【文献】
Nature, 2011, Vol.472, pp.51-56, Supplementary Information
【文献】
EIRAKU M. et al.,Self-organizing optic-cup morphogenesis in three-dimensional culture.,Nature, 2011, Vol.472, pp.51-56
【文献】
KUBO F. et al.,Development, 2003, Vol.130, pp.587-598
【文献】
EIRAKU M. et al.,,BioEssays, 2012, Vol.34, pp.17-25
【文献】
DENAYER T. et al.,Stem Cells, 2008, Vol.26, pp.2063-2074
【文献】
European Journal of Neuroscience,2010, Vol.31, No.3, pp.508-520
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
網膜組織を含むヒト多能性幹細胞由来の細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り2日間〜5日間培養して、網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が3%程度以下に減少した細胞凝集体を得た後、
得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現しておらず網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が3%程度以下に減少した細胞凝集体」を、Wntシグナル経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する工程を含むことを特徴とする、毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の製造方法であって、該Wntシグナル経路作用物質は、Wntにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである、方法。
前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である細胞凝集体が、下記(1’)〜(2’)の工程を含む方法により調製され得る細胞凝集体である、請求項1記載の製造方法。
(1’)ヒト多能性幹細胞を浮遊培養することによりヒト多能性幹細胞の凝集体を形成させる工程
(2’)形成された細胞凝集体を浮遊培養してChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である網膜組織を形成させる工程
前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である細胞凝集体が、下記(1)〜(3)の工程を含む方法により調製され得る細胞凝集体である、請求項1記載の製造方法。
(1)ヒト多能性幹細胞を、Wntシグナル経路阻害物質を含む無血清培地中で浮遊培養することにより多能性幹細胞の凝集体を形成させる第一工程
(2)第一工程で形成された凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養する第二工程、及び
(3)第二工程で培養された凝集体を、血清培地中で浮遊培養する第三工程
前記Wntシグナル経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する工程が、Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地中で培養する工程である、請求項1〜4のいずれか1項記載の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
【0009】
本発明において「幹細胞」としては、例えば、細胞分裂を経ても同じ分化能を維持する細胞であり、組織が傷害を受けたときにその組織を再生することができる細胞を挙げることができる。ここで「幹細胞」は、胚性幹細胞(ES細胞)若しくは組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞ともいう)又は人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)であり得るが、それらに限定されない。幹細胞由来の組織細胞は、組織再生が可能なことから分かるように生体に近い正常な細胞を分化できることが知られている。
【0010】
本発明における「多能性幹細胞」としては、例えば、インビトロにおいて培養することが可能で、且つ、胎盤を除く生体を構成するすべての細胞(三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)由来の組織)に分化しうる能力(多能性(pluripotency))を有する幹細胞を挙げることができる。胚性幹細胞(ES細胞)もこれに含まれる。「多能性幹細胞」は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞から得られる。また、体細胞に数種類の遺伝子を導入することにより、胚性幹細胞に似た多能性を人工的に持たせた細胞(人工多能性幹細胞ともいう)も含む。多能性幹細胞は、自体公知の方法で作製することが可能である。作製方法としては、例えば、Cell 131(5)pp.861-872 (2007)、Cell 126(4)pp.663-676 (2006)等に記載される方法を挙げることができる。
【0011】
本発明における「胚性幹細胞(ES細胞)」としては、例えば、自己複製能を有し、多分化能(すなわち多能性「pluripotency」)を有する幹細胞であり、初期胚に由来する多能性幹細胞を挙げることができる。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。
【0012】
本発明における「人工多能性幹細胞」としては、例えば、線維芽細胞等の分化した細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc等の数種類の遺伝子の発現により直接初期化して多分化能を誘導した細胞を挙げることができる。2006年、山中らによりマウス細胞で人工多能性幹細胞が樹立された(Takahashi K, Yamanaka S.Cell. 2006, 126(4), p663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多分化能を有する(Takahashi K, Tanabe K, Ohnuki M, Narita M, Ichisaka T, Tomoda K, Yamanaka S. Cell.2007, 131(5),p861-872.; Yu J, Vodyanik MA, Smuga-Otto K, Antosiewicz-Bourget J, Frane JL, Tian S, Nie J, Jonsdottir GA, Ruotti V, Stewart R, Slukvin II, Thomson JA.,Science. 2007, 318(5858), p1917-1920.; Nakagawa M, Koyanagi M, Tanabe K, Takahashi K, Ichisaka T, Aoi T, Okita K, Mochiduki Y, Takizawa N, Yamanaka S. Nat Biotechnol., 2008, 26(1), p101-106)。
【0013】
多能性幹細胞は、所定の機関より入手でき、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES−1、KhES−2及びKhES−3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。マウス胚性幹細胞であるEB5細胞は独立行政法人理化学研究所より、D3株はATCCより、それぞれ入手可能である。
【0014】
多能性幹細胞は、自体公知の方法により維持培養できる。例えば、ヒト幹細胞は、Knockout Serum Replacement(KSR)を用いて培養することにより維持できる。例えば、マウス幹細胞は、ウシ胎児血清(FCS)、LIFを添加し無フィーダー下に培養することにより維持できる。
【0015】
本発明における「組織」としては、例えば、形態や性質が異なる複数種類の細胞が一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体を挙げることができる。
【0016】
本発明における「網膜組織」としては、例えば、生体網膜において各網膜層を構成する視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜節細胞、これらの前駆細胞または網膜前駆細胞等の細胞が、少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した網膜組織等を挙げることができる。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかについては、公知の方法、例えば、細胞マーカーの発現有無若しくはその程度等により確認することができる。
【0017】
網膜細胞マーカーとしては、Rax(網膜の前駆細胞)、PAX6(前駆細胞)、Chx10(神経網膜前駆細胞)、nestin(視床下部ニューロンの前駆細胞では発現されるが網膜前駆細胞では発現されない)、Sox1(視床下部神経上皮で発現され、網膜では発現されない)、Crx(視細胞の前駆細胞)、などが挙げられる。上記網膜層特異的ニューロンのマーカーとしては、Chx10(神経網膜前駆細胞または双極細胞)、L7(双極細胞)、 Tuj1(節細胞)、Brn3 (節細胞)、Calretinin(アマクリン細胞)、Calbindin(水平細胞)、Rhodopsin(視細胞)、Recoverin(視細胞)、RPE65(色素上皮細胞)、Mitf (色素上皮細胞)、Nrl(杆体細胞)、Rxr-gamma(錐体細胞)などが挙げられる。
【0018】
本発明における「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層および内境界膜を挙げることができる。
【0019】
本発明における「毛様体周縁部(ciliary marginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において網膜組織(具体的には、神経網膜)と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)及びOtx1遺伝子(陽性)等を挙げることができる。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞や分化細胞の供給や網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。
【0020】
本発明における「Progress zone(進行帯)」としては、例えば、組織の一部分に限局して存在する未分化細胞の集合体であり、発生や再生の過程において持続的に増殖して組織全体の成長に寄与する性質、及びまたは、増殖因子等を分泌することにより周辺組織の成長に寄与する性質をもつ細胞の集合体を挙げることができる。Progress zoneの具体例としては肢芽(Limb bud)の先端部における未分化細胞の集合体が挙げられる。
【0021】
本発明における「凝集体」としては、培地中に分散していた細胞が集合して形成した塊を挙げることができ、本発明における「凝集体」には、浮遊培養開始時に分散していた細胞が形成した凝集体と浮遊培養開始時に既に形成されていた凝集体とが含まれるものとする。
「凝集体を形成させる」とは、細胞を集合させて細胞の凝集体を形成させて浮遊培養させる際に、「一定数の分散した幹細胞を迅速に凝集」させることで質的に均一な細胞の凝集体を形成させることをいう。
凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えば、ウェルの小さなプレート(96穴プレート)やマイクロポアなどを用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法などが挙げられる。
【0022】
本発明において用いられる「培地」は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製すればよい。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又は、これらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることができる培地を挙げることができる。
【0023】
本発明における「無血清培地」としては、例えば、無調整又は未精製の血清を含まない培地を挙げることができる。尚、本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り、無血清培地に含まれる。
【0024】
尚、調製の煩雑さを回避するという観点からは、かかる無血清培地として、例えば、市販のKSRを適量(例えば、1−20%)添加した無血清培地(GMEM又はDMEM、0.1mM 2−メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸Mix、1mM ピルビン酸ナトリウム)を好ましく挙げることができる。
【0025】
また、無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、或いは、これらの均等物等を適宜含有するもの等を挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679等に記載される方法により調製すればよい。また血清代替物としては、市販のものを利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)等を挙げることができる。
【0026】
また、浮遊培養で用いられる「無血清培地」は、例えば、脂肪酸、脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0027】
本発明における「血清培地」としては、例えば、無調整又は未精製の血清を含む培地を挙げることができる。当該培地は、脂肪酸、脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0028】
本発明における「浮遊培養」としては、例えば、細胞凝集体を培地中において、細胞培養器に対して非接着性の条件下で行われる培養等を挙げることができる。
【0029】
浮遊培養で用いられる培養器としては、細胞の浮遊培養が可能なものであれば特に限定されない。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトル等を挙げることができる。好ましい培養器としては、細胞非接着性の培養器を挙げることができる。
尚、細胞非接着性の培養器は、培養器の表面が細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリクス等によるコーティング処理)されていないもの等を使用することがよい。
【0030】
本発明において培地に添加される「血清」として、例えば、牛血清、仔牛血清、牛胎児血清、馬血清、仔馬血清、馬胎児血清、ウサギ血清。仔ウサギ血清、ウサギ胎児血清、ヒト血清等哺乳動物の血清等を挙げることができる。
【0031】
本発明製造方法は、網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養した後、得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する工程を含むことを特徴とする。そして本発明製造方法により製造された「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」は、化学物質等の毒性や薬効の評価に使用するための試薬や、細胞治療等を目的とした試験や治療に使用するための材料として有用である。
【0032】
本発明製造方法でスタート原料として用いられる「網膜組織を含む細胞凝集体」は、当該網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である細胞凝集体である。前記「Chx10陽性細胞の存在割合」としては、好ましくは40%以上を挙げることができ、より好ましくは60%以上を挙げることができ、特に好ましくは80%以上を挙げることができる。
【0033】
本発明製造方法でスタート原料として用いられる「網膜組織を含む細胞凝集体」は、例えば多能性幹細胞(好ましくはヒト多能性幹細胞)から調製することができる。具体的には、例えば下記(1)〜(3)の工程を含む方法により調製することができる。
(1)多能性幹細胞を、Wntシグナル経路阻害物質を含む無血清培地中で浮遊培養することにより多能性幹細胞の凝集体を形成させる第一工程
(2)第一工程で形成された凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養する第二工程、及び
(3)第二工程で培養された凝集体を、血清培地中で浮遊培養する第三工程
【0034】
第一工程で使用するWntシグナル経路阻害物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Wntシグナル経路阻害物質としては、例えば、Dkk1、Cerberus蛋白、Wnt受容体阻害剤、可溶型Wnt受容体、Wnt抗体、カゼインキナーゼ阻害剤、ドミナントネガティブWnt蛋白、CKI-7(N−(2−アミノエチル)−5−クロロ−イソキノリン−8−スルホンアミド)、D4476(4−{4−(2,3−ジヒドロベンゾ[1,4]ジオキシン−6−イル)−5−ピリジン−2−イル−1H−イミイダゾール−2−イル}ベンズアミド)、IWR-1-endo(IWR1e)、IWP-2などが挙げられる。Wntシグナル経路阻害物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体が形成する濃度であればよい。例えばIWR1e等の通常のWntシグナル経路阻害物質の場合は、約0.1μM 〜100μM、好ましくは約1μM〜10μM、より好ましくは3μM前後の濃度で添加する。
【0035】
Wntシグナル経路阻害物質は、浮遊培養開始前に無血清培地に添加されていてもよく、また、浮遊培養開始後数日以内(例えば、5日以内)に無血清培地に添加してもよい。好ましくは、Wntシグナル経路阻害物質は、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは3日以内、最も好ましくは浮遊培養開始と同時に無血清培地に添加する。また、Wntシグナル経路阻害物質を添加した状態で、浮遊培養開始後18日目まで、より好ましくは12日目まで浮遊培養する。
【0036】
第一工程における培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃前後である。またCO
2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%前後である。
【0037】
第一工程における多能性幹細胞の濃度は、多能性幹細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように当業者であれば適宜設定することができる。凝集体形成時の多能性幹細胞の濃度は、幹細胞の均一な凝集体を形成可能な濃度である限り特に限定されないが、例えば96穴マイクロウェルプレートを用いてヒトES細胞を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1×10
3〜約5×10
4乗細胞、好ましくは約3×10
3〜約3×10
4細胞、より好ましくは約5×10
3〜約2×10
4細胞、最も好ましくは9×10
3細胞前後となるように調製した液を添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
【0038】
凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を迅速に凝集させることができる限り、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。例えば、ヒトES細胞の場合には、好ましくは24時間以内、より好ましくは12時間以内に凝集体を形成させることが望ましい。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することで当業者であれば適宜調節することが可能である。
【0039】
多能性幹細胞の凝集体が形成されたことは、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき、当業者であれば判断することが可能である。
【0040】
第二工程で使用する基底膜標品としては、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播種して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現などを制御する機能を有するような基底膜構成成分を含むものをいう。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などとの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリックス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液などを用いて除去することで作成することができる。好ましい基底膜標品としては、基底膜成分として市販されている商品(例えばMatrigel(以下、マトリゲルという場合もある))や、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えばラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなど)を含むものが挙げられる。
【0041】
Matrigelは、Engelbreth Holm Swarn (EHS)マウス肉腫由来の基底膜調製物である。Matrigelの主成分はIV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンであるが、これらに加えてTGF-β、線維芽細胞増殖因子(FGF)、組織プラスミノゲン活性化因子、EHS腫瘍が天然に産生する増殖因子が含まれる。Matrigelの「growth factor reduced (GFR)製品」は、通常のMatrigelよりも増殖因子の濃度が低い。本発明では、GFR製品の使用が好ましい。
【0042】
第二工程における浮遊培養で無血清培地に添加される基底膜標品の濃度としては、神経組織(例えば網膜組織)の上皮構造が安定に維持される限り特に限定されないが、例えばMartigelを用いる場合には、好ましくは培養液の1/20〜1/200の容量、より好ましくは1/100前後の容積を挙げることができる。基底膜標品は幹細胞の培養開始時に既に培地に添加されていてもよいが、好ましくは、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは浮遊培養開始後2日以内に無血清培地に添加される。
【0043】
第二工程で用いられる無血清培地は、第一工程で用いた無血清培地をそのまま用いることもできるし、新たな無血清培地に置き換えることもできる。
第一工程で用いた無血清培地をそのまま本工程に用いる場合、「基底膜標品」を培地中に添加すればよい。
【0044】
第二工程における培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃前後である。またCO
2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%前後である。
【0045】
第三工程で用いられる血清培地は、第二工程で培養に用いた無血清培地に血清を直接添加したものを用いてもよいし、新たな血清培地におきかえたものを用いてもよい。
【0046】
血清の添加は、浮遊培養開始後7日目以降、より好ましくは9日目以降、最も好ましくは12日目に行う。血清濃度については、約1〜30%、好ましくは約3〜20%、より好ましくは10%前後で添加する。
【0047】
第三工程において、血清に加えてShhシグナル経路作用物質を添加することで網膜組織の製造効率を上昇させることが出来る。
【0048】
Shhシグナル経路作用物質としては、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。Shhシグナル経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白(例えば、Shh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Purmorphamine、SAGなどが挙げられる。
【0049】
本工程に用いられるShhシグナル経路作用物質の濃度は、例えばSAG等の通常のShhシグナル経路作用物質の場合は、約0.1nM 〜10μM、好ましくは約10nM〜1μM、より好ましくは100nM前後の濃度で添加する。
【0050】
このようにして製造された網膜組織は、凝集体の表面を覆うように存在する。網膜組織が製造されたことは、免疫染色法等により確認することができる。
例えば、第三工程で培養された凝集体を、血清培地中で浮遊培養する。浮遊培養で用いられる培養器としては、上述のものが挙げられる。浮遊培養における培養温度、CO
2濃度、O
2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃である。また、CO
2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%である。一方O
2濃度については、例えば20〜70%、好ましくは20〜60%、より好ましくは30〜50%である。培養時間は特に限定されないが、通常48時間以上であり、好ましくは7日以上である。
浮遊培養終了後、凝集体をパラホルムアルデヒド溶液等の固定液を用いて固定し、凍結切片を作製する。得られた凍結切片を免疫染色し、網膜組織の層構造が形成されていることを確認すればよい。網膜組織は、各層を構成する網膜前駆細胞(視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜節細胞)がそれぞれ異なるため、これらの細胞に発現している上述のマーカーに対する抗体を用いて免疫染色することにより、層構造が形成されていることを確認することができる。
【0051】
上記のようにして製造された細胞凝集体に含まれる網膜組織における「Chx10陽性細胞の存在割合」は、例えば、以下のような方法により調べることができる。
(1)まず、「網膜組織を含む細胞凝集体」の凍結切片を作製する。
(2)次いで、Raxタンパク質の免疫染色を、又は、Rax遺伝子を発現する細胞でGFP等の蛍光タンパク質が発現するように改変された遺伝子組換え細胞を用いた場合には前記蛍光タンパク質の発現を、蛍光顕微鏡等を用いて観察することにより、Rax遺伝子を発現する網膜組織領域を特定する。
(3)Rax遺伝子を発現する網膜組織領域が特定された凍結切片と同じ切片又は隣接する切片を試料として、Dapi等の核染色試薬を用いて核を染色する。そして、上記で特定されたRax遺伝子を発現する網膜組織領域の中において、染色された核の数を計測することにより、網膜組織領域の細胞数を測定する。
(4)Rax遺伝子を発現する網膜組織領域が特定された凍結切片と同じ切片又は隣接する切片を試料として、Chx10タンパク質の免疫染色を行う。上記で特定された網膜組織領域におけるChx10陽性細胞中の核の数を計測する。
(5)上記(3)及び(4)で計測された各々の核の数に基づいて、Chx10陽性細胞中の核の数を、上記で特定された網膜組織領域におけるChx10陽性細胞中の核の数で除することにより、「Chx10陽性細胞の存在割合」を算出する。
【0052】
本発明製造方法においては、まず、網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する。
ここで、好ましい培養としては、例えば、浮遊培養を挙げることができる。また、好ましい培地としては、例えば、無血清培地を挙げることができる。
【0053】
培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃〜約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO
2濃度としては、例えば、約1%〜約10%の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
【0054】
上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるWntシグナル経路作用物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル経路作用物質としては、例えば、Wntファミリーに属するタンパク質、Wnt受容体、Wnt受容体アゴニスト、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3'-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)等を挙げることができる。
【0055】
また、無血清培地又は血清培地に含まれるWntシグナル経路作用物質の濃度としては、CHIR99021等の通常のWntシグナル経路作用物質の場合には、例えば、約0.1μM 〜100μMの範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約1μM〜30μMの範囲を挙げることができる。より好ましくは、例えば、3μM前後の濃度を挙げることができる。
【0056】
本発明製造方法において「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養」するとは、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間の全部又はその一部に限り培養することを意味する。つまり、培養系内に存在する前記「網膜組織を含む細胞凝集体」が、RPE65遺伝子を実質的に発現しない細胞から構成されている期間の全部又はその一部(任意な期間)に限り培養すればよく、このような培養を採用することにより、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体を得ることができる。
このような特定な期間を設定するには、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」を試料として、当該試料中に含まれるRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を、通常の遺伝子工学的手法を用いて測定すればよい。具体的には例えば、後述する実施例に記載されるように、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」の凍結切片をRPE65タンパク質に対する抗体を用いて免疫染色する方法を用いてRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を調べることができる。
【0057】
好ましい「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が50%〜1%の範囲内である期間を挙げることができる。この場合には、得られる「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」は、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が50%〜1%の範囲内である細胞凝集体となる。
【0058】
「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」の日数はWntシグナル経路作用物質の種類、無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、5日間以内を挙げることができる。前記期間として、好ましくは、例えば、4日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、2日間〜3日間を挙げることができる。
【0059】
次いで、上述のようにして培養して得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する。
ここで、好ましい培養としては、例えば、浮遊培養を挙げることができる。
【0060】
好ましい培養時間としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が50%以上に至るまで行う培養時間を挙げることができる。
【0061】
培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃〜約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO
2濃度としては、例えば、約1%〜約10%の範囲を挙げることができ、好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
【0062】
「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」を得られるまでの上記の培養日数は無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、100日間以内を挙げることができる。前記培養日数として、好ましくは、例えば、20日間〜70日間を挙げることができ、より好ましくは、例えば、30日間〜60日間を挙げることができる。
【0063】
このようにして製造された「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」においては、毛様体周縁部様構造体に対して、網膜色素上皮と網膜組織(具体的には、神経網膜)とが同一の細胞凝集体内で隣接して存在している。当該構造については顕微鏡観察等で容易に確認することが可能である。
【0064】
前記「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」からピンセット等を用いて、網膜組織(具体的には、神経網膜)を物理的に切り出すことにより、高純度な網膜組織(具体的には、神経網膜)を調製することが可能である。高純度な網膜組織(具体的には、神経網膜)は、それが有する組織構造を良好に維持したまま、更に培養を継続すること(具体的には例えば、60日以上の長期培養)が可能である。尚、培養温度、CO
2濃度、O
2濃度等の培養条件としては、通常の組織培養で用いられるものを挙げることができる。また、この際、血清、既知の増殖因子、増殖を促進する添加剤や化学物質等の存在下で培養してもよい。既知の増殖因子としては、例えば、EGF、FGF等を挙げることができる。増殖を促進する添加剤として、例えば、N2 supplement(Invitrogen社)、B27 supplement(Invitrogen社)等を挙げることができる。
【0065】
本発明は、本発明製造方法により製造される毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の毒性や薬効の評価用試薬としての使用や、本発明製造方法により製造される毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の移植用生体材料としての使用等も含む。
【0066】
<毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の毒性・薬効評価用試薬としての使用>
本発明製造方法により製造された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体は、網膜細胞の障害に基づく疾患の治療薬のスクリーニング、疾患研究材料、創薬材料として利用可能である。また化学物質等の毒性や薬効の評価においても、光毒性、神経毒性等の毒性研究、毒性試験等に活用可能である。
【0067】
<毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の移植用生体材料としての使用>
本発明製造方法により製造された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体は、細胞損傷状態において、障害を受けた組織自体を補充する(例えば、移植手術に用いる)ため等に用いる移植用生体材料として用いることができる。
【実施例】
【0068】
以下、本発明を実施例により更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0069】
実施例1 (ヒトES細胞を用いた網膜組織を含む細胞凝集体の製造例 その1)
RAX::GFPノックインヒトES細胞(KhES-1由来;Nakano, T. et al. Cell Stem Cell 2012, 10(6), 771-785)を「Ueno, M. et al. PNAS 2006, 103(25), 9554-9559」 「Watanabe, K. et al. Nat Biotech 2007, 25, 681-686」に記載される方法に準じて培養した。培地には、DMEM/F12 培地(Invitrogen)に20%KSR (Knockout Serum Replacement;Invitrogen)、0.1mM 2−メルカプトエタノール、1mM ピルビン酸、5〜10ng/ml bFGFを添加した培地を用いた。培養された前記ES細胞を、0.25% trypsin-EDTA (Invitrogen)を用いてES細胞を単一分散した後、単一分散されたES細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり9×10
3細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2で浮遊培養した。その際に用いられた無血清培地は、G-MEM培地に20% KSR、0.1mM 2−メルカプトエタノール、1mM ピルビン酸、20μM Y27632、Wntシグナル経路阻害物質(3μM IWR1e)を添加した無血清培地であった。浮遊培養開始2日目から容積あたり1/100量のGFRマトリゲル(Invitrogen)を添加して浮遊培養した。浮遊培養開始12日目に容積あたり1/10量の牛胎児血清及びShhシグナル経路作用物質(100nM SAG)を添加して、合計18日間浮遊培養した。
このようにして製造された細胞凝集体を4%パラホルムアルデヒド固定し凍結切片を調製した。調製された凍結切片につき、GFP蛍光像の蛍光顕微鏡観察(
図1)及び神経網膜前駆細胞のマーカーの1つであるChx10の免疫染色(
図2)を行った。上記のようにして製造された細胞凝集体に含まれる網膜組織には、Chx10陽性細胞が40%程度存在していた(
図2参照)。
【0070】
実施例2 (ヒトES細胞を用いた網膜組織を含む細胞凝集体の製造例 その2)
実施例1と同様な方法を用いて、浮遊培養をより長時間行ったところ、浮遊培養開始から25日目にはChx10陽性細胞が80%程度または90%程度存在する網膜組織を含む細胞凝集体も得られた。
【0071】
実施例3 (Wntシグナル経路作用物質を含む無血清培地での、網膜組織を含む細胞凝集体の培養)
実施例1に記載された方法により製造された浮遊培養開始後18日目の網膜組織を含む細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質(3μM CHIR99021)を含む無血清培地で3日間浮遊培養した。
得られた細胞凝集体を4%パラホルムアルデヒド固定し凍結切片を調製した。調製された凍結切片につき、GFP蛍光像の蛍光顕微鏡観察(
図3)及び神経網膜前駆細胞のマーカーの1つであるChx10の免疫染色(
図4)を行った。Wntシグナル経路作用物質を含む無血清培地で3日間浮遊培養した前記細胞凝集体に含まれる網膜組織には、Chx10陽性細胞が3%程度しか存在せず、Chx10陽性細胞の存在割合が明らかに減少していることが確認できた(
図4参照)。このとき、前記細胞凝集体には、RPE65遺伝子を発現する細胞は出現していなかった。
【0072】
実施例4 (Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地中での、「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」の浮遊培養 その1)
実施例1及び実施例3に記載された方法により製造された浮遊培養開始後21日目(上記の「18日目」と「3日間」との合計日数)の細胞凝集体(Chx10陽性細胞の存在割合:3%程度)を、Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地(DMEM/F12、10%牛胎児血清、N2 supplement、0.5μM レチノイン酸等を含む)で、40% O
2条件下で更に39日間浮遊培養した。
得られた細胞凝集体を4%パラホルムアルデヒド固定し凍結切片を調製した。調製された凍結切片につき、GFP蛍光像の蛍光顕微鏡観察(
図5)及び毛様体周縁部のマーカーの1つであるRdh10の免疫染色(
図6)を行った。上記のようにして、Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地で39日間浮遊培養した後の細胞凝集体において、網膜組織(具体的には、神経網膜)と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織の中には、Rdh10陽性細胞(即ち、毛様体周縁部様構造体のマーカー遺伝子であるRdh10遺伝子を発現する細胞)が略均一な群領域として存在しており、毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体が高効率で製造されたことが確認できた(
図6参照)。
【0073】
実施例5 (Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地中での、「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」の浮遊培養 その2)
実施例1及び実施例3に記載された方法により製造された浮遊培養開始後21日目(上記の「18日目」と「3日間」との合計日数)の細胞凝集体(Chx10陽性細胞の存在割合:3%程度)を、実施例4と同様に、Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地(DMEM/F12、10%牛胎児血清、N2 supplement、0.5μM レチノイン酸等を含む)で、40% O
2条件下で更に50日間浮遊培養した。
得られた細胞凝集体を4%パラホルムアルデヒド固定し凍結切片を調製した。調製された凍結切片につき、GFP蛍光像の蛍光顕微鏡観察(
図7)、及び、毛様体周縁部のマーカーであるRdh10(
図8)又はOtx1(
図9)の免疫染色を行った。上記のようにしてWntシグナル経路作用物質を含まない血清培地で50日間浮遊培養した後の細胞凝集体において、網膜組織(具体的には、神経網膜)と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織の中には、Rdh10陽性細胞(即ち、毛様体周縁部様構造体のマーカー遺伝子であるRdh10遺伝子を発現する細胞)が略均一な群領域として存在しており(
図8参照)、Otx1陽性細胞(即ち、毛様体周縁部様構造体のマーカー遺伝子であるOtx1遺伝子を発現する細胞)も同様に存在していた(
図9参照)。これらの結果から、当該製造方法により、毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体が高効率で製造されたことが確認できた。
【0074】
実施例6 (毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の増殖能力の解析 その1)
実施例1に記載された方法により製造された浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体をWntシグナル経路作用物質を含む無血清培地中で3日間浮遊培養した後、実施例4及び実施例5と同様に、Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地中で46日間浮遊培養した。その後、増殖細胞を標識するためにBrdU存在下で1日間培養し、次いでBrdU非存在下で13日間培養した後に、EdU(Invitrogen)存在下で1日間培養した。得られた細胞凝集体を4%パラホルムアルデヒド固定して凍結切片を作製し、作製された凍結切片につき、抗Ki67抗体(
図10左図)もしくは抗BrdU抗体(
図10右図)を用いた蛍光免疫染色、または、EdUの発色反応(
図10中図)を行った。
その結果、上記のようにしてWntシグナル経路作用物質を含まない血清培地で46日間浮遊培養した後の細胞凝集体において、毛様体周縁部様構造体がKi67陽性の増殖細胞であることがわかった(
図10左図、矢印にて示す)。Ki67陽性細胞の90%以上がEdU陽性であることから(
図10中図、矢印)、1日間のEdUの取り込みにより増殖細胞の90%以上が標識できることがわかった。一方、毛様体周縁部様構造体のKi67陽性細胞ではBrdUのシグナルが弱い(
図10右図、矢印)ことから、前記Ki67陽性細胞がBrdU標識後の14日間持続的に増殖し続け、DNAに取り込まれたBrdUが希釈されたと考えられた。これらの結果から、上記のようにして培養された細胞凝集体において、毛様体周縁部様構造体がProgress zone(進行帯)であることがわかった。
【0075】
実施例7 (毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の増殖能力の解析 その2)
実施例1に記載された方法により製造された浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体をWntシグナル経路作用物質を含む無血清培地中で3日間浮遊培養した後、実施例4、実施例5及び実施例6と同様に、Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地中で46日間浮遊培養した。その後、増殖細胞を標識するためにBrdU存在下で1日間培養し、次いでBrdU非存在下で13日間培養した後に、EdU(Invitrogen)存在下で1日間培養し、さらにEdU非存在下で13日間培養した。得られた細胞凝集体の凍結切片を作製し、抗Ki67抗体(
図11左図)、抗BrdU抗体(
図11右図)もしくは抗Rdh10抗体(
図11下図)による蛍光免疫染色、または、EdUの発色反応(
図11中図)を行った。
その結果、上記のようにしてWntシグナル経路作用物質を含まない血清培地で46日間浮遊培養した後の細胞凝集体において、Rdh10陽性の毛様体周縁部様構造体(
図11下図、矢印にて示す)がKi67陽性であることがわかった(
図11左図)。前記毛様体周縁部様構造体のKi67陽性細胞において、EdU(
図11中図)及びBrdU(
図11右図)のシグナルが弱いことがわかった。従って、前記毛様体周縁部様構造体のKi67陽性細胞が27日間持続的に増殖し続け、DNAに取り込まれたEdUとBrdUが希釈されたと考えられた。これらの結果から、上記のようにして培養された細胞凝集体において、毛様体周縁部様構造体がProgress zone(進行帯)であることがわかった。
【0076】
実施例8 (毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体における、神経網膜の形態の解析)
実施例1に記載された方法により製造された浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体をWntシグナル経路作用物質を含む無血清培地中で3日間浮遊培養した後、実施例4、実施例5、実施例6及び実施例7と同様に、Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地中で75日間浮遊培養し、得られた細胞凝集体を解析した。当該細胞凝集体の一例として、毛様体周縁部様構造体(CMZ)を含まない細胞凝集体の位相差像(A、左列、上段)、毛様体周縁部様構造体を含まない細胞凝集体のCrx遺伝子発現細胞のGFP蛍光像(A、左列、下段)、毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の位相差像(A、右列、上段)、毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体のCrx遺伝子発現細胞のGFP蛍光像(A、右列、下段)を示す。毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体のCrx遺伝子発現細胞のGFP蛍光像(A、右列、下段)では、右下部に、毛様体周縁部様構造体に近接して、層構造をもち連続した神経網膜が存在することがわかった(矢印にて示す)。
毛様体周縁部様構造体を含まない細胞凝集体(CMZ-)と、毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体(CMZ+)に関して、層構造をもち連続した神経網膜が細胞凝集体円周の10%以上存在する細胞凝集体の割合を、Crx遺伝子発現細胞の形態を指標として測定した(
図12B)。その結果、毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体(CMZ+)の方が、毛様体周縁部様構造体を含まない細胞凝集体(CMZ-)と比べて、層構造をもち連続した神経網膜をもつ細胞凝集体の割合が高いことがわかった。