができる。
【0044】
こうして、ガラス基板1の表面に銀パターン3を形成した後、
図1(c)に示すように、銀パターン3をマスクとしてガラス基板1をドライエッチングすることで、表面に微細構造4を形成する。
【0045】
ドライエッチングとしては、ICP(Inductively Coupled Plasma)型反応性イオンエッチングにより行うことができる。CCP(Capacitive Coupled Plasma)型やECR(Electron Cyclotron Resonance)型など、他の放電形式のプラズマエッチング装置を用いてもよい。エッチングレートの低いガラス基板1のエッチングには、高密度のプラズマが生成できるICPが好ましい。
【0046】
ICPプラズマ生成用RF(高周波)電源のパワーは、10W〜2kWであればよく、50W〜500Wが好ましい。基板側のバイアスRF電源のパワーは、10W〜1kWであればよく、50W〜500Wが好ましい。
エッチングガスとしては、銀パターン3とガラス基板1とのエッチング選択比が確保できるガスを用いればよい。例えば、フルオロカーボン類等の含フッ素化合物を用いることができる。具体的には、CF
4、CHF
3、またはSF
6等が挙げられる。また、エッチングガスに、Heなどの希釈ガスを混合させてもよい。エッチングガスあるいは希釈されたエッチングガスのチャンバー内圧力は、0.1Pa〜10Paが好ましい。エッチング時間は、エッチング深さにより決めることができる。反射防止構造体を製造するためには、ガラス基板1が250nm〜500nmの深さまでエッチングされる時間が好ましい。
【0047】
次に、
図1(d)に示すように、ガラス基板1の表面に残った銀を除去することで、表面に微細構造4が形成された反射防止構造体5を得る。
銀を除去する方法は、微細構造4に影響を与えることなく、ガラス基板1表面の銀が除去できる方法であれば、特に限定されない。例えば、硝酸水溶液に浸漬することで、銀を除去することができる。硝酸の濃度は、1質量%〜70質量%の範囲がよく、5質量%〜20質量%が好ましい。浸漬時間は、ガラス基板1表面の銀が除去できるまでの時間があればよく、1分〜20分が好ましい。
こうして、ガラス基板1の表面に、各凸部が錐体形状で十分な高さを有し、かつ可視光の波長領域以下の周期を有し均一性の高い微細構造4を有する反射防止構造体5を得ることができる。なお、
図1(c)および
図1(d)において、符号4aは銀イオンの拡散領域を示す。
【0048】
<反射防止構造体>
本発明の反射防止構造体は、いずれもガラスからなる微細構造部と基体部とを有する。基体部は表面に前記微細構造部を有する。前記微細構造部は、可視光の波長以下の周期の微細な凹凸構造(微細構造)を有する。
なお、以下の説明では、ガラス基板において、表面に形成された微細構造の部分を微細構造部という。また、ガラス基板の微細構造が形成されていない部分を、基体部という。
【0049】
(基体部)
反射防止構造体の基体部におけるガラスは、前記ガラス組成の項目で説明した組成を有する。この組成は、前述の製造方法で出発材料として使用するガラス基板のガラス組成と略同一である。ガラス基板の表面に微細構造を形成する前後で、ガラス基板の表面近傍のガラス組成は変動するが、反射防止構造体の基体部において、ガラス基板の表面から十分に(例えば10μm以上)離れた部分のガラス組成は、出発材料として使用するガラス基板の組成と同じである。
【0050】
(微細構造部)
微細構造部において、凸部の形状は、断面の径または面積が先端に向けて縮小する錐体形状であることが好ましい。
また、微細構造部において、隣り合う凸部の頂点間の距離である周期は、可視光の波長以下であれば特に限定されないが、50nm〜400nmが好ましく、100nm〜300nmがより好ましい。
微細構造の高さは、250nm以上が好ましく、270nm以上がより好ましく、290nm以上がさらに好ましい。ここで、微細構造の高さとは、凸部の頂点の凹部の底部からの高さをいう。微細構造の高さは、例えば、電子顕微鏡による微細構造の断面写真において、凸部の頂点を結んだ線と、凹部の最底点を結んだ線との最短線の長さとして測定することができる。
【0051】
さらに、微細構造は均一であることが好ましい。ここで、微細構造が均一であるとは、微細構造の周期が可視光波長以下であり、かつ微細構造の高さが一定であることをいう。
【0052】
微細構造部には、その形成工程でのドライエッチング時の電界印加により、アルカリ金属イオンが移動し、代わりに銀パターンからの銀イオンが侵入し拡散することで、銀イオンの拡散領域が形成されている。すなわち、微細構造部におけるガラスは、基体部におけるガラスに比べて、アルカリ金属イオンの含有量が減少し、銀イオンの含有量が増大した組成を有する。
【0053】
微細構造部のガラス組成において、アルカリ金属と銀の含有量の合計に対する銀の含有量の割合(以下、表面銀濃度とも記す。)は3モル%以上であってもよい。また、6モル以下であってもよい。ガラス基板中に侵入し拡散した銀は、微細構造部のガラス中で銀イオンとして存在するため、抗菌効果を発現する。また、上記範囲であれば、大部分の銀はガラス基板中でイオン化しているため、微細構造部に着色は見られない。したがって、反射防止構造体をディスプレイ装置のカバーガラスとして使用する場合も、視認性を下げるおそれがない。
【0054】
このように、本発明の反射防止構造体は、ガラス基板の基体部の上に優れた特性の微細構造部を有しているので、光の散乱が抑えられ、高い反射防止性能を有する。
【実施例】
【0055】
以下、本発明の実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。以下の例において、例1〜3は実施例であり、例4〜7は比較例である。
【0056】
例1〜7
各例において、表1に示す組成を有するガラス基板(厚さ2mm)の表面に、以下の方法により微細構造を形成した。
【0057】
まず、ガラス基板を、一辺5cmの矩形に切断した後、一方の面上に、スパッタリング法を用いて銀膜を形成した。成膜は室温で実施し、厚さ10nmの銀膜を形成した。次いで、銀膜が形成されたガラス基板を真空中で200℃に加熱し、多数の微小島部が点在する形状の銀パターンを形成した。例1〜7において形成された銀パターンは、ガラス基板の種類によらず同等のパターンが得られた。この銀パターンのSEM写真を
図2に示す。形成された銀パターンにおいて、島部の平均直径は100nm〜200nmであり、島部の点在の周期は100nm〜300nmであった。
【0058】
次いで、銀パターンが形成されたガラス基板に対して、ICPプラズマエッチング装置(アルバック製、装置名:CE−300R)を用いてエッチングを行った。エッチングガスであるCF
4の流量を50sccm、希釈ガスであるHeの流量を50sccmとし、エッチング中のチャンバー内圧力を1Paとした。ICPプラズマ生成用RF電源のパワーを80W、ガラス基板側のバイアスRF電源のパワーを40Wとした。ガラス基板のエッチングレートを算出し、その値から、ガラス基板のエッチング深さが300nmになるように、エッチング時間を調整した。
【0059】
次いで、エッチング後のガラス基板を10質量%の硝酸水溶液に3分間浸し、ガラス基板表面に残った銀を除去した。こうして、表面に微細構造が形成されたガラス基板からなる反射防止構造体を得た。
【0060】
次に、こうして得られた反射防止構造体について、反射防止性能、微細構造の高さと均一性、および微細構造部におけるアルカリ金属と銀の含有量の合計に対する銀の含有量の割合(表面銀濃度)を、それぞれ以下に示すようにして測定し評価した。これらの結果を、ガラス基板のガラス組成(各成分の含有割合、(Na
2O+K
2O)および(Na
2O+K
2O)/Al
2O
3)とともに、表1に示す。
【0061】
<反射防止性能の評価>
微細構造を設けた例1〜7の反射防止構造体と、各例で微細構造を形成する前のガラス基板について、波長500nm〜700nmにおける平均の透過率を、分光光度計(日本分光社製、装置名:ARM−500N)を用いて測定した。そして、微細構造を設けた反射防止構造体の透過率T
2から、微細構造を設けていないガラス基板の透過率T
1を引いた値ΔT(=T
2−T
1)を求めた。そして、このΔTを反射防止性能の評価基準とした。
【0062】
ΔTを反射防止性能の評価基準とした理由は、以下の通りである。
すなわち、反射防止性能の評価基準として分光反射率を用いることも考えられるが、光の散乱が大きい場合にも反射率は低下するため、反射率の低さをそのまま反射防止性能の高さとして評価することはできない。それに対して、光の散乱が大きい場合には、ΔTは低下するため、ΔTが大きいほど、光の散乱が抑えられた反射防止性の高い構造であることを意味する。
【0063】
<SEM画像の撮影および微細構造の高さの測定>
まず、例1において、銀パターンの表面のSEM画像を撮影した。この表面SEM画像を
図2に示す。また、例1〜7で得られた反射防止構造体を割断し、加速電圧1.0kVの走査電子線を用いて断面を撮影した。例1の断面SEM画像を
図3に、例4〜6の断面SEM画像を
図4〜6にそれぞれ示す。SEM画像の撮影は、FE−SEM(日立ハイテク社製、装置名:SU−70)を用いて行い、全てのSEM画像は4万倍の倍率で撮影した。
【0064】
次に、こうして得られた断面SEM画像から微細構造の高さを算出した。断面SEM画像において、微細構造の各凸部の頂点を結んだ線(以下、頂点線という。)と、各凹部の最底部を結んだ線(以下、底部線という。)との最短線の長さを微細構造の高さとした。なお、
図3〜
図6においては、頂点線および底部線をそれぞれ破線で示し、その最短線を矢印で示した。
【0065】
微細構造の均一性は、断面SEM画像を基に判定した。すなわち、断面SEM画像において、100nm〜300nmの周期の凹凸構造が形成され、かつ微細構造の高さが一定である場合を、均一性が良好(○)であるとし、微細構造の周期が前記範囲を外れているか、あるいは微細構造の周期と高さのいずれか一定でない場合を、均一性が不良(×)であるとした。
【0066】
<表面銀濃度の算出>
X線光電子分光装置(アルバック・ファイ社製、装置名:PHI5000)を使用し、例1〜7で得られた反射防止構造体の微細構造部の表面において、銀(Ag)と、アルカリ金属であるNa、Kのモル濃度を測定した。測定は、X線ビーム径100μm、出力25W、加速電圧15kV、取り出し角度45°の条件で行った。得られたAg、Na、Kのモル濃度の測定値から、表面銀濃度(モル%)を算出した。この測定条件を用いた場合、ガラス基板表面から1nm〜2nmの範囲の平均したAg、Na、Kのモル濃度が測定される。
【0067】
【表1】
【0068】
表1の結果および
図3〜6の断面SEM画像から、以下のことがわかる。
例1の反射防止構造体では、
図3からわかるように、
図2に表面SEM画像を示す銀パターンの微小島部のピッチ(間隔)を反映した約100nm〜300nmの周期を有し、錐体形状で十分な高さと均一性を有する微細構造が得られている。そして、例1の反射防止構造体では、ΔTが大きく、高い反射防止性能を有している。
また、例2および例3の反射防止構造体でも、表1からわかるように、十分な高さで均一性が良好な微細構造が形成されており、ΔTが十分に大きく、反射防止性能が高くなっている。
【0069】
このように、アルカリ金属酸化物であるNa
2OとK
2Oの含有量の合計が15質量%以上であり、かつAl
2O
3の含有割合が7質量%以上である組成のシリケートガラス基板を用いて製造された例1〜3の反射防止構造体は、ΔTが高く、光の散乱が抑えられた高い反射防止性能を示している。そして、例1〜3の反射防止構造体では、微細構造部における表面銀濃度が3モル%以上6モル%以下となっている。
【0070】
これに対して、Al
2O
3の含有量が7%未満のガラスからなる基板を用いて微細構造を形成した例4および例5の反射防止構造体では、
図4および
図5からわかるように、微細構造に局所的に高い部分や深く掘れた部分が存在し、形状および周期も乱れていることがわかる。また、表1に示すように、微細構造の高さは高いが均一性が不良であるため、光の散乱が生じ、例1〜3に比べてΔTが小さく、反射防止性能が低くなっている。
【0071】
また、SiO
2のみからなる石英ガラス基板を用いて微細構造を形成した例6の反射防止構造体では、
図6および表1に示すように、微細構造の高さが約200nmと低く、ΔTが例1〜3に比べて小さく反射防止性能が低くなっている。
【0072】
さらに、Al
2O
3の含有量は7%以上であるが、アルカリ金属を含有しない組成のガラス基板を用いて微細構造を形成した例7では、十分な高さの微細構造を形成することができなかった。AFM(SIIナノテクノロジー社製、装置名:SPA−400)による測定の結果、微細構造の高さは20nm程度しかなく、周期も約500nmと大きかった。そして、ΔTはマイナスの値を示し、反射防止性能が著しく低かった。