特許第6411145号(P6411145)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人産業技術総合研究所の特許一覧

特許6411145近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法
<>
  • 特許6411145-近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法 図000002
  • 特許6411145-近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法 図000003
  • 特許6411145-近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法 図000004
  • 特許6411145-近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法 図000005
  • 特許6411145-近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法 図000006
  • 特許6411145-近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法 図000007
  • 特許6411145-近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6411145
(24)【登録日】2018年10月5日
(45)【発行日】2018年10月24日
(54)【発明の名称】近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 201/00 20060101AFI20181015BHJP
   C09K 19/56 20060101ALI20181015BHJP
   C09D 7/40 20180101ALI20181015BHJP
   C09D 7/62 20180101ALI20181015BHJP
【FI】
   C09D201/00
   C09K19/56
   C09D7/40
   C09D7/62
【請求項の数】6
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-189219(P2014-189219)
(22)【出願日】2014年9月17日
(65)【公開番号】特開2016-60811(P2016-60811A)
(43)【公開日】2016年4月25日
【審査請求日】2017年9月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴広
(72)【発明者】
【氏名】武仲 能子
【審査官】 南 宏樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−144769(JP,A)
【文献】 特開2009−149593(JP,A)
【文献】 特開2013−154631(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/071167(WO,A1)
【文献】 特開2002−371281(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00−201/10
C09K 19/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液晶材料と、
前記液晶材料中に分散し、該液晶材料が等方相に移転したときゾル状態を発現させ、該液晶材料が液晶相に転移したときゲル状態を発揮させる微粒子と、
前記微粒子とともに前記液晶材料中に均一分散し、近赤外光照射に基づく光熱変換効果をもって、該液晶材料の相構造を液晶相と等方相との間で切り替える近赤外光吸収材料、
を含有することを特徴とする近赤外光応答性ゲル材料。
【請求項2】
前記近赤外光吸収性材料の光熱交換作用により、前記液晶材料の液晶相から等方相への相構造変化を誘起して、前記ゲル材料をゲル状態からゾル状態へと変化することが可能であることを特徴とする請求項1に記載の近赤外光応答性ゲル材料。
【請求項3】
前記光応答性材料の光熱変換作用により誘起されるゲル状態からゾル状態への変化を利用することによって、ゲル材料表面に生じた損傷の修復が可能となることを特徴とする請求項2に記載の近赤外光応答性ゲル材料。
【請求項4】
前記近赤外光吸収材料は、表面が疎水部を有するチオールで保護された金ナノロッドであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の近赤外光応答性ゲル材料。
【請求項5】
基材と、該基材上に塗布された請求項1〜4のいずれか1項に記載の近赤外光応答性ゲル材料とからなることを特徴とする、表面の損傷の修復が可能な表面修復材料。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の近赤外光応答性ゲル材料が塗布された基材に近赤外光を照射し、前記近赤外光吸収性材料の光熱交換作用により誘起されるゲル状態からゾル状態への変化を利用することにより、ゲル材料表面に生じた損傷を修復することを特徴とする表面修復方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外光応答性ゲル材料及び該ゲル材料を用いた自己修復性材料並びに自己修復方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、全ての産業分野において、環境・エネルギーへの配慮が求められている。CO2排出量や製造エネルギーを低減するためには、部材や機器の耐久性・耐用性を向上させることが効果的である。それも、単に壊れないだけでなく、外観を含めた商品としての価値と寿命を飛躍的に延ばす自己修復材料を開発することが望まれている。
【0003】
非特許文献1には、液晶材料における液晶相に強引に微粒子を分散して、液晶相中に元々存在する配向欠陥に微粒子を捕捉させることにより、微粒子連続構造体を形成したゲル材料が示されており、このゲル材料によれば、外力を付与することによりゾルとなり、外力の付与を取り除くことによりゲルに復元することになる。
しかしながら、このゲル材料は力学的にゾル−ゲル転移の制御が可能であるものの、微粒子が連続構造体を構築する力は弱く、一旦、力学的にゲル状態が崩壊した場合には、それが、外力が取り除かれてゲル状態に再構築されるためには、比較的長い時間を要する。
【0004】
そこで、特許文献1では、液晶材料中に微粒子が分散してなるゲル材料に、光照射に基づく光異性化をもって液晶材料の相構造を液晶相と等方相との間で切り替える光応答性材料を含有させることにより、紫外光照射によるゲルからゾルへの変化、そして、可視光照射によるゾルからゲルへの変化を利用した損傷の自己修復を可能とするゲル材料が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013−144769号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T.A.Wood, J.S.Lintuvuori, A.B.Schofield, D.Marenduzzo, W.C.K.PoonT, Science,2011,334,79-83.
【非特許文献2】Xingchen Ye, Chen Zheng, Jun Chen, Yuzhi Gao, and Christopher B. Murray, Nano Lett. 2013, 13, 765-771.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の自己修復材料によれば、光照射が光応答性材料の光異性化に用いられ、自己修復に、高速な分子形状の変化によって誘起される分子ドミノ効果に基づく液晶材料の相構造転移とそれによるゾル−ゲル転移を利用できることになり、自己修復時間を短縮することができる。しかしながら、使用できる光は、アゾベンゼン化合物等が吸収する紫外光もしくは可視光に限られており、近赤外光は使用できなかった。また、室温での損傷の光修復は難しかった。
【0008】
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであって、液晶材料の液晶相から等方相への切り替えに近赤外光を用いることができるとともに、損傷部分の室温での修復が可能なゲル材料を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、近赤外光領域に吸収帯を持ち、かつ近赤外光を吸収して発熱する光熱変換作用を示す材料(以下、「近赤外光吸収性材料」という)の光熱変換効果を利用してゲル材料をゲル−ゾル変化させることにより、材料表面に生じた損傷を室温において修復することができ、そして、この近赤外光照射により生じたゾルは、近赤外光照射を止め、冷却されることにより、ゲルへと戻ることができるという知見を得た。
また、さらに検討した結果、近赤外光吸収性材料として、高い効率で光熱変換効果を示すことが知られている金ナノロッドを用いることが好ましいが、製法上、通常はイオン性界面活性剤で保護されている金ナノロッド(非特許文献2等参照)を、液晶材料と微粒子からなるゲル中で会合させることなく均一分散させる必要があることが判明した。
【0010】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]液晶材料と、
前記液晶材料中に分散し、該液晶材料が等方相に移転したときゾル状態を発現させ、該液晶材料が液晶相に転移したときゲル状態を発揮させる微粒子と、
前記微粒子とともに前記液晶材料中に均一分散し、近赤外光照射に基づく光熱変換効果をもって、該液晶材料の相構造を液晶相と等方相との間で切り替える近赤外光吸収材料、
を含有することを特徴とする近赤外光応答性ゲル材料。
[2]前記近赤外光吸収性材料の光熱交換作用により、前記液晶材料の液晶相から等方相への相構造変化を誘起して、前記ゲル材料をゲル状態からゾル状態へと変化することが可能であることを特徴とする[1]に記載の近赤外光応答性ゲル材料。
[3]前記光応答性材料の光熱変換作用により誘起されるゲル状態からゾル状態への変化を利用することによって、ゲル材料表面に生じた損傷の修復が可能となることを特徴とする[2]に記載の近赤外光応答性ゲル材料。
[4]前記近赤外光吸収材料は、表面が疎水部を有するチオールで保護された金ナノロッドであることを特徴とする[1]〜[3]の近赤外光応答性ゲル材料。
[5]基材と、該基材上に塗布された[1]〜[4]のいずれか記載の近赤外光応答性ゲル材料とからなることを特徴とする、表面の損傷の修復が可能な表面修復材料。
[6][1]〜[4]のいずれかに記載の近赤外光応答性ゲル材料が塗布された基材に近赤外光を照射し、前記近赤外光吸収性材料の光熱交換作用により誘起されるゲル状態からゾル状態への変化を利用することにより、ゲル材料表面に生じた損傷を修復することを特徴とする表面修復方法。
【発明の効果】
【0011】
近赤外光は、電化製品のリモコンや赤外線通信などに使用されており、身近にあるため、本発明によれば、ゲル−ゾル変化において光源を準備する必要が無い。また、先行技術では、ゲルからゾルへの変化を起こす際に、紫外光照射のほかに、試料を加温する必要があったが、本発明では加温することなくゲル−ゾル変化が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】近赤外吸収材料として金ナノロッドを用いた場合の光熱変換効果を模式的に示す図。
図2】金ナノロッド/微粒子/液晶複合ゲルにおける近赤外光照射によるゲルーゾル光変化を利用した自己修復について模式的に説明する図。
図3】ゲル試料1の写真。
図4】(A)ゲル試料1及び(B)ゲル試料4の表面に近赤外光(830nm)を照射した際の、照射部分の温度変化を測定した結果を示す図。
図5】ゲル試料1について、近赤外光(波長=830nm)照射による液晶の相構造変化を、偏光顕微鏡により観察した写真。
図6】ゲル試料1が、ゲルからゾル状態へと変化し流動性を示すことを確認した写真。
図7】ゲル試料1の表面に生じた損傷が、近赤外光の照射により修復されることを確認した写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の近赤外光応答性ゲル材料は、液晶材料と、前記液晶材料中に分散し、該液晶材料が等方相に移転したときゾル状態を発現させ、該液晶材料が液晶相に転移したときゲル状態を発揮させる微粒子と、前記微粒子と液晶材料からなる複合材料中に均一分散し、近赤外光照射に基づく光熱変換効果をもって、該液晶材料の相構造を液晶相と等方相との間で切り替える近赤外光吸収材料とを含有することを特徴とするものであって、近赤外光吸収性材料の光熱交換作用により、液晶材料の液晶相から等方相への相構造変化を誘起して、ゲル材料をゲル状態からゾル状態へと変化することが可能である。
【0014】
以下、図を用いて、本発明の近赤外光応答性ゲルを用いた自己修復について、説明する。
図1は、近赤外吸収材料として後述する金ナノロッドを用いた場合の光熱変換効果を模式的に示す図であり、金ナノロッドの光熱交換効果により、波長700〜2500nmの近赤外光を照射された金ナノロッドから熱エネルギーが放出されることを示しており、本発明においては、この熱エネルギーが液晶相転移の熱源となる。
【0015】
図2は、本発明の、金ナノロッド/微粒子/液晶複合ゲルにおける近赤外光照射によるゲルーゾル光変化を利用した自己修復について模式的に説明する図である。
図に示すように、本発明のゲル材料からなる部材の表面の損傷を受けた部分に、近赤外光を照射すると、近赤外光照射部分において、金ナノロッドの光熱交換効果により、液晶相が等方相へと相転移し、ゲル状態からゾル状態への変化が起きる。近赤外光の照射を止めると、照射部分の温度が下がり、等方相が液晶相へと相転移し、ゾル状態がゲル状態へと戻る。
【0016】
以下、本発明の液晶複合ゲルを構成する材料及び近赤外光について説明する。
〈近赤外光〉
本発明において、近赤外光の波長は、後述する近赤外光吸収性材料の吸収特性により決定されるが、700〜2500nmの範囲にあることが好ましい。さらに、光源の入手容易性の観点からは、800〜1000nmの範囲にあることがより好ましい。
近赤外光の強度は、1mW/cm2以上であることが好ましい。
【0017】
〈液晶材料〉
本発明の近赤外光応答性ゲル材料において、液晶材料は、主材料であり、後述する微粒子及び近赤外光吸収性材料と協働して自己修復機能を有する。
本発明における液晶材料は、特に限定されず、液晶分野で知られているものが用いられるが、例えば、液晶材料の骨格構造としては、基本的にビフェニルを初めとして、液晶分野で知られているものが使用される。
【0018】
〈微粒子〉
本発明の近赤外光応答性ゲル材料において、微粒子は、前記液晶材料(相構造)と協働して、当該自己修復性材料のゾル-ゲル状態を可逆的に再現する役割を果たす。部材表面を構成する、例えば被膜などの形態の確保と、部材表面が損傷したときの自己修復とを両立させるためである。
【0019】
さらに、具体的に説明する。
液晶材料(分散媒)中に、微粒子(分散質)が分散された材料において、微粒子濃度がある一定以上の濃度条件下では、微粒子が液晶中でネットワーク構造を構築し、高粘度のゲル状態(液晶コロイドゲル)を発現する。このゲル状態の発現は、等方相において均一に分散していた微粒子が、液晶材料が等方相から液晶相へと相転移するときに、液晶の配向弾性に基づき、液晶相領域から排出されて等方相領域に凝集し、ネットワーク構造を構築することに基づいている。
その一方、分散媒である液晶材料が液晶相から等方相へと相転移すると、上記とは逆に、微粒子によって構築されたネットワーク構造が崩壊して低粘度のゾル状態が発現する。
このように、微粒子は、液晶材料の相構造に応じて、当該自己修復性材料のゾル-ゲル状態を可逆的に変化させる役割を有する。
【0020】
微粒子の材質としては、SiO2、高分子、金属などが用いられる。
また、微粒子の直径については、液晶材料中に分散できる大きさであれば、特に制限はない。ネットワーク構造の構築に微粒子の直径は影響を与えないからである。しかし、微粒子の直径は0.1〜10μm、より好ましくは0.2〜5μmとすることが好ましい。0.1μm以上であれば、密度の面(緻密性等)から好ましいネットワーク構造を構築できる一方、10μmを超えると、粗なネットワーク構造となる傾向があるからである。
さらに、微粒子の表面については、液晶分子が表面に対して垂直に配向するように、化学物質(フッ素系界面活性剤、長鎖アルキルカチオン、レシチン、ポリイミド、シランカップリング剤等)により修飾もしくは物理的(マイクログルーブ構造等)に処理されていることが好ましい。
【0021】
微粒子の濃度は、液晶材料に対して、5wt%〜50wt%とされる。5wt%以上とするのは、5wt%未満では、液晶材料と協働してネットワーク構造を十分に構築することができず、これに伴い、十分にゲル化を図ることができないからである。ゲルの強度の観点からは、10wt%以上であることがさらに好まししい。一方、微粒子の濃度の上限については、液晶材料中に分散でき、状況に応じ、液晶材料が液晶相を発現できる限り、特に制限はない。しかし、主成分としての液晶材料に対する微粒子の添加剤としての役割からすれば、微粒子の濃度は、5〜30wt%、より好ましくは20〜30wt%が好ましい。30wt%を超えると、液晶材料の量が相対的に少なくなって、等方相に転移させることにより発現するゾル状態において良好な流動性を低下させる傾向にあるからである。
【0022】
〈近赤外光吸収性材料〉
本発明の近赤外光応答性ゲル材料において、近赤外光に対して光熱変換効果を示す近赤外光吸収性材料としては、単層カーボンナノチューブ、金ナノ粒子、有機色素などが用いられる。この中で、高い効率で光熱変換効果を示す近赤外光吸収性材料としては、単層カーボンナノチューブと棒状の金ナノ粒子である金ナノロッドが好ましく、特に分散性の観点から、金ナノロッドが好ましい。金ナノロッドは、その表面伝導電子が近赤外光と強く相互作用し、共鳴波長で強い吸収を示すが、発光量子収率が低いため、吸収された光エネルギーは、ほぼ熱に変換され放出される。
【0023】
金ナノロッドがその光熱変換効果を示すためには、金ナノロッドが媒体中で会合することなく均一分散していることが必要となる。通常、合成終了時の金ナノロッドはその表面がイオン性の界面活性剤に保護されており、水に対しては良好な分散性を示すが、有機溶媒中では強く会合して凝集する。そのため、前記液晶と微粒子とからなるゲル中で、金ナノロッドが光熱変換効果を示すためには、該ゲル中に、金ナノロッドを会合させることなく均一分散させることが必要となる。
【0024】
本発明では、金ナノロッドの表面を長鎖アルカンやベンゼン環等の疎水部をもつチオールで保護し、有機溶媒である液晶への分散性を上げることで、金ナノロッドを会合させることなく液晶に分散させた。
これに対し、後述する実施例に示すとおり、表面がイオン性界面活性剤で保護されている金ナノロッドの水分散液に、微粒子/液晶複合ゲルを添加し撹拌したものでは、金ナノロッドは、水相から微粒子/液晶複合ゲルには移動せず、金ナノロッドは微粒子/液晶複合ゲルには分散しない。また、この試料について、水を蒸発させた場合、ペースト状にはなるものの、良好なゲル状態を形成することができない。
以上のことから、本発明においては、金ナノロッドをゲル中に会合させることなく均一分散させる方法として、金ナノロッド表面を、疎水部をもつチオールで保護することが有効であることが分かる。
【0025】
本発明において、疎水部をもつチオールとしては、アルカンチオール、ベンゼンチオール、アルキルベンゼンチオールなどが挙げられる。またジスルフィドでもよいが、モノチオールの方が望ましい。
【0026】
本発明において、良好なゲル構造を形成するために、疎水部をもつチオールで保護した金ナノロッドの濃度は、微粒子と液晶の複合ゲルに対して、0.1wt%以上であることが好ましい。
【実施例】
【0027】
以下、近赤外光応答性材料として金ナノロッドを用いた自己修復材料を用いた実施例に基づいて、本発明について説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0028】
金ナノロッドの調製
金ナノロッドは、非特許文献2に従って合成した。すなわち、成長溶液に結晶核分散液を混合するseed法と呼ばれる方法で合成した。結晶核分散液は、塩化金酸のヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)水溶液に水素化ホウ素ナトリウムを加え、金を還元することによって得た。また成長溶液は、CTAB水溶液にオレイン酸ナトリウムと硝酸銀、塩化金酸、塩酸、アスコルビン酸を加えて作成した。ここに結晶核分散液を混合し静置することによって、直径21nm、長さ96nm程度の金ナノロッドを得た。この金ナノロッドは、900nm付近に長軸のプラズモンピークを持つ。
合成後、9200rpmで5分間の遠心を2回かけ、溶液中に含まれる余剰なイオン性界面活性剤を洗浄した。そして、洗浄後の金ナノロッド分散液に、等量のクロロホルム溶液を加え、激しく撹拌することで、クロロホルム相、界面活性剤/クロロホルム/水のエマルジョン相、金ナノロッドを含む水相の3相に分けた。ここから金ナノロッドを含む水相を取り出し、水をエバポレーターで完全に除去した。
次にテトラヒドロフランのドデカンチオール溶液1%を加え、3分間超音波をかけてドデカンチオールで表面修飾された金ナノロッドをテトラヒドロフラン溶液中に分散させた
(金ナノロッド試料1)。
また、上記イオン性界面活性剤で表面を保護した金ナノロッドの水分散液(金ナノロッド試料2)と、金ナノロッド試料2から水を蒸発させた粉末(金ナノロッド試料3)も別途調製し、以下の実験に用いた。
【0029】
金ナノロッド、微粒子、液晶の混合物からなるゲルの調製
液晶(1g、4−ヘプチル−4´−シアノビフェニル、液晶相−等方相転移温度=42℃)に、微粒子(0.3g、架橋型ポリスチレン、粒径=3μm)、金ナノロッド試料1(2mL)(金ナノロッド濃度:4.52mg/mL)とトルエン(5mL)を加え、テトラヒドロフランとトルエンを減圧下で、50℃に加熱しながら留去した後、液晶が等方相を示す温度(例えば80℃)に加熱した後、液晶が液晶相を示す温度(例えば、25℃)まで毎分1〜10℃の間の速度で冷却し、実験に使用した(ゲル試料1)。
また、上記組成のうち、金ナノロッド試料2と金ナノロッド試料3をそれぞれ用いたゲル(ゲル試料2とゲル試料3)及び金ナノロッドを含まないゲル(ゲル試料4)も調製して実験に用いた。
【0030】
微粒子と液晶からなるゲルにおける金ナノロッドの均一分散の確認
上記方法により調製したゲル試料1の写真を図3に示す。
ゲル試料1は均一に着色しており、その色は、金ナノロッドが会合している場合に観察される黒色ではなく、均一分散した場合に観察される紫色であった。
一方、ゲル試料2については、イオン性界面活性剤で保護した金ナノロッドは水相に分散し、ゲル相には分散しなかった。
さらに、ゲル試料3は、イオン性界面活性剤で保護した金ナノロッドがゲル中に分散し、ペースト状の試料になることを目視により確認できたが、良好なゲル状態を形成することができなかった。
これらの結果から、金ナノロッド表面を、疎水部をもつチオールで保護することにより、液晶に均一に分散できるだけでなく、良好なゲル状態も形成できることを確認した。
【0031】
金ナノロッドの光熱変換効果の確認
ゲル試料1及びゲル試料4の表面に、室温において、近赤外光(波長=830nm)を照射し、照射部分の温度変化を、サーモグラフィーを用いて測定した。
その結果、図4に示すとおり、(A)の、金ナノロッドを含有するゲル試料1は、100秒間の近赤外光照射により、照射部分の温度が21.1℃から55.9℃へと上昇した(温度上昇幅:34.8℃)。
一方、(B)の、金ナノロッドを含有していないゲル試料4は、近赤外光照射により、照射部分の温度上昇が21.7℃から26.6℃へと上昇した(温度上昇幅:4.9℃)。
本実施条件において、金ナノロッドを含有するゲル試料1は、金ナノロッドを含有しないゲル試料4に比べて、近赤外光照射時に大きな温度上昇幅が得られており、金ナノロッドが光熱効果を示すことを確認することができた。
【0032】
金ナノロッドの光熱変換効果を利用した液晶相−等方相転移
ゲル試料1について、近赤外光(波長=830nm)照射による液晶の相構造変化を、偏光顕微鏡観察により評価したところ、図5に示すとおり、近赤外光照射による金ナノロッドの光熱変換効果に基づき、照射部分の温度がゲル試料1の調製で用いている液晶の相転移温度(42℃)を超えることにより、照射部分において液晶相から等方相への相転移が誘起されることを確認した。
【0033】
金ナノロッドの光熱変換効果を利用したゲル材料のゲル−ゾル光変化
ゲル試料1について、近赤外光を60秒間照射すると、図6に示すとおり、液晶相において微粒子が3次元ネットワーク構造を形成することにより発現していたゲル状態が、上記金ナノロッドの光熱変換効果によって液晶の相構造が等方相へと変化することにより、3次元ネットワーク構造が崩壊してゾル状態へと変化し、流動性を示すことを確認した。
【0034】
近赤外光を用いた表面損傷の光修復
ゲル試料1の表面に微小な損傷(長さ約0.5cm、幅約0.05cm、深さ約0.3cm)を与えておく。そして、損傷領域に約5分間の近赤外光照射を行うと、図7に示すとおり、上記金ナノロッドの光熱変換効果による光ゾル化が誘起され、流動性を有するゾル状態の試料が損傷部分へと流れ込むことによって損傷部位が修復された。近赤外光照射により誘起されたゾル状態は、近赤外光照射を止め、試料が冷却されることによりゲル状態が復活し、光修復プロセスが完了した。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の近赤外光応答性ゲル材料は、製品や部材等の表面に塗布する塗料やコーティング剤として用いることができ、また、製品や部材の試作に用いる光3D造形用材料としての有用性が考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7