(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、II型糖尿病治療薬を評価するための、倫理的な問題の少ないモデル動物を構築し、被験物質がヒトのII型糖尿病を予防又は治療する候補物質であるか否かを評価する方法を提供することにある。
また、該モデル動物を用いた、ヒトのII型糖尿病を予防又は治療する物質をスクリーニングする方法、及び、ヒトのII型糖尿病を予防又は治療する薬剤を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、グルコースを添加した餌を一定期間食べさせて血糖値を上昇させたカイコでは、(i)空腹時における血糖の異常、(ii)個体レベルでの耐糖能の低下、(iii)脂質代謝の異常、(iv)脂肪体のインスリン抵抗性の上昇という、ヒトのII型糖尿病患者が呈する症状を示すようにできることを初めて見出した。
【0012】
また、本発明者らは、上記カイコに、II型糖尿病治療薬であるピオグリタゾンやメトホルミンを投与すると、空腹時の血糖値が低下することを見出した。すなわち、無脊椎動物を用いて初めて、II型糖尿病治療薬の血糖降下作用を評価できることを見出したことに基づき、本発明をするに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、被験物質がヒトのII型糖尿病の予防又は治療する候補物質であるか否かを評価する方法であって、
(a)カイコに、糖(A)を摂取させることにより、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にする工程、
(b)上記工程(a)で得られた、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にされたカイコに、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与したカイコを絶食させる工程、
(d)上記絶食させたカイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を測定する工程、
を有することを特徴とする方法を提供するものである。
【0014】
また、本発明は、ヒトのII型糖尿病の予防又は治療する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)カイコに、糖(A)を摂取させることにより、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にする工程、
(b)上記工程(a)で得られた、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にされたカイコに、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与したカイコを絶食させる工程、
(d)上記絶食させたカイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を測定する工程、
(e)上記被験物質の中から、該カイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を低下させる物質を選択する工程、
を有することを特徴とする方法を提供するものである。
【0015】
また、本発明は、ヒトのII型糖尿病の予防又は治療剤を製造する方法であって、
(a)カイコに、糖(A)を摂取させることにより、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にする工程、
(b)上記工程(a)で得られた、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にされたカイコに、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与したカイコを絶食させる工程、
(d)上記絶食させたカイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を測定する工程、
(e)上記被験物質の中から、該カイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を低下させる物質を選択する工程、
(f)上記工程(e)で選択された物質と製薬上許容される担体を混合する工程、
を有することを特徴とする方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、前記問題点や前記課題を解決し、コスト的に有利であり、倫理的な問題が少なく、飼育も容易であるカイコを用い、「II型糖尿病に対して治療有効性を示す候補物質に関する検討・評価」や「種々の薬理実験」等が、容易に、安価に、効率的に、正確・適切にできる。
【0017】
高グルコース餌を与えて高血糖状態になったカイコを用いた「哺乳動物における血糖降下物質の評価方法やスクリーニング方法」については、本発明者らによって既に報告されている(特許文献1)。しかし、このような「高血糖状態になったカイコ」は、出願後に鋭意検討を重ねた結果、II型糖尿病治療薬であるピオグリタゾンを投与しても即時的な血糖値の低下は見られなかった。すなわち、これまでの評価方法に用いていたカイコでは、哺乳動物の、空腹時における血糖異常の改善、耐糖能低下抑制、インスリン抵抗性改善、II型糖尿病予防・治療、慢性的な糖代謝障害の予防・治療等をするための候補物質になるか否かを正しく評価することができず、少なくとも、上記した症状の予防・治療等の評価に用いられるとは考えられていなかった。
【0018】
しかし、本発明の評価方法により初めて、ヒトのII型糖尿病治療薬として知られているピオグリタゾン及びメトホルミンの両方で、血糖値が低下することを確認した。従って、本発明により初めてカイコを用いてヒトのII型糖尿病の予防又は治療する物質をスクリーニングすることができる。
また、本発明で用いるカイコでは、空腹時における血糖異常、耐糖能低下、インスリン抵抗性、脂質異常の状態になっていることを確認し、すなわちヒトのII型糖尿病様症状が現れていることを確認している。従来使用されていたカイコでは、インスリン投与により血糖値が低下すること及び高グルコース餌投与後、絶食開始数時間で血糖値が低下することから、ヒトのII型糖尿病モデルを模擬していない。
すなわち、従来の評価方法等で使用されているカイコと本発明の評価方法等で使用されているカイコとは異なり、本発明の評価方法等は、従来の評価方法等と比べて新規性及び進歩性を有する。
【0019】
また、マウスでII型糖尿病様の症状を示すためには、高脂肪食を2週間以上与える必要があるとされている。一方、II型糖尿病モデルカイコは、II型糖尿病モデルマウスに比べて簡易及び短期間で構築することができる。
また、病態モデル動物として使われている線虫やショウジョウバエでは血液のサンプリングが容易でないため、血糖値の測定が困難である。一方、カイコは、血液のサンプリング及び血糖値の測定が容易であるため、II型糖尿病モデル動物に適する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明について説明するが、本発明は、以下の具体的態様に限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0022】
[II型糖尿病モデルカイコを用いたII型糖尿病の予防又は治療する候補物質の評価方法]
本発明の評価方法は、被験物質がヒトのII型糖尿病の予防又は治療する候補物質であるか否かを評価する方法であって、
(a)カイコに、糖(A)を摂取させることにより、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にする工程、
(b)上記工程(a)で得られた、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にされたカイコに、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与したカイコを絶食させる工程、
(d)上記絶食させたカイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を測定する工程、
を有することを特徴とする方法である。
【0023】
上記評価方法は、必要に応じて更にその他の工程を含んでいてもよい。以下、工程(a)、(b)、(c)、(d)について順に説明する。
【0024】
<工程(a)>
工程(a)においては、まず、カイコに糖(A)を摂取させ、該カイコを空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にする。
【0025】
本発明で用いるカイコは、以下の利点を有するものである。
(1)カイコ自体の入手が容易である。
(2)カイコを飼育する方法が既に確立されており、更に飼育に利便性がある。
(3)ヒト等の哺乳動物の内臓・器官と類似する性質が、これまでの研究で、ある程度分かっている。
(4)遺伝系統が確立されており、遺伝的均一性の維持ができている。
(5)比較的大型で、動きが緩慢であり、実質上無毛なので、定量的に注射できる等、薬物の投与が容易である。
(6)脂肪体を有しており、脂肪体を取り出して、含有する物質の定量が可能である。
(7)マウス、ラット等に比べると安価で、狭いスペースで多数この個体を飼育でき、倫理的な問題も少ないため、スクリーニング的な評価を行うことが容易である。
(8)被験物質が少量しかない場合でも評価を行うことができる。
(9)齢を揃える等、同じ状態の個体を揃えることが容易である。
(10)体液を採取して、糖、脂質、酵素等の成分を解析することが可能である。
【0026】
上記カイコは、糖(A)の摂取させやすさ、被験物質の投与のしやすさ、血液(体液)や脂肪体の採取のしやすさ等の観点から、大型のカイコであることが好ましい。ここで「大型のカイコ」とは、体長が1cm以上であるカイコであり、好ましくは、1.5cm以上15cm以下であり、特に好ましくは、2cm以上5cm以下である。また、4齢〜5齢のカイコが好ましく、5齢の幼虫が特に好ましい。
【0027】
糖(A)の摂取の方法としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、血液中への注射、飼料(餌)への添加等による経口摂取、腸内への注入等が挙げられ、簡便である点、及びヒトの臨床との対応という点で、腸管内部への注射、飼料(餌)への添加等による経口摂取が好ましい。
【0028】
糖(A)としては、糖(A)を摂取することにより、カイコが空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態を引き起こさせるものであれば、糖(B)と同じものである必要はなく特に限定はないが、例えば、グルコース、ヘプトース、ヘキソース、ペントース、テトロース、トリオース等の単糖類;トレハロース、マルトース、ラクトース、スクロース、セロビオース、ニゲロース、ソホロース等の2糖類;フルクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、乳果オリゴ糖等のオリゴ糖;デンプン、グリコーゲン、セルロース、ペクチン、グルコマンナン等の多糖類;デオキシ糖;ウロン酸等の糖の酸化生成物;ソルビット、アラビット等の糖アルコール等が挙げられる。このうち、グルコース、スクロース又はでんぷんが、カイコに摂取させることにより、該カイコに空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態を引き起こさせ、ヒト臨床との対応の点で特に好ましく、更に好ましくはグルコースである。これらは1種を用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0029】
摂取量としては、特に制限はなく、摂取させる物質、摂取方法等に応じて適宜選択することができる。本発明において摂取させる物質を飼料(餌)に添加して与える場合の糖(A)の含有割合は、飼料(餌)と糖(A)の合計量に対して、糖(A)を2質量%〜30質量%が好ましく、5質量%〜25質量%がより好ましく、8質量%〜12質量%が特に好ましい。含有割合が少な過ぎる場合は、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、又は、脂質異常の状態を引き起こすことができない場合があり、一方、多すぎる場合は、上記に示した状態以外の障害を与える場合がある。
【0030】
また、摂取期間は、カイコを空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にすることができれば特に限定はないが、5時間〜5日間が好ましく、10時間〜3日間がより好ましく、15時間〜24時間が特に好ましい。摂取時間が短過ぎる場合は、カイコは上記少なくとも1つ以上の状態にならない場合があり、一方、長過ぎる場合は、カイコが蛹に成長してしまう場合がある。
【0031】
飼料(餌)としては、クワの葉、人工飼料(シルクメイト2S、日本農産工業社製)等が好ましく、このうち人工飼料を用いた時には、人工飼料に含まれている糖と糖(A)の合計量に対して、糖(A)を5質量%〜25質量%の割合で混合して含有させることが好ましく、8質量%〜20質量%の割合で含有させることが特に好ましい。また、摂取期間は10時間〜5日間が好ましく、15時間〜24時間が特に好ましい。
【0032】
工程(a)においては、カイコを空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にすることが必須である。
【0033】
II型糖尿病は、標的細胞でのインスリン作用不全(インスリン抵抗性)の結果生じる疾患であって、空腹時血糖異常、耐糖能異常、脂質代謝異常(脂質異常)、酸化ストレスの上昇(活性酸素の増加)、肝機能の低下、及び腎機能の低下等の生理機能の異常を引き起こす。
【0034】
ヒトの空腹時血糖異常とは、空腹時の血糖の値に異常がある状態をいう。糖代謝機能の検査指標で、糖尿病等の診断指標の1つである。
ヒトの耐糖能異常とは、通常血液中に負荷されたグルコースは一定の期間内に血中より除去されるが、血中グルコース濃度が一定期間高値を持続することをいう。耐糖能異常の状態であるか否かは、ヒトのグルコース負荷試験等により確認することができる。
ヒトのインスリン抵抗性とは、インスリンが分泌又は投与されたにも関わらず、血中グルコース濃度が低下しないことをいう。
ヒトの脂質異常とは、血液中の脂質(コレステロールやトリグリセリド、遊離脂肪酸等)の値に異常がある状態をいう。
【0035】
実施例に示した結果等より、カイコにおいても哺乳動物と同様に、高グルコース餌を食べることにより、脂肪体中のトリグリセリド量が増加し、それに伴って、体液中の遊離脂肪酸量が増加したと考えられる。その遊離脂肪酸が脂肪体細胞におけるAktのリン酸化を誘導し、インスリン抵抗性が引き起こされ、最終的には、脂肪体の耐糖能の低下を引き起こしたと考えられる。
【0036】
本発明において、「カイコの空腹時血糖異常の状態」とは、実施例に示した内容の通りである。すなわち、一定期間絶食させたカイコの血糖値が、通常のカイコに比べて、高い値を示す状態をいう。
【0037】
本発明において、「カイコの耐糖能異常の状態」とは、実施例に示した内容の通りである。すなわち、カイコの血液中にグルコースを投与(負荷)することにより、血液中の総糖濃度又はグルコース濃度が一定期間高値を持続する状態をいう。
また、「カイコのインスリン抵抗性の状態」とは、実施例に示した内容の通りである。すなわち、カイコの脂肪体中のAktが、インスリンを投与してもリン酸化が誘導されない状態をいう。
また、「カイコの脂質異常の状態」とは、実施例に示した内容の通りである。すなわち、カイコの脂肪体中のトリグリセリド濃度、体液中の遊離脂肪酸濃度、及び、体液中のトリグリセリド濃度のうち少なくとも1つの濃度が通常時と比べて上昇している状態をいう。
【0038】
本発明で用いるカイコは、マウス等の哺乳類に比較して定量的な扱いが容易である。すなわち、マウス等の哺乳類に対して、II型糖尿病様の症状を引き起こすためには、高脂肪食を2週間以上与える必要があるとされている。これに対して、本出願の実施例より、II型糖尿病モデルカイコを容易に作製することを見出した。この点でも、マウス等の哺乳類に比較して、カイコ等の無脊椎動物は、評価動物として優れている。
【0039】
<工程(b)>
工程(b)では、上記工程(a)で得られた「空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にされたカイコ」に対して被検物質を投与する。
【0040】
被検物質を投与する方法としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、血液中への注射、飼料(餌)への添加等による経口摂取、腸内への注入等が挙げられる。簡便である点、ヒトの臨床との対応という点で、腸管内部への注射、経口摂取が好ましい。
【0041】
被検物質の投与量としては特に制限はなく、投与する物質、投与方法等に応じて適宜選択することができる。また、ヒトでの体重当たりの投与量を、投与するカイコの重さに換算して投与することも好ましい。また、その換算値に所定の倍率を乗じた量を投与することも好ましい。また、被検物質は、生理食塩水、水等で希釈して投与させることも好ましい。
【0042】
被検物質の投与時期は特に限定はなく、工程(a)において糖(A)を摂取させ終えた直後、該カイコにおいて、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態になった時点等が挙げられるが、該カイコにおいて、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態になった時点が、実験結果の再現性を得るという点で好ましい。具体的には、例えば、「糖(A)を摂取させ終えた直後」から「糖(A)を摂取させ終えてから24時間経過後」の間が好ましく、「糖(A)を摂取させ終えた直後」から「糖(A)を摂取させ終えてから6時間経過後」までの間がより好ましく、「糖(A)を摂取させ終えた直後」が特に好ましい。
【0043】
また、投与期間は、被検物質による「脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度」の減少が測定できれば特に限定はないが、1回に全量投与、あるいは継続的な投与が簡便性の点で好ましい。
【0044】
<工程(c)>
工程(c)では、上記工程(b)で、被検物質を投与されたカイコを絶食させる。具体的には、飼育容器からの餌の除去、餌が存在しない別の飼育容器へ該カイコを移動させること等が挙げられる。
【0045】
絶食させる期間は特に限定はなく、工程(b)において被験物質を投与した直後から、糖(A)の消化が終了するまでの期間から選択すればよい。具体的には、空腹時の血糖値を測定できればよく、例えば、被験物質が投与された時点から3時間〜4日が好ましく、10時間〜3日がより好ましく、12時間〜2日が好ましい。絶食期間が短すぎる場合は、糖(A)の消化が終了していない場合があり、一方、長すぎる場合は、II型糖尿病様の症状以外の障害を与える場合がある。
【0046】
<工程(d)>
工程(d)では、上記工程(c)で、絶食させたカイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を測定する。測定試料の採取方法は脂肪体に関しては、解剖して採取することが好ましく、血液に関しては、切り傷を付けてそこから採取する方法が好ましい。
【0047】
糖(B)の濃度の測定方法としては、糖の定量方法は特に限定はないが、例えば、全ての糖類の定量にはフェノール硫酸法、アンスロン硫酸法、カルバゾール硫酸法等;グルコースの定量にはグルコースオキシダーゼ法等が挙げられる。脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度の測定をする時期については特に限定はなく、工程(b)において被検物質が投与された直後(工程(c)において絶食を開始した直後)から、被検物質による糖(B)の濃度の減少の効果が見られなくなるまでの期間から選択すればよい。具体的には、例えば、被検物質が投与された時点から3時間〜4日が好ましく、10時間〜3日がより好ましく、12時間〜2日が特に好ましい。
【0048】
糖(B)の濃度の測定に際しては、被検物質を投与していない、「空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態になったカイコ」を対照として用いることが好ましい。対照には、例えば、生理食塩水を同量だけを投与することが好ましい。対照に比較して、被検物質を投与したもので、糖(B)の濃度がどれくらい減少していたかによって、被検物質を評価する。
【0049】
被検物質としてピオグリタゾン、メトホルミンを用いたところ、何れも、糖(B)の濃度の減少が見られた。本発明であるII型糖尿病モデルカイコを用いたII型糖尿病の予防又は治療する候補物質の評価方法は、コスト的、倫理的に問題なく、ある物質にヒトのII型糖尿病を予防又は治療する作用があるか否かを評価できる方法である。
【0050】
上記ヒトのII型糖尿病の予防又は治療する候補物質は、ヒトの空腹時血糖異常を改善する候補物質、耐糖能低下を抑制する候補物質、インスリン抵抗性を改善する候補物質、慢性的な糖代謝障害を予防・治療する候補物質等ともなる。
【0051】
[II型糖尿病モデルカイコを用いたII型糖尿病の予防又は治療する物質のスクリーニング方法]
本発明のスクリーニング方法は、ヒトのII型糖尿病の予防又は治療する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)カイコに、糖(A)を摂取させることにより、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にする工程、
(b)上記工程(a)で得られた、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にされたカイコに、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与したカイコを絶食させる工程、
(d)上記絶食させたカイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を測定する工程、
(e)上記被験物質の中から、該カイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を低下させる物質を選択する工程、
を有することを特徴とする方法である。
【0052】
本発明のスクリーニング方法は、必要に応じて更にその他の工程を含んでいてもよい。工程(a)、(b)、(c)及び(d)については、上記評価方法と同様である。
【0053】
<工程(e)>
工程(e)において、上記工程(a)、(b)、(c)及び(d)によって使用された被検物質の中から、該カイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を低下させる物質を選択する。対照に比較して、被検物質を投与したもので、糖(B)の濃度がどれくらいまでに減少した場合に有意差と判定してその被検物質を選択するかについては、用いたカイコの数にも依存し特に限定はないが、ビオグリタゾンで70%にまで減少、メトホルミンで80%にまで減少(実施例5)した。
【0054】
1条件に用いるカイコの数については特に限定はないが、1個〜200個が好ましく、2個〜10個が特に好ましい。この範囲であると、薬学的にも統計学的にも正しい選択が可能である。
【0055】
本発明のスクリーニング方法によって、コスト的に有利に、倫理的にも問題がない方法で、インスリン分泌低下によらない「ヒトのII型糖尿病を予防又は治療する物質」のスクリーニングが可能である。すなわち、II型糖尿病の病態である空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、又は脂質異常を予防又は治療する物質のスクリーニングが可能である。
【0056】
上記ヒトのII型糖尿病の予防又は治療する物質は、ヒトの空腹時の血糖異常を改善する物質、耐糖能低下を抑制する物質、インスリン抵抗性を改善する物質、慢性的な糖代謝障害を予防・治療をする物質等ともなる。
【0057】
[II型糖尿病モデルカイコを用いたヒトのII型糖尿病を予防又は治療する薬剤を製造する方法]
本発明の血糖値を降下させる薬剤を製造する方法は、ヒトのII型糖尿病の予防又は治療剤を製造する方法であって、
(a)カイコに、糖(A)を摂取させることにより、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にする工程、
(b)上記工程(a)で得られた、空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、及び、脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の状態にされたカイコに、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与したカイコを絶食させる工程、
(d)上記絶食させたカイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を測定する工程、
(e)上記被験物質の中から、該カイコの脂肪体中又は血液中の糖(B)の濃度を低下させる物質を選択する工程、
(f)上記工程(e)で選択された物質と製薬上許容される担体を混合する工程、
を有することを特徴とする方法である。
【0058】
本発明の血糖値を降下させる薬剤を製造する方法は、必要に応じて更にその他の工程を含んでいてもよい。工程(a)、(b)、(c)、(d)及び(e)については、上記スクリーニング方法と同様である。
【0059】
<工程(f)>
工程(f)は、上記工程(e)で選択された物質と製薬上許容される担体とを混合する工程である。
【0060】
本発明の、評価方法、スクリーニング方法によって見出された「ヒトのII型糖尿病を予防又は治療する物質」は、それを含有させて薬剤が製造される。該薬剤の剤型については特に限定はないが、経口投与のための製剤としては、錠剤、丸剤、顆粒剤、カプセル剤、散剤、液剤、懸濁剤、シロップ剤、舌下剤等が挙げられ、また、非経口投与のための製剤としては、注射剤、経皮吸収剤、吸入剤、坐剤等が挙げられる。
【0061】
製剤化に際しては、製薬上許容される担体を混合することが可能である。担体の種類及び組成は、投与経路や投与方法によって適宜決定することができる。例えば、液状担体としては、水、アルコール、食用油等を用いることができる。固体担体としては、リジン等のアミノ酸類、シクロデキストリン等の多糖類、ステアリン酸マグネシウム等の有機酸塩類、ヒドロキシルプロピルセルロース等のセルロース誘導体等を用いることができる。
【0062】
上記工程(e)で選択された物質には、更に、等張化剤、防腐剤、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤、溶解補助剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、希釈剤、緩衝剤、着色剤、着香剤等の各種医薬用添加剤を配合することができる。注射剤の場合には適当な担体と共に滅菌処理を行なって薬剤とする。
【0063】
上記ヒトのII型糖尿病を予防又は治療する薬剤は、ヒトの空腹時血糖異常、ヒトの耐糖能異常、ヒトのインスリン抵抗性、及び、ヒトの脂質異常からなる群より選択される少なくとも1つ以上の症状の予防又は治療剤として使用することができる。
また、上記ヒトのII型糖尿病を予防又は治療する薬剤は、ヒトの空腹時血糖異常改善剤、ヒトの耐糖能低下抑制剤、ヒトのインスリン抵抗性改善剤、ヒトの慢性的な糖代謝障害の予防・治療剤等ともなる。
【0064】
哺乳動物を用いた実験は、国際原則である3R、すなわちReplacement(代替法の開発)、Reduction(動物数の削減)、Refinement(動物の苦痛の削減)に従って実験を行わなければならない(Russell and Burch(1959))。多数の哺乳動物を犠牲にして、糖尿病治療薬の候補をスクリーニングすることは倫理的な視点から、問題があると指摘されている。
【0065】
本発明により開発したカイコによるII型糖尿病モデルは、3RのひとつであるReplacementの考えと合致する。また、カイコは、病態モデル動物として、しばしば使われている線虫やショウジョウバエでは困難な、血液(体液)のサンプリング、及び血糖値の測定が容易である。従って、本発明で用いるII型糖尿病モデルカイコは、これらの小型無脊椎動物に比べ、高血糖モデル動物として優れた利点がある。
更に、これまでの研究により、カイコにおける薬物動態が哺乳動物と共通していることを明らかにしている(Hamamoto H et,al.,Comp Biochem Physiol C Toxicol Pharmacol.2009)。よって、カイコは、新規糖尿病治療薬の探索系として有用な新しいモデル生物であると期待される。
【0066】
[作用]
上記工程(a)〜(e)を含む工程で、ヒトのII型糖尿病の予防又は治療する候補物質をスクリーニングできる作用・原理は明らかではないが、以下のことが考えられる。
これまでに、カイコは血糖値の恒常性を維持する機構を有していることが報告されている。また、カイコは筋肉及びヒトの肝臓に相当する脂肪体に糖を貯蔵でき、インスリン様ペプチドホルモンであるボンビキシンを有しており、ボンビキシンの下流には、ヒトの場合と同様なMAPKシグナル伝達経路を含むインスリンシグナル伝達経路が存在することも報告されている。更に、組み換え型ヒトインスリンがPI3キナーゼの活性化を介して、カイコの脂肪体の糖の取り込みを亢進させる作用を有し、インスリンシグナル伝達経路以外の経路であるAMPキナーゼの活性化により、カイコの血糖値は低下する。
【0067】
ヒトにおいて高カロリー食の慢性的な摂食による耐糖能異常(耐糖能の低下)の原因の1つとして、インスリン抵抗性による血糖調節機構の破綻が挙げられる。糖尿病マウスや糖尿病ラットにおいて、肝臓や脂肪組織がインスリンによる刺激に応答しなくなることが知られている。上記した通り、カイコの血糖調節機構は、ヒトと類似した機構を有することは明らかになっているが、その他の代謝調節機構については不明な点が多い。
本発明の実施例により、一定期間高グルコース餌を与えて高血糖としたカイコでは、個体レベルでの空腹時血糖異常、耐糖能の低下、インスリン抵抗性、及び脂質異常を示すことが分かった。これらの症状は、ヒトのII型糖尿病の症状と一致している。上述したように、カイコにはヒトの血糖調節機構と同様な機構がある他に、カイコの脂質調節機構等の他の代謝調節機構がヒトと類似していることからこれらの効果が表れたと考えられる。
【0068】
[従来のカイコを用いたヒトの血糖値を降下させる物質の評価方法等の違い]
従来の評価方法では、高グルコース含有餌をカイコに1時間投与後、被験物質を投与し、被験物質を投与してから6時間後に該カイコの血糖値を測定することによって、被験物質がヒトの血糖値を降下させる物質であるか否かを評価していた(特許文献1の実施例4、5、10)。
【0069】
従来の評価方法は、短時間で被験物質がヒトの血糖値を降下させる物質の評価をすることができるという利点を有している一方で、II型糖尿病治療病薬である例えばピオグリタゾンは評価することができなかった(かかる物質は候補物質として捕捉(評価)できず、またスクリーニングもできなかった)。
その原因は、短時間の高グルコース餌の摂食によるカイコの高血糖モデルがヒトのII型糖尿病モデルを模擬していないことが原因であると考えられる。
【0070】
そこで、本発明は、ヒトのII型糖尿病の原因の1つとして考えられている「過食」に注目し、従来の評価方法よりも長時間高グルコース含有餌を与えることにより、カイコにおいてもヒトのII型糖尿病様の症状が現れるのではないかという仮説に基づいて検討を行った結果、一定期間高グルコース含有餌を与え、その後一定期間絶食させたカイコにおいて、ヒトのII型糖尿病様の症状(空腹時血糖異常、耐糖能異常、インスリン抵抗性、脂質異常)が出ることが確認された。
従来の評価方法で用いていた「高グルコース含有餌を1時間与えたカイコ」においては、インスリン投与により血糖値が低下したことから、インスリン抵抗性になっていないことが示唆される(特許文献1の実施例4)。また、1時間高グルコース含有餌を与えてから、2時間、5時間、8時間絶食させたときの血糖値を測定した結果、絶食開始2時間後から血糖値が低下し、空腹時血糖異常が引き起こされていないことが示唆される(特許文献1の実施例7)。
これらの結果から、「高グルコース含有餌を1時間与えたカイコ」においては、II型糖尿病様症状が現れていないことが考えられる。
【0071】
また本発明の評価方法と、従来の評価方法との違いは、被験物質を投与してから血糖値を測定するまでの工程である。従来の評価方法で、上述したとおり、被験物質を投与してから6時間後に血糖値の測定をしているのに対し、本発明では、「上記被験物質を投与したカイコを絶食させる工程」を経て、血糖値を測定している。
絶食状態にさせる理由は、空腹時の血糖値を測定するためである。ヒトのII型糖尿病患者では、空腹時の血糖値が高いことが知られており、この空腹時の血糖値の上昇が、II型糖尿病の症状である、インスリン抵抗性や糖代謝、脂質代謝異常等に起因している。
カイコもヒトと同様に、空腹時の血糖値を測定することによって、II型糖尿病様の症状を有しているか否かの判断材料になるのではないかという仮説に基づいて検討を行った結果、本発明が完成した。よって、従来の評価方法から、「上記被験物質を投与したカイコを絶食させる工程」を容易に想到することができない。
【実施例】
【0072】
以下、実施例及び試験例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等の具体的範囲に限定されるものではない。
【0073】
<カイコの種類、飼育条件、注射条件>
カイコの受精卵(交雑種ふ・よう×つくば・ね)は愛媛養蚕株式会社から購入した。孵化した幼虫は室温で人工飼料シルクメイト2S(日本農産工業株式会社)を与えて5齢幼虫まで育てた。飼育容器は卵から2齢幼虫までを角型2号シャーレ(栄研器材)、それ以降をディスポーザブルのプラスチック製フードパック(フードパックFD大深、中央化学株式会社)を用いた。飼育温度は27℃とした。特に記載がない限り、実験には4齢眠以後絶食させた5齢1日目の幼虫を用いた。
糖添加試料は、人工飼料シルクメイト2S(日本農産工業株式会社)に、種々の重量比でD−Glucoseを混合して調製した。
カイコの注射実験では、5齢幼虫の第5体節の模様がある体節に0.05mLの試料を注射した。注射筒(1mL)と注射針(27G×3/4)はテルモ株式会社より購入した。
【0074】
<カイコの血糖値の定量法>
血液(20μL)は第一腹肢(first proleg)にはさみでつけた切り傷から採取し、タンパク質を沈殿させるために9倍量の0.6N過塩素酸と混合した。3,000rpmで10分間遠心分離し、上清を体液抽出液(hemolymph extract)とした。
カイコ血液中の総糖量はフェノール硫酸法(Hodge et al)により定量した。蒸留水で適当な濃度に希釈した体液抽出液100μLと5%(w/v)フェノール水溶液100μLを混合し、濃硫酸500μLを加えて激しく撹拌し、室温で20分間静置した後、490nmにおける吸光度を測定した。グルコース水溶液を標準糖溶液とした。
血中グルコース濃度はグルコースオキシダーゼ法により定量された。蒸留水で適当な濃度に希釈した体液抽出液を20μLと酵素反応液(0.12M Na-phosphate buffer(pH7.4)、4units/mL of glucose oxidase、3units/mL of peroxidase、9mM o-dianisidine)400μLを混合し室温で40分放置した。その後、70%濃硫酸100μLを加えて激しく撹拌し、530nmにおける吸光度を測定した。グルコース水溶液を標準糖溶液とした。
【0075】
<カイコの脂肪体、及び体液中のトリグリセリドと遊離脂肪酸の定量>
カイコに18時間、通常の餌、又は、10%グルコース含有餌を摂食させた。その後、それぞれの群のカイコの脂肪体、及び体液を採取した。採取したサンプルのトリグリセリド、及び遊離脂肪酸量を酵素法により定量した。トリグリセリドについては、トリグリセリド E−テストワコー(和光純薬、大阪、日本)を用い、遊離脂肪酸については、NEFA C−テストワコー(和光純薬、大阪、日本)を用いて定量した。
【0076】
<試薬>
組換え型ヒトインスリンはSigmaより購入し、0.1%酢酸を含む生理食塩水(0.9%NaCl)に溶解して用いた。ピオグリタゾンはLKT Laboratories,Incより購入した。5mgのピオグリタゾンを100μLの0.1MHClで懸濁し、4分煮沸し溶解させた。PBSを900μL加えvortexしたものを用いた。メトホルミン(1,1-Dimethylbiguanide Hydrochloride)は和光純薬より購入し、生理食塩水に溶解して用いた。
【0077】
<脂肪体のAkt、及びJNKのリン酸化の検出>
カイコから摘出した脂肪体を、Insect saline(130mM NaCl、5mM KCl、1mM CaCl
2)で洗浄した後、NP−40 lysis buffer(10mM Tris/HCl(pH7.5)、150mM NaCl、0.5mM EDTA、1mM DTT、1%NP−40、10mM NaF、1mM Na
3VO
4)250μLの溶液と混合し、5秒間、超音波処理した。その後、TCA沈殿を行い、タンパク質をSDS電気泳動し、PVDFメンブレンに移行させた。抗Akt抗体、抗リン酸化Akt抗体、抗JNK抗体及び抗リン酸化JNK抗体を用いたウエスタンブロットを行った。
【0078】
<カイコの脂肪体のOil Red O染色>
カイコに18時間、通常の餌又は10%グルコース含有餌を摂食させた。その後、それぞれの群のカイコの脂肪体を採取した。PBSで2回洗浄後、3.7%ホルマリン溶液に室温、30分浸した。PBSで2回洗浄後、60%イソプロパノールに1分浸し、Oil Red O染色液(最終濃度1.8mg/mL)に室温、20分浸した。その後、60%イソプロパノール溶液で5回洗浄し、写真を取った。水気を取った脂肪体サンプルの重量を測定後、脂肪体にキシレンを200μL加え、室温で30分撹拌した。そして、ソニケーター(Sonifier 450,Branson)でOPC(Out put control)2モードで30秒処理し、10,000rpmで3分間遠心した。遠心上清画分のOD490を測定し、一定重量の脂肪体当たりの吸光度を算出し、比較した。
【0079】
実施例1
[一定期間グルコースを与えて高血糖としたカイコの空腹時血糖の異常及び耐糖能の低下]
これまでの研究により、カイコに高グルコース餌を1時間食べさせることにより、カイコの血糖値が上昇することを見出している(非特許文献2)。この高血糖カイコにヒトインスリンを投与すると血糖値が低下したが、II型糖尿病治療薬であるピオグリタゾンを投与しても血糖値の低下は見られなかった。II型糖尿病は、慢性的な高カロリー食の摂食により、耐糖能が低下し、インスリン抵抗性になることにより引き起こされる。そこでカイコの耐糖能が低下し、インスリン抵抗性となる条件を検討した。
【0080】
ヒトにおいて、耐糖能が低下したと判定する基準としては、(1)食後血糖値が200mg/dL以上、(2)空腹時血糖が150mg/dL以上、(3)グルコース負荷試験において、グルコース負荷後30分において、血糖値が200mg/dL以上となることが挙げられる。更に、インスリン抵抗性であると判断する基準としては、インスリンによるインスリン伝達経路が誘導されないことが挙げられる(Ryan G.Holzer,et.al.,Cell,2011,173-184)。
【0081】
まず、カイコにグルコースを含む高カロリーの餌を一定期間与えることによりカイコの空腹時血糖異常が起こるかを検討した。5齢1日目のカイコに対して、18時間、10%(w/w)グルコースを含む餌を与え、その後24時間絶食させた後に血中の糖濃度を測定した(
図1A)。18時間給餌後において、高グルコース餌給餌群は、通常餌給餌群に比べ血糖値が2.4倍高かった(
図1B)。その後餌を取り除いて、24時間絶食後においても、高グルコース餌給餌群は、通常餌給餌群に比べて高い血糖値を示した(
図1C)。
図1の結果は、一定期間高グルコース餌を与えて高血糖としたカイコにおいて、空腹時血糖異常が起こっていることを示唆している。
【0082】
次に、通常の餌を18時間摂食させた5齢1日目のカイコ(以下、「通常餌給餌カイコ」と略記する)と10%(w/w)グルコースを含む餌を18時間摂食させた5齢1日目のカイコ(以下、「高グルコース餌給餌カイコ」と略記する)それぞれについて24時間絶食後、グルコース負荷試験(GTT:glucose tolerance test)を行った(
図2A)。
すなわち、24時間絶食後、カイコの血液中にグルコース溶液(75mg/mL)を100mL注射後、0、15、30、60、90、120分後の総糖濃度及びグルコース濃度を測定した。
【0083】
その結果、高グルコース餌給餌カイコは、通常餌給餌カイコに比べ、グルコース投与後、15、30、60、90、120分の血液中の総糖濃度がいずれも高い値を示すことが分かった(
図2B)。通常餌給餌カイコの血液中にはグルコースは存在せず、二糖類であるトレハロースが存在している。これまでに、グルコース餌を与えるとカイコの体液中にグルコースとトレハロースが混在するようになることが分っている(非特許文献2)。
高グルコース餌給餌カイコは、通常餌給餌カイコよりグルコース投与後、15、30、60、90分の体液中のグルコース濃度も高い値を示した(
図2C)。
図2の結果は、一定期間高グルコース餌を与えて高血糖としたカイコにおいては、耐糖能が低下していることを示唆している。
【0084】
実施例2
[高グルコース餌給餌カイコにおけるインスリン抵抗性の亢進]
ヒトにおいて高カロリー食の慢性的な摂食による耐糖能の低下の原因の1つとして、インスリン抵抗性による血糖調節機構の破綻が挙げられる。糖尿病マウスや糖尿病ラットにおいて、肝臓や脂肪組織がインスリンによる刺激に応答しなくなることが知られている(Ryan G.Holzer,et.al.,Cell,2011,173-184)。
また、これまでの研究により、摘出したカイコの脂肪体のin vitroの組織培養系にインスリンを加えると脂肪体細胞でのAktのリン酸化、及び糖取り込みが亢進することを見出している(非特許文献2)。
【0085】
そこで、一定期間グルコース餌を与えて高血糖としたカイコ、及び通常餌給餌カイコの脂肪体を摘出し、インスリンに対する応答性を比較した。すなわち、高グルコース餌給餌カイコ、通常餌給餌カイコそれぞれについて18時間給餌後に脂肪体を摘出し、Grace’s mediumに生理食塩水及び組換え型ヒトインスリン(0.7mg)を投与し、27℃で3時間培養後、抗リン酸化Akt抗体及び抗Akt抗体を用いたウエスタンブロットを行った。
【0086】
その結果、通常餌給餌カイコから摘出した脂肪体では、インスリンによりAktのリン酸化が亢進したが、高グルコース餌給餌カイコから摘出した脂肪体では、インスリンによるAktのリン酸化が起こらなくなっていることが判明した(
図3)。この結果は、一定期間高グルコース餌を与えて高血糖としたカイコの脂肪体細胞は、インスリンに対する反応性が低下していることを示唆している。
【0087】
実施例3
[高グルコース餌給餌カイコにおける血中及び脂肪体における脂質の蓄積]
II型糖尿病患者がインスリン抵抗性となる原因として、肝臓や脂肪組織等の臓器や血液中のトリグリセリド、遊離脂肪酸濃度の上昇が指摘されている。また、高脂肪食(High fat diet;HFD)を食べさせて糖尿病としたマウスは、肝臓におけるトリグリセリドやグリセロールの蓄積、及び血中の遊離脂肪酸の上昇等の肥満の症状を示す(Mark J.Czaja,Trends in Endocrinology and Metabolism,2010,707-713)。これらの脂質の蓄積はインスリン抵抗性を惹起する要因となると考えられている(Giovanni Tatantino and Armando Caputi, World journal of Gastroenterology,2011,3785-3794,Ryan G.Holzer,et.al.,Cell,2011,173-184)。
【0088】
そこで高グルコース餌給餌カイコの体液及び脂肪体においても、脂質が蓄積しているかを検討した。すなわち、通常餌給餌カイコ、高グルコース餌給餌カイコそれぞれについて18時間給餌後に脂肪体及び体液中のトリグリセリド量及び遊離脂肪酸量を定量した。
【0089】
その結果、Oil Red Oにより脂肪体細胞の脂肪滴を染色したところ、高グルコース餌給餌カイコの脂肪体は通常餌給餌カイコの脂肪体に比べて、より強く染色された(
図4A)。更に、染色処理後の脂肪体からキシレンで色素を抽出し、色素量を定量した結果、両者には1.3倍の違いが認められた(
図4B)。
更に、高グルコース餌給餌カイコの脂肪体のトリグリセリド量は、通常餌給餌カイコのそれより1.4倍上昇していた(
図5A)。このとき、通常餌給餌カイコと高グルコース餌給餌カイコの脂肪体中の遊離脂肪酸量には有意な差はみられなかった(
図5B)。
【0090】
一方、インスリン抵抗性となっている患者の血液中のトリグリセリド、及び遊離脂肪酸量が上昇していることが知られている。また、マウスを用いた研究から、血液中の遊離脂肪酸がインスリン抵抗性を惹起することも報告されている。そこで、高グルコース餌給餌カイコの体液において、トリグリセリドや遊離脂肪酸の濃度が上昇しているかを検討した。その結果、一定期間高グルコース餌を与えて高血糖としたカイコの体液中のトリグリセリド、及び遊離脂肪酸濃度は、何れも通常餌給餌カイコより上昇していることが判明した(
図5C、D)。
【0091】
以上の結果は、一定期間高グルコース餌を与えて高血糖としたカイコは脂質異常の症状を呈していることを示唆している。また、体液中のトリグリセリド、及び遊離脂肪酸量が上昇したことにより、これらの濃度上昇によりインスリン抵抗性が惹起された可能性を示唆している。
【0092】
実施例4
[高グルコース餌給餌カイコの脂肪体におけるJNKのリン酸化の亢進]
血中の遊離不飽和脂肪酸は、様々な組織のJNK(c-Jun N-terminal kinase)のリン酸化を引き起こすことにより、インスリン抵抗性を惹起することが知られている(Ryan G.Holzer,et.al.,Cell,2011,173-184)。上述したように、高グルコース餌給餌カイコでは、血中の遊離脂肪酸量が増加しており、しかも脂肪体がインスリン抵抗性を示した。
【0093】
そこで次に、この高グルコース餌給餌カイコで、脂肪体におけるJNKのリン酸化が亢進しているかを検討した。高グルコース餌給餌カイコ、及び通常餌給餌カイコそれぞれの脂肪体を給餌18時間後に摘出し、ウエスタンブロットにより脂肪体細胞におけるJNKのリン酸化のレベルを比較した。その結果、この高グルコース餌給餌カイコの脂肪体においては、通常餌給餌カイコのそれよりJNKのリン酸化が亢進していることが分った(
図6)。
【0094】
実施例5
[高グルコース餌給餌カイコの血糖値に対するピオグリタゾン、及びメトホルミンの投与の効果]
高グルコース餌給餌カイコを用いて、II型糖尿病治療薬であるピオグリタゾン、及びメトホルミンの評価を試みた(Cignarelli A.,et al Arch Physiol Biochem 2013 early online:1-11)。
高グルコース餌給餌カイコ、及び通常餌給餌カイコそれぞれについて、18時間給餌後にControl溶液(PBS+0.01MHCl)、又はピオグリタゾン(5mg/mL)を投与し、24時間の血中の糖濃度を測定した。
また、高グルコース餌給餌カイコ、及び通常餌給餌カイコそれぞれについて、18時間給餌後に生理食塩水(0.9%NaCl)、又はメトホルミン(4mg/mL)を投与し、24時間の血中の糖濃度を測定した。すなわち、カイコ1匹(約1.4g)当たり、ピオグリタゾンは0.25mg、メトホルミンは0.2mg投与されたことになる。
その結果、高グルコース餌給餌カイコにピオグリタゾン、又はメトホルミンを投与すると空腹時の血糖値が低下することが判明した(
図7)。
【0095】
試験例1
[従来の評価方法等で使用していたカイコの血糖値に対するビオグリタゾン、及びメトホルミンの投与の効果]
5齢1日目のカイコに、10%(w/w)グルコース添加飼料を与え、27℃で1時間飼育後、生理食塩水、ピオグリタゾン(0.1mg/larva)、又はメトホルミン(0.1mg/larva)を投与した。投与から6時間後に血液を採取し、糖濃度を測定した。
結果を
図8に示す。ピオグリタゾン(
図8A)、メトホルミン(
図8B)共に、生理食塩水を投与した時に比べて有意に血糖値が減少しなかった。
【0096】
実施例1〜2より、高グルコース餌給餌カイコでは、空腹時の血糖値の上昇、個体レベルでの耐糖能の低下、及びインスリン抵抗性を示すことが分かった。これらの症状は、ヒトのII型糖尿病の症状と一致している。実施例3より、この高グルコース餌給餌カイコでは脂肪体、及び体液中の脂質の量が上昇しており、脂質異常(高脂血)様の症状を示した。また、実施例4より、高グルコース餌給餌カイコから摘出された脂肪体では、試験管内組織培養系でのインスリン応答性が低下していた。更に、実施例5より、この高グルコース餌給餌カイコにピオグリタゾンやメトホルミンを投与すると血糖値の低下がみられた。これらの結果は、一定期間グルコース餌を与えて高血糖としたカイコがII型糖尿病モデルとして利用できることを示唆している。該モデルは、新規II型糖尿病治療薬の探索に有用であると期待される。
【0097】
哺乳動物において高カロリー食の摂取により、肝臓のトリグリセリド量の増加や血中の遊離脂肪酸の量が増加することが報告されている。また、血中の遊離脂肪酸の上昇は、JNKのリン酸化を導き、それによりインスリン抵抗性が引き起こされる(Ryan G.Holzer,et.al.,Cell,2011,173-184,Mark J.Czaja,Trends in Endocrinology and Metabolism,2010,707-713,Giovanni Tatantino and Armando Caputi,World journal of Gastroenterology,2011,3785-3794)。カイコにおいても哺乳動物と同様に、高グルコース餌を食べることにより、脂肪体中のトリグリセリド量が増加し、それに伴って、体液中の遊離脂肪酸量が増加すると考えられる。その遊離脂肪酸が脂肪体細胞におけるAktのリン酸化を誘導し、インスリン抵抗性が引き起こされ、最終的には、脂肪体の耐糖能の低下を引き起こすと考えられる。
【0098】
カイコやショウジョウバエ等の昆虫の体液中の糖の大部分は二分子のグルコースが結合したトレハロースである。昆虫は、グルコースによる毒性を緩和するために毒性の低いトレハロースに変換する制御機構を有していると考えられる。カイコは、このトレハロースに変換する制御機構の許容量を超える過剰なグルコースの摂取により、体液中のグルコース濃度が増加すると考えられる。
【0099】
本発明により、カイコにグルコースを過剰に含む餌を一定時間与えればヒトのII型糖尿病様の症状を呈することを明らかにした。一方、マウスでは、血糖値の上昇等のII型糖尿病様の症状を示すためには、高脂肪食を2週間以上与える必要があるとされている。従って、カイコを用いれば、マウスを用いた場合に比べてはるかに短時間でII型糖尿病モデルを構築できることになる。
【0100】
また、本発明により、ピオグリタゾンやメトホルミンを投与することにより、一定期間高グルコース餌を与えて高血糖としたカイコの絶食時の血糖値が低下することを見出した。本発明は無脊椎動物を用いて、II型糖尿病の治療薬の血糖降下作用を評価した初めての例である。チアゾリジン誘導体薬であるピオグリタゾンは、転写因子PPARγ(peroxisome proliferator-activated receptor-γ;ペルオキシゾーム増殖剤応答性受容体-γ)の作用を増強することによりインスリン抵抗性の改善に寄与すると考えられている(Hauner H:The mode of action of thiazolidinediones.Diabetes Metab.Res.Rev.,18:S10-S15,2002)。哺乳動物でPPARγは脂肪細胞で高発現している他、骨格筋や肝臓でも発現している。
【0101】
チアゾリジン誘導体薬は、各種臓器に作用し、血糖値の低下を引き起こすことが知られている。脂肪細胞に対してチアゾリジン誘導体薬は、インスリン感受性の小型脂肪細胞の数の増加、血糖調節に関わるアデイポネクチンの発現上昇、脂肪酸取り込みの増強を引き起こす。骨格筋細胞に対してチアゾリジン誘導体薬は、PPARγの発現上昇、糖取り込み、グリコーゲン合成の増強を引き起こす。肝臓細胞に対してチアゾリジン誘導体薬は、糖新生の抑制を引き起こす。
カイコのゲノム中にPPARγと相同性の高いタンパク質をコードする遺伝子が存在することをこれまでに見出している。その相同性の高いタンパク質のアミノ酸配列を配列番号1に示す。ピオグリタゾンは、カイコの各種臓器に作用し、PPARγの活性化を引き起こすと推測される。
【0102】
一方、ビグアナイド薬であるメトホルミンは、哺乳動物の肝臓や骨格筋に作用し、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化することにより糖尿病症状の改善に寄与すると考えられている(Zhou G,et al.,:Role of AMP-activated protein kinase in mechanism of metformin action.J.Clin.Invest.,108:1167-1174,2001)。本発明者らはこれまでに、カイコにおいてもAMPKの活性化が血糖値の低下を導くことを報告している(非特許文献2)。メトホルミンは、カイコの各種臓器に作用し、AMPKの活性化を引き起こしていると考えられる。