(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、脳科学の進歩により、人の思考や行動と脳活動との関係性について様々な研究がなされている。脳活動などの生体信号に着目して外部機器を制御したり、他者に意思を伝達したりするBrain−Machine Interface(BMI)技術が注目されている。
【0003】
例えば、消費者行動と関係した脳活動を機能的MRI(fMRI)等の装置を使って調べるニューロマーケティングという研究がある。fMRIの装置を用いた脳活動計測実験によって、嗜好性やブランド意識に関する脳部位を同定し、また脳活動の差を調べた研究が知られている(非特許文献1参照)。
【0004】
本発明者は、動物の脳内に設置した電極による単一ニューロンの活動電位の細胞外記録という計測手法とニューロン集団活動のシミュレーションによって、複数の外部刺激(実験条件)が脳内でどのような関係性があると表現されているかを低次元の空間情報として推定できることを示した(非特許文献2参照)。しかしながら、脳活動についてはまだまだ未知な部分が多く、またその計測方法には制約がある。
【0005】
また、本発明者は、仮想意思決定関数を提案し、その計算方法を示した(非特許文献3参照)。非特許文献3には、単一ニューロン活動を例にとって神経活動から二者択一の行動予測方法を示している。
【0006】
また、本発明者は、脳活動の解析により意思を伝達できる意思伝達支援装置及び方法を提案した(特許文献1、2参照)。特許文献1、2の技術により、例えば、発話や書字の困難な運動障害者、手足等による各種機器の入力操作が困難な重度の運動障害者のために、意思伝達を支援できる。特に、介護福祉機器の開発分野においては、老人や病人等は複雑な入力操作が不可能であり、操作法を習得するのに訓練を要したり、習得自体が困難なことがある。特許文献1、2の技術では、特別な操作を必要としないで直接的に意思を伝えることを実現した。また、特許文献1、2の装置により、発話障害のある患者や老人にとって、基本的な身の回りの介護や気持ち等の意思を、より簡単に介助者に伝えることを可能にした。
【0007】
また、本発明者は、健常者を含めた一般の被験者を対象として、脳波解析により脳内情報表現を地図的に示す手法を提案した(特許文献3参照)。また、本発明者は、脳波解析により、調査対象物を序列化する装置及び方法を提案した(特許文献4参照)。特許文献4の技術によれば、調査対象物の序列化により、顕在意識と潜在意識の両方を含んだ脳活動の情報を順位を付けて序列化することができ、マーケティング調査等に有効である。
【0008】
先行文献調査をしたところ、被験者に刺激を与えるステップと、刺激による神経活動実行中の脳波反応をモニタリングするステップとから被験者の神経機能の状態を特徴付けることが提案され、脳波反応を、他の被験者や被験者群の結果又は異なる条件下に同一被験者より得た結果と比較することが提案されている(特許文献5参照)。また、被験者の周囲の環境において定常状態を逸脱する変化が生じたことによる刺激が被験者に与えられたか否かを判定する環境変化判定部を設け、刺激が与えられたと判定された場合に、刺激に対応する事象関連電位を検出し、該電位から得られた特徴量に基づいて被験者の集中の度合いを表す値を算出する技術が、提案されている(特許文献6参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来技術の特許文献1や2では、脳波データを解析することにより、脳内における意思決定を解読するために、高速で高精度で解読できることを解決課題としていた。
【0012】
本発明者が既に提案した特許文献1について、以下に詳しく説明する。
【0013】
特許文献1は、それ以前に意思伝達に関する研究で提案されている装置では、脳波等の生体情報を測定するには、ノイズが大きく、正解の確率が低く、判定まで時間がかかるという問題を、解決する技術である。特に、特許文献1は、脳内意思を誤判定なく短時間で判別すること、操作者が脳で考えることでリアルタイムに機器を直接操作すること、発話障害のある患者や老人が、基本的な身の回りの介護や気持ち等の意思を、より簡単に直接的に介助者に伝えることを可能とする技術である。
【0014】
特許文献1は、本発明者が従来から研究開発している「仮想意思決定関数」という、意思決定の脳内過程を定量化する手法により実現したものである。特許文献1では、仮想意思決定関数の概念を大幅に拡張し、脳波計測による意思伝達装置のための脳内意思解読手法として活用したものである。また、予測確率が十分高まれば脳波解読を打ち切って答えを出す手法を提案したものである。
【0015】
特許文献1の意思伝達支援装置は、刺激を提示する装置と、該装置による刺激提示後の脳波を計測する脳波計からの脳波データを処理する処理装置とからなり、該処理装置は、該脳波データを解析して得た判別関数と成功率とに基づいて、特定の意思決定が脳内でなされたと判断することを特徴とする。また、上記脳波データを解析して得た判別関数による累積判別得点と成功率との積に基づいて、該積が閾値を超えた時に、特定の意思決定が脳内でなされたと判断して、判断結果を機器に出力するものである。特許文献1では、脳波計によって測定したデータを解析して得た関数は、多変量解析の関数であり、ロジスティック関数や線形判別分析関数等であり、変数の重み付けは、脳波のチャンネルと刺激提示後の経過時間毎に設定するものであることを示した。また、意思決定として、二者択一の意思決定を利用することが好ましいことを示した。また、事前のシミュレーションによって閾値を適度に調節することにより、予測精度と予測速度に関して、いずれを優先にするかの設定や、双方バランスがとれた設定を選択することができることを示した。
【0016】
特許文献1は、脳内の意思をリアルタイムで解読し、意思伝達を支援することができる技術であり、成功率は、改良された仮想意思決定関数を作成するための数値として使用されていた。
【0017】
本発明者は、脳活動情報の解読について鋭意研究する過程において、発話や書字が困難であったり、手足等による各種機器の入力操作が困難な重度運動障害者・患者・老人等の中には、運動機能だけでなく、認知機能が障害されている場合もあり、その場合は装置をうまく使用することができないという問題があることに着目した。
【0018】
例えば、特許文献1のような装置によって脳波による意思決定を解読する際には、装置の使用にあたり、ある程度の認知機能が保持されている必要があり、認知機能の障害の有無や程度を確認する必要がある。
【0019】
健常者では、目や耳を介して各種の感覚(視覚、聴覚、味覚、触覚・・・)に刺激を受けると、その刺激に係る認知機能が働き、認知機能に対応して、手足を動かしたり発話や書字の運動機能が働く。従来から、認知機能に障害があるか否かに関しては、認知課題を遂行させる等の検査手法が知られている。しかし、発話や書字が困難な、重篤な運動機能障害がある場合、既存の認知機能評価法の使用が困難な場合が少なくない。
【0020】
本発明は、これらの問題を解決しようとするものであり、認知機能を評価することを目的とするものである。本発明は、脳波による意思伝達支援装置を使用する際の準備段階として、操作者の認知機能を評価することを、目的の1つとする。また、本発明は、脳波による意思伝達支援装置を使用するかしないかに係わらず、被験者の認知機能を検査し評価することを目的の1つとする。また、本発明は、運動障害者のみでなく、運動に問題のない人も含めて、生理学的データに基づいた認知機能評価を実現することを目的の1つとする。また、本発明は、脳波により認知機能を評価することにより、認知機能障害の早期発見、認知機能の訓練、向上を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、前記目的を達成するために、以下の特徴を有する。
【0022】
本発明の装置は、認知機能を評価する装置であって、標的及び非標的からなる複数の刺激事象により生起される脳波を分析処理して、当該複数の刺激事象のうちから標的として選択された刺激事象を推定して、判別得点又は解読精度を求め、前記判別得点、前記解読精度、いずれかの時間経過、及び解読速度のうちの1つ以上の値に基づいて認知機能を評価する処理部を備えることを特徴とする。また、本発明の装置は、刺激事象間の識別の難易度が異なる、少なくとも2つ以上の刺激事象群について、標的及び非標的からなる複数の刺激事象により生起される脳波を分析処理して、当該複数の刺激事象のうちから標的として選択された刺激事象を推定して、異なる難易度毎の判別得点又は解読精度を求め、前記判別得点、前記解読精度、いずれかの時間経過、及び解読速度のうちの1つ以上と、前記難易度との関連に基づいて認知機能を評価する処理部を備えることを特徴とする。
【0023】
本発明の方法は、認知機能評価方法であって、標的及び非標的からなる複数の刺激事象により生起される脳波を分析して、当該複数の刺激事象のうちから標的として選択された刺激事象を推定して、判別得点又は解読精度を求め、前記判別得点、前記解読精度、いずれかの時間経過、及び解読速度のうちの1つ以上の値に基づいて、認知機能を評価することを特徴とする。また、本発明の方法は、刺激事象間の識別の難易度が異なる、少なくとも2つ以上の刺激事象群について、標的及び非標的からなる複数の刺激事象により生起される脳波を分析して、当該複数の刺激事象のうちから標的として選択された刺激事象を推定して、異なる難易度毎の判別得点又は解読精度を求め、前記判別得点、前記解読精度、いずれかの時間経過、解読速度のうちの1つ以上と、前記難易度との関連に基づいて認知機能を評価することを特徴とする。例えば、刺激事象の画像に画像加工を施して、前記刺激事象間の識別の難易度を変更することができる。
【0024】
本発明のシステムは、刺激を提示する刺激提示装置と、脳波計と、該脳波計からの脳波データを処理する処理装置とを備える認知機能を評価するシステムであって、前記刺激提示装置は、標的及び非標的からなる複数の刺激事象を、それぞれ複数回提示し、前記脳波計は、前記刺激提示装置による刺激提示直後の脳波を計測し、前記処理装置は、標的及び非標的からなる複数の刺激事象により生起される脳波を分析処理して、当該複数の刺激事象のうちから標的として選択された刺激事象を推定して、判別得点又は解読精度を求め、前記判別得点、前記解読精度、いずれかの時間経過、及び解読速度のうちの1つ以上の値に基づいて認知機能を評価することを特徴とする。
【0025】
本発明のプログラムは、コンピューターを、複数の刺激事象をそれぞれ複数回提示する刺激提示手段と、該刺激提示直後の事象関連電位の脳波データを分析処理して、当該複数の刺激事象のうちから標的として選択された刺激事象を推定して、判別得点又は解読精度を求め、前記判別得点、前記解読精度、いずれかの時間経過、及び解読速度のうちの1つ以上の値に基づいて認知機能を評価する処理手段と、認知機能の評価結果を提示する提示手段として機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明は、脳波を解析して数値化することによって、客観的な指標により認知機能を評価することができる。認知機能を、一人の被験者の1回の実験に付きただ一つの値(例えば0〜100%の範囲の解読精度)で表すことができるので、実験条件さえ固定すれば絶対評価としても使用できる。また、個人対グループ(健常者範囲)などのような相対評価も可能となる。
【0027】
本発明は、脳波による意思伝達支援装置を使用する際の準備段階として、操作者の認知機能を評価することができるので、意思伝達支援をより的確に実行できる。また、本発明は、脳波による意思伝達支援装置を使用するかしないかに係わらず、被験者の認知機能を検査し評価することができる。
【0028】
本発明は、運動障害者のみでなく、運動に問題のない人も含めて、生理学的データに基づいた認知機能評価を実現することができる。また、本発明は、脳波により認知機能を評価することにより、認知機能障害の早期発見を可能とする。また、被験者の認知機能の訓練や向上にも利用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の実施形態について以下説明する。
【0031】
本発明は、脳波の解析により、認知機能を評価しようとするものであり、脳波により解析可能な認知課題を提供して、脳活動を解析する。また、脳波により解析可能な認知課題として、難易度の異なるものにより脳活動を解析してもよい。
【0032】
本発明は、脳活動、特に頭皮上で記録される脳波の種類である事象関連電位に着目して、刺激事象の提示に対する脳の反応性を分析することにより、被験者の認知機能を評価するものである。具体的には、主として、刺激事象提示、脳波計測、脳波データ解析、認知機能の評価結果の提示の要素を含む。
【0033】
(第1の実施の形態)
本実施の形態を図を参照して以下説明する。
図1は、本実施の形態による装置及び方法を模式的に示す図である。
図1の被験者への刺激提示1で図示されるように、刺激提示用の表示画面を被験者に見せて、被験者の頭皮上脳波を脳波計(図中、脳波アンプ4)により計測記録する。被験者は、実施に当たっては、一般の機器ユーザー、健常者、介護を必要とする障害者や老人等である。被験者は、脳波を測定するための脳波計電極3を頭に装着している。例えば、脳波計電極を固定したヘッドキャップを用いる。表示画面(モニター)に様々な視覚刺激を提示する。脳波計により脳波生波形のデータを得る。脳波生波形のデータをコンピューター6等の処理装置で解析処理して、認知機能を評価した結果を表示画面等で示す。
図1において、脳波電極の位置する頭部から脳波アンプ4に、そして、脳波アンプ4からコンピューター6に、太い矢印を図示したが、これは有線又は無線により信号が伝達されることを模式的に図示したものである。
【0034】
図2は、本実施の形態における、刺激事象の提示と、これに対する被験者の脳波の反応とを、時間経過と共に模式的に示す図である。
図2に示すように、刺激事象(注意喚起事象、テスト刺激事象ともいう。)、例えば簡単な図形を1事象(1枚)ずつ被験者に提示する。これを見た被験者の脳波を被験者の頭部に電極を装着した脳波計により計測し、該脳波をコンピューター等の脳波解析処理装置により解析する。刺激事象は、記号、イラスト、絵、写真などである。
図2の下部には、本実施形態を説明するために、複数の刺激事象に対応する脳波を模式的に図示した。具体的には次のように、(a)刺激事象提示と該刺激事象に対する脳波測定と、(b)脳波データの分析処理と認知機能の評価処理とにより実施する。
【0035】
(a) 刺激事象提示と該刺激事象に対する脳波測定
複数の刺激事象、例えば8個の図形のうち、1つを標的として被験者に教示し、順次提示される刺激事象が当該標的であれば頭の中でその提示回数を数える認知課題を、各被験者に実施して、その際の脳波を計測する。頭頂部を中心にして頭皮上に設置した単一もしくは複数の電極からの脳波を計測する。計測は、次の手順で行う。なお、電極位置は、標準電極配置法(10%法)に基づき8箇所に配置して行った。
【0036】
(1) 複数の視覚刺激(図形、イラスト、絵、写真、動画像等)を被験者に提示する。例えば、連続的に、視覚刺激(
図2では簡単な図形)を、紙芝居のように擬似ランダムな順番で、コンピューターの表示画面等に提示する(
図2参照)。なお、視覚刺激に限定されることはなく、聴覚刺激(音、音声、音楽等)、触覚刺激、臭覚刺激等で実施することもできる。
【0037】
(2) その際、複数の視覚刺激(
図2では、複数の幾何学図形(三角形、菱形、星形、双楕円形、四角形、円形、ハート形、クローバ形等))のうち一つ(例えば星形)を「標的」として被験者に教示しておく。各視覚刺激は複数回提示されるが、被験者は、標的の刺激に対してのみ、その提示回数を頭の中でカウントするよう教示してカウントさせる。これを1ゲームとする。例えば、1ゲーム中、各視覚刺激を疑似ランダム順に1回ずつ提示するブロック(刺激提示が一巡する単位)を連続的に5ブロック行うとする。この場合、どの視覚刺激も5回提示される。各視覚刺激の1回あたりの提示時間は750ミリ秒間で、250ミリ秒のブランク後、次の視覚刺激を提示する。
【0038】
(3) 短い休憩を挟んだ後、別ゲーム、つまり「標的」とする刺激事象の教示を順次変えた状態で、上記(2)を実行する。これを繰り返して、複数の視覚刺激の全てについて「標的」として実施する。例えば8個の図形で実施する場合、合計8ゲーム実施する。被験者間で共通の標的を用い、実験結果が比較可能であるならば、全ゲームを実施する必要はない。逆に、共通の標的を用いる限り同じゲームを複数回行っても良い。
【0039】
上記(2)と(3)についてさらに詳しく説明する。例えば、1回目の「標的」を星形、2回目の「標的」を三角形、3回目の「標的」を菱形、4回目の「標的」を四角形、というように、全種類について、標的とした場合の脳波データと、標的としない場合の脳波データを得る。
図2の下部に示した脳波データは、「標的」を星形と教示して被験者に視覚刺激を見せてカウントさせた時の、各視覚刺激に対応する脳波データの例である。図に模式的に示したように、標的(星形)の視覚刺激に対する脳波データは、非標的(三角形、菱形、双楕円形)の視覚刺激に対する脳波データと比べ、脳波の反応が大となる。同様に、他の標的を教示した場合においても、脳波データのうち、標的の視覚刺激に対する脳波データは、非標的のテスト刺激に対する脳波データと比べると、脳波の反応が多くの場合、大となっている。
【0040】
本発明者は、脳波データのうち、標的の視覚刺激に対する脳波データは、非標的のテスト刺激に対する脳波データと比べると、脳波の反応が必ずしも大とならないのは、被験者の認知機能のレベルと関係するためであると仮定して、認知機能の指標として解読精度に着目して、これを数値化した。
【0041】
ここで、テスト刺激(視覚刺激、聴覚刺激、臭覚刺激、触覚刺激等。)に対する脳波について説明する。本実施の形態では、テスト刺激に対して事象関連電位(または事象関連脳波という。)と呼ばれる脳波電位を利用する。事象関連電位は、認知過程に影響を与える、外的または内的事象の発生タイミングと連動して生じる一過性の脳波であり、P300(刺激提示後300ミリ秒後の陽性の電位変化。)などがある。
【0042】
詳しくは後述するが、
図8に、事象関連電位の例を模式的に示す。3本の曲線は、いずれも、テスト刺激対象(例えば幾何学図形)をよく見て選んだ場合(能動的に標的を探索する条件(即ち、標的、非標的と意識して選択又は探索すること)で、標的と意識して選んだ場合。)の脳波を示し、上記の「標的」に対する脳波の例である。図示していないが、テスト刺激対象をよく見ているが選ばなかった場合(非標的と意識し、選ばなかった場合。)の脳波は、振幅が小さい。
【0043】
(b) 脳波データの分析処理と認知機能の評価処理
本実施の形態では、脳の反応の強さを1つの指標で表すために線形判別分析法を利用する。他のパターン識別手法等を用いて定量的に表現することも可能である。
【0044】
各ゲームにおいて実験者の設定した「標的」もしくは「非標的」に対する脳波データの相違に基づいて生成された判別モデル式により、テスト刺激事象毎に判別得点を算出した。各ブロックにおけるテスト刺激毎に算出した判別得点を刺激種ごとに累積して、最高値の累積判別得点を獲得したテスト刺激事象を被験者が脳内で選択したテスト刺激と推測した。推測したものと実際の「標的」とが合致しているかどうかによりゲームごとに解読が成功したか失敗したかの判断を行い、全ゲーム中、解読に成功したゲームの割合を解読精度とした。
【0045】
脳波波形のパターンや特徴波形が出現する脳部位には個人差が大きく、従来技術のような事象関連電位(主にP300)の振幅や潜時のみでは、認知機能のレベルについての判断が困難であるが、本実施の形態のように、解読精度による数値化により、認知機能の障害の有無及び程度の推測が客観的に即時に可能となる。
【0046】
以下数式を用いて詳細に説明する。
(b−1) 判別モデル式生成のためのデータの分割
本実施の形態では、以下に示す交差検証法を用いてデータを分割した後、判別モデル式を生成し、「標的」解読の成否判断を行う。まず、解読成否の判断を行う当該ゲーム(例えば第1ゲーム)以外の残りのゲーム(第2〜8ゲーム)において「標的」もしくは「非標的」としてテスト刺激が提示された時の脳波データから判別モデル式を作成後、当該ゲーム(第1ゲーム)における各刺激事象に対して、判別得点を算出し、上述した解読成否の判断を行う。別のゲーム(例えば第2ゲーム)での解読成否の判断にはそのゲームを除く残り全てのゲーム(第1および第3〜8ゲーム)のデータから生成した判別モデル式を用いる。このように、判別対象となるデータをモデル式の生成過程から除外することによって解読成否の判断における過大評価を避けることができる。
【0047】
(b−2) 判別得点の求め方
例えば、次式で表される線形判別関数によって各画像(視覚刺激)提示1回分に対する判別得点(y)を算出する。
【0049】
yの式において、xはあるチャネルのある時点における脳波データ(電圧)の値である。xの種類はチャンネル数(被験者の頭部の頭皮上の複数の測定箇所における脳波データを得るので、測定箇所の数に応じたチャンネル数)とデータポイントを掛け合わせた種類(n)が存在する。各脳波データに対する重みづけ係数wと定数項cは線形判別分析によって求めることが可能である。
【0050】
テスト刺激事象ごとに刺激提示回数分、判別得点を加算する累積判別得点を求めてもよい。または加算平均を行っても良い。
【0051】
(b−3) 認知機能の評価処理
図3は、本実施の形態における、健常者の場合の、判別得点の推移を示すグラフである。
図3の縦軸は累積された判別得点を示し、横軸は時間経過をブロック数(1ブロックから5ブロック)で示した。標的をカウントする認知課題を遂行する際の、各ブロックにおけるテスト刺激毎の脳波データの判別得点を累積していくと、5ブロックの累積で、特定のテスト刺激事象(4)は累積判別得点が6を超え最高値を示していることがわかる。他のテスト刺激事象(1)(2)(3)(5)・・・(8)の累積判別得点はブロックを累積していくと低く安定していることがわかる。
【0052】
図4は、目標(ターゲット)をID−1(例えば星形図形)と教示した第1ゲームにおいて、8個のテスト刺激事象の判別得点をレーダーチャートで示した図である。
図4では、ID−1の判別得点が他の判別得点より大で最大であるので、教示した目標と判別得点最大のものが一致した解読成功の例を示している。
【0053】
図5は、目標(ターゲット)をID−2(例えば三角形)と教示した第2ゲームにおいて、8個のテスト刺激事象の判別得点をレーダーチャートで示した図である。
図5では、ID−4の判別得点が他の判別得点より大で最大であるので、教示した目標と判別得点最大のものが不一致となる解読失敗の例を示している。
【0054】
教示した目標と判別得点最大のものが一致した解読成功の数を、全体数(教示した目標と判別得点最大のものが不一致であった解読失敗の数と解読成功の数の和)で、除した数値を、解読精度とした。8個のテスト刺激事象を用いて、8個のいずれも目標として教示して実施した場合は、解読精度は、0/8〜8/8となる。
【0055】
図6は、本実施の形態における、解読精度の推移を表すグラフである。
図6の縦軸は解読精度を示し、横軸は時間経過をブロック数(1ブロックから5ブロック)で示した。
図6は、累積判別得点で実施した例であるが、標的をカウントする認知課題を遂行する際の、ブロック毎の脳波データの判別得点から、解読精度を求めることもできる。例えば、ブロック毎の脳波データの判別得点の平均値を用いることもできる。
【0056】
図6のように、一般にブロック回数が増加すると解読精度が上がり、本実施の形態では最終の5ブロックにおいて解読精度が0.8を超えることがわかる。しかし、たとえ最終解読精度が同じであっても、最初のブロックから高い解読精度を保ち、緩やかな経過を辿る場合や、最初のブロックでは低い解読精度から始まり、急激に解読精度が高まる場合などもあり、個人差や実験条件の差を解析する際、解読精度の推移を参照した方が、より正確な認知機能評価が可能となる。
【0057】
これまでの予備実験の結果から、認知機能に障害がある場合は、障害のない場合に比較して、解読精度の数値が低い傾向があることが観察された。そこで、認知機能に障害のない者からなる集団の解読精度のデータと、被験者の解読精度を比較することにより、認知機能障害の有無、障害の程度を評価することができる。解読精度という1つの数値化された指標を用いるので、健常者集団の数値に基づき閾値を適宜設定することにより、客観的に即時に評価することができる。また、被験者自身の過去の解読精度との比較により認知機能の障害の変化を明確にできる。
【0058】
また、時間経過(ブロック数)を重ねることにより、健常者は解読精度が上昇する傾向を示している。認知機能に障害がある場合は、その程度や原因により、必ずしも解読精度の上昇傾向を示さないことがあるので、被験者の解読精度の時間経過の傾向を健常者集団と比較することにより、認知機能障害の有無、障害の程度を評価することができる。
【0059】
図6において、最終ブロックにおける解読精度のみに着目する場合に、その値は解読が全て失敗する場合(0/8)から全て成功する場合(8/8)まで解読成功回数に応じて限定的な値(8ゲームであれば9通り)しか取れないが、最終ブロックまでの解読精度の推移も含めて数値化する手法として、例えば解読精度のなす曲線の積分値に着目することによって、より多様な値で認知機能を評価することが可能となる。
【0060】
実施の形態では、テスト刺激を主に視覚刺激について説明したが、視覚刺激に代えて聴覚刺激、接触刺激、臭覚刺激等を与えて対応する脳波を計測して解析するようにしてもよい。また、評価結果は、ディスプレイ等の表示手段に表示したり、音声で知らせたりすることができる。
【0061】
(第2の実施の形態)
本実施の形態を図を参照して以下説明する。
図7は、本実施の形態による刺激事象を模式的に示す図である。本実施の形態は、刺激事象として、認知課題を遂行する際にその難易度が異なるものを使用することを特徴とする。第1の実施の形態と同様の装置を使用する。
図7に示すように、認知の難易度が標準の「標準モード(Normal モード)」、難易度の低い「簡単モード(Easy モード)」、難易度の高い「高難易度モード(Hard モード)」を準備する。「標準モード(Normal モード)で使用するテスト刺激事象は、例えば、第1の実施の形態で説明した刺激と同じものを使用する。
【0062】
本実施の形態では、刺激事象間の識別の難易度が異なる、少なくとも2つ以上の刺激事象群、例えば上述の3つのモードを刺激事象として、脳波を分析する。第1の複数の刺激事象群について、標的及び非標的からなる複数の刺激事象により生起される脳波を分析処理して、第1の解読精度を求める。次に、前記第1の複数の刺激事象とは事象間の識別の難易度が異なる第2の複数の刺激事象群について第2の解読精度を求める。前記第1及び第2の解読精度の値並びに難易度に基づいて、認知機能を評価する処理を実行して、認知機能を評価する結果を得る。
【0063】
視覚刺激の難易度を設定するには、認知機能の難易度を評価するための従来の刺激事象を使用することができる。また、図形、イラスト、絵、写真などの画像を使用する場合は、画像を複数個に分割後にシャッフルする等により、図形等画像のあいまいさを操作することができる。例えば、
図7の「簡単モード(Easy モード)」では、目標(星形)以外の刺激事象については、標準モードの図形を16分割後に50%シャッフルした図形を使用している。
図7の「高難易度モード(Hard モード)」では、目標を含めて、刺激事象については、標準モードの図形を16分割後に50%シャッフルした図形を使用している。図形の認知の難易度を操作する手法としては、シャッフルの他に、画像の一部をぼかしたり、モザイク処理したり、ノイズを入れたり、白濁化する等、画像を曖昧にする公知の画像加工処理を利用することにより、簡単に画像を加工することができる。
【0064】
図8は、「標準モード(Normal モード)」、「簡単モード(Easy モード)」、「高難易度モード(Hard モード)」のテスト刺激を使用した場合の、被験者の事象関連電位の変化を示す図である。全チャンネルの平均脳波波形である。「標準モード(Normal モード)」の場合を実線で、「簡単モード(Easy モード)」の場合を短い点線で、「高難易度モード(Hard モード)」の場合を破線で示す。いずれも、健常者の場合の、「標的」に対する脳波の例である。難易度の上昇に伴い、事象関連電位の潜時が延長し、振幅が低下していることがわかる。
【0065】
本実施の形態では、
図7のように図形のあいまいさを操作して3段階で難易度を設定し、脳波解読によって脳内の認知機能レベルを推定する。脳波の解読精度は、第1の実施の形態と同様の方法により求めることができる。
【0066】
健常者10名を対象として実験したところ、個別で認知課題の難易度が高くなるにつれて脳波解読によるターゲットの予測精度が悪くなることを確認した。
図9に、「標準モード(Normal モード)」、「簡単モード(Easy モード)」、「高難易度モード(Hard モード)」のテスト刺激を使用した場合の、時間経過(ブロック数)と解読精度の変化を示す。いずれのモードもブロック数が増加すると、解読精度が上昇していることがわかる。「標準モード(Normal モード)」に比較して、「簡単モード(Easy モード)」は解読精度が高く、「高難易度モード(Hard モード)」は解読精度が低くなっている。このことから、認知課題の難易度の設定が適切であることが推測できる。健常者集団における解読精度の数値やその変化から、刺激事象の難易度設定を準備することができる。
【0067】
次に、通常よりも認知機能が高い、もしくは低い可能性のある被験者に対して、難易度の異なるモードの刺激提示及び脳波計測を実施した際の解析法を記載する。
図10に、難易度と解読精度との関係を示す。縦軸は解読精度を示し、横軸は、難易度を示し、左から低い場合、標準の場合、高い場合の順で示す。線Aは、健常者の場合、線Bは、認知機能の低い被験者の場合、線Cは、認知機能の高い被験者の場合、もしくは本実施形態の認知課題やその他の認知課題の反復訓練後に認知機能が向上した場合を示す。健常者においては、解読精度は難易度が高くなるにしたがってある一定の割合で解読精度が低下する傾向を示している。これに対して、認知機能の程度の低い被験者においては、解読精度が全体を通して低いこと、難易度の低い場合も解読精度が低く、解読精度の変化傾向は小さいことがわかる。このことから、難易度と解読精度の相関関係を対比することにより、認知機能障害の有無、障害の程度を評価することができることがわかる。例えば、難易度を変化させたとき解読精度の変化割合を数値化することにより、健常者集団の数値との比較が簡単にできる。また、被験者自身の過去のデータなどとの比較も、数値指標を利用できるので簡単にできる。通常よりも認知機能が高い可能性のある被験者に対しても類似の類推によって評価可能である。
【0068】
図10に示すように、被験者の認知機能を、解読精度の数値、又は解読精度の数値の変化を用いて、的確に評価できるので、認知機能の障害の有無、障害の程度の他、被験者の認知機能の低下又は向上を検出することが可能であり、認知リハビリの効果の指標としても利用できる。
【0069】
図9や
図10では、解読精度を、0/8〜8/8という9段階で数値化しているが、解読精度を数値化する手法として、例えば解読精度のなす曲線の積分値により、解読精度を数値化するようにしてもよい。また、特定の解読精度に達した際のブロック数によって数値化するようにしてもよい。
【0070】
刺激事象を設定する準備段階において、脳波解読又は身体による入力操作によって、多数の健常者を対象として実験し、認知課題の難易度が高くなるにつれて脳波解読による目標(ターゲット)の予測精度がどのように悪くなるかを調べて、刺激事象を設定することができる。認知課題の難易度を適切に設定することにより、正常範囲を下回るような被験者が検出されると認知機能低下のリスクが高いことを示唆することができる。例えば、軽度の脳卒中や認知症の初期状態を早めに検出し、各種の対処を可能とする。また、健常者でも課題訓練によって解読精度を上げる「脳トレーニング」効果が期待できる。
【0071】
難易度の変化と解読精度との関連について、データを蓄積することにより、前記関連に基づき、認知機能の障害の有無、障害の程度、認知機能の障害の原因等を判断することも可能である。前記関連には、難易度の変化と解読精度との正負の相関、その他の相関関係、難易度の変化と解読精度との比等の関係を含む。難易度の変化と解読精度との関連についても、認知機能評価の指標に入れることにより、より正確な認知機能評価ができる。
【0072】
(第3の実施の形態)
第1及び第2の実施の形態は、ブロック数を固定した場合であるが、本実施の形態は、ブロック数を固定しない場合であることを特徴とする。
【0073】
第1の実施の形態で説明した
図3のように、各ブロックにおけるテスト刺激毎の判別得点を累積していくと、ブロック回数が増加すると累積判別得点が上がる傾向がある。そこで、累積判別得点が特定の閾値に達する(もしくはそれを超える)ブロック数を、認知機能を評価する指標とすることができる。本実施形態では、1ゲームあたりの最大ブロック数を若干、多め(例えば通常、5ブロックのところ10ブロックにするなど)に設定しておき、かつ、実験中、リアルタイムの解読によって刺激提示の打ち切りを行う。例えば、
図3では、あるゲームにおいて累積判別得点が3以上になるブロック数が4ブロック目であり、この段階で刺激提示を打ち切り、そのブロック数で1を割った値を「解読速度」と定義する。解読速度は、最初のブロックで判別得点がすでに閾値に達した場合に最大(1)となり、所要ブロックが多くなるにつれて解読速度の値は小さくなる。もし、最大ブロック終了時にどの刺激種の累積判別得点も閾値に達しなかった場合や標的でない刺激種の累積判別得点が標的よりも先に閾値に達した場合は解読速度を0(1/無限大)とする。こうして全ゲームの解読速度を算出した後、それらの加算平均を各被験者の評価指標とする。各被験者の平均解読速度を、健常者集団における平均解読速度と比較して、その値が大きい場合は認知機能が高く、小さい場合は認知機能が低いと評価できる。
【0074】
この方式で実験を行う場合は、あらかじめ固定ブロックによる予備実験を行い、判別モデル式の生成や適切な閾値(例えば全ゲームでの解読精度が0.8になるようにするなど)の設定を可能とするための十分なデータ収集を行っておく必要がある。一方、本実施の形態を遂行する実験においては、上述したオフライン解析による交差検証法を用いることなく事前に作成した判別モデル式において解読成否の判断がリアルタイムで可能になる。また、予備実験の段階で品質の高い脳波データが取得できているかどうかを確認した後、本実験が可能となる。
【0075】
また、第2の実施の形態と同様、難易度の異なるモード(難易度条件)で累積判別得点が閾値以上になるブロック数を縦軸にとって健常者群と当該被験者の成績を比較・評価することができる。例えば、健常者群であれば、「簡単モード(Easy モード)」、「標準モード(Normal モード)」、「高難易度モード(Hard モード)」となるにつれて、平均解読速度が0.8、0.6、0.4、というように減少するのに対し、ある被験者ではこれら3つのモードでの平均解読速度が0.3、0.2、0.1となることがある。このように、各モードにおける平均解読速度だけでなく、難易度変化と平均解読速度との関連を近似直線(曲線)の傾きとして把握することもでき、認知機能の変容に関してより詳細な評価が可能となる。
【0076】
上述したように本実施形態では累積判別得点が閾値に達した時に刺激提示を打ち切ることが可能であるが、この打ち切り処理を行うことによって、打ち切らない場合よりも短時間で認知機能の評価が可能となる。また、被験者にとっても各ゲームにおいて解読の成否が確認できるので、ゲーム感覚で楽しみながら本評価システムを体験することができる。
【0077】
第3実施形態同様、第1、第2実施形態においても本実験の前の予備実験で判別モデル生成用のデータ取得実験を行っていれば、その判別モデルを用いて本実験でゲームごとに解読結果を被験者にフィードバックすることが可能となる。さらに、事前に判別モデルを作成している状態であれば、第1〜第3すべての実施形態において各ゲームの最初のブロックから最後のブロック(打ち切りによって最後になる場合を含む)までの刺激種ごとの累積判別得点の大小の比較データをも被験者にフィードバックすることができ、リアルタイム性をより高めたゲーム感覚で本評価システムを体験することが可能となる。
【0078】
第1乃至第3の実施の形態で示した認知機能の評価の手法は、それぞれ単一で、又は組み合わせて、用いることができる。即ち、判別得点又は解読精度を求め、前記判別得点、前記解読精度、いずれかの時間経過(ブロック数)、及び解読速度のうちの1つ以上の値に基づいて認知機能を評価することができる。また、異なる難易度毎の判別得点又は解読精度を求め、前記判別得点、前記解読精度、いずれかの時間経過、及び解読速度のうちの1つ以上と、前記難易度との関連に基づいて認知機能を評価することができる。
【0079】
上記実施の形態等で示した例は、発明を理解しやすくするために記載したものであり、この形態に限定されるものではない。