【文献】
遠藤卓行、奥野竜平、横江勝、赤澤堅造、佐古田三郎,「ダイナミックシステム同定法による筋トーヌス異常の系統的解析」,バイオメカニズム学会誌,2010年,Vol.34,No.2,pp.111-115
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記座標系において、前記角度−トルク特性グラフの両端のうち小さな関節角度を有する端の関節角度を最小関節角度、大きな関節角度を有する端の関節角度を最大関節角度とし、前記最小関節角度と前記最大関節角度との差を屈伸可能範囲とし、前記最小関節角度より前記屈伸可能範囲の10%だけ大きな関節角度を第1関節角度とし、前記最大関節角度より前記屈伸可能範囲の10%だけ小さな関節角度を第2関節角度としたとき、
前記演算部は、前記第1関節角度を有する前記直線上の第1地点と前記角度−トルク特性グラフとの第1距離、及び、前記第2関節角度を有する前記直線上の第2地点と前記角度−トルク特性グラフとの第2距離を、動的屈曲相及び動的伸展相のうちの少なくとも一方について算出する請求項1又は2に記載の筋トーヌス計測装置。
前記演算部は、前記関節角度に対する前記関節トルクの変化を三次関数で近似して前記角度−トルク特性グラフを求める請求項1〜4のいずれかに記載の筋トーヌス計測装置。
【発明を実施するための形態】
【0010】
上記の本発明の筋トーヌス計測装置において、前記演算部は、前記面積及び前記最大距離のうちの少なくとも一方を、動的屈曲相及び動的伸展相の両方について算出することが好ましい。かかる好ましい構成によれば、痙縮の有無をより正確に評価することができる。
【0011】
前記座標系において、前記角度−トルク特性グラフの両端のうち小さな関節角度を有する端の関節角度を最小関節角度、大きな関節角度を有する端の関節角度を最大関節角度とし、前記最小関節角度と前記最大関節角度との差を屈伸可能範囲とし、前記最小関節角度より前記屈伸可能範囲の10%だけ大きな関節角度を第1関節角度とし、前記最大関節角度より前記屈伸可能範囲の10%だけ小さな関節角度を第2関節角度としたとき、前記演算部は、前記第1関節角度を有する前記直線上の第1地点と前記角度−トルク特性グラフとの第1距離、及び、前記第2関節角度を有する前記直線上の第2地点と前記角度−トルク特性グラフとの第2距離を、動的屈曲相及び動的伸展相のうちの少なくとも一方について算出することが好ましい。かかる好ましい構成によれば、診察上は痙縮なし(MASが0)と判定される例がわずかな痙縮を有するか否かを客観的に評価することができる。
【0012】
上記において、前記演算部は、前記第1距離及び前記第2距離を、動的屈曲相及び動的伸展相の両方について算出することが好ましい。かかる好ましい構成によれば、診察上は痙縮なし(MASが0)と判定される例がわずかな痙縮を有するか否かをより正確に評価することができる。
【0013】
前記演算部は、前記関節角度に対する前記関節トルクの変化を三次関数で近似して前記角度−トルク特性グラフを求めてもよい。かかる好ましい構成は、ノイズの影響が排除されることによる評価精度の向上、及び、演算部の演算処理を行う際の負担の軽減に有利である。
【0014】
本発明の筋トーヌス計測装置を用いて痙縮の評価を行うことができる。本発明の痙縮の評価方法は、
関節トルク及び関節角度を検出する検出部を被験者の関節に装着する工程(1)と、
被験者の関節を、他動的に屈曲伸展させる工程(2)と、
前記検出部から得た関節トルク及び関節角度から、関節角度を横軸とし、関節トルクを縦軸とした座標系に、関節角度に対する関節トルクの変化を示した角度−トルク特性グラフを得る工程(3)と、
前記座標系において、前記角度−トルク特性グラフの両端を結ぶ直線より大きな関節トルクを有する関節角度の範囲を過大関節トルク域としたとき、前記過大関節トルク域での前記角度−トルク特性グラフと前記直線とで囲まれた領域の面積、及び、前記過大関節トルク域での前記角度−トルク特性グラフと前記直線との最大距離のうちの少なくとも一方を、動的屈曲相及び動的伸展相のうちの少なくとも一方について算出する工程(4)と
を備える。
【0015】
上記の評価方法は、更に、前記面積及び前記最大距離の少なくとも一方を用いて、痙縮の有無を評価する工程(5)を備えていてもよい。
【0016】
上記の工程(5)は、前記面積及び前記最大距離の少なくとも一方を所定の基準値と比較することで行うことができる。
【0017】
上記の評価方法において、前記工程(3)が、前記関節角度に対する前記関節トルクの変化を三次関数で近似して前記角度−トルク特性グラフを得る工程を有していてもよい。
【0018】
以下に、本発明を好適な実施形態を示しながら詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施形態に限定されないことはいうまでもない。以下の説明において参照する各図は、説明の便宜上、本発明の実施形態を構成する部材のうち、本発明を説明するために必要な主要部材のみを簡略化して示したものである。従って、本発明は以下の各図に示されていない任意の部材を備え得る。また、以下の各図では、実際の部材の寸法および各部材の寸法比率等は忠実に表されていない。
【0019】
図1は、本発明の一実施形態にかかる筋トーヌス計測装置の概略構成を示した図である。この装置は、被験者1の肘関節を他動的に屈曲伸展運動させたときの当該肘関節の関節トルク及び関節角度を検出し、痙縮の有無を評価するために用いられる。
【0020】
筋トーヌス計測装置は、被験者1の肘関節を他動的に屈曲伸展運動させたときの肘関節の関節トルク及び肘関節の関節角度を検出する検出部10と、検出部10からの出力信号を演算処理する演算部50とを備える。
図1に示すように、検出部10を、被験者1の手関節部にこれを挟むように装着し、験者2が検出部10を介して被験者1の肘関節を屈曲伸展させる。
【0021】
検出部10は、略コ字状又は略U字状を有するベース11を備える。
【0022】
ベース11の互いに対向する一対の挟持板12a,12bには、一対の力覚センサ20a,20bが互いに対向して固定されている。一対の力覚センサ20a,20bが対向する方向をZ軸とすると、力覚センサ20a,20bは、少なくともZ軸方向の力(圧縮力)を検出する。力覚センサ20a,20bとしては、力覚センサ20a,20bに加えられる圧縮力を検出することができれば、その構造に制限はなく、例えば従来より公知の汎用の力覚センサを用いることができる。力覚センサ20a,20bは、Z軸方向の力のみを検出する1軸力覚センサであってもよく、Z軸を含む互いに直交する3軸方向の力を検出する3軸力覚センサであってもよい。Z軸方向の力に加えて、Z軸方向と直交する直交2軸方向の力を検出することで、験者2が被験者1に対して加える力の方向を修正したり、検出したZ軸方向の力のデータを補正したりすることができる。肘関節の屈曲伸展運動を行う際に力覚センサ20a,20bが被験者1の皮膚に直接接触することによる痛みを緩和するために、力覚センサ20a,20bの互いに対向する面(被験者1の手関節部に当接する面)に柔軟なパッドを貼付しても良い。
【0023】
ベース11の一対の挟持板12a,12bを繋ぐ架橋板13には、ジャイロセンサ30が固定されている。ジャイロセンサ30は、被験者1の肘関節の屈曲伸展運動にともない変化するジャイロセンサ30を含む検出部10の姿勢の変化を検出する。なお、ジャイロセンサ30の固定位置は、架橋板13に限定されず、ベース11の任意の位置であってもよい。
【0024】
被験者1への装着性を向上させるため、被験者1の関節の太さに応じて一対の挟持板12a,12b間の距離を変更することを可能にする調整機構(図示せず)が、ベース11に設けられていてもよい。このような調整機構は、制限はなく、例えば挟持板12a及び/又は挟持板12bを架橋板13に対してZ軸方向に移動可能にするスライド機構や、挟持板12a及び/又は挟持板12bを架橋板13に対して任意の角度で傾斜させることを可能にする蝶番機構などを適宜採用しうる。あるいは、ベース11が上記の調整機構を備えておらず、実質的に変形させることができない剛体であってもよい。
【0025】
被験者1の肘関節を屈曲伸展運動させる際、検出部10は肘関節を中心とする円弧に沿って移動する。肘関節の屈曲伸展運動の間、この円弧の接線方向に対して常にZ軸が平行になるように、検出部10の姿勢が維持される。力覚センサ20a,20bは、験者2が被験者1の肘関節を屈曲伸展運動させる際に、験者2が被験者1に対して加えるZ軸方向の力に応じた電圧を出力する。力覚センサ20a,20bから出力された電圧は、必要に応じて力覚センサ用アンプ21で増幅された後、A/D変換ボード51を介して演算部50に入力される。ジャイロセンサ30から出力された、その姿勢の変化に応じた電圧は、A/D変換ボード51を介して演算部50に入力される。
【0026】
演算部50は、力覚センサ20a,20bを介して検出されたZ軸方向の力と、別途測定された被験者1の肘関節と検出部10の装着位置との距離(即ち、屈曲伸展運動の際に検出部10が移動する円弧の半径)とから、関節トルクを算出する。関節トルクの算出に際しては、重力による補正を行うことが好ましい。また、演算部50は、ジャイロセンサ30を介して検出された検出部10の姿勢の変化(角速度)を積分することで、関節角度を算出する。更に、演算部50は、これら関節トルク及び関節角度の経時的変化から所定の演算処理(詳細は後述する)を行う。
【0027】
演算部50としては、例えば汎用されているパーソナルコンピュータを用いることができる。関節トルク及び関節角度の経時的変化に関するデータやこれらを演算処理して得たデータ等は、必要に応じて記憶装置に蓄積してもよい。記憶装置は、演算部50に内蔵されていてもよく、演算部50外に設けられていてもよい。
【0028】
演算部50には出力装置52が接続されていてもよい。出力装置52としては、例えば各種ディスプレイやプリンタを用いることができる。出力装置52には、演算部50が演算した結果が表示される。
【0029】
図1に示すように、検出部10を被験者1の手関節部に装着した状態で、験者2が検出部10を介して被験者1の肘関節を屈曲伸展させる。被験者1の肘関節に対して、(1)最大伸展位静止、(2)動的屈曲、(3)最大屈曲位静止、(4)動的伸展、の4つの相を繰り返しながら、関節トルク及び関節角度を測定する。動的屈曲相及び動的伸展相での肘関節の関節角度の変化率(角速度)は略一定とする。屈曲伸展の角度範囲は、被験者1に応じて変更しうる。
【0030】
図2は、健常者(MASが0)の肘関節の動的伸展相での関節角度に対する関節トルクの変化の一例を示した図である。
図2において、横軸は関節角度(ラジアン)、縦軸は関節トルク(N・m)である。横軸の関節角度は、関節を伸展させた状態に対する屈曲角度で表している。従って、
図2の左側が伸展側、右側が屈曲側を示す。
【0031】
実線70は、関節角度に対する関節トルクの変化の実測データを示す。実線の左端は最大伸展位(肘関節が最も伸びた状態)70eを示し、実線の右端は最大屈曲位(肘関節が最も屈曲した状態)70fを示す。矢印は、時間の変化を示す。従って、実線70は、最大屈曲位70fから最大伸展位70eに向かって肘関節を略一定速度で伸展させる動的伸展相での、関節角度に対する関節トルクの変化を示す。
【0032】
破線71は、実線70を三次関数で近似した三次関数近似グラフである。
【0033】
一点鎖線72は、実線70の両端(即ち、最大伸展位70e及び最大屈曲位70f)を結ぶ直線である。
【0034】
本発明では、
図2のように、関節角度を横軸とし、関節トルクを縦軸とした座標系において、関節角度に対する関節トルクの変化を示したグラフ(実線70及び破線71)を「角度−トルク特性グラフ」という。以下の説明において、2つの角度−トルク特性グラフ70,71を区別するために、実測データを示した角度−トルク特性グラフ(実線70)を「実測グラフ」といい、三次関数で近似した角度−トルク特性グラフ(破線71)を「三次関数近似グラフ」という。
【0035】
図2に示されているように、健常者では、一般に、グラフ70,71は、直線72よりも下側に位置し、巨視的には下側に凸の曲線形状を有する(但し、上側に凸の曲線形状を部分的に含んでいる場合もある)。
【0036】
図3は、痙縮を有する患者(MASが2)の肘関節の動的伸展相での関節角度に対する関節トルクの変化の一例を、
図2と同様に示した図である。この患者は、明らかな筋緊張亢進を全可動域で感じるために、痙縮あり(MASが2)と判断されている。
【0037】
実線80は、関節角度に対する関節トルクの変化の実測データを示した実測グラフである。破線81は、実線80を三次関数で近似した三次関数近似グラフである。一点鎖線82は、実線80の両端(即ち、最大伸展位80e及び最大屈曲位80f)を結ぶ直線である。矢印は、時間の変化を示す。
【0038】
図3に示されているように、痙縮を有する患者では、一般に、グラフ80,81のうちの一部は、直線82よりも上側に位置し、残りの部分は直線82よりも下側に位置する。巨視的に見ると、グラフ80,81のうち直線82よりも上側に位置する部分は、上側に凸の曲線形状を有し、グラフ80,81のうち直線82よりも下側に位置する部分は、下側に凸の曲線形状を有する。
【0039】
上述したように、動的伸展相での関節角度の変化率(角速度)は略一定である。従って、
図2及び
図3の横軸の「関節角度」を「時間」に読み替えることができる。この場合、角度−トルク特性グラフと横軸とで囲まれる領域の面積は、肘関節を伸展させるための「力積」に相当する。この力積が、験者2が被験者1の肘関節を伸展させるときに感じる「抵抗感」である。
図2と
図3とを比較すれば容易に理解できるように、
図3の角度−トルク特性グラフ80,81の巨視的な形状は、痙縮の特徴的な現象である「ジャックナイフ現象」として験者2が感じる抵抗感と非常によく整合する。
【0040】
本発明者らは、
図2(痙縮なし)と
図3(痙縮あり)とで角度−トルク特性グラフの形状が上記のように異なることに着目した。特に、本発明者らは、
図3では、角度−トルク特性グラフ80の一部が、その両端を結ぶ直線82より上側に突出している点に着目した。そして、この突出の程度を定量的に示す指標を用いることで、痙縮の有無を客観的に識別することができることを見出して、本発明を完成させた。
【0041】
本発明では、
図3のように、関節角度を横軸とし、関節トルクを縦軸とした座標系において、角度−トルク特性グラフ80が、当該グラフ80の両端を結ぶ直線82より大きな関節トルクを有する関節角度の範囲83を「過大関節トルク域」と呼ぶ。
図2のように、角度−トルク特性グラフ70が、当該グラフ70の両端を結ぶ直線72より上側に実質的に突出しない場合には、「過大関節トルク域」は定義されない。
【0042】
本発明では、角度−トルク特性グラフ80が直線82より上側へ突出する程度を示す指標として、(1)過大関節トルク域83での角度−トルク特性グラフ80と直線82とで囲まれた領域の面積A、及び、(2)過大関節トルク域83での角度−トルク特性グラフ80と直線82との最大距離D、の2つを用いる。グラフ80と直線82との距離は、直線82に対して直交する方向に沿って定義される。
【0043】
面積Aは、直線82に対してグラフ80が上側に向かって大きく突出すればするほど、また、過大関節トルク域83が大きくなればなるほど、大きくなる。面積Aは、過大関節トルク域83でグラフ80と横軸とが囲む領域の面積(即ち、力積)と相関するから、験者2が被験者1の肘関節を屈曲又は伸展する際に感じる抵抗感を定量的に表す指標として用いることができる。
【0044】
また、最大距離Dは、直線82に対してグラフ80が上側に向かって大きく突出すればするほど大きくなる。最大距離Dも、過大関節トルク域83でグラフ80と横軸とが囲む領域の面積(即ち、力積)と相関するから、験者2が被験者1の肘関節を屈曲又は伸展する際に感じる抵抗感を定量的に表す指標として用いることができる。
【0045】
面積A及び最大距離Dを、それぞれの基準値(閾値)と比較することにより、痙縮の有無を客観的に評価することが可能である。
【0046】
面積A及び最大距離Dの算出は、演算部50が行う。更に、演算部50は、算出した面積A及び最大距離Dを、それぞれの基準値と比較してもよい。面積A及び最大距離Dは、出力装置52に表示することができる。また、基準値と比較して得られた痙縮の有無の客観的評価結果を出力装置52に併せて表示することができる。
【0047】
面積A及び最大距離Dは、いずれも痙縮の有無を客観的に評価するのに有効である。従って、演算部50は、これらのいずれか一方のみを算出すれば足りる。但し、演算部50は、これらの両方を算出してもよい。これにより、痙縮の有無の評価精度が向上する。
【0048】
図2及び
図3の角度−トルク特性を示した実測グラフ70,80から理解できるように、関節角度に対する関節トルクの変化の実測データは、高周波の振動成分(ノイズ)を含んでいる。従って、面積A及び最大距離Dを算出するための角度−トルク特性グラフとして、実測データに基づく実測グラフ70,80に代えて、これを三次関数で近似した三次関数近似グラフ71,81を用いてもよい。これは、ノイズの影響が排除されることによる評価精度の向上、及び、面積A及び最大距離Dを算出する際の演算部50の負担の軽減に有利である。
【0049】
図4は、脳卒中患者の健側(麻痺がない側)で診察上は痙縮を認めない肘関節の動的伸展相での関節角度に対する関節トルクの変化の一例を、
図2と同様に示した図である。実線90は、関節角度に対する関節トルクの変化の実測データを示した実測グラフである。破線91は、実線90を三次関数で近似した三次関数近似グラフである。一点鎖線92は、実線90の両端(即ち、最大伸展位90e及び最大屈曲位90f)を結ぶ直線である。矢印は、時間の変化を示す。
【0050】
図4を
図2と比較すると明らかなように、グラフ90は、巨視的に見ると、最大屈曲位90fから最大伸展位90eへ肘関節を伸展させる過程の初期に下側に凸の曲線形状を有し、その後の終期に上側に凸の曲線形状を有している。グラフ90が有するこの巨視的な形状は、
図3に示したグラフ80のそれと近似している。但し、
図4のグラフ90には、直線92より上側に突出している部分をほとんど認めることができない。従って、
図4では、過大関節トルク域(
図3の過大関節トルク域83を参照)は実質的に認められない。
【0051】
医師がこのような患者を診察すると明らか痙縮は認めないため、MASが0と判断する。しかしながら、脳卒中で運動麻痺が出現する場合、大脳皮質運動野から下行する神経は大半が反対側に交差するが、約10%程度は同側に下行することが知られている。したがって脳卒中患者の健側であっても同側の大脳皮質病変によって何らかの筋トーヌス異常が出現している可能性がある。本発明の好ましい実施形態では、
図2と
図4とを客観的に識別することができる指標を提供する。以下にこれを説明する。
【0052】
図4に示すように、角度−トルク特性グラフ90の両端のうち小さな関節角度を有する端(最大伸展位90e)の関節角度を最小関節角度θmin、大きな関節角度を有する端(最大屈曲位90f)の関節角度を最大関節角度θmaxとする。最小関節角度θminと最大関節角度θmaxとの差を屈伸可能範囲θefとする(θef=θmax−θmin)。最小関節角度θminより屈伸可能範囲θefの10%だけ大きな関節角度を第1関節角度θ1とする(θ1=θmin+θef*0.1)。最大関節角度θmaxより屈伸可能範囲θefの10%だけ小さな関節角度を第2関節角度θ2とする(θ2=θmax−θef*0.1)。第1関節角度θ1を有する直線92上の点を第1地点P1、第2関節角度θ2を有する直線92上の点を第2地点P2とする。第1地点P1とグラフ90との距離を第1距離D1、第2地点P2とグラフ90との距離を第2距離D2とする。距離D1,D2は、直線92に対して直交する方向に沿って定義される。距離D1,D2の符号(正負)は、地点P1,P2に対してグラフ90が上側に位置する場合は「正」、下側に位置する場合は「負」とする。従って、
図4のグラフ90のように第2距離D2が直線92に対して下側で定義される場合には、第2距離D2は負の値をとる。
【0053】
好ましい実施形態では、上記のように定義される距離D1,D2を、
図2と
図4とを客観的に識別するための指標として用いる。例えば、第1距離D1及び第2距離D2を基準値(閾値)と比較することができる。ここで、基準値は、負のある値を設定しうる。適切な基準値を設定することにより、
図2に示した角度−トルク特性グラフ70に対して上位と同様に定義される第1距離D1及び第2距離D2は、いずれも当該基準値より小さいと判定される。一方、
図4に示した角度−トルク特性グラフ90に対して定義される第1距離D1及び第2距離D2については、第1距離D1は当該基準値より大きく、且つ、第2距離D2は当該基準値より小さいと判定される。
【0054】
このように、2つの角度−トルク特性グラフ70,90のそれぞれの第1距離D1及び第2距離D2を基準値と比較することにより、角度−トルク特性グラフ70,90の曲線形状の違いを識別することができる。第1距離D1及び第2距離D2のうちの一方が基準値より大きく、他方が基準値より小さい場合、痙縮あり(MASが1)に近い状態であると判断できる。
【0055】
距離D1,D2の算出は、演算部50が行う。更に、演算部50は、算出した距離D1,D2を、予め設定した基準値と比較してもよい。距離D1,D2は、出力装置52に表示することができる。また、距離D1,D2を基準値と比較して得られた結果を出力装置52に併せて表示することができる。
【0056】
距離D1,D2を算出するための角度−トルク特性グラフとして、実測データに基づく実測グラフ90に代えて、これを三次関数で近似した三次関数近似グラフ91を用いてもよい。これは、ノイズの影響が排除されることによる評価精度の向上、及び、距離D1,D2を算出する際の演算部50の負担の軽減に有利である。
【0057】
更に、実測グラフ90を三次関数で近似した三次関数近似グラフ91が、最大伸展位90eと最大屈曲位90fとの間に変曲点を有することは、
図4と
図2とを客観的に識別する指標となり得る。三次関数近似グラフの変曲点の位置の算出は演算部50が行う。
【0058】
上記のように、診察上は痙縮なし(MASが0)と判定された例の中に、
図2のような健常者のケースと、
図4のように筋トーヌスにごくわずかな痙縮があるケースとが含まれる。筋トーヌス計測装置が提供する距離D1,D2を評価指標として用いることにより、医師の診察では感知できない筋トーヌスの異常を評価することが可能になる。これは疾患の予後や、治療・リハビリの効果を客観的に判断するのに有用である。
【0059】
以上のように、本発明の筋トーヌス計測装置は、関節トルクと関節角度とを測定して得た角度−トルク特性グラフを解析して、関節を他動的に屈曲又は伸展させる際の抵抗感の変化を数値化する。これは、痙縮なし(MASが0)か痙縮あり(MASが1以上)かの判断を客観的に行うための指標となり得る。しかも、関節トルク及び関節角度の測定は、医師が従来から痙縮の有無を判断するために行っていた診察手技において行うことが可能である。従って、本発明により、臨床試験の効率化・低コスト化を実現できる。角度−トルク特性グラフを出力装置52に表示することにより、痙縮の程度を可視化することができる。これは、例えば医師が患者に対して治療やリハビリの効果を説明するのに大いに役立つ。関節を他動的に屈曲伸展させる動作は医師でなくても容易に行うことができるので、例えば患者の自宅で家族が本発明の筋トーヌス計測装置を用いて患者の痙縮の程度の変化を日常的に測定することも可能である。
【0060】
本発明は、上記の実施形態及び下記の実施例に限定されず、種々の変更が可能である。
【0061】
上記の実施形態では動的伸展相での角度−トルク特性グラフを用いたが、動的屈曲相での角度−トルク特性グラフを用いることもできる。痙縮の特徴的現象であるジャックナイフ現象は、動的伸展相及び動的屈曲相のうちの一方のみで認められる場合もあれば、両方で認められる場合もある。従って、上述した、痙縮を客観的に評価するための指標(面積A、最大距離D、距離D1,D2)は、動的伸展相及び動的屈曲相のうちの少なくとも一方について算出される必要がある。これらの両方について算出されることは、痙縮をより正確に評価する観点から好ましい。
【0062】
ジャックナイフ現象における抵抗感の変化は、角度−トルク特性グラフが、上側に凸の曲線形状(凸部)と上側に凹の曲線形状(凹部)とを有することにより発生する。上記の実施形態に示した角度−トルク特性グラフは、凸部を最大伸展位側に、凹部を最大屈曲位側に有していたが、現実には角度−トルク特性グラフが凸部を最大屈曲位側に、凹部を最大伸展位側に有することもある。この場合にも、上記と同様にして痙縮を客観的に評価するための指標を求めることができる。従って、本発明は、角度−トルク特性グラフにおける凸部と凹部の位置に関わらず、痙縮を客観的に評価することができる。
【0063】
図2〜
図4では肘関節を伸展させた状態に対する屈曲角度を横軸とする座標系に角度−トルク特性グラフを作成したが、上腕と前腕とがなす角度を横軸とする座標系に角度−トルク特性グラフを作成することもでき、この場合であっても上記の実施形態と同様にして面積A、最大距離D、距離D1,D2を算出して、痙縮の有無やその程度の客観的評価に用いることができる。
【0064】
力覚センサ20a,20bやジャイロセンサ30が搭載されるベースの形状は、上記の実施形態のように略コ字状又は略U字状である必要はなく、例えば、全体形状が円形、楕円形、又は四角形を含む各種多角形などであって、中央が貫通した環状体であっても良い。更には、被験者への装着性を向上させるなどの目的で、ベースが可動部を有していたり、ベースの一部又は全体が可撓性を有していたりしていても良い。
【0065】
一対の力覚センサ20a,20bに代えて、験者2が被験者1の肘関節を屈曲伸展運動させる際に加える押し引き力を検出する1つの力覚センサを用いてもよい。
【0066】
また、被験者の関節を搭載するためのステージを設け、このステージと検出部10との距離を自動的に計測する距離センサをさらに設けても良い。これにより、関節トルクを算出する際に必要な検出部10の回転半径を簡単に測定することができる。
【0067】
上記の実施形態では、関節角度を測定するためのジャイロセンサ30を力覚センサ20a,20bとともにベース11に搭載した。これにより、装置全体を小型化することができ、また、検出部10を被験者に装着するだけで関節トルクと関節角度とを同時に測定することができる。但し、本発明では、関節角度の測定方法はこれに限定されず、公知の角度変化測定方法を利用することができる。例えば力覚センサ20a,20bを含む検出部10とは別に、角度測定を行うセンサ(例えば、ポテンショメータ、ロータリエンコーダ)を治具を介して被験者の関節近傍に装着しても良い。屈曲伸展運動を撮影し、画像認識を介して関節角度を測定してもよい。
【0068】
測定したデータを用いて所定の演算を行う演算部と、演算結果を表示する表示装置とを小型化して検出部10に搭載しても良い。
【0069】
演算部50が各種ネットワーク(例えばインターネット)を介して別の演算処理装置(サーバー)に接続されていてもよい。この場合、上記の実施形態で説明した演算部が行う演算処理の一部又は全部をクラウド上の演算処理装置に行わせることができる。また、検出部10が測定した各種データをクラウド上の演算処理装置に蓄積することができる。あるいは、演算部50をクラウド上に配置し、検出部10と演算部50とを各種ネットワーク(例えばインターネット)を介して接続してもよい。このように演算部の一部又は全部をクラウド上に配置することにより、検出部、ネットワークとの接続機能、及び表示部を備えた、携帯性に優れた筋トーヌス計測装置端末を実現することができる。
【0070】
本発明の計測装置を、肘関節以外の関節(例えば、手首、膝関節)に適用することはもちろん可能である。適用する関節に応じて、検出部10の形状を適宜変更することができる。この場合、角度−トルク特性グラフから得られた上記の各種指標を評価するための基準値(閾値)は、関節に応じて適宜設定される。
【0071】
本発明の筋トーヌス計測装置を、特許文献1又は特許文献2の筋トーヌス計測装置に一体化させることができる。
【実施例】
【0072】
被験者の肘関節の痙縮の程度を、熟練した医師が表1に示すMASに基づき評価した。被験者の肘関節の痙縮はMASで0〜3のいずれかであった。
【0073】
【表1】
【0074】
次いで、
図1に示した筋トーヌス計測装置を用いて、当該肘関節の関節角度及び関節トルクを測定した。
【0075】
被験者は安静座位でリラックスしてもらい、験者2が一方の手で被験者1の肘関節部を支え、他方の手で検出部10を介して被験者1の手関節部を持って他動的に被験者1の肘関節の屈曲伸展運動を行った。計測は最大伸展位から開始し、最大伸展位で3秒以上静止、1秒かけて屈曲、最大屈曲位で3秒以上静止、1秒かけて伸展、最大伸展位で3秒以上静止、…という屈曲伸展運動を約60秒間繰り返した。1試行あたり5回の屈曲伸展運動が含まれる。
【0076】
動的屈曲相及び動的伸展相のそれぞれについて、計測した関節角度及び関節トルクの実測データを用いて、関節角度を横軸とし、関節トルクを縦軸とした座標系に、関節角度に対する関節トルクの変化を示した角度−トルク特性グラフ(実測グラフ)を作成した。関節トルクについては、重力によるトルクの補正を行った。更に、当該座標系に、この角度−トルク特性グラフを三次関数で近似した三次関数近似グラフを作成した。三次関数近似グラフが、当該三次関数近似グラフの両端を結ぶ直線より大きな関節トルクを有する部分(過大関節トルク域)を有するか否かを判定した。過大関節トルク域83を有する場合(
図3参照)には、過大関節トルク域83での三次関数近似グラフ81と前記直線82とで囲まれた領域の面積A、及び、過大関節トルク域83での三次関数近似グラフ81と前記直線82との最大距離Dを算出した。面積A及び最大距離Dは、前記座標系において、横軸の関節角度の1ラジアンを「1」、縦軸の関節トルクの1N・mを「1」として算出した。
【0077】
49例の肘関節について、医師による痙縮の評価と、筋トーヌス計測装置による面積A及び最大距離Dの算出を行った。動的屈曲相及び動的伸展相の全てにおいて面積Aが0.3以下である場合(過大関節トルク域を有しない場合を含む)を「陰性」、それ以外を「陽性」と判断した。また、動的屈曲相及び動的伸展相の全てにおいて最大距離Dが0.2以下である場合(過大関節トルク域を有しない場合を含む)を「陰性」、それ以外を「陽性」と判断した。
【0078】
医師による痙縮の有無の評価結果と、面積Aを用いた評価結果を表2に示す。
【0079】
【表2】
【0080】
医師による痙縮の有無の評価結果と、最大距離Dを用いた評価結果を表3に示す。
【0081】
【表3】
【0082】
表2,3より、面積A及び最大距離Dは、痙縮の有無を客観的に判断するための精度よい指標となり得ることが確認された。