(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6405507
(24)【登録日】2018年9月28日
(45)【発行日】2018年10月17日
(54)【発明の名称】不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成用触媒及び合成方法
(51)【国際特許分類】
B01J 27/18 20060101AFI20181004BHJP
C07C 67/327 20060101ALI20181004BHJP
C07C 69/54 20060101ALI20181004BHJP
【FI】
B01J27/18 Z
C07C67/327
C07C69/54 Z
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-515790(P2015-515790)
(86)(22)【出願日】2014年5月8日
(86)【国際出願番号】JP2014002448
(87)【国際公開番号】WO2014181545
(87)【国際公開日】20141113
【審査請求日】2017年4月24日
(31)【優先権主張番号】特願2013-100404(P2013-100404)
(32)【優先日】2013年5月10日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000130776
【氏名又は名称】株式会社サンギ
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 誠次
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100188352
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 一弘
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100198074
【弁理士】
【氏名又は名称】山村 昭裕
(74)【代理人】
【識別番号】100172797
【弁理士】
【氏名又は名称】有馬 昌広
(72)【発明者】
【氏名】恩田 歩武
(72)【発明者】
【氏名】松浦 由美子
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 和道
(72)【発明者】
【氏名】久保 純
【審査官】
壷内 信吾
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2011/052178(WO,A1)
【文献】
国際公開第2012/063044(WO,A1)
【文献】
特開2012−071267(JP,A)
【文献】
特開2000−169417(JP,A)
【文献】
松浦由美子ほか,ハイドロキシアパタイト触媒による乳酸からアクリル酸への脱水反応,第106回触媒討論会討論会A予稿集,2010年 9月15日,p.159
【文献】
V. C. GHANTANI et al.,Catalytic dehydration of lactic acid to acrylic acid using calcium hydroxyapatite catalysts,Green Chemistry,2013年 2月27日,Vol.15, No.5,p.1211-1217
【文献】
恩田歩武ほか,各種元素で置換したアパタイト化合物微粒子の合成と触媒への応用,Journal of the Society of Inorganic Materials, Japan,2013年 5月 1日,Vol.20, No.364,p.172-182
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J21/00−38/74
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体から、脱水反応により、不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体を合成するための合成用触媒であって、アルカリ金属を結晶構造中に含有するアパタイト化合物を含み、前記アパタイト化合物における前記アルカリ金属の含有率が0.2〜3.0質量%であり、前記アルカリ金属が、ナトリウム及び/又はカリウムであり、前記アルカリ金属がナトリウムの場合、前記アパタイト化合物における前記ナトリウムの含有率が0.5〜3.0質量%であり、前記アルカリ金属がカリウムの場合、前記アパタイト化合物における前記カリウムの含有率が0.2〜3.0質量%であることを特徴とする不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成用触媒。
【請求項2】
アパタイト化合物が、カルシウム、リン及びアルカリ金属を含み、モル比で、(カルシウム+アルカリ金属)/リンが1.58〜1.73であることを特徴とする請求項1記載の合成用触媒。
【請求項3】
アルカリ金属がカリウムの場合、アパタイト化合物におけるカリウムの含有率が0.2〜2.5質量%であることを特徴とする請求項1又は2記載の合成用触媒。
【請求項4】
アルカリ金属がナトリウムの場合、アパタイト化合物の結晶構造中に含有されるナトリウムの含有率が0.5〜1.6質量%であり、アルカリ金属がカリウムの場合、アパタイト化合物の結晶構造中に含有されるカリウムの含有率が0.2〜1.5質量%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の合成用触媒。
【請求項5】
ヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体と触媒とを接触させて、脱水反応により不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体を合成する方法であって、前記触媒が請求項1〜4のいずれか記載の合成用触媒であることを特徴とする不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成方法。
【請求項6】
ヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体と触媒とを325℃〜400℃で接触させることを特徴とする請求項5記載の不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体から、不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体を合成する方法や、そのための触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル酸は、ポリアクリル酸やアクリル酸系共重合体の原料モノマーである。吸水性樹脂(ポリアクリル酸ソーダ)の使用量の増大も相俟って、その生産量は増大している。アクリル酸は、通常、石油由来原料であるプロピレンからアクロレインを合成し、このアクロレインを接触気相酸化してアクリル酸へと転化させて製造されている(特許文献1)。しかしながら、石油由来原料は将来的には枯渇するおそれがある。こういったことから、バイオマスから不飽和カルボン酸を得ることを目的とした研究が行われ、例えば、ヒドロキシカルボン酸のアンモニウム塩から、不飽和カルボン酸又はそのエステルを合成する方法が開示されている(特許文献2)。しかし、前記特許文献2に記載の方法では、ヒドロキシカルボン酸のアンモニウム塩をヒドロキシカルボン酸と非水性アンモニウムカチオン含有交換樹脂とに分離する必要がある等、工程が煩雑であった。
【0003】
そこで、ハイドロキシアパタイト(Ca
10(PO
4)
6(OH)
2)やSr
10(PO
4)
6(OH)
2を触媒として、バイオマス由来のヒドロキシカルボン酸やその誘導体から、脱水反応により、不飽和カルボン酸やその誘導体を合成する合成方法が提案されている(特許文献3)。しかし、前記ハイドロキシアパタイトを用いて、乳酸からアクリル酸を合成した場合、アクリル酸の収率は50〜70%程度しかなく、ハイドロキシアパタイトのCaをSrに置き換えたSr
10(PO
4)
6(OH)
2を触媒として用いた場合は、アクリル酸の収率は30%程度に低下してしまう。そのため、アクリル酸等の不飽和カルボン酸やそのエステルをさらに高収率で合成する方法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−15330号公報
【特許文献2】特開2009−67775号公報
【特許文献3】国際公開WO2011/052178号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、従来、ヒドロキシカルボン酸やその誘導体から、触媒を用いた脱水反応により、不飽和カルボン酸やその誘導体を合成する場合、収率が低かったという問題点を解決し、高い収率で不飽和カルボン酸やその誘導体を合成することができる触媒を提供すること、また、不飽和カルボン酸やその誘導体を高い収率で合成することができる合成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ヒドロキシカルボン酸やその誘導体から、不飽和カルボン酸やその誘導体を合成するにあたり、触媒としてアパタイト化合物に着目し、不飽和カルボン酸やその誘導体の収率を向上させるための検討を開始した。しかし、ハイドロキシアパタイトのCa/Pモル比を変えて触媒活性を検討したが、従来の結果以上の効果は得られなかった。そこで、さらに検討を行ったところ、アパタイト化合物にアルカリ金属を含有させると、不飽和カルボン酸やその誘導体の収率が向上することを見いだした。また、アルカリ金属の含有率が特定の範囲の場合に、合成される不飽和カルボン酸やその誘導体の収率が飛躍的に高まることを見いだした。以上の知見に基づき、本発明は完成するに至ったものである。
【0007】
すなわち、本発明は、(1)ヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体から、脱水反応により、不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体を合成するための合成用触媒であって、アルカリ金属を結晶構造中に含有するアパタイト化合物を含むことを特徴とする不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成用触媒や、(2)アルカリ金属が、ナトリウム及び/又はカリウムであることを特徴とする上記(1)記載の合成用触媒や、(3)アパタイト化合物におけるアルカリ金属の含有率が0.2〜3.0質量%であることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の合成用触媒や、(4)アパタイト化合物が、カルシウム、リン及びアルカリ金属を含み、モル比で、(カルシウム+アルカリ金属)/リンが1.58〜1.73であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか記載の合成用触媒や、(5)アルカリ金属がナトリウムの場合、アパタイト化合物におけるナトリウムの含有率が0.5〜3.0質量%であり、アルカリ金属がカリウムの場合、アパタイト化合物におけるカリウムの含有率が0.2〜2.5質量%であることを特徴とする上記(2)〜(4)のいずれか記載の合成用触媒や、(6)アルカリ金属がナトリウムの場合、アパタイト化合物の結晶構造中に含有されるナトリウムの含有率が0.5〜1.6質量%であり、アルカリ金属がカリウムの場合、アパタイト化合物の結晶構造中に含有されるカリウムの含有率が0.2〜1.5質量%であることを特徴とする上記(2)〜(5)のいずれか記載の合成用触媒に関する。
【0008】
また、本発明は、(7)ヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体と触媒とを接触させて、脱水反応により不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体を合成する方法であって、前記触媒が上記(1)〜(6)のいずれか記載の合成用触媒であることを特徴とする不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成方法や、(8)ヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体と触媒とを325℃〜400℃で接触させることを特徴とする上記(7)記載の不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、ヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体から、不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体を高い収率で合成することができる触媒を提供できる。また、合成反応に投入されるヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体の濃度の影響が少なく、前記濃度によらずに高い収率を維持することができる触媒を提供でき、一定の温度範囲で温度による影響が少なく、安定した収率で合成反応が行える触媒を提供することができる。さらに、上記触媒を用いた、収率の高い不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成方法を提供することができ、また、原料濃度の影響が少ない合成方法や、一定の温度範囲において温度による影響が少ない合成方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】試料1及び5〜10の調製におけるNaOH添加量と合成されたアパタイト化合物のNa含有量(含有率)との関係を示す図である。
【
図2】試料1及び5〜10の調製における合成されたアパタイト化合物の(Ca+Na)/Pのモル比とNa含有量(含有率)との関係を示す図である。
【
図3】実施例1におけるNa含有量(含有率)とアクリル酸収率との関係を示す図である。
【
図4】実施例1における(Ca+Na)/Pのモル比とアクリル酸収率との関係を示す図である。
【
図5】実施例2におけるK含有量(含有率)とアクリル酸収率との関係を示す図である。
【
図6】実施例3における反応温度とアクリル酸収率との関係を示す図である。
【
図7】実施例4における乳酸濃度と乳酸転化率・アクリル酸収率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成用触媒は、アルカリ金属を結晶構造中に含有するアパタイト化合物を含むことを特徴とする触媒である。一般に、アパタイト化合物とは、アパタイト構造を有する化合物であり、固溶体をも含む概念で、一般式:M
a(M’O
b)
cX
2で表すことができる。基本的なアパタイト化合物は、aが10、bが4、cが6であり、a/cが1.67であるM
10(M’O
4)
6X
2で表わされるが、本発明におけるアルカリ金属を結晶構造中に含有するアパタイト化合物(以下、「アパタイト組成物」という)は、前記基本的なアパタイト化合物に限定されるものではなく、a、b及びcが前記値とならない場合も含まれる。固溶体の場合や、a/cが1.67からずれる場合、Mに2価以外の元素が含まれる場合、M’にCやS等の5価以外の元素が含まれる場合等は、a、b及びcは前記値とは異なる値となる。本発明におけるアパタイト組成物では、a/cは1.5〜1.8の間が好ましい。また、本発明におけるアパタイト組成物では、前記一般式において、Mは、特に制限されるものではないが、例えば、Ca、Sr、Pb、Mg、Cd、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、La、H等から選ばれる1種又は2種以上を挙げることができる。これらの中でも、Caが好ましい。また、M’は、特に制限されるものではないが、例えば、P、V、As、C、S等から選ばれる1種又は2種以上を挙げることができる。これらの中でも、P又はPと他の元素の組み合わせが好ましい。Xは、特に制限されるものではないが、例えば、OH、F、Cl等を挙げることができる。本発明におけるアパタイト組成物は、さらにアルカリ金属を結晶構造中に含有する。アルカリ金属としては、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)、フランシウム(Fr)から選ばれる1種又は2種以上を挙げることができる。これらの中でもナトリウム、カリウム又はナトリウムとカリウムの組み合わせが好ましい。
【0012】
本発明におけるアパタイト組成物のアルカリ金属の含有量は、特に制限されるものではないが、不飽和カルボン酸やその誘導体の収率をより高める観点から、アパタイト組成物におけるアルカリ金属の含有率は0.2〜3.0質量%であることが好ましい。アルカリ金属としてナトリウムを用いる場合は、ナトリウムの含有率は、0.5〜3.0質量%がより好ましく、0.5〜1.6質量%がより好ましく、0.7〜1.6質量%がさらに好ましい。アルカリ金属としてカリウムを用いる場合は、カリウムの含有率は、0.2〜2.5質量%がより好ましく、0.2〜1.5質量%がより好ましく、0.3〜1.5質量%がさらに好ましい。また、カリウムを用いる場合は、カリウムの含有率が、0.4〜0.7質量%という少ない含有量であっても、高い収率で不飽和カルボン酸やその誘導体を得ることができる。本発明におけるアパタイト組成物は、アルカリ金属を結晶構造中に含有するが、更に結晶構造外に含有してもよい。ここで、アルカリ金属の含有率(質量%)とは、アルカリ金属を結晶構造中に含有するアパタイト化合物(アパタイト組成物)全体の質量に対するアルカリ金属の質量の割合のことであり、前記アルカリ金属の質量とは、結晶構造中に含有されているアルカリ金属の質量と、アパタイト化合物の表面に付着や担持されるなどして結晶構造外に含有されているアルカリ金属の質量との合計質量のことである。また、アパタイト化合物の結晶構造中に、アルカリ金属が、上記範囲の含有率で含有されていることが好ましく、アルカリ金属がナトリウムの場合は、結晶構造中に含有されるナトリウムの含有率は、0.5〜1.6質量%が好ましく、0.7〜1.6質量%がより好ましく、アルカリ金属がカリウムの場合は、結晶構造中に含有されるカリウムの含有率は、0.2〜1.5質量%が好ましく、0.3〜1.5質量%がより好ましく、0.4〜0.7質量%がさらに好ましい。ここで、結晶構造中に含有されるアルカリ金属の含有率とは、アパタイト組成物全体の質量に対する結晶構造中に含有されるアルカリ金属の質量の割合のことである。
【0013】
本発明におけるアパタイト組成物では、アルカリ金属と前記一般式におけるM、M’との関係が、モル比で、(M+アルカリ金属)/M’が1.58〜1.73であることが好ましい。モル比が前記範囲であると、不飽和カルボン酸やその誘導体の収率をより高めることができる。また、Mはカルシウム(Ca)であることが好ましく、M’はリン(P)であることが好ましい。アルカリ金属がナトリウム(Na)である場合は、モル比で、(Ca+Na)/Pは1.58〜1.73が好ましく、1.61〜1.67がより好ましい。アルカリ金属がカリウム(K)である場合は、モル比で、(Ca+K)/Pは1.60〜1.71が好ましく、1.64〜1.71がより好ましい。上記モル比におけるアルカリ金属のモル数は、結晶構造中に含有されているアルカリ金属のモル数と、アパタイト化合物の表面に付着や担持されるなどして結晶構造外に含有されているアルカリ金属のモル数との合計モル数のことである。また、アパタイト化合物の結晶構造中に含有されるアルカリ金属と前記一般式におけるM、M’との関係が、モル比で、(M+結晶構造中に含有されるアルカリ金属)/M’が1.58〜1.73が好ましい。前記モル比は、結晶構造中に含有されるアルカリ金属がナトリウムの場合は、1.58〜1.73が好ましく、1.61〜1.67がより好ましく、結晶構造中に含有されるアルカリ金属がカリウムの場合は、1.60〜1.71が好ましく、1.64〜1.71がより好ましい。
【0014】
本発明におけるアパタイト組成物では、アルカリ金属がアパタイト化合物の結晶構造中に含有されている。アルカリ金属がアパタイト化合物の結晶構造中に含有されている方が、アルカリ金属がアパタイト化合物の表面に付着や担持されて含有されている場合よりも触媒としての効果が高く、不飽和カルボン酸やその誘導体の収率をより高めることができる。また、アルカリ金属がアパタイト化合物の結晶構造中に含有されていると、触媒としての安定性にも優れる。本発明の触媒は、本発明におけるアパタイト組成物を含むことを特徴とする不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成用触媒である。本発明の合成用触媒は、本発明におけるアパタイト組成物のみからなっていてもよく、他の成分を含んでいてもよい。他の成分を含む場合は、前記アパタイト組成物の触媒機能を阻害しない物質や添加量であることが好ましい。
【0015】
本発明において原料化合物となるヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体としては、特に制限されるものではないが、例えば、乳酸、クエン酸、3−ヒドロキシプロピオン酸、3−ヒドロキシ−2−メチルプロピオン酸、3−ヒドロキシブタン酸、3−ヒドロキシ−2−メチルブタン酸、2,3−ジメチル−3−ヒドロキシブタン酸等のヒドロキシカルボン酸や、これらの塩やエステル等の誘導体を挙げることができる。また、バイオマス由来のヒドロキシカルボン酸を用いることもできる。本発明において合成される不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体としては、特に制限されるものではないが、例えば、アクリル酸、メタクリル酸等の不飽和カルボン酸や、これらのエステル等の誘導体を挙げることができる。
【0016】
本発明におけるアパタイト組成物は、例えば、水熱反応によって合成することができる。水熱反応は、例えば、リン酸、硝酸カルシウム、水酸化ナトリウム等のアルカリ金属源などの各原料化合物の水溶液を混合し、pHを調整して、50〜300℃程度、圧力1×10
5〜1×10
7Pa程度で行えばよい。各原料化合物の使用量の比率やpHを調整することにより、アルカリ金属の含有率を変えることができる。例えば、カルシウム、リン系のアパタイト化合物の場合、基本的な構造のアパタイト化合物では、モル比で、カルシウム(Ca)/リン(P)が1.67であるので、Ca/Pのモル比が1.67より小さくなるように原料を配合して、Caが不足する状態でアパタイト化合物の合成を行うと、アルカリ金属がアパタイト化合物の結晶構造中に取り込まれる。
【0017】
本発明の不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体の合成方法は、原料化合物であるヒドロキシカルボン酸及び/又はその誘導体と本発明の合成用触媒とを接触させて、脱水反応により、不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体を合成する方法である。本発明の合成方法は、ヒドロキシカルボン酸やその誘導体の水溶液を気化させて、本発明の合成用触媒に接触させて行うことが好ましい。ヒドロキシカルボン酸やその誘導体が反応管へ導入される前に縮合してしまうのを抑制することができ、また、反応生成物を氷浴トラップ等で冷却すると、不飽和カルボン酸やその誘導体を含む水溶液となって回収し易くなるからである。ただし、溶媒がなくても反応は進行する。反応温度は、合成される不飽和カルボン酸やその誘導体の収率をより高めるために325〜400℃が好ましく、325〜375℃がより好ましい。反応圧力は、常圧、加圧下、減圧下、いずれの条件でもよい。ヒドロキシカルボン酸やその誘導体の水溶液の濃度も特に制限されないが、効率を考慮すると20〜50質量%が好ましい。ヒドロキシカルボン酸やその誘導体の溶液は、水以外の溶媒を含んでいてもよく、ヒドロキシカルボン酸の場合であれば、アルコールやエーテル等の親水性有機溶媒を、水と共に、あるいは水にかえて用いてもよい。また、誘導体であるヒドロキシカルボン酸エステルが水に溶解しにくい、あるいは溶解しない場合には、溶媒を用いずに反応を行うか、ヒドロキシカルボン酸エステルを溶解することのできる有機溶媒を用いることができる。
【0018】
合成反応を行う形式としては、特に制限されるものではないが、例えば、固定床式、移動床式、流通床式等を挙げることができる。また、キャリアガスとして、窒素、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガスを用いることができる。例えば、固定床流通式反応装置を用いる場合、触媒層の上下流にシリカウールや石英砂等の不活性充填剤を充填してもよい。反応生成物を蒸留、晶析等の公知の精製手段によって精製することにより、高純度の不飽和カルボン酸やその誘導体を得ることができる。
【実施例】
【0019】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
(触媒の調製)
(比較用触媒の調製)
[試料1]
2.35mmolのH
3PO
4水溶液に、7mmolのNH
3水を添加したA液と3.53mmolのCa(NO
3)
2・4H
2Oを蒸留水に溶解したB液とを混合した後、110℃で14時間水熱処理を行った。得られた白色固形物を遠心分離後、水洗し60℃で乾燥した。触媒反応試験にはこの粉末を250〜500μmの粒径に成形して用いた。
[試料2]
2.35mmolのH
3PO
4水溶液に、7mmolのNH
3水を添加したA液と4.40mmolのCa(NO
3)
2・4H
2Oを蒸留水に溶解したB液とを混合した後、110℃で14時間水熱処理を行った。得られた白色固形物を遠心分離後、水洗し60℃で乾燥した。触媒反応試験にはこの粉末を250〜500μmの粒径に成形して用いた。
[試料3]
1gの試料2に0.6mmolのNaOHを含浸担持した後、60℃で乾燥した。触媒反応試験にはこの粉末を250〜500μmの粒径に成形して用いた。
[試料4]
1gの試料2に0.6mmolのKOHを含浸担持した後、60℃で乾燥した。触媒反応試験にはこの粉末を250〜500μmの粒径に成形して用いた。
【0020】
(本発明の触媒の調製)
[試料5〜10]
2.35mmolのH
3PO
4水溶液に、各々1、3、5、7、14、20mmolのNaOHを添加したA液と3.53mmolのCa(NO
3)
2・4H
2Oを蒸留水に溶解したB液とを混合した後、110℃で14時間水熱処理を行った。得られた白色固形物を遠心分離後、水洗し60℃で乾燥した。触媒反応試験にはこの粉末を250〜500μmの粒径に成形して用いた。
【0021】
[試料11、12]
2.35mmolのH
3PO
4水溶液に7mmolのNaOHを添加したA液と各々3.65、3.77mmolのCa(NO
3)
2・4H
2Oを蒸留水に溶解したB液とを混合した後、110℃で14時間水熱処理を行った。得られた白色固形物を遠心分離後、水洗し60℃で乾燥した。触媒反応試験にはこの粉末を250〜500μmの粒径に成形して用いた。
【0022】
[試料13、14]
試料8及び11と同じ原料配合比、同じ条件で水熱処理して得られた白色固形物を遠心分離後、水洗せずに60℃で乾燥して得られた試料を、それぞれ試料13及び14とした。触媒反応試験にはこの粉末を250〜500μmの粒径に成形して用いた。
【0023】
[試料15〜17]
2.53mmolのH
3PO
4水溶液に、8mmolのKOHを添加したA液と3.53mmolのCa(NO
3)
2・4H
2Oを蒸留水に溶解したB液とを混合した後、110℃で14時間水熱処理を行った。得られた白色固形物を遠心分離後、水洗し60℃で乾燥した。触媒反応試験にはこの粉末を250〜500μmの粒径に成形して用いた。
【0024】
[試料18、19]
試料15あるいは16と同じ原料配合比、同じ条件で水熱処理して得られた白色固形物を遠心分離後、水洗せずに60℃で乾燥して得られた試料を、それぞれ試料18及び19とした。触媒反応試験にはこの粉末を250〜500μmの粒径に成形して用いた。
【実施例1】
【0025】
調製された上記試料3及び5〜14のアパタイト化合物には、Naが含有されていた。上記試料1〜3のアパタイト化合物を比較例として、試料1〜3及び5〜14を用いて乳酸からのアクリル酸合成反応を行った。反応は常圧固定床流通式反応装置を用い、触媒の前処理としてAr気流中500℃、3時間焼成した。反応原料である38質量%濃度の乳酸は、予熱されたAr気流中に導入することで触媒と接触させた。触媒量は1.0gとし、350℃の反応温度で6時間行った。触媒層を通過したガスのうち、氷浴で補足された液体生成物と氷浴トラップの出口から排出された気体生成物は別々に回収された。液体生成物については、電子天秤による質量測定の他、高速液体クロマトグラフ(HPLC)、GC−MS、GC−FID、GC−TCD及び全有機体炭素計で分析した。気体生成物については、GC−FID及びGC−TCDを用いて分析した。反応結果を表1にまとめる。HPLCのチャートにおける乳酸およびアクリル酸標準溶液の面積率から、乳酸の転化率は、{1−(生成物の乳酸の面積値/標準試料の面積値)}×100で求め、合成されたアクリル酸の収率は、(アクリル酸の面積値/標準試料の面積値)×100で求めた。なお,乳酸の場合の標準試料は、38質量%の乳酸水溶液0.5gに、0.46MのNaOH水溶液30mlを加えたものとし、アクリル酸の場合の標準試料は、30.4質量%のアクリル酸水溶液に、0.46MのNaOH水溶液30mlを加えたものとした。
【0026】
【表1】
【0027】
表1に示したとおり、試料5〜14のNaを含有したアパタイト化合物は、乳酸を接触させて反応させたところ、脱水反応により、アクリル酸が合成された。試料1及び5〜10は、原料配合におけるCa/Pモル比を一定にしたままアルカリ金属源であるNaOHの添加量を変えて調製したが、アパタイト化合物のNa含有率は、5mmolのNaOHを添加した場合(試料7)に1.56質量%で最大となり、それ以上の量を添加すると、むしろNa含有率は低下した。試料1及び5〜10の調製におけるNaOH添加量とNa含有量(含有率)との関係を
図1に示す。また、ハイドロキシアパタイトの化学量論組成ではCa/Pモル比は約1.67であり、試料1及び5〜10の調製において、アパタイト化合物のNa含有率は、(Ca+Na)/Pモル比が1.67に近づくと減少した。試料1及び5〜10における(Ca+Na)/Pモル比とNa含有量(含有率)との関係を
図2に示す。一方、試料8、11と同じ条件で調製され、水洗を行わなかった試料13、14では、Naの含有率が、試料8、11に比べて増加した。これらのことから、試料5〜12では、Naがアパタイト化合物の結晶構造中に含有されており、試料13及び14では、Naがアパタイト化合物の結晶構造中に含有され、更に表面に付着又は担持されて含有されていることがわかる。また、試料3は、Naを含有しない試料2に、NaOHを含浸担持したものであるため、Naは、アパタイト化合物の結晶構造中には含まれず、表面に付着又は担持されて含有されている。そのため、Naを含有するにもかかわらず、アクリル酸収率は、Naを含有しない試料1や2に比べて著しく低下し、Naがアパタイト化合物の結晶構造中に含有されず、表面に担持された場合は、Naによりむしろ触媒活性が被毒されたことがわかる。なお、図及び表中では、質量%をwt%と表示している。
【0028】
また、アパタイト化合物におけるNaの含有率が0.5〜3.0質量%の範囲にあると、75〜86%という高い収率でアクリル酸を得ることができた。Na含有率が3質量%を超えると、Naを含有しない場合と同等程度のアクリル酸収率となることから、Naをアパタイト化合物の結晶構造中に含有させた方が触媒効果を向上できた。結晶構造中に取り込まれないNaが増加すると、触媒効果はむしろ低下した。試料1、8、11〜14の結果における、Na含有量(含有率)とアクリル酸収率の関係を
図3に示す。また、(Ca+Na)/Pモル比が、1.58〜1.73の範囲では、75%以上という高い収率でアクリル酸を得ることができた。試料1及び5〜10における、(Ca+Na)/Pモル比とアクリル酸収率の関係を
図4に示す。
【実施例2】
【0029】
調製された上記試料4及び15〜19のアパタイト化合物には、Kが含有されていた。上記試料1、2及び4のアパタイト化合物を比較例として、試料1、2、4及び15〜19を用いて乳酸からのアクリル酸合成反応を、実施例1と同じ反応条件で行った。反応結果を表2にまとめる。表2に示したとおり、試料15〜19のKを含有したアパタイト化合物は、乳酸を接触させて反応させたところ、脱水反応により、アクリル酸が合成された。試料15、16と同じ条件で調製され、水洗を行わなかった試料18、19では、Kの含有率が、試料15、16に比べて増加した。試料15〜17では、Kがアパタイト化合物の結晶構造中に含有されており、試料18及び19では、Kがアパタイト化合物の結晶構造中に含有され、更に表面に付着又は担持されて含有されていた。また、アパタイト化合物におけるKの含有率が0.2〜3.0質量%の範囲にあると、76〜84%という高い収率でアクリル酸を得ることができた。K含有率が3質量%を超えると、Kを含有しない場合に近いアクリル酸収率となることから、Kをアパタイト化合物の結晶構造中に含有させた方が触媒効果を向上できた。結晶構造中に取り込まれないKが増加すると、触媒効果はむしろ低下した。試料1及び15〜19の結果における、K含有量(含有率)とアクリル酸収率の関係を
図5に示す。また、(Ca+K)/Pモル比が、1.64〜1.71の範囲では、72%以上という高い収率でアクリル酸を得ることができた。カリウムを用いる場合は、カリウムの含有率が、0.2〜2.5質量%で75%以上、0.4〜0.7質量%という少ない含有率であっても80%以上という高い収率でアクリル酸を得ることができ、Naと比べて少ない含有率であっても高い収率でアクリル酸を得ることができた。また、試料4は、Kを含有しない試料2に、KOHを含浸担持したものであるため、Kは、アパタイト化合物の結晶構造中には含まれず、表面に付着又は担持されて含有されている。そのため、Kを含有するにもかかわらず、アクリル酸収率は、Kを含有しない試料1や2に比べて著しく低下し、Kがアパタイト化合物の結晶構造中に含有されず、アパタイト化合物の表面に担持された場合は、Kによりむしろ触媒活性が被毒されたことがわかる。
【0030】
【表2】
【実施例3】
【0031】
(反応温度の影響)
試料8及び試料16について、反応温度を300〜400℃の範囲で変化させたこと以外は実施例1と同じ反応条件で合成反応を行った。得られた結果の反応温度とアクリル酸収率の関係を
図6に示す。反応温度が300℃の場合は、ラクチドが多量に生成したためアクリル酸の収率は低かったが、325℃以上ではアクリル酸が主生成物として高収率で得られた。400℃でのアクリル酸収率の低下は、主にコーク成分の生成によるものであるが、325〜400℃、特に325〜375℃の範囲では、温度に影響されずに安定して、高い収率が得られた。
【実施例4】
【0032】
(乳酸濃度の影響)
試料1及び試料8について、乳酸水溶液の濃度を1、10、20、38質量%にかえたこと、及び触媒量を0.4gにかえた以外は実施例1と同じ反応条件で合成反応を行った。ナトリウムを含有しない試料1の場合は、乳酸濃度の増加にともない乳酸転化率およびアクリル酸収率の低下は大きく、乳酸濃度38質量%においてアクリル酸収率は53%であった。これに対し、ナトリウムを含有した試料8の場合は、それらの低下が小さく、乳酸濃度38質量%においてアクリル酸収率は76%と高い水準を維持した。結果を
図7に示す。
【実施例5】
【0033】
(乳酸エチルの反応)
乳酸のかわりに乳酸エチルを原料化合物とし、試料1と8を用いてアクリル酸エチルの合成反応を行った。乳酸を乳酸エチルにかえて、乳酸エチル濃度を100質量%とした以外は実施例1と同じ反応条件で行った。反応生成物は、GC−MS及びGC−FIDで分析する際にメタノールで10倍に希釈した以外は実施例1と同様にして分析した。乳酸エチルの転化率は、試料1の場合は55%であったのに対し、試料8の場合は65%であった。またアクリル酸エチルの収率は、試料1の場合は18%であったのに対し、試料8の場合は26%であった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明法では、ヒドロキシカルボン酸および/またはその誘導体から高収率で不飽和カルボン酸および/またはその誘導体を合成でき、例えば、バイオマス由来のヒドロキシカルボン酸および/またはその誘導体を用いることができるため、石油原料に頼ることなく、工業的に有用な不飽和カルボン酸および/またはその誘導体を合成することが可能となる。