(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記センサチューブの中心線を含む平面で切断された断面において、センサワイヤの一の断面の周囲に設けられた前記第2被覆層と、前記一の断面に隣接するセンサワイヤの他の断面の周囲に設けられた前記第2被覆層との間隔が、10μm以下である
請求項1に記載の流量センサの製造方法。
【背景技術】
【0002】
質量流量計(マスフローメータ)は、半導体の製造プロセスにおいてチャンバー内に供給されるプロセスガスの質量流量をモニタリングする目的で広く使用されている。質量流量計は単独で使用されるほか、流量制御弁及び制御回路等の他の部材と組み合わせて質量流量制御装置(マスフローコントローラ)を構成する部品としても使用される。質量流量計にはさまざまな形式のものがあるが、中でも、熱式質量流量計は、比較的簡単な構造でプロセスガスの質量流量を正確に測定できることから、広く普及している。
【0003】
熱式質量流量計は、例えば、特許文献1に開示されているように、プロセスガスが流れる流路と、流路の中間に設けられたバイパスと、バイパスの上流側で流路から分岐しバイパスの下流側で流路と再び合流するセンサチューブと、センサチューブに巻かれた一対のセンサワイヤと、センサワイヤ及び他の抵抗素子によって構成されたブリッジ回路を含むセンサ回路とで構成されている。バイパスはプロセスガスに対して流体抵抗を有するので、流路を流動するプロセスガスのうち一定の割合のプロセスガスがセンサチューブに分岐する。したがって、センサチューブに流れるプロセスガスの質量流量を測定することにより、流路に流れるプロセスガスの質量流量を求めることができる。
【0004】
センサワイヤに所定の電流を流すと、センサチューブを流れるプロセスガスに熱が与えられる。この熱はプロセスガスの流動に伴い上流側から下流側へと移動する。熱の移動によりセンサワイヤの温度分布がセンサチューブの長さ方向に対して非対称となり、上流側と下流側とのセンサワイヤの電気抵抗の温度差によりブリッジ回路の端末間に電位差が生じる。この電位差をセンサ回路で検出することにより、センサチューブを流れるプロセスガスの質量流量を測定することができる。本明細書では、質量流量計のうちセンサチューブとセンサワイヤとが含まれる部分を「流量センサ」という。
【0005】
図4は、従来技術に係る流量センサ1の断面の構造を示す模式図である。センサチューブ2にセンサワイヤ3がコイル状に巻かれ、センサチューブ2及びセンサワイヤ3の周囲に被覆層4が設けられている。被覆層4は、その位置と機能により4つの部分に分けることができる。第1被覆層41は、センサチューブ2の表面に接して設けられ、センサチューブ2とセンサワイヤ3との間の導通を防止する絶縁層を構成している。第2被覆層42は、センサワイヤ3の表面に接して設けられ、センサワイヤ3同士の導通を防止する絶縁層を構成している。第3被覆層43は、第1被覆層41と第2被覆層42とで囲まれた空間に設けられ、センサワイヤ3をセンサチューブ2に固定する機能を有している。第4被覆層44は、センサチューブ2に巻かれたセンサワイヤ3全体を覆うように設けられ、センサワイヤ3を相互に固定する機能を有している。本明細書では、第1被覆層から第4被覆層までを総称して「被覆層」という。
【0006】
被覆層を構成する材料には、電気絶縁体としての機能、接着剤としての機能及び熱の伝導体としての機能が求められる。また、センサチューブ及びセンサワイヤの表面に薄く形成することができ、被覆層を形成した後のセンサワイヤをセンサチューブに巻き付けても亀裂が生じたりしないよう可撓性を有するものが好ましい。これらの観点から、従来技術に係る流量センサの被覆層には、ポリアミドイミド又はポリイミドが好適に用いられる。中でも、ポリイミドは有機材料の中で最も耐熱性が優れたもののひとつであるため、より好ましい。
【0007】
ポリイミドは、それ自体耐熱性に優れた材料であるが、ポリイミドからなる被覆層を被覆した導線の耐熱性をさらに高める技術として、例えば、特許文献2には、ポリイミド中にシリカが微分散している構造の被覆層を有するシリカ微分散ポリイミドエナメル線の発明が開示されている。この発明によれば、ポリイミドのみからなる被覆層に比べてさらに耐熱性が向上し、可撓性、巻線性、導体への密着性に優れた絶縁被覆層を実現することができる。
【0008】
ところで、半導体の技術分野では、例えば、最新のパーソナルコンピュータに用いられるマイクロプロセッサの場合、配線回路の幅が20nm程度まで微細化されたり、一個のマイクロチップに複数のコアが実装されたりするなど、微細化、高集積化が極限まで進行している。このような緻密で複雑な構造を有する半導体の成膜プロセスや加工プロセスを高精度で行うために、従来は使われることのなかったさまざまな種類のプロセスガスが用いられるようになってきている。
【0009】
例えば、ある種の液体材料の気化ガスや固体材料の昇華ガスは、蒸気圧が極めて低いために常温の配管内で凝結してしまうおそれがある(以降、このようなガスを「凝結性ガス」と称呼する場合がある。)。凝結性ガスの質量流量を測定する場合、チャンバーに至るすべての配管系を臨界温度以上の高温(例えば300℃以上)に加熱保持することで、凝結性ガスを凝結させることなく半導体製造装置に導入して、半導体の製造プロセスに用いることが試みられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来技術に係る流量センサを用いて凝結性ガスの質量流量を測定しようとする場合、以下のような課題が生じる。
【0013】
第1に、センサチューブの内部で凝結性ガスが凝結するおそれがある。流量センサを構成するセンサチューブは細くて長い管であるため、凝結性ガスの流量をあまり大きくすることはできない。流量センサの熱容量に比べて凝結性ガスが有する熱量が十分大きくないので、凝結性ガスがセンサチューブの内部を通過する間に凝結性ガスの温度が臨界温度以下に低下し、凝結しやすくなる。センサチューブの内部で凝結性ガスの凝結が起こり、液体又は固体となって内壁に付着すると、センサチューブの断面積が低下し、流路からセンサチューブに分岐する凝結性ガスの割合が低下するので、流路を流れる凝結性ガスの質量流量を正しく測定することができなくなる。
【0014】
第2に、被覆層がポリイミドで構成されている場合、流量センサを加熱し続けると電気絶縁が維持できなくなる。第1の課題を解消する目的で流量センサをおよそ300℃程度に加熱したとしよう。被覆層を構成するポリイミドは、大気中で300℃以上に長時間加熱されると大気中の酸素と化学反応し、ガスとなって徐々に消失する。隣り合うセンサワイヤの間を隔離している第2被覆層が消失すると、隣り合うセンサワイヤの間で電気的接触が起こるおそれがある。さらに、センサチューブとセンサワイヤとの間を隔離している第1被覆層も消失すると、センサチューブとセンサワイヤとの間でも電気的接触が起こるおそれがある。これらの電気的接触が起こるとセンサワイヤの電気抵抗値が低下するので、センサワイヤへの通電によるプロセスガスの加熱が困難となったり、流量センサの感度が低下したりする。
【0015】
第3に、被覆層がポリイミドで構成されている場合、流量センサを加熱し続けるとセンサチューブとセンサワイヤとの熱伝導が悪くなる。上記のとおり、被覆層を構成するポリイミドの消失が進行すると、センサチューブと隣り合うセンサワイヤとで囲まれた隙間に充填された第3被覆層が消失したり、センサチューブとセンサワイヤとの間を隔離している第1被覆層の膜厚が薄くなったりする。そうすると、センサチューブとセンサワイヤとの間の電気的接触は起きないまでも、センサチューブとセンサワイヤとの間に隙間が生じ熱の移動が妨げられるので、センサワイヤへの通電によるプロセスガスの加熱が困難となったり、流量センサの感度が低下したりする。
【0016】
本発明は上記の諸課題に鑑みてなされたものであり、凝結性ガスの凝結を防止するために高い温度で使用した場合であっても、従来技術に係る流量センサよりも長い時間使用し続けることができる流量センサの提供を一つの目的としている。
【0017】
ところで、上記第2及び第3の課題は、凝結性ガスの質量流量を測定しようとする場合以外にも生じ得る。具体的には、センサワイヤは、金属材料を熱間及び/又は冷間にて線引きダイス等を用いて加工することにより製造される。このとき、線引きの過程における塑性変形に伴って、センサワイヤを構成する金属材料の結晶格子に多数の転位(dislocation)が導入される。さらに、センサチューブの周りにセンサワイヤを巻き付けるときにも塑性変形が起こり、結晶格子における転位が増大する(転位密度が高まる)。
【0018】
上記のように結晶格子に多数の転位が導入された状態では、結晶格子の周期性が損なわれるので、センサワイヤの電気抵抗値は材料本来の電気抵抗値よりも大きくなっている。しかしながら、金属材料の結晶格子中に導入された転位は、当該金属材料を所定の温度以上に加熱すると消失し、金属材料の電気抵抗値が材料本来の電気抵抗値に近付くことが知られている(例えば、非特許文献1を参照。)。従って、上述したように凝結性ガスの凝結を防止するために高い温度において流量センサを使用すると、流量センサの使用時間の経過と共に、センサワイヤの塑性加工時及び/又はセンサチューブへのセンサワイヤの巻き付け時に導入された転位が徐々に消失し、センサワイヤの電気抵抗値も徐々に低下していく場合がある。
【0019】
上記のように結晶格子中の転位の消失に伴ってセンサワイヤの電気抵抗値が低下すると、実際にはガスの流量に変化が無くても流量センサの出力が変化する。この不具合は「スパン変化」と称呼される。さらに、上流側のセンサワイヤ及び下流側のセンサワイヤの電気抵抗値の低下率が等しくない場合、上流側のセンサワイヤと下流側のセンサワイヤとの電気抵抗値の差が時間の経過と共に大きくなる。その結果、実際にはガスが流れていなくても、流量センサの出力がゼロにならない。この不具合は「ゼロシフト」と称呼される。流量計又は質量流量装置の流量センサにおいて、このようなスパン変化及び/又はゼロシフトが起こると、流量センサの出力が変化したりゼロ点がずれたりして、ガスの流量を正確に測定することが困難となる。
【0020】
上記のようなセンサワイヤの塑性加工に起因するスパン変化やゼロシフトを抑制するには、センサワイヤを何らかの手段で加熱昇温して所謂「アニール(焼鈍)処理」を行い、塑性加工時に導入された転位を予め消失させることが効果的である。アニール処理は、転位を消失させようとする材料において回復(recovery)が起こる温度(回復温度)から再結晶(recrystallization)が起こる温度までの範囲の温度において実施することができる。具体的には、アニール処理は、例えば300℃以上の高温において行われる。
【0021】
従って、上述した被覆層が形成された後にアニール処理を大気中で行うと、凝結性ガスの質量流量を高温において測定しようとする場合と同様に、被覆層の消失などが起こり、被覆層による電気絶縁が維持できなくなったり、センサチューブとセンサワイヤとの熱伝導が悪くなったりするおそれがある。そうすると、センサチューブとセンサワイヤとの間の電気的接触は起きないまでも、センサワイヤへの通電によるプロセスガスの加熱が困難となったり、流量センサの感度が低下したりする。
【0022】
本発明は上記課題についても鑑みてなされたものである。即ち、本発明は、高温における使用に伴うセンサワイヤの電気抵抗値の低下を抑制すべくアニール処理を行う際にセンサワイヤの被覆層が消失してセンサワイヤの電気絶縁及び/又は熱伝導が低下することを効果的に防止することができる流量センサの製造方法を提供することをもう一つの目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らは、流量センサにおいて、ポリイミドからなる被覆層の耐熱性を向上させて、被覆層が消失する速度をできるだけ遅くすることが上記一つの目的の達成に有効であると考えた。被覆層の耐熱性を向上させるにはポリイミドなどの有機材料に代えて無機材料を採用することが効果的であるが、無機材料による被覆層は可撓性に乏しく、流量センサに採用すると組み立て工程を大幅に変更しなければならなかった。そこで、発明者らは、まず、流量センサを構成する被覆層のうち第2被覆層(センサワイヤの表面に設けられ、センサワイヤ同士の導通を防止する被覆層)について特許文献2に開示されたシリカ微分散ポリイミドを採用したところ、組み立て時の可撓性に問題はなく、また、300℃以上の高温に放置したときのセンサワイヤの絶縁抵抗の低下が従来品に比べて遅く進行することを知見した。
【0024】
しかし、本発明者らの検討によれば、上記の構成のセンサワイヤを用いて流量センサを組み立てた場合であっても、300℃以上に加熱したときの第1被覆層(センサチューブの表面に設けられ、センサチューブとセンサワイヤとの間の導通を防止する被覆層)が消失する速度を十分に遅くすることができず、課題の解決が困難であることがわかった。そこで、本発明者らは、第1被覆層の厚みを従来のものよりも厚くして第1被覆層の消失に要する時間を長くしたところ、流量センサとしての感度を大きく損ねることなく従来品に比べて耐用時間を長くすることができることを知見した。
【0025】
さらに、第1被覆層の厚みを従来のものよりも厚くすれば、有機材料のみ(シリカを含まないポリイミド)のみからなる第2被覆層を採用しても、流量センサとしての感度を大きく損ねることなく従来品に比べて耐用時間を長くすることができることを知見し、本発明を完成させた。
【0026】
すなわち、本発明は、1本のセンサチューブと、センサチューブに巻かれた一対のセンサワイヤと、センサチューブ及びセンサワイヤの周囲に設けられた被覆層と、を有し、被覆層は、センサチューブの表面に接して設けられた第1被覆層と、センサワイヤの表面に接して設けられた第2被覆層と、第1被覆層と第2被覆層とで囲まれた空間に設けられた第3被覆層と、センサチューブに巻かれたセンサワイヤ全体を覆うように設けられた第4被覆層と、を含み、被覆層は、ポリアミドイミド及びポリイミドから選択される1又は2の有機材料を含み、且つ、第1被覆層の膜厚が、10μm以上である流量センサの発明である。
また、本発明は、上記の流量センサを有する質量流量計及び質量流量制御装置の発明である。
【0027】
本発明に係る流量センサの被覆層のうち第1被覆層は、膜厚が10μm以上である。このため、大気中で300℃以上に加熱しても全部が消失するまでに長い時間を要する。
【0028】
本発明に係る流量センサの被覆層のうち第2被覆層は、有機材料からなる母材中に無機材料が微細に分散した形態を有するものであってもよい。この第2被覆層は、有機材料のみからなる被覆層と同等の可撓性を有しているので、センサワイヤの表面に設けられた場合であっても、センサワイヤをセンサチューブに巻く際に亀裂が発生したりすることはない。また、化学的に安定な無機材料を多く含んでいるので、大気中で300℃以上に長時間加熱しても有機材料のみからなる被覆層と比べて消失する速度が遅くなる。
【0029】
一方、本発明は、上述したように、高温における使用に伴うセンサワイヤの電気抵抗値の低下を抑制すべくアニール処理を行う際にセンサワイヤの被覆層が消失してセンサワイヤの電気絶縁及び/又は熱伝導が低下することを効果的に防止することができる流量センサの製造方法を提供することをもう一つの目的としている。
【0030】
一般的なアニール処理においては、センサワイヤが300℃以上の温度において10時間以上保持される。本発明に係る流量センサの製造方法においても、センサワイヤの表面に被覆層が形成され且つセンサワイヤがセンサチューブに巻き付けられた後に、センサワイヤを300℃以上の温度において10時間以上保持するアニール処理を行うことを特徴とする。しかしながら、例えば凝結性ガスの質量流量を測定する場合など、高温において質量流量測定を行う場合がある。このような場合においてもセンサワイヤの電気抵抗値が経時的に低下することを低減するためには、より高い温度でのアニール処理が望ましい。従って、アニール処理の温度は、350℃以上が好ましく、400℃以上がより好ましい。アニール処理の期間は、40時間以上が好ましく、96時間以上がより好ましい。
【0031】
アニール処理は大気雰囲気中でも実施可能であるが、アニール処理に伴う被覆層の消失を防止する観点からは、水分及び酸素を含まない不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。不活性ガスとしては、例えば、乾燥した窒素、アルゴン及びヘリウムからなる群から選択される何れか1種のガス又は2種以上のガスの混合物を用いることができる。
【0032】
上記アニール処理は、センサワイヤの表面に被覆層(即ち、第2被覆層)が形成され且つセンサワイヤがセンサチューブに巻き付けられた後に実施される。本発明者らの検討によれば、上記のように不活性ガス雰囲気中でアニール処理を実施する場合、驚くべきことに、第2被覆層の膜厚を5μm以下とすることにより、アニール処理に伴う被覆層の消失を効果的に防止することができることがわかった。
【発明の効果】
【0033】
本発明に係る流量センサの構成によれば、従来技術に係る流量センサに比べて300℃以上に加熱したときの被覆層が消失する速度を遅くすることができる。このため、凝結性ガスの凝結を防止するために高い温度で使用した場合であっても、従来技術に係る流量センサよりも長い時間使用し続けることができるので、半導体の製造プロセスのコストダウン及び作業性の向上に資する。
【0034】
さらに、本発明に係る流量センサの製造方法によれば、流量センサの使用前に適切な条件下でアニール処理を行うことにより、センサワイヤの塑性加工及び/又はセンサチューブへの巻き付けによって導入された転位が消失してセンサワイヤの電気抵抗値が時間の経過と共に低下することを有効に防止することができる。さらに、アニール処理を不活性ガス雰囲気中で行うことにより、アニール処理に伴う被覆層の消失を効果的に防止することができる。加えて、第2被覆層の膜厚を5μm以下にすることにより、不活性ガス雰囲気中でのアニール処理に伴う被覆層の消失をより効果的に防止することができる。
【0035】
これらの効果により、本発明は、アニール処理及び/又は高温での使用に伴う電気絶縁及び/又は熱伝導の低下が低減された流量センサを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0037】
本発明を実施するための形態を、図を用いて詳しく説明する。なお、ここで説明する実施の形態は本発明の実施の形態を例示するものにすぎず、本発明の実施の形態はここに例示する形態に限られない。
【0038】
図1は、本発明に係る流量センサの断面の構造を示す模式図である。本発明に係る流量センサの基本的な構造は、
図4に示された従来技術に係る流量センサの基本的な構造と共通している。即ち、本発明に係る流量センサ1は、1本のセンサチューブ2と、センサチューブ2に巻かれた一対のセンサワイヤ3と、センサチューブ2及びセンサワイヤ3の周囲に設けられた被覆層4とで構成されている。本明細書において「一対のセンサワイヤ」とは、1本のセンサチューブ2の異なる位置に巻かれた2つのセンサワイヤ3をいう。これら2つのセンサワイヤ3は、1本のセンサチューブ2の内部を流れるプロセスガスを、上流側と下流側の2つの異なる位置でそれぞれ加熱する。なお、
図1では、2つのセンサワイヤのうち1つのセンサワイヤだけが図示されている。
【0039】
本発明に係る流量センサの被覆層は、従来技術と同様に、ポリアミドイミド及びポリイミドから選択される1又は2の有機材料を含んでいる。これらの有機材料は電気抵抗値が高く絶縁性に優れているので、センサチューブとセンサワイヤとの間及び隣り合うセンサワイヤの間を隔離して導通を防止する絶縁層としての機能を有する。また、これらの有機材料は、溶液に溶かして塗布した後に加熱することにより強固で隙間のない膜を形成することができるので、流量センサを組み立てる際の接着剤としての機能を有すると同時に、センサチューブとセンサワイヤとの間で熱を伝導する媒体としての機能も有する。
【0040】
被覆層に含まれる有機材料は、ポリイアミドイミド及びポリイミドの何れかの化合物であってもよいし、両者の混合物であってもよい。また、被覆層体が同一の有機材料で構成されていてもよいし、被覆層の部分ごとに異なる有機材料で構成されていてもよい。ポリアミドイミド及びポリイミドは何れも耐熱性に優れた有機材料であるが、ポリイミドは有機材料の中で最も耐熱性に優れた材料の一つなので、耐熱性を重視する場合、有機材料はポリイミドを選択することが好ましい。一方、ポリアミドイミドはポリイミドに比べて耐熱性が若干劣るが、溶液にした場合の粘性が低いので、塗布する際の作業性を重視する場合、ポリアミドイミドを選択することが好ましい。
【0041】
再び
図1に戻ると、被覆層4は、その位置と機能により、第1被覆層41、第2被覆層42(
図1でドットが付された部分)、第3被覆層43及び第4被覆層44の4つの部分に分けることができる。第1被覆層41は、センサチューブ2の表面に接して設けられ、センサチューブ2とセンサワイヤ3との間の導通を防止する絶縁層を構成している。センサチューブ2とセンサワイヤ3との間に導通が起こると、センサワイヤ3の電気抵抗値が短絡によって低下したり、センサチューブ2に通電して予期しない発熱が起こったりして、質量流量を正確に測定することができなくなる。そこで、本発明では、第1被覆層41の膜厚を10μm以上にすることで消失に要する時間を長くし、長時間にわたって絶縁を維持すると同時に、熱の伝導に支障をきたさないようにする。好ましい膜厚の下限値は12μmである。
【0042】
第1被覆層の膜厚を従来技術よりも厚くするには、有機材料の溶液を一度塗布して焼き付けた後、焼き付けられた膜の表面にさらに溶液を塗布して焼き付ける作業を必要に応じて繰り返せばよい。但し、第1被覆層の膜厚をあまり厚くしすぎると、第1被覆層自体の熱容量が増えてセンサチューブとセンサワイヤとの間の熱の伝導がかえって妨げられて流量センサとしての感度が低下する。また、焼き付けを繰り返すと膜の位置によって熱履歴が異なってしまうので均質な膜を形成することが困難になり、好ましくない。したがって、第1被覆層の膜厚は30μm以下とすることが好ましい。より好ましい膜厚の上限値は20μm以下である。
【0043】
本発明の好ましい実施の態様において、第1被覆層は、後述する第2被覆層と同様に、有機材料からなる母材中に無機材料が微細に分散した形態を有する被覆層とする。第1被覆層を有機材料と無機材料との複合材料で構成することにより、第1被覆層の消失がさらに抑制される。
【0044】
第2被覆層42は、センサワイヤ3の表面に接して設けられ、センサワイヤ3同士の導通を防止する絶縁層を構成している。第2被覆層が消失し、隣り合うセンサワイヤ3の間に導通が起こると、センサワイヤ3の電気抵抗値が短絡によって低下し、質量流量を正確に測定することができなくなる。そこで、本発明では、第2被覆層もまた、第1被覆層と同様に、ポリアミドイミド及びポリイミドから選択される1又は2の有機材料を含んでいる。
【0045】
本発明の好ましい実施の態様において、第2被覆層は、有機材料からなる母材中に無機材料が微細に分散した形態を有する。無機材料は有機材料に比べて化学的に安定であり、大気中で300℃以上に加熱しても消失しない。第2被覆層に無機材料が所定の割合で含まれることで、消失しやすい有機材料の体積比が減少するので、第2被覆層の消失が妨げられる。また、有機材料からなる母材中に微細に分散した無機材料は骨材として機能し、無機材料同士を結合する有機材料が少しでも残っていれば、第2被覆層の形状は大きく崩れない。第2被覆層の好ましい膜厚の範囲は1.5〜10μmである。
【0046】
第2被覆層に用いる無機材料には、熱的に安定で電気抵抗の高い材料を用いることができ、例えば、セラミックスを用いることができる。本発明の好ましい実施の態様において、無機材料はシリカ(酸化ケイ素)である。本発明において、無機材料は、有機材料からなる母材中に微細に分散している必要がある。無機材料は硬度が高く可撓性に乏しいので、無機材料を主体とする被覆層をセンサワイヤの表面に接して設けると、センサワイヤを曲げたときに無機材料を主体とする被覆層に亀裂が入ったり剥離したりする。しかし、無機材料が有機材料からなる母材中に微細に分散していれば、有機材料が有する可撓性を大きく損ねることがないので、第2被覆層を設けた後であってもセンサワイヤを曲げ加工することが可能となり、流量センサの組み立てが容易になる。
【0047】
本発明において、「有機材料からなる母材中に無機材料が微細に分散している」とは、有機材料からなるマトリックス中に無機材料からなる微粒子が混合されていて、その分布が一所に偏在せず均質に分散していることをいう。無機材料からなる微粒子は平均粒径が0.1μm程度の球状のものが好ましく、また、その粒径のそろったものが好ましい。本発明に係る第2被覆層を形成する方法は、これに限らないが、例えば、特許文献2に開示されているゾルゲル法を用いることができる。この方法では、ポリイミド前駆体であるポリイミド酸の溶液にシリカの原料となるテトラエトキシシランと水を混合し、導体に塗布した後に焼き付けることにより、ポリイミド中にシリカが微細に分散した複合体からなる被覆層を形成することができる。
【0048】
本発明の好ましい実施の態様において、センサチューブの中心線を含む平面で切断された断面において、センサワイヤの一の断面の周囲に設けられた第2被覆層と、一の断面に隣接するセンサワイヤの他の断面の周囲に設けられた第2被覆層との間隔が、10μm以下である。
図2は、本発明に係る流量センサの断面の構造を示す部分拡大図である。この図では、上記の間隔が記号dで表されている。この間隔dが10μm以下であれば、隣り合うセンサワイヤ3の表面に設けられた第2被覆層42が互いにほぼ密着しているので、センサチューブ2にコイル状に巻かれたセンサワイヤ3の表面に設けられた第2被覆層42全体を一つの連続した集合体とみなすことができる。
図1に示されるように、この集合体(ドットが付された第2被覆層42)は、全体として、第1被覆層41の表面と第3被覆層43の全部を覆うように配置されているので、第1被覆層41及び第3被覆層43の消失を防止する障壁として機能する。
【0049】
間隔dを10μm以下にするには、例えば、第2被覆層42を設けたセンサワイヤ3をセンサチューブ2に巻く際に、できるだけ隙間のないように巻いて、巻いた状態を維持しながら第3被覆層43及び第4被覆層44を塗布、焼き付けにより形成してセンサワイヤ3をセンサチューブ2に固定することにより、実現することができる。より好ましい間隔dの上限値は5.0μmである。好ましい間隔dの下限値はゼロ(接触状態)である。
【0050】
第3被覆層43は、第1被覆層41と第2被覆層42とで囲まれた空間に設けられ、センサワイヤ3をセンサチューブ2に固定する機能を有している。第4被覆層44を形成する際に、センサワイヤ3の表面の第2被覆層42の全体を覆うようにして有機材料の前駆体を含む溶液が塗布される。塗布された溶液の一部は、間隔dの隙間から第1被覆層41と第2被覆層42とで囲まれた空間に侵入する。これが焼き付けにより化学反応を起こし、有機材料が空間に充填された第3被覆層43が形成される。第3被覆層43は、空間に隙間なく充填されていることが好ましい。これにより、センサワイヤ3とセンサチューブ2との固定をより強固にすることができるとともに、間隔dの隙間から酸素が侵入した際に第3被覆層43が全て消失して第1被覆層41に酸素が到達するまでに時間がかかるので、流量センサの耐用期間を長くすることができる。
【0051】
第4被覆層44は、センサチューブ2に巻かれたセンサワイヤ3全体を覆うように設けられ、センサワイヤ3を相互に固定する機能を有している。第4被覆層44が形成されることより、センサチューブ2にコイル状に巻かれたセンサワイヤ3がばらばらになることなくセンサチューブ2の表面にしっかりと固定される。また、第2被覆層42の外側に第4被覆層44が形成されることにより、第4被覆層44が全て消失して第2被覆層42に酸素が到達するまでに時間がかかるので、流量センサの耐用期間を長くすることができる。第4被覆層44の好ましい膜厚の範囲は8.0〜20μmである。より好ましい膜厚の範囲は10〜15μmである。なお、間隔dがゼロでない(非接触である)場合には、第3被覆層43と第4被覆層44は連続していることがあるが、本発明では便宜上、間隔dの位置よりも外側に位置する部分を第4被覆層44に、間隔dの位置よりも内側で第1被覆層41と第2被覆層42とで囲まれた空間に位置する部分を第3被覆層43に、それぞれ分類する。センサチューブ2にコイル状に巻かれたセンサワイヤ3のうち両端に位置するセンサワイヤ3においては、センサワイヤ3及び第2被覆層42の表面に沿って第1被覆層41の位置まで回り込んだ部分も第4被覆層44に属する。
【0052】
本発明の好ましい実施の態様において、被覆層の表面は非酸化性の雰囲気ガスで覆われている。被覆層を構成する有機材料は、大気中で300℃以上に加熱されると酸素と反応して徐々に消失する。被覆層の表面を非酸化性の雰囲気ガスで覆えば、有機材料と酸素との反応が抑制され、被覆層の消失をより効果的に防止することができる。非酸化性の雰囲気ガスとしては、酸素その他の酸化性の成分ガスを含まない雰囲気ガスを用いることができ、具体的には、窒素、及びアルゴンその他の不活性ガスなど、を用いることができる。被覆層の表面をこれらの雰囲気ガスで覆うには、例えば、開口部を有する金属製の密閉容器を準備し、雰囲気ガスを満たしたグローブボックス中で流量センサを開口部から挿入した後に開口部を溶接して閉じることにより雰囲気ガスを密閉容器内に封入する、といった方法を採用することができる。
【0053】
本発明に係る質量流量計は、プロセスガスが流れる流路と、流路の中間に設けられたバイパスと、本発明に係る流量センサと、センサワイヤ及び他の抵抗素子によって構成されたブリッジ回路を含むセンサ回路と、を有している。また、本発明に係る質量流量制御装置は、本発明に係る質量流量計と、流路を流れるプロセスガスの流量を制御する流量制御弁と、流量制御弁を駆動する制御回路と、を有している。本発明に係る質量流量計及び質量流量制御装置は、いずれも本発明に係る流量センサをその必須の構成要素として有しているので、従来技術に係る流量センサを用いて凝結性ガスの質量流量を測定、制御しようとする場合に流量センサの部分に生じる課題を解決することができる。ここで、センサ回路及び制御回路を含む電気回路の耐熱温度は300℃に満たない場合があるので、電気回路を質量流量計又は質量流量制御装置の高温部から離して設けてもよい。
【0054】
本発明に係る流量センサ、質量流量計又は質量流量制御装置の使用に際して、センサワイヤへの通電によるプロセスガスの温度上昇幅を30℃以下にすることが好ましい。通常の使用の態様において、一対のセンサワイヤの双方に通電が行われ、プロセスガスはセンサチューブを流れる間に温度が約50℃上昇する。しかし、温度上昇幅が50℃だと、最終的に加熱されたプロセスガスの温度は300℃よりもかなり高くなり、流量センサを構成する被覆層の消失が早く進行してしまうおそれがある。プロセスガスの温度上昇幅を30℃以下に制限することにより、プロセスガスの過大な温度上昇がなく、被覆層の消失を抑制することができる。また、温度上昇幅が30℃以下であれば、50℃の場合に比べて熱式質量流量計としての感度に大きく影響しない。より好ましい温度上昇幅の上限は20℃である。
【0055】
本発明は、従来は半導体製造プロセスに使われることのなかった凝結性ガスを使うことを直接の目的としているが、本発明に係る流量センサ、質量流量計及び質量流量制御装置の用途は凝結性ガスの質量流量の測定、制御に限られるものではない。例えば、凝結性でない通常のプロセスガスを300℃以上に加熱した状態で半導体製造装置に供給したい場合など、にも、本発明に係る流量センサ、質量流量計及び質量流量制御装置をそのまま適用することができるのはもちろんである。
【0056】
一方、前述したように、本発明は、流量センサの製造方法にも関する。本発明に係る流量センサの製造方法によって製造される流量センサは、冒頭で述べた「熱式質量流量計」において用いられる流量センサである。具体的には、当該流量センサは、1本のセンサチューブと、前記センサチューブに巻かれた一対のセンサワイヤと、前記センサチューブ及び前記センサワイヤの周囲に設けられた被覆層と、を有する流量センサである。尚、本発明に係る流量センサの製造方法によって製造される流量センサの構成に関する事項のうち、これまでに説明してきた事項及び/又は当該技術分野において周知の事項については、以下の説明において省略する。
【0057】
本発明の1つの実施の態様に係る流量センサの製造方法は、
前記センサチューブの表面の一部に、前記被覆層を構成する第1被覆層を設ける第1の工程と、
前記センサワイヤの表面に、前記被覆層を構成する第2被覆層を設ける第2の工程と、
前記第1の工程によって得られた前記センサチューブの表面のうち前記第1被覆層が設けられた部分の前記センサチューブの一端側及び他端側の各領域に、前記第2の工程によって得られた前記センサワイヤをそれぞれ巻き付ける第3の工程と、
前記第1被覆層と前記第2被覆層とによって囲まれた空間に、前記被覆層を構成する第3被覆層を設ける第4の工程と、
前記センサワイヤの前記センサチューブに巻き付けられた部分の全体を覆うように、前記被覆層を構成する第4被覆層を設けて、流量センサを作製する第5の工程と、
前記第5の工程によって得られた前記流量センサを不活性ガス雰囲気中で300℃以上の温度において10時間以上の期間にわたって保持した後に冷却する第6の工程と、
を含む。
【0058】
第1の工程においてセンサチューブの表面の一部に第1被覆層を設ける具体的な方法は特に限定されない。例えば、第1被覆層を構成する材料及び/又はその前駆体の溶液(例えば、希釈液、分散液など)をセンサチューブの表面の一部に塗布し、この塗布された溶液を乾燥させ、このようにして形成された膜を加熱によって硬化させることによって第1被覆層を設けることができる。さらに、このような工程を繰り返すことによって、所望の膜厚を有する第1被覆層を設けることもできる。
【0059】
第2の工程においてセンサワイヤの表面に第2被覆層を設ける具体的な方法もまた特に限定されない。典型的には、例えば、第2被覆層を構成する材料及び/又はその前駆体の溶液(例えば、希釈液、分散液など)をセンサワイヤの表面に塗布し、この塗布された溶液を乾燥させ、このようにして形成された膜を加熱によって硬化させることによって第2被覆層を設けることができる。さらに、このような工程を繰り返すことによって、所望の膜厚を有する第2被覆層を設けることもできる。
【0060】
第3の工程において、第1の工程によって得られたセンサチューブの表面のうち第1被覆層が設けられた部分のセンサチューブの一端側及び他端側の各領域に、第2の工程によって得られたセンサワイヤをそれぞれ巻き付ける。換言すれば、第1の工程において第1被覆層が設けられたセンサチューブの表面に、第2被覆層が設けられた2本のセンサワイヤが直列に巻き付けられる。即ち、これら2本のセンサワイヤは、当該流量センサが使用されるときにセンサチューブ内におけるガスの流れにおいて上流側及び下流側にそれぞれ巻き付けられる。
【0061】
第4の工程において、第1被覆層と第2被覆層とによって囲まれた空間に、被覆層を構成する第3被覆層を設ける。更に、第5の工程において、センサワイヤのセンサチューブに巻き付けられた部分の全体を覆うように、被覆層を構成する第4被覆層を設ける。これにより、「熱式質量流量計」において用いられる流量センサが作製される。
【0062】
上記において、第1被覆層と第2被覆層とによって囲まれた空間に第3被覆層を設けるための具体的な方法は特に限定されない。
図2を参照すると、例えば、第4被覆層44を形成する際に、センサワイヤ3の表面の第2被覆層42の全体を覆うようにして第4被覆層44を構成する有機材料の前駆体を含む溶液を塗布する。これにより、塗布された溶液の一部を間隔dの隙間から第1被覆層41と第2被覆層42とで囲まれた空間に侵入させることにより、第3被覆層43を設けることができる。或いは、例えば、第3被覆層43を構成する有機材料の前駆体を含むペーストを第1被覆層41の表面に予め塗布しておき、センサワイヤ3をセンサチューブ2の表面に巻き付ける。そして、センサワイヤ3の表面の第2被覆層42の全体を覆うようにして第4被覆層44を構成する有機材料の前駆体を含む溶液を塗布する。これにより、第3被覆層43を設けることができる。
【0063】
上記のように、被覆層は、センサチューブとセンサワイヤとの間の導通を防止する絶縁層として機能する第1被覆層、センサワイヤ3同士の導通を防止する絶縁層として機能する第2被覆層、センサワイヤをセンサチューブに固定する機能を有する第3被覆層及びセンサチューブに巻き付けられたセンサワイヤを相互に固定する機能を有する第4被覆層を有する。
【0064】
第6の工程において、第5の工程によって得られた流量センサを不活性ガス雰囲気中で300℃以上の温度において10時間以上の期間にわたって保持する。即ち、第4の工程においては、前述したように、センサワイヤの塑性加工時及び/又はセンサチューブへの巻き付け時にセンサワイヤを構成する金属材料の結晶格子に導入された転位を消失させるためのアニール処理が行われる。尚、前述したように、アニール処理の温度は、350℃以上が好ましく、400℃以上がより好ましい。アニール処理の期間は、40時間以上が好ましく、96時間以上がより好ましい。
【0065】
更に、これらの被覆層を構成する材料としては、前述したように、ポリアミドイミド及び/又はポリイミドが望ましい。従って、前記被覆層は、ポリアミドイミド及びポリイミドからなる群より選択される1又は2の有機材料を含む。加えて、前述したように、センサチューブとセンサワイヤとの間の導通を長時間にわたって防止(絶縁を維持)すると同時に、熱の伝導に支障をきたさないようにするためには、第1被覆層の膜厚を10μm以上にすることにより、第1被覆層の消失に要する時間を長くすることが望ましい。従って、前記第1被覆層の膜厚が、10μm以上である。より好ましくは、第1被覆層の膜厚は12μm以上である。
【0066】
当該技術分野における一般的な知見によれば、加熱に伴う被覆層の消失を低減するには、上記のように不活性ガス雰囲気中においてアニール処理を行うことが有効であることが知られている。しかしながら、現実には、たとえ不活性ガス雰囲気中であっても、上記のように高温に加熱した場合、比較的厚い(数十μm)被覆層を用いても、その消失を完全に防止することはできない。
【0067】
ところが、前述したように、本発明者らによる鋭意研究の結果、驚くべきことに、センサワイヤの表面に設けられる第2被覆層の膜厚を5μm以下にすることにより、不活性ガス雰囲気中におけるアニール処理に伴う被覆層の消失をより効果的に低減することができることを見出した。
【0068】
従って、当該実施の態様に係る流量センサの製造方法が適用される流量センサにおいては、第2被覆層の膜厚が5.0μm以下である。これにより、不活性ガス雰囲気中においてアニール処理を行うことと相まって、アニール処理に伴う被覆層の消失を効果的に防止することができる。
【0069】
加えて、本発明に係る流量センサに関する説明において既に述べたように、本発明の各種実施の態様に係る流量センサの製造方法においてもまた、以下に列挙するような構成要件を単独又は組み合わせて採用し得る。
【0070】
・前記センサチューブの中心線を含む平面で切断された断面において、センサワイヤの一の断面の周囲に設けられた前記第2被覆層と、前記一の断面に隣接するセンサワイヤの他の断面の周囲に設けられた前記第2被覆層との間隔が、10μm以下である。
・前記第2被覆層は、前記有機材料からなる母材中に無機材料が微細に分散した形態を有する。
・前記第1被覆層は、前記有機材料からなる母材中に無機材料が微細に分散した形態を有する。
・前記無機材料がシリカである。
・前記有機材料がポリイミドである。
・前記被覆層の表面が非酸化性の雰囲気ガスで覆われている。
【0071】
ところで、本発明の範囲は、上述した本発明の各種実施の態様に係る流量センサの製造方法によって製造される流量センサにも及ぶことは言うまでも無い。
【0072】
更に、本発明の範囲は、上述した本発明の各種実施の態様に係る流量センサの製造方法によって製造される流量センサを用いる質量流量計にも及ぶ。
【0073】
具体的には、本発明は、
上述した本発明の各種実施の態様に係る流量センサの製造方法によって製造される流量センサと、
プロセスガスが流れる流路と、
前記流路の中間に設けられたバイパスと、
前記センサワイヤ及び他の抵抗素子によって構成されたブリッジ回路を含むセンサ回路と、を有し、
前記流量センサが有する前記センサチューブが、前記バイパスの上流側で前記流路から分岐し、前記バイパスの下流側で前記流路と再び合流する
質量流量計にも及ぶ。
【0074】
加えて、本発明の範囲は、上述した質量流量計を用いる質量流量制御装置にも及ぶ。
具体的には、本発明は、
上述した質量流量計と、
前記流路を流れるプロセスガスの流量を制御する流量制御弁と、
前記流量制御弁を駆動する制御回路と、を有する
質量流量制御装置にも及ぶ。
【実施例1】
【0075】
ステンレス鋼(SUS316)からなる1本のセンサチューブ(外径0.6mm、肉厚0.04mm)を所定の長さと形状に加工した後、中央部表面にポリイミド前駆体であるポリイミド酸のN−メチルピロリドン溶液(以下「溶液A」という。)を長さ26mmにわたって塗布、乾燥した後、焼き付けを行った。その後、溶液Aを再度塗布、乾燥した後、焼き付けを行って、膜厚14μmの第1被覆層を形成した。
【0076】
次に、溶液Aにテトラエトキシシラン及び水を混合した溶液(以下「溶液B」という。)をFe−Ni合金からなる2本のセンサワイヤ(直径35μm)の表面に塗布、乾燥した後、焼き付けを行って、膜厚6.0μmの第2被覆層を形成した。
【0077】
次に、センサチューブの表面のうち第1被覆層が形成された部分に、第2被覆層が表面に形成された2本のセンサワイヤを隣り合う位置に1本ずつコイル状に隙間なく巻いて、外れないように仮固定した。巻かれたセンサワイヤの表面の第2被覆層の間隔は、最も広いところで3.0μmであった。
【0078】
次に、センサワイヤの表面から溶液Aを塗布、乾燥した後、焼き付けを行って、第3被覆層及び第4被覆層を形成し、センサワイヤをセンサチューブに固定した。第3被覆層は、第1被覆層及び第2被覆層で囲まれた空間に隙間なく充填されていた。また、第4被覆層の膜厚は10数μmであった。
【0079】
得られた流量センサを大気中350℃、375℃及び400℃で所定の時間だけ加熱保持した後、室温でセンサチューブとセンサワイヤとの間のリーク電流を測定し、これを繰り返すことにより、それぞれの加熱保持温度においてリーク電流の値が30nAを超えるまでの絶縁劣化時間(h)を求めた。375℃における絶縁劣化時間は100hであった。横軸を加熱保持の絶対温度(K)の逆数、縦軸を絶縁劣化時間の対数でアレニウスプロットを行ったところ、
図3に示すように3つのプロットは直線に乗った。直線の外挿により加熱保持温度が320℃のときの絶縁劣化時間を推定したところ、約26,000h(3年間)と推定された。
(従来例)
【0080】
第1被覆層の膜厚を7.0μm(1回塗布)とし、第2被覆層の形成に溶液Aを用いて膜厚を4.0μmとしたことを除き、実施例と同様の工程で従来例に係る流量センサを作製した。
得られた流量センサを大気中375℃で加熱保持したところ、絶縁劣化時間は40hであった。
(参考例)
【0081】
第1被覆層の膜厚を7.0μm(1回塗布)としたことを除き、実施例と同様の工程で流量センサを作製した。
得られた流量センサを大気中375℃で加熱保持したところ、絶縁劣化時間は42hであった。
【0082】
上記の実施例及び従来例の結果から、本発明の構成を有する流量センサによれば375℃における絶縁劣化時間は100hであり、従来技術に係る流量センサに比べて2倍以上長くすることが可能である。また、プロセスガスの温度にセンサワイヤによる温度上昇幅を加えた温度が320℃のときの絶縁劣化時間は3年間と推定されるので、センサワイヤによる温度上昇幅の設定によっては、280℃以下の臨界温度を有する凝結性ガスについて長期間にわたり使用することができる可能性があることが分かった。一方、本発明に係る流量センサの構成のうち第1被覆層の膜厚が10μm以上である構成を欠くもの(参考例)では、375℃における絶縁劣化時間はたかだか42hであり、凝結性ガスに用いるには耐熱性が不十分であることが分かった。
【実施例2】
【0083】
(1)アニール処理の条件とアニール効果及び被覆層の消失との関係
前述した実施例1と同様にして、所定の被覆層を備えた複数の流量センサを作製した。これらの流量センサを、以下の表1に列挙するアニール処理A乃至Cに付した。
【0084】
【表1】
【0085】
アニール処理Aにおいては、従来条件(大気雰囲気中、350℃において96時間)にてアニール処理を行った後、不活性ガス(Ar)雰囲気中、400℃において40時間にわたってアニール処理を行った。
アニール処理Bにおいては、従来条件でのアニール処理は行わず、不活性ガス(Ar)雰囲気中、400℃において120時間にわたるアニール処理のみを行った。
アニール処理Cにおいても、従来条件でのアニール処理は行わず、不活性ガス(Ar)雰囲気中、420℃において120時間にわたるアニール処理のみを行った。
【0086】
それぞれの条件下でのアニール処理の前後において、センサワイヤの電気抵抗値及びセンサチューブの表面上の第1被覆層の膜厚を測定し、アニール処理に伴う電気抵抗の低下率(センサワイヤ抵抗低下率[%])及び第1被覆層の膜厚の減少量(膜厚減少量[μm])をそれぞれ算出した。尚、表1の脚注にも記載したように、膜厚減少量については、第1被覆層のみを設けたセンサチューブ別途用意し、これらを流量センサと同時に各条件下でアニール処理し、外径の減少量を測定した。更に、それぞれの条件下でのアニール処理後の流量センサにおいて、センサチューブとセンサワイヤとの間に20Vの直流電圧を印加し、両者の間に流れる電流(処理後リーク電流[nA])の値を測定した。
【0087】
センサワイヤ抵抗低下率は、何れの条件下でのアニール処理においても、約10%前後の低下率を示した。このことは、塑性加工及び/又はセンサチューブへの巻き付けによってセンサワイヤに導入された転位が何れの条件下でのアニール処理によっても有効に消失したためであると考えられる。但し、アニール処理温度が高いほど、且つ保持時間が長いほど、センサワイヤ抵抗低下率が大きい傾向が認められた。従って、センサワイヤにおける転位を更に消失させて、高温での使用に伴うセンサワイヤの電気抵抗の低下をより有効に低減するためには、更に高い温度及び/又は更に長い保持時間を採用することが望ましいと考えられる。
【0088】
更に、膜厚減少量については、アニール処理A及びBに付された第1被覆層においては0μmであり、アニール処理Cに付された第1被覆層においてのみ、0.1μmの減少が認められた。しかしながら、処理後リーク電流については何れの条件下でのアニール処理においても0.1nA未満であった。このことから、何れの条件下でのアニール処理においても、アニール処理に伴う被覆層の消失があったとしても、センサワイヤとセンサチューブとの間での電気絶縁性を損なうには至らなかったことが分かる。
【0089】
以上のように、本発明に係る流量センサの製造方法によれば、塑性加工及び/又はセンサチューブへの巻き付けによってセンサワイヤに導入された転位を十分に消失させ得る条件下でのアニール処理に付しても、被覆層の消失を低減して、被覆層による電気絶縁性の低下を有効に防止することができる。
【0090】
(2)アニール処理後の310℃での保持に伴うセンサワイヤの電気抵抗値の変化
次に、アニール処理後の高温保持におけるセンサワイヤの電気抵抗値の経時変化について説明する。この実験においては、以下の条件下でアニール処理を施した実機及びセンサエレメントを310℃の試験温度において保持した場合における時間の経過に伴うセンサワイヤの電気抵抗値の推移を調べた。
【0091】
条件X1:不活性ガス雰囲気中、420℃にて120時間、サンプルを保持した。
条件Y:大気雰囲気中、350℃にて96時間、サンプルを保持した。
【0092】
尚、「センサエレメント単体」とは、端子を備えるケースに組み込んだ流量センサのみの形態にあるサンプルを指し、「実機」とは流量センサを質量流量制御装置に組み込んだ形態にあるサンプルを指す。また、この実験においては、センサエレメント単体の場合は310℃の恒温槽中にサンプルを保持し、実機の場合は、実機の周囲温度を280℃とし実機を310℃にて動作させた。更に、センサエレメント単体の場合は、同じ条件での実験を3回行った(N=3)。このときの各サンプルにおけるセンサワイヤの電気抵抗値の経時変化を
図5に示す。
【0093】
上記実験の結果、
図5に示したように、処理温度が相対的に低く、保持時間も相対的に短い条件Yでのアニール処理に比べて、処理温度が相対的に高く、保持時間も相対的に長い条件X1でのアニール処理の方が、アニール処理後のセンサワイヤの電気抵抗値の変化がより小さいことが確かめられた。条件X1でのアニール処理後のセンサワイヤについては、310℃における保持における電気抵抗値の低下率の収束値は−1.1%と推定された。尚、条件X1及び条件Yの何れの条件下でのアニール処理でも、アニール処理後のセンサワイヤの電気抵抗値の低下抑制効果は十分であった。但し、条件Yでのアニール処理は大気雰囲気中で行ったため、被覆層の消失抑制という観点では望ましくない。
【0094】
更に、四角のプロットによって示した実機及び丸印のプロットによって示したセンサエレメントは、何れも条件X1でのアニール処理に付したが、
図5からも明らかであるように、アニール処理後のセンサワイヤの電気抵抗値の推移については、実機とセンサエレメントとの間で大きな相違は認められなかった。つまり、アニール処理後のセンサワイヤの電気抵抗値の推移については、センサエレメントをサンプルとして用いる実験によって、十分検証することができることが確かめられた。
【0095】
(3)アニール処理後の350℃での保持に伴うセンサワイヤの電気抵抗値の変化
更に、上記(2)と同様の実験を、アニール処理後の保持温度を350℃に変更して行った。尚、この実験においては、サンプルとして実機は使用せず、全てセンサエレメントの形態のものを使用した。更に、以下に列挙するアニール処理条件を採用した。このときの各サンプルにおけるセンサワイヤの電気抵抗値の経時変化を
図6に示す。
【0096】
条件X1:不活性ガス雰囲気中、420℃にて120時間、サンプルを保持した。
条件X2:不活性ガス雰囲気中、400℃にて120時間、サンプルを保持した。
条件X3:不活性ガス雰囲気中、375℃にて2840時間、サンプルを保持した。
条件Y:大気雰囲気中、350℃にて96時間、サンプルを保持した。
【0097】
上記実験の結果、
図6に示したように、処理温度が相対的に低く、保持時間も相対的に短い条件Yでのアニール処理に比べて、処理温度が相対的に高く、保持時間も相対的に長い条件X1乃至X3でのアニール処理の方が、アニール処理後のセンサワイヤの電気抵抗値の変化がより小さいことが確かめられた。尚、条件X1乃至X3及び条件Yの何れの条件下でのアニール処理でも、アニール処理後のセンサワイヤの電気抵抗値の低下抑制効果は十分であった。但し、条件Yでのアニール処理は大気雰囲気中で行ったため、被覆層の消失抑制という観点では望ましくない。