(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
薄膜トランジスタ(Thin Film Transistor、TFT)は、電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor、以下FET)の1種である。TFTは、基本構成として、ゲート端子、ソース端子、及び、ドレイン端子を備えた3端子素子であり、基板上に成膜した半導体薄膜を、電子又はホールが移動するチャネル層として用い、ゲート端子に電圧を印加して、チャネル層に流れる電流を制御し、ソース端子とドレイン端子間の電流をスイッチングする機能を有するアクティブ素子である。TFTは、現在、最も多く実用化されている電子デバイスであり、その代表的な用途として液晶駆動用素子がある。
【0003】
TFTとして、現在、最も広く使われているのは多結晶シリコン膜又はアモルファスシリコン膜をチャネル層材料としたMetal−Insulator−Semiconductor−FET(MIS−FET)である。シリコンを用いたMIS−FETは、可視光に対して不透明であるため、透明回路を構成することができない。このため、MIS−FETを液晶ディスプレイの液晶駆動用スイッチング素子として応用した場合、該デバイスは、ディスプレイ画素の開口比が小さくなる。
【0004】
また、最近では、液晶の高精細化が求められるのに伴い、液晶駆動用スイッチング素子にも高速駆動が求められるようになってきている。高速駆動を実現するためには、電子又はホールの移動度が少なくともアモルファスシリコンのそれより高い半導体薄膜をチャネル層に用いる必要が出てきている。
【0005】
このような状況に対して、特許文献1では、気相成膜法で成膜され、In、Ga、Zn及びOの元素から構成される透明アモルファス酸化物薄膜であって、該酸化物の組成は、結晶化したときの組成がInGaO
3(ZnO)
m(mは6未満の自然数)であり、不純物イオンを添加することなしに、キャリア移動度(キャリア電子移動度ともいう)が1cm
2/(V・秒)超、かつキャリア濃度(キャリア電子濃度ともいう)が10
16/cm
3以下である半絶縁性であることを特徴とする透明半絶縁性アモルファス酸化物薄膜、ならびに、この透明半絶縁性アモルファス酸化物薄膜をチャネル層としたことを特徴とする薄膜トランジスタが提案されている。
【0006】
しかし、特許文献1で提案された、スパッタ法、パルスレーザー蒸着法のいずれかの気相成膜法で成膜され、In、Ga、Zn及びOの元素から構成される透明アモルファス酸化物薄膜(a−IGZO膜)は、概ね1〜10cm
2/(V・秒)の範囲の比較的高い電子キャリア移動度を示すものの、アモルファス酸化物薄膜が本来酸素欠損を生成しやすいことと、熱など外的因子に対して電子キャリアの振る舞いが必ずしも安定でないことが悪影響を及ぼし、TFTなどのデバイスを形成した場合に不安定さがしばしば問題となることが指摘されていた。
【0007】
このような問題を解決する材料として、特許文献2では、ガリウムが酸化インジウムに固溶していて、原子数比Ga/(Ga+In)が0.001〜0.12であり、全金属原子に対するインジウムとガリウムの含有率が80原子%以上であり、In
2O
3のビックスバイト構造を有する酸化物薄膜を用いることを特徴とする薄膜トランジスタが提案されており、その原料として、ガリウムが酸化インジウムに固溶していて、原子比Ga/(Ga+In)が0.001〜0.12であり、全金属原子に対するインジウムとガリウムの含有率が80原子%以上であり、In
2O
3のビックスバイト構造を有することを特徴とする酸化物焼結体が提案されている。
【0008】
しかしながら、特許文献2の実施例1〜8に記載のキャリア濃度は10
18cm
−3台であり、TFTに適用する酸化物半導体薄膜としては高すぎることが課題として残されていた。
【0009】
また、特許文献3には、ビックスバイト構造を有し、酸化インジウム、酸化ガリウム、酸化亜鉛を含有する酸化物焼結体であって、インジウム、ガリウム及び亜鉛における亜鉛の量比が、原子数比で0.05超0.65未満である焼結体が開示されている。
【0010】
しかしながら、特許文献3の焼結体では、その実施例においても大半は亜鉛の含有比が0.10超と亜鉛量が多いため、薄膜を形成した場合に結晶化温度が高くなり、薄膜トランジスタとして安定な特性を示すビックスバイト構造の結晶膜を得ることが困難になるという問題がある。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明の酸化物焼結体、スパッタリング用ターゲット、及びそれを用いて得られる酸化物半導体薄膜について詳細に説明する。
【0027】
本発明の酸化物焼結体は、インジウム、ガリウム及び亜鉛を酸化物として含有し、かつガリウムがGa/(In+Ga)原子数比で0.08以上0.20未満、亜鉛がZn/(In+Ga+Zn)原子数比で0.0001以上0.08未満を含有する酸化物焼結体であることを特徴とする。
【0028】
ガリウムの含有量は、Ga/(In+Ga)原子数比で0.08以上0.20未満であり、0.08以上0.15以下であることがより好ましい。ガリウムは酸素との結合力が強く、本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜の酸素欠損量を低減させる効果がある。ガリウムの含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.08未満の場合、この効果が十分得られない。一方、0.20以上の場合、結晶化温度が高くなりすぎるため、半導体プロセスで好ましいとされる温度範囲では結晶性を高めることができず、酸化物半導体薄膜として十分高いキャリア移動度を得ることができない。また、酸化物半導体薄膜の特に好ましいキャリア移動度を確保する観点からは、0.08以上0.10以下であることが好ましい。
【0029】
本発明の酸化物焼結体は、上記の通り規定される組成範囲のインジウムとガリウムに加え、亜鉛を含有する。亜鉛濃度はZn/(In+Ga+Zn)の原子数比で0.0001以上0.08未満である。また、酸化物半導体薄膜の好ましいキャリア濃度及びキャリア移動度の両立の観点からは0.01以上0.05以下であることが好ましい。また、酸化物半導体薄膜の特に好ましいキャリア移動度を確保する観点からは、0.0001以上0.01以下であることが好ましい。
【0030】
本発明の酸化物焼結体は、上記範囲内の亜鉛を添加することで、主に酸素欠損によって生成した電子が中和される作用によってキャリア濃度が抑制され、本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜をTFTに適用した場合には、TFTのon/offを高めることが可能になるものである。
【0031】
なお、本発明の酸化物焼結体には、亜鉛以外の正二価元素、及び、インジウムとガリウム以外の正三価から正六価の元素、である元素Mを実質的に含有しないことが好ましい。ここで、元素Mを実質的に含有しないとは、それぞれ単独の元素Mが、M/(In+Ga+M)の原子数比で500ppm以下であり、好ましくは200ppm以下、より好ましくは100ppm以下である。具体的な元素Mの例示としては、正二価元素としては、Mg、Ni、Co、Cu、Ca、Sr、Pbが例示でき、正三価元素としては、Al、Y、Sc、B、ランタノイドが例示でき、正四価元素としては、Sn、Ge、Ti、Si、Zr、Hf、C、Ceが例示でき、正五価元素としては、Nb、Taが例示でき、正六価元素としては、W、Moが例示できる。
【0032】
1.酸化物焼結体組織
本発明の酸化物焼結体は、主にビックスバイト型構造のIn
2O
3相及びβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相によって構成されることが好ましい。ここでガリウムはIn
2O
3相に固溶する、あるいはGaInO
3相を構成することが好ましい。ガリウムは、In
2O
3相に固溶する場合には、正三価イオンであるインジウムの格子位置を置換する。焼結が進行しないなどの理由によって、ガリウムがIn
2O
3相に固溶しにくい、あるいはβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相が生成しにくくなり、その結果として、β−Ga
2O
3型構造のGa
2O
3相を形成することは好ましくない。Ga
2O
3相は導電性に乏しいため、異常放電の原因となる。
【0033】
本発明の酸化物焼結体は、主にビックスバイト型構造のIn
2O
3相によって構成されているが、本発明のようにガリウムの含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.08以上であり、かつ亜鉛の含有量がZn/(In+Ga+Zn)原子数比で0.0001以上の場合には、In
2O
3相以外にβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相のみ、あるいはβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相と(Ga,In)
2O
3相を含む。
【0034】
また、本発明の酸化物焼結体は、Yb
2Fe
3O
7型構造のIn
2Ga
2ZnO
7相を含んでいてもよいが、下記の式1で定義されるX線回折ピーク強度比が43%以下の範囲において含むことが好ましい。
【0035】
100×I[In
2Ga
2ZnO
7相(0010)]/{I[In
2O
3相(400)]+I[In
2Ga
2ZnO
7相(0010)]} [%]・・・・式1
(式中、I[In
2O
3相(400)]は、ビックスバイト型構造のIn
2O
3相の(400)ピーク強度であり、[In
2Ga
2ZnO
7相(0010)]は、Yb
2Fe
3O
7型構造のIn
2Ga
2ZnO
7相(0010)ピーク強度を示す。)
【0036】
また、本発明の酸化物焼結体は、Yb
2Fe
3O
7型構造のIn
2Ga
2ZnO
7相を含んでいてもよいが、In
2O
3相とIn
2Ga
2ZnO
7相の2相で焼結体が構成される場合は、キャリア移動度が低下するため好ましくない。Yb
2Fe
3O
7型構造のIn
2Ga
2ZnO
7相を含む場合は、他にβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相、(Ga,In)
2O
3相、又はβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相と(Ga,In)
2O
3相を含むことでキャリア移動度が上昇するため好ましい酸化物焼結体とすることができる。
【0037】
また、本発明の酸化物焼結体は、ホモロガス構造化合物を実質的に含有しないことが好ましい。ここで、ホモロガス構造とは、In、Ga及びZnを含む酸化物の場合、InGaO
3(ZnO)
m(mは2〜20の自然数)の組成式で表される六方晶ベースの層状構造を指す。例えば、m=1のInGaZnO
4は、InO
2層と(Ga,Zn)O層がc軸方向に繰り返した構造をとる。その存在はX線回折測定によって確認することができる。本発明においては、ホモロガス構造化合物を実質的に含有しないことで、得られた結晶質の酸化物半導体薄膜がビックスバイト型構造を形成し、高いキャリア移動度を示すという効果が得られる。なお、ホモロガス構造化合物を実質的に含有しないとは、本発明の酸化物焼結体を構成する全ての相に対するホモロガス化合物からなる相(以下、ホモロガス相と呼ぶ場合がある。)の、例えばリートベルト解析で求められる重量比が8%以下であり、好ましくは5%以下であり、より好ましくは3%以下であり、さらに好ましくは1%以下であり、なお一層好ましくは0%である。
【0038】
2.酸化物焼結体の製造方法
本発明の酸化物焼結体は、酸化インジウム粉末と酸化ガリウム粉末からなる酸化物粉末、ならびに酸化亜鉛粉末を原料粉末とする。
【0039】
本発明の酸化物焼結体の製造工程では、これらの原料粉末が混合された後、成形され、成形物を常圧焼結法によって焼結される。本発明の酸化物焼結体組織の生成相は、酸化物焼結体の各工程における製造条件、例えば原料粉末の粒径、混合条件及び焼結条件に強く依存する。
【0040】
本発明の酸化物焼結体の組織は、主にビックスバイト型構造のIn
2O
3相及びβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相によって構成されることが好ましいが、上記の各原料粉末の平均粒径を3.0μm以下とすることが好ましく、1.5μm以下とすることがより好ましく、1.0μm以下とすることがさらに好ましい。前記の通り、ガリウムの含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.08以上の場合には、In
2O
3相以外にβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相、あるいはβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相と(Ga,In)
2O
3相が含まれるが、これらの相の生成を極力抑制するためには、各原料粉末の平均粒径を1.0μm以下とすることが好ましい。
【0041】
酸化インジウム粉末は、ITO(スズ添加インジウム酸化物)の原料であり、焼結性に優れた微細な酸化インジウム粉末の開発は、ITOの改良とともに進められてきた。酸化インジウム粉末は、ITO用原料として大量に継続して使用されているため、最近では平均粒径1.0μm以下の原料粉末を入手することが可能である。
【0042】
酸化亜鉛粉末も、AZO(アルミニウム添加亜鉛酸化物)の主原料であるため、酸化インジウム粉末と同様の理由から、平均粒径1.0μm以下の原料粉末を入手することが可能である。
【0043】
ところが、酸化ガリウム粉末の場合、酸化インジウム粉末に比べて依然使用量が少ないため、平均粒径1.0μm以下の原料粉末を入手することは困難である。したがって、粗大な酸化ガリウム粉末しか入手できない場合、平均粒径1.0μm以下まで粉砕することが必要である。
【0044】
本発明の酸化物焼結体の焼結工程では、常圧焼結法の適用が好ましい。常圧焼結法は、簡便かつ工業的に有利な方法であって、低コストの観点からも好ましい手段である。
【0045】
常圧焼結法を用いる場合、前記の通り、まず成形体を作製する。原料粉末を樹脂製ポットに入れ、バインダー(例えば、PVA)などともに湿式ボールミルなどで混合する。本発明の酸化物焼結体を主に構成するビックスバイト型構造のIn
2O
3相以外にβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相、あるいはβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相と(Ga,In)
2O
3相が含まれる場合があるが、これらの相の生成を極力抑制するためには、上記ボールミル混合を18時間以上行うことが好ましい。この際、混合用ボールとしては、硬質ZrO
2ボールを用いればよい。混合後、スラリーを取り出し、濾過、乾燥、造粒を行う。その後、得られた造粒物を、冷間静水圧プレスで9.8MPa(0.1ton/cm
2)〜294MPa(3ton/cm
2)程度の圧力をかけて成形し、成形体とする。
【0046】
常圧焼結法の焼結工程では、酸素の存在する雰囲気とすることが好ましく、雰囲気中の酸素体積分率が20%を超えることがより好ましい。特に、酸素体積分率が20%を超えることで、酸化物焼結体がより一層高密度化する。雰囲気中の過剰な酸素によって、焼結初期には成形体表面の焼結が先に進行する。続いて成形体内部の還元状態での焼結が進行し、最終的に高密度の酸化物焼結体が得られる。
【0047】
酸素が存在しない雰囲気では、成形体表面の焼結が先行しないため、結果として焼結体の高密度化が進まない。酸素が存在しなければ、特に900〜1000℃程度において酸化インジウムが分解して金属インジウムが生成するようになるため、目的とする酸化物焼結体を得ることは困難である。
【0048】
常圧焼結の温度範囲は、1200〜1550℃が好ましく、より好ましくは1350〜1450℃である。焼結時間は10〜30時間であることが好ましく、より好ましくは15〜25時間である。
【0049】
焼結温度を上記範囲とし、前記の平均粒径1.0μm以下に調整した酸化インジウム粉末と酸化ガリウム粉末からなる酸化物粉末、ならびに酸化亜鉛粉末を原料粉末として用いることで、主にビックスバイト型構造のIn
2O
3相によって構成され、特にガリウムの含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.08以上の場合に、β−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相が生成されやすくなる傾向があり、亜鉛の含有量がZn/(In+Ga+Zn)原子数比で0.08未満の場合に、ホモロガス構造化合物が実質的に含まれない酸化物焼結体を得やすくなる傾向がある。
【0050】
焼結温度1300℃未満の場合には焼結反応が十分進行しない。一方、焼結温度が1550℃を超えると、高密度化が進みにくくなる一方で、焼結炉の部材と酸化物焼結体が反応してしまい、目的とする酸化物焼結体が得られなくなる。特にガリウムの含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.10を超える場合には、焼結温度を1450℃以下とすることが好ましい。1500℃前後の温度域では、(Ga,In)
2O
3相の生成が著しくなる場合があるためである。(Ga,In)
2O
3相は少量であれば支障はないが、多量の場合には成膜速度の低下やアーキングなどを招く恐れがあり好ましくない。
【0051】
焼結温度までの昇温速度は、焼結体の割れを防ぎ、脱バインダーを進行させるためには、昇温速度を0.2〜5℃/分の範囲とすることが好ましい。この範囲であれば、必要に応じて、異なる昇温速度を組み合わせて、焼結温度まで昇温してもよい。昇温過程において、脱バインダーや焼結を進行させる目的で、特定温度で一定時間保持してもよい。焼結後、冷却する際は酸素導入を止め、1000℃までを0.2〜5℃/分、特に、0.2℃/分以上1℃/分以下の範囲の降温速度で降温することが好ましい。
【0052】
3.ターゲット
本発明のターゲットは、上記酸化物焼結体を所定の大きさに切断加工することで得られる。ターゲットとして用いる場合には、さらに表面を研磨加工し、バッキングプレートに接着して得ることができる。ターゲット形状は、平板形が好ましいが、円筒形でもよい。円筒形ターゲットを用いる場合には、ターゲット回転によるパーティクル発生を抑制することが好ましい。また、上記酸化物焼結体を、例えば円柱形状に加工してタブレットとし、蒸着法やイオンプレーティング法による成膜に使用することができる。
【0053】
スパッタリング用ターゲットとして用いる場合には、本発明の酸化物焼結体の密度は6.3g/cm
3以上であることが好ましく、より好ましくは6.7g/cm
3以上である。密度が6.3g/cm
3未満である場合、量産使用時のノジュール発生の原因となる。また、イオンプレーティング用タブレットとして用いる場合には、6.3g/cm
3未満であることが好ましく、3.4〜5.5g/cm
3であればより好ましい。この場合には、焼結温度を1200℃未満とすることが好ましい。
【0054】
4.酸化物半導体薄膜とその成膜方法
本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜は、主に前記のスパッタリング用ターゲットを用いて、スパッタリング法で基板上に一旦非晶質の酸化物薄膜を形成し、次いで熱処理を施すことによって得られる。
【0055】
前記のスパッタリング用ターゲットは本発明の酸化物焼結体より得られるが、その酸化物焼結体組織、すなわち主にビックスバイト型構造のIn
2O
3相及びβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相によって構成されている組織が重要である。本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜を得るために一旦非晶質の酸化物薄膜を形成するが、これはウエットエッチングによるパターニング加工を行うためである。良好なウエットエッチング性を確保するためには、前記酸化物薄膜が安定な非晶質であることが必要となる。安定な非晶質であるということは、酸化物薄膜の結晶化温度が高いことであり、これには酸化物焼結体組織が関係する。すなわち、本発明の酸化物焼結体のように、ビックスバイト型構造のIn
2O
3相だけでなく、β−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相も含む場合には、これから得られる酸化物薄膜は高い結晶化温度、すなわち225℃以上の結晶化温度を示し、安定な非晶質となる。これに対して、酸化物焼結体がビックスバイト型構造のIn
2O
3相のみによって構成される場合、これから得られる酸化物薄膜は、その結晶化温度が225℃未満となり、微結晶が生成するなどして非晶質が損なわれ、結果として、ウエットエッチング性に劣る。
【0056】
非晶質の酸化物薄膜形成工程では、一般的なスパッタリング法が用いられるが、特に、直流(DC)スパッタリング法であれば、成膜時の熱影響が少なく、高速成膜が可能であるため工業的に有利である。本発明の酸化物半導体薄膜を直流スパッタリング法で形成するには、スパッタリングガスとして不活性ガスと酸素、特にアルゴンと酸素からなる混合ガスを用いることが好ましい。また、スパッタリング装置のチャンバー内を0.1〜1Pa、特に0.2〜0.8Paの圧力として、スパッタリングすることが好ましい。
【0057】
基板は、ガラス基板が代表的であり、無アルカリガラスが好ましいが、樹脂板や樹脂フィルムのうち上記プロセス条件に耐えうるものであれば使用できる。
【0058】
前記の非晶質の酸化物薄膜形成工程は、例えば、2×10
−4Pa以下まで真空排気後、アルゴンと酸素からなる混合ガスを導入し、ガス圧を0.2〜0.8Paとし、ターゲットの面積に対する直流電力、すなわち直流電力密度が1〜7W/cm
2程度の範囲となるよう直流電力を印加して直流プラズマを発生させ、プリスパッタリングを実施することができる。このプリスパッタリングを5〜30分間行った後、必要により基板位置を修正したうえでスパッタリングすることが好ましい。
【0059】
前記の非晶質の酸化物薄膜形成工程におけるスパッタリング成膜では、成膜速度を向上させるために、投入する直流電力を高めることが行われる。
【0060】
本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜は、前記の非晶質の薄膜形成後、これを結晶化させることによって得られる。結晶化させる方法としては、例えば室温近傍など低温で一旦非晶質膜を形成し、その後、結晶化温度以上で熱処理して酸化物薄膜を結晶化させる、あるいは基板を酸化物薄膜の結晶化温度以上に加熱することによって結晶質の酸化物半導体薄膜を成膜する方法がある。これら2つの方法での加熱温度は概ね500℃以下で済み、無アルカリのガラス基板を使用することが可能である。
【0061】
前記の非晶質の酸化物薄膜及び結晶質の酸化物半導体薄膜のインジウム、ガリウム、及び亜鉛の組成は、本発明の酸化物焼結体の組成とほぼ同じである。すなわち、インジウム及びガリウムを酸化物として含有し、かつ亜鉛を含有する結晶質の酸化物焼半導体薄膜である。ガリウムの含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.08以上0.20未満であり、前記亜鉛の含有量がZn/(In+Ga+Zn)原子数比で0.0001以上0.08未満である。
【0062】
本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜は、ビックスバイト構造のIn
2O
3相のみによって構成されることが好ましい。In
2O
3相では、酸化物焼結体と同様に、正三価イオンのインジウムの各格子位置にガリウムあるいは亜鉛が置換固溶しており、かつ亜鉛が置換固溶している。本発明の酸化物半導体薄膜は、主に酸素欠損によって生成するキャリア電子を亜鉛添加により中和する作用によって、キャリア濃度が8.0×10
17cm
−3以下に低下し、キャリア移動度10cm
2/V・s以上、好ましくは15cm
2/V・s以上、特に好ましくは20cm
2/V・s以上が得られる。
【0063】
本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜は、ウエットエッチングあるいはドライエッチングによって、TFTなどの用途で必要な微細加工を施される。結晶化温度未満の温度、例えば室温から300℃までの範囲から適当な基板温度を選択して一旦非晶質膜を形成し、その後、結晶化温度以上の温度で熱処理して酸化物薄膜を結晶化させる場合、非晶質膜形成後に弱酸を用いたウエットエッチングによる微細加工を施すことができる。弱酸であれば概ね使用できるが、蓚酸を主成分とする弱酸が好ましい。例えば、関東化学製ITO−06Nなどが使用できる。基板を酸化物薄膜の結晶化温度以上に加熱することによって結晶質の酸化物半導体薄膜を成膜する場合には、例えば塩化第二鉄水溶液のような強酸によるウエットエッチングあるいはドライエッチングが適用できるが、TFT周辺へのダメージを考慮するとドライエッチングが好ましい。
【0064】
本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜の膜厚は限定されるものではないが、10〜500nm、好ましくは20〜300nm、さらに好ましくは30〜100nmである。10nm未満であると十分な結晶性が得られず、結果として高いキャリア移動度が実現しない。一方、500nmを超えると生産性の問題が生じてしまうので好ましくない。
【0065】
また、本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜は、可視域(400〜800nm)での平均透過率が80%以上であることが好ましく、85%以上がより好ましく、さらに好ましくは90%以上である。透明TFTへ適用する場合には、平均透過率が80%未満であると、透明表示デバイスとして液晶素子や有機EL素子などの光の取り出し効率が低下する。
【0066】
本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜は、可視域での光の吸収が小さく、透過率が高い。特許文献1に記載のa−IGZO膜は、亜鉛を多量に含むため、特に可視域短波長側での光の吸収が大きい。これに対して、本発明の結晶質の酸化物半導体薄膜は、亜鉛を少量しか含まないため、可視域短波長側での光の吸収が小さく、例えば波長400nmにおける消衰係数は0.05以下を示す。したがって、波長400nm付近の青色光の透過率が高く、液晶素子や有機EL素子などの発色を高めることから、これらのTFTのチャネル層用材料などに好適である。
【実施例】
【0067】
以下に、本発明の実施例を用いて、さらに詳細に説明するが、本発明は、これら実施例によって限定されるものではない。
【0068】
<酸化物焼結体の評価>
得られた酸化物焼結体の金属元素の組成をICP発光分光法によって調べた。得られた酸化物焼結体の端材を用いて、X線回折装置(フィリップス製)を用いて粉末法による生成相の同定を行った。
【0069】
<酸化物薄膜の基本特性評価>
得られた酸化物薄膜の組成をICP発光分光法によって調べた。酸化物薄膜の膜厚は表面粗さ計(テンコール社製)で測定した。成膜速度は、膜厚と成膜時間から算出した。酸化物薄膜のキャリア濃度及び移動度は、ホール効果測定装置(東陽テクニカ製)によって求めた。膜の生成相はX線回折測定によって同定した。
【0070】
(調整例)
酸化インジウム粉末と酸化ガリウム粉末、ならびに酸化亜鉛粉末を平均粒径1.0μm以下となるよう調整して原料粉末とした。これらの原料粉末を、表1の実施例及び比較例のGa/(In+Ga)原子数比、Zn/(In+Ga+Zn)原子数比の通りになるように調合し、水とともに樹脂製ポットに入れ、湿式ボールミルで混合した。この際、硬質ZrO
2ボールを用い、混合時間を18時間とした。混合後、スラリーを取り出し、濾過、乾燥、造粒した。造粒物を、冷間静水圧プレスで3ton/cm
2の圧力をかけて成形した。
【0071】
次に、成形体を次のように焼結した。炉内容積0.1m
3当たり5リットル/分の割合で、焼結炉内の大気に酸素を導入する雰囲気で、1350〜1450℃の焼結温度で20時間焼結した。この際、1℃/分で昇温し、焼結後の冷却の際は酸素導入を止め、1000℃までを1℃/分で降温した。
【0072】
得られた酸化物焼結体の組成分析をICP発光分光法にて行ったところ、金属元素について、原料粉末の配合時の仕込み組成とほぼ同じであることがいずれの実施例でも確認された。
【0073】
次に、X線回折測定による酸化物焼結体の相同定を行った。なお、Yb
2Fe
3O
7型構造のIn
2Ga
2ZnO
7相を含む場合には、下記の式1で定義されるYb
2Fe
3O
7型構造のIn
2Ga
2ZnO
7相のX線回折ピーク強度比を、表1に示した。
【0074】
100×I[In
2Ga
2ZnO
7相(0010)]/{I[In
2O
3相(400)]+I[In
2Ga
2ZnO
7相(0010)]} [%]・・・・式1
(式中、I[In
2O
3相(400)]は、ビックスバイト型構造のIn
2O
3相の(400)ピーク強度であり、[In
2Ga
2ZnO
7相(0010)]は、Yb
2Fe
3O
7型構造のIn
2Ga
2ZnO
7相(0010)ピーク強度を示す。)
【0075】
【表1】
【0076】
酸化物焼結体を、直径152mm、厚み5mmの大きさに加工し、スパッタリング面をカップ砥石で最大高さRzが3.0μm以下となるように研磨した。加工した酸化物焼結体を、無酸素銅製のバッキングプレートに金属インジウムを用いてボンディングして、スパッタリング用ターゲットとした。
【0077】
実施例及び比較例のスパッタリング用ターゲットならびに無アルカリのガラス基板(コーニングEagleXG)を用いて、表2に記載の基板温度で直流スパッタリングによる成膜を行った。アーキング抑制機能のない直流電源を装備した直流マグネトロンスパッタリング装置(トッキ製)のカソードに、上記スパッタリングターゲットを取り付けた。このときターゲット−基板(ホルダー)間距離を60mmに固定した。2×10
−4Pa以下まで真空排気後、アルゴンと酸素の混合ガスを各ターゲットのガリウム量ならびに亜鉛量に応じて適当な酸素の比率になるように導入し、ガス圧を0.6Paに調整した。直流電力300W(1.64W/cm
2)を印加して直流プラズマを発生させた。10分間のプリスパッタリング後、スパッタリングターゲットの直上、すなわち静止対向位置に基板を配置して、膜厚50nmの酸化物薄膜を形成した。得られた酸化物薄膜の組成は、ターゲットとほぼ同じであることが確認された。また、X線回折測定の結果、非晶質であることが確認された。得られた非晶質の酸化物薄膜に、表2に記載の通り、大気中、300〜500℃において30分間の熱処理を施し、X線回折測定によって熱処理後の酸化物薄膜の結晶性を調べた。また、結晶化している酸化物半導体薄膜については、酸化物半導体薄膜を構成する結晶相を同定した。得られた酸化物半導体薄膜のホール効果測定を行い、キャリア濃度及びキャリア移動度を求めた。得られた評価結果を、表2にまとめて記載した。
【0078】
【表2】
【0079】
「評価」
表1の結果より、実施例1〜14では、ガリウム含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.08以上0.20未満であり、亜鉛の含有量がZn/(In+Ga+Zn)原子量比で0.0001以上0.08未満の場合には、ビックスバイト型構造のIn
2O
3相とGaInO
3相、あるいはビックスバイト型構造のIn
2O
3相とβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相と(Ga,In)
2O
3相、あるいはビックスバイト型構造のIn
2O
3相とβ−Ga
2O
3型構造のGaInO
3相とYb
2Fe
3O
7型構造のIn
2Ga
2ZnO
7相によって構成されていた。
【0080】
これに対して、比較例1〜3、5では、酸化物焼結体のガリウム及び/又は亜鉛含有量が本発明の範囲より少ない。比較例1〜3では、このためにビックスバイト型構造のIn
2O
3相のみによって構成される酸化物焼結体となってしまっている。また、比較例4、6、7では、亜鉛含有量が過剰であるためにYb
2Fe
3O
7型構造のIn
2Ga
2ZnO
7相のX線回折ピーク強度比が43%超となっており、本発明の目的とする酸化物焼結体が得られていない。
【0081】
また、表2の結果より、インジウム、ガリウム及び亜鉛を酸化物として含有する結晶質の酸化物半導体薄膜であって、ガリウム含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.08以上0.20未満であり、亜鉛含有量がZn/(In+Ga+Zn)原子数比で0.0001以上0.08未満に制御された酸化物半導体薄膜の特性を示した。
【0082】
実施例の酸化物半導体薄膜は、いずれもビックスバイト型構造のIn
2O
3相のみによって構成されていることがわかる。また、実施例の酸化物半導体薄膜は、キャリア濃度が8.0×10
17cm
−3以下、及びキャリア移動度が10cm
2/V・s以上であり、特にガリウム含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.08以上0.15以下であり、亜鉛含有量がZn/(In+Ga+Zn)原子数比で0.001以上0.05以下の実施例2、3、5、7〜9の酸化物半導体薄膜は、キャリア濃度が5.0×10
17cm
−3以下、及びキャリア移動度が15cm
2/V・s以上との両キャリア特性を両立させることができる優れた特性を示していることがわかる。
【0083】
ガリウム含有量がGa/(In+Ga)原子数比で0.08以上0.10以下であり、亜鉛含有量がZn/(In+Ga+Zn)原子数比で0.0001以上0.01以下であれば、の実施例1、2、4、5の酸化物半導体薄膜のように、キャリア移動度20cm
2/V・s以上の特に優れたキャリア移動度を示すことがわかる。
【0084】
これに対して、比較例1〜8では、Ga/(In+Ga)原子数比で表されるガリウム含有量、あるいはZn/(In+Ga+Zn)原子数比で表される亜鉛の含有量が本発明の範囲を満足しない結果、そのキャリア濃度が8.0×10
17cm
−3を超えていることがわかる。また、比較例4、6、7、8の酸化物薄膜は、500℃の大気中における熱処理を施しても結晶化せず、そのキャリア濃度は8.0×10
17cm
−3を超えていることがわかる。