【実施例】
【0058】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0059】
尚、以降の説明では、環境庁告示46号法(環告46号法)を「公定法」と呼ぶこともある。
【0060】
[実施例1]
1.試料
試料として、7種の石膏を使用した。これら7種の石膏のフッ素含有量と粒径を表2に示す。
【0061】
【表2】
【0062】
表2に示すフッ素含有量は、JIS R 9101−1995に従い、蒸留操作付きのLAC法により測定した値である。また、表1に示す粒径(50%粒径)は、島津製作所レーザー回折式粒度分布測定装置SLAD−3000を用いて計測した値である。
【0063】
また、上記7種の石膏の粒径分布を
図1Aと
図1Bに示す。
【0064】
尚、比較試料として、廃石膏ボード2種(B151(新築系)、B66(解体系))を一部試験に供した。
【0065】
2.溶出時間の短縮に関する検討
石膏からフッ素を溶出する工程の短縮化について検討した。
【0066】
(1)試験方法
上記7種の石膏を対象とし、石膏からフッ素を溶出する工程の短縮化方法として、以下の(a)〜(e)の方法について検討を行った。尚、対照試験として、公定法(6時間往復振とう)についても実施した。
(a)5分間超音波処理
(b)10分間超音波処理
(c)30分間超音波処理
(d)60分間超音波処理
(e)媒体撹拌ミル処理(10分間)
【0067】
超音波処理((a)〜(d))については、シャープ株式会社製据置型超音波洗浄機UC−6200(発振周波数:40kHz、貯水容量約36リットル)を用いて、固液比10L/kgで所定の時間実施した。
【0068】
媒体撹拌ミル処理(e)は、以下の手順で実施した。まず、IKA社製BMT−50S(容量50mL)に、水を30mL、石膏3gを投入し、粉砕媒体として付属ステンレス球(SUS304、直径5mm)を30個投入した。この状態でBMT−50SをIKA社製ULTRA−TURRAX(登録商標) Tube Drive control ホモジナイザに装着し、回転数4000rpmで湿式粉砕処理を行い、石膏粉砕物と水のスラリーを得た。次いで、このスラリーを減圧濾過器(フィルターホルダー:アドバンテック東洋製KGS-47,フィルター:アドバンテック東洋製A045A047A)で濾過した。媒体撹拌ミルによる処理時間は10分間とした。
【0069】
尚、公定法及び(a)〜(e)の方法により得られた検液(フッ素溶出液)のフッ素濃度分析は、東ソー株式会社製IC−2010を用いて、IC(イオンクロマトグラフ)法により実施した(JIS K 0102 34.3)。
【0070】
(2)試験結果及び検討
上記試験に先立ち、石膏のフッ素含有量と公定法によるフッ素溶出量との関係について検討した。その結果、両者に明確な関係は見られなかった(
図2)。したがって、石膏のフッ素含有量からフッ素溶出量を推定することは困難であることがわかった。
【0071】
次に、公定法及び(a)〜(e)の方法により得られた検液のフッ素濃度(フッ素溶出量)の分析結果を
図3A〜
図3Gに示す。尚、図中の「ボールミル」とは、(e)の媒体撹拌ミル処理のことである。
【0072】
超音波処理によるフッ素溶出量は、公定法によるフッ素溶出量(以下、公定法値と呼ぶ。)と比較すると概ね低くなることが確認された。
【0073】
媒体撹拌ミル処理によるフッ素溶出量は、D144については公定法値よりも大きいことが確認された。また、D157とD820については公定法値と近い値を示すことが確認された。その他の石膏試料については、公定法値よりも低い値を示すことが確認された。
【0074】
超音波処理の場合の処理時間の長短によるフッ素溶出量の変動については明確な傾向は見られなかった。
【0075】
次に、上記(a)〜(e)の方法によるフッ素溶出量を、公定法値に対する比率として求め、7種の石膏試料について平均値を算出した。その結果、超音波処理(60分)が70%、媒体撹拌ミル処理(10分)が89%となり、(e)の媒体撹拌ミル処理が、フッ素の溶出操作として最も効率が高いと考えられた。
【0076】
また、公定法値と、上記(a)〜(e)の方法によるフッ素溶出量との関係を
図4に示す。
【0077】
超音波処理は、最も溶出量の多い60分の条件下でも1試料を除き80%以下であり、分布のばらつきも大きかった。したがって、超音波処理によるフッ素溶出量から公定法値を推定するのは困難であると考えられた。
【0078】
一方で、媒体撹拌ミル処理は、超音波処理と比較すると、分布ばらつきもそれほど大きくない上に、10分間という短時間の処理で公定法値を超えるフッ素溶出量が得られる試料が存在したことから、公定法(6時間)よりも極めて短時間で、公定法と相関性のあるフッ素溶出量が得られうることが明らかとなった。
【0079】
[実施例2]
石膏試料D133、D148について、実施例1の(e)媒体撹拌ミル処理(10分間)と同条件で、かつ使用するボールを以下のように変更して試験を実施した。
(g−1)
・使用したボールの材質:東ソー(株)、ジルコニア粉砕ボールYTZ(登録商標)、硬度1250HV
・ボールの直径と個数 :直径5mmのボール30個と直径1mmのボール約3750個(5mmボール30個と同じ重量)を同時に使用
尚、直径5mmボール30個は、体積2cm
3に相当する。水との体積比は1/15である。
(g−2)
・使用したボールの材質:東ソー(株)、ジルコニア粉砕ボールYTZ(登録商標)、硬度1250HV
・ボールの直径と個数 :直径5mmのボール30個と直径2mmのボール約469個(5mmボール30個と同じ重量)を同時に使用
【0080】
試験結果を
図5に示す。実施例1の(e)の試験結果(図中5mmのみと表記)と比較すると、本実施例で新たに検討した条件である「(e−1)」(図中5mm+1mmと表記)及び「(e−2)」(図中5mm+2mmと表記)では、溶出するフッ素濃度が高くなる傾向がみられた。このことから、複数の直径のボールを組み合わせて用いることで、溶出操作の効率をさらに改善することが可能であることが明らかとなった。
【0081】
[実施例3]
実施例1及び2において有効と考えられた媒体撹拌ミル処理について、公定法との相関性のさらなる向上とフッ素溶出量のばらつきの低減を図ることについて検討を行った。
【0082】
1.試料
試料として、17種の石膏(試料の頭文字D−)を用いた。また、比較のために廃石膏ボード粉砕物2種(試料の頭文字B−)も用いた。これらの石膏の公定法による溶出液の水質分析方法を表3に示し、水質分析結果を表4に示す。
【0083】
【表3】
【0084】
【表4】
【0085】
尚、イオンクロマトグラフは東ソー(株)IC−2010を用いて行った。ICP−AESは島津製作所ICPS−8100を用いて行った。石膏中フッ素含有量はJIS R 9101−1995(セッコウの化学分析方法)に従い、蒸留操作後にランタンアリザリンコンプレキソン吸光光度法(LAC法)で測定した。
【0086】
表4に示す結果から、石膏の溶出液のpHは7.5〜8.6の範囲にあることが明らかとなった。また、Naの濃度はD−HQGとD−L6が顕著に高く、Mgの濃度はD−F2、D−HQG、D−L2、D−L5及びD−L6で10mg/L以上あり、特にD−L5は55.8mg/Lと非常に高い値を示していた。Clの濃度もD−L5及びD−L6で10mg/L以上を示していた。NO
3の濃度もD−L5及びD−L6が高かった。
【0087】
フッ素溶出量とその他水質項目の間の相関に関しては、Alとの間に弱い相関(R=0.728、p=0.0009)があった。さらに、フッ素を目的変数として、変数増減法で重回帰分析を行ったところ、AlとSiO
2の2つの項目を用いた式が最もAIC(赤池情報量基準)が小さく、重相関係数は0.8287であった。この回帰式による実測値と予測値の関係を
図6に示す。
【0088】
次に、JIS R 9101−1995に従い、蒸留操作付きのLAC法により石膏のフッ素含有量を測定し、この測定値と公定法によるフッ素溶出量との関係について検討した図を
図7に示す。
図7に示す結果から、両者の相関は小さく、フッ素含有量値からフッ素溶出量を予測することは、実施例1と同様に、困難と考えられた。尚、図中の「JST−46」とは、環境庁告示46号法(環告46号法)、即ち「公定法」のことである。以降の図面においても、「JST−46」は「公定法」を意味している。
【0089】
次に、17種の石膏(試料の頭文字D−)について、粒径の測定を行った。尚、実施例1では、レーザー回折式粒度分布測定装置を用いて粒径を測定したが、この測定装置では、球形粒子を仮定して得られる情報を元に有効径を算出しているため、石膏粒子のアスペクト比(長径/短径の比)を求めることができなかった。そこで、本実施例では、実体顕微鏡の画像解析による測定を実施した。実体顕微鏡画像はスリーアールシステム(株)のデジタル顕微鏡WM601を用いた。撮影時倍率は550倍、測定長さの校正はケニス(株)製マイクロルーラーを用いて行った。撮影画像上で、石膏粒子の長径と短径を各試料それぞれ200点以上測定し、長径、短径の中央値およびアスペクト比の中央値を求めた。結果を表5に示す。また、長径と短径の中央値の分布を
図8に示す。
【0090】
【表5】
【0091】
石膏試料のアスペクト比は1.5〜1.9の間にあり、長径の中央値は44〜72μmの範囲に分布していた。また、D−L6のみアスペクト比が大きく、標準的な石膏の形状から解離していることが明らかとなった。水質分析結果から、D−L6はNa、Mg、NO
3の溶出量が極めて大きかった点が他試料と異なっていたことから、D−L6は生成条件において他の石膏と違いがあることが推察された。
【0092】
2.超音波処理と媒体撹拌ミル処理の比較検討
土壌の迅速溶出操作用機器として実績のある卓上型超音波洗浄機(3波長可変型、本田電子製W−113)による溶出法と、媒体撹拌ミル処理による溶出法を比較検討した。超音波処理は、東京都の土壌汚染調査選定法(大成基礎設計(株)提案方法)で指定された周波数28kHzを中心に検討した。28kHzについては石膏7試料の処理を実施した。また、比較のため、45kHz、100kHzの周波数については石膏3試料の処理を実施した。全ての溶出操作において,石膏と水の固液比は10L/kg[水体積/石膏重量]、溶出時間は10分とした。溶出処理後は固液分離し、東ソー株式会社製IC−2010を用いて、IC(イオンクロマトグラフ)法によりフッ素濃度分析を実施した(JIS K 0102 34.3)。
【0093】
また、同じ試料について、媒体撹拌ミル処理を実施した。媒体撹拌ミル処理の溶出操作条件および溶出処理後の固液分離条件は、実施例1と同様とした。そして、フッ素濃度分析は、超音波洗浄機による溶出法の場合と同様、東ソー株式会社製IC−2010を用いて実施した。
【0094】
図9に超音波処理及び媒体撹拌ミル処理による溶出結果と、公定法による溶出結果との関係を示す。横軸は公定法の値であり、縦軸は超音波処理又は媒体撹拌ミル処理による値である。媒体撹拌ミル処理による溶出量値がY=X直線近傍に位置し、公定法の結果と正の相関が認められた。これに対し、超音波処理による溶出量値は洗浄効果の高い28kHzにおいても、結果は全て過小評価であり、公定法の溶出量値との間に明確な相関を見いだすことは困難であった。以上より、石膏を対象とした溶出試験に関しては、超音波洗浄よりも媒体撹拌ミル処理の方が、公定法による溶出特性に対する相関性が高いことが明らかとなった。
【0095】
ここで、この実験の結果において、土壌汚染調査で用いられる超音波洗浄処理によるフッ素溶出値が、公定法によるフッ素溶出値との相関性が認められなかったのは以下の理由によると考えられる。即ち、石膏中のフッ素は、石膏粒子の表面だけでなく、内部にも存在する。このため表面を洗浄しても、公定法試験では、石膏粒子相互の衝突による表面粉砕作用によりフッ素は長期間持続的に溶出する。石膏のフッ素溶出が粒子表面の溶解後も持続的に続くことは、繰り返し水洗処理の試験において確認されている(袋布昌幹.廃石膏ボードの安全・安心リサイクル推進を可能とする石膏中フッ素の簡易分析・除去技術の開発.環境省廃棄物処理等科学研究費補助金総合研究報告書(K1846).2007.(CD−ROM))。これに対し、超音波処理においては、石膏粒子表面付近のフッ素だけが溶出に寄与すると考えられる。以上の理由から、汚染土壌の溶出現象では、フッ素は主に粒子表面に吸着し、超音波処理の結果が公定法のフッ素溶出値とほぼ整合するのに対して、石膏を対象とした場合においては、公定法のフッ素溶出値との解離が大きくなったものと考えられる。
【0096】
以上のことから、粒子表面に吸着した物質を効率よく溶出する土壌汚染分野での迅速溶出法を石膏に準用することは困難であると考えられ、公定法の溶出試験において石膏粒子表面に物理的に加わる摩擦力・せん断力を再現可能な媒体撹拌ミルを用いることが好ましいと考えられた。
【0097】
3.媒体撹拌ミル処理条件の検討
石膏7検体を対象とし、公定法のフッ素溶出量とのさらなる相関性の向上とフッ素溶出量のばらつきの低減を目指して、媒体撹拌ミル処理条件について、品質工学のパラメータ設計を行った。
【0098】
表6に示す18ケースの実験条件について、ボールの材質(2水準)、回転速度、時間、ボール直径、ボール体積、助剤直径及び助剤体積(各3水準)をL18直交表(表7を参照)の配列に基づき割り付けを行った。尚、ボール体積及び助剤体積は、(投入した重量)/(素材の比重)で算出した値である。本実施例では、助剤(粉砕助剤)として0.05mm〜0.2mm粒径(直径)のガラスビーズ(ソーダガラス製、比重2.5、硬度550HV)を用いた。SUS304ボールは、実施例1で用いたものと同様とした。YTZボールは、実施例2で用いたものと同様とした。尚、ボールと助剤(粉砕助剤)は、媒体撹拌ミル処理における粉砕媒体である。
【0099】
【表6】
【0100】
【表7】
【0101】
L18直交表に従い設定した各試験のフッ素溶出量測定結果を表8に示す。
【0102】
【表8】
【0103】
実験間の溶出量値の違いについて、同一試料の溶出液のフッ素濃度値に1.8〜3.6倍の差が見られた。各試料の実験間の変動係数はD−G試料が37%と最も大きく、D−L2試料が最も小さかった(18%)。公定法濃度に対する実験結果の関係を示す入出力図を
図10に示す。図中、横軸が公定法によるフッ素濃度であり、縦軸が媒体撹拌ミル処理によるフッ素濃度である。実験条件により図中の各実験の点の分布傾向は異なり、No.9とNo.15はグラフ回帰直線からのバラツキが特に小さく、他方、No.18のバラツキが最も大きいことが明らかとなった。
【0104】
次に、品質工学のパラメータ設計の考え方に沿って、媒体撹拌ミル溶出の制御因子の最適化を行った。尚、パラメータ設計の原理の詳細に関しては、品質工学概論(矢野 宏.日本規格協会、2009.287p.)に系統的に解説されている。
【0105】
パラメータ設計では、改善の対象となる機械や製品の機能をエンジニアードシステムで捉える。エンジニアードシステムは、入力信号、出力特性、システム、ノイズという要素で構成される。媒体撹拌ミル処理条件の開発という観点でこれらの要素を具体的に表現すると、“入力信号”は公定法によるフッ素溶出量値(=石膏のフッ素溶出に関する特性)であり、“出力特性”は媒体撹拌ミル処理によるフッ素溶出量値である。“ノイズ”の原因となる誤差因子は、石膏試料の粒径分布、化学組成、粉砕抵抗の等の差に起因すると考えられるものであり、“システム”の設計の制御因子は、ミルの回転速度、ボール径、ボール体積等に相当する(
図11)。
【0106】
パラメータ設計の実験を実施することで、石膏の性状の差に起因するノイズの影響を最小とするように、制御因子を最適化することができ、その結果、様々な性状の石膏に対して汎用的に適用可能な手法を構築できる。理想的な入出力の関係については、公定法によって測定された試料の溶出に関する特性に応じて、媒体撹拌ミル処理による溶出量値が直線的に変化する関係にあることが望ましい。また、公定法値が0の試料では、媒体撹拌ミル処理による溶出量値も0になることが求められることから、両者の関係はゼロ点比例式で表現される。
y=βM ・・・・(1)
ここで、yは迅速法の溶出量値、Mは公定法の溶出量値、βは直線の勾配である。
【0107】
品質工学では、理想状態に近い状態にあることを示す尺度としてSN比(η)という尺度を用いる。
η=10log(β
2/σ
2) ・・・・(2)
上式でσ
2はゼロ点比例式からの平均2乗誤差である。
【0108】
ゼロ点比例式の傾きの指標(感度)は以下の式で算出する。
S=10logβ
2 ・・・・(3)
【0109】
上記のSN比は品質工学用語規格QES S 1001:2007に規定されている専門用語であり、シグナル(平均的な効果)とノイズ(バラツキの大きさ)の比を表す尺度で単位はdb(デシベル、小文字表記)を用いる。パラメータ設計では様々な設定の制御因子による試験により、得られたSN比が最も大きくなる条件を最適として制御因子の設定値の探索を行う。傾き(β)に関しては本実験では1になることが理想であるが、短時間での溶出操作では結果はβ<1となるため、最も大きくなる(1に近い)ように最適水準を選択することになる。
【0110】
品質工学における試験では制御因子の設定は直交表を用いて行う。直交表とは因子が互いに独立して配置してある表である。パラメータ設計では、表7に示すようなL18直交表が標準形として推奨されている(矢野 宏.品質工学概論、日本規格協会、2009.287p.)。L18直交表を用いることで、8因子で試験を実施した場合、各パラメータ総当たりの試験では2×3
7=4374回の試験が必要であるのに対し、L18直交表では18回の試験において最適なパラメータ設定値を探索することが可能になる。また、L18直交表に代表される混合系の直交表は交互作用(複数の制御因子が共存することで現れる相乗効果)が各列に分散されるので、ある程度の交互作用があっても最適条件などの指摘を誤らない(田口 玄一、横山 巽子.ベーシック オフライン品質工学.日本規格協会、2007.358p)。
【0111】
パラメータ設計において、本実施例では、制御因子としてミルの回転速度、溶出時間、ボール材質、ボール径、ボール量、粉砕助剤(ガラスビーズ)粒径、助剤量の7つを設定している。L18直交表の制御因子は2水準が1個、3水準の因子が7個設定可能である。そこで、表6に示したように、ボール材質を2水準とし、その他因子は3水準に設定した。ボール材質はYTZボールとステンレスボールの2種類を使用し、ボールの直径は1、2、5mm、ボールの容積は1.0、2.0、3.9 cm
3とした。撹拌棒の回転数は2000、3000、4000rpm、撹拌時間は5、10、20分を設定した。助剤として用いるガラスビーズの直径は0.05、0.1、0.2mm、体積は0.4、1.0、2.0cm
3とした。このようにL18直交表の1〜7列までは因子を割り付けており、8列は因子の割り付けがない。因子の割り付けのない場合は、結果において3水準間に差が無いはずであるが、実際には制御因子以外の要因がSN比に与えた影響(実験間誤差変動)が反映される(田口 玄一、横山 巽子.ベーシック オフライン品質工学.日本規格協会、2007.358p)。
【0112】
使用した石膏試料は溶出量の大小等を考慮して代表的な7試料を選定した。試験は直交表に従って各試料毎に18回実施した。
【0113】
各実験についてSN比と感度を算出した。具体的には、品質工学のSN比計算の一般式を用いて以下のように計算した。
【0114】
石膏試料の数をn(今回はn=7)とし、各サンプルの公定法溶出量値Mを用いて有効除数rを求めた。
【0115】
【数1】
【0116】
次に、線形式Lを求めた。
【0117】
【数2】
【0118】
次に、全変動S
rを求めた。
【0119】
【数3】
【0120】
入力の効果S
βを求めた。
【0121】
【数4】
【0122】
誤差変動S
eを求めた。
【0123】
【数5】
【0124】
誤差分散V
eを求めた。
【0125】
【数6】
【0126】
以上の結果を基に、SN比(η)を以下の式で算出した。
【0127】
【数7】
【0128】
感度Sは以下の式で算出した。
【0129】
【数8】
【0130】
L18直交表を用いた試験結果(表8)から、フッ素溶出量に対する要因効果を算出した結果を
図12に示す。7試料ともにボール材質、時間、ボール体積に関しては、要因の水準に対する傾向はほぼ同様であり、図中の折れ線は右上がりの傾向にあった。しかし、助剤直径及び助剤体積に関してはD−E及びD−HUで助剤が細粒になるほど、そして助剤の投入量が多くなるほどフッ素溶出量は低下する傾向を示したのに対して、D−HQG、D−L2及びD−F2ではその傾向は見られず、D−L4については上記と逆の傾向を示していた。以上より助剤直径と助剤体積の2要因は、石膏の性状の差によって異なる傾向を示す特性を持っていることが明らかとなった。
【0131】
次に、L18直交表を用いた試験結果(表8)から求められるSN比と感度を表9に示す。また、この結果の効果要因図を
図13に示す。
【0132】
【表9】
【0133】
実験間誤差変動(h列)より大きい変動を有効な情報とみなすと、ボール材質以外の制御因子は、その相対的な変動の大きさから、いずれも情報として考慮すべき要因であることがわかった。SN比を高くする各要因の水準値は、時間10分、回転数4000rpm、ボール直径5mm、助剤直径0.1mm、助剤体積2cm
3、ボール体積1cm
3であった。また、感度に影響を与える因子は、「時間」が最も大きく、次がボール体積であったが、その他の要因は実験間誤差変動と比較して大きくはなかった。
【0134】
これらの関係から最適なパラメータを選択すると、ボール体積の1cm
3と2cm
3はSN比においてほとんど差が無いが、感度については1cm
3を選択した場合は大幅に低下することが予測されることから、感度を維持する観点からボール体積は2cm
3が適切と判断した。以上より、時間10分、回転数4000rpm、ボール直径5mm、助剤直径0.1mm、助剤体積2cm
3、ボール体積2cm
3が最適条件と判定することができた。この条件は結果的にNo.15の実験条件と同一であった。
【0135】
次に、実験の再現性を確認し、パラメータ設計が適切に実施されているか否かを検討した。確認実験は、効果要因図から最適条件と比較条件の2つの条件において制御因子レベルを設定し、計算から得られた2条件のSN比の差(利得)と実測から得られた2条件SN比の差を比較して実施した。感度についても同様な確認を実施した。本実施例では、No.15の実験と最適条件が同一条件であり、再試験を実施した場合にも、結果が内包する交互作用効果を含めてほぼ同一のSN比となることが予測されたことから、確認実験においてはNo.15の条件に若干の変更を加えることとした。No.15条件において回転数を2000rpm、時間を20分に変更した条件(表10、実験C)を好適条件(最適ではないが大きいSN比が期待できる条件)とし、他方、小さいSN比が予測される条件(表10、実験D)を比較条件として、両方について確認試験を実施した。結果を表11に示す。実験Cの実験Dに対するSN比の利得は推定値4.58db、実験結果3.14dbであり、その差は?1.44dbであった。また、感度の利得は推定値2.15db、実験結果1.48dbであり、その差は?0.67dbであった。パラメータ設計においては、推定値と実験値の利得の差が±3db以内にあることが、実験の再現性確認の目安となっており(棟近雅彦、山田 秀、立林和夫、吉野 睦、パラメータ設計・応答曲面法ロバスト最適化入門.日科技連、2012.175p)、本確認実験により、本実施例においてパラメータ設計が適切に実施されたことが確認された。
【0136】
【表10】
【0137】
【表11】
【0138】
次に、パラメータ設計で最適と判断された実験Bと、改善前の実験A、前記確認試験で設定した実験Cの3つの試験条件下で、全石膏試料19種類に対して媒体撹拌ミル溶出を行い、公定法による結果との相関を調べた結果を表12に示す。
【0139】
【表12】
【0140】
全試料結果におけるSN比と感度は、実験Bが最も高い値を示した。単回帰分析の結果では,実験Aの決定係数(R
2)0.82が、実験Bでは0.95に改善され、標準誤差をX係数で除した感度補正後の標準誤差では、実験Aが1.35mg/Lであるのに対し、実験Bでは0.75 mg/Lとなり、パラメータ設計による改善により、標準誤差は改善前と比較して約45%低減した(
図14)。X係数は、全石膏試料について、測定結果をグラフで表示して、グラフ横軸を公定法分析値、グラフ縦軸を実験A〜Cの分析値として測定結果をグラフ上に配置し、原点を通過する回帰直線を求めて得られた傾きである。なお、廃石膏ボード試料2種の結果については、石膏(頭文字D−)の示す傾向との解離は見られなかった。
【0141】
次に、助剤(直径0.1mmガラスビーズ)添加の有無に起因して実験結果に違いが生じた実験Aと実験Bについて、公定法試験による溶出量に対する実験A及び実験Bによる溶出量の比を計算し、石膏の細粒分含有量の指標である10%粒径(μm)との関係を検討した結果を
図15に示す。実験Aの結果では、細粒分の少ない(10%粒径が大きい)石膏のフッ素溶出量が多く、細粒分の多い石膏は過小評価になる傾向が見られ、実験Aの結果には粒径に対する依存性が見られた。これに対し、実験Bの場合には、粒径に対する依存性が見られなかった。
【0142】
ここで、助剤の添加効果について考察する。助剤添加により液相(スラリー)全体の質量増加によりボールの運動エネルギーが減少する反面、細粒粒子(ガラスビーズ)の衝突頻度(捕捉頻度)は増加する。一般に、粒子の粉砕現象は体積粉砕と表面粉砕の2つに区分される。体積粉砕は、粉砕が衝撃力や圧縮力によって行われ、粒子全体がばらばらに壊れる現象である。表面粉砕は、摩擦力や剪断力、ずり応力により粒子の表面から粉砕が進む現象である。公定法における溶出操作時には石膏は主に石膏粒子相互の衝突による表面粉砕が作用すると考えられるが、石膏とほぼ同じ粒径のガラスビーズの添加は、時間当たりの石膏粒子相互の衝突回数を増やすのと類似の効果を有する。一方、ボールの運動エネルギーの減少は、助剤なしの場合と比較して、石膏の粗大粒子に対して有効な体積粉砕の効率を低下させる。結果として、助剤の添加は,ボールの粗大粒子の粉砕の効率を低下させると共に、細粒粒子に対しては捕捉頻度の増加による表面粉砕の効率を向上させるため、結果として溶出誤差傾向に見られる粒径に対する依存性が解消されたと考えられる。このような作用によりSN比が向上したものと考えられる。
【0143】
以上の結果より、媒体撹拌ミルを用いた溶出法においては、環境庁告示46号に定める溶出試験および、環境庁告示13号に定める溶出試験において行われる6時間往復振とう処理過程における、試料の粒子相互の物理的な表面粉砕に伴う持続的な化学物質の溶出が模擬可能であり、6時間往復振とう試験終了時の溶出量の推定が可能であることが明らかになった。このため本迅速溶出法は石膏の他に、表面粉砕による持続的な化学物質の溶出が存在するゴミ焼却灰、ゴミ焼却灰溶融スラグ、下水汚泥焼却灰、下水汚泥焼却灰溶融スラグ、鉄鋼ダスト、鉄鋼スラグ、廃ガラス粉砕物の試料の溶出法として使用可能と考えられる。