【実施例】
【0042】
2−1 試験片
純Ti板 (20×40×0.1mm 99.5%)を出発材料として用いた。
2−2 脱脂処理
2−1に示した試験片をアセトン、エタノール中で各10分間の超音波洗浄後、蒸留水で洗浄した。その後Arガスで乾燥した。
【0043】
2−3 アノード酸化
2−3−1 電圧・電流密度・温度による影響
実験装置の模式図を
図2に示す。アノード酸化はアノードに2−2に示した試験片、対極にグラファイト(30×100×8.0mm)、電解液として0.05M硝酸アンモニウム溶液を用いた。溶液は、硝酸アンモニウム4.04gにイオン交換水を加え1.0Lに調整し作製した。アノード酸化により発生する熱を効率的に取り除くために、氷浴で冷却して低温を保ち、撹拌をしながら行った。アノード酸化条件は、電圧の影響を調べるために15−25V、電流密度の影響を調べるために3.0×10
−3−5.0×10
−3Acm
−2、温度の影響を調べるために1−10℃、それぞれ1h行った。
2−3−2 電解液による影響
硝酸イオン(NO
3−)の腐食性が、基板と酸化皮膜の密着性に影響を及ぼしているのではないかと考え、NO
3−を含まない溶液を用いて検証を行った。アノード酸化に使用した溶液およびアノード酸化条件を表1に示した。
【表1】
【0044】
2−3−3 二段階アノード酸化
一段階目は密着性改善のために緻密膜を形成させ表面にふたをすること、二段階目は酸化皮膜内に窒化物を生成させることを目的とし、二段階アノード酸化を行った。一段階目に硫酸系の溶液、二段階目に硝酸アンモニウム溶液を用いてアノード酸化を行った。アノード酸化には
図2に示した装置を用い、一段階目に10vol%硫酸(100V,20min,室温)または、2M硫酸アンモニウム(100V,1h,5℃)、二段階目に0.05M硝酸アンモニウム(25V,1h,5℃)を用い、二段階のアノード酸化を行った。溶液の調整は2−3−1または2−3−2に示した方法と同様である。
【0045】
2−4 アノード酸化皮膜の特性評価
各条件で得たアノード酸化皮膜に対する特性評価の方法を以降に示す。
酸化皮膜をオスミウムで10s蒸着を行った後、FE−SEM(JEOEL−JSM7001)を用いて、酸化皮膜表面・断面形態の観察およびEDSによる化学組成の分析を行った。XPS(PHI−5600)(CuKα線)を用いて、皮膜表面・内部の化学組成の分析を行った。皮膜内部の分析の際はArスパッタを行った。XRD(RINT2000)(40kV/30mA)を用いて結晶構造の分析を行った。酸化皮膜をFIBで加工をした後、TEM (JEOEL−JSM2100)を用いて、皮膜の微細構造の観察と結晶構造の分析を電子線回折により行った。
2−5 アノード酸化皮膜のリチウムイオン2次電池電極としての特性評価
2−5−1 電極の作製
2−3−3で作製した二つの試料を10×40×0.1mm(電極面積:1.0×1.0cm)に切り取り、電気炉で400℃・2hの加熱処理を行ったものを電極とした。
【0046】
2−5−2 電池の作製
図3の様式でポーチセルを作製した。手順(1)は空気中で行い、2−5−1に示した試料の中央部分にシーラントを熱圧着したものを作用極とした。3cmのニッケル線の中央部も同様の操作をし、金属リチウムに接続するリード線とした。またセパレータを作用極が包まれる大きさの袋状にし、手順(1)に示すようにそれぞれのパーツを配置した後、A辺とB辺を熱圧着した。手順(1)で作製したポーチとリード線をAr置換したグローブボックス内に入れ手順(2)の工程を行った。金属リチウム(本城金属製)を5.0×3.0cmに切り取り、それにニッケル線を挟み半分に折りたたみ圧着したものを対極として用い、セパレータを挟んで作用極と対置させた。次いで、電解液として1.0mLの1M LiPF
6/EC+EMC+DMC(1:1:1vol.)をセル内部に注ぎ、C辺を熱圧着し二極式ポーチセルとした。
【0047】
2−5−3 定電流放電試験
2−5−2で作製した二極式ポーチセルを用いて、電流密度50mAcm
−2、電圧範囲1.0−3.0V、測定温度30℃の条件で50サイクルの定電流放電試験を行った。測定には北斗電工製のHJ1010mSM8A充放電装置を使用した。
【0048】
2−6 試薬
実験に用いた試薬は、以下の通りである。
硝酸アンモニウム 和光純薬工業株式会社 和光一級
硫酸アンモニウム 和光純薬工業株式会社 試薬特級
硫酸 和光純薬工業株式会社 試薬特級
アンモニア水 関東化学株式会社 鹿一級
【0049】
3−1 硝酸アンモニウム溶液を用いたアノード酸化
3−1−1 電圧の影響
電圧による影響を検証した結果を以降に示す。
図4に、0.05 M硝酸アンモニウム溶液を用い各定電圧で1h,5℃のアノード酸化後の試験片を示す。
図5のSEM画像から確認できるように、それぞれの電圧で不均一な皮膜が形成し、電圧の上昇に伴いより不均一な皮膜が形成した。皮膜内部(
図5(f))には、ナノチューブのような層が形成していることから、硝酸アンモニウム溶液を用いたアノード酸化によりナノポーラス皮膜が生成する可能性があることがわかった。
【0050】
図5に示した皮膜の化学組成の分析をXPSにより行った結果を
図6に示す。まずチタン領域のスペクトルを見ると、Ti
4+のピークが現れたためTiO
2の生成が確認出来た。スパッタ後のスペクトルを見ると、Ti
3+の部分がブロードしたため、皮膜内部にはTiNが生成したことが確認出来た。さらに窒素領域のスペクトルから、皮膜表面は硝酸イオン(NO
3−)とアンモニウムイオン(NH
4+)の吸着のみだが、皮膜内部には窒化物のピークが現れたため、TiNの生成が示唆される。これらの結果から、硝酸アンモニウム溶液によってアノード酸化を行うことによりTiO
2とTiNの複合皮膜の生成が示唆される。
【0051】
3−1−2 電流密度・温度の影響
電流密度3.0mAcm
−2の定電流で1hのアノード酸化を行った際の、温度による影響を検証した結果を
図7、
図8に示す。SEM画像から、1℃と5℃の場合ではポーラスが形成していないことが確認出来た。この一因として、電圧が十分に上昇しなかったことが考えられる。一方10℃の場合は、皮膜表面は不均一であるが部分的にポーラスが形成した。
【0052】
次に、電流密度を5.0mAcm
−2に上げ温度による影響を検証した結果を
図9に示す。1℃の場合は、3.0mAcm
−2で5℃の場合に形成した皮膜と類似した表面となった。この一因として、アノード酸化の際に流れた電圧がほとんど同じであったためと考えられる。5℃の場合に、皮膜表面が均一で且つポーラス構造を有する皮膜の形成に成功した。この皮膜の膜厚は約6.5μmである。しかし、断面は層状で、皮膜が非常にはがれやすかったため基板との密着性は悪いと言える。
【0053】
電流密度5.0mAcm
−2,1h,5℃の条件でアノード酸化を行った試料の化学組成をXPSにより分析した結果を
図10に示す。まずチタン領域のスペクトルを見ると、Ti
4+のピークが現れたためTiO
2の生成が確認出来た。スパッタ後のスペクトルを見ると、Ti
3+とTi
2+の部分がブロードとなったため、皮膜内部にはTiNとTiOが生成していることが確認出来た。さらに窒素領域のスペクトルから、皮膜表面はNO
3−とNH
4+の吸着のみだが、皮膜内部には窒化物が生成していることがわかった。
前述の試料をTEMにより観察した結果を
図11に示す。
図12には、そのEDSスペクトル図を示す。電子線回折により結晶構造の違いを確認したところ異なる結果となっため、上層がアノード酸化により形成した酸化皮膜、下層がTi板であることがわかった。
【0054】
3−2 硝酸イオンを含まない溶液を用いたアノード酸化
3−2−1 硫酸を用いた系
10vol%硫酸溶液を用いて電圧による影響を検証した結果を
図13,14,15に示す。
図16には試験片を示す。
SEM画像からわかるように、20−60Vでは不均一な皮膜、70−90Vではナノポーラスは形成してないが均一な皮膜、100Vで細孔径φ50−150nmのナノポーラスが形成し且つ均一な皮膜の生成に成功した。この一因として、低い電圧では十分な電流が流れなかったため不均一な表面となったと考えられる。
【0055】
100Vの際に生成した皮膜の化学組成をXPSにより分析した結果を
図17に示す。チタン領域のスペクトルを見ると、Ti
4+のピークが現れたためTiO
2の生成が確認出来た。スパッタ後のスペクトルを見ると、Ti
2+の部分にピークが現れたため皮膜内部にはTiOが生成していることがわかった。
【0056】
3−2−2 硫酸アンモニウムを用いた系
0.5M硫酸アンモニウム溶液を用いて電圧による影響を検証した結果を
図18に示す。15−25Vで比較を行った結果、いずれも表面が不均一な皮膜が生成した。これらの皮膜が、硫酸溶液を用いた場合に生成した皮膜と類似していたため、次に100Vでアノード酸化を行った際の溶液の濃度による影響を検証した結果を
図19に示す。0.5Mと2Mの溶液で比較を行った結果、2Mの際に細孔径φ50〜200nmのナノポーラスが形成し且つ均一な皮膜の生成に成功した。
【0057】
2Mで生成した皮膜の化学組成をXPSにより分析した結果を
図20に示す。まずチタン領域のスペクトルを見ると、Ti
4+のピークが現れたためTiO
2の生成が確認出来た。スパッタ後のスペクトルを見ると、Ti
3+とTi
2+の部分がブロードとなったため、皮膜内部にはTiNとTiO
2が生成していることが確認出来た。さらに窒素領域のスペクトルから、皮膜表面はNH
4−の吸着のみだが、皮膜内部には窒化物が生成していることがわかった。この結果から、NO
3−を含まない溶液を用いた場合でも、TiO
2とTiNの複合皮膜は生成することがわかった。しかし、窒化物のピークの強度を比較すると硝酸アンモニウム溶液を用いたほうが強いため、TiNを生成させる際にNO
3−も関与しているとわかった。
【0058】
前述の試料をTEMで観察した結果を
図21に示す。また、EDSスペクトルを
図22に示す。電子線回折により結晶構造の違いを確認したところ異なる結果となったため、上層がアノード酸化により形成した酸化皮膜、下層がTi板であると言える。
3−2−3 アンモニア水を用いた系
10vol%アンモニア水を用いて電圧による影響を検証した結果を
図23に示す。15−25Vで比較を行った結果、いずれも不均一な皮膜が生成しポーラスは形成しなかった。
【0059】
生成した皮膜の化学組成をXPSにより分析した結果を
図24に示す。まずチタン領域のスペクトルを見ると、Ti
4+のピークが現れたためTiO
2の生成が確認出来た。さらに窒素領域のスペクトルから、皮膜表面にはNH
4+とNO
3−の吸着が確認された。
【0060】
3−3 二段階アノード酸化
3−3−1 一段階目:硫酸, 二段階目:硝酸アンモニウム
一段階目は密着性改善のために緻密膜を形成させ表面にふたをすること、二段階目は酸化皮膜内に窒化物を生成させることを目的とし、二段階アノード酸化を行った。
【0061】
まず、一段階目に10vol%硫酸溶液を用い20V(
図13),50V(
図14),100V(
図15)それぞれ室温で20min、二段階目に0.05M硝酸アンモニウム溶液を用い5℃で1hのアノード酸化を行った際の電流密度−時間曲線を
図25に示す。始めの電流密度が安定しない部分でバリヤー層が、電流密度が安定している時にポーラス層の形成が起こっているとわかる。
なお、
図26には、試験片の外観図を示す。
図27のSEM画像からわかるように一段階目に表面が不均一であった(a),(c)は、二段階目のアノード酸化後にはさらに不均一な皮膜となった。一方で、一段階目に非常に均一な皮膜が生成した(e)は二段階目のアノード酸化後でも均一に保たれていた。硝酸アンモニウム溶液を用いたアノード酸化により形成した皮膜と比較すると、皮膜が基板からはがれにくくなっていたため、基板と酸化皮膜の密着性が改善されたと言える。
【0062】
二段階アノード酸化により均一な皮膜が生成した試料の断面形態の観察と、電子線回折により結晶構造を分析した結果を
図28に示す。SEM画像から膜厚は約450nmであることがわかった。さらに、結晶構造の違いから上層の一段階目にすp生成した層と下層の二段階目に生成した層の二層構造の皮膜が生成していることがわかった。
【0063】
なお、
図29、30はEDSスペクトル図である。
【0064】
試料の化学組成をXPSにより分析した結果を
図31に示す。まずチタン領域のスペクトルを見ると、Ti
4+のピークが現れたためTiO
2の生成が確認出来た。スパッタ後のスペクトルを見ると、Ti
3+とTi
2+の部分がブロードとなったため、皮膜内部にはTiNとTiOが生成していることが確認出来た。さらに窒素領域のスペクトルから、皮膜表面はNO
3−とNH
4+の吸着のみだが、皮膜内部には窒化物が生成していることがわかった。
【0065】
3−3−2 一段階目:硫酸アンモニウム, 二段階目:硝酸アンモニウム
一段階目に2M硫酸アンモニウム溶液を用い100V,5℃,1h(
図19)、二段階目に0.05M硝酸アンモニウム溶液を用い25V,5℃,1hのアノード酸化を行った結果を
図32に示す。皮膜表面は均一であり、先ほどと同様に基板と酸化皮膜の密着性が改善されたと言える。断面のSEM画像から、膜厚約500nmの二層構造の皮膜が生成したことがわかった。
【0066】
3−4 アノード酸化皮膜のリチウムイオン2次電池の電極としての特性評価
二段階アノード酸化により作製した試料を400℃、2hの加熱処理を施した後、電池としての特性評価を行った結果を以降に示す。
まず使用した試料の加熱処理前後のXRDパターンを
図33に示す。純TiのXRDパターンと比較して、アノード酸化を行うことでアナタ−ゼ型のTiO
2が生成したことがわかる。加熱処理前後には大きなピークの変化は見られなかった。
【0067】
一段階目に硫酸溶液、二段階目に硝酸アンモニウム溶液を用いて二段階アノード酸化を行った試料の充放電曲線とサイクル特性を
図34に示す。最大放電容量17.3mAhcm
−2(3.8mAhnm
−3)、50サイクル後の放電容量15.4mA hcm
−2(3.4mAhnm
−3)となり50サイクル後の容量維持率は89.2%となった。ナノ構造を有するTiO
2皮膜の電池特性に関する既往の研究として、膜厚1μm(ナノチューブ)の皮膜で放電容量0.150mAhcm
−2(15.0mAhμm
−3)、膜厚9μm(ナノポーラス)の皮膜で放電容量0.240mAhcm
−2(2.7mAhμm
−3)の結果が報告されている。既往の研究結果と比較すると、膜厚が薄いにも関わらず放電容量が大きくなったため、放電容量は改善されたと言える。一因として、皮膜内にTiNが含まれていることにより導電性が改善され、TiO
2が効率的に利用されたためと考えられる。
【0068】
次に一段階目に硫酸アンモニウム溶液、二段階目に硝酸アンモニウム溶液を用いて二段階アノード酸化を行った試料の充放電曲線とサイクル特性を
図34に示す。最大放電容量60.0mAhcm
−2(12.0mAhnm
−3)、50サイクル後の放電容量51.7mAhcm
−2(10.3mAhnm
−3)となり、50サイクル後の容量維持率は86.6%となった。上述の試料と比較して、放電容量がさらに改善された。この一因として、一段階目にもNH
4+を含む溶液を用いたことにより、皮膜内のTiN生成量が増加したためと考えられる。
なお、硫酸溶液を用いたアノード酸化により生成したTiO
2皮膜の電池特性((a) 充放電曲線 (b) サイクル特性)を
図36に示す。
様々な条件でアノード酸化を行い、ナノポーラスTiO
2−TiN複合皮膜の創製を試み、リチウムイオン2次電池としての特性評価を行った。そこで得られた結果は以下の通りである。
【0069】
(1) 硝酸アンモニウム溶液を用いて電圧・電流密度・温度による影響を検証した結果、5−35(好ましくは20−25V)または3.0−5.0mAcm
−2でアノード酸化することにより細孔径約φ25nm、細孔間距離約80nmのナノポーラス皮膜が形成した。
(2) XPSの分析結果から、硝酸アンモニウム溶液を用いたアノード酸化により生成した皮膜内にTiO
2のほかにTiNの生成を確認できたためTiO
2−TiN複合皮膜が生成した。
(3) 硫酸溶液または硫酸アンモニウム溶液を用いてアノード酸化を行った結果、100 Vの際に細孔径φ50−150nm、細孔間距離約250nm、膜厚450−500 nmのナノポーラス皮膜が形成した。
(4) 一段階目に硫酸溶液または硫酸アンモニウム溶液、二段階目に硝酸アンモニウム溶液を用いて二段階アノード酸化を行った結果、密着性の良いナノポーラスTiO
2−TiN複合皮膜が形成した。
(5) 二段階アノード酸化により作製した試料を用いて電池としての特性評価を行った結果、最大放電容量60.0mAhcm
−2(12.0mAhnm
−3),容量維持率86.6%の結果が得られた。
【0070】
以上のことから、バインダーフリーのリチウムイオン2次電池電極としてナノポーラスTiO
2−TiN複合皮膜の応用が期待できる。