特許第6394754号(P6394754)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6394754リチウムイオン二次電池用正極材料及びリチウムイオン二次電池
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6394754
(24)【登録日】2018年9月7日
(45)【発行日】2018年9月26日
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極材料及びリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20180913BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20180913BHJP
   H01M 4/36 20060101ALN20180913BHJP
【FI】
   H01M4/525
   H01M4/505
   !H01M4/36 C
【請求項の数】4
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2017-133462(P2017-133462)
(22)【出願日】2017年7月7日
(62)【分割の表示】特願2017-530767(P2017-530767)の分割
【原出願日】2016年11月9日
(65)【公開番号】特開2017-216243(P2017-216243A)
(43)【公開日】2017年12月7日
【審査請求日】2017年7月7日
(31)【優先権主張番号】特願2015-223297(P2015-223297)
(32)【優先日】2015年11月13日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-104631(P2016-104631)
(32)【優先日】2016年5月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】軍司 章
(72)【発明者】
【氏名】所 久人
(72)【発明者】
【氏名】高橋 心
(72)【発明者】
【氏名】遠山 達哉
(72)【発明者】
【氏名】春名 博史
(72)【発明者】
【氏名】高松 大郊
(72)【発明者】
【氏名】中林 崇
(72)【発明者】
【氏名】高野 秀一
【審査官】 宮田 透
(56)【参考文献】
【文献】 特許第4807467(JP,B1)
【文献】 国際公開第2009/057722(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/011212(WO,A1)
【文献】 特開2012−113823(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0156565(US,A1)
【文献】 特開2001−006676(JP,A)
【文献】 特開2005−123111(JP,A)
【文献】 特開2003−331824(JP,A)
【文献】 特開2011−154928(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/36− 4/62
H01M 4/13− 4/1399
C01G 53/00−53/12
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)によって表され、このリチウム複合化合物の一次粒子の表面に、Ti3+が濃化した層を有することで、複数の前記一次粒子が凝集した二次粒子の少なくとも表面に、X線光電子分光分析に基づくTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上、20以下であるTi3+が濃化した層を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極材料。
Li1+aNiMnCoTi2+α …(1)
ただし、前記式(1)中、Mは、Mg、Al、Zr、Mo、Nbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、−0.1≦a≦0.2、0.7<b≦0.9、0≦c<0.3、0≦d<0.3、0<e≦0.25、0≦f<0.3、b+c+d+e+f=1、及び、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。
【請求項2】
前記Ti3+が濃化した層は、R−3m層状構造であることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極材料。
【請求項3】
前記Ti3+が濃化した層は、一次粒子の表面から5nm以内の領域にあることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極材料。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極材料を備えることを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の正極に用いられる正極材料及びその製造方法、並びにその正極材料を用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
高いエネルギー密度を有する小型で軽量な二次電池として、リチウムイオン二次電池が広く普及している。リチウムイオン二次電池には、例えば、負極材料としてリチウム金属やリチウム合金、金属酸化物、カーボン等が用いられ、正極材料として層状構造を有するリチウム金属複合酸化物が用いられる。このような正極材料の一例として、非水系電解質二次電池の正極に用いた場合に熱安定性が良好で、かつ、高い充放電容量を有する正極活物質が開示されている(下記特許文献1を参照)。
【0003】
特許文献1に記載の非水系電解質二次電池用正極活物質は、一般式:LiNi1−x(ただし、式中のxは、Niの平均価数をZとしたときに、(4−Z)×x≧0.75を満たし、式中のMは、M全体としての平均価数が3価以上となる少なくとも1種の元素を表す)で表されるリチウム金属複合酸化物の粉末からなり、かつ、該粉末を正極活物質として用いた非水系電解質二次電池でLi0.25Ni1−xなる組成まで充電したときに、4価のNiのモル数がNiとMを合わせたモル数の60%以下となる。
【0004】
特許文献1によれば、上記の正極活物質は、Niを別元素に置換したことによる電池の初期容量の低下を防止することができるとともに、ほぼ満充電であるLi0.25Ni1−xなる組成まで充電したときに、熱的に不安定な4価のNiのモル数が、Niと添加元素Mを合わせたモル数の60%以下となるようにすることで、リチウムイオン電池の正極として用いた場合、電池の熱安定性の向上を図ることができる、としている。
【0005】
また、リチウム含有複合酸化物粒子の表面層に、一般式Liで表されるリチウムチタン複合酸化物が含有される表面修飾リチウム含有複合酸化物の製造方法が開示されている(下記特許文献2を参照)。なお、前記一般式中、Nは、Co、Mn及びNiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素であり、Mは、Co、Mn及びNi以外の遷移金属元素、Al、Sn並びにアルカリ土類金属元素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素であり、0.9≦p≦1.3、0.9≦x≦2.0、0≦y≦0.1、1.9≦z≦4.2、0≦a≦0.05を満たす。
【0006】
特許文献2に記載の発明に係る製造方法では、まず、リチウム含有複合酸化物粉末に対して、リチウム源及びチタン源が溶解した溶液を含浸させる。次に、得られたリチウムチタン含浸粒子を400〜1000℃にて熱処理する。特許文献2に記載の発明は、この熱処理を経て得られる表面修飾リチウム含有複合酸化物の表面層に含まれるチタンが、母材であるリチウム含有複合酸化物に対して、0.01〜1.95mol%であることを特徴としている。これにより、特許文献2では、リチウムイオン二次電池用正極として有用である、放電容量及び体積容量密度が大きく、安全性が高く、充放電サイクル耐久性とレート特性に優れた、製造コストの安価な表面修飾リチウム含有複合酸化物の製造方法が提供される、としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−107818号公報
【特許文献2】国際公開第2009/057722号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載された正極材料は、Niを別元素に置換することによって、リチウムイオン二次電池の充放電サイクルに伴う劣化を抑制することは可能であるが、充放電反応に寄与するNi量が減少するため、高容量化が困難であるという課題がある。
【0009】
特許文献2に記載された正極材料は、リチウムチタン複合酸化物が含有される表面層によってリチウム含有複合酸化物粒子の表面を修飾することで、充放電サイクル耐久性を向上させている。しかし、正極材料と異なる結晶構造をもつ表面層は、リチウムイオンの挿入及び脱離を阻害するため、充放電の抵抗が高くなる虞がある。また、チタンの過剰な添加によって充放電反応に寄与するNi量が減少し、充放電容量の低下を招く虞がある。また、リチウムチタン複合酸化物の過剰な表面修飾は、挿入脱離可能なリチウム量を減少させて、充放電容量を低下させる虞がある。
【0010】
本発明は、前記課題に鑑みてなされたものであり、従来よりも高い充放電容量を有し、かつ抵抗上昇率が抑制されてサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池用正極材料及びその製造方法、並びに低温出力特性に優れたリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的を達成すべく、本発明のリチウムイオン二次電池用正極材料は、下記式(1)によって表され、かつX線光電子分光分析に基づくTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上、20以下であるリチウム複合化合物によって構成されることを特徴とする。
【0012】
Li1+aNiMnCoTi2+α …(1)
【0013】
ただし、前記式(1)中、Mは、Mg、Al、Zr、Mo、Nbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、−0.1≦a≦0.2、0.7<b≦0.9、0≦c<0.3、0≦d<0.3、0<e≦0.25、0≦f<0.3、b+c+d+e+f=1、及び、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来よりも高い充放電容量を有し、かつ抵抗上昇率が抑制されてサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池用正極材料及びその製造方法、並びに低温出力特性に優れたリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1A】本発明の実施形態に係る正極材料の製造方法の各工程を示すフロー図。
図1B図1Aに示す製造方法の変形例の各工程を示すフロー図。
図2】本発明の実施形態に係るリチウムイオン二次電池と正極の模式部分断面図。
図3A】混合工程でチタン酸化物を使用した二次粒子の断面写真。
図3B】混合工程で有機チタン化合物を使用した二次粒子の断面写真。
図4A】実施例4の正極材料の一次粒子内のTi元素マッピング像。
図4B図4Aに示す一次粒子の表面からの距離と組成比を示すグラフ。
図5】実施例4の正極材料のXRDスペクトルを示すグラフ。
図6】実施例及び比較例の正極材料粒子の粒子破壊強度を示すグラフ。
図7】二次電池の抵抗上昇率と正極材料の比表面積との関係を示すグラフ。
図8A】実施例2の正極材料粒子の300サイクル後の表面近傍の断面写真。
図8B】比較例1の正極材料粒子の300サイクル後の表面近傍の断面写真。
図9A】実施例2の二次電池の0サイクルでの正極材料の断面写真。
図9B図9Aの正極材料の表面からの各距離でのTEM−EELS測定結果。
図9C図9Aの正極材料の表面からの各距離でのTEM−EELS測定結果。
図10A】比較例1の二次電池の0サイクルでの正極材料の断面写真。
図10B図10Aの正極材料の表面からの各距離でのTEM−EELS測定結果。
図10C図10Aの正極材料の表面からの各距離でのTEM−EELS測定結果。
図11A】実施例2の二次電池の300サイクル後の正極材料の断面写真。
図11B図11Aの正極材料の表面からの各距離でのTEM−EELS測定結果。
図11C図11Aの正極材料の表面からの各距離でのTEM−EELS測定結果。
図12A】比較例1の二次電池の300サイクル後の正極材料の断面写真。
図12B図12Aの正極材料の表面からの各距離でのTEM−EELS測定結果。
図12C図12Aの正極材料の表面からの各距離でのTEM−EELS測定結果。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のリチウム二次電池用正極材料及びその製造方法の実施の形態を詳細に説明する。
【0017】
(リチウム二次電池用正極材料)
本実施形態の正極材料は、例えば、後述するリチウムイオン二次電池の正極に用いられる粉末状の正極活物質である。本実施形態の正極材料は、下記式(1)によって表され、かつX線光電子分光分析(X-ray Photoelectron Spectroscopy;XPS)に基づく3価のTi(Ti3+)と4価のTi(Ti4+)の原子比(Ti3+/Ti4+)が1.5以上、20以下であるリチウム複合化合物によって構成されていることを特徴としている。
【0018】
Li1+aNiMnCoTi2+α …(1)
【0019】
ただし、前記式(1)中、Mは、Mg、Al、Zr、Mo、Nbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、−0.1≦a≦0.2、0.7<b≦0.9、0≦c<0.3、0≦d<0.3、0<e≦0.25、0≦f<0.3、b+c+d+e+f=1、及び、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。以下、これらa、b、c、d、e、f及びαの規定範囲について詳細に説明する。
【0020】
前記式(1)において、aは、化学式LiM´Oで表される正極材料の量論比率、すなわちLi:M´:O=1:1:2からのLiの過不足量を表している。ここで、M´は、式(1)におけるLi以外の金属元素を示す。Liの含有率が高いほど、充電前の遷移金属の価数が高くなって、Li脱離時の遷移金属の価数変化の割合が低減され、正極材料の充放電サイクル特性を向上させることができる。その反面、Liの含有率が高いほど、正極材料の充放電容量は低下する。また、Liの含有率が化学量論比よりも著しく低い場合、Li含有量の低下に伴い、充放電容量は低下する。したがって、前記式(1)中のLiの過不足量を表すaの範囲を−0.1以上かつ0.2以下とすることで、材料の充放電サイクル特性を向上させ、かつ充放電容量の低下を抑制することができる。
【0021】
より好ましくは、前記式(1)中のLiの過不足量を表すaの範囲は、−0.05以上かつ0.1以下、より好ましくは0以上かつ0.06以下とすることができる。前記式(1)中のaが−0.05以上、より好ましくは0以上かつ0.06以下であれば、充放電に寄与するのに十分なLi量が確保され、正極材料の高容量化を図ることができる。また、前記式(1)中のaが0.1以下であれば、遷移金属の価数変化による電荷補償を十分確保することができ、高容量と高充放電サイクル特性を両立させることができる。
【0022】
また、前記式(1)中のNiの含有率を示すbが0.7を超えると、正極材料において充放電に寄与するのに十分なNi量が確保され、高容量化に有利である。一方、前記式(1)中のbが0.9を超えると、Niの一部がLiサイトに置換され、充放電に寄与するのに十分なLi量が確保できず、正極材料の充放電容量が低下する虞がある。したがって、前記式(1)中のNiの含有率を示すbを、0.7を超えかつ0.9以下の範囲、より好ましくは、0.75以上かつ0.85以下の範囲とすることで、正極材料を高容量化させつつ、充放電容量の低下を抑制することができる。
【0023】
また、Mnの添加は、充電によってLiが脱離しても層状構造を安定に維持する作用がある。ただし、前記式(1)中のMnの含有率を示すcが0.3以上になると、正極材料の容量が低下する。したがって、前記式(1)中のcを、0以上かつ0.3未満の範囲とすることで、充放電によってLiが挿入・脱離されても、正極材料を構成するリチウム複合化合物の層状構造を安定に維持することができ、正極材料の容量低下を抑制することができる。
【0024】
また、前記式(1)中のCoの含有率を示すdは、0以上かつ0.3未満の範囲が好ましい。dが0.3以上になると、供給量が限られコストが高いCoの比率が相対的に多くなり、正極材料の工業的な生産において不利になる。
【0025】
また、前記式(1)中のTiの含有率を表すeは0を超えかつ0.25以下の範囲であり、より好ましくは、0.001以上かつ0.15以下の範囲である。Tiの添加による効果をより確実に享受する観点からは、eは、0.005以上かつ0.15以下であることがさらに好ましい。材料コストの上昇の抑制及び正極材料の焼結性の向上の観点からは、eは、0.001以上かつ0.05以下であることがさらに好ましい。
【0026】
また、LiとTiは、様々なLi−Ti−O化合物を形成できるが、Tiは4価が最も安定であり、LiTiO、LiTi12などの化合物を形成しやすい。eが0.25を超えるとそれらのLi−Ti−O化合物が異相として生成しやすく、抵抗が高くなる。また、コストが嵩み、工業材料として好ましくない。
【0027】
また、前記式(1)中の余剰のLiの量を示すaとTiの含有量を示すeとの比a/eを5以下(a/e≦5)とすることが好ましい。a/eの値を5以下とすることによりリチウム複合化合物の合成段階でのLi−Ti−O化合物の異相の生成を抑制し、粒子強度を向上できる。その結果、充放電サイクルに伴う容量低下や抵抗上昇を抑制できる。
【0028】
また、前記式(1)中のMが、Mg、Al、Zr、Mo、Nbからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素であることにより、正極材料における電気化学的活性を確保することができる。また、これらの金属元素で正極材料を構成するリチウム複合化合物の金属サイトを置換することで、リチウム複合化合物の結晶構造の安定性や層状正極活物質の電気化学特性(サイクル特性等)を向上させることができる。なお、前記式(1)中のMの含有率を示すfが過大になると、正極材料の容量が低下する。したがって、前記式(1)中のb、c、d、e、fを、b+c+d+e+f=1とすることで、正極材料の容量低下を抑制することができる。
【0029】
また、前記式(1)中のαは、空間群R−3mに帰属される層状構造化合物を許容する範囲であり、酸素の可不足量を示す。正極材料を構成するリチウム複合化合物のα−NaFeO型の層状構造を維持する観点から、例えば、−0.2以上かつ0.2以下の範囲であってもよい。しかし、前記式(1)中のαの範囲が−0.1以上かつ0.1以下の範囲であれば、より確実に正極材料を構成するリチウム複合化合物の層状構造を維持することができる。
【0030】
なお、粉末状の正極活物質である正極材料を構成するリチウム複合化合物の粒子は、個々の粒子が分離した一次粒子であってもよいが、複数の一次粒子を焼結等によって結合させた二次粒子であることが望ましい。一次粒子又は二次粒子は、不可避の遊離リチウム化合物を含んでいても良い。
【0031】
正極材料の一次粒子の平均粒径は、例えば、0.1μm以上かつ2μm以下であることが好ましい。正極材料の一次粒子の平均粒径を2μm以下とすることで、正極材料の反応場を確保でき、高容量、かつ、低抵抗が得られる。また、正極材料の二次粒子の平均粒径は、例えば、3μm以上かつ50μm以下であることが好ましい。
【0032】
正極材料の粒子は、後述する正極材料の製造方法によって製造された一次粒子を、乾式造粒又は湿式造粒によって造粒することによって二次粒子化することができる。造粒手段としては、例えば、スプレードライヤーや転動流動層装置等の造粒機を利用することができる。
【0033】
正極材料の粒子の結晶構造は、例えば、X線回折法(X-ray diffraction;XRD)等によって確認することができる。また、正極材料の粒子の平均組成は、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma;ICP)、原子吸光分析(Atomic Absorption Spectrometry;AAS)等によって確認することができる。正極材料の粒子の平均粒径は、例えば、レーザー回折式粒度分布測定器等によって測定できる。
【0034】
また、正極材料のBET比表面積は、例えば、概ね0.2m/g以上かつ2.0m/g以下とすることが好ましい。正極材料の粒子のBET比表面積を概ね2.0m/g以下とすることによって、正極における正極材料の充填性が改善し、エネルギー密度が高い正極を製造することができる。また、電解液との接触面積が過剰とならないため、電解液との副反応が抑えられ、抵抗上昇を抑えられる。より好ましくは、正極材料のBET比表面積は、0.5m/g以上かつ1.5m/g以下である。なお、BET比表面積は、自動比表面積測定装置を用いて測定することができる。
【0035】
また、正極材料の粒子破壊強度は50MPa以上かつ200MPa以下であることが好ましい。これにより、電極作製の過程で正極材料の粒子が破壊されることがなく、正極集電体の表面に正極材料を含むスラリーを塗工して正極合剤層を形成する際に、剥がれなどの塗工不良が抑制される。また、充放電にともなう正極材料の膨張収縮による二次粒子の割れを抑制できることから、サイクルにともなう容量低下や抵抗上昇が抑制される。正極材料の粒子破壊強度は、例えば、微小圧縮試験機を用いて測定することができる。
【0036】
また、正極材料は、リチウム複合化合物の複数の一次粒子が凝集した二次粒子の表面に、Ti3+が濃化した層を有することが好ましい。Ti3+の濃化層は、凝集した一次粒子によって形成される二次粒子の電解液と接触する面にあることが効果的であり、さらに当該二次粒子の内部にTi3+濃化層を有していても良い。Ti3+濃化層は、空間群R−3mに帰属されるリチウム複合化合物の層状構造における遷移金属サイトにTiが置換している形態が好ましい。逆に言えば、Ti3+の濃化層にR−3m層状構造以外の構造がある場合には異相となり放電容量が下がるので好ましくない。また、正極材料は、二次粒子の表面がフッ素化されていてもよい。
【0037】
以下、本実施形態の正極材料の作用について説明する。
【0038】
本実施形態の正極材料は、前記式(1)で表されるリチウム複合化合物中のNiの含有率を表すbが、0.7を超えかつ0.9以下の範囲で、Niを含有している。Niは、リチウム複合化合物中に、主に3価のNi(Ni3+)として存在している。リチウム複合化合物中のNi3+は、リチウムイオン二次電池の充電時に、Ni3+から4価のNi(Ni4+)になり、リチウムイオン二次電池の放電時に、Ni4+からNi3+に戻る酸化還元反応を担うことで、正極材料の高い充放電容量に寄与している。しかし、リチウム複合化合物中のNi3+は、リチウムイオン二次電池の充放電がある程度の回数を超えて繰り返されると、安定な2価のNi(Ni2+)になりやすく、結晶中から酸素放出してNiO様の立方晶を生成する。結晶構造変化をともなって価数変化したNi2+は、リチウムイオン二次電池の充放電に寄与しなくなる。
【0039】
一般に、一般式:LiNiOで表される正極材料は、一般式:LiCoOで表される正極材料よりも高容量である反面、LiCoOで表される正極材料よりも結晶構造の安定性に乏しく、充放電サイクルに伴う劣化が顕著であるという課題がある。その原因として、LiNiOで表される正極材料は、前述のように、遷移金属サイトに占めるNi3+の一部が、Ni2+として容易にLiサイトに移動してしまうこと(カチオンミキシング)、充電状態においてLiCoOで表される正極材料と比較して低温から酸素を放出することなどが挙げられる。また、LiNiOで表される正極材料は、充放電サイクルに伴って、正極材粒子の表面から放出される酸素と電解液との反応により、正極材の上に電解液分解物による皮膜が形成されたり、正極材表面にNiO様の異相が形成されたりして、電荷の移動を阻害する虞がある。
【0040】
このような課題を解決するために、本実施形態の正極材料は、前記式(1)で表されるリチウム複合化合物中のTiの含有率を表すeが、0を超えかつ0.25以下の範囲でTiを含有するようにしている。正極材料を構成するリチウム複合化合物中のTiは、主にTi3+又はTi4+の状態で存在している。リチウム複合化合物中のTi3+は、より安定なTi4+になって電荷補償することでNi3+からNi2+への価数変化をリチウム複合化合物の層状構造を維持したまま起こすことができ、NiO様の異相生成を抑えられ、充放電サイクルにともなう容量低下の抑制や抵抗上昇の抑制に寄与する。すなわち、正極材料の表層にTi3+が多くなることにより、上記の電荷補償が効果的に行われ層状構造が安定化する。また、正極材料の表面にNiO様の異相が生成することを抑制できる。
【0041】
Tiの含有率eは0を超えかつ0.25以下の範囲が好ましいが、より好ましくは0.005以上0.15以下である。さらに好ましくは、Tiの含有率eは0.005以上0.05以下である。この好適範囲であれば合成条件を大きく変更することなく適正な電極特性が得られる。
【0042】
ただし、上記のとおりTiはTi4+が最も安定であり、LiTiO、LiTi12などの化合物を形成しやすい。このときLiTiO等の異相が一次粒子間の粒界に生成され、これが二次粒子の強度低下の原因となることが分かった。即ち、eが0.25を超えるとLiTiO等の異相が生成し易く、結果的に抵抗が高くなる。
【0043】
また、Li量が過剰になるとLiTiO等の異相が粒界に残留する割合が高くなり、Li量とTi量とのバランスが関与することを見出した。すなわち、前記式(1)中の余剰Liの量を示すaとTiの含有量を示すeとの比a/eを5以下(a/e≦5)とすることが好ましい。a/eの値が5を超えるとリチウム複合化合物の合成段階でLi−Ti−O化合物の異相が生成し易く、粒子強度が低下し、サイクルに伴って容量低下や抵抗上昇が起こりやすい。
【0044】
さらに、本実施形態の正極材料は、前記式(1)によって表され、かつ表面状態の分析手法であるX線光電子分光分析(XPS)に基づくTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上、20以下であるリチウム複合化合物によって構成されている。Tiとして最も安定なTi4+に対して1.5倍から20倍と非常に多くのTi3+を表面に含んでいる理由は、Tiが正極材料中に固溶し、Ti3+が安定化したためと推定される。
【0045】
これにより、正極材料の充放電サイクルに伴ってリチウム複合化合物中にNi2+が生成された場合に、Ti3+がTi4+となって電荷補償することで、リチウム複合化合物の層状構造を維持することができる。さらに、正極材料の構造変化に伴う酸素放出を抑制できるので、充放電サイクルに伴う電解液の分解反応を抑制することができる。したがって、本実施形態の正極材料によれば、優れたサイクル特性を発揮することができる。
【0046】
なお、リチウム複合化合物中のTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が1.5未満であると、リチウム複合化合物中のNi3+がNi2+になることに起因する正極材料の充放電容量の低下を抑制する効果が不十分になり、従来よりも高い充放電容量を得るのが困難になる。また、表面に正極材料と結晶構造が異なる異相が生成するため、初期抵抗が増加したり、一次粒子間の結合力が弱まることで粒子強度が低下したりする。また、リチウム複合化合物中のTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が20を超えると、リチウム複合化合物において過剰な焼結粒成長を伴い、正極材料の充放電容量が低下する虞がある。
【0047】
また、正極材料の二次粒子の表面に、Ti3+が濃化した層を有することで、充放電サイクル特性を向上できる。また、正極材料の二次粒子表面のTiが濃化した層は、層状構造を安定化させるためNiO様の異相形成を抑制し、リチウムイオンの挿入脱離を阻害しないため、充放電の抵抗上昇を抑制できる。
【0048】
また、正極材料の二次粒子の表面(Ti3+濃化層のさらに表面)が、フッ素化されていることで、正極材料粒子の表面が改質され、遷移金属の溶出や非水溶媒の分解が抑制される。これにより、二次電池のサイクル特性が向上する。
【0049】
(リチウム二次電池用正極材料の製造方法)
図1Aは、本実施形態のリチウム二次電池用正極材料の製造方法に含まれる各工程を示すフロー図である。本実施形態の正極材料の製造方法は、前述の粉末状の正極活物質である正極材料を製造する方法であり、主に、混合工程S1と焼成工程S2とを有している。また、図1Bに示すように、本実施形態の正極材料の製造方法は、混合工程S1と焼成工程S2に加えて、浸漬工程S3を有してもよい。
【0050】
混合工程S1では、リチウムを含む化合物と、前記式(1)中のLi以外の金属元素をそれぞれ含む化合物とを混合して混合物を得る。リチウムを含む化合物としては、例えば、炭酸リチウムを用いることができる。正極材料の出発原料としての炭酸リチウムは、酢酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウム、塩化リチウム、硫酸リチウム等、他のLi含有化合物と比較して、工業利用性及び実用性に優れている。
【0051】
また、前記式(1)中のLi以外の金属元素をそれぞれ含む化合物としては、例えば、Ni含有化合物、Mn含有化合物、Co含有化合物、Ti含有化合物、M含有化合物等を用いることができる。ここで、M含有化合物とは、Mg、Al、Zr、Mo、Nbからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素を含む化合物である。
【0052】
前記Ni含有化合物、Mn含有化合物、及びCo含有化合物としては、例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、硫酸塩、又は酢酸塩等を用いることができ、特に、酸化物、水酸化物、又は炭酸塩を用いることが好ましい。また、前記M含有化合物としては、例えば、酢酸塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、酸化物、又は水酸化物等を用いることができ、特に、炭酸塩、酸化物、又は水酸化物を用いることが好ましい。
【0053】
また、前記Ti含有化合物は、例えば、酸化物、窒化物、炭化物、有機チタン化合物からなる群より選択される少なくとも1種の化合物であることができ、特にTi酸化物又は有機チタン化合物であることが好ましい。有機チタン化合物としては、例えば、Ti含有カップリング剤、Ti含有アルコキシド、Ti含有キレート剤、Ti含有アシレート剤、Ti含有界面活性剤などが挙げられる。有機チタン化合物は、混合工程S1において液状で混合することが可能である。
【0054】
混合工程S1では、前記式(1)に対応する所定の元素組成となる比率で秤量した上記の出発原料を混合して原料粉末を調製する。混合工程S1では、上記の出発原料を例えば、粉砕機によって粉砕して混合することが好ましい。これにより、均一に混合された粉末状の固体混合物を調製することができる。前記出発原料の化合物を粉砕する粉砕機としては、ボールミル、ジェットミル、サンドミル等の一般的な精密粉砕機を用いることができる。
【0055】
また、出発原料の粉砕は、湿式で行なうことが好ましい。工業的な観点から、湿式粉砕に用いる溶媒は、水であることが好ましい。上記の出発原料を湿式で粉砕した固液混合物は、例えば、乾燥機によって乾燥させることができる。乾燥機は、例えば、噴霧乾燥機、流動床乾燥機、エバポレータ等を使用することができる。
【0056】
混合工程S1において、Ti含有化合物として酸化物などの固体の物質を用いる場合、液状物質よりも分散性が低下しやすいが、粉砕条件を調整することで分散性を向上させることができる。
【0057】
焼成工程S2では、混合工程S1で得られた混合物を酸化性雰囲気下で焼成して、前記式(1)によって表され、かつXPSに基づくTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上、20以下であるリチウム複合化合物を得る。焼成工程S2における酸化性雰囲気は、Ni酸化反応を十分に進行させる観点から、酸素濃度が80%以上であることが好ましく、酸素濃度が90%以上であることがより好ましく、酸素濃度が95%以上であることがさらに好ましく、酸素濃度が100%であることがさらにより好ましい。
【0058】
焼成工程S2における熱処理温度(焼成温度、以下同様)は、700℃以上かつ900℃未満であることが好ましい。熱処理温度が700℃未満であると、リチウム複合化合物の結晶化が不十分となる。熱処理温度が900℃を超えると、リチウム複合化合物の層状構造が分解してNi2+が生成され、得られる正極材料の容量が低下してしまう。
【0059】
焼成工程S2における熱処理温度の適正値は、未反応のLi原料量によって異なり、昇温速度などの影響を受ける。未反応のLi原料が多い場合、Li原料の溶解が起き、液相焼結によって粒成長しやすい。過度の粒成長は充放電容量の低下につながるため,熱処理温度の適正値は低下する。しかし、熱処理温度が低い場合、添加したTiをリチウム複合化合物中で効率よくTi3+にすることができず、正極材料の充放電容量及びサイクル特性が低下する。したがって、焼成工程S2における熱処理温度は、例えば750℃以上850℃以下であることがより好ましい。
【0060】
焼成工程S2は、第1熱処理工程S21と第2熱処理工程S22と第3熱処理工程S23とを有してもよい。第1熱処理工程S21では、混合工程S1によって得られた混合物を、例えば、200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ5時間以下に亘って熱処理することで第1前駆体を得る。第2熱処理工程S22では、第1熱処理工程S21によって得られた第1前駆体を、450℃以上かつ720℃未満の熱処理温度で0.5時間以上かつ50時間以下に亘って熱処理することで第2前駆体を得る。この熱処理により、未反応のLi原料量を制御することができる。第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22で得られた第2前駆体を700℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ50時間以下に亘って熱処理することでリチウム複合化合物を得る。添加したTiをリチウム複合化合物中で効率よくTi3+にする観点から、第3熱処理工程S23の熱処理温度は、750℃以上であることが好ましい。
【0061】
本実施形態の正極材料の製造方法によれば、前記混合工程S1によって所定の出発原料を所定の比率で含む混合物を、前記焼成工程S2よって酸化性雰囲気下で焼成することで、前記式(1)によって表され、かつXPSに基づくTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上、20以下であるリチウム複合化合物を得ることができる。そして、得られたリチウム複合化合物によって、粉末状の正極活物質である正極材料を構成することができる。
【0062】
特に、前記混合工程S1において、Tiを含む化合物として、有機チタン化合物を用いることで、有機チタン化合物とその他の出発原料の粉末とをより均一に混合することができる。より具体的には、有機チタン化合物は、混合工程S1において液状で混合することが可能であり、その他のTi含有化合物と比較して、混合物中により均一に分散させることができる。これにより、前記焼成工程S2において、Ti含有化合物の均一な固相反応を実現し、Ti3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上、20以下であるリチウム複合化合物をより効率よく得ることができる。
【0063】
一方、Tiを含む化合物としてチタン酸化物を使用した場合には、有機チタン化合物を使用した場合に比べ、混合工程S1の最後の乾燥における溶解成分量が少なくなる。また、焼成工程S2におけるガス発生量が少なくなる。これにより、二次粒子内部に空洞が発生しづらくなり、粒子強度が高くなりやすい。
【0064】
図3Aは、混合工程S1のTiを含む化合物としてチタン酸化物を使用したときの二次粒子の顕微鏡写真である。図3Bは、混合工程S1のTiを含む化合物として有機チタン化合物を使用したときの二次粒子の顕微鏡写真である。混合工程S1のTiを含む化合物として、チタン酸化物を使用したときの二次粒子(図3A)は、有機チタン化合物を使用した二次粒子(図3B)と比較して、空洞の発生が抑制されている。
【0065】
また、図1Bに示すように、本実施形態の正極材料の製造方法は、さらに浸漬工程S3を有してもよい。浸漬工程S3では、混合工程S1及び焼成工程S2を経て製造されたリチウムイオン二次電池用正極材料を、下記式(2)で表されるボロキシン化合物とフッ化物とを溶解させた有機溶媒中に浸漬させた後、ろ過、乾燥することにより、リチウムイオン二次電池用正極材料の表面処理をする。
【0066】
(BO)(OR)…(2)
【0067】
ただし、前記式(2)中、Rは炭素数1以上の有機基である。前記式(2)で表されるボロキシン化合物の有機基(R)としては、直鎖状又は分岐状のアルキル基、シクロアルキル基等が挙げられる。このような有機基(R)の具体例としては、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、イソブチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。有機基(R)は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子に例示されるハロゲン原子、窒素原子、硫黄原子等を含有していてもよい。
【0068】
アルキル基は分岐を有していてもよく、分岐を有する場合には、当該直鎖を構成する部分の鎖状アルキル基の炭素数が3以上である。また、Rを構成する有機基に含まれる炭素の数の上限は特に制限されないが、製造のし易さの観点からは、その上限(Rを構成する有機基に含まれる全ての炭素数の上限)は6以下であることが好ましい。Rは、任意の置換基(ハロゲン、窒素、硫黄等)を有していてもよい。
【0069】
アルキル基の具体例としては、特にこれらに制限されるものではないが、R=C(Cは炭素原子、Hは水素原子を表し、aは3以上の整数であり、bはb=2a+1を満たす数である)で表される直鎖の鎖状アルキル基、具体的には、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基等の直鎖の飽和炭化水素基や分岐構造を有するアルキル基、具体的には、イソプロピル基、1−メチル−プロピル基、1−エチル−プロピル基、2−メチル−プロピル基、1−メチル−ブチル基、1−エチル−ブチル基、2−メチル−ブチル基、2−エチル−ブチル基、3−メチル−ブチル基、1−メチル−ペンチル基、1−エチル−ペンチル基、1−プロピル−ペンチル基、2−メチル−ペンチル基、2−エチル−ペンチル基、2−プロピル−ペンチル基、3−メチル−ペンチル基、3−エチル−ペンチル基、4−メチル−ペンチル基、1−メチル−ヘキシル基、1−エチル−ヘキシル基、1−プロピル−ヘキシル基、1−ブチル−ヘキシル基、1−ペンチル−ヘキシル基、2−メチル−ヘキシル基、2−エチル−ヘキシル基、2−プロピル−ヘキシル基、2−ブチル−ヘキシル基、3−メチル−ヘキシル基、3−エチル−ヘキシル基、3−プロピル−ヘキシル基、4−メチル−ヘキシル基、4−エチル−ヘキシル基、5−メチル−ヘキシル基等が挙げられる。
【0070】
ボロキシン化合物としては、炭素数が1から6の第2級アルキル基を有機基(R)として有する化合物が好ましい。有機基(R)が第1級であると、ボロキシン化合物の分子構造が安定しないため使用が難しい傾向がある。また、有機基(R)が第3級であると、ボロキシン化合物の不溶性が高くなるため、電解液への溶解が困難となる。これに対して、有機基(R)が第2級であると、ボロキシン化合物が分解し難く、適度な溶解性も得られる点で有利である。ボロキシン化合物としては、特に、トリイソプロポキシボロキシン(Tri-iso-Propoxy Boroxine;TiPBx)が好適に用いられる。ボロキシン化合物の中でもRは炭素数2以上6以下の炭化水素基が好ましい。
【0071】
ボロキシン化合物の具体例としては、トリメトキシボロキシン((O−CH(BO))、トリエトキシボロキシン((O−CHCH(BO))、トリイソプロポキシボロキシン((O−CH(CH(BO))、トリ(シクロヘキシルオキシ)ボロキシン((O−C11(BO))等が挙げられる。
【0072】
有機溶媒としては、TiPBxの溶解度を保てるものであればよい。このような溶媒としては、非プロトン性溶媒が挙げられる。たとえば、ジメチルカーボネート、アセトン、アセトニトリル、クロロホルム、エーテル、NMP、ジメチルスルホキシド(DMSO)等を用いることができる。
【0073】
また、TiPBx等のボロキシン化合物とともに有機溶媒に溶解させるフッ化物は、特に限定はされないが、ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)であることが好ましい。TiPBxとLiPFとの混合比は、例えば、モル比が1:1になるように混合することができる。浸漬時間は例えば30分から6時間と正極材料の比表面積やボロキシン化合物の濃度に合わせ、適宜選択できる。また、ろ過後の乾燥は有機溶媒成分を除去できればよく、例えば120℃、1時間の真空乾燥など温度、時間、圧力は適宜選択できる。
【0074】
TiPBxとLiPFとを含む溶媒で正極材料粒子の表面処理を行うことにより、粒子表面がフッ素化されると共に、粒子表面に含ホウ素化合物が介在する正極活物質を得ることができる。これにより、正極材料粒子の表面が改質され、遷移金属の溶出や非水溶媒の分解が抑制されるため、二次電池のサイクル特性が向上する。
【0075】
粒子表面のフッ素化については、X線光電子分光(XPS)分析により確認することができる。具体的には、以下の方法で二次粒子表面がフッ素化しているか否かを確認することができる。
【0076】
主成分であるNiに着目してNi−2p2/3結合スペクトルを取得する。そのスペクトルを次の3成分のスペクトル重ね合わせとして解析する。第一にNi−Oに帰属する結合エネルギー855.7±0.5eVのスペクトル、第二にNi−Fに帰属する結合エネルギー857.4±0.5eVのスペクトル、第三に結合エネルギー862±0.5eVで前記二成分のサテライトピークの平均となるスペクトル、である。上記三つのスペクトルの重ね合わせとしてフィッティング解析し、第一と第二のスペクトル面積の合計を総和としてNi−Fスペクトル面積比を求めることでフッ素化の有無を確認できる。
【0077】
(正極及びリチウムイオン二次電池)
以下、前述の正極材料を用いたリチウムイオン二次電池用正極と、その正極を備えたリチウムイオン二次電池について説明する。図2は、本実施形態のリチウムイオン二次電池の模式的な部分断面図である。
【0078】
本実施形態のリチウムイオン二次電池100は、例えば円筒形であり、非水電解液を収容する有底円筒状の電池缶101と、電池缶101内に収容される捲回電極群110と、電池缶101の上部開口を封止する円板状の電池蓋102と、を備えている。電池缶101と電池蓋102は、例えば、ステンレス、アルミニウム等の金属材料により製作され、絶縁性を有する樹脂材料からなるシール材106を介して電池蓋102が電池缶101にかしめ等によって固定されることで、電池缶101が電池蓋102によって封止されるとともに、互いに電気的に絶縁されている。なお、リチウムイオン二次電池100の形状は、円筒形に限られず、角形、ボタン形、ラミネートシート形等、他の任意の形状を採用することができる。
【0079】
捲回電極群110は、長尺帯状のセパレータ113を介して対向させた長尺帯状の正極111と負極112とを捲回中心軸周りに捲回することによって製作されている。捲回電極群110は、正極集電体111aが正極リード片103を介して電池蓋102と電気的に接続され、負極集電体112aが負極リード片104を介して電池缶101の底部と電気的に接続されている。捲回電極群110と電池蓋102の間及び捲回電極群110と電池缶101の底部との間には、短絡を防止する絶縁板105が配置されている。正極リード片103及び負極リード片104は、それぞれ正極集電体111a及び負極集電体112aと同様の材料によって製作された電流引出用の部材であり、それぞれ正極集電体111a及び負極集電体112aにスポット溶接又は超音波圧接等によって接合されている。
【0080】
本実施形態の正極111は、正極集電体111aと、正極集電体111aの表面に形成された正極合剤層111bと、を備えている。正極集電体111aとしては、例えば、アルミニウム又はアルミニウム合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等を用いることができる。金属箔は、例えば、15μm以上かつ25μm以下程度の厚さにすることができる。正極合剤層111bは、前述の正極材料を含んでいる。また、正極合剤層111bは、導電材、結着剤等を含んでいてもよい。
【0081】
負極112は、負極集電体112aと、負極集電体112aの表面に形成された負極合剤層112bとを備えている。負極集電体112aとしては、銅又は銅合金、ニッケル又はニッケル合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等を用いることができる。金属箔は、例えば、7μm以上かつ10μm以下程度の厚さにすることができる。負極合剤層112bは、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられている負極活物質を含んでいる。また、負極合剤層112bは、導電材、結着剤等を含んでいてもよい。
【0082】
負極活物質としては、例えば、炭素材料、金属材料、金属酸化物材料等の一種以上を用いることができる。炭素材料としては、天然黒鉛、人造黒鉛等の黒鉛類や、コークス、ピッチ等の炭化物類や、非晶質炭素や、炭素繊維等を用いることができる。また、金属材料としては、リチウム、シリコン、スズ、アルミニウム、インジウム、ガリウム、マグネシウムやこれらの合金、金属酸化物材料としては、スズ、ケイ素、リチウム、チタン等を含む金属酸化物を用いることができる。
【0083】
セパレータ113としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン−ポリプロピレン共重合体等のポリオレフィン系樹脂、ポリアミド樹脂、アラミド樹脂等の微孔性フィルムや不織布等を用いることができる。
【0084】
正極111及び負極112は、例えば、合剤調製工程、合剤塗工工程、及び成形工程を経て製造することができる。合剤調製工程では、例えば、プラネタリーミキサ、ディスパーミキサ、自転・公転ミキサ等の撹拌手段を用いて、正極活物質又は負極活物質を、例えば、導電材、結着剤を含む溶液とともに撹拌及び均質化して合剤スラリーを調製する。
【0085】
導電材としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられている導電材を用いることができる。具体的には、例えば、黒鉛粉末、アセチレンブラック、ファーネスブラック、サーマルブラック、チャンネルブラック等の炭素粒子や炭素繊維等を導電材として用いることができる。導電材は、例えば、合剤全体の質量に対して3質量%以上かつ10質量%以下程度となる量を用いることができる。
【0086】
結着剤としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられている結着剤を用いることができる。具体的には、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン、ポリヘキサフルオロプロピレン、スチレン−ブタジエンゴム、カルボキシメチルセルロース、ポリアクリロニトリル、変性ポリアクリロニトリル等を結着剤として用いることができる。結着剤は、例えば、合剤全体の質量に対して2質量%以上かつ10質量%以下程度となる量を用いることができる。負極活物質と結着剤との混合比は、例えば重量比で95:5とすることが望ましい。
【0087】
溶液の溶媒としては、結着剤の種類に応じて、N−メチルピロリドン、水、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン等から選択することができる。
【0088】
合剤塗工工程では、まず、合剤調製工程で調製した正極活物質を含む合剤スラリーと負極活物質を含む合剤スラリーを、例えば、バーコーター、ドクターブレード、ロール転写機等の塗工手段によって、それぞれ正極集電体111aと負極集電体112aの表面に塗布する。次に、合剤スラリーを塗布した正極集電体111aと負極集電体112aとをそれぞれ熱処理することで、合剤スラリーに含まれる溶液の溶媒を揮発又は蒸発させて除去し、正極集電体111aと負極集電体112aの表面に、それぞれ正極合剤層111bと負極合剤層112bを形成する。
【0089】
成形工程では、まず、正極集電体111aの表面に形成された正極合剤層111bと、負極集電体112aの表面に形成された負極合剤層112bとを、例えば、ロールプレス等の加圧手段を用いて、それぞれ加圧成形する。これにより、正極合剤層111bを、例えば、100μm以上かつ300μm以下程度の厚さにして、負極合剤層112bを、例えば、20μm以上かつ150μm以下程度の厚さにすることができる。その後、正極集電体111a及び正極合剤層111bと、負極集電体112a及び負極合剤層112bとを、それぞれ長尺帯状に裁断することによって、正極111と負極112を製造することができる。
【0090】
以上のように製造された正極111及び負極112は、セパレータ113を介して対向した状態で捲回中心軸周りに捲回されて捲回電極群110とされる。捲回電極群110は、負極集電体112aが負極リード片104を介して電池缶101の底部に接続され、正極集電体111aが正極リード片103を介して電池蓋102に接続され、絶縁板105等によって電池缶101及び電池蓋102と短絡が防止されて電池缶101に収容される。その後、電池缶101に非水電解液を注入し、シール材106を介して電池蓋102を電池缶101に固定し、電池缶101を密封することで、リチウムイオン二次電池100を製造することができる。
【0091】
電池缶101に注入される電解液としては、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ビニレンカーボネート(VC)、メチルアセテート(MA)、エチルメチルカーボネート(EMC)、メチルプロピルカーボネート(MPC)等の溶媒に、電解質として6フッ化リン酸リチウム(LiPF)、4フッ化ホウ酸リチウム(LiBF)、過塩素酸リチウム(LiClO)等を溶解させたものを用いるのが望ましい。電解質の濃度は0.7M以上1.5M以下とすることが望ましい。また、これら電解液に、カルボン酸無水基を有する化合物や、プロパンサルトン等の硫黄元素を有する化合物、ホウ素を有する化合物を混合させても良い。これらの化合物の添加目的は、負極表面での電解液の還元分解抑制や、正極から溶出したマンガン等の金属元素の負極での還元析出防止、電解液のイオン導電性向上、電解液の難燃化等であり、目的に応じて適宜選択すれば良い。
【0092】
以上の構成を有するリチウムイオン二次電池100は、電池蓋102を正極外部端子、電池缶101の底部を負極外部端子として、外部から供給された電力を捲回電極群110に蓄積するとともに、捲回電極群110に蓄積した電力を外部の装置等に供給することができる。このように、本実施形態のリチウムイオン二次電池100は、例えば、携帯電子機器や家庭用電気機器等の小型電源、無停電電源や電力平準化装置等の定置用電源、船舶、鉄道、ハイブリット自動車、電気自動車等の駆動電源として使用することができる。
【0093】
本実施形態のリチウムイオン二次電池100は、正極111の合剤層111bが前述の正極材料を含んでいるため、従来よりも高い充放電容量を有し、かつ抵抗上昇率が抑制されてサイクル特性に優れ、かつ低温出力特性に優れた二次電池となる。
【0094】
以上、図面を用いて本発明の実施の形態を詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【0095】
[実施例]
以下、本発明の正極材料及びその製造方法の実施例と、本発明に含まれない比較例について説明する。
【0096】
(実施例1)
以下の手順によって、実施例1の正極材料を製造した。まず、正極材料の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガン、及び、チタン含有キレート剤(チタンラクテートアンモニウム塩)を用意した。次に、これら出発原料を混合する混合工程を実施した。具体的には、前述の出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量した。
【0097】
そして、秤量した上記の出発原料に対して、Ni、Co、Mnの合算モル数を100molとしたときに1mol相当のTiとなるようにチタン含有キレート剤を加え、これらを粉砕機で粉砕するとともに湿式混合してスラリーを調製する混合工程を実施した。そして、得られたスラリーをスプレードライヤーによって乾燥させて上記出発原料の混合物である混合粉を得た。得られた混合粉の二次粒子径は約10μmであった。
【0098】
次に、混合工程によって得られた混合物を焼成する焼成工程を実施した。具体的には、混合工程によって得られた混合粉を、第1熱処理工程、第2熱処理工程、及び、第3熱処理工程を含む焼成工程によって焼成した。
【0099】
第1熱処理工程では、混合工程によって得られた1kgの混合物を、縦300mm、横300mm、高さ100mmのアルミナ容器に充填し、連続搬送炉によって、大気雰囲気で350℃の熱処理温度で1時間に亘って熱処理を行なって、第1前駆体の粉末を得た。この工程では、水酸化ニッケルの熱分解伴う水蒸気と、炭酸コバルト及び炭酸マンガンの熱分解に伴う二酸化炭素が発生する。
【0100】
第2熱処理工程では、第1熱処理工程で得られた第1前駆体の粉末を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で600℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行って、第2前駆体の粉末を得た。この工程では、第1熱処理工程で反応しきれなかった炭酸コバルト及び炭酸マンガンが熱分解し、二酸化炭素が発生する。さらに、炭酸リチウムとNi、Co、Mn、及び、Tiとの反応が進むことにより、二酸化炭素が発生する。
【0101】
第3熱処理工程では、第2熱処理工程で得られた第2前駆体の粉末を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で785℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行って、リチウム複合化合物の粉末を得た。得られたリチウム複合化合物の粉末を目開き53μm以下の篩で分級し、分級されたリチウム複合化合物の粉末によって正極材料を構成した。
【0102】
以上の工程によって得られた実施例1の正極材料を、ICPによって元素比を測定し、実施例1の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式を得た。また、実施例1の正極材料を、XPSによって解析してTi2pスペクトルを測定し、アルバック・ファイ株式会社製の解析ソフトPHI MultiPak(登録商標)を用いてTi(Ti3+)とTiO(Ti4+)に帰属した二つのスペクトルでフィッティングさせた。その際、フィッティングの信頼性パラメータである“Chi-squared”(ピアソンのカイ二乗)が10以下となるようにフィッティングした。得られたTi3+とTi4+の面積比を、実施例1の正極活物質を構成するリチウム複合化合物のTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+とした。
【0103】
また、酸化物の安定性を評価する目的で、実施例1の正極材料を、窒素雰囲気中で室温から10℃/分の速度で1000℃まで昇温させたときの重量減少率を熱重量分析により測定した。
【0104】
さらに、光学顕微鏡で二次粒子径が5μmから10μmの正極材粒子を選び、一粒ずつ微小圧縮試験機(島津製作所製MCT−510)を用いて、直径50μmの平面加圧圧子で0.47m・N/sの負荷速度で粒子を圧縮し、粒子の破壊強度を測定した。また、正極材料およびガラス器具を120℃で2時間真空乾燥した後、自動比表面積/細孔分布測定装置(マイクロトラックベル社製BELSORP−mini)で正極材料の比表面積をBET法で測定した。
【0105】
(実施例2)
第3熱処理工程における熱処理温度を800℃とした以外は、実施例1と同様に正極材料を製造して、実施例2の正極材料を得た。得られた実施例2の正極材料を、実施例1の正極材料と同様に解析し、実施例2の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+と、熱重量分析による重量減少率、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0106】
(実施例3)
混合工程においてチタン含有キレート剤の添加量を2mol相当のTiとなるように添加した以外は、実施例1と同様に正極材料を製造して、実施例3の正極材料を得た。得られた実施例3の正極材料を、実施例1の正極材料と同様に解析し、実施例3の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0107】
(実施例4)
混合工程においてチタン含有キレート剤の添加量を3mol相当のTiとなるように添加した以外は、実施例1と同様に正極材料を製造して、実施例4の正極材料を得た。得られた実施例4の正極材料を、実施例1の正極材料と同様に解析し、実施例4の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0108】
(実施例5)
混合工程において原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.08:0.80:0.15:0.05としてLi量を増やした以外は、実施例2と同様にして正極材料を製造して、実施例5の正極材料を得た。得られた実施例5の正極材料を実施例1の正極材料と同様に解析し、実施例5の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0109】
(実施例6)
混合工程において原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.02:0.80:0.15:0.05としてLi量を減らした以外は、実施例2と同様にして正極材料を製造して、実施例6の正極材料を得た。得られた実施例6の正極材料を実施例1の正極材料と同様に解析し、実施例6の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0110】
(実施例7)
チタン原料として酸化チタン(TiO)を用意し、原子比でLi:Ni:Co:Mn:Tiが、1.04:0.79:0.15:0.05:0.01となるように秤量した。これらを粉砕機で粉砕すると共に湿式混合してスラリーを調製する混合工程を実施した。混合工程では、スラリー固形分の平均粒径が0.15μmとなるまで粉砕した。そして、得られたスラリーをスプレードライヤーによって乾燥させて上記出発原料の混合物である混合粉を得た。その後、焼成工程は実施例2と同様に正極材料を製造して、実施例7の正極材料を得た。得られた実施例7の正極材料を実施例1の正極材料と同様に解析し、実施例7の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0111】
(実施例8)
混合工程でのスラリー固形分の平均粒径を0.35μmとした以外は実施例7と同様に正極材料を製造して、実施例8の正極材料を得た。得られた実施例8の正極材料を実施例1の正極材料と同様に解析し、実施例8の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0112】
(実施例9)
第3熱処理工程における熱処理温度を815℃とした以外は、実施例1と同様に正極材料を製造して、実施例9の正極材料を得た。得られた実施例9の正極材料を、実施例1の正極材料と同様に解析し、実施例9の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0113】
(比較例1)
チタン酸化物を無添加とし、第3熱処理工程における熱処理温度を770℃とした以外は、実施例1と同様に正極材料を製造して、比較例1の正極材料を得た。得られた比較例1の正極材料を、実施例1の正極材料と同様に解析し、比較例1の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、熱重量分析による重量減少率、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0114】
(比較例2)
第3熱処理工程における熱処理温度を755℃とした以外は、実施例1と同様に正極材料を製造して、比較例2の正極材料を得た。得られた比較例2の正極材料を、実施例1の正極材料と同様に解析し、比較例2の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+と、熱重量分析による重量減少率、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0115】
(比較例3)
第3熱処理工程における熱処理温度を770℃とした以外は、実施例1と同様に正極材料を製造して、比較例3の正極材料を得た。得られた比較例3の正極材料を、実施例1の正極材料と同様に解析し、比較例3の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+と、熱重量分析による重量減少率、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0116】
(比較例4)
混合工程においてチタン含有キレート剤の添加量を4mol相当のTiとなるように添加した以外は、実施例1と同様に正極材料を製造して、比較例4の正極材料を得た。得られた比較例4の正極材料を、実施例1の正極材料と同様に解析し、比較例4の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti3+/Ti4+と、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
【0117】
以下の表1Aに、実施例1から比較例4の正極材料の組成式と、該組成式におけるa/eの値と、焼成工程に含まれる第3熱処理工程の熱処理温度(焼成温度)と、Ti原料種及び粉砕粒度と、を示す。また、表1Aに、実施例1から実施例9及び比較例2から比較例4の正極材料を構成するリチウム複合化合物のTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+を示す。
【0118】
【表1A】
【0119】
また、以下の表1Bに、実施例1から比較例4の正極材料の組成式と、実施例1及び実施例2並びに比較例1から比較例3の正極材料を室温から10℃/分の速度で1000℃まで昇温させた熱重量分析による重量減少率を示す。また、以下の表1Bに、実施例1から比較例4の正極材料の粒子破壊強度と比表面積とを示す。
【0120】
【表1B】
【0121】
実施例1から実施例9は、正極活物質を構成するリチウム複合酸化物中の原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上、より具体的には、実施例5を除いて1.9以上であったのに対し、比較例2から比較例4は、いずれも1.5未満の低い比率であった。
【0122】
また、Tiを加えていない比較例1は粒子破壊強度が100MPa以上の高強度であったのに対して、Tiを添加したその他の材料は強度が低い傾向であった。なお、粒子破壊強度は45MPa程度以上あれば良く、Tiを添加した材料の中で、実施例2、実施例6、実施例7などリチウム複合酸化物中の原子比Ti3+/Ti4+がより高いものは粒子破壊強度が比較的高い値であった。中でも、Ti酸化物(TiO)をTi原料に用いた実施例7は、粒子破壊強度が高かった。また、焼成温度が高い実施例9は比表面積が0.5m/g以下と低く、焼成温度が低い比較例2、3は比表面積が2.0m/g超と高かった。
【0123】
図4Aは、実施例4の正極材料の一次粒子内のTi元素マッピング像である。図4Aに示すTi元素マッピング像は、実施例4の正極材料を樹脂に埋め込んだ後、集束イオンビーム(FIB)で薄片化し、透過型電子顕微鏡・エネルギー分散型X線分光法(TEM−EDX)で測定することによって得た。図4Bは、図4Aに示す正極材料の一次粒子における表面からの距離と組成比を示すグラフである。図4Bに示す組成比は、図4Aに示す直線状の組成比分析領域A−AでのNi、Co、Mn、Tiの組成比である。図5は、実施例4の正極材料のXRDスペクトルを示すグラフである。
【0124】
図4A及び図4Bに示すように、Tiは、正極材料の一次粒子内全体に元素置換しているわけではなく、一次粒子の表面から5nm程度の領域で濃縮されていた。これは、リチウム複合化合物の一次粒子が複数個凝集した二次粒子の表面に、Ti3+が濃化したTi凝集層を有することを示している。
【0125】
また、図5に示すように、LiTiOなど被覆層(異相)は見られなかった。実施例4のリチウムイオン二次電池の正極材料は、組成式中のLiの過不足量を表すaの範囲が0以上かつ0.06以下、Tiの含有率を表すeは、0.005以上かつ0.15以下である。また、比a/eは5以下である。これにより、Li−Ti−O化合物の異相が生成しなかったものと考えられる。
【0126】
次に、実施例1から比較例4の正極材料を用いて、以下の手順により、実施例1から比較例4のリチウムイオン二次電池を製造した。まず、正極材料と、結着剤と、導電材とを混合し、正極合剤スラリーを調製した。そして、調製した正極合剤スラリーを、正極集電体である厚さ20μmのアルミ箔に塗布し、120℃で乾燥させた後、電極密度が2.7g/cmとなるようにプレスで圧縮成形し、これを直径15mmの円盤状に打ち抜いて正極を製作した。また、負極材料として金属リチウムを用いて負極を製作した。
【0127】
次に、製作した正極、負極、及び非水電解液を用いて、リチウムイオン二次電池を製作した。非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、終濃度が1.0mol/LとなるようにLiPFを溶解させた溶液を用いた。
【0128】
次に、製作した実施例1から比較例4のリチウムイオン二次電池のそれぞれについて、充放電試験を行い、初回の放電容量を測定した。充電は、充電電流を0.2CAとして、充電終止電圧4.3Vまで定電流、定電圧で行い、放電は、放電電流を0.2CAとして、放電終止電圧2.5Vまで定電流で行った。その後、充電および放電電流を1.0CA、充電終止電圧を4.4V、放電終止電圧2.5Vとして50サイクル充放電を繰返した。50サイクル目に計測される放電容量を、1サイクル目で計測される放電容量で除した値の百分率を算出して容量維持率と定義した。
【0129】
さらに実施例2、実施例5から8、比較例1及び3については、抵抗上昇率、および、−20℃、充電状態10%(10%SOC)における抵抗を評価した。これらの評価にあたっては、負極材料として黒鉛を用い、黒鉛:メチルセルロースナトリウム:スチレン・ブタジエンゴムを質量比でそれぞれ98:1:1の割合で混合し、均一に混合されたスラリーを厚み10μmの銅箔の集電体上に塗布した。その後、集電体上に塗布したスラリーを120℃で乾燥させ、プレスにて電極密度が1.5g/cmになるよう圧縮成形した。
【0130】
以上のように作製した負極を使い、上記と同様に電池を作製した。作製した電池を、0.2CA定電流、4.2V定電圧、カット電流0.05CAで充電させた後、0.2CA定電流、終止電圧2.5Vで放電させ、得られた放電容量を定格容量とした。その後、再度、電池を、0.2CA定電流、4.2V定電圧、カット電流0.05CAで充電させ、定格容量の10%の充電容量が得られた電圧を10%SOCの電圧とした。
【0131】
同様に、作製した電池の20%、50%、95%SOCの電圧も求めた。また、作製した電池を、50℃で95%SOCまで充電した後、定格容量の75%分放電するサイクルを300サイクル繰り返し、サイクル前後の50%SOCにおける10秒放電での抵抗を測定し、サイクル前後での抵抗上昇率を評価した。また、同様の電池において25℃で10%SOCに合わせた後、−20℃における抵抗を評価した。
【0132】
以下の表2Aに、実施例1から比較例4の正極材料の組成式と、粒子破壊強度と、比表面積とを示す。また、表2Aに、実施例1から実施例9並びに比較例2から比較例4の正極材料を構成するリチウム複合化合物のTi3+とTi4+の原子比Ti3+/Ti4+、及び、正極材料の組成式におけるa/eの値を示す。
【0133】
【表2A】
【0134】
また、以下の表2Bに、実施例1から9及び比較例1から4のリチウムイオン二次電池の0.2C初回放電容量及び50サイクル後の容量維持率を示す。また、表2Bに、実施例2、実施例5から8、並びに比較例1及び3の二次電池の抵抗上昇率及び−20℃における10%SOC抵抗比を示す。
【0135】
【表2B】
【0136】
Tiを添加した実施例1から実施例9のリチウムイオン二次電池の容量維持率は、いずれも90%を超え、Tiを添加していない比較例1のリチウムイオン二次電池の容量維持率よりも高くなった。すなわち、Tiを添加したことにより、後述するように正極材料粒子の粒界での異相の生成が抑制されて粒子破壊強度が向上すると共に、粒子表面のNi酸化物(NiO様の異相)の生成が抑制されて抵抗上昇率が低く抑えられた。その結果、正極材料のサイクル特性が改善することが確認された。ただし、比較例2から比較例4のリチウムイオン二次電池では容量維持率が小さく、0.2Cの初回放電容量も低いことから、Tiを添加しただけでは不十分であり、適正な焼成温度で原子比Ti3+/Ti4+を1.5以上とすることが電池性能の改善に有効であることを確認できた。
【0137】
図6は、実施例2、5及び6、並びに比較例1の正極材料粒子の粒子破壊強度を示すグラフである。Tiが添加されていない比較例1に対し、実施例2、5及び6の粒子破壊強度は低下している。すなわち、Tiを添加すると、Tiを添加しない場合と比較して、正極材料粒子の粒子破壊強度は低下する。
【0138】
しかし、原子比Ti3+/Ti4+が実施例5よりも大きい実施例2では、実施例5よりも正極材料粒子の粒子破壊強度が向上している。また、原子比Ti3+/Ti4+が実施例2よりも大きい実施例6では、実施例2よりも正極材料粒子の粒子破壊強度がさらに向上している。すなわち、原子比Ti3+/Ti4+が1.5以上かつ20以下の範囲であれば、Tiを添加した場合でも、十分な粒子破壊強度を維持できることが確認された。
【0139】
また、Ti3+/Ti4+が高く、粒子破壊強度が高い実施例2は、Tiを添加していない比較例1と比べ、抵抗上昇率を大幅に低減できており、抵抗上昇率についてもサイクル特性改善効果が確認された。
【0140】
図7は、実施例2、実施例5から実施例8、並びに比較例1及び比較例3の二次電池の抵抗上昇率と、正極材料の比表面積との関係を示すグラフである。Tiを添加していない正極材料を用いた比較例1の二次電池以外の二次電池では、正極材料のBET比表面積が0.2m/g以上、2.0m/g以下の範囲であれば、抵抗上昇率を効果的に抑制できることが確認された。
【0141】
また、比表面積が0.47m/gと低かった実施例9では、0.2C放電容量が183Ah/Kgと他の実施例よりも低く、高容量を得るためには、0.5m/g以上の比表面積が望ましいことが分かる。
【0142】
Li組成が高い実施例5では、実施例2と比較して、Ti3+/Ti4+も低く、また、粒子強度が低下しており、抵抗上昇率も高い。これはLiTiO等、異相生成が進んだためと予想される。
【0143】
また、TiOをTi原料に用い、粒子強度が高かった実施例7では、実施例5よりもさらに抵抗上昇率が低かった。しかし、同様にTiOをTi原料に用いた実施例8では、粉砕が不十分であったため、Ti3+/Ti4+が低く、実施例7と比較して抵抗上昇率は高めだった。
【0144】
また、正極の抵抗が大部分となる低温、低SOC条件である−20℃、10%SOCでの抵抗は、比較例1及び比較例3に対して、特に実施例2及び実施例5から実施例8において大幅に低かった。Ti3+/Ti4+が大きい正極材料では正極反応を阻害せず、むしろ低SOCにおいては低抵抗となることが確認された。
【0145】
図8Aは、実施例2のリチウムイオン二次電池の300サイクル後の正極材料粒子の表面近傍の断面の顕微鏡写真である。実施例2のリチウムイオン二次電池の正極材料は、組成式中のLiの過不足量を表すaの範囲が0以上かつ0.06以下、Tiの含有率を表すeは、0.005以上かつ0.15以下である。正極材料であるリチウム複合化合物中にTiを含有することにより、NiO様の異相の層の厚さが、概ね2nm程度に抑制されている。なお、正極材料粒子の最表面には、再付着物と表面被膜の層が形成されている。
【0146】
図8Bは、比較例1のリチウムイオン二次電池の300サイクル後の正極材料粒子の表面近傍の断面の顕微鏡写真である。比較例1のリチウムイオン二次電池の正極材料は、組成式中のLiの過不足量を表すaの範囲が0以上かつ0.06以下であるが、Tiを含有していない。そのため、NiO様の異相の層の厚さが概ね6nm程度生成されており、Tiを添加した場合より異相が生成されやすい。なお、正極材料粒子の最表面には、同様に再付着物と表面被膜が形成されている。
【0147】
実施例2及び比較例1の二次電池で用いた正極材料について、サイクル前後のNiO様の異相の膜厚を電子エネルギー損失分光法(TEM−EELS)により評価した。
【0148】
図9Aは、実施例2の二次電池の0サイクルでの正極材料の断面の顕微鏡写真である。図9B及び図9Cは、図9Aに示す正極材料の表面からの各距離(1番から6番の距離及び7番は参照試料のNiO)でのNiとOについての電子エネルギー損失分光法(TEM−EELS)による測定結果をそれぞれ示す。
一方、図10Aは、比較例1の二次電池の0サイクルでの正極材料の断面の顕微鏡写真である。図10B及び図10Cは、図10Aに示す正極材料の表面からの各距離(1番から6番で示す距離及び7番で示す表面のNiO)でのTEM−EELSによる測定結果を示す。
【0149】
図11Aは、実施例2の二次電池の300サイクル後の正極材料の断面の顕微鏡写真である。図11B及び図11Cは、図11Aに示すA−Aに沿う正極材料の表面近傍をTEM−EELSで測定した結果を示す。
一方、図12Aは、比較例1の二次電池の300サイクル後の正極材料の断面の顕微鏡写真である。図12B及び図12Cは、図12Aに示すA−Aに沿う正極材料の表面近傍をTEM−EELSで測定した結果を示す。
【0150】
実施例2の二次電池の0サイクルでの正極材料は、表面から約3nmの範囲でNi2+に帰属されるピークが観測された(図9B)。Oのスペクトル(図9C)においても表面から3nmまではスペクトル形状が粒子内部と異なり、表層3nmの範囲で異相が出現していることを示唆している。このスペクトル形状が異なる結果から、実施例2の二次電池の0サイクルでの正極材料は、表面から約3nmの範囲にNiO様の異相が生成していることが分かる。実施例2の二次電池に用いた正極材料は300サイクル後も、表面から約3nmの範囲でNi2+に帰属されるピークが観測された(図11B図11C)。この結果から、実施例2の二次電池に用いた正極材料は、サイクル前後でNiO様の異相の膜厚が変化していないことが分かる。
【0151】
一方、比較例1の二次電池の0サイクルでの正極材料は、表面から約1nmの範囲でNi2+に帰属されるピークが観測された(図10B図10C)。300サイクル後は、表面から約6nmの範囲にNi2+に帰属されるピークが観測された(図12B図12C)。この結果から、比較例1の二次電池に用いた正極材料は、300サイクル後にNiO様の異相の膜厚が増大したことが分かる。
【0152】
以上の結果より、リチウム複合化合物中にTiを添加することにより、サイクル後のNiO様の異相の生成を抑制できることが確認できた。これにより、実施例2では、抵抗上昇率が低く抑えられており、サイクル特性が改善されていると推定される。そして、他の実施例でも同様であることを確認した。
【0153】
(実施例10)
実施例2の正極材料に対し、以下の手順で表面処理を実施した。まず、ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)とトリイソプロポキシボロキシン((BO)(O(CH)(CH))で表されるホウ酸エステルをジメチルカーボネート(DMC)に溶解させた。次に、この有機溶媒中に正極活物質を投入して浸漬させ、2時間撹拌した。このとき、ホウ酸エステルの投入量は、正極活物質に対して1質量%となるように調整した。その後、DMCを吸引濾過して得られた粉末を、DMCで三度洗浄した。洗浄後の粉末を120℃で1時間真空乾燥して実施例10の正極材料を得た。
【0154】
表2に示した実施例2の正極材料と、実施例10の正極材料について、X線光電子分光(XPS)により表面分析を行った。遷移金属の主成分であるNi−2p2/3結合スペクトルについて、Ni−Oに帰属する結合エネルギー855.7±0.5eVのスペクトル、Ni−Fに帰属する結合エネルギー857.4±0.5eVのスペクトル、前記二成分のサテライトピークの平均であり、結合エネルギー862±0.5eVのスペクトル、の3成分でフィッティング解析した結果を表3に示す。Ni−OとNi−Fの総和に対する各スペクトルの面積比も表3に示す。なお、サテライトピークは「サテライト」であるためNi総和の面積比には考慮していない。
【0155】
【表3】
【0156】
実施例2ではNi−F面積比が13.7%に対し、実施例10ではNi−F面積比が24.0%であった。表面処理をしていない実施例2よりも実施例10はNi−F面積比が増加している。この結果より、実施例10で用いた正極材料の表面がフッ素化していることが分かる。
【0157】
次に、実施例10の正極材料を用いて、実施例1のリチウムイオン二次電池と同様に、実施例10のリチウムイオン二次電池を製作し、0.2C放電容量、容量維持率、抵抗上昇率、10%SOC抵抗比を測定した。以下の表4に、実施例10のリチウム二次電池の測定結果を、実施例2のリチウムイオン二次電池の測定結果とともに示す。
【0158】
【表4】
【0159】
実施例2の二次電池の抵抗上昇率が53%であったのに対し、実施例10の二次電池の抵抗上昇率は27%であった。すなわち、正極材料を、前記式(BO)(OR)で表されるボロキシン化合物とフッ化物とを溶解させた有機溶媒中に浸漬して表面処理をすることで、二次粒子の表面がフッ素化され、抵抗上昇率をさらに抑制する効果が得られることが確認された。
【符号の説明】
【0160】
100 リチウムイオン二次電池
S1 混合工程
S2 焼成工程
S3 浸漬工程
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9A
図9B
図9C
図10A
図10B
図10C
図11A
図11B
図11C
図12A
図12B
図12C