特許第6401434号(P6401434)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ DIC株式会社の特許一覧

特許6401434水性顔料分散液およびインクジェット記録用水性インクの製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6401434
(24)【登録日】2018年9月14日
(45)【発行日】2018年10月10日
(54)【発明の名称】水性顔料分散液およびインクジェット記録用水性インクの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 17/00 20060101AFI20181001BHJP
   B41J 2/01 20060101ALI20181001BHJP
   B41M 5/00 20060101ALI20181001BHJP
   C09B 67/44 20060101ALI20181001BHJP
   C09B 67/46 20060101ALI20181001BHJP
   C09C 3/06 20060101ALI20181001BHJP
   C09C 3/08 20060101ALI20181001BHJP
   C09C 3/10 20060101ALI20181001BHJP
   C09D 11/00 20140101ALI20181001BHJP
【FI】
   C09D17/00
   B41J2/01 501
   B41M5/00 120
   C09B67/44 A
   C09B67/46 A
   C09C3/06
   C09C3/08
   C09C3/10
   C09D11/00
【請求項の数】6
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2013-49041(P2013-49041)
(22)【出願日】2013年3月12日
(65)【公開番号】特開2014-173051(P2014-173051A)
(43)【公開日】2014年9月22日
【審査請求日】2016年1月18日
【審判番号】不服2017-13578(P2017-13578/J1)
【審判請求日】2017年9月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100177471
【弁理士】
【氏名又は名称】小川 眞治
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【弁理士】
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【弁理士】
【氏名又は名称】大野 孝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100159293
【弁理士】
【氏名又は名称】根岸 真
(72)【発明者】
【氏名】木戸 正博
(72)【発明者】
【氏名】岡田 真一
【合議体】
【審判長】 佐々木 秀次
【審判官】 川端 修
【審判官】 阪▲崎▼ 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 特表2011−506635(JP,A)
【文献】 特開2005−048006(JP,A)
【文献】 特開平08−253719(JP,A)
【文献】 特開2007−119774(JP,A)
【文献】 特開2002−241638(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09C 1/00− 3/12
C09D 15/00−17/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キナクリドン系顔料(a)、顔料誘導体(b)、塩基性化合物(c)、アニオン性基含有有機高分子化合物(d)を含有する混合物を混練し、固形分含有比率が50〜80質量%である常温で固練りの顔料混練物を作製する混練工程と、該顔料混練物に水溶性媒体を加えて希釈する工程と、を有する水性顔料分散液の製造方法において、
前記塩基性化合物(c)として、無機系塩基性化合物(c−1)、及び20重量%の水溶液を調整した際にPHが10以上である常温で液状の有機系塩基性化合物(c−2)を使用することを特徴とする水性顔料分散液の製造方法であり、前記顔料誘導体(b)は、キナクリドン系顔料の顔料骨格にジアルキルアミノメチル基、アリールアミドメチル基、または、フタルイミド基が導入されたものであることを特徴とする水性顔料分散液の製造方法。
【請求項2】
前記キナクリドン系顔料(a)が、ジメチルキナクリドン系顔料、ジクロロキナクリドン系顔料、無置換キナクリドン顔料、及び、これらの顔料から選ばれる2種以上の顔料の混合物もしくは固溶体である請求項1に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項3】
無機系塩基性化合物(c−1)がアルカリ金属水酸化物であり、前記有機系塩基性化合物(c−2)がトリエタノールアミンまたはN−(2−ヒドロキシエチル)エチレンジアミンである請求項1または2に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項4】
前記顔料誘導体(b)がフタルイミドメチル化3,10−ジクロロキナクリドンである請求項1〜のいずれかに記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項5】
前記アニオン性基含有有機高分子化合物(d)がスチレン−アクリル酸系共重合体である請求項1〜のいずれかに記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜のいずれかに記載の水性顔料分散液の製造方法によって製造された水性顔料分散液を、水性媒体で希釈する工程を有するインクジェット記録用水性インクの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水性顔料分散液およびインクジェット記録用水性インクの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
主溶剤として水を用いる水性インクは、溶剤インクのような火災の危険性や変異原性などの毒性が皆無か、より低減できるという優れた特徴を有している。このため産業用途以外のインクジェット記録用インクとしては、水性インクがインクジェット記録の主流となっている。
インクジェット記録に用いられるインクに必要な特性には、(1)記録媒体上ににじみのない高発色,高解像度、高濃度で均一な画像が得られること、(2)ノズル先端において、インクの乾燥による目詰まりが発生せず吐出安定性が良好であること、(3)記録媒体上でのインクの乾燥性が良好であること、(4)画像の堅牢性が良好であること、(5)長期保存安定性が良好であること、等が挙げられる。
従来、インクジェット記録用水性インクとしては、溶解安定性が高く、ノズル目詰まりが少なく良好な発色性を有し高画質の印刷を可能とすることから、着色剤として染料が用いられてきたが、染料を用いた画像は耐水性や耐光性が劣るという問題があった。
【0003】
この問題を解決するため、染料から顔料への着色剤の転換が活発に図られている。顔料インクは優れた耐水性および耐光性が期待できるが、染料と比較して発色性に劣ることや、顔料の凝集・沈降に伴うノズル目詰まりが問題となる。そこで、微粒子化した顔料を高分子系の分散剤を用いて水性媒体中に分散させる方法及び分散方法そのものについての種々検討が行われている。
【0004】
一般に顔料の分散は可逆的であり、分散できたとしても顔料の再凝集を抑制する手段を講じない限り、分散状態を安定に保つことは困難といわれている。そのため多くは、顔料表面に強い親和力を持つアンカーと呼ばれる基と、分散媒体(ここでいう分散媒体とは、分散時に使用する液状の媒体を指す)やバインダー樹脂との親和性を持つチェーンと呼ばれる基の両方を有する樹脂を分散剤として使用し、顔料粒子表面に樹脂層を形成して分散を安定化させている。(例えば非特許文献1参照)
この、顔料粒子表面に樹脂層を形成して分散を安定化することが可能な方法として、顔料と高分子分散剤を予め混練する前処理工程を経由する分散方法が提案されている(例えば特許文献1参照。)。顔料と高分子分散剤を予め混練する前処理工程を経由し、より効率的に顔料粒子表面に樹脂層を形成することで、より分散を安定化させることができ、製造効率は向上し、顔料の微粒子化が可能となった。
しかしながら、微粒子化が達成されたとしても、顔料の分散安定性が不十分であったためインクの保存安定性に改良すべき点を残していた。特にマゼンタインク製造に使用されるキナクリドン系顔料は、分子間水素結合を通して顔料として機能する水素結合型顔料であり,顔料粒子が強固に凝集しているおり、分散しきれない粗大粒子がインク中に残りやすかった。また分散により微粒子化した顔料粒子が再凝集を起こしやすく分散の安定性の達成が一層困難であった。
【0005】
これを解決するために、顔料分散剤である顔料誘導体を添加することが知られている。顔料誘導体とは、顔料と同じような化学構造にジアルキルアミノメチル基、アリールアミドメチル基、スルホン酸アミド基、スルホン酸基及びその塩、フタルイミド基等の、バインダーと結合あるいは親和性を有する基を導入した顔料の誘導体であり(例えば特許文献1参照。)、顔料あるいは顔料と同じような化学構造の部分が顔料に吸着することで、顔料の分散性や分散安定性を向上させると推定される。例えばキナクリドン系顔料とフタルイミドメチル化キナクリドン系化合物を併用した水性顔料分散液や(特許文献2参照)、キナクリドン系顔料とフタルイミドメチル化キナクリドン系化合物、キナクリドンスルホン酸系化合物を含有する水性顔料分散体が提案されている(特許文献3参照)。
【0006】
しかしながらこの方法であっても、時として凝集物が発生することがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−226832号公報
【特許文献2】特開2004−352932号公報
【特許文献3】特開2005−048006号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】有機顔料ハンドブック63〜64ページ(2006年5月初版発行 発行所 カラーオフィス)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、凝集物が発生せず、且つ、保存安定性や印字物の光沢等インク特性を維持できるキナクリドン顔料を使用した水性顔料分散体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、凝集物を分析した結果、該凝集物は先に述べた顔料から成るのではなく、顔料分散剤として使用する顔料誘導体に由来することを確認した。
これは、顔料誘導体の添加により、顔料の分散性は向上し、顔料から成る凝集物の発生は抑制できるものの、その効果を得るためには過剰量の顔料誘導体を加えねばならないことに起因するものと推定される。
【0011】
顔料誘導体は、その添加量と保存安定性や印字物の光沢等のインク特性とが比例し、即ちインクジェット記録用インクとして使用可能なインク特性を付与するには、顔料誘導体の添加は必須である。
この顔料誘導体は、前述の通り顔料に吸着するものと推定されるが、一方で、得られる水性顔料分散体中には、顔料に吸着されない余剰の顔料誘導体が存在すると推定される。これは、顔料誘導体の添加量と凝集物の発生量が比例することからも推定される。
【0012】
本発明者らは、余剰の顔料誘導体が凝集物となり、インクジェット用記録液として用いた場合に性能を損なう原因となると推定し、これを解決する方法として、塩基性化合物として特定の化合物を2種併用することで、上記課題を解決できることを見出した。
【0013】
即ち本発明は、キナクリドン系顔料(a)、顔料誘導体(b)、塩基性化合物(c)、アニオン性基含有有機高分子化合物(d)を含有する混合物を混練し常温で固練りの顔料混練物を作製する混練工程と、該顔料混練物に水溶性媒体を加えて希釈する工程と、を有する水性顔料分散液の製造方法において、前記塩基性化合物(c)として、無機系塩基性化合物(c−1)、及び、20重量%の水溶液を調整した際にpHが10以上である常温で液状の有機系塩基性化合物(c−2)を使用する水性顔料分散液の製造方法を提供する。
【0014】
また本発明は、前記記載の水性顔料分散液の製造方法によって製造された水性顔料分散液を、水性媒体で希釈する工程を有するインクジェット記録用水性インクの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法により、凝集物が発生せず、且つ保存安定性や印字物の光沢等、インキ特性を維持できる水性顔料分散液を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(キナクリドン系顔料(a))
本発明で使用するキナクリドン系顔料(a)の顔料種としては、公知慣用のものがいずれも使用でき、具体例としては、C.I.ピグメントレッド122等のジメチルキナクリドン系顔料、C.I.ピグメントレッド202、C.I.ピグメントレッドレッド209等のジクロロキナクリドン系顔料、C.I.ピグメントバイオレット19等の無置換キナクリドン、及びこれらの顔料から選ばれる少なくとも2種以上の顔料の混合物もしくは固溶体を挙げることができる。顔料の形態は粉末状、顆粒状あるいは塊状の乾燥顔料でもよく、ウエットケーキやスラリーでもよい。
【0017】
(顔料誘導体(b))
本発明で使用する顔料誘導体(b)は、顔料の技術分野において通常使用されるキナクリドン系、フタロシアニン系、アゾ系等の顔料誘導体を使用することができる。ここで顔料誘導体とは、顔料と同じような化学構造にジアルキルアミノメチル基、アリールアミドメチル基、スルホン酸アミド基、スルホン酸基及びその塩、フタルイミド基等の、バインダーと結合あるいは親和性を有する基を導入した顔料の誘導体であり(有機顔料ハンドブック64ページ参照(2006年5月初版発行 発行所 カラーオフィス)、顔料あるいは顔料と同じような化学構造の部分が、顔料と水素結合やπ電子相互作用によって強固に結合する。
【0018】
本発明においては、中でも、キナクリドン系顔料誘導体が好ましい。キナクリドン系顔料誘導体としては、キナクリドン系顔料の顔料骨格にジアルキルアミノメチル基、アリールアミドメチル基、スルホン酸アミド基、スルホン酸基及びその塩、フタルイミド基等を導入した顔料誘導体があげられる。
前記キナクリドン系顔料誘導体(b)の中でも、下記一般式(1)で表される化合物であることがさらに好ましい。
【0019】
【化1】
(1)
【0020】
(式(1)中、R〜R10は各々独立的に水素原子、塩素原子、炭素原子数1〜8個のアルキル基若しくはアルコキシ基、又は一般式(2)
【0021】
【化2】
(2)
【0022】
(式(2)中、R11は炭素原子数1〜8個のアルキレン基若しくはアルケニレン基、R12〜R15は各々独立的に水素原子、炭素原子数1〜8個のアルキル基若しくはアルコキシ基、又はフェニル基を表す。)で表される基であり、R〜R10の少なくとも一つは前記式(2)で表される基である。)
【0023】
前記一般式(1)で表される化合物中、さらに好ましい化合物としては、一般式(3)で表される化合物が挙げられる。
【0024】
【化3】
(3)
【0025】
(式中、RとR’とは互いに独立的に水素原子、塩素原子又は炭素原子数1〜5個のアルキル基若しくはアルコキシ基であり、mは0、1または2の整数であり、nは1〜4の整数である。)
さらに一般式(4)で表される基を有するキナクリドン系顔料誘導体(b)が好ましく、中でも、一般式(5)で表されるフタルイミドメチル化キナクリドン系化合物がより好ましい。
【0026】
【化4】
(4)
【0027】
【化5】
(5)
【0028】
(式(5)中、m及びnはそれぞれ独立的に0、1、2又は3の整数を表す。但しmとnが共に0となることはない。)
【0029】
前記一般式(5)で表される化合物は、該化合物1分子あたり前記一般式(4)で表される基を1個または複数個有する化合物が好ましく、1分子あたり前記一般式(4)で表される基を平均1〜2個有する化合物がより好ましく、1分子あたり前記一般式(4)で表される基を平均1〜1.5個有する化合物であることがなお好ましい。前記一般式(4)で表される基が1分子あたり平均1個以上であると、分散性に対する効果が良好に現れる傾向にあり、1分子あたり平均2個を以下であると、分散安定性に対する効果が良好となる可能性が高い。
前記一般式(4)で表される基を有するキナクリドン系顔料誘導体は、無置換キナクリドン、ジメチルキナクリドン、ジクロロキナクリドン等とフタルイミド及びホルムアルデヒドあるいはパラホルムアルデヒドとを濃硫酸中で反応させることにより合成することができる。
【0030】
本発明で得た水性顔料分散液において、前記キナクリドン系顔料(a)100質量%に対する前記顔料誘導体(b)の使用量は1質量%以上であることが好ましく、2〜15質量%であることがより好ましい。使用量が上記の範囲であると、得られる水性顔料分散液やインクジェット記録用インク組成物の保存安定性が良好である。特にサーマルジェット方式のプリンターで印字した際のインク吐出状態が良好である。更に、凝集物の発生をより低減させるためには、顔料誘導体の添加量は 2.5質量% 以下とすることがなお好ましい。
顔料誘導体(b)はそのままでは粗大な凝集体を含み、それらは顔料(a)の分散工程において顔料(a)へ吸着せずそのまま粗大粒子として顔料(a)の水性分散液中に存在する可能性がある。あるいは後述の無機系塩基性化合物(c−1)によって分解される可能性もあり、該分解物が結晶化し凝集物を形成すると考えられる。
【0031】
(塩基性化合物(c))
本発明においては、塩基性化合物(c)として、無機系塩基性化合物(c−1)、及び、20重量%の水溶液を調整した際にpHが10以上である常温で液状の有機系塩基性化合物(c−2)の両方を併用する。
無機系塩基性化合物(c−1)は、具体的には、カリウム、ナトリウムなどのアルカリ金属の水酸化物;カリウム、ナトリウムなどのアルカリ金属の炭酸塩;カルシウム、バリウムなどのアルカリ土類金属などの炭酸塩;水酸化アンモニウムなどを例示することができる。これらの無機系塩基性化合物(c−1)の中で、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウムに代表されるアルカリ金属水酸化物は、水性顔料分散液の低粘度化に寄与し、インクジェット記録用インクの吐出安定性の面から好ましく、特に水酸化カリウムが好ましい。
【0032】
前記無機系塩基性化合物(c−1)は水溶液、または有機溶剤溶液として用いることが好ましく、水溶液で用いることがさらに好ましい。無機系塩基性化合物(c−1)の水溶液又は有機溶剤溶液の濃度は、20質量%〜50質量%であることが好ましい。また、無機系塩基性化合物(c−1)を溶解する有機溶剤としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、等のアルコール系溶剤を用いることが好ましい。中でも、本発明では、無機系塩基性化合物(c−1)の水溶液を用いることが好ましく、特にアルカリ金属水酸化物の水溶液を用いることがさらに好ましい。
【0033】
無機系塩基性化合物(c−1)は、後述のアニオン性基含有有機高分子化合物(d)を中和する目的で使用する。例えばアニオン性基含有有機高分子化合物(d)としてスチレン−アクリル酸系共重合体を使用する場合、無機系塩基性化合物(c−1)は、該アクリル酸部位を中和させ混練工程でスチレン−アクリル酸系共重合体を軟化させ、樹脂による顔料の被覆過程を円滑にするとともに、樹脂被覆された顔料の水性媒体への分散性を良好にする。
このような目的から、無機系塩基性化合物(c−1)の添加量は、後述のアニオン性基含有有機高分子化合物(d)の酸価に基づき、中和率として80〜120%となる範囲であることが好ましい。中和率を80%以上と設定することが、顔料分散体から水性顔料分散液を作製するときの水性媒体中の分散速度の向上、水性顔料分散液の分散安定性、保存安定性の点から好ましい。水性顔料分散液、またはインクジェット記録用インクの長期保存時におけるゲル化を防ぐ点においても、インクによって作製した印字物の耐水性の点でも中和率120%以下とすることが好ましい。
なお本発明において、中和率とは塩基性化合物の配合量がスチレン−アクリル酸系共重合体(b)中の全てのカルボキシル基の中和に必要な量に対して何%かを示す数値であり、以下の式で計算される。
【0034】
【数1】
【0035】
また、20重量%の水溶液を調整した際にpHが10以上である常温で液状の脂肪族塩基性化合物(c−2)(以下有機系塩基性化合物(c−2)と称す)は、具体的には、単独で、20重量%の水溶液を調整した際にpHが10以上である常温で液状の脂肪族塩基性化合物である。pHは、pH11以上であるとなお好ましい。
【0036】
有機系塩基性化合物(c−2)も、無機系塩基性化合物(c−1)と同様に、水溶液、または有機溶剤溶液として用いることが好ましく、有機溶剤溶液として用いることがさらに好ましい。無機系塩基性化合物(c−1)の水溶液は20質量%〜50質量%であることが好ましく、また有機溶剤溶液の濃度は50%以上であることが好ましい。また、無機系塩基性化合物(c−1)を溶解する有機溶剤としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、等のアルコール系溶剤を用いることが好ましい。中でも、本発明では、無機系塩基性化合物(c−1)の水溶液を用いることが好ましく、特に脂肪族塩基性化合物の水溶液を用いることがさらに好ましい。
【0037】
有機系塩基性化合物(c−2)は、アニオン性基含有有機高分子化合物(d)の中和目的ではなく、顔料誘導体(b)を分散させる目的で加えられる。この観点から、有機系塩基性化合物(c−2)の添加量は前記顔料の1/20〜4/5の範囲が好ましく1/4〜3/4の範囲がなお好ましく、1/3〜2/3の範囲が最も好ましい。
【0038】
前記無機系塩基性化合物(c−1)は前述の通り、顔料誘導体(b)の構造を分解することがある。顔料誘導体(b)が分解されると、顔料(a)への顔料誘導体(b)の吸着は損なわれ、顔料(a)の水性顔料分散液としての性能を悪化させるだけでなく、顔料誘導体(b)の凝集物が発生しやすくなる。
この観点から、顔料誘導体(b)は有機系塩基性化合物(c−2)を使用して予め分散させておくことが好ましく、顔料(a)への顔料誘導体(b)の吸着量を大きく増加させることができ好ましい。一方生産性を考慮する場合は、無機系塩基性化合物(c−1)及び有機系塩基性化合物(c−2)を同時に使用する方法が効率よく、その場合においては、顔料(a)への顔料誘導体(b)の吸着は、有機系塩基性化合物(c−2)を用いない場合に比べて大きく増加する。
【0039】
有機系塩基性化合物(c−2)としては、前述の通り20重量%の水溶液を調整した際にpHが10以上である常温で液状である化合物が好ましい。
有機系塩基性化合物(c−2)の具体的例を挙げれば、トリエタノールアミン(pH11.0)、N,N−ジメタノールアミン(pH11.9)、N−(2−ヒドロキシエチル)エチレンジアミン(pH12.0)、ジメチルエタノールアミン(pH11.9)、N−N−ブチルジエタノールアミン(pH11.4)などのアミノアルコール類、モルホリン(pH11.4)、N−メチルモルホリン(pH10.8)、N−エチルモルホリン(pH10.9)などのモルホリン類、N−(2−ヒドロキシエチル)ピペラジン(pH11.8)、ピペラジンヘキサハイドレート(pH11.8)などのピペラジン類などがある(カッコ内は20重量%の水溶液を調整した際のpHである)。
これらの有機系塩基性化合物は、顔料誘導体(b)となじみが良いため、顔料誘導体(b)を適度に分散することができる。
【0040】
(アニオン性基含有有機高分子化合物(d))
本発明で使用するアニオン性基含有有機高分子化合物(d)は、例えば、カルボキシル基、スルホン酸基または燐酸基を含有する有機高分子化合物が挙げられる。この様なアニオン性基含有有機高分子化合物(d)としては、その調製や単量体品種の豊富さ入手し易さから、例えば、(メタ)アクリル酸とそれと共重合可能なその他のエチレン性不飽和単量体との共重合体が挙げられる。尚、本発明において(メタ)アクリル酸とは、アクリル酸とメタクリル酸との総称を意味するものとする。(メタ)アクリル酸の各種エステルの場合も前記と同様に解釈される。
【0041】
同一酸価対比においてより共重合体の疎水性を高め、共重合体の顔料表面への吸着がより強固と出来る点で、前記したその他の共重合可能なエチレン性不飽和単量体としては、例えば、スチレン、α−メチルスチレン、β−メチルスチレン、2,4−ジメチルスチレン、α−エチルスチレン、α−ブチルスチレン、α−ヘキシルスチレンの如きアルキルスチレン、4−クロロスチレン、3−クロロスチレン、3−ブロモスチレンの如きハロゲン化スチレン、更に3−ニトロスチレン、4−メトキシスチレン、ビニルトルエン等のスチレン系モノマーや、ベンジル(メタ)アクリレート、フェニル(メタ)アクリレート、フェニルエチル(メタ)アクリレート、フェニルプロピル(メタ)アクリレート、フェノキシエチル(メタ)アクリレート等のベンゼン環を有する(メタ)アクリル酸エステル系単量体を用いることが好ましい。中でも、中でも、スチレン、α−メチルスチレン、tert−ブチルスチレン等のスチレン系単量体を用いることが特に好ましい。
【0042】
本発明における共重合体は、(メタ)アクリル酸の重合単位とその他の共重合可能なエチレン性不飽和単量体の重合単位を必須の重合単位として含有する共重合体であれば良く、それらの二元共重合体であっても更にその他の共重合可能なエチレン性不飽和単量体との三元以上の多元共重合体であっても良い。
【0043】
エチレン性不飽和単量体としては、メチルアクリレート、メチルメタクリレート、n−プロピルアクリレート、イソプロピルアクリレート、n−ブチルアクリレート、sec−ブチルアクリレート、tert−ブチルアクリレート、2−エチルブチルアクリレート、1,3−ジメチルブチルアクリレート、ヘキシルアクリレート、2−エチルヘキシルアクリレート、オクチルアクリレート、エチルメタアクリレート、n−ブチルメタアクリレート、2−メチルブチルメタアクリレート、ペンチルメタアクリレート、ヘプチルメタアクリレート、ノニルメタアクリレート等のアクリル酸エステル類及びメタアクリル酸エステル類;3−エトキシプロピルアクリレート、3−エトキシブチルアクリレート、ジメチルアミノエチルアクリレート、2−ヒドロキシエチルアクリレート、2−ヒドロキシブチルアクリレート、エチル−α−(ヒドロキシメチル)アクリレート、ジメチルアミノエチルメタアクリレート、ヒドロキシエチルメタアクリレート、ヒドロキシプロピルメタアクリレートのようなアクリル酸エステル誘導体及びメタクリル酸エステル誘導体;フェニルアクリレート、ベンジルアクリレート、フェニルエチルアクリレート、フェニルエチルメタアクリレートのようなアクリル酸アリールエステル類及びアクリル酸アラルキルエステル類;ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、ビスフェノールAのような多価アルコールのモノアクリル酸エステル類あるいはモノメタアクリル酸エステル類;マレイン酸ジメチル、マレイン酸ジエチルのようなマレイン酸ジアルキルエステル、酢酸ビニル等を挙げることができる。これらのモノマーはその1種又は2種以上をモノマー成分として添加することができる。
【0044】
本発明で用いる共重合体は、モノエチレン性不飽和単量体の重合単位のみの線状(リニアー)共重合体であっても、各種の架橋性を有するエチレン性不飽和単量体を極少量共重合させ、一部架橋した部分を含有する共重合体であっても良い。
【0045】
この様な架橋性を有するエチレン性不飽和単量体としては、例えば、グリシジル(メタ)アクリレートや、ジビニルベンゼン、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングルコールジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリ(オキシエチレンオキシプロピレン)グリコールジ(メタ)アクリレート、グリセリンのアルキレンオキシド付加物のトリ(メタ)アクリレート等の多価アルコールのポリ(メタ)アクリレートが挙げられる。
【0046】
本発明においては、用いる各単量体の反応率等は略同一と考えて、各単量体の仕込割合を、各単量体の重合単位の質量換算の含有割合と見なすものとする。本発明における共重合体は、塊状重合、溶液重合、懸濁重合、乳化重合等の従来より公知の種々の反応方法によって合成することが出来る。この際には、公知慣用の重合開始剤、連鎖移動剤(重合度調整剤)、界面活性剤及び消泡剤を併用することも出来る。
【0047】
共重合体が高酸価である場合や高い分散性が要求されない場合には、敢えて共重合体それだけを用いれば良いが、そうでない場合には、通常、共重合体に含まれるアニオン性基を、塩基性物物質で中和することで、より分散性に優れたインクジェット記録用水性インクのための水性顔料分散体やインクジェット記録用水性インクを調製することができる。
【0048】
本発明で使用するアニオン性基含有有機高分子化合物(d)として特に好ましくは、前記共重合体の中でも、例えば、スチレン−(メタ)アクリル酸共重合体、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル−(メタ)アクリル酸共重合体、(メタ)アクリル酸エステル−(メタ)アクリル酸共重合体等の、スチレン系モノマー、及び(メタ)アクリル酸を原料モノマーとして含むスチレン−アクリル酸系共重合体が挙げられる。(なお、本発明において「スチレン−アクリル酸系共重合体」とは、前述の通り「スチレン系モノマー、及び(メタ)アクリル酸を原料モノマーとして含む共重合体」と定義するものとする。従って、スチレン系モノマー、及び(メタ)アクリル酸以外の汎用のモノマーを共重合させてあってもよい)
【0049】
スチレン−アクリル酸系共重合体の原料であるスチレン系モノマーの使用比率は50〜90質量%であることがより好ましく、中でも70〜90質量%であることが特に好ましい。スチレン系モノマーの使用比率が50質量%以上であると、キナクリドン系顔料(a)へのスチレン−アクリル酸系共重合体の親和性が良好となり、水性顔料分散液の分散安定性が向上する傾向がある。また該水性顔料分散液から得られるインクジェット記録用水性インクの普通紙記録特性が向上し、画像記録濃度が高くなる傾向があり、更に耐水特性も良好となる傾向がある。スチレン系モノマーの量が90質量%以下の上記範囲であると、スチレン−アクリル酸系共重合体で被覆されたキナクリドン系顔料の水性媒体に対する分散性を良好に維持することができ、水性顔料分散液における顔料の分散性や分散安定性を向上させることができる。更に、インクジェット記録用インク組成物として使用した場合の印字安定性が良好になる。
【0050】
前記スチレン−アクリル酸系共重合体はスチレン系モノマー、アクリル酸モノマー及びメタクリル酸モノマーの少なくとも一方の共重合によって得られるが、アクリル酸とメタクリル酸を併用することが好ましい。その理由は、樹脂合成時の共重合性が向上して、樹脂の均一性が良くなり、その結果、保存安定性が良好となり、且つより微粒子化された顔料分散液が得られる傾向があるためである。
前記スチレン−アクリル酸系共重合体においてスチレン系モノマーとアクリル酸モノマーとメタクリル酸モノマーの共重合時の総和は、全モノマー成分に対して95質量%以上であることが好ましい。
【0051】
前記スチレン−アクリル酸系共重合体の製造方法としては、通常の重合方法を採ることが可能で、溶液重合、懸濁重合、塊状重合等、重合触媒の存在下に重合反応を行う方法が挙げられる。重合触媒としては、例えば、2,2´−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)、2,2´−アゾビスイソブチロニトリル、1,1´−アゾビス(シクロヘキサン−1−カルボニトリル)、ベンゾイルパーオキサイド、ジブチルパーオキサイド、ブチルパーオキシベンゾエート等が挙げられ、その使用量はビニルモノマー成分の0.1〜10.0質量%が好ましい。
【0052】
また、前記スチレン−アクリル酸系共重合体はランダム共重合体でもよいが、グラフト共重合体であっても良い。グラフト共重合体としてはポリスチレンあるいはスチレンと共重合可能な非イオン性モノマーとスチレンとの共重合体が幹又は枝となり、アクリル酸、メタクリル酸とスチレンを含む他のモノマーとの共重合体を枝又は幹とするグラフト共重合体をその一例として示すことができる。スチレン−アクリル酸系共重合体は、このグラフト共重合体とランダム共重合体の混合物であってもよい。
【0053】
本発明で使用するアニオン性基含有有機高分子化合物(d)の重量平均分子量は5000〜20000の範囲内であることが好ましい。例えば前記スチレン−アクリル酸系共重合体を使用する場合も、その重量平均分子量は5000〜20000の範囲内であることが好ましく、5000〜18000の範囲内にあることがより好ましい。中でも、5500〜15000範囲内にあることが特に好ましい。
重量平均分子量が5000以上であると、キナクリドン系顔料(a)の初期の分散小粒径化の容易さはやや低下するが、水性顔料分散液の長期保存安定性が良くなる傾向にあり、顔料の凝集などによる沈降が発生しにくい傾向がある。また前記スチレン−アクリル酸系共重合体の重量平均分子量が20000以下であると、これを用いた水性顔料分散液から調製したインクジェット記録用インク組成物の粘度は極めて適正であって、インクの吐出安定性が向上する傾向にある。
【0054】
ここで重量平均分子量とはGPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)法で測定される値であり、標準物質として使用するポリスチレンの分子量に換算した値である。
【0055】
本発明で使用するアニオン性基含有有機高分子化合物(d)がスチレン−アクリル酸系共重合体の場合、アクリル酸モノマー及びメタクリル酸モノマー由来のカルボキシル基を有するが、その酸価は120〜220(mgKOH/g)であることが好ましく、150〜200(mgKOH/g)であることがさらに好ましい。酸価が120(mgKOH/g)以上であれば親水性が十分な大きさとなり水性顔料分散液の顔料の分散安定性が良好となる傾向にある。一方酸価が220(mgKOH/g)以下であると顔料の凝集がより発生し難くなる傾向にあり、また水性顔料分散液から得られるインクジェット記録用インク組成物を用いた印刷物については十分な耐水性を維持できる傾向にある。
ここでいう酸価とは、日本工業規格「 K 0070:1992. 化学製品の酸価,けん化価,エステル価,よう素価,水酸基価及び不けん化物の試験方法」に従って測定された数値であり、樹脂1gを完全に中和するのに必要な水酸化カリウムの量(mg)である。
酸価が低すぎる場合には顔料分散や保存安定性が低下し、また後記するインクジェット記録用水性インクを調製した場合に、印字安定性が悪くなるので好ましくない。酸価が高すぎる場合には、着色記録画像の耐水性が低下するのでやはり好ましくない。共重合体を該酸価の範囲内とするには、(メタ)アクリル酸を、前記酸価の範囲内となる様に含めて共重合すれば良い。
【0056】
混練工程における前記キナクリドン系顔料(a)と顔料誘導体(b)の合計質量に対するアニオン性基含有有機高分子化合物(cの質量比、c/(a+b)は0.01〜0.5である。
【0057】
(水溶性有機溶剤(e))
本発明においては、必要に応じて水溶性有機溶剤(e)を加えることもできる。しかしながら前述の通り、有機系塩基性化合物(c−2)は顔料誘導体(b)を分散させる役目を果たすため、水溶性有機溶剤(e)は有機系塩基性化合物(c−2)の効果を損なわない範囲程度に加えることが望ましい。使用できる水溶性有機溶剤(e)としては、特に限定はなく公知のものを使用することができる。例えばエチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールなどのグリコール類;ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、およびこれらと同族のジオールなどのジオール類;ラウリン酸プロピレングリコールなどのグリコールエステル;ジエチレングリコールモノエチル、ジエチレングリコールモノブチル、ジエチレングリコールモノヘキシルの各エーテル、プロピレングリコールエーテル、ジプロピレングリコールエーテル、およびトリエチレングリコールエーテルを含むセロソルブなどのグリコールエーテル類;メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、ブチルアルコール、ペンチルアルコール、およびこれらと同族のアルコールなどのアルコール類;あるいは、スルホラン;γ−ブチロラクトンなどのラクトン類;N−(2−ヒドロキシエチル)ピロリドンなどのラクタム類;グリセリンおよびその誘導体など、水溶性有機溶剤として知られる他の各種の溶剤などを挙げることができる。これらの水溶性有機溶剤は1種または2種以上混合して用いることができる。
【0058】
中でも、高沸点、低揮発性で、高表面張力の多価アルコール類が好ましく、特にジエチレングリコール、トリエチレングリコール等のグリコール類が好ましい。
【0059】
前記水溶性有機溶剤は、質量比で前記顔料の1/5以上使用することが好ましく、1/3以上使用することが最も好ましい。水溶性有機溶剤を質量比で顔料の1/3以上使用することにより、混練工程における開始時から終了時に至るまで、常に一定量の溶剤の存在のもとに混練を進行させることができる。
一方、前記樹脂に対する量は任意であるが、質量比で前記樹脂の1/2〜5/1程度、好ましくは1/1〜4/1となるように仕込むことが好ましい。
【0060】
本発明で使用する水溶性有機溶剤(e)として、溶解度パラメータの水素結合項δhが7〜13のものを使用すると、分散不良の粗大粒子を大幅に減少できなお好ましい。
本発明で使用する溶解度パラメータは、ハンセン(Hansen)溶解度パラメータを用いる。ハンセン(Hansen)溶解度パラメータは、ヒルデブランド(Hildebrand)によって導入された溶解度パラメータを、分散項δd,極性項δp,水素結合項δhの3成分に分割し、3次元空間に表したものであるが、本発明においては、δh成分のみに言及する。
【0061】
なお、この分散項δd,極性項δp,水素結合項δhは、ハンセンやその研究後継者らにより多く求められており、Polymer Handbook (fourth edition)、VII-698〜711に詳しく掲載されている。 また、多くの溶媒や樹脂についてのハンセン溶解度パラメータの値が調べられており、例えば、Wesley L.Archer著、Industrial Solvents Handbookに記載されている。
【0062】
本発明においては、前記水素結合項δhが7〜13である水溶性有機溶剤(e)を使用することで、キナクリドン顔料を使用した顔料分散液の粗大粒子が低減できることを見出した。
水素結合項δhが7〜13である水溶性有機溶剤(e)としては、アセトン(7.0)、酢酸エチル(7.2)、N−メチルー2−ピロリドン(7.2)、ポリエチレングリコール(分子量=200、300、400、600、1,000。δhはそれぞれ7.3、7.4、7.6、7.8)、m−ブチロラクトン(7.4)、酢酸メチル(7.6)、テトラヒドロフラン(8.0)、1,4−ジオキサン(9.0)、グリセリンのポリオキシプロピレン付加物(分子量=600。δhは9.2)、グリセリンのポリエチレン付加物(分子量=600、1300。δhはそれぞれ12.5、9.7)、ジオキソラン(9.3)、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(9.8)、グリセリンのポリオキシプロピレンおよびポリオキシエチレン付加物(分子量=600。δhは10.0)、ジメチルスルホキシド(10.2)、ジアセトンアルコール(10.8)、ジメチルホルムアミド(11.3)、プロピレングリコールモノメチルエーテル(11.6)、などがある。
なお、カッコ内は各水溶性有機化合物の水素結合項δhを示し、単位はcal0.5/cm1.5である。
【0063】
通常樹脂と顔料を含む混合物の混練に際しては、水溶性有機化合物を適量添加して混合物を高固形分比の粘土状の一つの固まりとし、高剪断力を加えて混練を行う。このための水溶性有機化合物としては、沸点が高く混練中に容易に揮散しないこと、また混練物中にたとえ残存しても、もともと後工程である混合工程において、水性媒体の成分として混練物に添加されうるので除去の必要がないこと等の理由から、高沸点の水溶性有機化合物が好ましい。特に低沸点の有機化合物は、混練分散工程中に混練物の温度が非常に高温となるために揮発の可能性が高く、十分な混練ができないおそれがある。この観点から、使用する水溶性有機溶剤(e)の沸点は180℃以上が好ましく200℃以上がより好ましい。
【0064】
水素結合項δhが7〜13であり且つ沸点が180℃以上の水溶性有機溶剤(e)としては、例えば、分子量300のポリエチレングリコール(例えば商品名「PEG−300 (三洋化成工業社製)」(δh=7.4、沸点=250℃)があげられる。
【0065】
以下に本発明で得た水性顔料分散液の製造方法についてアニオン性基含有有機高分子化合物(d)としてスチレン−アクリル酸系共重合体を使用した場合を例として、さらに詳細に説明を行う。
【0066】
(混練工程)
本発明の製造方法における混練工程においては、キナクリドン系顔料(a)、顔料誘導体(b)、無機系塩基性化合物(c−1)、20重量%の水溶液を調整した際にpHが10以上である常温で液状の有機系塩基性化合物(c−2)、アニオン性基含有有機高分子化合物(d)、及び水溶性有機溶剤(e)を含有する混合物を混練し常温で固練りの顔料混練物を作製する。
【0067】
ここで、顔料誘導体(b)とpHが10以上である常温で液状の有機化合物(c−2)とは、混練時に他の材料と同時に仕込んでもよいが、予め顔料誘導体(b)とpHが10以上である常温で液状の有機化合物(c−2)との混合液とし、それを他の材料の混合物に加え混練してもよい。
【0068】
前記混合物中の固形分比率、具体的にはキナクリドン系顔料(a)、顔料誘導体(b)とアニオン性基含有有機高分子化合物(d)とを合わせた固形分比率は、得られる顔料混練物中、50〜80質量%、好ましくは60〜80質量%とされる。50質量%未満では混合物の粘度が低下するため、混練が十分に行われず、顔料の解砕が不十分となるため好ましくない。そして、固形分比率をこのように高めることによって混練中の混練物の粘度を適度に高く保ち、混練中の混練機から混練物にかかるシェアを大きくして、混練物中の顔料の粉砕と顔料のアニオン性基含有有機高分子化合物(d)による被覆を同時に進行させることができる。80質量%を超えると、例え加温してアニオン性基含有有機高分子化合物(d)を充分に軟化させたとしても混練が困難になる。また、水性顔料分散液製造時に水性媒体に溶解、分散させることが困難となったり、水溶性溶剤による低粘度化が困難となるおそれがある。
【0069】
また、粘度を高く一定に保つ観点からも、後述の混練方法は、閉鎖型の混練機を使用し、混練中の前記混合物の質量が混練前の仕込量に対して90質量%以上の範囲で維持されるように混練することが必要となる。
有機系塩基性化合物(c−2)、必要に応じて水溶性有機溶剤(e)は、混練工程で混練する混合物の固形分濃度をこのように高く保つことができるように調整される。前記混練工程における前記キナクリドン系顔料(a)と前記キナクリドン系顔料誘導体(b)の合計質量に対する前記有機系塩基性化合物(c−2)、あるいは、前記有機系塩基性化合物(c−2)プラス水溶性有機溶剤(e)の質量比((c−2)+e)/(a+b)は、30〜80質量%の範囲内であることが好ましい。前記有機系塩基性化合物(c−2)、あるいは、前記有機系塩基性化合物(c−2)プラス水溶性有機溶剤(e)が上記範囲にあると、固形物同士を容易に融合状態とすることができ、混練時に十分な剪断力を負荷することができる。
【0070】
一方、中和剤として使用する無機系塩基性化合物(c−1)は、通常水溶液として用いられるが、水の量は最小限とすることが好ましく、この水量は顔料に対して15質量%以下に抑えることが好ましく、8質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0071】
本発明の混練工程においては、水性顔料分散液が含む全てのキナクリドン系顔料(a)、顔料誘導体(b)と、アニオン性基含有有機高分子化合物(d)が配合される。前記混練工程における前記キナクリドン系顔料(a)と前記顔料誘導体(b)の合計質量に対する前記アニオン性基含有有機高分子化合物(d)の質量比、(d)/(a+b)が5〜50質量%であることが好ましい。特にアニオン性基含有有機高分子化合物(d)としてスチレン−アクリル酸系共重合体を使用する場合は、前記(d)/(a+b)は5〜50質量%であることが好ましく、10〜45質量%であることがより好ましく、15〜40質量%であることがさらに好ましい。スチレン−アクリル酸系共重合体の使用量が5質量%以上であれば、顔料及び顔料誘導体の表面がスチレン−アクリル酸系共重合体で十分に被覆されるため、水性顔料分散液から製造したインクジェット記録用インクの分散安定性が向上し、本インクジェット記録用インクで印刷した印刷物の耐摩擦性が向上する傾向にあり、また使用量が50質量%以下であれば、水性顔料分散液やインクジェット記録用水性インクを作製したときに、顔料に未吸着な樹脂が水性媒体中に存在することがなく、水性顔料分散液や水性インクの粘度が適正に維持され、インクの吐出性も良好に維持される傾向にある。
【0072】
また混練時の温度は混練物に十分な剪断力が加わるように、前記スチレン−アクリル酸系共重合体の温度特性を考慮して適宜調整を行うことができるが、前記スチレン−アクリル酸系共重合体のガラス転移点より低く、かつ該ガラス転移点との温度差が50℃より小さい範囲で行うことが好ましい。このような温度範囲で混練を行うことにより、混練温度の上昇による樹脂の溶融に伴う混練物の粘度低下によって剪断力が不足することがない。
【0073】
混練工程に用いる混練装置としては、固形分比率の高い混合物に対して高い剪断力を発生させることのできるものであればよく、公知の混練装置の中から選択して用いることが可能であるが、二本ロール等の撹拌槽を有しない開放型の混練機を用いるよりは、撹拌槽と撹拌羽根を有し撹拌槽を密閉可能な混練装置を用いることが好ましい。撹拌槽と撹拌羽根を有し、混練装置を用いることが好ましい。このような構成の混練装置を用いると、混練中に水溶性有機溶剤(e)や湿潤剤や水分などが揮散することがなく、一定の固形分比率を有する混合物の混練を続けることができ、粗大粒子の低減に効果的である。また混練後の常温で固体の顔料組成物を、水性媒体で直接希釈して水性顔料分散液を作製する混合工程へと移行することができる。
【0074】
このような装置としては、ヘンシェルミキサー、加圧ニーダー、バンバリーミキサー、プラネタリーミキサーなどが例示され、特にプラネタリーミキサーなどが好適である。本発明においては、好ましくは顔料濃度と顔料と樹脂からなる固形分濃度が高い状態で混練を行うため、混練物の混練状態に依存して混練物の粘度が広い範囲で変化するが、プラネタリーミキサーは二本ロール等と比較すると、広い範囲の粘度領域で混練処理が可能であり、更に水性媒体の添加及び減圧溜去も可能であるため、混練時の粘度及び負荷剪断力の調整が容易である。
【0075】
(希釈工程)
前記混練工程によって得られた常温で固体の顔料分散体に、水性媒体を混合して希釈し、水性顔料分散液を製造する。具体的には、前述のように撹拌槽を有する混練機で常温で固練りの顔料混練物を製造した後,該撹拌槽に水性媒体を添加、混合し、必要に応じて撹拌して直接希釈することにより水性顔料分散液を製造できる。また,撹拌翼を備えた別の攪拌機で固体の顔料分散体と水性媒体を混合し,必要に応じて撹拌して水性顔料分散液を調製できる。
水性媒体の混合に関しては、顔料混練物に対して必要量を一括混合してもよいが、連続的あるいは断続的に必要量を添加して混合を進めた方が、水性媒体による希釈が効率的に行われ、より短時間で水性顔料分散液を作製することができる。また,この様にして得られた水性顔料分散液を、更に分散機により分散処理しても良い。
【0076】
本発明の製造方法においては顔料の微細化、及びスチレン−アクリル酸系共重合体による被覆が効果的に進行しているため、分散機による分散処理を行って、さらなる剪断力を加え顔料を解砕することを行わなくても、水性媒体を混合して固形分比を低下させて液状化させ、必要に応じて撹拌を行うだけで、良好な特性の水性顔料分散液の製造が可能である。しかし顔料特性の変動等で水性顔料分散液中に粗大分散粒子が残存したときでも、分散処理を行うことにより、残存した粗大分散粒子が更に粉砕され、より分散粒子の粒径が小さくなることによって、水性顔料分散液から製造したインクジェット記録用インク組成物の吐出安定性、印字濃度などのインクジェット特性が改善される。
【0077】
(水性媒体)
前記水性媒体としては、従来よりインクジェット記録用水性インクの調製に用いられているものをいずれも使用できる。具体的には、以下のような水溶性有機溶剤が挙げられる。例えば、1価又は多価のアルコール類、アミド類、ケトン類、ケトアルコール類、環状エーテル類、グリコール類、多価アルコールの低級アルキルエーテル類、ポリアルキレングリコール類、グリセリン、N−メチル−2−ピロリドン、2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,2,6−ヘキサントリオール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等のポリオール類、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、テトラエチレングリコールモノメチルエーテル等の多価アルコールアルキルエーテル類,エチレングリコールモノフェニルエーテル、エチレングリコールモノベンジルエーテル等の多価アルコールアリールエーテル類および多価アルコールアラルキルエーテル類、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、ε−カプロラクタム等のラクタム類、1,3−ジメチルイミダゾリジノンアセトン、酢酸エチル、N−メチルー2−ピロリドン、m−ブチロラクトン、グリセリンのポリオキシアルキレン付加物、酢酸メチル、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、ジオキソラン、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、ジメチルスルホキシド、ジアセトンアルコール、ジメチルホルムアミドプロピレングリコールモノメチルエーテルなどである。これらは、単独で用いても、又は2種以上を併用してもよい。
水性顔料分散体液中の水性媒体の総量は,1〜50質量%であることが好ましく3〜40質量%であることがより好ましい。この下限未満では、乾燥防止効果が不十分となる傾向にあり、上記上限を超えると分散液の分散安定性が低下する傾向にある。
【0078】
(分散機)
分散処理を行う際の分散機としては、公知慣用の機器が使用でき、例えば、超音波ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、ペイントシェーカー、ボールミル、ロールミル、サンドミル、サンドグラインダー、ダイノーミル、ディスパーマット、ナノミル、SCミル、ナノマイザー等を挙げることができ、これらのうちの1つを単独で用いてもよく、2種類以上装置を組み合わせて用いてもよい。なお本発明における、分散機、分散装置とは分散処理を行う工程に専用に用いられる装置であって、通常の混合、撹拌等にも広く使用される汎用の混合機、攪拌機等は含まないものとする。
混合工程または混合工程後の分散処理終了後に作製された水性顔料分散液の顔料濃度は10〜20質量%であることが好ましい。
【0079】
(インクジェット記録用水性インクの調整)
本発明で得た水性顔料分散液を使用したインクジェット記録用水性インク組成物は、水性顔料分散液を水性媒体に希釈し必要に応じて各種添加剤を添加して、常法により調製することができる。インクジェット記録用水性インク組成物を調製する場合は、粗大粒子が、ノズル詰まり、その他の画像特性を劣化させる原因になるため、インク調製後に、遠心分離、あるいは濾過処理等により粗大粒子を除去しても良い。
本発明で得た水性顔料分散液を用いてインクジェット記録用インク組成物を調製する場合、インクの乾燥防止を目的として、水溶性有機溶剤(e)、あるいは先に例示した湿潤剤を添加することができる。乾燥防止を目的とする水溶性有機溶剤(e)と湿潤剤のインク中の総含有量は3から50質量%であることが好ましい。
【0080】
また、本発明で得た水性顔料分散液を用いてインクジェット記録用インク組成物を調製する場合、被記録媒体への浸透性改良や記録媒体上でのドット径調整を目的として浸透剤を添加することができる。
浸透剤としては、例えばエタノール、イソプロピルアルコール等の低級アルコール、エチレングリコールヘキシルエーテルやジエチレングリコールブチルエーテル等のアルキルアルコールのエチレンオキシド付加物やプロピレングリコールプロピルエーテル等のアルキルアルコールのプロピレンオキシド付加物等が挙げられる。
インク中の浸透剤の含有量は0.01から10質量%であることが好ましい。
【0081】
本発明で得た水性顔料分散液を用いてインクジェット記録用インク組成物を調製する場合、表面張力等のインク特性を調整するために、界面活性剤を添加することができる。このために添加することのできる界面活性剤はとくに限定されるものではなく、各種のアニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤などが挙げられ、これらの中では、アニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤が好ましい。
【0082】
アニオン性界面活性剤としては、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルフェニルスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、高級脂肪酸塩、高級脂肪酸エステルの硫酸エステル塩、高級脂肪酸エステルのスルホン酸塩、高級アルコールエーテルの硫酸エステル塩及びスルホン酸塩、高級アルキルスルホコハク酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルカルボン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、アルキルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩等が挙げられ、これらの具体例として、ドデシルベンゼンスルホン酸塩、イソプロピルナフタレンスルホン酸塩、モノブチルフェニルフェノールモノスルホン酸塩、モノブチルビフェニルスルホン酸塩、ジブチルフェニルフェノールジスルホン酸塩などを挙げることができる。
ノニオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレン脂肪酸アミド、脂肪酸アルキロールアミド、アルキルアルカノールアミド、アセチレングリコール、アセチレングリコールのポリオキシエチレン付加物、ポリエチレングリコールポリプロピレングリコールブロックコポリマー、等を挙げることができ、これらの中では、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンドデシルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、脂肪酸アルキロールアミド、アセチレングリコール、アセチレングリコールのポリオキシエチレン付加物、ポリエチレングリコールポリプロピレングリコールブロックコポリマーが好ましい。
その他の界面活性剤として、ポリシロキサンオキシエチレン付加物のようなシリコーン系界面活性剤;パーフルオロアルキルカルボン酸塩、パーフルオロアルキルスルホン酸塩、オキシエチレンパーフルオロアルキルエーテルのようなフッ素系界面活性剤;スピクリスポール酸、ラムノリピド、リゾレシチンのようなバイオサーファクタント等も使用することができる。
【0083】
これらの界面活性剤は、単独で用いることもでき、また、2種類以上を混合して用いることもできる。また、界面活性剤の溶解安定性等を考慮すると、そのHLBは、7から20の範囲であることが好ましい。界面活性剤を添加する場合は、その添加量はインクの全質量に対し、0.001から1質量%の範囲が好ましく、0.001から0.5質量%であることがより好ましく、0.01から0.2質量%の範囲であることがさらに好ましい。界面活性剤の添加量が0.001質量%以上の場合は、界面活性剤添加の効果が良好に得らる傾向にあり、1質量%以下で用いた場合には、画像が滲むなどの問題の発生が起きにくい傾向にある。
【0084】
本発明で得た水性顔料分散液を用いてインクジェット記録用インク組成物を調製する場合は、必要に応じて防腐剤、粘度調整剤、pH調整剤、キレート化剤、可塑剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等をも添加することができる。
【0085】
本発明で得た水性顔料分散液に占める、キナクリドン系顔料(a)と顔料誘導体(b)の総量は5から25質量%であることが好ましく、5から20質量%であることがより好ましい。キナクリドン系顔料(a)と顔料誘導体(b)の総量が5質量%以上である場合は、本発明で得た水性顔料分散液から調製したインクジェット記録用インク組成物が良好な着色性能を有し、充分な画像濃度が得られる傾向にある。また、25質量%以下である場合には、水性顔料分散液において顔料の分散安定性の低下が発生しにくい傾向にある。
本発明で得た水性顔料分散液から調製するインクジェット記録用インク組成物に占める、キナクリドン系顔料(a)と顔料誘導体(b)の総量は、充分な画像濃度を得る必要性と、インク中での分散粒子の分散安定性を確保するために、1から10質量%であることが好ましい。
本発明の製造方法によって製造されたインクジェット記録用インク組成物は、加温された場合にも分散安定性を良好に維持し、種々の方式のインクジェット記録用のインクとして好適に用いることができる。適用するインクジェットの方式は特に限定するものではないが、連続噴射型(荷電制御型、スプレー型など)、オンデマンド型(ピエゾ方式、サーマル方式、静電吸引方式など)などの公知のものを例示することができる。
【実施例】
【0086】
以下、本発明の実施例を示して詳しく説明する。
なお、特に断りがない限り「部」は「質量部」、「%」は「質量%」である。
また、本実施例、比較例において用いた樹脂は以下のとおりのものである。
【0087】
樹脂A:モノマー組成比において、スチレン/アクリル酸/メタクリル酸/ブチルアクリレート=76.92/9.99/12.99/0.1(質量比)のスチレン−アクリル酸系共重合体であり、測定酸価153mgKOH/g、重量平均分子量12,000である樹脂粉末。
尚,重量平均分子量はGPC(ゲルパークロマトグラフ)を用いて測定したポリスチレン換算の数値である。
【0088】
(実施例1)
樹脂Aを12部、キナクリドン系顔料(a)として「クロモフタールジェットマジェンタDMQ(BASF SE社製)」を39部、顔料誘導体(b)として「フタルイミドメチル化3,10−ジクロロキナクリドン(1分子あたりの平均フタルイミドメチル基数 1.4)」を1部を、プラネタリーミキサー(商品名:ケミカルミキサーACM04LVTJ−B 株式会社愛工舎製作所製)に仕込み、ジャケットを加温し、内容物温度が80℃に達した後、自転回転数:80回転/分、公転回転数:25回転/分で混練を行った。
5分後、無機系塩基性化合物(c−1)としてKOH(34質量%水酸化カリウム水溶液)を6部、有機系塩基性化合物(c−2)としてトリエタノールアミン(三井化学社製 pH11.0)22部を加えた。
【0089】
プラネタリーミキサーの電流値が最大電流値を示してから40分を経過した時点まで混練を継続し常温で固練りの顔料混練物を得た。得られた常温で固練りの顔料混練物をジャケットから取出し、1cm角状に切断した後、市販のジューサーミキサーに入れた。そこにイオン交換水70部を加え10分間ミキサーにかけて混合、希釈し、さらにイオン交換水を加え、キナクリドン系顔料濃度13.5質量%の水性顔料分散液Aを得た。
【0090】
(実施例2)
市販のジューサーミキサーに顔料誘導体(b)フタルイミドメチル化3,10−ジクロロキナクリドン8部、有機系塩基性化合物(c−2)としてトリエタノールアミン176部、水13部をいれ、ミキサーに1分間かけ、顔料誘導体の混合液Zを得た。
次に、下記組成のうち粉状原料の混合物を、プラネタリーミキサー(商品名:ケミカルミキサーACM04LVTJ−B 株式会社愛工舎製作所製)に仕込み、ジャケットを加温し、内容物温度が80℃に達した後、中速(自転回転数:80回転/分,公転回転数:25回転/分)で混練を行い、5分後、下記組成のうち液体原料を加えさらに混練を継続した。
【0091】
樹脂A:12部
キナクリドン系顔料(a)としてクロモフタールジェットマジェンタDMQ(BASF SE社製:39部
顔料誘導体分散液Z:24.6部
無機系塩基性化合物(c−1)としてKOH(34質量%水酸化カリウム水溶液):6部
【0092】
中速回転スタート時のプラネタリーミキサー電流値は0.5Aであった。その後、混練を継続し、プラネタリーミキサーの最大電流値が2.0Aを示した。最大電流値を示してから40分混練を経過した時点まで混練を継続し常温で固練りの顔料混練物を得た。得られた常温で固練りの顔料混練物をジャケットから取出し、1cm角状に切断した後市販のジューサーミキサーに入れた。そこにイオン交換水70gを加え10分間ミキサーにかけ水性顔料分散液Bを得た。
【0093】
(実施例3)
有機系塩基性化合物(c−2)としてトリエタノールアミンの代わりにN−(2−ヒドロキシエチル)エチレンジアミン(和光純薬社製 pH12.0)を使用したこと以外は実施例1と同じにして水性顔料分散液Cを得た。
【0094】
(実施例4)
有機系塩基性化合物(c−2)としてトリエタノールアミンの代わりにN−N−ブチルジエタノールアミン(ヒドラス化学社製 pH11.4)を使用したこと以外は実施例1と同じにして水性顔料分散液Dを得た。
【0095】
(比較例1)
実施例1で使用した有機系塩基性化合物(c−2)トリエタノールアミンを使用せず、代わりにジエチレングリコール(20%水溶液のpH=3.71)(丸善石油化学株式会社製)を用いた以外は実施例1と同様にして水性顔料分散液HAを得た。
【0096】
(比較例2)
実施例1で使用いた有機系塩基性化合物(c−2)トリエタノールアミンを使用せず、代わりにEG−1(グリセリンのポリオキシエチレン付加物;20%水溶液のpH=4.16)(リポケミカル社製)を用いた以外は実施例1と同様にして水性顔料分散液HBを得た。
【0097】
(比較例3)
「顔料誘導体(b)/(顔料誘導体(b)+顔料(a))(質量比)」を0.025から0.075にした以外は比較例1と同様にして水性顔料分散液HCを得た。
【0098】
(比較例4)
実施例1で用いた無機系塩基性化合物(c−1)KOHを使用しないこと以外は実施例1と同様にして水性顔料分散液HDを得た。
【0099】
実施例、比較例で作製した水性顔料分散液の評価を以下の方法を用いて行った。
【0100】
(水性顔料分散液の評価)
〔インクジェットインクの作製〕
実施例1及び2、比較例1〜4で作製した水性顔料分散液を純水で希釈して、キナクリドン系顔料濃度6質量%の水性顔料分散液の希釈液を作り、該希釈液に対して以下を配合し、インクジェット記録用水性インクを作成した。
水性顔料分散液の希釈液:50部
2−ピロリジノン:8部
トリエチレングリコール モノ−n−ブチルエーテル:8部
精製グリセリン:3部
サーフィノール440 (エアープロダクツ社製):0.5部
純水:30.5部
【0101】
作製した各インクジェット記録用水性インクを、インクジェットプリンター(HP社製Photosmart D5360)を用いて試験した。インクをカートリッジに充填後、モノクロームモードでA4用紙1枚に印刷濃度設定100%の印刷をしたときの20度光沢をMicorohaze Plus(BYK-Gardner社製)で測定した。
20度光沢がSTD(比較例3)の+15%以上のもの・・・◎◎、
20度光沢がSTD(比較例3)の+15%未満〜+5%以上のもの・・・◎、
20度光沢がSTD(比較例3)の+5%未満〜―5%以上のもの・・・○、
20度光沢がSTD(比較例3)の−5%未満〜―20%以上のもの・・・△、
上記以外のもの・・・×
として評価した。
【0102】
〔保存安定性〕
保存安定性については、実施例、比較例で作製した水性顔料分散液を60℃条件下で保管して評価した。試験開始前の初期の粒径と試験開始8週間後の粒径との増加量が、
20%以下のものを・・・○、
21〜30%のものを・・・△、
31%以上のものを・・・・×
として評価した。
【0103】
〔凝集物発生の有無〕
凝集物の発生は、粗大粒子数の増加の有無で判断した。すなわち、実施例、比較例で作製した水性顔料分散液を室温で保存し、粗大粒子数を1週間毎に測定した。粗大粒子数は、AccuSizer 780 (Particle Sizing Systems, Inc.)を用いて測定した。その際、粗大粒子数測定サンプルとしては、各サンプルともに200〜10000倍のイオン交換水を加えてキナクリドン系顔料濃度を低下させ、検出器をサンプルが毎秒1ml通過する際に、粒子径が0.5μm以上の粗大粒子のカウント数が1000から4000となるように希釈を行ったものを用いた。
粗大粒子数を測定後に希釈倍率を考慮して、キナクリドン系顔料濃度12.5%の水性顔料分散液1ml中に存在する粗大粒子数に換算した。
分散液作製直後の粗大粒子数と試験開始8週間後の粗大粒子数を比較した際の増加率が、
20%以下のものを・・・・○、
それ以外のものを・・・・×
として評価した。
【0104】
それぞれ、結果を表1に示す。
【0105】
【表1】
【0106】
表中、「質量比*1」は、顔料誘導体/(顔料誘導体+顔料)(質量比)を表し、「KOH」は、34質量%水酸化カリウム水溶液を表し、「EG−1」は(グリセリンのポリオキシエチレン付加物;20%水溶液のpH=4.16)を表す。
【0107】
比較例において、有機系塩基性化合物(c−2)を使用せずに、良好な保存安定性、印刷物の光沢が得られる比較例3が、従来行われていた方法である。比較例3では凝集物の発生が見られる。
これに対して、比較例1は、凝集物の発生を減らす目的で、顔料誘導体(b)の添加量を減らした例である。比較例1は、凝集物の発生は見られないが、保存安定性、印刷物の光沢は得られない。
一方、実施例1〜2は、顔料誘導体(b)の添加量を減らし、且つ、有機系塩基性化合物(c−2)を使用した例である。混練工程において有機系塩基性化合物(c−2)を用いることにより、顔料誘導体(b)を凝集物が発生しない程度に減少させても水性顔料分散液の安定性を確保でき、かつその分散液を用いて作製したインクジェット用インクは光沢の非常に高い(比較例3を上回る)印刷物が得られることがわかる。これは、有機系塩基性化合物(c−2)を用いることにより、顔料誘導体(b)の顔料への吸着率が増加し、顔料分散液としての機能が向上したと考えられる。
【0108】
また、実施例1と比較例4との比較から、顔料分散液の保存安定性を得るには無機塩基性化合物(c−1)の存在が必須であることがわかる。これはすなわち、有機系塩基性化合物(c−2)は顔料誘導体(b)の分散については非常に効果的であるが、アニオン性基含有有機高分子化合物(d)の中和には殆ど寄与しないためと推察される。
さらに実施例2は、前記脂肪族塩基性化合物(c−1)と顔料誘導体(b)との混合液を使用した例であるが、実施例1を上回る光沢を示すインクジェット用インクが得られた。