特許第6385382号(P6385382)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6385382
(24)【登録日】2018年8月17日
(45)【発行日】2018年9月5日
(54)【発明の名称】銅合金板材および銅合金板材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20180827BHJP
   C22C 9/02 20060101ALI20180827BHJP
   C22C 9/04 20060101ALI20180827BHJP
   C22C 9/10 20060101ALI20180827BHJP
   C22C 9/00 20060101ALI20180827BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20180827BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20180827BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20180827BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20180827BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20180827BHJP
【FI】
   C22C9/06
   C22C9/02
   C22C9/04
   C22C9/10
   C22C9/00
   C22F1/08 B
   C22F1/08 Q
   H01B1/02 A
   H01B13/00 501Z
   H01B5/02 Z
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 613
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 660Z
   !C22F1/00 661A
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 692B
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 694B
   !C22F1/00 694Z
   !C22F1/00 682
【請求項の数】4
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-73349(P2016-73349)
(22)【出願日】2016年3月31日
(65)【公開番号】特開2017-179567(P2017-179567A)
(43)【公開日】2017年10月5日
【審査請求日】2016年11月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】三枝 啓
【審査官】 川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−101760(JP,A)
【文献】 特開2016−035111(JP,A)
【文献】 特開2015−086416(JP,A)
【文献】 特開2013−204079(JP,A)
【文献】 特開2011−84764(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00− 9/10
C22F 1/00− 1/18
H01B 1/02
H01B 5/02
H01B 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni:0.5〜2.5質量%、Co:0.5〜2.5質量%、Si:0.30〜1.2質量%、及びCr:0.0〜0.5質量%を含有し、残部がCuおよび不可避的不純物から構成され、板面における{200}結晶面のX線回折強度をI{200}とし、純銅標準粉末の{200}結晶面のX線回折強度をI0{200}とし、JISH0501の切断法により求めた平均結晶粒径をGS(μm)とすると、1.0≦I{200}/I0{200}≦5.0を満たし、かつ5.0μm≦GS≦60.0μmを満たし、かつ、これらが5.0≦{(I{200}/I0{200})/GS}×100≦21.0の関係を有し、導電率が43.5%IACS以上55.0%IACS以下で、0.2%耐力が720MPa以上900MPa以下である銅合金板材。
【請求項2】
Mg、Sn、Ti、Fe、Zn及びAgよりなる群から選択される1種又は2種以上を更に合計で最大0.5質量%まで含有する請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項3】
Ni:0.5〜2.5質量%、Co:0.5〜2.5質量%、Si:0.30〜1.2質量%、及びCr:0.0〜0.5質量%を含有し、残部がCuおよび不可避的不純物である組成を有する銅合金の原料を溶解し鋳造する溶解・鋳造工程と、この溶解・鋳造工程の後に、950℃〜400℃において温度を下げながら熱間圧延を行う熱間圧延工程と、この熱間圧延工程の後に、圧延率30%以上で冷間圧延を行う第1の冷間圧延工程と、この第1の冷間圧延工程の後に、加熱温度350〜500℃、5.0〜9.5h、かつ、予備焼鈍工程の時間)と温度K(℃)の間にt=38.0×exp(−0.004K)が成立するように析出を目的とした熱処理を行う予備焼鈍工程と、この予備焼鈍工程の後に、圧延率70%以上で冷間圧延を行う第2の冷間圧延工程と、この第2の冷間圧延工程の後に、加熱温度700〜980℃で溶体化処理を行う溶体化処理工程と、この溶体化処理工程の後に350〜600℃で時効処理を行う時効処理工程と、この時効処理工程の後に、圧延率10%以上40%以下で冷間圧延を施す仕上冷間圧延工程を備え、仕上冷間圧延工程の加工度aと仕上冷間圧延工程後のI{200}/I0{200}、予備焼鈍工程の温度K(℃)の間にK=4.5×(I{200}/I0{200}×exp(0.049a)+76.3)の計算式が成立するように製造条件を調整することを含む請求項1に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項4】
前記銅合金板材にMg、Sn、Ti、Fe、Zn及びAgよりなる群から選択される1種又は2種以上を合計で最大0.5質量%まで含有させることを含む請求項3に記載の銅合金板材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時効硬化型銅合金板材およびその製造方法に関するものであり、コネクタ、リードフレーム、ピン、リレー、スイッチなどの各種電子部品に用いるのに好適なCu−Ni−Si系合金板材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コネクタ、リードフレーム、ピン、リレー、スイッチなどの各種電子部品に使用される電子材料用銅合金板材には、組立時や作動時に付与される応力に耐える高い強度および通電による発熱を抑制するための高い導電性を両立させることが求められている。また、これらの各種電子部品は、一般に銅合金メーカーの直接の顧客となるプレスメーカーにおいて、電子材料用銅合金板材を打ち抜き加工と曲げ加工を施すことにより成形されるため、優れたプレス性と良好な曲げ加工性を両立させることも求められている。
【0003】
近年では、電子機器の小型化・薄肉化が急速に進んでおり、電子機器に内在されている各種電子部品に使用される電子材料用銅合金板材に対する要求レベルはいっそう高度化している。具体的には、銅合金板材に要求される強度レベルとして、0.2%耐力が720MPa以上の高い強度レベル、43.5%IACS以上の高い導電率、圧延平行方向(GW)および圧延直角方向(BW)の180度曲げ性R/t=0を兼備し、さらに優れたプレス性を有することが求められている。
【0004】
しかし、一般に銅合金板材の強度と導電率の間にはトレードオフの関係があるので、従来のりん青銅、黄銅、洋白などに代表される固溶強化型銅合金板材ではこの要求レベルを満足することができない。そのため、近年はこの要求レベルを満足することができる時効硬化型銅合金板材の使用量が増加している。時効硬化型銅合金板材は、溶体化処理された過飽和固溶体を時効処理することにより、微細な析出物が均一に分散して、合金の強度が高くなると同時に、マトリックス(母材)の銅中の固溶元素量が減少することで導電率を向上させることができる。
【0005】
時効硬化型銅合金板材のうち、Cu−Ni−Si系銅合金(所謂コルソン合金)板材は強度と導電率のバランスに優れた銅合金板材として業界で注目されている合金の一つである。この銅合金では、マトリックス(母材)中に微細なNi−Si系の金属間化合物粒子が析出することにより強度と導電率が上昇することが知られている。
【0006】
しかし、Cu−Ni−Si系銅合金は高い強度を有するがゆえに、必ずしも曲げ加工性が良好であるとは限らない。一般に、銅合金板材は、上述した強度と導電率の間の関係の他に、強度と曲げ加工性の間にもトレードオフの関係がある。そのため、本合金の溶質元素NiおよびSiの添加量を多くする方法や、時効処理後の仕上圧延加工度を高くする方法を取り、強度を上昇させると曲げ加工性が低下する傾向がある。この理由から、高い強度・高い導電率・良好な曲げ加工性を兼備し、さらに優れたプレス加工性を有する銅合金板材を開発することは極めて困難な課題となっていた。
【0007】
この課題を達成することができる銅合金板材としてはベリリウム銅が挙げられるが、この合金は加工時に発生する粉じんに発がん性があり、さらに環境負荷が大きいことから、昨今は電子機器メーカーから代替材の開発が強く望まれていた。
【0008】
近年、Cu−Ni−Si系銅合金板材において、このような強度と曲げ加工性の課題を解決する方法として、結晶方位を制御することにより曲げ加工性を改善する方法が提案されている。例えば、特許文献1は、溶体化処理工程の前に予備焼鈍を適切な条件で実施し、その後の溶体化処理工程によってCube方位、Brass方位などの各種結晶方位の面積率を制御することにより、高強度、優れた曲げ加工性を両立することに成功している。
【0009】
また、特許文献2は、溶体化処理工程の前に中間焼鈍を適切な条件で実施して、その後の溶体化処理後に{200}結晶面(所謂Cube方位)の割合を増大させ、さらに結晶粒内の平均双晶密度を高くすることにより、高強度、高導電、優れた曲げ加工性を両立することに成功している。また、特許文献3は{200}結晶面と{422}結晶面の割合を制御することにより、高い強度を維持しつつ、良好な曲げ加工性を得ることに成功している。また、特許文献4は、Cube方位({200}結晶面)と結晶粒径を制御することにより、高い強度と高い導電率を維持しつつ、良好な曲げ加工性を得ることに成功している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2012−197503号公報
【特許文献2】特開2010−275622号公報
【特許文献3】特開2010−90408号公報
【特許文献4】特開2006−152392号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、特許文献1の方法では、{200}結晶面を発達させることに注力した結果、{200}結晶面と結晶粒径とのバランスが悪くなり、プレス加工時の寸法が悪くなる場合がある。これは、銅合金メーカーの顧客となるプレス加工メーカーにおいては深刻な問題であり、プレス加工後の材料の大部分が、プレス加工メーカーの客先である電子部品メーカーの要求する寸法公差に入らないため廃棄せざるを得ないという問題になっていた。その対策としては、定期的に金型の刃先をメンテナンスする方法があるが、プレス加工中にプレス金型を止めて金型を解体する必要があり、生産性は急激に落ちる。
【0012】
また、特許文献2および3の方法では、{200}結晶面と{422}結晶面の割合を制御することに注力しているため、{200}結晶面と結晶粒径とのバランスが適切でなく、プレス加工時の寸法が極めて悪い。
【0013】
また、特許文献4の方法では、Cube方位と結晶粒径を制御することに注力しているが、プレス加工性については全く考慮されておらず、この製造方法をとると、プレス加工時の寸法が極めて悪い。
【0014】
従って、本発明は、このような問題点に鑑み、高い強度・高い導電率・良好な曲げ加工性を兼備し、且つ優れたプレス加工性を有するCu−Ni−Si系銅合金板材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、CoおよびCrを含むCu−Ni−Si系銅合金板材に着眼するに至った。その後、CoおよびCrを含むCu−Ni−Si系銅合金板材について検討を重ねた結果、0.5〜2.5質量%のNiと0.5〜2.5質量%のCoと0.3〜1.2質量%のSiと0.0〜0.5質量%のCrを含有し、残部がCuおよび不可避的不純物である組成を有する銅合金板材において{200}結晶面と結晶粒径の極めて絶妙なバランスを取ることこそが、高い強度と高い導電率および良好曲げ加工性と優れたプレス加工性の兼備に重要であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
本発明は、上記知見に基づきなされたものであり、一側面において、Ni:0.5〜2.5質量%、Co:0.5〜2.5質量%、Si:0.30〜1.2質量%、及びCr:0.0〜0.5質量%を含有し、残部がCuおよび不可避的不純物から構成され、板面における{200}結晶面のX線回折強度をI{200}とし、純銅標準粉末の{200}結晶面のX線回折強度をI0{200}とし、JISH0501の切断法により求めた平均結晶粒径をGS(μm)とすると、1.0≦I{200}/I0{200}≦5.0を満たし、かつ5.0μm≦GS≦60.0μmを満たし、かつ、これらが5.0≦{(I{200}/I0{200})/GS}×100≦21.0の関係(計算式1)を有し、導電率が43.5%IACS以上55.0%IACS以下で、0.2%耐力が720MPa以上900MPa以下である銅合金板材である。
【0017】
本発明に係る銅合金板材は一実施態様において、更にMg、Sn、Ti、Fe、Zn及びAgよりなる群から選択される1種又は2種以上を合計で最大0.5質量%まで含有する。
【0018】
本発明は別の一側面において、Ni:0.5〜2.5質量%、Co:0.5〜2.5質量%、Si:0.30〜1.2質量%、及びCr:0.0〜0.5質量%を含有し、残部がCuおよび不可避的不純物である組成を有する銅合金の原料を溶解し鋳造する溶解・鋳造工程と、この溶解・鋳造工程の後に、950℃〜400℃において温度を下げながら熱間圧延を行う熱間圧延工程と、この熱間圧延工程の後に、圧延率30%以上で冷間圧延を行う第1の冷間圧延工程と、この第1の冷間圧延工程の後に、加熱温度350〜500℃、5.0〜9.5h(予備焼鈍工程の時間(t)と温度K(℃)の間にt=38.0×exp(−0.004K)の計算式(計算式2)が成立)で析出を目的とした熱処理を行う予備焼鈍工程と、この予備焼鈍工程の後に、圧延率70%以上で冷間圧延を行う第2の冷間圧延工程と、この第2の冷間圧延工程の後に、加熱温度700〜980℃で溶体化処理を行う溶体化処理工程と、この溶体化処理工程の後に350〜600℃で時効処理を行う時効処理工程と、この時効処理工程の後に、圧延率10%以上40%以下で冷間圧延を施す仕上冷間圧延工程を備え、仕上冷間圧延工程の加工度aと仕上冷間圧延工程後のI{200}/I0{200}、予備焼鈍工程の温度K(℃)の間にK=4.5×(I{200}/I0{200}×exp(0.049a)+76.3)の計算式(計算式3)が成立するように製造条件を調整することを含む銅合金板材の製造方法である。
【0019】
本発明に係る銅合金板材の製造方法は別の一実施態様において、上記銅合金板材に更にMg、Sn、Ti、Fe、Zn及びAgよりなる群から選択される1種又は2種以上を合計で最大0.5質量%まで含有させることを含む。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高い強度・高い導電率・良好な曲げ加工性を兼備し、且つ優れたプレス加工性を有するCu−Ni−Si系銅合金板材およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の実施の形態に係る製造工程のフローチャートである。
図2】本発明の実施の形態に係る材料特性の計算式を示すグラフである。
図3】本発明の実施の形態に係る製造工程の計算式を示すグラフである
図4】プレス試験方法を説明する模式図である。
図5】プレス後の破面の評価方法を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態に係る銅合金板材について説明する。
本発明に係る銅合金板材は、0.5〜2.5質量%のNiと0.5〜2.5質量%のCoと0.3〜1.2質量%のSi、及び0.0〜0.5質量%のCrを含有し、残部がCuおよび不可避的不純物である組成を有する銅合金板材において、板面における{200}結晶面のX線回折強度をI{200}とし、純銅標準粉末の{200}結晶面のX線回折強度をI0{200}とすると、1.0≦I{200}/I0{200}≦5.0を満たす結晶配向を有する。
【0023】
また、この銅合金板材の表面の結晶粒界と双晶境界を区別して、JISH0501の切断法により、双晶境界を含まないで求めた平均結晶粒径GSは5.0〜60.0μm、更に好ましくは10〜40μmであり、かつ、結晶配向と平均結晶粒径が5.0≦{(I{200}/I0{200})/GS}×100≦21.0の関係を有する。このような銅合金板材の導電率は43.5%IACS以上55.0%IACS以下、更なる態様では44.5〜52.5%IACS、更には46.0〜50.0%IACSである。0.2%耐力は720MPa以上900MPa以下、更なる態様では760〜875MPa、更には800〜850MPaである。以下にこの銅合金板材およびその製造方法について詳細に説明する。
【0024】
[合金組成]
本発明に係る銅合金板材の実施の形態は、CuとNiとCoとSiを含むCu−Ni−Co−Si−Cr系銅合金板材からなり、鋳造に不可避な不純物を含む。Ni、Co及びSiは、適当な熱処理を施すことによりNi−Co−Si系の金属間化合物を形成し、導電率を劣化させずに高い強度を図ることができる。
【0025】
Ni及びCoについてはNi:約0.5〜約2.5質量%、Co:約0.5〜約2.5質量%とすることが、本発明が目標とする高い強度と高い導電率を満たすために必要であり、好ましくはNi:約1.0〜約2.0質量%、Co:約1.0〜約2.0質量%、より好ましくはNi:約1.2〜約1.8質量%、Co:約1.2〜約1.8質量%である。しかし夫々Ni:約0.5質量%、Co:約0.5質量%未満だと所望の強度を得られず、逆にNi:約2.5質量%、Co:約2.5質量%を超えると高強度化は図れるが導電率が著しく低下し、更には熱間加工性が低下するので好ましくない。Siについては約0.30〜約1.2質量%とすることが目標とする強度と導電率を満たすために必要であり、好ましくは約0.5〜約0.8質量%である。しかし約0.3質量%未満では所望の強度が得られず、約1.2質量%を超えると高強度化は図れるが導電率が著しく低下し、更には熱間加工性が低下するので好ましくない。
【0026】
([Ni+Co]/Si質量比)
NiとCoとSiによって形成されるNi−Co−Si系析出物は、(Co+Ni)Siを主体とする金属間化合物であると考えられる。但し、合金中のNiおよびCoおよびSiは、時効処理によって全てが析出物になるとは限らず、ある程度はCuマトリックス中に固溶した状態で存在する。固溶状態のNiおよびSiは、銅合金板材の強度を若干向上させるが、析出状態と比べてその効果は小さく、また、導電率を低下させる要因にもなる。そのため、NiとCoとSiの含有量の比は、できるだけ析出物(Ni+Co)Siの組成比に近づけるのが好ましい。したがって、[Ni+Co]/Si質量比を3.5〜6.0に調整するのが好ましく、4.2〜4.7に調整するのがさらに好ましい。
【0027】
(Crの添加量)
本発明では上記のCoを含むCu−Ni−Si系銅合金にCrを約0.0〜約0.5質量%、好ましくは約0.09〜約0.5質量%、より好ましくは約0.1〜約0.3質量%添加させることが好ましい。Crは適当な熱処理を施すことにより銅母相中でCr単独またはSiとの化合物として析出し、強度を損なわずに導電率の上昇を図ることができる。ただし、約0.5質量%を超えると強化に寄与しない粗大な介在物となり、加工性及びめっき性が損なわれるため好ましくない。
【0028】
(その他の添加元素)
Mg、Sn、Ti、Fe、Zn及びAgは所定量を添加することでめっき性や鋳塊組織の微細化による熱間加工性の改善のような製造性を改善する効果があるので上記のCoを含むCu−Ni−Si系銅合金にこれらの1種又は2種以上を求められる特性に応じて適宜添加することができる。そのような場合、その総量は最大で約0.5質量%、好ましくは約0.01〜0.1質量%である。これらの元素の総量が約0.5質量%を超えると導電率の低下や製造性の劣化が顕著になり好ましくない。
【0029】
添加する添加元素の組み合わせによって個々の添加量が変更されることは当業者によって理解可能なものであり、個々の含有量は以下に限定されるものではないが、一実施態様において例えば、Mgは0.5%以下、Snは0.5%以下、Tiは0.5%以下、Feは0.5%以下、Znは0.5%以下、Agは0.5%以下添加することができる。なお、最終的に得られる銅合金板材が0.2%耐力720MPa以上900MPa以下を保持し、導電率が43.5%IACS以上55.0%IACS以下を示す添加元素の組み合わせおよび添加量であれば、本発明に係る銅合金板材は必ずしもこれらの上限値に限定されるものではない。
【0030】
本発明に係る銅合金板材の製造方法は、上述した組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造する溶解・鋳造工程と、この溶解・鋳造工程の後に、950℃〜400℃において温度を下げながら熱間圧延を行う熱間圧延工程と、この熱間圧延工程の後に、圧延率30%以上で冷間圧延を行う第1の冷間圧延工程(以降「圧延1」工程と称する)と、この圧延1の後に、加熱温度350〜500℃、5.0〜9.5hで析出を目的とした熱処理を行う予備焼鈍工程と、この予備焼鈍工程の後に、圧延率70%以上で冷間圧延を行う第2の冷間圧延工程(以降「圧延2」工程と称する)と、この圧延2の後に、加熱温度700〜980℃、10秒〜10分で溶体化処理を行う溶体化処理工程と、この溶体化処理工程の後に350〜600℃、1〜20hで時効処理を行う時効処理工程と、この時効処理工程の後に、圧延率10%以上40%以下で冷間圧延を施す仕上冷間圧延工程(以降「仕上圧延工程」とも称する)を備え、仕上圧延工程の加工度aと仕上圧延工程後のI{200}/I0{200}、予備焼鈍工程の温度K(℃)の間にK=4.5×(I{200}/I0{200}×exp(0.049a)+76.3)の計算式(計算式3)かつ予備焼鈍工程の時間(t)と温度K(℃)の間にt=38.0×exp(−0.004K)(計算式2)が成立するように製造条件を調整することを含む。
【0031】
なお、仕上圧延工程の後に、任意で150〜550℃で加熱処理(低温焼鈍)を施すことができる。これにより、強度の低下をほとんど伴わずに銅合金板材内部の残留応力が低減され、ばね限界値と耐応力緩和特性を向上させることができる。
【0032】
熱間圧延後には、必要に応じて面削を行い、加熱処理後には、必要に応じて酸洗、研磨、脱脂を行ってもよい。この方法については当業者であれば容易に実施することができる。以下、これらの工程について詳細に説明する。
【0033】
(溶解・鋳造工程)
一般的な銅合金板材の溶解・鋳造方法と同様の方法により、銅合金の原料を溶解した後に連続鋳造や半連続鋳造などにより鋳片を製造する。例えば、まず大気溶解炉を用い、電気銅、Ni、Si、Co、Cr等の原料を溶解し、所望の組成の溶湯を得る。そして、この溶湯をインゴットに鋳造する方法などがあげられる。本発明に係る製造方法の一実施形態では、更にMg、Sn、Ti、Fe、ZnおよびAgからなる群から選択される1種又は2種以上を合計で最大約0.5質量%まで含有することができる。
【0034】
(熱間圧延工程)
一般的な銅合金の製造方法と同様の方法により熱間圧延を行う。鋳片の熱間圧延は、950℃〜400℃において温度を下げながら数パスに分けて行う。なお、600℃より低い温度で1パス以上の熱間圧延を行うのが好ましい。トータルの圧延率は、概ね80%以上にすれば好ましい。熱間圧延終了後には、水冷などにより急冷するのが好ましい。また、熱間加工後には、必要に応じて面削や酸洗を行ってもよい。
【0035】
(圧延1工程)
この圧延1工程は、一般的な銅合金の圧延方法と同様であり、圧延率は30%以上であれば十分である。しかし、圧延率が高すぎると、圧延2の加工度を必然的に下げる必要があるため、圧延率を50〜80%にするのが好ましい。
【0036】
(予備焼鈍工程)
次に、後の溶体化処理工程においてCube方位を発達させることを目的として予備焼鈍を行う。従来はここでNi、Co、SiおよびCrなどの析出を目的として、400〜650℃、1〜20時間程度の予備焼鈍を行うが、この製造条件では本発明の課題となる高い強度・高い導電性・良好な曲げ加工性・優れたプレス性の兼備には不十分である。
【0037】
発明者はこれらの各種特性の両立のために鋭意検討したところ、最終製品(仕上圧延工程後)の結晶粒径(GS)と板面における{200}結晶面のバランスが適切である場合に限り、高い強度・高い導電率・良好な曲げ加工性・優れたプレス性を兼備させることができることを見出した。具体的には、板面における{200}結晶面のX線回折強度をI{200}とし、純銅標準粉末の{200}結晶面のX線回折強度をI0{200}とし、JISH0501の切断法により求めた平均結晶粒径をGSとすると、1.0≦I{200}/I0{200}≦5.0を満たし、かつ5.0μm≦GS≦60.0μmを満たし、さらに、5.0≦{(I{200}/I0{200})/GS}×100≦21.0の関係(計算式1)を有するときに、0.2%耐力、導電率、曲げ加工性およびプレス性のバランスが最も優れていることが分かった。
【0038】
計算式1を満たす最終製品を製造するためには、仕上圧延工程後の結晶粒径および{200}結晶面を制御する製造工程を設計する必要がある。仕上圧延工程後の結晶粒径の制御方法については、溶体化処理の温度および時間の制御により、当業者であれば容易に達成することができる。仕上圧延工程後の{200}結晶面の制御方法については、一般に、予備焼鈍工程後の析出物量が多いほど後の溶体化処理工程において{200}結晶面が強く発達し、仕上圧延工程における加工度が高いほど、{220}結晶面を主方位成分とする圧延集合組織が発達し{200}結晶面は減少することが知られている。そのため、最終製品の{200}結晶面を制御するためには、予備焼鈍工程と仕上圧延工程の条件を最適化する必要がある。
【0039】
予備焼鈍工程と仕上圧延工程の製造条件に関して、発明者は様々な製造条件で最終製品の{200}結晶面を評価した結果、仕上圧延工程の加工度a(%)と仕上圧延工程後のI{200}/I0{200}、予備焼鈍工程の温度K(℃)との間にK=4.5×(I{200}/I0{200}×exp(0.049a)+76.3)の関係(計算式3)が成立するように製造する場合に、計算式1を満たすことができることが分かった(予備焼鈍の時間tは、予備焼鈍工程の温度K(℃)の間にt=38.0×exp(−0.004K)の式が成立しなければならない)。
【0040】
(圧延2工程)
続いて、圧延2を行う。圧延2においても一般的な銅合金の圧延方法と同様であり、圧延率は70%以上であると好ましい。
【0041】
(溶体化処理工程)
溶体化処理では、約700〜約980℃の高温で10秒〜10分間加熱して、Co−Ni−Si系化合物をCu母地中に固溶させ、同時にCu母地を再結晶させる。本工程では再結晶および{200}結晶面の形成が行われるが、前述のとおり、本発明の課題解決のためには、本工程において結晶粒径を制御することが極めて重要となる。結晶粒径の制御方法については、上述したように溶体化処理の温度および時間の制御を行う。結晶粒径は、溶体化処理前の冷間圧延率や化学組成によって変動するが、予め実験によりそれぞれの組成の合金について溶体化処理のヒートパターンと結晶粒径との関係を求めておくことにより、当業者であれば容易に700〜980℃の温度域における保持時間および到達温度を設定することができる。
【0042】
また、強度上昇および導電率の上昇のためには、具体的には、冷却速度を毎秒約10℃以上、好ましくは約15℃以上、より好ましくは毎秒約20℃以上として約400℃〜室温まで冷却するのが効果的である。但し、冷却速度をあまりに高くすると、逆に強度上昇の効果が十分に得られなくなるため、好ましくは毎秒約30℃以下、より好ましくは毎秒約25℃以下である。冷却速度の調整は、当業者に知られた公知の方法で行なうことができる。一般的に単位時間当たりの水量が減少すると冷却速度の低下を招くので、例えば、水冷ノズルの増設または単位時間当たりにおける水量を増加することによって冷却速度の上昇を達成することができる。ここで、“冷却速度”とは溶体化温度(700℃〜980℃)から400℃までの冷却時間を計測し、“(溶体化温度−400)(℃)/冷却時間(秒)”によって算出した値(℃/秒)をいう。
【0043】
(時効処理工程)
時効処理は一般的な銅合金の製造方法と同様の方法である。例えば、約350〜約600℃の温度範囲で1h〜20h程度加熱し、溶体化処理で固溶させたNi−Co−Siの化合物を微細粒子として析出させる。この時効処理で強度と導電率を上昇させることができる。
【0044】
(仕上圧延工程)
時効後により高い強度を得るために、時効後に冷間圧延を行うことがあるが、この仕上圧延の圧延率は、10%以上40%以下であり、さらに、上記で述べたように、仕上圧延工程の加工度a(%)、仕上圧延工程後のI{200}/I0{200}、予備焼鈍工程の温度K(℃)との間にK=4.5×(I{200}/I0{200}×exp(0.049a)+76.3)の関係(計算式3)が成立する加工度条件でなければならない。最終的な板厚としては、概ね0.05〜1.0mmにするのが好ましく、0.08〜0.5mmにするのがさらに好ましい。
【0045】
(低温焼鈍工程)
時効後に冷間圧延を行なう場合には、冷間圧延後に歪取焼鈍(低温焼鈍)を任意で行なうことがある。これにより、強度の低下をほとんど伴わずに銅合金板材内部の残留応力の低減、ばね限界値と耐応力緩和特性を向上させることができる。加熱温度は、150〜550℃になるように設定するのが好ましい。この加熱温度が高過ぎると、短時間で軟化し、特性のバラツキが生じ易くなる。一方、加熱温度が低過ぎると、上述した特性を改善する効果が十分に得られない。加熱時間は、5秒以上にするのが好ましく、通常1時間以内で良好な結果が得られる。
【0046】
なお、当業者であれば、上記各工程の合間に適宜、表面の酸化スケール除去のための研削、研磨、ショットブラスト酸洗等の工程を行なうことができることは理解できる。
【実施例】
【0047】
以下、本発明による銅合金板材およびその製造方法の実施例について詳細に説明するが、これら実施例は本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0048】
表1及び表2に記載の各種成分組成の銅合金を、図1に示すフローに従って、高周波溶解炉を用いて1100℃以上で溶製し、厚さ25mmのインゴットに鋳造した。次いで、このインゴットを400〜950℃で加熱後、板厚10mmまで熱間圧延し、速やかに冷却を行った。表面のスケール除去のため厚さ9mmまで面削を施した後、冷間圧延により厚さ1.8mmの板とした。続いて350〜500℃、約8.5hで予備焼鈍を行い、続いて冷間圧延を行い、700〜980℃で溶体化処理を5〜3600秒行い、これを直ちに冷却速度:約10℃/秒として100℃以下にした。その後0.15mmまで冷間圧延して、最後に銅合金板材の各元素の添加量に応じて350〜600℃で各1〜24時間かけて不活性雰囲気中で時効処理を施し、仕上冷間圧延によって試料を製造した。各銅合金板材の製造条件を表3及び表4に示す。
【0049】
このようにして得られた各板材につき強度及び導電率の特性評価を行った。強度については、引張試験機により、JISZ2241に従い、圧延方向と平行な方向における0.2%耐力(YS)を測定した。導電率についてはJISH0505に従い、試験片の長手方向が圧延方向と平行となるように試験片を採取し、ダブルブリッジ法による体積抵抗率測定により求めた。曲げ加工性の評価は、JISZ2248に従い、圧延平行方向(GW)および圧延直角方向(BW)の180度曲げを評価した。R/t=0であるものを○とし、0より大きいものを×とした。プレス性の評価方法は、図4に示すように、ダイとパンチにより、半径1.0mmの円状に打ち抜くプレス試験を計100回行い、図5に示す方法により、スクラップ破面のダレの長さを定量化し、ダレ長さ100回の平均が板厚×0.05未満の場合を○とし、板厚×0.05以上の場合を×と評価した。
【0050】
積分強度比については、株式会社リガク社製RINT2500を用いて、銅合金板材表面の厚み方向のX線回折で{200}回折ピークの積分強度:I{200}を評価し、さらに微粉末銅のX線回折で{200}回折ピークの積分強度:I0{200}を評価した。続いて、これらの比:I{200}/I0{200}を算出した。結晶粒径については、試験片の圧延平行方向に対してJISH0501の切断法により求めた平均結晶粒径をGS(μm)として評価した。
【0051】
各銅合金板材についてめっき密着性をJISH8504に規定された次の方法で実施した。具体的には、幅10mmの試料を90°に曲げて元に戻した後(曲げ半径0.4mm、圧延平行方向(GW)、光学顕微鏡(倍率10倍)を用いて曲げ部を観察し、めっき剥離の有無を判定した。めっき剥離が認められない場合を○、めっき剥離が生じた場合を×と評価した。表5及び表6に各特性評価結果を示す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
【表4】
【0056】
【表5】
【0057】
【表6】
【0058】
実施例1〜34では、いずれも高い強度・高い導電率・良好な曲げ加工性を兼備し、さらに優れたプレス加工性を有する銅合金材を得ることができた。一方、{(I{200}/I0{200})/GS}×100の値が5〜21の範囲から逸脱する比較例1〜6は、予備焼鈍および仕上圧延の製造条件が最適でなく、予備焼鈍工程の温度と仕上圧延との所定の関係(計算式3)を満たさないため、最終製品のI{200}/I0{200}と結晶粒径のバランスが悪く、実施例1〜34と比べるとプレス加工性が悪い。
【0059】
{(I{200}/I0{200})/GS}×100の値が5〜21の範囲内ではあるが0.2%耐力が900MPaを上回る比較例7〜11については、強度が高いためにプレス加工におけるスプリングバックが大きく、実施例1〜34よりもプレス加工性が悪い。
【0060】
{(I{200}/I0{200})/GS}×100の値が5〜21の範囲内ではあるが、導電率が55%IACSより高く、0.2%耐力が720MPaを下回る比較例12〜16については、強度が低いために延性が高く、プレス加工においてダレやバリが極めて大きくなるために、実施例1〜34よりもプレス加工性が劣ることがわかる。
【0061】
{(I{200}/I0{200})/GS}×100の値が5〜21の範囲内ではあるが、導電率が43.5%IACSを下回る比較例17〜21については、Ni−Si系の金属間化合物粒子の析出具合が不均一であることが原因で、実施例1〜34よりもプレス加工性が悪い。
【0062】
{(I{200}/I0{200})/GS}×100の値が5〜21の範囲内であるが導電率が55%IACS以上と高く、0.2%耐力が720MPaを下回る比較例22、23についても、上記と同様の理由で、実施例1〜34よりもプレス加工性が悪い。
【0063】
比較例24〜30については、本発明の主要元素であるNi、Co、Si、Cr等の組成添加量が所定の範囲から外れている場合であり、実施例1〜34よりも強度かまたは導電率が著しく悪いことが分かる。また、比較例24〜30は既に述べた理由のためにプレス加工性も悪い。
【0064】
比較例31〜36については、本発明に添加可能な元素であるMg、Sn、Zn、Ag、Ti、Feが0.5質量%を超過している場合であり、適切な量を添加している実施例23〜34と比較すると、めっき密着性や熱間加工性の改善効果が劣っていることが分かる。また、これらの添加元素に由来する粗大な介在物がプレス加工時に金型を極度に摩耗させてしまうためにプレス性も悪い。
図1
図2
図3
図4
図5