【文献】
冨永昌人 他,グルコースの電気化学的触媒酸化反応における金−銅合金ナノ粒子修飾カーボン電極の特性評価,第75回 電気化学会大会講演要旨集,2008年,p.314
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記カーボン薄膜は前記合金ナノ粒子の表面に水酸基を有しており、電極表面における全金属結合種のうち前記水酸基の占める割合が20〜40%の範囲内にあることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極。
【背景技術】
【0002】
糖化合物は、ヒトをはじめとする動物の重要なエネルギー源となる一方、様々な疾患に対する重要なバイオマーカーとなることが知られている。例えば、小腸には、消化/吸収作用と、毒物や未消化の食物分子の透過を防御する、相反する2つの役割があるが、近年、腸粘膜障壁の透過性が様々な症状に関与することが分かってきた。腸損傷による透過性増加は、セリアック病、食物アレルギー、非ステロイド性抗炎症薬の摂取などとの相関性が高い。一方、透過性低下は栄養失調、吸収不良の一因となっている。米国では6千万人が、腸管壁浸漏症候群で悩んでいるとの報告がある。日本においても、炎症性腸疾患が厚労省から特定疾患に指定されており、ストレスなどの現代病も発症との相関性が高いため患者の急激な増加傾向がみられる。そのため、胃腸疾患の臨床診断において、腸の透過性測定は今後益々重要になってくる。
従来の腸透過性の指標としては、尿中に排泄される分子量の異なる非代謝性糖分子(D-マンニトールやラクツロース)を測定する手法が一般的である(非特許文献1)。単糖(D-マンニトール)は即座に細胞に吸収され、受動拡散する(腸吸収状態のマーカー)。一方、より大きな二糖(ラクツロース)は通常細胞から排斥される(腸粘膜の粘膜傷害や透過性のマーカー)。腸上皮に損傷が起こると、これらマーカーは共に細胞間を透過するため尿中からの回収率が増加し腸管壁浸漏症候群などが疑われる。前述の糖類に加え、L-ラムノース、3-O-メチル-D-グルコース、D-キシロースなども腸透過機能検査において使用される。
【0003】
糖検出法としては、感度・非標識計測の観点から、金(Au)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)などの金属電極が使用されている。これらの金属電極は糖類酸化に対して触媒作用を示すことが知られており、この触媒活性を利用し、糖類を電気化学的に非標識検出する検討がなされている(特許文献1、非特許文献2)。実際に、糖化合物は二重結合や芳香族環を持たない構造的特徴から、紫外(UV)、蛍光検出の際には誘導体化を行う必要があるが、電気化学検出は非標識で簡便・迅速な測定が可能なため着目されている。しかしながら、実際には従来の金属バルク電極は、(1)上記マーカーに対して触媒活性が不足、(2)ノイズ電流が大きく、検出限界が不足、(3)電極上に糖酸化物が強く吸着し検出感度が低下、など課題も多い。吸着物除去のため、電極に多段階のパルス電位を加えて糖類を測定する手法が使用されているが装置が複雑である。さらには、上述の糖マーカーは糖化合物の代表であるグルコースなどに比べて、より酸化しにくいため、従来の金属電極では十分な触媒活性を得られない点も課題である。
【0004】
そこで、グラッシーカーボンやカーボンナノチューブなどのカーボン材料電極上に金属を電着させ金属成分を表面に修飾し、糖化合物に対する効率的なシグナル向上とノイズの低減を図る電極作製方法が知られている(非特許文献3)。これらの方法は比較的バックグラウンド電流が低いため、電極上に触媒活性点を後から導入できる手法である。しかしながら、一般的にはカーボン電極表面での電着に表面粗さに基づく電着ムラが生じ、均一な金属活性点を作成することは困難である。
また、電着した金属は、使用中に測定溶液中に溶出してしまい繰り返しの測定や長期使用時において安定的な測定を行うことが困難であった。
本発明者らは、NiやCu等とカーボンを共スパッタすると、電極触媒活性の高い金属ナノ粒子が分散したカーボン薄膜電極を形成でき、糖類の高感度な定量ができることを報告した(特許文献2、非特許文献4ならびに5)。しかしながら、本方法は、一つのカーボンターゲットの上に、金属を載せて通常のRF法で共スパッタする方法であり、カーボン膜は、グラファイト薄膜で電位窓も広くなく高電位印加での安定性が低い。また、カーボンと金属との組成比や金属ナノ粒子のサイズ等の制御が困難であるという課題を有していた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような背景から、本発明は電極として十分な導電性および測定安定性を有し、なおかつ生体分子に対して優れた電極触媒活性を有する合金ナノ粒子含有カーボン電極、当該電極を含む装置、及び、その簡便な製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、特許文献3において、広い電位窓を有し、極めて平坦性が高いためノイズの要因となる充電電流を低くすることができる電気化学測定用カーボン電極を、sp
2結合とsp
3結合が混在した微結晶ドメインから構成されることで実現することを提案している。この新しい導電性カーボン電極の発明(特許文献3参照)ならびに金属ナノ粒子含有カーボン電極の発明(特許文献2参照)を踏まえて鋭意研究したところ、アンバランスドマグネトロン(UBM)スパッタに代表されるスパッタ法によってカーボン薄膜の作製を行う際に、
図1に示すように3つのターゲットを設置可能なスパッタ装置を用いて、独自に制御可能な状態で二種の金属もカーボンと同時にスパッタすると、sp
2結合とsp
3結合のハイブリッド構造を有し、なおかつ二種の金属からなる合金ナノ粒子を含むスパッタカーボン薄膜が得られ、糖化合物の電気化学検出に対して良好な電極触媒活性と測定安定性が大きく向上することを見出し、本発明を完成したものである。
【0009】
すなわち、本発明は
電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極であって、
前記カーボン薄膜電極は、炭素間の結合様式についてsp
2結合とsp
3結合とが混在する微結晶ドメインより構成されており、これによりグラファイトカーボン電極およびグラッシーカーボン電極よりも広い範囲の電位窓を有し、かつ、
少なくとも二種の金属成分からなる合金ナノ粒子を含有することを特徴とする合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極に関する。
【0010】
ここで、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、前記合金ナノ粒子の少なくともその一部が表面に露出する形でカーボン薄膜電極内に埋め込まれた構造であることを特徴とする。
また、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、前記カーボン薄膜電極を構成する炭素間のsp
2結合している原子数とsp
3結合している原子数との和に対するsp
3結合している原子数の原子比が0.1〜0.4の範囲にあることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、前記合金ナノ粒子が、粒径7nm以下であることを特徴とする。
また、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、前記合金ナノ粒子の含有量が10〜20at%であることを特徴とする。
また、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、前記カーボン薄膜電極は前記合金ナノ粒子の表面に水酸基を有しており、電極表面における全金属結合種のうち前記水酸基の占める割合が20〜40%の範囲内にあることを特徴とする。
また、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、前記合金ナノ粒子が、銅、ニッケル、白金、金、銀、パラジウム、コバルト、イリジウム、マンガン、および、チタンからなる群より選択される少なくとも二種の金属からなる合金ナノ粒子を含むことを特徴とする。
【0012】
また、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、前記合金ナノ粒子の表面に存在する水酸基が、UV/オゾン(UV/O
3)法、エキシマ/オゾン法、または、大気圧プラズマ法により導入されたものであることを特徴とする。
また、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、測定対象溶液中で糖、糖アミノ酸、糖ペプチド、糖タンパク質、もしくは糖脂質を構成成分として有する生体分子、または、その誘導体、代謝物、もしくは代謝物中間体を酸化又は還元反応により検出するための電極であることを特徴とする。
また、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、前記カーボン薄膜電極は、スパッタ法において、カーボンターゲットおよび少なくとも2つの金属ターゲットのターゲットパワーをそれぞれ独立して制御することにより基板上に成膜されたカーボン薄膜からなることを特徴とする。
なお、本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極において、上記に記載する各特徴のいずれか二つ以上を組み合わせて有するものも、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態として含まれる。
【0013】
また、本発明の別の態様によれば、本発明は、
溶液中の測定対象物質を測定するための電気化学的測定装置であって、
対電極、及び、上記に記載の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極からなる作用電極を内蔵するセルと、
前記カーボン薄膜電極からなる作用電極に電位を供給する電位変動手段と、
前記カーボン薄膜電極からなる作用電極の電位の変動に伴う電流変化を検出する検出手段と
を備えていることを特徴とする電気化学的測定装置に関する。
【0014】
また、本発明の別の態様によれば、本発明は、
電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の製造方法であって、
前記方法は、スパッタ法により基板上に合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を成膜させる工程において、カーボンターゲットと少なくとも二つの金属ターゲットとのターゲットパワーを独立して制御しながら成膜する工程を含むことを特徴とする製造方法に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、合金ナノ粒子の修飾の工程を経ることなく、生体分子の電気化学測定に優位な合金ナノ粒子を含有するカーボン電極を容易に作製できる。得られる合金ナノ粒子含有カーボン薄膜は、金属成分とカーボン成分を独自に制御して成膜するため、合金ナノ粒子の含有量を再現性良く制御できる。また、少なくとも二種類以上の金属からなる合金ナノ粒子の各金属も独自に制御して成膜するため、合金ナノ粒子内の金属組成比も容易に制御できる。このようにして得られた合金ナノ粒子含有カーボン電極によれば、生体分子の電気化学測定において好適に使用される二種以上の金属からなる合金ナノ粒子を含むため、従来の金属バルク電極や単一金属ナノ粒子含有カーボン電極と比較して優れた電極触媒活性を有する。また、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン電極は、sp
2結合とsp
3結合とが混在する微結晶ドメインで構成され、かつ、二種以上の金属成分が合金ナノ粒子として電極中に存在することで、繰り返しの使用による金属成分の溶出を抑えることができ、より安定した測定を可能とする。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施形態により詳細に説明する。
本発明の電気化学測定用の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極はsp
2結合(グラファイト型構造)とsp
3結合(ダイヤモンド型構造)とが混在する炭素間結合を有する微結晶ドメインから構成されていることを特徴とする。すなわち、sp
2結合から成る微結晶性のドメイン(グラファイト型構造)を、sp
3結合で連結した微結晶性ドメインから構成されている。なお、各微結晶性ドメインのサイズ(長径)は、通常、0.5nm〜100nm程度である。この微結晶ドメインのサイズは、スパッタ法による電極の成膜時における照射イオンの加速電圧を調整することにより制御することが可能である。
【0018】
このような、sp
2結合とsp
3結合とが混在する微結晶ドメインからなるカーボン薄膜電極は、高い導電性を有し、かつ、電気化学的に非可逆な測定対象物質を電極上反応させた後であっても、電極上に測定対象物が実質的に吸着被膜しないことを特徴とする。このカーボン薄膜電極では、ダイヤモンド電極の様にsp
3結合を多数含む微結晶ドメインを含むことにより、従来のグラッシーカーボン電極やグラファイト電極と比較して、安定で広い電位窓を有することを特徴とする。また、sp
2結合を含むことにより、グラファイトに比較すると導電性は低いものの電気化学測定を行うのに十分な導電性を有しており、ダイヤモンド薄膜のようにドーピングを行う必要がない。
【0019】
本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を構成する微結晶ドメインにおいては、sp
3結合している炭素原子数とsp
2結合している炭素原子数との和に対する、sp
3結合している炭素原子数の原子比(sp
3結合の原子数/sp
2結合の原子数+sp
3結合の原子数)は、上述するsp
2結合とsp
3結合とが混在することにより得られる特徴を有する範囲において特に限定されないが、0.1〜0.4の範囲内にあることが好ましい。上記の原子比が0.1〜0.4の範囲内にあると、電位窓がグラファイトカーボン電極やグラッシーカーボン電極に比べて大幅に広く、酸化電位の高い測定対象もより明瞭な電流信号として検出できる。この場合、電位窓を、従来のグラファイトカーボン電極やグラッシーカーボン電極に比べて正方向および負方向にそれぞれ約±200mV以上広くすることができる。
【0020】
なお、炭素間においてsp
2結合とsp
3結合とに関する上記原子比についての割合は、成膜時に照射される照射イオンの加速電圧を調整することにより適宜制御することが可能である。イオン加速電圧は、基板にRFまたはDCバイアスを印加し、バイアス電圧を調節することにより制御することが可能である。イオン加速電圧を20Vから150Vまで変化させた場合、150Vにおいてsp
3結合の割合が最も高かった。従って、当業者であれば、上記の記載する好ましい原子比となるように、照射イオンの加速電圧を適宜調整することができる。
【0021】
sp
2結合とsp
3結合とに関する上記原子比は、X線光電子分光分析(XPS)により測定することができる。すなわち、XPSにより結合エネルギー(eV)と強度(CPS)を測定し、結合エネルギー(eV)を横軸に、強度(CPS)を縦軸にプロットする。sp
3結合を表す曲線は、285.3eVに、sp
2結合を表す曲線は、284.3eVにピークを持つ。これらのピーク高さの比をとることによりsp
3結合/sp
2結合を算出することができ、これから上記の原子比(sp
3結合の原子数/sp
2結合の原子数+sp
3結合の原子数)を算出することができる。
【0022】
このように、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極は上記の構成でカーボンを含むため、例えば、測定対象物の1つである糖化合物の反応酸化物等の電極への吸着の影響を受けにくい性質を有する。ここで、腸疾患糖マーカーを含め、一般に糖分析では、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)−電気化学検出法などのフロー分析により分離・検出されるため、検出器に用いられる電極には高い感度および測定安定性が求められる。しかしながら従来のHPLC−電気化学検出法では、電極上に糖酸化物が強く吸着し検出感度が減少する。このため電極に多段階のパルス電位を加えて糖類の測定と吸着物の洗浄除去と電極再生を行う手法が使用されている(パルスアンペロメトリー法)。
これに対し、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極は、酸化しにくい糖マーカーを、パルス法を用いず定電位で計測可能なものである。このため本発明の電極は簡易な測定手法で、感度・安定性ともに高い測定要求を満たすことが可能である。
【0023】
また、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極は、当該電極におけるsp
2結合とsp
3結合が混在した微結晶ドメイン中に合金ナノ粒子を含有することを特徴とする。ここで、合金ナノ粒子とは、各種スパッタ法により基板にスパッタされた二種以上の金属原子から構成されるナノ粒子をいう。合金ナノ粒子を構成する金属元素としては、電極触媒活性の高い、銅、ニッケル、白金、金、銀、パラジウム、コバルト、イリジウム、マンガン、および、チタンなどが挙げられるが、これらに限定されない。合金を構成する金属の数は、二種以上であれば三種でも四種でも、それ以上の組み合わせでもよいが、好ましくは二種である。二種の金属の組み合わせとしては、例えば、銅、ニッケル、白金、金、銀、パラジウム、コバルト、イリジウム、マンガン、および、チタンからなる九つの元素の群より選択される二種の金属元素からなる組み合わせ(すなわち、36通りの組み合わせ)を挙げることができる。より具体的には、パラジウム(Pd)−ニッケル(Ni)、ニッケル(Ni)−チタン(Ti)、パラジウム(Pd)−白金(Pt)、パラジウム(Pd)−金(Au)、白金(Pt)−イリジウム(Ir)、パラジウム(Pd)−コバルト(Co)等を挙げることができる。しかしながら、二種の金属の組み合わせは上記に限定されない。当業者であれば、測定対象物質に応じて、適宜好ましい金属元素の組み合わせを選択することができる。
このように、本発明のカーボン薄膜電極は、少なくとも二種の金属元素からなる合金ナノ粒子を含むため、測定対象物質に対する優れた電極触媒活性を有する。本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極は、金属バルク電極と比べて好ましくは2倍以上の触媒活性を有し、より好ましくは4倍以上、さらに好ましくは9倍以上の触媒活性を有する。また、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極は、単一金属ナノ粒子含有カーボン薄膜電極と比べて、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上、さらに好ましくは4倍以上の触媒活性を有する。
【0024】
なお、従来のスパッタ法による金属ナノ粒子含有カーボン電極の製造方法においては、1つのカーボンターゲット上に金属ターゲットを配置していたため同じ電圧が付加され、スパッタ速度の速い金属がカーボンに先行してスパッタされてしまうことにより、電極中の金属ナノ粒子の導入量の制御と電極内の分布に偏りが生じる課題を有していた。しかしながら、本発明のカーボン薄膜電極の製造方法によれば、炭素成分と二種以上の金属成分のターゲットパワーを独立して制御することにより、カーボン薄膜電極中に二種以上の金属成分からなる合金ナノ粒子を所望の含有量で、かつ、ナノ粒子の状態で均一に分布させることが可能となった。このように、合金ナノ粒子が電極中に均一に分布している電極は、安定な埋め込み構造と高い電極活性の実現の点において好ましい。
特に、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極は、高い濃度で合金ナノ粒子を含有させた場合においても、電極中に均一に合金ナノ粒子が分布した電極を得ることができるという点において、好ましい特徴を有する。
【0025】
また、本発明の合金ナノ粒子を含むカーボン薄膜電極において、カーボン薄膜電極の表面付近に存在する合金ナノ粒子は、その一部が表面に露出する形でカーボン薄膜電極に埋め込まれた構造であることを特徴とする。すなわち、表面付近に存在する合金ナノ粒子は、カーボン薄膜電極を構成する微結晶ドメイン中に部分的に埋没し、部分的に電極表面に露出している状態となる。このように配置される合金ナノ粒子は、特に、電着等により電極表面を覆うように付着された金属の膜を有する電極と比べて構造的に区別される。そして、合金ナノ粒子の少なくとも一部が表面に露出する形で電極に埋め込まれた構造を有するカーボン薄膜電極は、対象物質検出に対する高感度を維持したままでの長時間の使用に耐えうる高い安定性を有している。
【0026】
本発明のカーボン薄膜電極に含まれる合金ナノ粒子の粒径は、7nm以下であることが好ましい。合金ナノ粒子が7nm以下であると、カーボン薄膜電極表面への合金ナノ粒子の安定的な埋め込み構造となり好ましい。特に、前記効果の観点において、合金ナノ粒子の粒径は、5nm以下であることがより好ましく、3nm以下であることがさらに好ましい。なお、合金ナノ粒子の粒径が7nmを超えると、合金ナノ粒子が安定的に分散して埋め込まれている構造を維持できなくなり、徐々にバルク金属電極の特性に近くなる。すなわち電極としての信号が不安定でかつノイズが大きくなり好ましくない。
なお、合金ナノ粒子の粒径は、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)により観測することが可能である。
【0027】
また、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極中に含まれる合金ナノ粒子の含有量は、10〜20at%の範囲内であることが好ましい。合金ナノ粒子の含有量が、10〜20at%の範囲内にあることにより、測定対象物質の検出を高感度かつ安定的に行うことができ好ましい。特に、前記効果の観点において、合金ナノ粒子の含有量は、12〜20at%の範囲内にあることがより好ましい。なお、合金ナノ粒子の含有量が10at%よりも小さいと測定対象物質に対する感度が低くなり、合金ナノ粒子の含有量が20at%よりも大きいとカーボン成分に由来する低ノイズ性がなくなり、さらには金属電極と類似の測定安定性が低下する結果となり好ましくない。
ここで、本明細書中、合金ナノ粒子の含有量という場合には、電極中に存在する合金ナノ粒子の含有量の総量を指す。なお、本発明の電極中に存在する金属成分は、下記実施例2において示されるように、全ての金属成分が合金ナノ粒子の状態で存在しており、すなわち、合金ナノ粒子の含有量は、電極中に含有される合金の総金属元素濃度で表すことができる。
【0028】
なお、従来、スパッタ法により金属成分をナノ粒子としてカーボン薄膜電極中に含有させた場合には(例えば、特開2003−121407号公報(特許文献5))、10at%を超える濃度で金属成分のナノ粒子を電極中に含有させることができなかった。しかしながら、本発明のカーボン薄膜電極中に含まれる合金ナノ粒子の含有量は、スパッタ法により電極を製造する際にカーボンターゲットと金属ターゲットとのターゲットパワーをそれぞれ独立して制御することで、カーボン薄膜電極中の合金ナノ粒子の含有量を制御することができ、上記で特定した好ましい範囲の合金ナノ粒子の含有量へも制御を可能とする。なお、例えば、アンバランスドマグネトロン(UBM)スパッタリング法において合金ナノ粒子の濃度を10〜20at%とするためには、例えば、カーボンターゲットのパワーを400Wに対して各金属ターゲットのターゲットパワーを8〜200Wに調整することにより制御可能である。当業者であれば、合金ナノ粒子の濃度が10〜20at%となるように、スパッタ装置に独立して配置される各ターゲットパワーを適宜調整することが可能である。
カーボン薄膜電極中に含まれる合金ナノ粒子の含有量は、例えば、下記の実施例2において記載するように、X線電子分光法(XPS法)により測定することが可能である。より具体的には、合金ナノ粒子の含有量(総金属元素濃度)は、例えば、二種の金属成分(ニッケル(Ni)と銅(Cu))からなる合金ナノ粒子がカーボン電極中に存在する場合、XPS測定により求めたニッケル(at%)と銅(at%)の和より算出することができる。
【0029】
また、少なくとも二種類以上の金属からなる合金ナノ粒子の各金属組成も独自に制御して成膜することにより、合金ナノ粒子内の金属組成比も容易に制御できる。金属組成比は、使用する金属の組み合わせや測定対象物質により異なるため、当業者は適宜好ましい金属組成比を設定することができる。例えば、二種の金属(金属aと金属b)からなる合金ナノ粒子の場合には金属aと金属bとの組成比は、95:5〜5:95の範囲内とすることができる。三種の金属(金属a、金属b、金属c)からなる合金ナノ粒子の場合には、金属a、金属b、金属cの比は、5:5:90〜5:90:5〜90:5:5とすることができる(すなわち、各金属ごとに、5〜90%の割合で金属組成比を構成することができる)。また、具体的には、ニッケル(Ni)と銅(Cu)とを使用して合金ナノ粒子含有カーボン電極を作成する場合には、上記の範囲内で製造することができるが、Ni:Cu=40:60〜65:35とすることがより好ましい。
なお、本発明のカーボン薄膜電極中の合金ナノ粒子を構成する各金属元素濃度はX線光電子分光法(XPS)を用いて評価可能であり、これにより金属組成比(金属元素濃度比)を求めることができる。より具体的には、合金ナノ粒子を構成する金属組成比は、例えば、二種の金属成分(ニッケル(Ni)と銅(Cu))からなる合金ナノ粒子がカーボン電極中に存在する場合、XPS測定により求めたニッケル(at%)と銅(at%)の各金属元素濃度比(Ni元素/(Ni元素+Cu元素)、Cu元素/(Ni元素+Cu元素))を算出することにより、金属組成比を導くことができる。
【0030】
また、合金ナノ粒子間には、上述のTEM像において明瞭なカーボンの格子像が観察され、微結晶ドメインも形成していることが望ましい。この、カーボンの格子像は導電性のsp
2結合に由来しており、電極として使用するに十分な導電性を有する。さらに、導電性は極めて低いが高い強度をもたらすsp
3結合に由来する成分もカーボン中に導入されることによって、電極として使用するのに十分な強度化学的安定性を有する。
【0031】
なお、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の膜厚は、特に限定されないが、20〜200nm程度が十分な導電性を確保し、所望の特性を得る観点から好ましい。
【0032】
また、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一実施の形態においては、その電極表面の合金ナノ粒子表面上に水酸基を導入させることができる。すなわち、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン電極は製造された時点においてその合金ナノ粒子の表面上に水酸基を有しているが、下記に示す方法等を用いることで、合金ナノ粒子の表面上にさらに水酸基を導入することが可能となる。そして、合金ナノ粒子表面に水酸基を付加することにより、電極触媒活性を向上させ、生体分子糖化合物等の検出を高感度に行うことができる。水酸基の導入は、水銀ランプを用いた紫外線照射(UV/O
3処理)、エキシマ/オゾン法、または、大気圧プラズマ法等により合金ナノ粒子表面上に付加することが可能である。例えば、CuおよびNiの合金ナノ粒子を含むカーボン電極表面上に水酸基を導入する場合には、スパッタ法により製造された当該電極に対して低圧水銀ランプを距離5mmまで近接させ、大気下にて紫外線を300秒照射することにより、合金ナノ粒子表面上に水酸基を10%程度(合金ナノ粒子表面上の水酸基結合の割合の増加量)さらに付加することが可能である。合金ナノ粒子表面上の水酸基結合の割合は、電極表面における全金属結合種のうち水酸基と金属とが結合している結合種の割合として算出することができる。測定対象物質の検出を高感度かつ安定的に行うという観点からは、全金属結合種のうち20〜40%の範囲内の割合で水酸基と金属との結合種を有することが好ましい。20%より少ないと所望の電極触媒活性効果を得ることができず、50%を超えるとバックグラウンド電流が急増し、好ましくない。なお、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極における合金ナノ粒子表面に対して水酸基を導入した場合、好ましくは2倍以上の電極触媒活性を得ることができる。
電極表面における全金属結合種のうち、水酸基と金属との結合種の割合は、過去の解析方法(例えば、非特許文献4および5)にならい、XPS測定結果より算出することができる。より具体的には、ニッケルと銅とから構成される合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極上において、水酸基と金属との結合種の割合を算出するには、まず、「各金属に対する水酸基の結合種の割合」を求める(例えば、銅であれば、Cuと水酸基との結合種の数/Cuとの全結合種の数×100)。次に、前記で求めた「各金属に対する水酸基の結合種の割合」に各金属組成比の割合(Ni/Cu=2/1であれば、Cuの金属組成比の割合は1/3)を乗じ、得られた各金属ごとの値の和を求めることで算出することができる。そして、当業者であれば、所望の割合で水酸基を合金ナノ粒子表面に付加するために、適宜水酸基の導入条件を設定することができる。
なお、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極は金属成分がナノ粒子として電極中に存在するため、金属成分がナノ粒子の状態で存在しない電極と比べて金属成分の表面積が増大し、水酸基の導入効率が向上していると推定される。
【0033】
次に、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を製造可能なスパッタ装置について説明する。以下では、本発明の一実施の形態である、二種の金属を含む合金ナノ粒子を含有するカーボン薄膜電極を製造可能なスパッタ装置の説明をする。
図1は、当該スパッタ装置の概略図を示す。当該装置において、ターゲットであるカーボンターゲット2と金属ターゲット3a,bとは独立して配置され、それぞれのターゲットが基板1上の一点に対して一極集中してスパッタされるように配置されている。これにより各ターゲットより炭素成分または二種の金属成分が基板1上へ一極集中するようにスパッタされ、基板1上に形成される薄膜中には、合金ナノ粒子とカーボンとを均一な状態で分布させることができる。その際、カーボンターゲット2と金属ターゲット3a,bのターゲットパワーは独立して制御しながら成膜する必要がある。そのため、各ターゲットパワーはそれぞれ別電源で制御を行うことが好ましいが、このような形態に限定されない。
【0034】
なお、カーボンターゲット2と金属ターゲット3a,bとの配置は、以下に記載の形態に限定されないが、
図1に示すように、基板1の平面に対向するようにカーボンターゲット2を配置し、かつ、カーボンターゲット2から距離を離した場所に、基板1上へ金属がスパッタされるように角度をつけて、二つの金属ターゲット3a,bをそれぞれ配置することができる。または、
図1に示されるカーボンターゲット2と金属ターゲット3a,bのいずれかは互いに配置場所を入れ替えて配置してもよい。その他の形態として、カーボンターゲット2と二つの金属ターゲット3a,bとの三つのターゲット全てを、基板1の平面に対して角度をつけて配置することもできる。このように、カーボンターゲット2および金属ターゲット3a,bの配置場所は所望の特性を有する電極が得られる限りにおいて、特に限定されない。また、三種や四種、それ以上の金属の組み合わせを使用する場合には、各金属が基板1へ一極集中してスパッタされるように、各金属ターゲットを独立して制御可能に配置してやればよい。
【0035】
基板−ターゲットの距離間は、従来の装置と同じ様に調整することができる。このとき、基板−ターゲットの距離間は、カーボンターゲット2と金属ターゲット3a,bとで同じであることが好ましいが、異なっていても良い。カーボンターゲット2と金属ターゲット3a,bとの距離間や基板1の平面に対する傾きの程度についても、所望の特性を有する電極が作製される限りにおいて特に限定されない。このようなスパッタ装置の構成により、電極中に存在する合金ナノ粒子の分布が均一な合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を得ることができる。また、このような構成を有するスパッタ装置を用いた製造方法によれば、合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極における合金ナノ粒子の含有量を高い濃度においても制御可能となる。
【0036】
本発明におけるカーボン薄膜電極は、上記するような、カーボンターゲットと複数の金属ターゲットのターゲットパワーを独立して制御可能なスパッタ装置を用いたスパッタ法であれば製造することが可能である。それぞれの使用用途に応じて選択した基板に対してスパッタ法によってカーボンと合金ナノ粒子を同時に堆積することによって作製することができる。そのような形成方法としては、好適にはUBMスパッタ法が挙げられるが、マグネトロンスパッタ法、RFスパッタ法、DCスパッタ法、ECRスパッタ法又はイオンビームスパッタ法を用いることができる。当業者であれば各スパッタ法において、本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の作製条件を、公知の文献(例えば、特開2003−121407、特開2006−90875等)を参照して適宜設定することができる。
【0037】
下記に記載する条件に限定されないが、例えば、UBMスパッタ法を用いて本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を製造する際には、スパッタガスとして、アルゴンガス等の希ガス類を使用することができ、スパッタガスのガス圧は、0.1〜10Paとすることができる。カーボンターゲットには、焼結カーボン(C)を使用することができ、金属ターゲットには、使用する金属を使用する。基板の加熱は、室温〜200℃とすることができ、好ましくは加熱を行わず室温とすることができる。カーボンターゲットのターゲットパワーは、100〜500Wとすることができ、各金属ターゲットのターゲットパワーは、8〜200Wとすることができる。合金ナノ粒子の含有量を増したいときには、金属ターゲットのターゲットパワーをカーボンターゲットのターゲットパワーに対して相対的に上げればよく、合金ナノ粒子の含有量を減らしたいときには、金属ターゲットのターゲットパワーをカーボンターゲットのターゲットパワーに対して相対的に下げれば良い。また、合金ナノ粒子中の金属元素の組成比を制御するには、組成比を増やしたい金属ターゲットのターゲットパワーを相対的に上げればよく、また、組成比を少なくしたい金属ターゲットのターゲットパワーを相対的に下げればよい。
【0038】
基板としては、例えば、導電性基板であれば、シリコン基板中にボロンなどの不純物をドープしたシリコン単結晶ウエハや金属基板が使用され、絶縁基板であれば、ガラスやポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリル樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂、エポキシ樹脂、オレフィン樹脂等の各種高分子も使用することができる。
【0039】
本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極は、測定対象溶液中で糖、糖アミノ酸、糖ペプチド、糖タンパク質、もしくは糖脂質を構成成分として有する生体分子、またはその誘導体、代謝物、もしくは代謝物中間体などを酸化又は還元反応によりにより検出するものである。より具体的には、測定される対象物質としては、バイオセンサーの分野で重要な、グルコース、D-マンニトール、ラクツロース、L-ラムノース、3-O-メチル-D-グルコース、D-キシロースなどが挙げられる。また、測定対象物質としては、生体分子に限られず、合金ナノ粒子に触媒活性を有することが知られているハロゲンガス、メタノールなどのアルコール類も挙げることができる。
【0040】
本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を用いて電気化学測定を行う場合、サイクリックボルタンメトリー、定電位アンペロメトリー、スクウェアウェイブ(矩形波)ボルタンメトリー、デイファレンシャル(微分)パルスボルタンメトリー、ノーマルパルスボルタンメトリー、交流ボルタンメトリー等の公知の手法が適宜使用可能である。各電気化学測定法において本発明の合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を使用する場合、当業者であれば公知の条件を基に適宜測定条件を設定し、実施することができる。
【0041】
本発明によれば、合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を用いた電気化学測定法に使用するための装置を提供する。一実施の形態として、糖マーカーの定量を行う装置の場合には、糖マーカーの測定を安定かつ感度良く行うことができる電極を備えている電気化学セルを具有していることが好ましい。
さらには、測定溶液、電流-電位測定装置等、本発明の測定系を構築するための部材あるいは試薬等を組み合わせて測定キットとしてもよい。
また、より迅速かつ多検体処理が可能なフローセルや夾雑物を除去するための前処理装置などを組み合わせる事によって、フローインジェクション分析(FIA)や高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などのオンライン測定装置としてもよい。さらには、マイクロフローセル等を用いる事によって、オンサイト分析装置としてもよい。
【0042】
本明細書に用いられる用語は、異なる定義が無い限り、本発明が属する技術の当業者によって広く理解されるのと同じ意味を有する。
ここに用いられる用語は、異なる定義が明示されていない限り、本明細書及び関連技術分野における意味と整合的な意味を有するものとして解釈されるべきであり、理想化され、又は、過度に形式的な意味において解釈されるべきではない。
【0043】
以下、本発明について実施例及び比較例を用いて詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、電気化学的な測定法として下記ではサイクリックボルタンメトリー、ならびに定電位アンペロメトリーによる実施例を示すが、その他にも、スクウェアウェイブ(矩形波)ボルタンメトリー、デイファレンシャル(微分)パルスボルタンメトリー、ノーマルパルスボルタンメトリー、交流ボルタンメトリー、等の手法が適宜使用可能である。
【実施例】
【0044】
<実施例1> 合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の作製
本発明の一実施の形態に関わる合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極をUBMスパッタ装置を用いてシリコンウエハー(サイズ:2〜3インチ)上に形成する方法について説明する。UBMスパッタ装置としては、カーボンターゲットおよび2つの金属ターゲットが
図1に示す配置で備えられた装置を用いた。ここでは、スパッタガスとしてアルゴン(Ar)を、ターゲットには焼結カーボン(C)とニッケル(Ni)と銅(Cu)を用い、スパッタガスのガス圧は、0.6Paとした。薄膜形成中は基板加熱を行わず室温とした。ターゲットパワーは、カーボンターゲットは400W、NiターゲットとCuターゲットはそれぞれ5〜100Wに調整し、イオン加速電圧は20Vとした。この際、NiターゲットとCuターゲットのターゲットパワーを変化することにより、カーボン電極中の合金ナノ粒子の含有量と合金ナノ粒子を構成する金属組成を制御した。
【0045】
<実施例2> 合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の表面特性評価
次に、実施例1で製造した合金ナノ粒子含有カーボン電極における合金ナノ粒子の粒径、ならびに合金ナノ粒子の含有量とカーボンの結合状態を透過型電子顕微鏡(TEM、日立製作所)とX線光電子分光法(XPS、島津製作所)を用いて観測した。
図2に示した様に、TEMによる観察から、形成したいずれの合金ナノ粒子含有UBMカーボン電極中にも、合金ナノ粒子がカーボンの微結晶ドメイン中に粒径5nm程度で分散していた。また、XPS測定の結果、カーボンの結合状態については、いずれの電極においても、炭素間のsp
2結合している原子数とsp
3結合している原子数との和に対するsp
3結合している原子数の原子比が約0.2であった。
さらに、XPS測定より電極中の合金ナノ粒子の含有量は13.4〜18.6at%程度であった。また、各金属元素の組成比はNi:Cu=16:84〜95:5であった。
なお、実施例1で製造した合金ナノ粒子含有カーボン電極のうちの4つの製造例に関して、ターゲットパワーと製造された電極中の合金ナノ粒子含有量および合金ナノ粒子の金属組成比についての結果を下記表1に示す。
【表1】
なお、上記で作製したNi/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の一つについて、その断面を走査型透過電子顕微鏡(STEM:Scanning transmission electron microscope)により撮影した。
図3に、得られた薄膜電極の断面像をエネルギー分散型X線分析(EDS:Energy-Dispersive-Spectroscopy)によりニッケル(Ni)と銅(Cu)との元素ごとにイメージングした画像を示す。
図3(a)はニッケルの分布を示し、
図3(b)は銅の分布を示す。
図3(a)および(b)は、当該電極における同一箇所の断面像を示すが、ニッケルと銅とは、共に重なるように電極中に分布していた。これは、全てのニッケルおよび銅は、電極中において合金ナノ粒子の状態で存在していることを示す。
【0046】
<実施例3> Ni/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の電極特性評価
カーボンターゲットは400W、Niターゲットは69W、Cuターゲットは13Wにそれぞれ調整した以外は、実施例1と同様にしてNi/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を作製した。作製されたNi/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の合金ナノ粒子の含有量は14.0at%であり、金属組成比(Ni/Cu)は、61:39であった。この電極上に電極直径が2mmの穴を開けた絶縁テープを貼り付けて、電極面積が既知のカーボン薄膜電極とした。このカーボン薄膜電極を、作用電極としてポテンシオスタット(CHIインスツルメンツ社製、ALS760)に接続し、濃度0.1mol/L水酸化ナトリウム水溶液に挿入浸漬した。同様に、参照電極(Ag/AgCl)、対極(Pt)を当該ポテンシオスタットに接続し、水酸化ナトリウム水溶液中に挿入浸漬した。次いで、測定対象物であるD-マンニトールを濃度が1mmol/Lになるように添加し、作用電極の電位を0〜0.7Vの範囲で走査速度100mV/sで変化させサイクリックボルタンメトリー(CV)測定を行った。また、測定対象物として、D-キシロース、L-ラムノース、および、ラクツロースのそれぞれについても、上記の条件と同様にしてCV測定を行った。なお、各測定対象物質は、濃度が1mmol/Lとなるように水酸化ナトリウム水溶液中に添加した。CV測定により得られた電流値を、使用した電極の単位金属量のシグナルに換算し、バックグラウンド電流に対する当該シグナル比を求め各々の糖化合物に対する電極活性として示したものが
図4である。この際、Ni/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極との比較のために、単一金属ナノ粒子からなるNiナノ粒子含有カーボン薄膜電極(Ni含有量:18.2at%)、Cuナノ粒子含有カーボン薄膜電極(Cu含有量:12.2at%)、ならびにNi、Cuバルク電極を作製し、同様の測定も併せて行った。なお、Niナノ粒子含有カーボン薄膜電極およびCuナノ粒子含有カーボン薄膜電極は、金属ターゲットとカーボンターゲットのターゲットパワーを独立して制御可能なスパッタ装置を用いて製造した。Niナノ粒子含有カーボン薄膜電極はカーボンターゲットパワーを400W、かつ、ニッケルターゲットパワーを139Wとして成膜し、Cuナノ粒子含有カーボン薄膜電極はカーボンターゲットパワーを400W、かつ、銅ターゲットパワーを27Wとして成膜した。また、Ni、Cuバルク電極のターゲットパワーは、それぞれ30Wで成膜した。
【0047】
図4から明らかなように、Cu、Niバルク電極では、電極活性はわずかしか観測されず、いずれの糖化合物も酸化されにくいことを示している。一方、単一の金属ナノ粒子を含有するカーボン薄膜電極では、金属バルク電極と比較して、最大で約4倍程度まで電極活性が向上した。Ni/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極では、いずれの糖化合物に対してもさらに電極活性が向上していることが明らかであり、金属バルク電極と比べて最大で約9倍、単一金属ナノ粒子含有カーボン薄膜電極と比べて最大で約3倍の電極活性を示した。すなわち、合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極上では比較の金属バルク電極、単一金属ナノ粒子よりも糖化合物に対する電極触媒活性が高いことが明らかとなった。
【0048】
<実施例4> Ni/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極の測定安定性の評価
実施例3に記載の方法と同様にして作製されたNi/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極をウォールジェット型フローセルに組み込み、モーター駆動型プランジャーポンプにより流速0.2mL/minで送液を行い、銀/塩化銀電極に対して0.65Vの定電位を印加した(定電位アンペロメトリー)。測定結果を
図5に示す。1mmol/Lマンニトールを20μL注入するとシャープな酸化電流が得られた。10回の繰り返しの測定にも電流の減少はほとんど見られない再現性の高い測定結果が得られ、その変動係数は0.8%と極めて低い値を示した。一方で、比較のため、カーボンを含まないNi/Cu合金電極を作製した。なお、Ni/Cu合金電極は、各金属ターゲットのターゲットパワーを独立して制御可能なスパッタ装置を用いて成膜し、Niターゲットは165W、Cuターゲットは75Wにそれぞれ調整して作製した。作製されたNi/Cu合金電極(金属組成比(Ni/Cu)は、48:52)についても同様の測定を行ったところ、測定の回数を経ることに測定される電流密度に減少が見られ、変動係数は3.7%であった。以上の結果から、Ni/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極中のカーボン成分は、糖化合物の反応酸化物の吸着の影響を受けにくい性質を示すことに寄与していることが明らかである。
【0049】
<実施例5> Ni/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極表面への水酸基導入とのその電極特性評価
Ni/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極表面に、低圧水銀ランプを距離5mmまで近接させ、大気下にて紫外線を300秒照射した(UV/O
3処理)。UV/O
3処理前後におけるNi/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極表面のCuとNi成分のXPS結果を
図6に示す。なお、
図6Aは、Cu成分についての結果を示し、
図6BはNi成分についての結果を示す。
図6A、B中、aはUV/O
3処理前、bはUV/O
3処理後の結果をそれぞれ示す。UV/O
3処理により、Ni、Cu両元素のスペクトルのピークが高結合エネルギー側にシフトした。これは表面に水酸基が導入されたことを示している。XPSの結果に基づき解析した結果、合金ナノ粒子の表面水酸基の割合は30%であった。このUV/O
3処理されたNi/Cu合金ナノ粒子含有カーボン薄膜電極を用い、実施例3に記載の条件と同様にして、1mmol/LのD-マンニトール、D-キシロース、L-ラムノース、もしくは、ラクツロースの電気化学測定を行った結果を
図7に示す。
図7から明らかなように、UV/O
3処理を施したNi/Cu合金ナノ粒子カーボン薄膜電極では得られるシグナルがおよそ2.0〜2.4倍に向上した。その際、バックグラウンド電流の大きさには変化がなかった。したがって、UV/O
3処理により合金ナノ粒子が酸化され、糖酸化に対する電極触媒活性が向上したと考えられる。