【実施例】
【0018】
<実施例1>
実施例1では、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、42°回転Yカットのタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、必要に応じて、各スライスウェハの面粗さをラップ工程により算術平均粗さRa値で0.15μmに調整し、その仕上がり厚みを250μmとした。
【0019】
次に、片側表面を平面研磨によりRa値で0.01μmの準鏡面に仕上げた基板を、Li
3TaO
4を主成分とするLi、Ta、Oから成る粉体の中に埋め込んだ。この場合、Li
3TaO
4を主成分とする粉体として、Li
2CO
3:Ta
2O
5粉をモル比で7:3の割合に混合し、1300℃で12時間焼成したものを用いた。そして、このようなLi
3TaO
4を主成分とする粉体を小容器に敷き詰め、Li
3TaO
4粉中にスライスウェハを複数枚埋め込んだ。
【0020】
そして、この小容器を電気炉にセットし、その炉内をN
2雰囲気として、950℃で60時間加熱して、スライスウェハの表面から中心部へLiを拡散させた。その後、この処理を施したスライス基板に、N
2下でキュリー温度以上の800℃で12時間アニール処理を施すとともに、前記ウェハを降温する過程の770℃〜500℃の間に概略+Z軸方向に2000V/mの電界を印可し、その後温度を室温まで下げる処理を行った。また、この処理の後に、その粗面側をサンドブラストによりRa値で約0.15μmに仕上げ加工を行うと共に、その概略鏡面側を3μmの研磨加工を行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。
【0021】
このように製造したタンタル酸リチウム単結晶基板の1枚について、レーザーラマン分光測定装置(HORIBA Scientific社製LabRam HRシリーズ、Arイオンレーザー、スポットサイズ1μm、室温)を用いて、この基板の外周側面から1cm以上離れた任意の部分について、表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm
-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、
図1に示すラマンプロファイルの結果が得られた。
【0022】
図1の結果によれば、このタンタル酸リチウム単結晶基板は、その基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板の深さ方向に約0μm〜約80μmの位置にかけて、その基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、その基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0023】
また、タンタル酸リチウム単結晶基板表面のラマン半値幅は、6.3cm
-1であり、その基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は、9.3cm
-1であった。なお、
図1の結果では、表面から深さ方向に40μm以下の深さ位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、実施例1では、深さ方向80μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、3.0cm
-1であった。
【0024】
以上の
図1の結果から、実施例1では、タンタル酸リチウム単結晶の基板表面と基板内部のLi濃度が異なる濃度プロファイルを有しており、その基板の深さ方向に約0μm〜約80μmの深さ位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認された。なお、この濃度プロファイルは、基板表面から厚み方向に約100μmの深さまでの間に形成されていることが好ましい。
【0025】
また、
図1の結果から、タンタル酸リチウム単結晶の基板表面から深さ方向に8μmの深さ位置までは、そのラマン半値幅は約6.3cm
-1であるので、下記式(1)を用いると、その範囲における組成は、おおよそLi/(Li+Ta)=0.50となるから、疑似ストイキオメトリー組成になっていることが確認された。
Li/(Li+Ta)=(53.15−0.5FWHM1)/100 (1)
【0026】
さらに、タンタル酸リチウム単結晶の基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約9.3cm
-1であるので、同様に上記式(1)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.485となるから、概略コングルーエント組成であることが確認された。
【0027】
このように、実施例1の回転YカットLiTaO
3基板の場合、基板表面からLi濃度が減少し始めるまでの範囲又はLi濃度が増大し終わるまでの範囲は、疑似ストイキオメトリー組成であり、基板の厚み方向の中心部は、概略コングルーエント組成である。そして、Li濃度が増大し始める位置又はLi濃度が減少し終わる位置は、基板表面から厚み方向に5〜10μmの位置よりも深い位置であることが好ましい。
【0028】
次に、このLi拡散を施した4インチのタンタル酸リチウム単結晶基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、その値は80μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。
【0029】
また、前記Li拡散を施した4インチの42°Yカットタンタル酸リチウム単結晶基板から切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)を用いて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、実施例1のタンタル酸リチウム単結晶基板は、圧電性を有することから、弾性表面波素子として使用可能であることが確認された。
【0030】
次に、前記のLi拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の研磨表面をX軸方向に伝搬する弾性波のうち厚み方向と伝搬方向の振動を主成分とするシェアバーティカルタイプの弾性波(SV波又はリーキー波)の音速を上記非特許文献2に記載される超音波顕微鏡にて測定したところ、SV波の音速は、23.0℃の温度において3166.9(m/s)であった。また、同一面内のX軸と垂直方向のSV波の音速は23.0℃の温度において3201.2(m/s)であった。
【0031】
なお、実施例1では、シェアバーティカルタイプの弾性波の音速は、X軸方向について測定しているが、基板表面の面内方向の何れかの方向のシェアバーティカルタイプの弾性波の音速を調節しても良い。一例として、Liの拡散処理を施したLiTaO
3基板に800〜1000℃の範囲でアニール処理を施して、この基板の面内でX軸と垂直方向に伝搬する弾性波のうち厚み方向と伝搬方向の振動を主成分とするシェアバーティカルタイプの弾性波の音速を3170m/s以上3250m/s以下に、好ましくは、3195m/s以上3205m/s以下に調節することであっても良い。
【0032】
比較のために、Li拡散処理を施さない42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の研磨表面をX軸方向に伝搬する弾性波のうち厚み方向と伝搬方向の振動を主成分とするシェアバーティカルタイプの弾性波(SV波又はリーキー波)の音速は、23.0℃の温度において3126.5(m/s)であった。また、同一面内のX軸と垂直方向のSV波の音速は、23.0℃の温度において3161.0(m/s)であった。
【0033】
次に、本実施例1により得られたLi拡散処理を施した42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板にスパッタ処理を施して0.2μm厚のAl膜を成膜し、その後に、この処理を施した基板にレジストを塗布するとともに、ステッパにて1段のラダー型フィルタの電極パタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用の電極を施した。なお、このパタニングしたSAW電極の一波長は直列共振子の場合2.33μm、並列共振子の一波長は2.42μmとした。
【0034】
そして、この1段のラダー型フィルタについて、RFプローバーによりそのSAW波形特性を確認したところ、
図2に示す結果が得られた。
図2中には、比較のために、Li拡散処理を施さない42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板に前記と同一のパタンを形成して、そのSAW波形を測定した結果を併せて図示している。
【0035】
図2の結果から、Li拡散処理を施した42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板よりなるSAWフィルタの挿入損失が3dB以下となる周波数幅は、37MHzであり、そのフィルタの中心周波数は、1745MHzであることが確認された。
【0036】
また、ステージの温度を約16℃〜70℃と変化させて、反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、共振周波数の温度係数は-20.3ppm/℃であり、反共振周波数の温度係数は-41.7ppm/℃であったので、平均の周波数温度係数は、-31ppm/℃であることが確認された。
【0037】
比較のために、Li拡散処理を施さない42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の温度係数を確認したところ、共振周波数の温度係数は-32ppm/℃であり、反共振周波数の温度係数は-42ppm/℃であったので、平均の周波数温度係数は、-37ppm/℃であることが確認された。
【0038】
したがって、実施例1のタンタル酸リチウム単結晶基板は、Li拡散処理のなされていない基板と比べて、そのフィルタの挿入損失が3dB以下となる帯域が1.3倍広帯域であり、同じ電極を用いても中心周波数が1.03倍と高周波化していることが確認された。また、温度特性についても、平均の周波数温度係数がLi拡散処理のなされていない基板と比べて、6.0ppm/℃程小さく、温度に対して特性変動が少ないことから、温度特性が良好であることも確認された。
【0039】
次に、本実施例1により得られたLi拡散処理を施した42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板に前記SAW電極を施す他に、波長4.8μmの1ポートSAW共振子をも前記と同様に施して、
図3に示すSAW波形を得た。なお、
図3中には、比較のために、Li拡散処理を施さない42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板に前記と同一のパタンを形成して、そのSAW波形を測定した結果を併せて図示している。
【0040】
そして、
図3のSAW波形の結果から、反共振周波数と共振周波数の値を求めるとともにその差分を求める一方で、Li拡散処理を施さない42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板についても、同様にその差分を求めて、両者の差分の比を計算した。
この差分の比は、Li拡散処理を施さない42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の電気機械結合係数を1とした場合、本実施例1のLi拡散処理を施した42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の相対電気機械結合係数を表すものである。そして、実施例1では、その相対電気機械結合係数は1.3であることが確認された。また、前記の反共振周波数と共振周波数の値を波長で割ることより求めたシェアホリゾンタルタイプの平均SAW音速を求めて、その値を表1に記載した。
【0041】
<実施例2>
実施例2では、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、42°回転Yカットのタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、必要に応じて、各スライスウェハの面粗さをラップ工程により算術平均粗さRa値で0.15μmに調整し、その仕上がり厚みを250μmとした。
【0042】
また、片側表面を平面研磨によりRa値で0.01μmの準鏡面に仕上げた基板を、Li
3TaO
4を主成分とするLi、Ta、Oから成る粉体の中に埋め込んだ。この場合、Li
3TaO
4を主成分とする粉体として、Li
2CO
3:Ta
2O
5粉をモル比で7:3の割合に混合し、1300℃で12時間焼成したものを用いた。そして、このようなLi
3TaO
4を主成分とする粉体を小容器に敷き詰め、Li
3TaO
4粉中にスライスウェハを複数枚埋め込んだ。
【0043】
そして、この小容器を電気炉にセットし、その炉内をN
2雰囲気として、950℃で60時間加熱して、スライスウェハの表面から中心部へLiを拡散させた。その後、この処理を施したスライス基板に、N
2下でキュリー温度以上の800℃〜1000℃で12時間アニール処理し、その後温度を室温まで下げる処理を行った。また、この処理後に、その粗面側をサンドブラストによりRa値で約0.15μmに仕上げ加工を行うと共に、その概略鏡面側を3μmの研磨加工を行って、タンタル酸リチウム単結晶基板を得た。
【0044】
この実施例2では、800℃〜1000℃の範囲内でアニール処理が施された42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の5種類の試料について、その表面のラマン半値幅、基板厚み方向中央部のラマン半値幅、相対電気機械結合係数、平均の周波数温度係数、X軸方向に伝搬する弾性波のうち厚み方向と伝搬方向の振動を主成分とするシェアバーティカルタイプの弾性波の23℃の温度におけるSV波音速、X軸方向と垂直方向の23℃の温度におけるSV波音速及びSH波平均音速の結果を、実施例1に記載した同様の方法でそれぞれ求めたところ、その結果は、次の表1に示すとおりである。
【0045】
なお、表1には、比較のために、実施例1の結果とLi拡散処理を施さない42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の結果を併せて表記した。
【0046】
【表1】
【0047】
表1の結果から、800℃〜1000℃の温度でアニール処理した5種類の試料は、何れもX軸方向の23℃におけるSV波音速が3140m/s以上であり、平均の周波数温度係数も、アニール処理無しの従来の試料より小さい値であることが確認された。
【0048】
<実施例3>
実施例3では、38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板を用いて、実施例1及び実施例2と同様の実験を行ったところ、実施例3でも、表1に示す結果と同様の特性を有することが確認された。
【0049】
<実施例4>
実施例4では、実施例1と同様の材料を10バッチ続けて作製し、その後、10バッチの材料に実施例1と同様のLiの拡散処理とアニール処理を施すとともに、研磨処理を終えた4インチの42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板について、その研磨表面をX軸方向に伝搬する弾性波のうち厚み方向と伝搬方向の振動を主成分とするシェアバーティカルタイプの弾性波(SV波又はリーキー波)の音速を実施例1と同様の超音波顕微鏡を用いて測定したところ、10バッチのSV波の音速は、何れも23.0℃の温度において3166±1(m/s)の範囲内の値であることが確認された。また、これらのウェハについて、実施例1と同様な手法でシェアホリゾンタルタイプの平均SAW音速を求めたところ、その値は、23.0℃において4249±1.5m/sの範囲内であった。
【0050】
以上の実施例の結果から明らかなように、概略コングルーエント組成のLiTaO
3基板の表面から内部へLiを拡散させて、その基板表面と基板内部とのLi濃度が異なる濃度プロファイルを有するように改質した36°Y〜49°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板について、その表面のX軸方向に伝搬する弾性波のうち厚み方向と伝搬方向の振動を主成分とするシェアバーティカルタイプの弾性波(SV波又はリーキー波)の音速が3140m/s以上3200m/s以下となるようにアニール処理を施して調節すれば、その温度特性が従来の回転YカットLiTaO
3基板よりも小さく、しかも電気機械結合係数を携帯電話のバンドに合わせて適宜調整可能な弾性表面波素子用タンタル酸リチウム単結晶基板とこれを用いたSAWデバイスを容易に提供することができるというメリットがある。
【0051】
特に、SV波の音速が3160m/s以上3170m/s以下となるように調節すれば、スマートフォンに必要な広帯域で、しかも温度特性が従来の回転YカットLiTaO
3基板よりも小さいタンタル酸リチウム単結晶基板とこれを用いたSAWデバイスを安価に提供することができる。
【0052】
また、シェアバーティカルタイプ(SV波)のSAW音速は、デバイスを構成せずに測定することができるため、SAWデバイスに必要とされるシェアホリゾンタルタイプのSAWの音速を非破壊的に予測することが可能であるから、温度特性が安定した材料を安価に提供することができるというメリットもある。