(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話、ノートパソコン等の小型電子機器の急速な拡大とともに、充放電可能な電源として、リチウムイオン二次電池の需要が急激に伸びている。リチウムイオン二次電池の正極で充放電に寄与する正極活物質として、リチウム−コバルト酸化物(以下、コバルト系と明記することがある。)が広く用いられている。しかしながら、電池設計の最適化によりコバルト系正極の容量は理論容量と同等程度まで改善され、さらなる高容量化は困難になりつつある。
【0003】
そこで、従来のコバルト系よりも理論容量の高いリチウム−ニッケル酸化物を用いたリチウム−ニッケル複合酸化物粒子の開発が進められている。しかしながら、純粋なリチウム−ニッケル酸化物は、水や二酸化炭素等に対する反応性の高さから安全性、サイクル特性等に問題があり、実用電池として使用することは困難であった。そこで上記問題の改善策として、コバルト、マンガン、鉄等の遷移金属元素またはアルミニウムを添加したリチウム−ニッケル複合酸化物粒子が開発されている。
【0004】
リチウム−ニッケル複合酸化物には、ニッケル、マンガン、コバルトがそれぞれ当モル量添加されてなるいわゆる三元系と呼ばれる遷移金属組成Ni0.33Co0.33Mn0.33で表される複合酸化物粒子(以下、三元系と明記することがある。)といわゆるニッケル系と呼ばれるニッケル含有量が0.65モルを超えるリチウム−ニッケル複合酸化物粒子(以下、ニッケル系と明記することがある。)がある。容量の観点からは三元系と比べ、ニッケル含有量の多いニッケル系に大きな優位性がある。
【0005】
しかしながら、ニッケル系は、水や二酸化炭素等に対する反応性の高さからコバルト系や三元系と比べ環境により敏感であり、空気中の水分や二酸化炭素(CO
2)をより吸収しやすい特徴がある。水分、二酸化炭素は、粒子表面にそれぞれ水酸化リチウム(LiOH)、炭酸リチウム(Li
2CO
3)といった不純物として堆積され、正極製造工程や電池性能に悪影響を与えることが報告されている。
【0006】
ところで、正極の製造工程では、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子、導電助剤、バインダーと有機溶媒等を混合した正極合剤スラリーをアルミニウム等の集電体上に塗布・乾燥する工程を経る。一般的に水酸化リチウムは、正極合剤スラリー製造工程において、バインダーと反応しスラリー粘度を急激に上昇させる、またスラリーをゲル化させる原因となることがある。これらの現象は不良や欠陥、正極製造の歩留まりの低下を引き起こし、製品の品質に差を生じさせることがある。また、充放電時、これら不純物は電解液と反応しガスを発生させることがあり、電池の安定性に問題を生じさせかねない。
【0007】
したがって、ニッケル系を正極活物質として用いる場合、上述した水酸化リチウム(LiOH)等の不純物の発生を防ぐため、その正極製造工程を脱炭酸雰囲気下におけるドライ(低湿度)環境下で行う必要がある。そのため、ニッケル系は理論容量が高くリチウムイオン二次電池の材料として有望であるにも関わらず、その製造環境を維持するために高額な設備導入コスト及びランニングコストが掛かるため、その普及の障壁となっているという問題がある。
【0008】
このような問題を解決するために、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面上にコーティング剤を用いることにより被覆する方法が提案されている。このようなコーティング剤としては、無機系のコーティング剤と有機系のコーティング剤に大別され、無機系のコーティング剤としては酸化チタン、酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸コバルト、
ヒュームドシリカ、フッ化リチウムなどの材料が、有機系のコーティング剤として
は、カルボキシメチルセルロース、フッ素含有ポリマーなどの材料が提案されている。
【0009】
例えば、特許文献1では、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面にフッ化リチウム(LiF)またはフッ素含有ポリマー層を形成する方法、また、特許文献2では、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子にフッ素含有ポリマー層を形成し、さらに不純物を中和するためのルイス酸化合物を添加する方法が提案されている。いずれの処理もフッ素系材料を含有するコーティング層によりリチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面を疎水性に改質され、水分の吸着を抑制し、水酸化リチウム(LiOH)などの不純物の堆積を抑制することが可能となる。
【0010】
しかしながら、これらのコーティング方法に用いられる上記のフッ素系材料を含有するコーティング層は、静電引力のみによってリチウム−ニッケル複合酸化物粒子に付着しているに過ぎない。そのため、スラリー製造工程で溶剤として用いるN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に再溶解してしまうため、コーティング層がリチウム−ニッケル複合酸化物粒子から脱離しやすい。その結果、脱炭酸雰囲気下におけるドライ(低湿度)環境下で正極を保管しなければならず、ニッケル系において問題とされている不良や欠陥、歩留まりの低下を十分に抑制することができないばかりか、実質的に不純物の発生による電池の安定性の問題を十分に解決することができるものとはなっていなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み、大気雰囲気下で取り扱うことができ、且つ電池特性に悪影響がないリチウム−ニッケル複合酸化物粒子の被膜を得ることのできる、被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及びその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上述した従来技術における問題点を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面に、環状シロキサンを接触させて表面被膜を形成させた被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子がコーティング層と強い密着性を有しながら、且つ当該化合物が水分、炭酸ガスの透過を抑制できること及びリチウムイオン伝導性を有することを見出した。また、当該被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、正極合剤スラリーを混練した際にも、粒子表面からコーティング層が剥がれ落ちることがない。そのため、脱炭酸雰囲気下におけるドライ(低湿度)環境でない通常の環境下においても、コーティング層が脱離することなく安定的に水分や炭酸ガスの吸着を抑制することができる優れた被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及びその製造方法であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0015】
すなわち、本発明の第一は、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面に、環状シロキサンを接触させて表面被膜を形成することを特徴とする被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法である。
【0016】
本発明の第二は、前記環状シロキサンが、下記一般式(1)の2,4,6,8−テトラメチルシクロテトラシロキサンであって、気相接触させて表面被膜を形成する第一の発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法である。
【化1】
【0017】
本発明の第三は、前記気相接触の際の環境温度が40℃〜100℃である第二の発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法である。
【0018】
本発明の第四は、前記気相接触の後の残存水素原子に、片末端に不飽和結合を有する有機エーテル化合物又は有機エステル化合物を付加する第二又は第三の発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法である。
【0019】
本発明の第五は、前記リチウム−ニッケル複合酸化物が、下記一般式(2)で表される第一から第四のいずれかの発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法である。
Li
xNi
(1−y−z)M
yN
zO
2 ・・・(2)
(式中、xは0.80〜1.10、yは0.01〜0.20、zは0.01〜0.15、1−y−zは0.65を超える値であって、Mは、CoまたはMnから選ばれる少なくとも1種類の元素を示し、NはAl、InまたはSnから選ばれる少なくとも1種類の元素を示す。)
【0020】
本発明の第六は、第一から第五のいずれかの発明に記載の製造方法によって得られ、前記表面被膜が、下記一般式(3)により表される被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
(R
1R
2SiO)
a[(R
1)(R
2)
2SiO
1/2]
b(R
1SiO
3/2)
c・・・(3)
(式中R
1はメチル基を、R
2は少なくともエーテル基及び水素基からなる群から選択される一種以上からなる官能基をあらわす。a、bおよびcは0を含む正の整数をあらわす。)
【0021】
本発明の第七は、前記一般式(3)におけるR
2が下記一般式(4)のエーテル基である第六の発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
−C
nH
2n−O−C
mH
2m+1・・・(4)
(式中n,mはそれぞれ2から10までの整数)
【0022】
本発明の第八は、前記表面被膜の質量が、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子に対して0.1〜1.0質量%である第六又は第七の発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
【0023】
本発明の第九は、リチウムイオン電池の正極活物質として用いられる第六からの第八のいずれかの発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
【0024】
本発明の第十は、前記被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、5〜20μmの平均粒径を有する球状粒子であることを特徴とする第六から第九のいずれかの発明に記載の
被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面に、環状シロキサンを接触させることで製造される被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、その環境安定性の高さから水分、炭酸ガスを吸収することによる不純物の発生を抑えることができ、かつ密着性が高く容易にコーティング層が離脱することがなく且つ、リチウムイオン伝導性を有する優れた被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及びその製造方法である。
【0026】
この被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、これまで炭酸ガス濃度、水分濃度が厳しく管理された正極製造設備に変わり、コバルト系(LCO)、三元系(NCM)で用いられてきた製造設備も流用できる、高容量リチウムイオン電池用複合酸化物正極活物質として提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に本発明の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子とその製造方法について詳細に説明する。尚、本発明は、以下の詳細な説明によって限定的に解釈されるものではない。本発明において、一次粒子が凝集した二次粒子をリチウム−ニッケル複合酸化物粒子と呼ぶ場合がある。
【0029】
[ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面に被覆する化合物]
ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面を被覆する化合物は下記一般式(3)の構造を有しており、三次元的に構成された網目構造を有している。
【0030】
(R
1R
2SiO)
a[(R
1)(R
2)2SiO
1/2]
b(R
1SiO
3/2)
c・・・(3)
【0031】
一般式(3)中R
1はメチル基を、R
2はエーテル結合を含んだ炭化水素(以後、エーテル基と呼ぶこともある。)、または水素原子をあらわす。a、bおよびcは0を含む正の整数をあらわす。その中でもR
2は下記一般式(4)で表されたエーテル基であることが好ましい。R
2にエーテル構造が導入された炭化水素が導入されることでリチウムイオンの伝導性がより向上する。
【0032】
−C
nH
2n−O−C
mH
2m+1・・・(4)
(式中n,mはそれぞれ2から10までの整数)
【0033】
被覆する化合物としては、環状シロキサンを挙げることができるが、後述する製造面の容易である点から、下記式(1)で表される2,4,6,8−テトラメチルシクロテトラシロキサンが特に好ましい。
【0035】
当該化合物は、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面の活性点と呼ばれる、反応性の高い点で開環反応および重合反応が進み、三次元構造を有する被膜となる。また同時に、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面の水酸基とも反応する。そのため、単に静電引力のみによって付着する場合よりも強い密着性を有し、スラリー製造工程等において当該化合物が脱離しにくくなり、より環境安定性の高い被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子とすることができる。そのため、溶剤等によって脱落することがないため、極めて環境安定性の高い被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子とすることができる。
【0036】
また、式(3)の化合物の被覆量はニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子100質量%に対して、0.1〜1.0質量%が好ましく、より好ましくは0.2〜0.5質量%である。0.1質量%未満では処理が不十分になる傾向があり、1.0質量%を超えると粒子同士の凝集が生じやすくなる傾向がある。
【0037】
[ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子]
ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は球状粒子であって、その平均粒径は、5〜20μmであることが好ましい。このような範囲とすることで、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子として良好な電池性能を有するとともに、且つ良好な電池の繰り返し寿命(サイクル特性)を両立ができるため好ましい。
【0038】
また、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、下記一般式(2)で表されるものであることが好ましい。
【0039】
Li
xNi
(1−y−z)M
yN
zO
2・・・(2)
式中、xは0.80〜1.10、yは0.01〜0.20、zは0.01〜0.15、1−y−zは0.65を超える値であって、Mは、CoまたはMnから選ばれる少なくとも一種類の元素を示し、NはAl、InまたはSnから選ばれる少なくとも一種類の元素を示す。
【0040】
なお、1−y−zの値(ニッケル含有量)は、容量の観点から、好ましくは0.70を超える値であり、さらに好ましくは0.80を超える値である。
【0041】
コバルト系(LCO)、三元系(NCM)、ニッケル系(NCA)の電極エネルギー密度(Wh/L)は、それぞれ2160Wh/L(LiCoO
2)、2018.6Wh/L(LiNi0.33Co0.33Mn0.33Co0.33O
2)、2376Wh/L(LiNi0.8Co0.15Al0.05O
2)となる。そのため、当該ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子をリチウムイオン電池の正極活物質として用いることで、高容量の電池を作製することができる。
【0042】
[被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法]
被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を製造する方法、すなわちニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を式(3)の化合物で被覆する方法としては、接触させて表面被膜を形成する方法であれば様々な方法をとることができ、特に限定されるものではない。例えば、オルガノジクロロシランの溶液中にニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を分散させ、架橋反応によってニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面にコーティング膜を生成することにより本発明に係る被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を製造することができる。この時、炭酸カルシウムを添加することで反応速度をコントロールすることもできる。
【0043】
具体的には、シロキサン化合物の溶液中にニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を分散させた後、乾燥させることにより製造することもできるし、溶媒中に溶解したシロキサン化合物を当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子に噴霧し加熱し乾燥することにより製造することも可能である。
【0044】
また例えば、リチウムニッケル複合酸化物と式(1)で示される2,4,6,8−テトラメチルシクロテトラシロキサンなどの環状シロキサン化合物をボールミル中で混合することにより本発明の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を製造することも可能である。
【0045】
このように様々な処理方法で本発明に使用する被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を製造することができるが、特に当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面に存在する触媒活性を使用する方法が簡便かつ効率的に被覆を行うことが可能であるため、特に好ましい。
【0046】
すなわち、式(1)で示される環状シロキサンとリチウム−ニッケル複合酸化物とを別々の容器に入れ密閉系内に気相下で放置しておくこと又は揮発漕を設け、環状シロキサンを入れた装置外部から導入することで等によって、物理的な力を加えることなく自然に被覆された被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を得ることができる。つまり、揮発した環状シロキサンが当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子に到達して当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面に分子状で吸着する。吸着により密閉系中の環状シロキサンの蒸気圧が下がるので、新たな環状シロキサンが次々に揮発することになる。
【0047】
密閉系内は、減圧下又は常圧下で容器全体を40〜100℃に加熱し、1〜24時間に亘って加熱処理を行うことが好ましい。つまり、被覆膜の形成においては、別容器に入れた環状シロキサン化合物を揮発させ、当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子に対して揮発した環状シロキサン化合物を気相で接触させるようにすることによって、当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面の全面に適度に被覆膜を形成する(気相法による被覆膜の形成)。
【0048】
被覆膜の形成に際しての温度条件として、本製造方法は、当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面に存在する触媒活性を利用するものであるため、特段高温環境下で行う必要はないが、真空容器全体の温度が40℃未満であると、環状シロキサン化合物の揮発が十分ではなく、当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子全面を被覆することが難しくなる場合がある。一方で、温度が100℃より高温であると、環状シロキサン化合物または、当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の変質が起こる恐れがある。したがって、温度条件としては、上述のように真空容器全体を40〜100℃の雰囲気下でおこなうことが好ましい。
【0049】
また、処理時間に関して、処理時間が少なすぎると、被覆膜の形成が十分ではなく、一方で、処理時間を長くしてもある一定の被覆量以上には被覆されない。このことから、処理時間としては、上述のように1時間〜24時間とし、より好ましくは6時間〜12時間とする。
【0050】
気相法に基づく被覆膜の形成条件として、上述した温度条件、処理時間条件とすることによって、容器内に、当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子と揮発性を有する環状シロキサン化合物を設置するという操作をとることができる。このような簡易な操作によって、当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面に、揮発した環状シロキサン化合物が接触するようになり、当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面の全面、また細部にわたり被覆膜を効率的に形成することができる。また、より効率的に且つより確実に、当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子全面に環状シロキサン化合物を被覆させるためには、真空容器内部に、撹拌機のような混合する装置を内蔵させることが好ましい。
【0051】
このようにして当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面に吸着した環状シロキサン化合物は、開環重合により、網目構造のシリコン化合物を作って当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面に架橋して被覆する。そのため、静電引力のみによって被覆された場合と異なり、より強固に密着されているため、環境安定性の高い優れた被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を製造することができる。
【0052】
[ヒドロシリル化反応]
式(1)で示される2,4,6,8−テトラメチルシクロテトラシロキサンなどの環状シロキサンにはSi−H基が多く存在する。そのため当該被覆処理のみを行った被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を用いて作製された正極合剤スラリーは、水素ガスが発生し、膨潤する可能性がある。そのため、この残存したSi−H基にアルケンやアルキンなどの脂肪族不飽和炭化水素を付加させSi−H結合に置換すること、つまりヒドロシリル化することが好ましい。ヒドロシリル化することで、コーティング層中のシロキサン化合物のSi−H基を減らし、生成正極合剤スラリー中でのSi−H基に起因する水素の発生を防止することができる。
【0053】
上記シロキサン化合物に付加させる脂肪族不飽和炭化水素は任意の位置、好ましくは末端に不飽和結合(二重結合、三重結合)を少なくとも1つ有する脂肪族不飽和炭化水素である。不飽和結合(二重結合、三重結合)が末端の位置に有することで、ヒドロシリル化反応が速やかに進行するため、好ましい。また、エーテル構造が導入された脂肪族不飽和炭化水素を用いることでリチウムイオンの伝導性がより向上するため好ましい。なお、上記エーテル基に係るエーテル結合は一般式(4)で表されるものの他、−C−O−C−で表される結合、例えばエステル結合等をも含む概念である。
【0054】
脂肪族不飽和炭化水素としては、例えば、1−(ビニルオキシ)メタン、1−(ビニルオキシ)エタン、1−(ビニルオキシ)プロパン、1−(ビニルオキシ)ブタン、1−(ビニルオキシ)ペンタン、1−(ビニルオキシ)ヘキサン、1−(ビニルオキシ)ヘプタン、1−(ビニルオキシ)オクタン、1−(ビニルオキシ)ノナン、1−(ビニルオキシ)デカン等のビニルアルキルエーテルや1−(2−プロペニルオキシ)メタン、1−(2−プロペニルオキシ)エタン、1−(2−プロペニルオキシ)プロパン、1−(2−プロペニルオキシ)ブタン、1−(2−プロペニルオキシ)ペンタン、1−(2−プロペニルオキシ)ヘキサン、1−(2−プロペニルオキシ)ヘプタン、1−(2−プロペニルオキシ)オクタン、1−(2−プロペニルオキシ)ノナン、1−(2−プロペニルオキシ)デカン等のアリルアルキルエーテルならび前記アルキル基内に1つ以上の二重結合を含む誘導体なども挙げることができる。
【0055】
エーテル結合の片末端に不飽和結合を有していれば、エーテル結合の片末端の位置でSi−H基に付加することができる。エーテル結合の片末端の位置のSi−H基に付加することで、ヒドロシリル化反応が速やかに進行するため好ましい。
【0056】
ヒドロシリル化反応は、触媒存在下において好ましく行うことができ、例えば、10℃〜300℃で気相あるいは液相で1時間程度接触させる方法などによって行うことができる。
【0057】
触媒としては例えば白金族触媒を用いることができる。白金族触媒としては、例えば、ルテニウム系触媒、ロジウム系触媒、パラジウム系触媒、オスミウム系触媒、イリジウム系触媒、白金系触媒などが良好であり、特にパラジウム系触媒と白金系触媒が良好である。パラジウム系触媒としては、例えば、塩化パラジウム(II)、塩化テトラアンミンパラジウム(II)酸アンモニウム、酸化パラジウム(II)等が挙げられる。白金系触媒としては、例えば、塩化白金(II)、テトラクロロ白金酸(II)、塩化白金(IV)、ヘキサクロロ白金(IV)、ヘキサクロロ白金酸(IV)アンモニウム、酸化白金(II)、水酸化白金(II)、二酸化白金(IV)、酸化白金(IV)、二硫化白金(IV)、硫化白金(IV)、ヘキサクロロ白金酸(IV)酸カリウム等が挙げられる。また、これらのパラジウム系触媒、白金系触媒にトリ−n−アルキル(n=1〜8)メチルアンモニウムクロライド及びトリ−n−アルキルアミンを加え、水/有機溶媒系でイオン対抽出を行った後の有機溶媒相を用いることもできる。
【0058】
また、必要に応じて、上記方法に併せてアミン系触媒を用いることもできるし、紫外線、γ線、若しくはX線などの電磁波、又はプラズマ等を用いることもできる。なお、Si−H基に対する脂肪族不飽和炭化水素の付加率は赤外吸収スペクトルのSi−H基の吸収率から求めることができる。
【実施例】
【0059】
以下、本発明の実施例について比較例を挙げて具体的に説明する。但し、本発明は以下実施例によってのみ限定されるものではない。
【0060】
(実施例1)
ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子として遷移金属組成がLi
1.03Ni
0.82Co
0.15Al
0.03で表される複合酸化物粒子10gを密閉型恒温槽に入れ、別の容器に入れた2,4,6,8−テトラメチルシクロテトラシロキサン1.0gと共に減圧下40℃で8時間放置した。その後2,4,6,8−テトラメチルシクロテトラシロキサンを系から取り除き、90℃で4時間真空乾燥させた。乾燥後の質量を測定したところ当該リチウム−ニッケル複合酸化物粒子1gあたり3mgの質量増加があったため、0.3質量%シロキサン化合物で被覆されていたことが確認された。
【0061】
次に、得られた処理粉体50gを300gのイソプロパノールで希釈し、アリルブチルエーテル[(1−(2−プロペニルオキシ)ブタン)]50gおよび0.07gのヘキサクロロ白金(IV)酸六水和物を加え、撹拌しながら75℃で6時間反応させた。その後濾過し、イソプロパノールで2回洗浄し、真空乾燥器中で、100℃で2時間乾燥させて処理粉体を得た。
図1に示した透過型電子顕微鏡にて被膜を確認したところ、すべての粒子表面に約5nmの均一な被膜が形成されていることが確認された。
【0062】
このシロキサン化合物が被覆されたものを実施例1に係る被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子として、以下に示した大気安定性試験、ゲル化試験、及び電池特性試験(充放電試験、サイクル試験)を行った。
【0063】
(比較例1)
シロキサン化合物を被覆していないものを比較例1に係るリチウム−ニッケル複合酸化物粒子として、以下に示した大気安定性試験、ゲル化試験、及び電池特性試験(充放電試験、サイクル試験)を行った。
【0064】
<大気安定性試験>
実施例の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及び比較例のリチウム−ニッケル複合酸化物粒子をそれぞれ2.0gガラス瓶に詰め、温度30℃・湿度70%の恒湿恒温槽に1週間静置し初期質量からの増加質量を測定し、粒子質量当たりの変化率を算出した。比較例1に係るリチウム−ニッケル複合酸化物粒子の1週間後の粒子質量当たりの変化率を100として実施例1及び比較例1の1日ごとの変化率を
図2に示す。
【0065】
図2から分かるように、シロキサン化合物が被覆された実施例1の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、シロキサン化合物が被覆されていない比較例1のリチウム−ニッケル複合酸化物粒子と比べ、質量当たりの変化率が小さい。本結果から、シロキサン化合物が被覆されていることで、大気中の水分、炭酸ガスの透過を抑制できることが確認された。
【0066】
<ゲル化試験>
正極合剤スラリーの粘度の経時変化の測定を、以下の順序により正極合剤スラリーを作製し、粘度増加およびゲル化の観察を行った。
【0067】
配合比として、実施例及び比較例に係る
被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及びリチウム−ニッケル複合酸化物粒子
を、粒子:導電助剤:バインダー:N−メチル−2−ピロリドン(NMP)のそれぞれの質量比が、45:2.5:2.5:50となるように秤量し、さらに1.5質量%の水を添加後、自転・公転ミキサーで撹拌して正極合剤スラリーを得た。得られたスラリーを25℃のインキュベーター内で保管し、経時変化をスパチュラでかき混ぜ粘度増加、ゲル化度合いを、実施例1及び比較例1についてそれぞれ確認し、完全にゲル化するまで保管を行った。
【0068】
実施例1に係るスラリーが完全にゲル化するまでに4日を要したのに対し、比較例1に係るスラリーが完全にゲル化するまでには1日を要した。このことから、実施例1に係るスラリーは、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子にシロキサン化合物が被覆されていることで、水酸化リチウム(LiOH)、炭酸リチウム(Li
2CO
3)といった不純物の生成が抑えられ、これら不純物とバインダーと反応することによるスラリーのゲル化及びスラリー粘度の上昇させることを妨げることができることが確認された。
【0069】
また、フッ素化合物によってリチウム−ニッケル複合酸化物粒子を被覆させた場合には、フッ素化合物は一般的にN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に溶解するため、フッ素系化合物が被膜しても被膜が溶解すると考えられる。そのため、実施例1に係る被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子とは異なり、製造された正極を保管する際、不純物生成を抑制することが困難と考えられる。したがって、正極保管時に生成した不純物が原因となる電池駆動時のガス発生を伴う電解液との反応の抑制が難しく、高額な保管設備が必要となる。
【0070】
<電池特性評価>
以下の手順にて、評価用非水電解質二次電池(リチウムイオン二次電池)を作製し、電池特性評価を行った。
【0071】
[二次電池の製造]
本発明で得られた
被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の電池特性評価は、コイン型電池とラミネート型電池を作製し、コイン型電池で充放電容量測定を行い、ラミネートセル型電池で充放電サイクル試験と抵抗測定を行った。
【0072】
(a)正極
得られた実施例及び比較例に係る
被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及びリチウム−ニッケル複合酸化物粒子に、導電助剤としてのアセチレンブラックと、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン(PVdF)とをこれらの材料の質量比が85:10:5となるように混合し、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)溶液に溶解させ、正極合剤スラリーを作製した。この正極合剤スラリーを、コンマコーターによりアルミ箔に塗布し、100℃で加熱し、乾燥させることにより正極を得た。得られた正極をロールプレス機に通して荷重を加え、正極密度を向上させた正極シートを作製した。この正極シートをコイン型電池評価用に直径がφ9mmとなるように打ち抜き、またラミネートセル型電池用に50mm×30mmとなるように切り出し、それぞれを評価用正極電極として用いた。
【0073】
(b)負極
負極活物質としてグラファイトと、結着材としてポリフッ化ビニリデン(PVdF)とを、これらの材料の質量比が92.5:7.5となるように混合し、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)溶液に溶解させて、負極合剤ペーストを得た。
【0074】
この負極合剤スラリーを、正極と同様に、コンマコーターにより銅箔に塗布し、120℃で加熱し、乾燥させるとことにより負極を得た。得られた負極をロールプレス機に通して荷重を加え、電極密度を向上させた負極シートを作製した。得られた負極シートをコイン型電池用にφ14mmとなるように打ち抜き、またラミネートセル型電池用に54mm×34mmとなるように切り出し、それぞれを評価用負極として用いた。
【0075】
(c)コイン電池及びラミネートセル型電池
作製した評価用電極を真空乾燥機中120℃で12時間乾燥した。そして、この正極を用いて2032型コイン電池とラミネートセル型電池を、露点が−80℃に管理されたアルゴン雰囲気のグローブボックス内で作製した。電解液には、1MのLiPF
6を支持電解質とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の3:7(富山薬品工業株式会社製)、セパレーターとしてガラスセパレーターを用いてそれぞれの評価用電池を作製した。
【0076】
<<充放電試験>>
作製したコイン型電池について、組立から24時間程度静置し、開回路電圧OCV(Open Circuit Voltage)が安定した後、25℃の恒温槽内で、0.2Cレートの電流密度でカットオフ電圧4.3Vになるまで充電した。1時間の休止後、カットオフ電圧3.0Vになるまで放電したときの放電容量を測定する充放電試験を行った。
【0077】
実施例1に係るコイン型電池の初期放電容量は、191.82mAh/gであったのに対し、比較例1に係るコイン型電池の初期放電容量は、191.93mAh/gであった。
【0078】
<<サイクル試験>>
作製したラミネート型電池について、コイン型電池と同様に、組立から24時間程度静置し、開回路電圧が安定した後、25℃の恒温槽内で、0.2Cレートの電流密度でカットオフ電圧4.1Vになるまで充電した。1時間の休止後、カットオフ電圧が3.0Vになるまで放電した。次にこの電池を、60℃の恒温槽内で2.0Cレートの電流密度で4.1V−CC充電、3.0V−CC放電を繰り返すサイクル試験を行い、500サイクル後の容量維持率を確認するサイクル試験を行った。サイクル試験による容量変化率を
図3に、サイクル試験前のインピーダンス試験結果を
図4に、500回のサイクル試験後のインピーダンス試験結果を
図5に示す。
【0079】
図3及び
図4からサイクル試験前の容量維持量及びインピーダンスにおけるCole−Coleプロットでは、実施例1及び比較例1に係るラミネート電池はほぼ同等であるが、
図3及び
図5から500回のサイクル試験後のインピーダンス試験後の容量維持量では比較例1に係るラミネート型電池に比べ、実施例1に係るラミネート型電池容量維持量がより高く保たれている。これは、実施例1のラミネート電池に使用されたリチウム−ニッケル複合酸化物粒子にはシロキサン化合物が被覆されているため、長サイクルの使用においても容量維持量の低下量が少ないことが分かる。そのため、より容量維持率の高い優れた被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子であることが確認された。