特許第6408321号(P6408321)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6408321X線結晶構造解析用のタンパク質結晶の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6408321
(24)【登録日】2018年9月28日
(45)【発行日】2018年10月17日
(54)【発明の名称】X線結晶構造解析用のタンパク質結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/58 20060101AFI20181004BHJP
   C30B 7/00 20060101ALI20181004BHJP
   G01N 23/20 20180101ALI20181004BHJP
   C07K 1/14 20060101ALI20181004BHJP
【FI】
   C30B29/58
   C30B7/00
   G01N23/20
   C07K1/14
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-193144(P2014-193144)
(22)【出願日】2014年9月22日
(65)【公開番号】特開2016-64936(P2016-64936A)
(43)【公開日】2016年4月28日
【審査請求日】2016年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】598014814
【氏名又は名称】株式会社コンポン研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100144417
【弁理士】
【氏名又は名称】堂垣 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】武田 佳宏
(72)【発明者】
【氏名】真船 文隆
【審査官】 今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2013/0090459(US,A1)
【文献】 特開2011−031333(JP,A)
【文献】 武田佳宏、真船文隆、近藤保,リゾチーム結晶中への金微粒子の集積化,日本化学会講演予稿集,日本,日本化学会,2010年 3月12日,Vol.90th, No.3,p.670(1 C3-55)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/58
C07K 1/14
C30B 7/00
G01N 23/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒、前記溶媒中に分散している微粒子又はクラスター、及びX線結晶構造解析で評価すべきタンパク質を含む溶液から、前記微粒子又はクラスターを結晶核として前記タンパク質を結晶化させることを含む、X線結晶構造解析用のタンパク質結晶の製造方法。
【請求項2】
前記微粒子又はクラスターが、金属微粒子又は金属クラスターである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記溶液が、前記溶媒中への前記微粒子又はクラスターの分散を安定化する安定化剤を含む、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記安定化剤が、カルボン酸、界面活性剤、及び高分子化合物からなる群より選択される、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法によってX線結晶構造解析用のタンパク質結晶を製造すること、及び
前記X線結晶構造解析用のタンパク質結晶について、X線結晶構造解析を行って、前記X線結晶構造解析用のタンパク質結晶を構成するタンパク質の立体構造を分析すること、
を含む、X線結晶構造解析方法。
【請求項6】
結晶核となる微粒子又はクラスター及びX線結晶構造解析で評価すべきタンパク質を含む、X線結晶構造解析用のタンパク質結晶。
【請求項7】
前記微粒子又はクラスターが、金属微粒子又は金属クラスターである、請求項に記載のタンパク質結晶。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の前記X線結晶構造解析用のタンパク質結晶について、X線結晶構造解析を行って、前記X線結晶構造解析用のタンパク質結晶を構成するタンパク質の立体構造を分析することを含む、X線結晶構造解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線結晶構造解析用のタンパク質結晶の製造方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、X線結晶構造解析用のタンパク質結晶の製造方法であって、専用の設備等を用いることなく、タンパク質の結晶化を促進することができる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の機能は、その立体構造と密接に関連しており、タンパク質の機能を理解するためには、その立体構造の解明が必要である。現在のところ、数万以上の分子量を有するタンパク質の立体構造の解明には、X線結晶構造解析法が唯一の方法である。この方法を用いる場合、タンパク質を結晶化する必要がある。
【0003】
しかしながら、結晶を作製することが非常に難しいタンパク質が存在し、これらのタンパク質の結晶を如何にして作るかという課題がある。そのため、かかる課題の解決が望まれている。
【0004】
特許文献1のタンパク質結晶化条件探索方法では、タンパク質結晶化剤とタンパク質が溶解している溶液とを混合する工程によって、効率的に結晶化条件を探索できるようにしている。
【0005】
特許文献2の生体高分子種の急速結晶化方法では、晶析反応装置で電界を用いて生体高分子種の濃縮溶液を生成する工程と、その晶析反応装置内で結晶を得る工程によって、短時間で大きな結晶が得られるようにしている。
【0006】
特許文献3の結晶核の製造方法では、結晶化対象の溶質が溶解している溶液に対し、パルスレーザーを照射することにより結晶核を生成している。
【0007】
なお、特許文献4では、金属微粒子、高分子微粒子等のナノ物質の構造解析に関して、分析対象のナノ物質とタンパク質を溶媒中に共存させた状態でタンパク質を結晶化させて、タンパク質の結晶の細孔中にナノ物質を集積化してナノ物質集積体を得、それをX線結晶構造解析で分析することが提案されている。ここでは、このタンパク質として既知のタンパク質を用いることにより、既知のタンパク質の回折散乱像を、ナノ物質集積体の回折散乱像から減算して、ナノ物質の回折散乱像を求めることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許出願公開第2013−0344523号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開第2009−0101491号明細書
【特許文献3】国際公開第2004−018744号明細書
【特許文献4】特開2011−31333号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1のタンパク質結晶化条件探索方法では、タンパク質結晶化剤によって、タンパク質が不規則に凝集してしまう可能性がある。
【0010】
特許文献2の生体高分子種の急速結晶化方法では、電界を用いるため、専用の設備、資材、条件が必要である。
【0011】
特許文献3の結晶核の製造方法では、レーザーを用いるため、専用の設備、資材、条件が必要である。
【0012】
特許文献4のナノ物質集積体の製造方法は、金属微粒子、高分子微粒子等のナノ物質の構造解析のためのものである。
【0013】
したがって、本発明は、専用の設備等を用いること無く、タンパク質の結晶化を促進することができるX線結晶構造解析用のタンパク質結晶の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、下記のとおりである。
〈1〉溶媒、上記溶媒中に分散している微粒子又はクラスター、及びX線結晶構造解析で評価すべきタンパク質を含む溶液から、上記微粒子又はクラスターを結晶核として上記タンパク質を結晶化させることを含む、X線結晶構造解析用のタンパク質結晶の製造方法。
〈2〉上記微粒子又はクラスターが、金属微粒子又は金属クラスターである、〈1〉項に記載の製造方法。
〈3〉上記溶液が、上記溶媒中への上記微粒子又はクラスターの分散を安定化する安定化剤を含む、〈1〉項又は〈2〉項に記載の製造方法。
〈4〉上記安定化剤が、カルボン酸、界面活性剤、及び高分子化合物からなる群より選択される、〈3〉項に記載の製造方法。
〈5〉結晶核となる微粒子及びX線結晶構造解析で評価すべきタンパク質を含む、X線結晶構造解析用のタンパク質結晶。
〈6〉上記微粒子又はクラスターが、金属微粒子又は金属クラスターである、上記〈1〉項に記載のタンパク質結晶。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、専用の設備等を用いること無く、タンパク質の結晶化を促進することができるX線結晶構造解析用のタンパク質結晶の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々変形して実施できる。
【0017】
《X線結晶構造解析用の結晶化タンパク質の製造方法》
本発明は、X線結晶構造解析用のタンパク質結晶を製造する方法である。
【0018】
X線結晶構造解析用タンパク質結晶を製造する本発明の方法は、溶媒、溶媒中に分散している微粒子又はクラスター、及びX線結晶構造解析で評価すべきタンパク質を含む溶液から、微粒子又はクラスターを結晶核としてタンパク質を結晶化させることを含む。
【0019】
一般に、タンパク質の結晶化は、結晶核形成と、結晶成長の2段階で構成されている。タンパク質の結晶核はタンパク質濃度の高い領域で形成されるが、結晶核は不安定であり、ある程度の大きさにならないと安定しない。したがって、従来のタンパク質の結晶化法では、結晶核が形成しにくい又は形成されないため、タンパク質の結晶を作製できない場合があった。
【0020】
これに対してX線結晶構造解析用のタンパク質結晶を製造する本発明の方法では、微粒子又はクラスターが溶媒中に分散していることにより、微粒子又はクラスター及びタンパク質が相互作用し、それらから形成される結晶核の出現頻度が増加し、タンパク質の結晶化を促進することができる。
【0021】
この微粒子又はクラスターとタンパク質の相互作用は、静電的相互作用、疎水性相互作用を含む複合的要因による相互作用である。これには、微粒子又はクラスターの周囲に存在する安定化剤とタンパク質との相互作用も含む。この相互作用により微粒子又はクラスターの周囲にタンパク質濃度の局所的に高い領域が生成し、その結果、核形成が促進される。この複合体内の核形成だけでなく、複数の複合体の融合による結晶核形成も考えられる。またこの複合体内で微粒子又はクラスターの表面電位によってタンパク質の表面電位が摂動を受け、不規則な凝集が抑制されると同時に、複合体内又は複数の複合体の融合による核形成も促進される。
【0022】
さらに、X線結晶構造解析用のタンパク質結晶を製造する本発明の方法では、専用の設備等を用いることがないため、簡便なプロセス、低コスト、及び低い環境負荷を実現することができる。
【0023】
(微粒子)
本発明の方法で用いる溶液では、微粒子又はクラスターは溶媒中に分散している。任意の方法で、微粒子又はクラスターを溶媒中に分散させることができる。
【0024】
微粒子又はクラスターを溶媒中に分散させるためには例えば、pH等を調整して微粒子又はクラスター表面の電荷状態を制御し、微粒子又はクラスター同士を反発させ合い、それらの凝集を防止することによって、微粒子又はクラスターを溶媒中に分散させることができる。
【0025】
微粒子又はクラスター表面の電荷状態は、直接的に計測できないが、ゼータ電位(界面動電電位)を計測することにより、間接的に知ることができる。一般に、ゼータ電位の絶対値が大きい場合、微粒子表面の電荷密度が高く、それによって微粒子同士は反発し合う。それとは逆に、ゼータ電位の絶対値が小さい場合、微粒子又はクラスター表面の電荷密度が低く、それによって微粒子又はクラスター同士は凝集し易くなる。
【0026】
例えば、Pt微粒子のゼータ電位はpHに大きく依存し、そのゼータ電位は、pHが8以下の場合には、pHの減少とともに微増する一方で、pHが8よりも大きい場合には、pHの増加とともに急激に減少する。
【0027】
これは、微粒子の表面の白金原子が一部酸化されており、pHの減少とともに酸化された白金原子はPt−OHになり、それと同時にPt微粒子表面の一部のPt原子にプロトンが付加してPt−Hとなって、正電荷の密度が高まることにより、ゼータ電位が上昇するためである。一方で、pHの増加とともに酸化された白金原子がPt−Oになり、さらにPt微粒子表面の一部が脱プロトン化されて正電荷の密度が低下することにより、ゼータ電位が低下するためと考えられる。
【0028】
また、微粒子又はクラスターを溶媒中に分散させるためには、下記に示す安定化剤を溶媒中に含有させることができる。
【0029】
微粒子又はクラスターの平均粒径は、溶媒中での微粒子の分散性を高めるために、1000nm以下、500nm以下、100nm以下、50nm以下、20nm以下、又は10nm以下、又は1nm以下にすることができる。本発明においては、1nm以上の大きさの粒子を「微粒子」として言及し、また1nm未満の大きさの粒子を「クラスター」として言及する。微粒子の平均粒径は、微粒子の取り扱い性を改良するために、1nm以上、又は5nm以上にすることができる。なお、微粒子の平均粒径は、例えば、大塚電子製の動的光散乱測定装置(ELSZ−1000Z型)等を用いて測定することができる。
【0030】
微粒子又はクラスターの濃度は、溶液のpH、タンパク質の溶解度及び濃度、溶媒の種類、並びに結晶化温度等に応じて適宜に決定すればよく、特に制限はない。例えば微粒子の濃度は、その数を基準として、タンパク質の結晶化を促進するために、1nM〜200nM、好ましくは10nM〜150nM、更に好ましくは15nM〜100nM、特に好ましくは20nM〜80nMの範囲にすることができる。
【0031】
微粒子又はクラスターとしては、任意の微粒子又はクラスターを用いることができ、例えば、金属微粒子又は金属クラスター、非金属微粒子又は非金属クラスター、又は高分子微粒子又は高分子クラスター等を挙げることができる。
【0032】
金属微粒子又は金属クラスターとしては、典型金属、遷移金属の微粒子又はクラスターであれば特に制限はない。典型金属微粒子又はクラスターとしては、例えば、Li、Be、Na、Mg、Al、K、Ca、Zn、Ga、Ge、Rb、Sr、Cd、In、Sn、Sb、Cs、Ba、Hg、TI、Pb、Bi、Po、Fr、Ra等を挙げることができる。遷移金属微粒子又はクラスターとしては、例えば、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、ランタノイド系、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、アクチノイド系、Rf、Db、Sg、Bh、Hs、Mt等を挙げることができる。遷移金属微粒子又はクラスターの中では、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Cu、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Mo、W、Ta及びNbであることがより好ましく、Au、Ag及び白金族(Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt)等の貴金属であることが酸化されにくいこと等の点からさらに好ましく、Au、Ptが特に好ましい。また、GaAs、GaTe、CdSe等の複合金属の微粒子又はクラスターであってもよい。
【0033】
金属微粒子又はクラスターの製造方法としては、水等の液体中で金属プレート表面をレーザー照射又はマイクロ波照射によりアブレーションする方法、界面活性剤を添加した水等の液体中で金属プレート表面をレーザー照射又はマイクロ波照射によりアブレーションする方法、化学的に還元する方法、又は溶液中で放電する方法等が挙げられ、特に制限はない。
【0034】
非金属微粒子又は非金属クラスターとしては、有機色素、有機顔料等の有機化合物、又は無機顔料等の無機化合物等の微粒子又はクラスターが挙げられる。
【0035】
高分子微粒子又は高分子クラスターとしては、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、又はラテックス等の微粒子又はクラスターが挙げられる。
【0036】
(安定化剤)
上記のように、微粒子又はクラスターを溶媒中に分散させるためには、安定化剤を溶媒中に含有させることができる。
【0037】
溶媒中に安定化剤が無い場合、微粒子又はクラスターは、溶媒との親和性が低い等の理由でエネルギー的に不安定であり、微粒子又はクラスター同士又は微粒子又はクラスター及び任意の物質で凝集及び/又は沈殿してしまうことがある。
【0038】
その一方で、溶媒中に安定化剤が存在する場合、安定化剤が微粒子又はクラスターの表面に配位することによって、微粒子又はクラスターの凝集及び沈殿を防止し、溶媒中への微粒子又はクラスターの分散を安定化することができる。
【0039】
なお、安定化剤が両親媒性の非イオン性物質である場合、上記微粒子又はクラスターの表面電荷に影響を及ぼすことは、あったとしても、ほとんどない。
【0040】
安定化剤の濃度としては、溶液のpH、タンパク質の濃度、溶媒の種類、及び結晶化温度等に応じて適宜に決定すればよく、特に制限はないが、溶媒中への微粒子又はクラスターの分散を安定化する観点から、10mg/mL以上、50mg/mL以上、100mg/mL以上、150mg/mL以上、200mg/mL以上、300mg/mL以上、500mg/mL以上、又は1000mg/mL以上でよく、微粒子又はクラスター及びタンパク質の相互作用を促進する観点から、10000mg/mL以下、5000mg/mL以下、3000mg/mL以下、1000mg/mL以下、500mg/mL以下、300mg/mL以下、又は100mg/mL以下でよい。
【0041】
安定化剤としては、溶媒中への微粒子又はクラスターの分散を安定化することができれば、任意の安定化剤でよく、例えば、カルボン酸系安定化剤、界面活性剤系安定化剤、又は高分子化合物系安定化剤を挙げることができる。
【0042】
カルボン酸系安定化剤としては、例えば、クエン酸又はシュウ酸系安定化剤等を挙げることができる。
【0043】
界面活性系安定化剤としては、アニオン系、カチオン系、ノニオン系、又は両性の界面活性剤を使用することが可能であって、例えば、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)又はオレイン酸系安定化剤等を挙げることができる。
【0044】
高分子化合物系安定化剤としては、例えば、ポリビニルピロリドン(PVP)又はポリビニルピリジン系安定化剤等を挙げることができる。
【0045】
(X線結晶構造解析で評価すべきタンパク質)
X線結晶構造解析で評価すべきタンパク質は、溶媒、及び溶媒中に分散している微粒子又はクラスターを含む溶液に含まれる。さらに、このタンパク質を結晶化し易くするために、溶液中のタンパク質の溶解度を調整する任意選択的なタンパク質の溶解度調整剤を、溶液中に添加してもよい。
【0046】
X線結晶構造解析で評価すべきタンパク質は、随意に選択することが可能である。
【0047】
X線結晶構造解析で評価すべきタンパク質の濃度としては、微粒子又はクラスターの濃度、溶液のpH、タンパク質の溶解度、溶媒の種類、及び結晶化温度等に応じて適宜に決定すればよく、特に制限はないが、タンパク質の分子量が高い場合、溶液中のタンパク質の分子数が少なくなることを考慮して、1mg/mL以上、5mg/mL以上、10mg/mL以上、50mg/mL以上、100mg/mL以上、150mg/mL以上、又は200mg/mL以上でよく、微粒子又はクラスター及びタンパク質による結晶核の形成を容易にする観点から、タンパク質が微粒子の周囲に十分に存在するようにするために、10000mg/mL以下、5000mg/mL以下、3000mg/mL以下、1000mg/mL以下、500mg/mL以下、300mg/mL以下、又は100mg/mL以下でよい。
【0048】
X線結晶構造解析で評価すべきタンパク質の溶解度調整剤としては、微粒子又はクラスターの濃度、溶液のpH、タンパク質の濃度及び溶解度、並びに結晶化温度等に応じて適宜に選択すればよく、例えば、塩化ナトリウム(NaCl)、硫酸アンモニウム等の無機塩、ポリエチレングリコール(PEG)、エタノール等のアルコール類、NP−40(polyoxyethylene(9)octylphenylether)等の非イオン性界面活性剤等を挙げることができる。
【0049】
X線結晶構造解析で評価すべきタンパク質の溶解度調整剤の濃度は、微粒子又はクラスターの濃度、溶液のpH、タンパク質の濃度及び溶解度、並びに結晶化温度等に応じて適宜に決めればよく、特に制限はない。
【0050】
X線結晶構造解析で評価すべきタンパク質の溶解度調整剤と、安定化剤との相性としては、微粒子又はクラスターの濃度、溶液のpH、タンパク質の濃度及び溶解度、並びに結晶化温度等に応じて適宜に決めればよく、特に制限はないが、例えば、Pt微粒子の分散性を高くする観点から、塩化ナトリウムとPVPの相性がよい。
【0051】
(溶媒)
溶媒は、微粒子又はクラスター及びX線結晶構造解析で評価すべきタンパク質を含む溶液に含まれる。
【0052】
溶媒の種類としては、タンパク質を溶解させ、かつ微粒子又はクラスターを溶解又はできるだけ均一に分散させるものであればよく、特に制限はないが、水や一般的な有機溶媒を使用することができる。
【0053】
水としては、特に制限はなく、結晶化を促進させるためには不純物が少ない方がよく、通常はイオン交換水等の純水、超純水が用いられる。
【0054】
有機溶媒としては、アルコール系溶媒、例えば、メタノール、エタノール、及びイソプロピルアルコール等;芳香族系溶媒、例えば、ベンゼン及びトルエン等;ハロゲン系溶媒、例えば、塩化メチレン、クロロホルム、及び四塩化炭素等;直鎖飽和炭化水素系溶媒、例えば、n−ヘキサン及びn−ヘプタン等;シクロヘキサン等の環状飽和炭化水素系溶媒;並びにアセトニトリル等のニトリル系溶媒を用いることができる。この中で、適用範囲が広いことから水、アルコール系溶媒が好ましく、水がより好ましい。
【0055】
(X線結晶構造解析用の結晶化タンパク質)
X線結晶構造解析用の結晶化タンパク質は、微粒子又はクラスターを結晶核としてタンパク質を結晶化させる。
【0056】
タンパク質を結晶化させる方法としては、任意の結晶化方法を用いてよく、例えば、蒸気拡散法、バッチ法、液液拡散法、透析法、又はシーディング法等を挙げることができる。
【0057】
蒸気拡散法としては、例えば、ハンギング・ドロップ(hanging drop)法若しくはシッティング・ドロップ(sitting drop)法等を挙げることができる。
【0058】
ハンギング・ドロップ法とは、タンパク質及び微粒子を含んだ溶液の液滴をカバーガラス等に付着させて吊り下げ、その100倍程度の容量のリザーバ溶液に対して密閉系で蒸気平衡化させる方法である。
【0059】
シッティング・ドロップ法とは、タンパク質及び微粒子を含んだ溶液の液滴をくぼみに静置させ、その100倍程度の容量のリザーバ溶液に対して密閉系で蒸気平衡化させる方法である。
【0060】
リザーバ溶液としては、タンパク質及び微粒子又はクラスターを除いた溶液と同じ組成の溶液又は最終到達目標の組成の溶液を用いればよい。
【0061】
結晶化の温度は、使用するタンパク質の結晶化のし易さ、タンパク質及び微粒子の結晶化溶液中の濃度、タンパク質の溶解度調整剤の濃度等に応じて決めればよく、使用するタンパク質及び微粒子又はクラスター等が分解されない温度であれば特に制限はない。例えば、0℃〜90℃の範囲である。
【0062】
結晶化させるための時間は、使用するタンパク質の結晶化のしやすさ、タンパク質及びナノ物質の結晶化溶液中の濃度、タンパク質の溶解度調整剤の濃度等に応じて決めればよく、特に制限はない。例えば、60分〜10000時間程度である。
【0063】
《X線結晶構造解析用の結晶化タンパク質》
本発明のX線結晶構造解析用のタンパク質結晶は、結晶核となる微粒子又はクラスター及びX線結晶構造解析で評価すべきタンパク質を含む。
【0064】
X線結晶構造解析用のタンパク質結晶は、例えば、SBDD(Structure−Based Drug Design)などの創薬研究で用いることができる。
【0065】
以下に示す実施例を参照して本発明をさらに詳しく説明するが、本発明の範囲は、これらの実施例によって限定されるものでないことは言うまでもない。
【実施例】
【0066】
《実施例1》
〈タンパク質溶液の調製〉
溶媒としての純水に、タンパク質としてのリゾチーム及びタンパク質の溶解度調整剤としての塩化ナトリウム(NaCl)を溶解させて、タンパク質溶液を調製した。
【0067】
〈微粒子溶液の調製〉
溶媒としての純水5mLに、安定化剤としてのPVPを55mg、溶解させた。この溶液を容器に入れ、容器の底部にPt金属プレートを設置した。この金属プレートに波長1064nm及びパルス幅10nSのパルスレーザーを照射することによりアブレーションし、溶液中にPt微粒子を単分散させ、Pt微粒子溶液を調製した。
【0068】
〈ゼータ電位の測定〉
上記Pt微粒子のゼータ電位を測定した。それによれば、pHが8以上のときには、pHの増加とともにPt微粒子のゼータ電位の絶対値が大きく増加したが、pHが8以下のときには、Pt微粒子のゼータ電位の絶対値が小さく、例えばpHが3.0のときにはゼータ電位が約1mVであった。
【0069】
〈タンパク質の結晶化〉
タンパク質溶液及び微粒子溶液を混合して混合溶液を得、この混合溶液に対してシッティング・ドロップ法を用いることにより、タンパク質の結晶化を行った。なお、このときの混合溶液において、タンパク質としてのリゾチームの濃度は14.3mg/ml、タンパク質の溶解度調整剤としてのNaClの濃度は4質量%、溶液のpHは4、微粒子の濃度は13.2nMであった。
【0070】
〈評価〉
結晶化を3回行ったところ、タンパク質結晶は平均で9.5個得られた。
【0071】
《実施例2〜
混合溶液における微粒子の濃度を下記の表1で示すように変更したことを除いて実施例1と同様にして、タンパク質の結晶化を行った。
【0072】
《比較例1》
微粒子溶液を用いなかったこと、したがって微粒子及び安定化剤を用いなかったことを除いて実施例1と同様にして、タンパク質の結晶化を行った。
【0073】
《比較例2》
PVPが粒子表面のみに付着したPt微粒子を作製した。これは、遠心機を用いてPt微粒子の沈殿と純水中再分散によるPt微粒子の洗浄を3回繰り返した。これ以上の安定化剤を用いなかったことを除いて実施例1と同様にして、タンパク質の結晶化を行った。
【0074】
〈結果〉
実施例1〜、並びに比較例1及び2の実験の条件の概略及び評価結果を、下記の表1に示している。
【0075】
【表1】
【0076】
《実施例8〜13》
リゾチームの濃度を13.0mg/mlにしたこと、及び混合溶液における微粒子の濃度を下記の表2で示すように変更したことを除いて実施例1と同様にして、タンパク質の結晶化を行った。
【0077】
《比較例3》
リゾチームの濃度を13.0mg/mlにしたこと、微粒子溶液を用いなかったこと、したがって微粒子を用いなかったことを除いて実施例8と同様にして、タンパク質の結晶化を行った。
【0078】
〈結果〉
実施例8〜13、並びに比較例3の実験の条件の概略及び評価結果を、下記の表2に示している。
【0079】
【表2】
【0080】
表1及び表2では、Pt微粒子の濃度に比例して、リゾチームの結晶個数の平均値が増加していることが分かる。特に、この傾向は、リゾチームの濃度が高いことを示す表1から顕著である。また、表1の実施例1〜及び比較例1を比較すると、比較例1より実施例1、3〜6の方が結晶個数の平均値で上まわることが分かる。さらに、表2の実施例8〜13及び比較例3を比較しても、同様の結果であることが分かる。
【0081】
この結果は、Pt微粒子が分散していることにより、Pt微粒子及びリゾチームが相互作用し、それらから形成される結晶核の出現頻度が増加し、リゾチームの結晶化が促進されたためと考えられる。
【0082】
さらに、表1の比較例2では、リゾチームの結晶個数の平均値が0となっている。これは、Pt微粒子表面にのみPVPが配位している状態のとき、溶液中のPt微粒子がエネルギー(例えば、表面エネルギー)的に不安定になることによって、Pt微粒子同士の凝集体又はPt微粒子及びリゾチームの凝集体を形成し、リゾチームの結晶化を阻害したためと考えられる。
【0083】
したがって、微粒子、特にPt微粒子の分散性が、タンパク質、特にリゾチーム結晶の結晶化促進にとって重要な要素であることが分かる。
【0084】
さらに結晶核形成のメカニズムを明らかにするために、Pt微粒子とリゾチーム分子を含む結晶液の動的光散乱を計測した。その結果、Pt微粒子とリゾチーム分子が複合体を形成していることが明らかになった。この複合体では、Pt微粒子の周囲にリゾチーム分子濃度の高い領域が形成され、結晶核形成が促進されると考えられる。
【0085】
またゼータ電位を計測し、表面電位と結晶核形成促進の関係を明らかにした。これによればゼータ電位は、Pt微粒子のみでは1mV、リゾチーム分子のみでは6mVであるが、Pt微粒子とリゾチーム分子の複合体は2.5mVであることがわかった。これは、複合体を形成することによりPt微粒子より高い表面電位を持つリゾチームの表面電位が低下し、リゾチーム分子同士の反発が抑制され、その結果、結晶核の形成が促進されると考えられる。この場合、複合体内又は複数の複合体の融合による結晶核形成が考えられる。
【0086】
本発明の好ましい実施形態を詳細に記載したが、特許請求の範囲から逸脱することなく、本発明で使用される、タンパク質、タンパク質の溶解度調整剤、微粒子又はクラスター、安定化剤、溶媒、及び結晶化法について種々の変更が可能であることを当業者は理解する。