(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6413228
(24)【登録日】2018年10月12日
(45)【発行日】2018年10月31日
(54)【発明の名称】長期保存可能な核酸増幅試薬
(51)【国際特許分類】
C12N 9/10 20060101AFI20181022BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20181022BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20181022BHJP
【FI】
C12N9/10
C12Q1/686 Z
!C12N15/09 ZZNA
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-235390(P2013-235390)
(22)【出願日】2013年11月13日
(65)【公開番号】特開2015-92870(P2015-92870A)
(43)【公開日】2015年5月18日
【審査請求日】2016年10月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】俵田 隆哉
(72)【発明者】
【氏名】小坂 貴幸
(72)【発明者】
【氏名】北森 有加
(72)【発明者】
【氏名】中西 睦
【審査官】
市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】
特表2000−513940(JP,A)
【文献】
特表平10−503383(JP,A)
【文献】
特表昭63−500562(JP,A)
【文献】
特開2012−110724(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12Q 1/00−3/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸増幅試薬の製造方法であって、
1)AMV逆転写酵素とトレハロースとを含む被乾燥溶液を調製する工程、および
2)前記1)で得られた被乾燥溶液を、蒸発乾燥させる工程
を含み、
前記蒸発乾燥が凍結工程を含まない条件で乾燥する方法であり、
被乾燥溶液中の前記トレハロースの濃度が200mM以上400mM以下の範囲である、方法。
【請求項2】
前記工程2)が、
前記1)で得られた被乾燥溶液を、10kPaから580kPaの減圧条件下、20℃から40℃で乾燥させた後、さらに40℃から60℃で乾燥させる工程
である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
核酸増幅試薬が、さらに以下の(1)から(3)のいずれか一つ以上を含む、請求項1または2に記載の方法。
(1)RNAポリメラーゼ
(2)デオキシリボヌクレオチド三リン酸およびリボヌクレオチド三リン酸
(3)標的核酸を増幅させるためのオリゴヌクレオチド
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法で得られた核酸増幅試薬に、標的核酸を含む試料を添加し、塩類を含む核酸増幅開始液を添加する工程、および
核酸増幅反応を行うことで前記標的核酸を検知する工程、
を含む、標的核酸の検出方法。
【請求項5】
核酸増幅反応がNASBA法、TMA法、TRC法のいずれかである、請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長期保存可能な核酸増幅試薬に関する。特に本発明は、長期保存可能なAMV逆転写酵素を含む核酸増幅試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
臨床検査、公衆衛生、食品検査の分野では、試料中に含まれる細胞、細菌、真菌、ウイルスなどに由来するDNAやRNA(標的核酸)を検出するための検査が実施される。一般的に試料中に含まれる標的核酸は微量なため、試料中に含まれる標的核酸を検出する際は通常、核酸増幅反応により標的核酸を増幅してから検出する。核酸増幅反応の例としては、PCR法(特許文献1から3参照)、LAMP法(非特許文献1参照)、RT−PCR法、NASBA法(特許文献4および5参照)、TMA法(特許文献6参照)、TRC法(特許文献7および非特許文献2参照)があげられる。これら核酸増幅反応では、DNAポリメラーゼ、RNAポリメラーゼ、逆転写酵素などの核酸合成酵素が必須である。
【0003】
試料中に含まれる標的核酸を核酸増幅反応により増幅するための試薬(核酸増幅試薬)に求められる性能の一つとして、長期保管による増幅性能の差異がないことがあげられる。しかしながら核酸増幅試薬に含まれる核酸合成酵素は、室温や冷蔵条件下で酵素活性が著しく低下することが知られている。そのため、核酸増幅試薬の製造、輸送、および貯蔵においては、核酸合成酵素の活性をいかに保持するかが重要な課題となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第4683195号公報
【特許文献2】米国特許第4683202号公報
【特許文献3】米国特許第4965188号公報
【特許文献4】特許2650159号公報
【特許文献5】特許3152927号公報
【特許文献6】特許3241717号公報
【特許文献7】特開2000−014400号公報
【特許文献8】WO98/00530号
【特許文献9】WO96/24664号
【特許文献10】WO87/00196号
【特許文献11】特許第3068836号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Thai H.T.C.et al.,J.Clin.Microbiol.,42,1956−61(2004)
【非特許文献2】Ishiguro T.et al.,Anal.Biochem.,314,77−86(2003)
【非特許文献3】Franks F.et al.,Biopham.,4(9),38−55(1991)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
分子生物学の分野で用いられる酵素の安定貯蔵法としては、メルカプトエタノールやジチオスレイトールなどのSH基保護剤とグリセロールとを含む緩衝液からなる不凍液中で、−20℃の条件下に貯蔵するのが一般的であり、この方法で数ヶ月は酵素活性を保持したまま貯蔵することができる。しかしながら室温や冷蔵条件下では、前述した不凍液中であっても著しく酵素活性が低下することが知られている。そのため、この方法で核酸増幅試薬を供給者から最終使用者へと輸送する際には、冷凍輸送などにより酵素の劣化を防ぐ必要がある。
【0007】
室温または冷蔵条件下での酵素の劣化を防ぐための方法として、凍結乾燥法がよく用いられる。凍結乾燥法は、被乾燥物(主に酵素)と、賦形剤(主に糖類)とを含む溶液を凍結させ(凍結工程)、低温・高真空下で氷相を昇華させ(一次乾燥工程)、徐々に温度を上昇させることで残留水分を除去する(二次乾燥工程)ことで酵素の乾燥体を得る方法である。この方法により得られた酵素の乾燥体は長期間の貯蔵安定性を示す。凍結乾燥法による核酸合成酵素の安定化についてはいくつか報告されており、例えば
T7RNAポリメラーゼ、AMV逆転写酵素およびリボヌクレアーゼH(RNase H)からなる酵素群と、キャリアタンパク質、二糖類、二糖類誘導体および糖重合体からなる賦形剤とを含む凍結乾燥体(特許文献8参照)や、
T7RNAポリメラーゼおよびMMLV逆転写酵素からなる酵素群と、トレハロースからなる賦形剤とを含む凍結乾燥体(特許文献9参照)、
があげられる。いずれの凍結乾燥体も、冷蔵温度以上で数ヶ月間、核酸合成酵素としての活性が保持されることが示されている。
【0008】
前述したように凍結乾燥法は室温や冷蔵条件下での酵素の安定化に有用である。しかしながら凍結工程における酵素と氷晶表面との接触や共存物質の濃縮、ならびに乾燥工程における酵素周辺の水分子の離脱により、酵素の高次構造が変化するため、酵素によっては当該変化により活性が低下することが知られている。この問題を解決するため、凍結工程を必要としない乾燥法による酵素活性の低下を防ぐ方法も報告されている。例えば、
酵素、血清、抗体、抗原等などの生理活性物質と、トレハロースからなる賦形剤とを含む溶液を、室温・大気圧下で乾燥する方法(風乾法)(特許文献10参照)や、
前記生理活性物質と、フィコールなどの糖類誘導体からなる賦形剤とを含む溶液を、室温以上・大気圧の90%以下の条件で乾燥する方法(蒸発乾燥法)(非特許文献3および特許文献11参照)、
があげられる。これら乾燥法は凍結を必要としないことから、凍結乾燥法の凍結工程における酵素の損傷を防ぐことができる点で有用である。しかしながら、これら乾燥法では、乾燥時に被乾燥物が室温以上に長時間曝露されるため、被乾燥物が核酸合成酵素の場合、その酵素活性の劣化が懸念される。特に核酸合成酵素の一つであるAMV逆転写酵素の、蒸発乾燥法による安定化の報告例はない。
【0009】
そこで本発明の目的は、蒸発乾燥法を用いた、長期保存可能なAMV逆転写酵素を含む核酸増幅試薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明の第一の態様は、AMV逆転写酵素とトレハロースとを含む溶液を蒸発乾燥して得られる、核酸増幅試薬である。
【0012】
また本発明の第二の態様は、さらに以下の(1)から(3)のいずれか一つ以上を含む、前記第一の態様に記載の核酸増幅試薬である。
(1)RNAポリメラーゼ
(2)デオキシリボヌクレオチド三リン酸およびリボヌクレオチド三リン酸
(3)標的核酸を増幅させるためのオリゴヌクレオチド
また本発明の第三の態様は、溶液中に含まれるトレハロースの濃度が60mMから600mMの間である、前記第一または第二の態様に記載の核酸増幅試薬である。
【0013】
さらに本発明の第四の態様は、AMV逆転写酵素とトレハロースとRNAポリメラーゼとデオキシリボヌクレオチド三リン酸とリボヌクレオチド三リン酸と標的核酸を増幅させるためのオリゴヌクレオチドとを含む溶液を蒸発乾燥して得られる核酸増幅試薬に、前記標的核酸を含む試料を添加し、塩類を含む核酸増幅開始液を添加後、核酸増幅反応を行なうことで前記標的核酸を検出する方法である。
【0014】
また本発明の第五の態様は、核酸増幅反応がNASBA法、TMA法、TRC法のいずれかである、前記第四の態様に記載の方法である。
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
本発明の核酸増幅試薬は、AMV逆転写酵素とトレハロースとを含む溶液を蒸発乾燥することで得られる。ここでいう蒸発乾燥とは、被乾燥物の溶液(つまりAMV逆転写酵素とトレハロースとを含む溶液)を減圧下におき、当該被乾燥物がガラス状態または高い粘度を示す液体になるまで水分を蒸発させることをいい、大気圧下で水分を蒸発させる風乾や、被乾燥物の溶液を凍結させてから減圧下で乾燥させる凍結乾燥とは異なる方法である。蒸発乾燥の条件に特に限定はなく、一例として、10kPaから580kPaの減圧条件下、20℃から40℃で3時間から24時間乾燥させた後、40℃から60℃で1時間から5時間乾燥させる方法があげられる。なお蒸発乾燥条件の好ましい一例として、10kPaから20kPaの減圧条件下、20℃から30℃で11時間から24時間乾燥させた後、40℃から55℃で1時間から4時間乾燥させる方法があげられる。また蒸発乾燥を行なう際、被乾燥物周辺の環境湿度を低値に維持すると、効率的に被乾燥物溶液中の水分を蒸発できる点で好ましいが、特に環境湿度に関する限定はない。なお蒸発乾燥後は、吸湿を防ぐため、本発明の核酸増幅試薬を収容した容器を直ちにアルミシールなどにより密封すると好ましい。
【0017】
本発明の核酸増幅試薬は、AMV逆転写酵素とトレハロースを少なくとも含んでいればよく、賦形剤として通常用いられる糖類、水溶性高分子、タンパク質などをさらに含んでもよい。糖類としては、スクロース、グルコース、マルチトール、マンニトール、リボース、キシロース、ラクトース、ガラクトース、ソルビトール、マルトトリオース、フルクトースが例示できる。水溶性高分子としては、デキストラン、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、フィコール(商品名)、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコールが例示できる。タンパク質としては、ウシ血清アルブミン、コラーゲンペプチドが例示できる。
【0018】
本発明の核酸増幅試薬に、AMV逆転写酵素以外の核酸増幅に必要な酵素をさらに含んでもよく、具体的には、MMLV逆転写酵素、HIV逆転写酵素などの逆転写酵素や、T7RNAポリメラーゼ、T3RNAポリメラーゼ、SP6RNAポリメラーゼなどのRNAポリメラーゼや、T4DNAポリメラーゼ、BstDNAポリメラーゼ、Klenow FragmentなどのDNAポリメラーゼや、RNaseHなどの核酸分解酵素、ならびにこれら酵素の誘導体が例示できる。なお本発明の核酸増幅試薬が、NASBA法、TMA法、TRC法といったRNAを増幅する反応を用いて核酸を増幅する試薬の場合、本発明の核酸増幅試薬にRNAポリメラーゼが含まれていると好ましい。なおAMV逆転写酵素や前述した酵素には保存安定性のためグリセロールやエチレングリコールが含まれていることが多いが、グリセロールやエチレングリコールは蒸気圧が高く、本発明の核酸増幅試薬を製造する際、蒸発乾燥の妨げとなるため、あらかじめ透析などにより除去すると好ましい。
【0019】
本発明の核酸増幅試薬に、核酸増幅に必要な基質をさらに含んでもよい。具体的には、デオキシリボヌクレオチド三リン酸、リボヌクレオチド三リン酸、およびこれらの誘導体が例示できる。なお本発明の核酸増幅試薬が、NASBA法、TMA法、TRC法といったRNAを増幅する反応を用いて核酸を増幅する試薬である場合、本発明の核酸増幅試薬にデオキシリボヌクレオチド三リン酸およびリボヌクレオチド三リン酸が含まれていると好ましい。
【0020】
本発明の核酸増幅試薬に、標的核酸を増幅させるためのオリゴヌクレオチドをさらに含んでもよい。ここでいう標的核酸とは少なくとも1種類以上の細胞、細菌、真菌、ウイルスなどに由来したDNAやRNAをいう。標的核酸の一例としては、肝炎ウイルス(HAV、HBV、HCV)、HIV、HPV、抗酸菌、エンテロウイルス、ノロウイルス、淋菌、クラミジア属菌、マイコプラズマ属菌、レジオネラ属菌、ビブリオ属菌、サルモネラ属菌、腸管出血性大腸菌などに由来したDNA/RNAや、細胞中に含まれる腫瘍マーカー(CEA、CK19、CK20、survivinなど)由来のDNA/RNAがあげられる。標的核酸を増幅させるためのオリゴヌクレオチドとは、前記標的核酸またはその相補鎖と特異的にハイブリダイズ可能な配列を含むオリゴヌクレオチドであって、逆転写酵素やポリメラーゼにより標的核酸の増幅が可能なオリゴヌクレオチドのことをいう。なお本発明の核酸増幅試薬が、NASBA法、TMA法、TRC法といったRNAを増幅する反応を用いて核酸を増幅する試薬である場合、標的核酸を増幅させるためのオリゴヌクレオチドの5’末端側に、核酸増幅反応で用いるRNAポリメラーゼが認識し得るプロモーター(例えば、RNAポリメラーゼとしてT7RNAポリメラーゼを用いるときは、T7プロモーター)を含んでもよい。
【0021】
本発明の核酸増幅試薬に、標的核酸またはその相補鎖に特異的にハイブリダイズ可能な配列を含むオリゴヌクレオチドに標識物質を標識して得られる検出用プローブをさらに含んでもよい。標識物質としては、酵素、インターカレーター性蛍光色素やマイナーグルーブバインダー性蛍光色素などの蛍光色素、放射性同位元素、発光色素など、公知の物質が使用できる。中でも、インターカレーター性蛍光色素で標識され、かつ標的核酸またはその相補鎖とハイブリダイズすることで、前記インターカレーター性蛍光色素部分が前記ハイブリダイズした部分にインターカレートすることによって蛍光特性が変化するように設計されたオリゴヌクレオチドプローブ(特許文献7および非特許文献2参照)は、核酸増幅反応の過程で標的核酸の検出を行なうことができ、標的核酸を含む試料を核酸増幅反応に必要な試薬とともに容器に投入するだけで標的核酸の増幅と検出を同時に実施できるため、特に好ましい。インターカレーター性蛍光色素としては特に限定はなく、オキサゾールイエローやチアゾールオレンジなどのシアニン色素、ヘミシアニン色素、エチジウムブロマイド、メチルレッドなどのアゾ色素、またはこれらの誘導体が例示できる。例えばチアゾールオレンジは、二本鎖DNAにインターカレートすることによって540nmの蛍光(励起波長500nm)が顕著に増加する色素である。インターカレーター性蛍光色素の標識は、オリゴヌクレオチドプローブの末端、リン酸ジエステル部位または塩基部位に適当なリンカーを介してオリゴヌクレオチドを標識すればよい。なお、核酸増幅反応の過程で検出を行なう場合、オリゴヌクレオチドプローブの3’末端側の水酸基を修飾しておくと、伸長を防止できる点で好ましい。
【0022】
本発明の核酸増幅試薬は、AMV逆転写酵素とトレハロースとを含む溶液を蒸発乾燥することで得られる。当該溶液に含まれるトレハロースの濃度については特に限定はないが、少なくともトレハロース濃度75.8mMから500mMの範囲では、21日間の貯蔵(貯蔵条件:温度40℃、相対湿度5%以下)による試薬性能の大きな劣化がみられなかった(後述の実施例参照)ことから、60mMから600mMまでの範囲内であれば好ましいといえる。
【0023】
本発明の核酸増幅試薬が、AMV逆転写酵素とトレハロースとRNAポリメラーゼとデオキシリボヌクレオチド三リン酸とリボヌクレオチド三リン酸と標的核酸を増幅させるためのオリゴヌクレオチドとを含む溶液を蒸発乾燥して得られた試薬の場合、当該核酸増幅試薬に前記標的核酸を含む試料を添加し、塩類を含む核酸増幅開始液を添加後、一定の温度条件下で反応させることで、前記標的核酸を増幅し検出することができる。標的核酸を含む試料としては特に限定はなく、喀痰、胃液、血液、尿、便、体腔液、組織、気管支洗浄液、気管支肺胞洗浄液などの生体由来試料や、当該生体由来試料から抽出された細胞、細菌、真菌、ウイルスなどに由来したDNAやRNAを含む溶液が例示できる。なお標的核酸を含む試料は、あらかじめ核酸増幅反応を妨害する物質を除去すると好ましい。
【0024】
核酸増幅開始液に含まれる塩類としては、マンガン塩、マグネシウム塩などの二価金属塩や、カリウム塩、ナトリウム塩などの一価金属塩、ならびにこれらの組み合わせが例示できる。なお核酸増幅開始液に、二重鎖融解温度調整剤を含んでもよい。二重鎖融解温度調整剤とはDNA−DNA二本鎖、DNA−RNA二本鎖、RNA−RNA二本鎖などの二本鎖核酸が一本鎖核酸に熱変性する温度(Tm値)を変化させる物質をいい、具体的には、ジメチルスルホキシド(DMSO)、グリセロール、エチレングリコール、尿素、ポリアミン、ホルムアミド、アセトアミド、イオン性液体、界面活性剤、ならびにこれらの組み合わせがあげられる。
【0025】
なお必要に応じて、内部標準核酸、当該核酸を増幅するためのオリゴヌクレオチドを、本発明の核酸増幅試薬または前記核酸増幅開始液に含んでもよい。
【0026】
本発明の核酸増幅試薬を用いて行なう核酸増幅反応は、逆転写反応を必要とする方法であれば特に限定はされず、例えばRT−PCR法、RT−LAMP法、NASBA法、TMA法、TRC法があげられる。
【発明の効果】
【0027】
本発明の核酸増幅試薬は、AMV逆転写酵素とトレハロースとを含む溶液を蒸発乾燥して得ることができ、冷蔵温度以上(例えば10℃から45℃)で貯蔵しても、長期間AMV逆転写酵素の活性を維持可能である。したがって本発明の核酸増幅試薬は、運送および貯蔵において極めて有用である。また本発明の核酸増幅試薬は、標的核酸を含む試料と塩類を含む核酸増幅開始液を添加し、一定の温度条件で反応させることで、核酸増幅反応が行なえるため、標的核酸の検出が非常に簡便に行なえる。
【実施例】
【0029】
以下実施例により本発明の実施の形態を説明するが、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
【0030】
実施例1 トレハロースとAMV逆転写酵素とを含む蒸発乾燥体の保存安定性
トレハロースとAMV逆転写酵素とを含む蒸発乾燥体の保存安定性を以下の方法で評価した。
(1)下記の組成からなる、トレハロースとAMV逆転写酵素とを含んだ被乾燥溶液Aを調製し、市販の0.5mL容量PCR用チューブ(Individual Dome Cap PCR Tube、SSI社製)に15μL/tubeで分注した。なお、AMV逆転写酵素は1.0Mのトレハロースを含む15U/μLのAMV逆転写酵素溶液(トレハロース(+)、表1)を0.43μL/tube添加し、T7RNAポリメラーゼは0.5Mのトレハロースを含む100U/μLのT7RNAポリメラーゼ溶液(トレハロース(+)、表2)を1.42μL/tube添加して調製した。また下記の組成のうち、トレハロース濃度は、AMV逆転写酵素溶液(トレハロース(+))およびT7RNAポリメラーゼ溶液(トレハロース(+))からのトレハロースの持ち込みを含んだ値である。
【0031】
被乾燥溶液Aの組成(濃度は核酸増幅反応時(容量:30μL)の最終濃度)
6.4U AMV逆転写酵素
37.9mM、100mM、150mM、200mMまたは250mM トレハロース(各酵素液から持ち込まれるトレハロースを含む)
60mM トリス−塩酸緩衝液(pH8.65)
各0.3mM dATP、dTTP、dGTP、dCTP
各3.0mM ATP、UTP、GTP、CTP
3.4mM ITP
0.16μM 切断用オリゴヌクレオチド(配列番号1)
1.0μM 第一のプライマー(配列番号2)
1.0μM 第二のプライマー(配列番号3)
25nM チアゾールオレンジ標識プローブ(配列番号4、非特許文献2に記載の方法を基づき作製)
142U T7RNAポリメラーゼ
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
(2)比較例として、下記の組成からなる、AMV逆転写酵素を含みトレハロースを含まない被乾燥溶液Bを調製し、市販の0.5mL容量PCR用チューブ(Individual Dome Cap PCR Tube、SSI社製)に15μL/tubeで分注した。なお、AMV逆転写酵素は35U/μLのAMV逆転写酵素溶液(トレハロース(−)、表1)を0.18μL/tube添加し、T7RNAポリメラーゼは100U/μLのT7RNAポリメラーゼ溶液(トレハロース(−)、表2)を1.42μL/tube添加して調製した。
【0034】
被乾燥溶液Bの組成(濃度は核酸増幅反応時(容量:30μL)の最終濃度)
6.4U AMV逆転写酵素
60mM トリス塩酸緩衝液(pH8.65)
各0.3mM dATP、dTTP、dGTP、dCTP
各3.0mM ATP、UTP、GTP、CTP
3.4mM ITP
0.16μM 切断用オリゴヌクレオチドDNA(配列番号1)
1.0μM 第一のプライマー(配列番号2)
1.0μM 第二のプライマー(配列番号3)
25nM チアゾールオレンジ標識プローブ(配列番号4、非特許文献2に記載の方法を基づき作製)
142U T7RNAポリメラーゼ
(3)(1)で調製した被乾燥溶液Aを分注したPCR用チューブ、および(2)で調製した被乾燥溶液Bを分注したPCR用チューブを、それぞれアルミラックにセットし、棚式凍結乾燥機(AdVantage Plus EL−85、Virtis社製)に入れて蒸発乾燥を行なった。蒸発乾燥は、減圧度が12kPaから14kPaになるように制御のもと、棚温度25℃で12時間、続いて棚温度50℃で2時間、行なった。
(4)蒸発乾燥後、PCR用チューブを取り出して、蒸発乾燥体が吸湿しないよう、直ちにアルミシールにて密封した。得られた蒸発乾燥体は透明フィルム状であった(
図1)。(5)(4)で密封した蒸発乾燥体を含むPCR用チューブを、温度40℃、相対湿度(RH)5%以下の条件で一定期間貯蔵した。
(6)一定期間貯蔵後のPCR用チューブに、標的核酸(10
3コピーの結核菌(Mycobacterium tuberculosis)16S rRNA)を含む溶液15μLを添加し、46℃で5分間静置することで蒸発乾燥体を溶解させた。
(7)下記の組成からなる核酸増幅開始溶液A 15μLを(6)の溶解液に添加し、撹拌した。
【0035】
核酸増幅開始溶液A(濃度は核酸増幅反応時(容量:30μL)の最終濃度)
10.5% DMSO
6.5% グリセロール
21.0mM 塩化マグネシウム
83.0mM 塩化カリウム
(8)(7)のPCR用チューブを、直接検出可能な温調機能付き蛍光分光光度計に供し、46℃で核酸増幅反応させると同時に反応溶液の蛍光強度(励起波長500nm、蛍光波長540nm)を経時的に30分間検出した。核酸増幅に必要な因子溶液を添加した時点を反応開始時間として、蛍光強度比(所定時間の蛍光強度値をバックグラウンドの蛍光強度値で割った値)が1.2になった時点の反応時間を検出時間とした。
【0036】
【表3】
結果を表3に示す。AMV逆転写酵素を含みトレハロースを含まない溶液(被乾燥溶液B)を蒸発乾燥して得られた蒸発乾燥体(トレハロース濃度0mM)では、貯蔵期間によらず、核酸増幅反応が進行せず未検出となった。一方、トレハロースとAMV逆転写酵素とを含んだ溶液(被乾燥溶液A)を蒸発乾燥して得られた蒸発乾燥体では、21日間貯蔵しても、核酸増幅反応が進行し検出できた。従って、AMV逆転写酵素とトレハロースとを含む溶液を蒸発乾燥して得られる蒸発乾燥体(本発明の核酸増幅試薬)により、AMV逆転写酵素を長期間保存できることがわかる。特にトレハロース濃度が100mM、150mMおよび200mM(いずれも核酸増幅反応時の最終濃度)のときは、21日間貯蔵しても0日目とほぼ同等の検出時間を維持していることから、本発明の核酸増幅試薬を製造する際、AMV逆転写酵素を含む溶液に、トレハロースを100mMから450mM(核酸増幅反応時の最終濃度で50mMから225mMに相当)の間となるよう添加した上で蒸発乾燥させると、より好ましい。
【0037】
実施例2 水溶性高分子を含むAMV逆転写酵素の蒸発乾燥体の調製
本発明の核酸増幅試薬にさらに水溶性高分子を含んだときの、保存安定性への影響を評価した。
(1)下記の組成からなる、トレハロースとAMV逆転写酵素と水溶性高分子を含む被乾燥溶液Cを調製し、市販の0.5mL容量PCR用チューブ(Individual Dome Cap PCR Tube、SSI社製)に15μL/tubeで分注した。なお、AMV逆転写酵素は1.0Mのトレハロースを含む15U/μLのAMV逆転写酵素溶液(トレハロース(+)、表1)を0.63μL/tube添加し、T7RNAポリメラーゼは0.5Mのトレハロースを含む100U/μLのT7RNAポリメラーゼ溶液(トレハロース(+)、表2)を1.42μL/tube添加して調製した。また下記の組成のうち、トレハロース濃度は、AMV逆転写酵素溶液(トレハロース(+))およびT7RNAポリメラーゼ溶液(トレハロース(+))からのトレハロースの持ち込みを含んだ値であり、水溶性高分子は(a)0.25% Ficoll 400(商品名)、(b)1.00% Ficoll 400(商品名)、(c)0.25% デキストラン 200kDa、(d)1.00% デキストラン 200kDa、(e)0.25% ポリビニルピロリドン K90、のいずれかである(濃度はいずれも核酸反応時の終濃度)。
【0038】
被乾燥溶液Cの組成(濃度は核酸増幅反応時(容量:30μL)の最終濃度)
9.4U AMV逆転写酵素
150mM トレハロース(各酵素液から持ち込まれるトレハロースを含む)
60mM トリス塩酸緩衝液(pH8.65)
各0.3mM dATP、dTTP、dGTP、dCTP
各3.0mM ATP、UTP、GTP、CTP
3.06mM ITP
0.16μM 切断用オリゴヌクレオチド(配列番号1)
1.0μM 第一のプライマー(配列番号2)
1.0μM 第二のプライマー(配列番号3)
50nM チアゾールオレンジ標識プローブ(配列番号4、非特許文献2に記載の方法を基づき作製)
142U T7RNAポリメラーゼ
水溶性高分子(上記参照)
(2)実施例1(3)に記載の方法で蒸発乾燥を行ない、アルミシールにて密封した。得られた蒸発乾燥体は実施例1と同様、透明フィルム状であった。
(3)(2)で作製した、密封した蒸発乾燥体を含むPCR用チューブを、温度13℃、相対湿度(RH)95%以上の条件で一定期間貯蔵した。
(4)一定期間貯蔵後のPCR用チューブに、標的核酸(10
3コピーの結核菌(Mycobacterium tuberculosis)16S rRNA)を含む溶液15μLを添加し、46℃で5分間静置することで蒸発乾燥体を溶解させた。
(5)下記の組成からなる核酸増幅開始溶液B 15μLを(5)の溶解液に添加し、撹拌した。
【0039】
核酸増幅開始溶液B(濃度は核酸増幅反応時(容量:30μL)の最終濃度)
10.0% DMSO
5.0% グリセロール
19mM 塩化マグネシウム
100mM 塩化ナトリウム
(6)実施例1(8)と同様な方法で核酸増幅反応を行ない、標的核酸を検出した。
【0040】
【表4】
結果を表4に示す。本発明の核酸増幅試薬は14日間貯蔵しても、0日目とほぼ同等の検出時間を維持していることから、本発明の核酸増幅試薬は高湿度条件下においても、AMV逆転写酵素を長期間保存できることがわかる。また水溶性高分子をさらに含んだ本発明の核酸増幅試薬の、21日間貯蔵後の結果は、水溶性高分子を含まない本発明の核酸増幅試薬よりも検出時間が速くなっており、検出性能の低下が抑えられていることがわかる。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]