特許第6390230号(P6390230)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6390230被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及び被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法
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  • 特許6390230-被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及び被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6390230
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及び被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20180910BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20180910BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20180910BHJP
【FI】
   H01M4/525
   H01M4/36 C
   H01M4/505
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-144513(P2014-144513)
(22)【出願日】2014年7月14日
(65)【公開番号】特開2016-21323(P2016-21323A)
(43)【公開日】2016年2月4日
【審査請求日】2017年4月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】太田 陽介
(72)【発明者】
【氏名】山辺 秀敏
【審査官】 小森 重樹
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/105126(WO,A1)
【文献】 特開2003−142097(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/165422(WO,A1)
【文献】 国際公開第2015/005117(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525
H01M 4/36
H01M 4/505
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル含有量が0.65モルを超えるニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面に、有機硫黄化合物を被覆され、
前記有機硫黄化合物の被覆量が、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の比表面積に対して4.05×10−6mol/m以上1.62×10−5mol/m以下であり、
前記有機硫黄化合物は、ジフェニルジスルフィド、ジ−p−トリルジスルフィド、ビス(4−メトキシフェニル)ジスルフィド、2−ナフタレンチオール、ベンゼンチオール、ベンジルメルカプタン、6−(ジブチルアミノ)1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール、2−アニリノ−4,6ジメルカプト−1,3,5−トリアジン及び6−(アリニノ)1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオールからなる群より選択される少なくとも1以上の有機硫黄化合物であるリチウムイオン電池正極活物質用の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子。
【請求項2】
前記有機硫黄化合物が、芳香環若しくは複素環である環状骨格を有するチオール基含有分子又は芳香環若しくは複素環である環状骨格を有するジスルフィド基含有分子である請求項1に記載のリチウムイオン電池正極活物質用の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子。
【請求項3】
前記有機硫黄化合物の最高被占軌道の分子軌道エネルギーが−9.0eV未満である請求項1又は2に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子。
【請求項4】
前記有機硫黄化合物が、ジフェニルジスルフィド骨格を有するジスルフィド基含有分子又はトリアジンジチオール骨格を有するチオール基含有分子である請求項1から3のいずれかに記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子。
【請求項5】
前記有機硫黄化合物が、ジフェニルジスルフィド、2−ナフタレンチオール、6−(ジブチルアミノ)−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール及び6−(アニリノ)−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオールより選ばれた少なくとも一種以上の化合物である請求項1から4のいずれかに記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子。
【請求項6】
前記有機硫黄化合物が下記一般式(1)で表される請求項1から5のいずれかに記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子。
LiNi(1−y−z) ・・・(1)
(式中、xは0.80〜1.10、yは0.01〜0.20、zは0.01〜0.15、1−y−zは0.65を超える値であって、Mは、CoまたはMnから選ばれる少なくとも一種類の元素を示し、NはAl、InまたはSnから選ばれる少なくとも一種類の元素を示す。)
【請求項7】
5〜20μmの平均粒径を有する球状粒子である請求項1から6のいずれかに記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子。
【請求項8】
前記被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子に形成されている有機硫黄化合物含有層が単分子膜である請求項1から7のいずれかに記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子。
【請求項9】
前記有機硫黄化合物と前記リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を極性溶媒に室温から該分子の分解温度の直前までの温度の範囲内で混合する工程を含む、請求項1から8のいずれかに記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル含有量の高い被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子に関し、大気雰囲気下の安定性を向上させた取り扱いしやすい被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話、ノートパソコン等の小型電子機器の急速な拡大とともに、充放電可能な電源として、リチウムイオン二次電池の需要が急激に伸びている。リチウムイオン二次電池の正極で充放電に寄与する正極活物質として、リチウム−コバルト酸化物(以下、コバルト系と明記することがある。)が広く用いられている。しかしながら、電池設計の最適化によりコバルト系正極の容量は理論容量と同等程度まで改善され、さらなる高容量化は困難になりつつある。
【0003】
そこで、従来のコバルト系よりも理論容量の高いリチウム−ニッケル酸化物を用いたリチウム−ニッケル複合酸化物粒子の開発が進められている。しかしながら、純粋なリチウム−ニッケル酸化物は、水や二酸化炭素等に対する反応性の高さから安全性、サイクル特性等に問題があり、実用電池として使用することは困難であった。そこで上記問題の改善策として、コバルト、マンガン、鉄等の遷移金属元素またはアルミニウムを添加したリチウム−ニッケル複合酸化物粒子が開発されている。
【0004】
リチウム−ニッケル複合酸化物には、ニッケル、マンガン、コバルトがそれぞれ当モル量添加されてなるいわゆる三元系と呼ばれる遷移金属組成Ni0.33Co0.33Mn0.33で表される複合酸化物粒子(以下、三元系と明記することがある。)といわゆるニッケル系と呼ばれるニッケル含有量が0.65モルを超えるリチウム−ニッケル複合酸化物粒子(以下、ニッケル系と明記することがある。)がある。容量の観点からは三元系と比べ、ニッケル含有量の多いニッケル系に大きな優位性がある。
【0005】
しかしながら、ニッケル系は、水や二酸化炭素等に対する反応性の高さからコバルト系や三元系と比べ環境により敏感であり、空気中の水分や二酸化炭素(CO)をより吸収しやすい特徴がある。水分、二酸化炭素は、粒子表面にそれぞれ水酸化リチウム(LiOH)、炭酸リチウム(LiCO)といった不純物として堆積され、正極製造工程や電池性能に悪影響を与えることが報告されている。
【0006】
ところで、正極の製造工程では、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子、導電助剤、バインダーと有機溶媒等を混合した正極合剤スラリーをアルミニウム等の集電体上に塗布・乾燥する工程を経る。一般的に水酸化リチウムは、正極合剤スラリー製造工程において、バインダーと反応しスラリー粘度を急激に上昇させる、またスラリーをゲル化させる原因となることがある。これらの現象は不良や欠陥、正極製造の歩留まりの低下を引き起こし、製品の品質に差を生じさせることがある。また、充放電時、これら不純物は電解液と反応しガスを発生させることがあり、電池の安定性に問題を生じさせかねない。
【0007】
したがって、ニッケル系を正極活物質として用いる場合、上述した水酸化リチウム(LiOH)等の不純物の発生を防ぐため、その正極製造工程を脱炭酸雰囲気下におけるドライ(低湿度)環境下で行う必要がある。そのため、ニッケル系は理論容量が高くリチウムイオン二次電池の材料として有望であるにも関わらず、その製造環境を維持するために高額な設備導入コストが掛かるため、その普及の障壁となっているという問題がある。
【0008】
このような問題を解決するために、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面上にコーティング剤を用いることにより被覆する方法が提案されている。このようなコーティング剤としては、無機系のコーティング剤と有機系のコーティング剤に大別され、無機系のコーティング剤としてはヒュームドシリカ、酸化チタン、酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸コバルト、フッ化リチウムなどの材料が、有機系のコーティング剤としては、カルボキシメチルセルロース、フッ素含有ポリマーなどの材料が提案されている。
【0009】
例えば、特許文献1では、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子表面にフッ化リチウム(LiF)またはフッ素含有ポリマー層を形成する方法、また、特許文献2では、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子にフッ素含有ポリマー層を形成し、さらに不純物を中和するためのルイス酸化合物を添加する方法が提案されている。いずれの処理もフッ素系材料を含有するコーティング層によりリチウム−ニッケル複合酸化物粒子を疎水性に改質され、水分の吸着を抑制し、水酸化リチウム(LiOH)などの不純物の堆積を抑制することが可能となる。
【0010】
しかしながら、これらのコーティング方法に用いられる上記のフッ素系材料を含有するコーティング層は、静電引力のみによってリチウム−ニッケル複合酸化物粒子に付着しているに過ぎない。そのため、コーティング層とリチウム−ニッケル複合酸化物粒子との密着性は低く、スラリー製造工程等においてコーティング層がリチウム−ニッケル複合酸化物粒子から脱離しやすい。その結果、ニッケル系において問題とされている不良や欠陥、歩留まりの低下を十分に抑制することができないばかりか、実質的に不純物の発生による電池の安定性の問題を十分に解決することができるものとはなっていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2013−179063号公報
【特許文献2】特表2011−511402号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み、大気雰囲気下で取り扱うことができ、且つ電池特性に悪影響がないリチウム−ニッケル複合酸化物粒子の被膜を得ることのできる、被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子及びその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上述した従来技術における問題点を解決するために鋭利研究を重ねた結果、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子との親和性の高い有機硫黄化合物を被覆することで、自己集積化単分子膜を形成することを見出した。このような有機硫黄化合物により自己集積化単分子膜を形成した被覆リチウム−ニッケル複合酸化物は、コーティング層と強い密着性を有しながら、且つ当該粒子が水分、炭酸ガスの透過を抑制できる優れたリチウム−ニッケル複合酸化物粒子であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0015】
すなわち、第一の発明は、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面に、有機硫黄化合物を被覆され、前記有機硫黄化合物の被覆量が、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の比表面積に対して4.05×10−6mol/m以上1.62×10−5mol/m以下であるリチウムイオン電池正極活物質用の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
【0016】
第二の発明は、前記有機硫黄化合物が、芳香環若しくは複素環である環状骨格を有するチオール基含有分子又は芳香環若しくは複素環である環状骨格を有するジスルフィド基含有分子である第一の発明に記載のリチウムイオン電池正極活物質用の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
第三の発明は、前記有機硫黄化合物の最高被占軌道の分子軌道エネルギーが−9.0eV未満である第一又は第二の発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
【0017】
第四の発明は、ジフェニルジスルフィド骨格を有するジスルフィド基含有分子又はトリアジンジチオール骨格を有するチオール基含有分子である第一から第三のいずれかの発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
【0018】
第五の発明は、前記有機硫黄化合物が、ジフェニルジスルフィド、2−ナフタレンチオール、6−(ジブチルアミノ)−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール及び6−(アニリノ)−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオールより選ばれた少なくとも一種以上の化合物である第一から第四のいずれかの発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
【0019】
第六の発明は、前記有機硫黄化合物が下記一般式(1)で表される第一から第五のいずれかの発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
LiNi(1−y−z) ・・・(1)
(式中、xは0.80〜1.10、yは0.01〜0.20、zは0.01〜0.15、1−y−zは0.65を超える値であって、Mは、CoまたはMnから選ばれる少なくとも一種類の元素を示し、NはAl、InまたはSnから選ばれる少なくとも一種類の元素を示す。)
【0020】
第七の発明は、5〜20μmの平均粒径を有する球状粒子である第一から第六のいずれかの発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
【0021】
第八の発明は、前記被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子に形成されている有機硫黄化合物含有層が単分子膜である第一から第七のいずれかの発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子である。
【0022】
第九の発明は、前記有機硫黄化合物と前記リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を極性溶媒に室温から該分子の分解温度の直前までの温度の範囲内で混合する工程を含む、第一から第八のいずれかの発明に記載の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面に、有機硫黄化合物を被覆させた被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、その環境安定性の高さから水分、炭酸ガスを吸収することによる不純物の発生を抑えることができ、かつ密着性が高く容易にコーティング層が離脱することがなく且つ、電気化学的にも安定した優れたリチウム−ニッケル複合酸化物粒子及びその製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】各分子種の酸化電位とMO法による分子軌道計算から算出したHOMOにおける分子軌道エネルギーの値の相関図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に本発明の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子とその製造方法について詳細に説明する。尚、本発明は、以下の詳細な説明によって限定的に解釈されるものではない。本発明において、一次粒子が凝集した二次粒子をリチウム−ニッケル複合酸化物粒子と呼ぶ場合がある。
【0026】
[ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子]
ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物は、球状粒子であって、その平均粒径は、5〜20μmであることが好ましい。このような範囲とすることで、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子として良好な電池性能を有するとともに、且つ良好な電池の繰り返し寿命(サイクル特性)を両立ができるため好ましい。
【0027】
また、ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物は、下記一般式(1)で表される酸化物粒子であることが好ましい。
【0028】
LiNi(1−y−z)・・・(1)
式中、xは0.80〜1.10、yは0.01〜0.20、zは0.01〜0.15、1−y−zは0.65を超える値であって、Mは、CoまたはMnから選ばれる少なくとも一種類の元素を示し、NはAl、InまたはSnから選ばれる少なくとも一種類の元素を示す。
【0029】
なお、1−y−zの値(ニッケル含有量)は、容量の観点から、好ましくは0.70を超える値であり、さらに好ましくは0.80を超える値である。
【0030】
コバルト系(LCO)、三元系(NCM)、ニッケル系(NCA)の電極エネルギー密度(Wh/L)は、それぞれ2160Wh/L(LiCoO2)、2018.6Wh/L(LiNi0.33Co0.33Mn0.33Co0.33O2)、2376Wh/L(LiNi0.8Co0.15Al0.05O2)となる。そのため、当該ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子をリチウムイオン電池の正極活物質として用いることで、高容量の電池を作製することができる。
【0031】
[有機硫黄化合物]
本発明はリチウム−ニッケル複合酸化物粒子を有機硫黄化合物によって被覆されていることを特徴とする。有機硫黄化合物とは、例えば、芳香環若しくは複素環である環状骨格を有するチオール基含有分子又は芳香環若しくは複素環である環状骨格を有するジスルフィド基含有分子であり、例えば、チオール基は、酸性を示す吸着官能基の一つであるため、塩基性であるリチウム−ニッケル複合酸化物粒子に好ましく被覆することができる。また、チオール基やジスルフィド基中の硫黄分子は遷移金属との親和性が高く、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子に強固に化学吸着するため、好ましく用いることができる。
【0032】
所定の有機硫黄化合物とは、芳香環若しくは複素環である環状骨格を有するチオール基含有分子(R−SH)分子又は芳香環若しくは複素環である環状骨格を有するジスルフィド基含有分子(RS−SR)である。金属(M)と有機硫黄化合物との反応機構は、式(2)、式(3)で表すことができる。
【0033】
RS−H + M →RS−M +・Mn―1+ 1/2H ・・・式(2)
【0034】
RS−SR + M →2(RS−M +)・Mn―2 ・・・式(3)
【0035】
その配列は、下地の金属表面の原子の配列と、吸着した有機硫黄化合物の分子間の相互作用で決まる規則的な性質を持つ。したがって、選択する有機硫黄化合物が疎水基を含有すれば、これら化合物でコーティングされた正極材料表面は疎水性となり、水分の吸収が妨げられる。さらに選択した有機硫黄化合物が電池駆動電位範囲で電気化学的に安定であれば電池特性への影響がない。
【0036】
有機硫黄化合物は、HOMO(最高被占軌道 Highest Occupied Molecular Orbital)における分子軌道エネルギー値が−9.0eV未満、より好ましくは−9.3eV未満であり、かつ疎水基を含有するものであることが好ましい。HOMOにおける分子軌道エネルギー値が−9.0eV未満、より好ましくは−9.3eV未満であることで、後述するように電池特性に悪影響がでることがなく良好である。また、有機硫黄化合物に疎水基を含有することで、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の水分の吸収をより妨げることができるようになるため、より良好である。
【0037】
このような有機硫黄化合物として、例えば、ジフェニルジスルフィドを基本骨格とするジフェニルジスルフィド、ジ−p−トリルジスルフィド、ビス(4−メトキシフェニル)ジスルフィドや2−ナフタレンチオール、ベンゼンチオール、ベンジルメルカプタン、トリアジン骨格を有する6−(ジブチルアミノ)1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール、2−アニリノ−4,6ジメルカプト−1,3,5−トリアジン、6−(アリニノ)1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール等の有機硫黄化合物が好ましく挙げることができる。
【0038】
<酸化還元電位>
分子種は固有の酸化還元電位(redox potential)を有しており、酸化体と還元体の濃度比の対数と酸化還元電位の間にはネルンスト式として知られる相関関係を有する。すなわち、分子種のHOMOの分子軌道エネルギー準位が低いほど電子を取り出しにくくなるため酸化電位は正(貴に)に高くなり、LUMO(最低空軌道 Lowest Unoccupied Molecular Orbital)の分子軌道エネルギー準位が高いものほど電子を与えにくくなり還元電位は負(卑)方向に大きくなる。図1には、文献から抽出した分子種の酸化電位とMO法(Molecular Orbital method)により算出したHOMOにおける分子軌道エネルギーの値の相関図を示している。図1に示すように、分子種の酸化電位とHOMOにおける分子軌道エネルギーの値には直線関係があり分子種のHOMOにおける分子軌道エネルギーの値から電気化学的に酸化する電位を概算することができる。ここで、リチウム−ニッケル複合酸化物系のリチウムイオン電池駆動は4.0〜4.3Vが上限電圧となるため、これに対応するHOMOのエネルギー準位は、図1により換算すると−9.0〜−9.3eVに相当する。したがって、HOMOの分子軌道エネルギーの値がそれより低い−9.0eV未満、より好ましくは−9.3eV未満である分子を本発明の有機硫黄化合物として選択すればリチウムイオン電池の駆動電圧範囲内において有機硫黄化合物が電極上で酸化反応が起ることがなくなり良好となる。そのため、HOMOの分子軌道エネルギーの値が−9.0eV未満、より好ましくは−9.3eV未満の有機硫黄化合物を被覆することで、より好ましい被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子とすることができる。
【0039】
<SAM(自己集積化単分子膜)>
本発明の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子における有機硫黄化合物は、SAM(自己集積化単分子膜、Self−Assemble Monolayer)を形成し、被膜される。後述するようにSAMは、超薄膜を形成し、細孔の内壁や凹凸形状のある表面などにも、被覆対象の立体形状に与える変化は極めて小さい。
【0040】
一般に、原子、分子、微粒子、クラスターなどの微小要素が自発的に集合し、規則的な配列を形成することがある。この自己集積化を利用する材料プロセスのひとつに、有機分子の自己集積化による単層膜/多層膜形成がある。このような自己集積化膜の定義として、1)有機分子が固体表面に化学吸着する際に形成される分子会合体であり、2)前駆体分子が液相ないし気相中にある時の分子配列状態と比較すると、会合体となり薄膜を形成したときに分子配向性や配列規則性が著しく向上している分子膜となる。
【0041】
特定の物質に対して親和性を有する化合物の溶液に、その化合物からなる基材を浸漬すると、化合物の分子が材料表面に化学吸着し薄膜が形成される。この場合、吸着の過程で吸着分子同士の相互作用によって、自発的に集合体を形成し、吸着分子が緻密に集合し、且つ配向が揃った分子膜が形成される場合がある。特に吸着分子層が一層の場合、すなわち単分子膜が形成される場合には、SAMと呼ばれる。
【0042】
SAMの形成過程は、基材と分子との反応が吸着の必要条件であるため、反応性官能基が基材表面を向いた方向で吸着する。時間が経過するにつれて吸着分子数は増加する。自己集積化する分子の多くは、長鎖アルキル基やベンゼン核を有している。隣接する吸着分子間には、アルキル基鎖同士にはファンデルワールス力や疎水性相互作用が、ベンゼン核同士にはπ電子相互作用が働く。その結果、吸着分子が集合した方が熱力学的に安定になるため、分子が密に集積化した単分子膜が形成される。
【0043】
SAMの形成は、単分子膜が完成した時点で膜成長が自動的に止まる、自己停止型のプロセスである。膜厚は1〜2nmという分子レベルの超薄膜を形成するのに、精密なプロセス管理による膜厚制御を必要としない。吸着分子が侵入できる隙間があれば、どこにでも被覆が可能であり、細孔の内壁や凹凸形状のある表面などにも、被覆対象の立体形状に与える変化は無視できる程小さい。
【0044】
SAMの成長は、基材と有機分子の特異的な化学反応に依存し、SAMを形成するには、基材と分子の特定の組み合わせが必要となる。ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の表面は、塩基性となるため、例えば、チオール基含有分子のような酸性を示す吸着官能基を選択することが有効である。
【0045】
[被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の製造方法]
被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を製造する方法、すなわちリチウム−ニッケル複合酸化物粒子に有機硫黄化合物で被覆する方法としては、例えば、有機硫黄化合物を、室温から該分子の分解温度の直前までの温度の範囲内で、溶液中でリチウム−ニッケル複合酸化物粒子と直接混合されることで被膜することができる。特に、加熱することにより、当該分子は軟化または融解し、コーティングの均一性を向上させることができるため特に好ましい。
【0046】
当該混合時間は、溶液内の温度に従って決定するのが望ましい。これは溶液内で分子の拡散が温度に伴って増すためで、温度が低いと混合時間を長くする必要がある。混合時間の範囲は、30秒から10時間までの範囲で行うことで有機硫黄化合物を被覆することができる。混合に用いられる溶媒は、高極性溶媒であれば特に限定されるものではないが、水を用いることがコスト面、特性面で優れるため特に好ましい。
【0047】
本発明に係る方法に使用される有機硫黄化合物の量は、リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の比表面積あたり4.05×10−6mol/mから1.62×10−5mol/mであることが好ましい。更に好ましくは8.10×10−6mol/mから1.62×10−5mol/mである。1.62×10−5mol/mを超えると、過剰分の有機硫黄化合物は負極に悪影響を与えサイクル時の充電容量/放電容量の低下を招く可能性がある。また4.05×10−6mol/m未満である場合には、粒子上の被覆量が少なく効果が得にくくなる傾向がある。
【実施例】
【0048】
以下、本発明について実施例について比較例を挙げて具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
[実施例1]
ニッケル系リチウム−ニッケル複合酸化物粒子として遷移金属組成がLi1.03Ni0.82Co0.15Al0.03で表される複合酸化物粒子15gを20mlの水とジフェニルジスルフィド0.0668g(1.62×10−5mol/ms相当)を常温で混合した。この混合は、周速10.5m/s、撹拌時間1分でホモジナイザーを用いて行われた。混合後、吸引濾過により水を分離し、減圧下100℃で2時間乾燥させことで被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を作成し、下記の評価を行った。
【0050】
[実施例2]
実施例1のコーティング材料のジフェニルジスルフィド添加量を0.0334g(8.10×10−6mol/ms相当)に変更した以外、同様に被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の作成をし、下記の評価を行った。
【0051】
[実施例3]
実施例1のコーティング材料のジフェニルジスルフィド添加量を0.0167g(4.05×10−6mol/ms相当)に変更した以外、同様に被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の作成をし、下記の評価を行った。
【0052】
[実施例4]
実施例1のコーティング材料を2−ナフタレンチオール0.0490g(1.62×10−5mol/ms相当)を用いた以外、同様に被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の作成をし、下記の評価を行った。
【0053】
[実施例5]
実施例1のコーティング材料を2−ナフタレンチオール0.0245g(8.10×10−6mol/ms相当)を用いた以外、同様に被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の作成をし、下記の評価を行った。
【0054】
[実施例6]
実施例1のコーティング材料を2−ナフタレンチオール0.0123g(4.05×10−6mol/ms相当)を用いた以外、同様に被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の作成をし、下記の評価を行った。
【0055】
[実施例7]
実施例1のコーティング材料を6−(ジブチルアミノ)−1,3,5トリアジン−2,4−ジチオール0.0833g(1.62×10−5mol/ms相当)を用いた以外、同様に被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の作成をし、下記の評価を行った。
【0056】
[実施例8]
実施例1のコーティング材料を6−(アリニノ)1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール0.0723g(1.62×10−5mol/ms相当)を用いた以外、同様に被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の作成をし、下記の評価を行った。
【0057】
[比較例1]
実施例1のコーティング処理を行わずリチウム−ニッケル複合酸化物粒子として評価を行った。
【0058】
[比較例2]
実施例1のコーティング材料のジフェニルジスルフィドを0.0083g(2.03×10−6mol/ms相当)に変更した以外、同様に被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の作成をし、下記の評価を行った。
【0059】
[比較例3]
実施例1のコーティング材料の2−ナフタレンチオールを0.0061g(2.03×10−6mol/ms相当)に変更した以外、同様に被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子の作成をし、下記の評価を行った。
【0060】
<環境安定性試験>
各実施例、比較例の環境安定性について、温度30℃、湿度70%RH雰囲気中に1週間曝露した際の重量変化率を行うことによって評価をした。各実施例、比較例の粒子約2.0gの初期質量に対する質量増加を質量%で表1に表記した。
【0061】
表1により、本発明に係る実施例1〜8の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、質量変化も1.60%未満となっており、環境安定性の高いリチウム−ニッケル複合酸化物粒子であることが分かる。一方、比較例1〜3のリチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、実施例1〜8と比較すると質量変化が大きく、環境安定性の悪いリチウム−ニッケル複合酸化物粒子であることが確認された。
【0062】
<正極合剤スラリーの安定性試験>
各実施例及び比較例のリチウム−ニッケル複合酸化物粒子を重量比が粒子:アセチレンブラック:PVdF:N−メチルピロリドン(NMP)のそれぞれの重量比が、45:2.5:2.5:50となるように秤量し、さらに1.5重量%の水を添加後、自転・公転ミキサーで撹拌して正極合剤スラリーを得た。得られたスラリーを25℃のインキュベーター内で保管し、24時間の経時変化をスパチュラでかき混ぜ粘度増加、ゲル化度合いを、実施例及び比較例についてそれぞれ評価し、表1に表記した。なお、24時間放置しても正極合剤スラリーに流動性のあるものを“○”とし、ゼリー状になりゲル化したものを“×”とした。
【0063】
表1により、本発明に係る実施例1〜8の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、いずれもゲル化を引き起こしておらず、スラリー化した場合においてもコーティング膜が剥がれることなく良好な被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子を形成していることが分かる。一方、比較例1のリチウム−ニッケル複合酸化物粒子は、いずれもスラリー化した場合においてゲル化が“×”評価であったことから、被覆が十分でなく、本発明の目的である不純物の発生を抑えることができていないリチウム−ニッケル複合酸化物粒子であることが確認された。
【0064】
【表1】
【0065】
また、フッ素化合物によってリチウム−ニッケル複合酸化物粒子を被覆させた場合には、フッ素化合物は一般的にN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に溶解するため、フッ素系化合物が被膜しても被膜が溶解すると考えられる。そのため、実施例に係る被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子とは異なり、製造された正極を保管する際、不純物生成を抑制することが困難と考えられる。したがって、正極保管時に生成した不純物が原因となる電池駆動時のガス発生を伴う電解液との反応の抑制が難しく、高額な保管設備が必要となる。
【0066】
また、実施例1〜3及び実施例7,8の被覆された有機硫黄化合物のHOMOのエネルギー準位の値は−9.0eVを下回っている。そのため、実施例1〜3及び実施例7,8の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子をリチウムイオン電池の正極活物質として用いても、有機硫黄化合物が電極上で酸化反応が起ることがなくなるため、より良好なリチウムイオン電池正極活物質用の被覆リチウム−ニッケル複合酸化物粒子であることが推認される。
図1