(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6405093
(24)【登録日】2018年9月21日
(45)【発行日】2018年10月17日
(54)【発明の名称】音響信号処理装置
(51)【国際特許分類】
H04S 1/00 20060101AFI20181004BHJP
H04S 7/00 20060101ALI20181004BHJP
【FI】
H04S1/00 200
H04S7/00 370
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-17471(P2014-17471)
(22)【出願日】2014年1月31日
(65)【公開番号】特開2015-144395(P2015-144395A)
(43)【公開日】2015年8月6日
【審査請求日】2017年1月10日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000191238
【氏名又は名称】新日本無線株式会社
(72)【発明者】
【氏名】田口 豊
【審査官】
渡邊 正宏
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−042195(JP,A)
【文献】
特開平07−087597(JP,A)
【文献】
特開平07−162985(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 5/00− 5/04
H04S 1/00− 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Lチャンネル音声信号とRチャンネル音声信号を入力してL側差信号強調信号とR側差信号強調信号を出力する差信号強調手段と、前記R側差信号強調信号から生成したR側クロストークキャンセル成分を前記L側差信号強調信号から減算してL側信号として出力するとともに、前記L側差信号強調信号から生成したL側クロストークキャンセル成分を前記R側差信号強調信号から減算してR側信号として出力するクロストークキャンセル手段とを有する音響信号処理装置において、
前記L側信号が入力するL側フィルタと前記R側信号が入力するR側フィルタとを有する周波数特性補償手段を設け、
前記L側フィルタと前記R側フィルタは、FIRフィルタで構成され、
前記FIRフィルタは、前記差信号強調手段と前記クロストークキャンセル手段と前記周波数特性補償手段を除いた状態で取得した聴取者の右耳位置と左耳位置における全可聴周波数域のインパルス音の周波数特性から、各チャンネル毎に、周波数特性を平坦化させる逆フィルタ特性を持たせた係数が設定され、聴取者に対するL側スピーカとR側スピーカの距離の差分に基づく周波数特性の乱れが補償されるように、その振幅特性と位相特性が設定されていることを特徴とする音響信号処理装置。
【請求項2】
Lチャンネル音声信号とRチャンネル音声信号を入力してL側差信号強調信号とR側差信号強調信号を出力する差信号強調手段と、前記R側差信号強調信号から生成したR側クロストークキャンセル成分を前記L側差信号強調信号から減算してL側信号として出力するとともに、前記L側差信号強調信号から生成したL側クロストークキャンセル成分を前記R側差信号強調信号から減算してR側信号として出力するクロストークキャンセル手段とを有する音響信号処理装置において、
前記L側信号が入力するL側フィルタおよびL側遅延器の直列回路と前記R側信号が入力するR側フィルタおよびR側遅延器の直列回路とを有する周波数特性補償手段を設け、
前記L側フィルタと前記R側フィルタは、IIRフィルタで構成され、
前記IIRフィルタは、前記差信号強調手段と前記クロストークキャンセル手段と前記周波数特性補償手段を除いた状態で取得した聴取者の右耳位置と左耳位置における全可聴周波数域のインパルス音の周波数特性から、各チャンネル毎に、周波数特性を平坦化させる逆フィルタ特性を持たせた係数が設定され、聴取者に対するL側スピーカとR側スピーカの距離の差分に基づく振幅特性を補償し、
前記L側遅延器と前記R側遅延器は、聴取者に対する前記L側スピーカと前記R側スピーカの距離の差分に基づく位相特性を補償する、
ことを特徴とする音響信号処理装置。
【請求項3】
Lチャンネル音声信号とRチャンネル音声信号を入力してL側差信号強調信号とR側差信号強調信号を出力する差信号強調手段と、前記R側差信号強調信号から生成したR側クロストークキャンセル成分を前記L側差信号強調信号から減算してL側信号として出力するとともに、前記L側差信号強調信号から生成したL側クロストークキャンセル成分を前記R側差信号強調信号から減算してR側信号として出力するクロストークキャンセル手段とを有する音響信号処理装置において、
前記L側信号が入力するL側フィルタおよびL側遅延器の直列回路と前記R側信号が入力するR側フィルタおよびR側遅延器の直列回路とを有する周波数特性補償手段を設け、
前記L側フィルタと前記R側フィルタは、FIRフィルタで構成され、
前記FIRフィルタは、前記差信号強調手段と前記クロストークキャンセル手段と前記周波数特性補償手段を除いた状態で取得した聴取者の右耳位置と左耳位置における全可聴周波数域のインパルス音の周波数特性から、各チャンネル毎に、周波数特性を平坦化させる逆フィルタ特性を持たせた係数が設定され、聴取者に対するL側スピーカとR側スピーカの距離の差分に基づく振幅特性を補償し、
前記L側遅延器と前記R側遅延器は、聴取者に対する前記L側スピーカと前記R側スピーカの距離の差分に基づく位相特性を補償する、
ことを特徴とする音響信号処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はL信号とR信号のステレオ音声信号を入力として、2つのスピーカによりステレオ音場を拡大する技術に係り、特に聴取者から左右のスピーカまでの距離に差がある場合でも、音像を2つのスピーカの外側に定位できるようにした音響信号処理装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
L信号とR信号のステレオ音声信号を2つのスピーカで再生する際に、音場をより広く再生する為に、L側差信号強調およびR側差信号強調を行うと共に、クロストーク成分をキャンセルする事がしばしば行われている。特許文献1の音響信号処理方法および装置では、クロストークキャンセル手段を構え、音像の定位を明確にし、周波数特性の乱れを小さくし、スピーカ間隔が狭い場合でもスピーカの外側に音像が明確に定位して知覚されるようになった。
【0003】
更に、
図7に示すように、左右のスピーカSP(R)、SP(L)の放音方向を聴取者Mから見て横方向に向けた場合でも、90度ずれた分の周波数特性の乱れを補償して、スピーカSP(R)、SP(L)の外側に音像を明確に定位して知覚される技術がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4509686号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記のような音響処理方法では、聴取者Mと左右のスピーカSP(R)、SP(L)の間の距離が異なる場合、聴取者Mの両耳に到達する音声の周波数特性に乱れが発生し、正確にクロストークキャンセルができないという問題があった。
【0006】
本発明の目的は、聴取者と左右のスピーカの間の距離が異なる場合であっても、クロストークを正確にキャンセルできるようにした音響信号処理装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1にかかる発明は、Lチャンネル音声信号とRチャンネル音声信号を入力してL側差信号強調信号とR側差信号強調信号を出力する差信号強調手段と、前記R側差信号強調信号から生成したR側クロストークキャンセル成分を前記L側差信号強調信号から減算してL側信号として出力するとともに、前記L側差信号強調信号から生成したL側クロストークキャンセル成分を前記R側差信号強調信号から減算してR側信号として出力するクロストークキャンセル手段とを有する音響信号処理装置において、前記L側信号が入力するL側フィルタと前記R側信号が入力するR側フィルタとを有する周波数特性補償手段を設け、前記L側フィルタと前記R側フィルタは、FIRフィルタで構成され、
前記FIRフィルタは、前記差信号強調手段と前記クロストークキャンセル手段と前記周波数特性補償手段を除いた状態で取得した聴取者の右耳位置と左耳位置における全可聴周波数域のインパルス音の周波数特性から、各チャンネル毎に、周波数特性を平坦化させる逆フィルタ特性を持たせた係数が設定され、聴取者に対するL側スピーカとR側スピーカの距離の差分に基づく周波数特性の乱れが補償されるように、その振幅特性と位相特性が設定されていることを特徴とする。
【0008】
請求項2にかかる発明は、Lチャンネル音声信号とRチャンネル音声信号を入力してL側差信号強調信号とR側差信号強調信号を出力する差信号強調手段と、前記R側差信号強調信号から生成したR側クロストークキャンセル成分を前記L側差信号強調信号から減算してL側信号として出力するとともに、前記L側差信号強調信号から生成したL側クロストークキャンセル成分を前記R側差信号強調信号から減算してR側信号として出力するクロストークキャンセル手段とを有する音響信号処理装置において、前記L側信号が入力するL側フィルタおよびL側遅延器の直列回路と前記R側信号が入力するR側フィルタおよびR側遅延器の直列回路とを有する周波数特性補償手段を設け、前記L側フィルタと前記R側フィルタは、IIRフィルタで構成され、
前記IIRフィルタは、前記差信号強調手段と前記クロストークキャンセル手段と前記周波数特性補償手段を除いた状態で取得した聴取者の右耳位置と左耳位置における全可聴周波数域のインパルス音の周波数特性から、各チャンネル毎に、周波数特性を平坦化させる逆フィルタ特性を持たせた係数が設定され、聴取者に対するL側スピーカとR側スピーカの距離の差分に基づく振幅特性を補償し、前記L側遅延器と前記R側遅延器は、聴取者に対する前記L側スピーカと前記R側スピーカの距離の差分に基づく位相特性を補償する、ことを特徴とする。
【0009】
請求項3にかかる発明は、Lチャンネル音声信号とRチャンネル音声信号を入力してL側差信号強調信号とR側差信号強調信号を出力する差信号強調手段と、前記R側差信号強調信号から生成したR側クロストークキャンセル成分を前記L側差信号強調信号から減算してL側信号として出力するとともに、前記L側差信号強調信号から生成したL側クロストークキャンセル成分を前記R側差信号強調信号から減算してR側信号として出力するクロストークキャンセル手段とを有する音響信号処理装置において、前記L側信号が入力するL側フィルタおよびL側遅延器の直列回路と前記R側信号が入力するR側フィルタおよびR側遅延器の直列回路とを有する周波数特性補償手段を設け、前記L側フィルタと前記R側フィルタは、FIRフィルタで構成され、
前記FIRフィルタは、前記差信号強調手段と前記クロストークキャンセル手段と前記周波数特性補償手段を除いた状態で取得した聴取者の右耳位置と左耳位置における全可聴周波数域のインパルス音の周波数特性から、各チャンネル毎に、周波数特性を平坦化させる逆フィルタ特性を持たせた係数が設定され、聴取者に対するL側スピーカとR側スピーカの距離の差分に基づく振幅特性を補償し、前記L側遅延器と前記R側遅延器は、聴取者に対する前記L側スピーカと前記R側スピーカの距離の差分に基づく位相特性を補償する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、クロストークキャンセル手段の後段に周波数特性補償手段を設けたので、聴取者と左右のスピーカの間の距離が異なる場合に聴取者の両耳に到達する音声の周波数特性の乱れを低減し、クロストークを正確にキャンセルすることができ、また音像が2つのスピーカの外側に明確に定位するように知覚させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施例の音響信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】聴取者から左右のスピーカまでの距離が異なる場合の説明図である。
【
図3】聴取者から左右のスピーカまでの距離が異なる場合のマイクを使った周波数特性測定方法の説明図である。
【
図4】
図1の音響信号処理装置における周波数特性補償手段の別の例の構成を示すブロック図である。
【
図5】左右のスピーカを縦配置した場合のスピーカと聴取者の間の距離を示した説明図である。
【
図6】聴取者までの距離の異なる左右のスピーカの放音方向を横向きにした場合の説明図である。
【
図7】左右のスピーカの放音方向を横向きにした場合の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1に本発明の実施例の音響信号処理装置を示す。100は差信号強調手段、200はクロストークキャンセル手段、300は周波数特性補償手段である。
【0013】
差信号強調手段100において、101はLチャンネル音声信号入力端子、202はRチャンネル音声信号入力端子、103、104は増幅率が0.75〜1の乗算器、105、106は減算器、107、110はカットオフ周波数が7〜11kHzのローパスフィルタ、108、109は増幅率が0〜0.5の乗算器、111、114は増幅率が0〜2.0の乗算器、112、113、115、116は加算器である。
【0014】
クロストークキャンセル手段200において、201、202は遅延時間が1ms以下(但し、0ではない)の遅延器、203、204はカットオフ周波数が7〜11kHzのローパスフィルタ、205、206はカットオフ周波数が100〜300Hzのハイパスフィルタ、207、208は増幅率が0〜0.5の乗算器、209、210は減算器である。ローパスフィルタ203とハイパスフィルタ205、ローパスフィルタ204とハイパスフィルタ206は、それぞれ「100〜300Hz」〜「7〜11kHz」の周波数信号を通過させるバンドパスフィルタを構成する。
【0015】
周波数特性補償手段300において、301はL側フィルタ、302はR側フィルタ、303はLチャンネル音声信号出力端子、304はRチャンネル音声信号出力端子である。
【0016】
次に動作を説明する。差信号強調手段100において、Lチャンネル音声信号入力端子101からの信号と、乗算器104で利得を調整されたRチャンネル音声信号入力端子102からの信号が、減算器105で減算され、減算器105の出力信号であるL−R信号がローパスフィルタ107に入力することで、耳障りな高域成分が除去され、そのローパスフィルタ107の出力信号の利得が乗算器111で調整される。さらに、Lチャンネル音声信号入力端子101からの信号と、乗算器109で利得を調整されたRチャンネル音声信号入力端子102からの信号が加算器112で加算される。そして、その加算器112の出力信号と乗算器111の出力信号は乗算器115で加算されて、L側差信号強調信号となる。
【0017】
また、Rチャンネル音声信号入力端子102からの信号と、乗算器103で利得を調整されたLチャンネル音声信号入力端子101からの信号が減算器106で減算され、減算器106の出力信号であるR−L信号がローパスフィルタ110に入力することで耳障りな高域成分が除去され、その出力信号の利得が乗算器114で調整される。さらに、Rチャンネル音声信号入力端子102からの信号と、乗算器108で利得を調整されたLチャンネル音声信号入力端子101からの信号が加算器113で加算される。そして、その加算器113の出力信号と乗算器114の出力信号は加算器116で加算されて、R側差信号強調信号なる。
【0018】
以上のように、差信号強調手段100において、L側差信号強調信号とR側差信号強調信号が独立して、それぞれ加算器115、116の出力側に生成されるので、音像の定位を明確にすることができる。
【0019】
次に、クロストークキャンセル手段200において、加算器115の出力信号は遅延器201の入力となり、遅延器201の出力信号がローパスフィルタ203に入力して高域成分が除去され、その出力信号がハイパスフィルタ205に入力し低域成分が除去されて、「100〜300Hz」〜「7〜11kHz」の信号が取り出され、その出力信号の利得が乗算器207で調整され、L側クロストークキャンセル信号となる。このL側クロストークキャンセル信号が、減算器210において、R側差信号強調信号から減算(逆相加算)される。
【0020】
また、加算器116の出力信号は遅延器202の入力となり、遅延器202の出力信号がローパスフィルタ204に入力して高域成分が除去され、その出力信号がハイパスフィルタ206に入力し低域成分が除去されて、「100〜300Hz」〜「7〜11kHz」の信号が取り出され、その出力信号の利得が乗算器208で調整され、R側クロストークキャンセル信号となる。このR側クロストークキャンセル信号が、減算器209において、L側差信号強調信号から減算(逆相加算)される。
【0021】
以上のようにクロストークキャンセル手段200において、L側差信号強調信号にR側クロストークキャンセル成分が逆相加算され、R側差信号強調信号にL側クロストークキャンセル成分が逆相加算される。このため、L側スピーカから右耳に到達するL側クロストーク成分を、R側スピーカからの逆相のL側クロストークキャンセル成分で低減できる。また、R側スピーカから左耳に到達するR側クロストーク成分を、L側スピーカからの逆相のR側クロストークキャンセル成分で低減できる。よって、音像を2つのスピーカの外側に定位するように知覚させることができる。
【0022】
周波数特性補償手段300において、フィルタ301、302は、聴取者との間の距離が異なる2つのスピーカと聴取者との間の音声の周波数特性(振幅特性と位相特性)の乱れを補償するためのものであり、FIRフィルタが使用される。
【0023】
補償は次のように行う。まず、差信号強調手段100とクロストークキャンセル手段200と周波数特性補償手段300を一旦取り外して、両音声信号入力端子101、102を両出力端子303、304にそれぞれ接続する。そして、左右のスピーカSP(L)、SP(R)から個々に全可聴周波数域の信号を含むインパルス音を再生し、
図2のような位置関係にある聴取者Mの頭の右耳位置と左耳位置において、
図3に示すようにマイクロホンMICを設置してそれぞれインパルス音を録音し、右耳位置と左耳位置における周波数特性を個々に取得する。
【0024】
次に、取得したインパルス音の左右の周波数特性から、各チャンネル毎に、その周波数特性を平坦化させる逆フィルタ特性を取得し、この逆フィルタ特性をフィルタ301、302に持たせる。この逆フィルタ特性は、フィルタ301、302としてのFIRフィルタの係数を適宜設定することによって実現できる。
【0025】
以上のように、フィルタ301、302に逆フィルタ特性を持たせることにより、実験結果では、左右のスピーカSP(L)、SP(R)の間の距離が、スピーカの直径+150mm程度までの場合には、周波数特性の補償効果が大きく得られ、クロストークキャンセルによる音像定位の明確化を実現できた。
【0026】
図4に別の例の周波数特性補償手段300Aを示す。この周波数特性補償手段300Aでは、L側フィルタ301の後段にL側遅延器305を、R側フィルタ302の後段にR側遅延器306をそれぞれ接続して、それらの遅延器305、306で位相特性を補償する。その場合、フィルタ301、302にはIIRフィルタを使用する。IIRフィルタの場合には振幅特性は補償することができるが、位相特性を補償することができないので、遅延器305、306で位相特性を補償するのである。このようにIIRフィルタで構成する場合は、処理量を少なくすることができる。
【0027】
遅延器305、306の遅延量は、前記したインパルス音を使用して得られた逆フィルタ特性から求めて設定することができるが、以下のようにして設定することもできる。
図5に示すように、例えばスピーカSP(L)、SP(R)が縦方向に配置されているときは、スピーカSP(L)、SP(R)から聴取者Mまでの距離をa(m)とし、R側スピーカSP(R)と聴取者Mの耳の高さの差分をhr(m)とし、L側スピーカSP(L)と聴取者Mの耳の高さの差分をhl(m)とする。そして、次の式から、聴取者Mの耳とR側スピーカSP(R)との距離dr(m)、聴取者Mの耳とL側スピーカSP(L)との距離dl(m)をそれぞれ求めて、両スピーカSP(L)、SP(R)から聴取者Mまでの音伝達の遅延時間差T(s)を求める。そして、両遅延器304、305の遅延時間を、その差分が、この遅延時間差T(s)となるように、それぞれ設定する。
【0028】
は音速であり、
である。tは摂氏温度(℃)である。
【0029】
なお、フィルタ301、302としてFIRフィルタを使用する場合であっても、遅延器305、306の使用は効果的である。すなわち、FIRフィルタは上記のように振幅特性と位相特性の両方を補償することができるが、位相特性を補正する際には、信号を遅延させる側のチャンネルのFIRフィルタの係数の総数を少なくすることになる。たとえば、0.1msだけ遅らせるために5サンプル分を遅らせるとすると、FIRフィルタの係数を5個減らすことになる。
【0030】
この場合、多くの係数を搭載できるプロセッサを使用できるのであれば、係数の少しの削減は大きな問題にはならないが、少ない係数しか搭載できないプロセッサを使用する場合は、係数の数を削減すると精度に悪影響が現れる。
【0031】
そこで、FIRフィルタでは振幅特性のみを補償し、位相特性は遅延器305、306で補償するようにすれば、少ない係数を搭載したFIRフィルタを使用するときであっても、精度低下を回避することができる。
【0032】
また、
図6に示すように、聴取者Mから見てスピーカSP(L)、SP(R)の放音方向を横方向に向けた場合には、90度ずれた分の周波数特性の乱れに加えて、聴取者Mまでの距離の違いによる周波数特性の乱れにより、クロストークキャンセル効果が大きく減少してしまう。
【0033】
しかし、この場合であっても、前記した手法によって逆フィルタ特性を取得し、この逆フィルタ特性をフィルタ301、302や遅延器305、306を使用することによって実現することで、そのクロストークキャンセル効果の低減を抑制することができる。位相特性の補償については
図5で求めた手法を採用することもできる。
【0034】
このように、本実施例によれば、聴取者Mからみて、スピーカSP(L)、SP(R)の高さが異なる場合でも、また、水平方向においてスピーカSP(L)、SP(R)との間の距離が異なる場合でも、さらにスピーカSP(L)、SP(R)の放音方向を横方向に向けた場合でも、周波数特性補償手段300、300Aにより、それらのスピーカSP(L)、SP(R)の振幅特性と位相特性を補償し、正確なクロストークキャンセルを行うことで、スピーカSP(L)、SP(R)の外側に明確に音像を定位させることができる。
【符号の説明】
【0035】
100:差信号強調手段
101:Lチャンネル音声信号入力端子
102:Rチャンネル音声信号入力端子
103、104、108、109、111、114:乗算器
105、106:減算器
107、110:ローパスフィルタ
112、113、115、116:加算器
200:クロストークキャンセル手段
201、202:遅延器
203、204:ローパスフィルタ
205、206:ハイパスフィルタ
207、208:乗算器
209、210:減算器
300:周波数特性補償手段
301:L側フィルタ
302:R側フィルタ
303:Lチャンネル音声信号出力端子
304:Rチャンネル音声信号出力端子
305:L側遅延器
306:R側遅延器