(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6395969
(24)【登録日】2018年9月7日
(45)【発行日】2018年9月26日
(54)【発明の名称】希土類薄膜磁石及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 10/14 20060101AFI20180913BHJP
H01F 1/057 20060101ALI20180913BHJP
H01F 10/30 20060101ALI20180913BHJP
C23C 14/16 20060101ALI20180913BHJP
C23C 14/14 20060101ALI20180913BHJP
【FI】
H01F10/14
H01F1/057
H01F10/30
C23C14/16 D
C23C14/14 D
C23C14/14 G
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-504386(P2018-504386)
(86)(22)【出願日】2017年2月28日
(86)【国際出願番号】JP2017007635
(87)【国際公開番号】WO2017154653
(87)【国際公開日】20170914
【審査請求日】2018年2月9日
(31)【優先権主張番号】特願2016-43193(P2016-43193)
(32)【優先日】2016年3月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100173901
【弁理士】
【氏名又は名称】小越 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100093296
【弁理士】
【氏名又は名称】小越 勇
(74)【代理人】
【識別番号】100203367
【弁理士】
【氏名又は名称】若土 雅之
(72)【発明者】
【氏名】中野 正基
(72)【発明者】
【氏名】福永 博俊
(72)【発明者】
【氏名】柳井 武志
(72)【発明者】
【氏名】澤渡 広信
【審査官】
池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2014/038022(WO,A1)
【文献】
国際公開第2015/186389(WO,A1)
【文献】
Mhan-joong Kim,Ying Li,Yoon-bae Kim,Kwon-sang Ryu,Chang-bin Song,Chong-oh Kim , and Taik-kee Kim,Magnetic Properties of NdFeB Thin Film Obtained by Diffusion Annealing,IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS,米国,2000年 9月,VOL.36,NO.5,Page.3370-3372
【文献】
竹馬 雄、山下 昂洋、押領司 学、柳井 武志、中野 正基、福永 博俊、藤井 泰久、松本 信子,Si基板上に成膜したNd−Fe−B系磁石膜の厚膜化,電気関係学会九州支部連合大会講演論文集,日本,電気関係学会九州支部連合会,2016年 2月10日,Vol.2014,p.434
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 10/14
C23C 14/14
C23C 14/16
H01F 1/057
H01F 10/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nd、Fe、Bを必須成分とする希土類薄膜磁石であって、表面に酸化膜が存在するSi基板上にNd下地膜を第1層として備え、前記第1層の上にNd−Fe−B膜を第2層として備え、前記第2層のNd−Fe−Bの組成(原子数比)が0.120≦Nd/(Nd+Fe)<0.150の条件を満たし、前記第2層の膜厚が5μm以上50μm以下であることを特徴とする希土類薄膜磁石。
【請求項2】
前記第1層の膜厚が0.2μm以上5.0μm以下であることを特徴とする請求項1記載の希土類薄膜磁石。
【請求項3】
前記酸化膜が熱酸化膜であることを特徴とする請求項1又は2に記載の希土類薄膜磁石。
【請求項4】
前記Si基板と前記Nd下地膜の間にFe−Si−Oからなる層を備えることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の希土類薄膜磁石。
【請求項5】
残留磁化が0.55T以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の希土類薄膜磁石。
【請求項6】
保磁力が210kA/m以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の希土類薄膜磁石。
【請求項7】
最大エネルギー積(BH)maxが36kJ/m3以上であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の希土類薄膜磁石。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の希土類薄膜磁石の製造方法であって、Si基板上に酸化膜を形成し、次いで、パルスレーザーデポジション法により、前記Si基板上にNd下地膜の第1層を形成した後、Nd−Fe−B膜の第2層を形成し、その後、熱処理することを特徴とする希土類薄膜の製造方法。
【請求項9】
前記熱処理は、500℃以上800℃以下で行うことを特徴とする請求項8に記載の希土類薄膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコン基板上に形成したNd−Fe−B膜からなる希土類薄膜磁石及びパルスレーザーデポジション法(PLD法)によって形成したNd−Fe−B膜の希土類薄膜磁石の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の軽薄短小化に伴い、優れた磁気特性を有する希土類磁石の小型化、高性能化が進められている。中でも、ネオジム−鉄−ホウ素(Nd−Fe−B)系磁石は、現有の磁石の中で最も高い最大エネルギー積を有することから、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)やエナジーハーベスト(環境発電)などのエネルギー分野や、医療機器分野などへの応用が期待されている。
【0003】
このような希土類磁石の薄膜は、通常、スパッタリング法(特許文献1、非特許文献1)やパルスレーザーデポジション(PLD:Pulsed Laser Deposition)法(特許文献2、非特許文献2)などのPVD:Physical Vapor Deposition法(非特許文献3)を用いて作製することが知られている。また、これらは、いずれもタンタルやモリブデン等の金属基板の上に希土類磁石の薄膜を形成している。
【0004】
一方、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)用のマイクロ磁気デバイスのマイクロアクチュエータなどを作製する際には、シリコン(Si)半導体を基礎としたリソグラフィー技術を有効に活用するために、汎用性のあるSi基板上に、Nd−Fe−B膜の希土類磁石薄膜を安定して形成することが強く要望されている。
【0005】
非特許文献4には、化学量論組成であるNd
2Fe
14Bと同程度の組成を有する磁石膜をSi基板上に直接成膜すると、成膜の熱処理工程により、Si基板とNd−Fe−B膜の線膨張率差により応力が発生し、磁石膜が剥離することが記載されている。そして、熱処理おける応力の緩和を促す手法として、厚さ50nmのMoSi
2歪緩衝膜をSi基板上に形成することで、2μmの厚さでも剥離の無いNd−Fe−B膜を形成できたことが記載されている。
【0006】
しかし、膜厚が数μm程度と薄い場合、面内から垂直方向に取り出される磁界は反磁界の影響を受け小さくなり、また、膜の断面方向に取り出される磁界は反磁界の影響を受けないものの、磁石薄膜の体積が小さいために充分な領域に磁界を供給することは難しくなる。膜の外部に十分な磁界を取り出すためには、少なくとも10μm以上の厚さの膜が要求されている。一方で、基板と膜の線膨張率の差がある場合、膜厚が厚くなるに従って、膜と基板の界面に加わる歪が大きくなるので、膜の剥離がより一層発生し易くなることから、Si基板上に厚膜のNd−Fe−B膜を成膜しても剥離の発生しない歪緩衝膜材料が長年にわたり待ち望まれていた。
【0007】
非特許文献5には、パルスレーザーデポジション法を用いて、Si基板上に、SiとNd
2Fe
14Bの線膨張係数の中間の値を有するTa膜を介することで、最大膜厚20μmまで剥離の無いNd−Fe−B膜の成膜したことが記載されている。しかしながら、膜厚が20μmを超える膜を形成した場合、Nd―Fe−B膜とTa膜との間で剥離が発生したり、Si基板内部での破壊が起きたりするなどの問題が生じていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2012−207274号公報
【特許文献2】特開2009−091613号公報
【特許文献3】特願2014−218378
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】N.M.Dempsey, A.Walther, F.May, D.Givord, K.Khlopkov, O.Gutfeisch: Appl.Phys.Lett. vol.90 (2007) 092509-1-092509-3.
【非特許文献2】H.Fukunaga, T.Kamikawatoko, M.Nakano,T. Yanai, F.Yamashita: J. Appl. Phys. vol.109 (2011) 07A758-1-07A758-3.
【非特許文献3】G. Rieger, J. Wecker, W. Rodewalt, W. Scatter, Fe.-W. Bach, T.Duda and W.Unterberg: J. Appl. Phys. vol. 87(2000) 5329-5331.
【非特許文献4】安達、伊佐、太田、奥田:セラミック基盤工学センター年報vol.6(2006)46-50.
【非特許文献5】押領司、中野、柳井、福永、藤井:電気学会マグネティックス研究会資料、MAG-13-075(2013).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以前、本願発明者は、Nd−Fe−B膜とSi基板との剥離やSi基板内部での破壊を抑止する方法について研究を進めたところ、Ndの線膨張係数が、Nd
2Fe
14BとTaのそれぞれの線膨張係数の中間にあることに着目し、化学量論組成よりもNd含有量の多いNd−Fe−B膜をシリコン基板上に直接成膜することで、「Si基板とNd−Fe−B膜の界面に存在するNdリッチ相」がそれぞれの線膨張率の差を軽減し、膜の剥離や基板の破壊を回避させた(特許文献3)。
【0011】
この方法によれば、パルスレーザーデポジション法によって、熱酸化膜付きシリコン基板上に化学量論組成よりNd含有量を多い組成、すなわち0.150≦Nd/(Nd+Fe)を満足するNd−Fe−B膜を成膜することにより、膜の剥離や基板の破壊を抑制し、160μm程度の厚膜化を実現することができる。しかしながら、Nd含有量が増加するに従い、保磁力が向上するものの、一方で、残留磁化や(BH)maxを低下させるという問題があった。
【0012】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、Si基板上に成膜したNd−Fe−B膜の希土類薄膜磁石であって、化学量論組成近傍の組成範囲に相当する0.120≦Nd/(Nd+Fe)<0.150であっても、膜の剥離や基板の破壊が発生することなく、良好な磁気特性を有する希土類薄膜磁石及び当該薄膜を安定して成膜できる希土類薄膜磁石の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、本発明者らは、Si基板とNd−Fe−B膜との間の界面の組織について鋭意研究を行った結果、表面を熱酸化させたSi基板上にNd下地膜(バッファ層)を形成することで、この膜の上に組成が0.120≦Nd/(Nd+Fe)<0.150を満足するNd−Fe−B膜(機能層)を成膜しても、剥離や基板破壊のない膜を安定して形成できるとの知見を得た。
【0014】
このような知見に基づき、本発明は、以下の手段を提供する。
1)Nd、Fe、Bを必須成分とする希土類薄膜磁石であって、表面に酸化膜が存在するSi基板上にNd下地膜を第1層として備え、前記第1層の上にNd−Fe−B膜を第2層として備えることを特徴とする希土類薄膜磁石。
2)前記第2層のNd−Fe−Bの組成(原子数比)が0.120≦Nd/(Nd+Fe)<0.150の条件式を満たすことを特徴とする上記1)記載の希土類薄膜磁石。
3)前記第1層の膜厚が0.2μm以上5.0μm以下であることを特徴とする上記1)又は2)に記載の希土類薄膜磁石。
4)前記第2層の膜厚が5μm以上50μm以下であることを特徴とする上記1)〜3)のいずれか一に記載の希土類薄膜磁石。
5)前記酸化膜が熱酸化膜であることを特徴とする上記1)〜4)のいずれか一に記載の希土類薄膜磁石。
6)前記Si基板と前記Nd下地膜の間にFe−Si−Oからなる層を備えることを特徴とする上記1)〜5)のいずれか一に記載の希土類薄膜磁石。
7)残留磁化が0.55T以上であること特徴とする上記1)〜6)のいずれか一に記載の希土類薄膜磁石。
8)保磁力が210kA/m以上であることを特徴とする上記1)〜7)のいずれか一に記載の希土類薄膜磁石。
9)最大エネルギー積(BH)
maxが36kJ/m
3以上であることを特徴とする上記1)〜8)のいずれか一に記載の希土類薄膜磁石。
10)Si基板上に酸化膜を形成し、次いで、パルスレーザーデポジション法により、前記Si基板上にNd下地膜の第1層を形成した後、Nd−Fe−B膜の第2層を形成し、その後、熱処理することを特徴とする希土類薄膜の製造方法。
11)前記熱処理は、500℃以上800℃以下で行うことを特徴とする上記10)に記載の希土類薄膜の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、表面を酸化させたSi基板上にNd膜の下地膜(バッファ層)を形成し、この膜の上に組成(原子数比)が0.120≦Nd/(Nd+Fe)<0.150を満たすNd−Fe−B膜を成膜し、その後、熱処理を行うことにより、厚膜とした場合であっても、剥離や基板破壊の少なく、良好な磁気特性を備えた希土類薄膜磁石を作製することができるという優れた効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明のNd−Fe−B希土類薄膜磁石の一例を示す断面模式図である。
【
図2】実施例1〜9、比較例1〜4のSi基板表面の熱酸化膜の深さ方向のSi
2PとO
1Sのスペクトル強度を示す図である。
【
図3】実施例8の希土類薄膜磁石の界面のTEM観察写真を示す図である。
【
図4】実施例8の希土類薄膜磁石の磁気特性を示す図である。
【
図5】Si基板表面の自然酸化膜の深さ方向のSi
2PとO
1Sのスペクトル強度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、Nd、Fe、Bを必須成分とする希土類薄膜磁石であって、表面に酸化膜が存在するSi基板上にNd下地膜(バッファ層)を第1層として備え、前記第1層の上にNd−Fe−B膜(機能層)を第2層として備えることを特徴とする希土類薄膜磁石である。本発明の希土類薄膜磁石は、Nd下地膜を備えることにより、Si基板とNd−Fe−B膜の間の線膨張率差を緩和することができ、膜の剥離や基板の破壊を抑制することができる、という優れた効果を有する。
【0018】
本発明の希土類薄膜磁石において、前記第2層のNd−Fe−B膜は、化学量論組成近傍の組成範囲に相当する0.120≦Nd/(Nd+Fe)<0.150(原子数比)とすることが好ましい。化学量論組成(Nd
2Fe
14B
1)から大きく外れる場合、所望の磁気特性が得るのが困難となる。また、従来のように、Ndバッファ層の形成のため上記の範囲を超えてNdリッチとした場合、保磁力は大きいが、飽和磁化(残留磁化)は小さくなるということがある。
【0019】
また、本発明の希土類磁石薄膜は、Nd下地膜(バッファ層)の膜厚を0.2μm以上、5.0μm以下とするのが好ましい。Nd下地膜の膜厚が0.2μm未満の場合、Nd膜がSi基板の表面全体を均一に覆うことができず、剥離等の抑制効果が低減することがある。一方、Nd下地膜の膜厚が5.0μmを超えると、密着性が劣化するため好ましくない。密着性が低下する原因として、Nd−Fe−B層からSi基板へのFeの拡散が不十分となり、Si基板−Nd層の中間に密着性のあるFe−Si−O層が形成され難くなることによるものと考えられる。なお、Nd下地膜の形成の際、Ndの一部が自然酸化することがあるが、本発明はそのようなものも包含するものである。
【0020】
本発明の希土類薄膜磁石において、Nd−Fe−B膜(機能層)の膜厚を5μm以上50μm以下とするのが好ましい。Nd−Fe−B膜の膜厚が5μm未満であると十分な磁気特性が得られないことがあり、一方、Nd−Fe−B膜の膜厚が50μm超と厚い場合には、Nd下地膜があっても、Fe−Si−Oからなる密着層の厚さに対して、Nd−Fe−B膜の厚みの割合が大きくなり過ぎ、機械的強度の関係上、剥離や基板の破壊を抑制しきれないことがある。ちなみに、Nd下地層なしで化学量論組成近傍のNd−Fe−B膜を成膜した場合、破壊せずに得られた最大の膜厚は10μm程度であるが、本発明では、化学量論組成近傍の組成範囲の希土類薄膜磁石であっても、50μm程度まで厚膜を達成できる点が特筆すべきことである。
【0021】
なお、酸化膜が形成されたSi基板上に、Nd下地膜を介して形成されたNd−Fe−B膜は、結晶化のための熱処理によって、その膜中に存在するFeの一部がNd下地膜に拡散し、さらにSi基板表面の酸化膜であるSiとOと反応して、Fe−Si−Oからなる数十nm程度の層を形成されることがある。これは、先述のように、密着性の向上に寄与しているものと考えられる。本発明は、このような製造の過程で形成される層の存在を許容するものである。
【0022】
また、本発明の希土類薄膜磁石において、シリコン基板上に形成する酸化膜は、Nd下地膜との密着性の観点から、熱酸化膜が好ましい。自然酸化膜の場合、Siと希土類薄膜との界面において剥離が発生するが、熱酸化膜の場合は、Si基板自体が破壊するという実験結果から、Nd下地層は、自然酸化膜よりも熱酸化膜との密着性が良いことが考えられる。また、熱酸化膜は、自然酸化膜に比べて、その膜厚の制御が容易ということからも好ましい。なお、熱酸化膜の厚みは、380〜600nmであり、好ましくは500〜550nmであり、一般的なSi基板上の自然酸化膜の厚みである数nm(たとえば、1〜3nm程度)とは区別される。参考までに、
図5に自然酸化膜の深さ方向のXPSスペクトルを示す。
【0023】
本発明の希土類薄膜磁石は、優れた磁気特性を有するものであり、特に、残留磁化が0.55T以上、保磁力が210kA/m以上を達成することができ、さらには、最大エネルギー積(BH)
maxが36kJ/m
3以上を達成することができるという、優れた磁気特性を備えるものである。本発明は、厚膜とした場合でも、膜の基板との剥離が発生せず、このような良好な磁気特性を維持することができる点で、優れている。
【0024】
本発明の希土類薄膜磁石は、例えば、以下のようにして作製することができる。
まず、熱酸化膜が形成されたSi基板を用意する。次に、このSi基板をパルスレーザーデポジション装置内に設置すると共に、基板に対向させるようにしてNdターゲットとNd
2Fe
14B
1ターゲットを設置する。次に、チャンバー内を真空度が(2〜8)×10
−5Paとなるまで排気した後、まず、Ndターゲットに集光レンズを通してレーザーを照射して、Nd下地膜を形成する。
【0025】
レーザーには、Nd:YAGレーザー(発振波長:355nm、繰り返し周波数:30Hz)を使用することができる。このとき、レーザーの強度密度は 0.1〜100J/cm
2とするのが好ましい。レーザー強度密度が0.1J/cm
2未満であると、レーザーがターゲットに照射した際、ドロップレットが大量発生して、密度が低下し、ひいては、磁気特性の劣化が生じることがある。一方、100J/cm
2を超えると、レーザー照射によるターゲットのエッチングが著しく、アブレーション現象が停止するなどの好ましくない現象が生じることがある。
【0026】
次に、真空中でNd
2Fe
14B
1ターゲットに切り替えて、Nd−Fe−B膜を成膜する。このとき、レーザーの強度密度は、上記と同様、0.1〜100J/cm
2とするのが好ましい。レーザー強度密度が0.1J/cm
2未満であると、レーザーがターゲットに照射した際、ドロップレットが大量発生して密度の低下することがあり、一方、100J/cm
2を超えると、アブレーション現象が停止するなどの現象が生じるからである。
【0027】
上記のようにしてレーザー照射されたターゲット表面は、化学反応と溶融反応が起き、プルームと呼ばれるプラズマが発生する。このプルームが、対向する基板上に到達することで、Nd―Fe―B薄膜(アモルファス)を形成することができる。次に、このようにして成膜したNd−Fe−Bのアモルファス膜を結晶化させるため、成膜後に定格出力約8kW、最大出力の保持時間約3秒の条件でパルス熱処理を施して、Nd−Fe−Bアモルファス相を結晶化させる。
【0028】
ここで、熱処理が十分施されないと、膜中のNd−Fe−Bアモルファス相の結晶化が十分でなく、アモルファス相が多く残存することがあり、一方、過度の熱処理は、Nd
2Fe
14B
1結晶粒が粗大化して、磁気特性は劣化することがある。したがって、パルス熱処理の条件は上記の範囲で行うのが好ましい。なお、パルス熱処理は、赤外線を極短時間で照射することで、試料の瞬時の結晶化を促し、結晶粒の微細化を実現することができる。
【0029】
ところで、熱酸化膜が形成されたSi基板上にNd−Fe−B膜を直接形成した場合、その後の熱処理において膜と基板との線膨張率差による歪によって膜の剥離は生じず、基板の破壊が生じる。多くの実験において、熱処理後の冷却の際に、基板の破壊が生じることが確認されており、収縮の際の応力がその原因の一つと考えられる。一方、昇温時の線膨張率の差によっても応力が働くと考えられるが、成膜直後の試料がアモルファス構造であり、熱処理による結晶化は試料を収縮させるために応力の影響は小さく、その後の結晶化した試料が収縮した際に働く力の影響の方が大きいと考えられる。つまり
降温時に働く応力の影響の方が、昇温時に比べて大きいものと考えられる。
【0030】
その後、この結晶化薄膜に対して、たとえば、磁界7Tでパルス着磁を施すことで、希土類薄膜磁石を作製することができる。なお、本発明においては、着磁の方法に特に制限はなく、公知の着磁方法を用いることができる。これより、Nd−Fe−B希土類薄膜磁石を製造することができる。この希土類薄膜磁石は、優れた磁気特性を有するだけでなく、汎用性のあるSi基板上に直接成膜されているので、MEMS用のマイクロ磁気デバイス等のマイクロアクチュエータなどの作製に有用である。
【実施例】
【0031】
以下、実施例および比較例に基づいて説明する。なお、本実施例はあくまで一例であって、これら例によって本発明は何ら制限されるものではない。すなわち、本発明は特許請求の範囲によってのみ制限されるものであり、本発明に含まれる実施例以外の種々の変形を包含するものである。
【0032】
(実施例1)
純度99.9%、相対密度99%のNd
2.0Fe
14Bターゲットと、純度99.9%、相対密度99%のNdターゲットを準備し、基板には、厚さ622μm、5mm角の表面を熱酸化処理した単結晶Si(100)を用いた。ここで、熱酸化膜はSi基板を酸素雰囲気中で800℃の温度で加熱することにより形成させた。酸化膜の厚さは、アルバック・ファイ株式会社製PHI5000 Versa Probe IIの装置を用い、イオン種がAr
+、加速電圧3kV、SiO
2換算で9.5nm/分のレートで表面からスパッタを行って、Si
2PとO
1Sの各スペクトルのピーク強度を深さ方向で分析することにより求めた。この結果を
図2に示す。この図から熱酸化膜の膜厚は約515nmと判断した。
次に、これらをパルスレーザーデポジション装置の所定の位置に装着した後、チャンバー内を真空に排気して、10
−5Paの真空度に到達したことを確認後、約11rpmで回転させたターゲットに繰り返し周波数30HzのNd:YAGレーザー(発振波長:355nm)を照射し、ターゲット物質をアブレーションして基板上に成膜した。このとき、ターゲットと基板との距離を10mmとして、ターゲット表面でのレーザー強度密度を4J/cm
2程度とした。このようにして、熱酸化膜が形成されたSi基板上にNd膜を0.21μm成膜し、その上に連続して原子数比でNd/(Nd+Fe)=0.120のNd−Fe−Bアモルファス膜を18.6μm成膜した。
【0033】
次に、定格出力8kW、最大出力の保持時間約3秒にて、パルス熱処理を行って、Nd−Fe−B系アモルファス相を結晶化させた。その後、磁界7Tでパルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。Nd−Fe−B膜の剥離性を調べるために、ダイシングにより5×5mm角の試料を、2.5×2.5mmへと四分割するように切削加工を行ったが、機械的破損することなく加工できることを確認した。次に、ダイシング後の試料についてVSM(Vibrating Sample Magnetometer)による磁気特性測定を行った。その結果を表1に示す通り、残留磁化は1.18T、保磁力が260kA/m、(BH)
maxは76kJ/m
3となり、良好な磁気特性が得られた。また、マイクロメーターを使用して膜厚を評価し、EDX(Energy Dispersive X-ray spectroscopy)を用いて膜の組成分析を行った。その結果を表1に示す。
【0034】
(実施例2〜10)
実施例2〜10は、実施例1と同様の条件で、熱酸化膜が形成されたSi基板上にNd下地膜を形成した後、組成が原子数比で0.120≦Nd/(Nd+Fe)<0.150の条件式を満たすNd−Fe−B膜を成膜し、その後、パルス熱処理を施して結晶化膜とした。このとき、実施例において、Nd下地膜とNd−Fe−B膜の膜厚をそれぞれ変化させた。
次に、それぞれの薄膜について、パルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。得られた希土類薄膜磁石について、実施例1と同様、膜の剥離や磁気特性などを調べた。その結果を表1に示す。表1に示す通り、実施例2〜10はいずれも膜剥離や基板内破壊がなく、良好な磁気特性を示した。
参考までに、実施例8の希土類薄膜磁石の界面TEM写真を
図3に示し、B−H特性を
図4に示す。
図3に示すようにFe−Si−O層がSi基板とNd下地膜の間(Si基板と熱酸化膜の界面近傍、熱酸化膜中、熱酸化膜とNd下地膜との界面近傍)に形成されている。これは、パルス熱処理による、Nd−Fe−B膜からNd下地膜を介してSi基板側へのFeの拡散によるものと考えられ、Si基板と積層膜との密着性の向上に寄与していると考えられる。
【0035】
(比較例1)
比較例1は、実施例1と同様の条件で、熱酸化膜が形成されたSi基板にNd下地膜を形成せず、厚さ18.2μmであって、原子数比でNd/(Nd+Fe)=0.125のNd−Fe−B膜を成膜し、その後、パルス熱処理を施して、結晶化膜とした。次に、この薄膜について、パルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。このようにして得られた希土類薄膜磁石について、実施例1と同様の方法で、ダイシングにより5×5mm角の試料を、2.5×2.5mmへと四分割するように切削加工を行ったが、膜が剥離し、磁気特性を調べることができなかった。
【0036】
(比較例2)
比較例2は、実施例1と同様の条件で、熱酸化膜が形成されたSi基板上に膜厚0.5μmのNd下地膜を形成した後、厚さ13.5μmであって、原子数比でNd/(Nd+Fe)=0.118と、Nd組成が化学量論組成より不足した(Nd−poor)Nd−Fe−B膜を成膜し、その後、パルス熱処理を施して、結晶化膜とした。次に、この薄膜について、パルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。このようにして得られた希土類薄膜磁石について、実施例1と同様、磁気特性などを調べた。その結果保磁力、残留磁化、(BH)
maxは、それぞれ210kA/m、0.10T、15kJ/m
3と磁気特性が著しく低下することが確認された。なお、ダイシングにより5×5mm角の試料を、2.5×2.5mmへと四分割するように切削加工を行ったが、膜の剥離や基板内破壊は認められなかった。
【0037】
(比較例3)
比較例3は、実施例1と同様の条件で、熱酸化膜が形成されたSi基板上に膜厚5.1μmのNd下地膜を形成した後、厚さ13.2μmであって、原子数比でNd/(Nd+Fe)=0.123のNd−Fe−B膜を成膜し、その後、パルス熱処理を施して、結晶化膜とした。次に、この薄膜について、パルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。このようにして得られた希土類薄膜磁石について、実施例1と同様の方法で、ダイシングにより5×5mm角の試料を、2.5×2.5mmへと四分割するように切削加工を行ったが、膜の一部が剥離し、磁気特性を調べることができなかった。
なお、比較例3のようにNd下地膜を厚く堆積した場合には、Nd−Fe−B膜からSi基板側への、パルス熱処理によるFeの拡散が不十分となり、Si基板とNd下地膜の間にFe−Si−Oからなる密着層の十分に形成できなかったために、膜の一部に剥離が生じたものと考えられる。
【0038】
(比較例4)
比較例4は、実施例1と同様の条件で、熱酸化膜が形成されたSi基板上に膜厚1.1μmのNd下地膜を形成した後、厚さ52.0μmであって、原子数比でNd/(Nd+Fe)=0.135のNd−Fe−B膜を成膜し、その後、パルス熱処理を施して、結晶化膜とした。次に、この薄膜について、パルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。このようにして得られた希土類薄膜磁石について、実施例1と同様の方法で、ダイシングにより5×5mm角の試料を、2.5×2.5mmへと四分割するように切削加工を行ったが、膜の一部が剥離し、磁気特性を調べることができなかった。
なお、比較例4のようにNd−Fe−B膜の膜厚が50μm超と厚い場合には、Nd下地膜があっても、上記Fe−Si−Oからなる密着層の厚さに対して、Nd−Fe−B膜の厚みの割合が大きくなり過ぎ、機械的強度の関係上、剥離や基板の破壊を抑制しきれなかったものと考えられる。
【0039】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、表面を酸化させたSi基板上にNd下地膜を形成し、その上に組成が原子数比で0.120≦Nd/(Nd+Fe)<0.150の条件式を満たすNd−Fe−B膜が形成された希土類薄膜磁石であって、膜剥離や基板内破壊のなく、良好な磁気特性を有するという優れた効果を有する。本発明のNd−Fe−B希土類薄膜磁石は、エナジーハーベスト(環境発電)などのエネルギー分野や医療機器分野などに応用される磁気デバイス用として有用である。また特に、MEMS用のマイクロ磁気デバイス等のマイクロアクチュエータなどを作製するために有用である。