(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態に係る置換元素の選択方法について、ニッケル酸リチウム(LiNiO
2)を正極の材料(以下「電池正極材料」という。)として用いた場合を例として説明する。
【0012】
本発明の第1実施形態に係る置換元素の選択方法は、一般式LiNi
1−xM
xO
2(MはNiの置換元素であり、xは0<x<0.2を満たす。)で表される置換元素の選択方法であって、第1の算出ステップ、第2の算出ステップ及び選択ステップを有する。
【0013】
第1の算出ステップは、第1の充電状態におけるLiNi
1−xM
xO
2の安定構造のNiとOとの結合距離(以下「Ni−O間距離」という。)A1と、第2の充電状態におけるLiNi
1−xM
xO
2の安定構造のNi−O間距離A2との差ΔA=A1−A2を算出するステップである。第2の充電状態は、第1の充電状態よりも充電された状態である。すなわち、第2の充電状態は、第1の充電状態よりもLiNi
1−xM
xO
2におけるLiが引き抜かれた状態である。なお、以下、ΔAをNi−O間距離の変化量ともいう。
【0014】
置換元素としては、特に限定されるものではないが、Niと置換されるという観点から、陽イオンとなる元素が好ましく、例えばマグネシウム(Mg)等の遷移金属以外の元素、コバルト(Co)、マンガン(Mn)等の遷移金属の元素を用いることができる。
【0015】
置換元素が遷移金属以外の場合、過剰に置換されると結晶構造が不安定となり、電池特性に悪影響を及ぼすという観点から、置換割合xは0<x≦0.1であることが好ましく、0<x≦0.05であることがより好ましい。一方、置換元素が遷移金属の場合、置換割合xは、上記範囲に限定されず、0.2以下であればよい。
【0016】
LiNi
1−xM
xO
2の安定構造としては、少なくとも48原子以上のユニットセルを作製し、密度汎関数理論(DFT:Density Functional Theory)に基づく平面波基底第一原理計算により安定な結晶構造を算出することが好ましい。
【0017】
密度汎関数理論における汎関数としては、GGA−PBE(Generalized Gradient Approximation‐Perdew,Burke,Ernzerhof)又はより高精度な汎関数を用いることが好ましい。また、平面波のカットオフやk点のサンプリングはエネルギーが十分に収束するように、具体的には収束残差が0.0001eV以下になるように選択し、構造緩和は少なくとも原子に加わる力が0.02eV/Å以下になるまで行うことが好ましい。
【0018】
第2の算出ステップは、第1の充電状態におけるLiNiO
2の安定構造のNi−O間距離B1と、第2の充電状態におけるLiNiO
2の安定構造のNi−O間距離B2との差ΔB=B1−B2を算出するステップである。なお、以下、ΔBをNi−O間距離の変化量ともいう。また、LiNiO
2の安定構造としては、第1の算出ステップと同様の方法により算出する。
【0019】
第1の算出ステップ及び第2の算出ステップにおいて、第1の充電状態は電池正極材料からLiが引き抜かれていない状態(以下「放電時」という。)であることが好ましい。また、第1の算出ステップ及び第2の算出ステップにおいて、第2の充電状態は電池正極材料からLiが66%引き抜かれた状態(以下「66%充電時」という。)であることが好ましい。これにより、実使用環境に近い環境におけるNi−O間距離の変化量を算出することができる。
【0020】
選択ステップは、第1の算出ステップにおいて算出されたNi−O間距離の変化量ΔAが第2の算出ステップにおいて算出されたNi−O間距離の変化量ΔBよりも小さくなる置換元素を選択するステップである。
【0021】
以上に説明したように、本発明の第1実施形態に係る置換元素の選択方法によれば、第1の充電状態と第2の充電状態における安定構造のNi−O間距離の変化量が小さくなる置換元素を理論的に正確に選択できる。また、Ni−O間距離の変化量が小さいほど、充放電過程における結晶構造に生じる歪みを緩和することができ、LiNiO
2のサイクル特性を向上させることができると考えられる。結果として、LiNiO
2のサイクル特性を向上させることが可能な置換元素を効率的に選択することができる。
【0022】
次に、本発明の第1実施形態に係る電池正極材料を製造する方法について説明する。
【0023】
本発明の第1実施形態に係る電池正極材料の製造方法は、前述した置換元素の選択方法により置換元素を選択する選択工程と、置換元素を有する電池正極材料を合成する合成工程とを有する。
【0024】
選択工程は、前述した置換元素の選択方法により置換元素を選択する工程である。
【0025】
合成工程は、選択工程において選択された置換元素を有する電池正極材料を合成する工程である。合成工程としては、特に限定されるものではないが、例えばLi源、Ni源、M源を含有する原料組成物を混合し、酸素雰囲気中において加熱する固相反応を用いることができる。各金属源の種類としては、特に限定されるものではなく、各金属を含む無機塩(例えば炭酸塩、硝酸塩)、有機塩(錯体)等を用いることができる。加熱温度及び加熱時間としては、特に限定されるものではないが、所望の固相反応が進む条件に設定される。
【0026】
(第2実施形態)
本発明の第2実施形態に係る置換元素の選択方法について、ニッケルコバルト酸リチウム(LiNiCoO
2)を電池正極材料として用いた場合を例として説明する。本発明の第2実施形態に係る置換元素の選択方法は、電池正極材料としてLiNiCoO
2を用いる点で、第1実施形態に係る置換元素の選択方法と異なる。
【0027】
以下、第1実施形態と異なる点を中心に説明する。
【0028】
本発明の第2実施形態に係る置換元素の選択方法は、一般式LiNi
1−x−yCo
yM
xO
2(MはNiの置換元素であり、xは0<x<0.2を満たし、yは0<y<0.2を満たす。)で表される置換元素の選択方法であって、第1の算出ステップ、第2の算出ステップ及び選択ステップを有する。
【0029】
第1の算出ステップは、第1の充電状態におけるLiNi
1−x−yCo
yM
xO
2の安定構造のNi−O間距離A1と第2の充電状態におけるLiNi
1−x−yCo
yM
xO
2の安定構造のNi−O間距離A2との差ΔA=A1−A2を算出するステップである。第2の充電状態は、第1実施形態と同様に、第1の充電状態よりも充電された状態である。
【0030】
置換元素としては、特に限定されるものではないが、Niと置換されるという観点から、陽イオンとなる元素が好ましく、例えば亜鉛(Zn)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)等の遷移金属以外の元素、鉄(Fe)、モリブデン(Mo)等の遷移金属の元素を用いることができる。置換割合としては、第1実施形態と同様とすることができる。
【0031】
LiNi
1−x−yCo
yM
xO
2の安定構造としては、第1実施形態と同様の計算により算出することができる。
【0032】
第2の算出ステップは、第1の充電状態におけるLiNi
1−yCo
yO
2の安定構造のNi−O間距離B1と第2の充電状態におけるLiNi
1−yCo
yO
2の安定構造のNi−O間距離B2との差ΔB=B1−B2を算出するステップである。なお、LiNi
1−yCo
yO
2の安定構造としては、第1実施形態と同様の計算により算出することができる。
【0033】
選択ステップは、第1の算出ステップにおいて算出されたNi−O間距離の変化量ΔAが、第2の算出ステップにおいて算出されたNi−O間距離の変化量ΔBよりも小さくなる置換元素を選択するステップである。
【0034】
以上に説明したように、本発明の第2実施形態に係る置換元素の選択方法によれば、第1の充電状態と第2の充電状態における安定構造のNi−O間距離の変化量が小さくなる置換元素を理論的に正確に選択できる。また、Ni−O間距離の変化量が小さいほど、充放電過程における結晶構造に生じる歪みを緩和することができ、LiNiO
2のサイクル特性を向上させることができると考えられる。結果として、LiNiO
2のサイクル特性を向上させることが可能な置換元素を効率的に選択することができる。
【0035】
特に、第2実施形態では、Coが酸素と強く結合することから、熱安定性にも優れた電池正極材料を提供することができる。
【0036】
なお、本発明の第2実施形態に係る電池正極材料は、本発明の第1実施形態に係る電池正極材料を製造する方法と同様の方法を用いて製造することができる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0038】
また、以下の実施例及び比較例においては、各々の電池正極材料の安定構造を、密度汎関数理論に基づく平面波基底第一原理計算を利用して算出した。また、Ni−O間距離としては平均値を用いた。
【0039】
(実施例1)
Li
12Ni
12O
24のNiの一部をMgで置換したLi
12Ni
11Mg
1O
24について、放電時(Li
12Ni
11Mg
1O
24)における安定構造のNi−O間距離A1及び66%充電時(Li
4Ni
11Mg
1O
24)における安定構造のNi−O間距離A2を算出した。続いて、放電時における安定構造のNi−O間距離A1と66%充電時における安定構造のNi−O間距離A2との差であるNi−O間距離の変化量ΔA=A1−A2を算出した。
【0040】
また、置換していないLi
12Ni
12O
24について、放電時(Li
12Ni
12O
24)における安定構造のNi−O間距離B1及び66%充電時(Li
4Ni
12O
24)における安定構造のNi−O間距離B2を算出した。続いて、放電時における安定構造のNi−O間距離B1と66%充電時における安定構造のNi−O間距離B2との差であるNi−O間距離の変化量ΔB=B1−B2を算出した。
【0041】
算出した結果を下記の表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
表1に示すように、Li
12Ni
12O
24のNiの一部をMgで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.094Åから0.084Åに抑制されることが示された。すなわち、Mgがサイクル特性の向上に有効な置換元素として選択された。
【0044】
また、Niの1%をMgで置換したLiNi
1−xMg
xO
2及び置換していないLiNiO
2を実際に合成し、LiNi
1−xMg
xO
2及びLiNiO
2を電池正極材料として用いたリチウムイオン電池を作製した。
【0045】
作製したリチウムイオン電池に対して、3.0V〜4.3Vの領域において充放電を繰り返し、初期容量に対する充放電を繰り返した後の容量比である容量維持率(%)を測定することによりサイクル特性を評価した。
【0046】
LiNiO
2を電池正極材料として用いたリチウムイオン電池の50サイクル後の容量維持率は75.4%であったのに対し、LiNi
1−xMg
xO
2を電池正極材料として用いたリチウムイオン電池の50サイクル後の容量維持率は76.7%であった。すなわち、LiNiO
2のNiの1%をMgで置換することにより、サイクル特性の向上が確認できた。
【0047】
(実施例2)
Li
12Ni
12O
24のNiの一部をCoで置換したLi
12Ni
10Co
2O
24について、放電時(Li
12Ni
10Co
2O
24)における安定構造のNi−O間距離A1及び66%充電時(Li
4Ni
10Co
2O
24)における安定構造のNi−O間距離A2を算出した。続いて、放電時における安定構造のNi−O間距離A1と66%充電時における安定構造のNi−O間距離A2との差であるNi−O間距離の変化量ΔA=A1−A2を算出した。
【0048】
また、置換していないLi
12Ni
12O
24について、放電時(Li
12Ni
12O
24)における安定構造のNi−O間距離B1及び66%充電時(Li
4Ni
12O
24)における安定構造のNi−O間距離B2を算出した。続いて、放電時における安定構造のNi−O間距離B1と66%充電時における安定構造のNi−O間距離B2との差であるNi−O間距離の変化量ΔB=B1−B2を算出した。
【0049】
算出した結果を下記の表2に示す。
【0050】
【表2】
【0051】
表2に示すように、Li
12Ni
12O
24のNiの一部をCoで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.094Åから0.087Åに抑制されることが示された。すなわち、Coがサイクル特性の向上に有効な置換元素として選択された。
【0052】
また、Niの15%をCoで置換したLiNi
1−xCo
xO
2及び置換していないLiNiO
2を実際に合成し、LiNi
1−xCo
xO
2及びLiNiO
2を電池正極材料として用いたリチウムイオン電池を作製した。
【0053】
作製したリチウムイオン電池に対して、実施例1と同様の条件を用いて容量維持率(%)を測定することによりサイクル特性を評価した。
【0054】
LiNiO
2を電池正極材料として用いたリチウムイオン電池の50サイクル後の容量維持率は75.2%であったのに対し、LiNi
1−xCo
xO
2を電池正極材料として用いたリチウムイオン電池の50サイクル後の容量維持率は93.2%であった。すなわち、LiNiO
2のNiの15%をCoで置換することにより、サイクル特性の向上が確認できた。
【0055】
(実施例3)
Li
12Ni
10Co
2O
24のNiの一部をMで置換したLi
12Ni
9Co
2M
1O
24について、放電時(Li
12Ni
9Co
2M
1O
24)における安定構造のNi−O間距離A1及び66%充電時(Li
4Ni
9Co
2M
1O
24)における安定構造のNi−O間距離A2を算出した。なお、MはNiの置換元素であり、実施例3では、MとしてK、Zn、Na、Fe、Ca及びMoを用いた。続いて、放電時における安定構造のNi−O間距離A1と66%充電時における安定構造のNi−O間距離A2との差であるNi−O間距離の変化量ΔA=A1−A2を算出した。
【0056】
また、置換していないLi
12Ni
10Co
2O
24について、放電時(Li
12Ni
10Co
2O
24)における安定構造のNi−O間距離B1と66%充電時(Li
4Ni
10Co
2O
24)における安定構造のNi−O間距離B2を算出した。続いて、放電時における安定構造のNi−O間距離B1と66%充電時における安定構造のNi−O間距離B2との差であるNi−O間距離の変化量ΔB=B1−B2を算出した。
【0057】
算出した結果を下記の表3に示す。
【0058】
【表3】
【0059】
表3に示すように、Li
12Ni
10Co
2O
24のNiの一部をKで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.087Åから0.082Åに抑制されることが示された。すなわち、Kがサイクル特性の向上に有効な置換元素として選択された。
【0060】
また、Li
12Ni
10Co
2O
24のNiの一部をZnで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.087Åから0.055Åに抑制されることが示された。すなわち、Znがサイクル特性の向上に有効な置換元素として選択された。
【0061】
また、Li
12Ni
10Co
2O
24のNiの一部をNaで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.087Åから0.074Åに抑制されることが示された。すなわち、Naがサイクル特性の向上に有効な置換元素として選択された。
【0062】
また、Li
12Ni
10Co
2O
24のNiの一部をFeで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.087Åから0.081Åに抑制されることが示された。すなわち、Feがサイクル特性の向上に有効な置換元素として選択された。
【0063】
また、Li
12Ni
10Co
2O
24のNiの一部をCaで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.087Åから0.082Åに抑制されることが示された。すなわち、Caがサイクル特性の向上に有効な置換元素として選択された。
【0064】
また、Li
12Ni
10Co
2O
24のNiの一部をMoで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.087Åから0.084Åに抑制されることが示された。すなわち、Moがサイクル特性の向上に有効な置換元素として選択された。
【0065】
(比較例1)
Li
12Ni
12O
24のNiの一部をアルミニウム(Al)で置換したLi
12Ni
11Al
1O
24について、放電時(Li
12Ni
11Al
1O
24)における安定構造のNi−O間距離A1及び66%充電時(Li
4Ni
11Al
1O
24)における安定構造のNi−O間距離A2を算出した。続いて、放電時における安定構造のNi−O間距離A1と66%充電時における安定構造のNi−O間距離A2との差であるNi−O間距離の変化量ΔA=A1−A2を算出した。
【0066】
また、置換していないLi
12Ni
12O
24について、放電時(Li
12Ni
12O
24)における安定構造のNi−O間距離B1及び66%充電時(Li
4Ni
12O
24)における安定構造のNi−O間距離B2を算出した。続いて、放電時における安定構造のNi−O間距離B1と66%充電時における安定構造のNi−O間距離B2との差であるNi−O間距離の変化量ΔB=B1−B2を算出した。
【0067】
算出した結果を下記の表4に示す。
【0068】
【表4】
【0069】
表4に示すように、Li
12Ni
12O
24のNiの一部をAlで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.094Åから0.098Åに増大することが示された。すなわち、Alは有効な置換元素として選択されなかった。
【0070】
(比較例2)
Li
12Ni
10Co
2O
24のNiの一部をスズ(Sn)で置換したLi
12Ni
9Co
2Sn
1O
24について、放電時(Li
12Ni
9Co
2Sn
1O
24)における安定構造のNi−O間距離A1及び66%充電時(Li
4Ni
9Co
2Sn
1O
24)における安定構造のNi−O間距離A2を算出した。続いて、放電時における安定構造のNi−O間距離A1と66%充電時における安定構造のNi−O間距離A2との差であるNi−O間距離の変化量ΔA=A1−A2を算出した。
【0071】
また、置換していないLi
12Ni
10Co
2O
24について、放電時(Li
12Ni
10Co
2O
24)における安定構造のNi−O間距離B1及び66%充電時(Li
4Ni
10Co
2O
24)における安定構造のNi−O間距離B2との差であるNi−O間距離の変化量ΔB=B1−B2を算出した。
【0072】
算出した結果を下記の表5に示す。
【0073】
【表5】
【0074】
表5に示すように、Li
12Ni
10Co
2O
24のNiの一部をSnで置換することにより、置換前と比較して、充放電によるNi−O間距離の変化量が0.087Åから0.105Åに増大することが示された。すなわち、Snは有効な置換元素として選択されなかった。
【0075】
以上、置換元素の選択方法、電池正極材料の製造方法及び電池正極材料を実施形態により説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々の変形及び改良が可能である。