特許第6418906号(P6418906)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6418906光エネルギーの利用方法および光エネルギーの利用装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6418906
(24)【登録日】2018年10月19日
(45)【発行日】2018年11月7日
(54)【発明の名称】光エネルギーの利用方法および光エネルギーの利用装置
(51)【国際特許分類】
   C25B 1/30 20060101AFI20181029BHJP
   C25B 9/08 20060101ALI20181029BHJP
   C25B 11/06 20060101ALI20181029BHJP
   C01B 3/04 20060101ALI20181029BHJP
   C01B 13/02 20060101ALI20181029BHJP
【FI】
   C25B1/30
   C25B9/08
   C25B11/06 B
   C01B3/04 R
   C01B13/02 B
【請求項の数】16
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-227981(P2014-227981)
(22)【出願日】2014年11月10日
(65)【公開番号】特開2016-89250(P2016-89250A)
(43)【公開日】2016年5月23日
【審査請求日】2017年9月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】佐山 和弘
(72)【発明者】
【氏名】福 康二郎
(72)【発明者】
【氏名】三石 雄悟
【審査官】 越本 秀幸
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−028895(JP,A)
【文献】 特開2010−001539(JP,A)
【文献】 特開2014−015642(JP,A)
【文献】 特開2007−070675(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0318979(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00−15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸イオン、リン酸イオン、ホウ酸イオン、および過塩素酸イオンの中から選択される1以上のアニオンと、前記アニオンと異なる被酸化物とを含むアノード電解液が注入されたアノード室と、カソード電解液が注入されたカソード室とを備える電解槽で、前記アノード室に設けられたアノード電極の表面のn型半導体に光を照射して、標準酸化還元電位が+1.23V(RHE)より正側である酸化還元反応によって、前記被酸化物から酸化生成物を生成する工程を有する光エネルギーの利用方法であって、
前記被酸化物と前記酸化生成物の組み合わせが、硫酸イオンと過硫酸イオン、水と過酸化水素、およびCe3+とCe4+の中から選択される1以上である光エネルギーの利用方法
【請求項2】
Cl-およびBr-の少なくとも一方である被酸化物を含むアノード電解液が注入されたアノード室と、カソード電解液が注入されたカソード室とを備える電解槽で、前記アノード室に設けられたアノード電極の表面のn型半導体に光を照射して、標準酸化還元電位が+1.23V(RHE)より正側である酸化還元反応によって、前記被酸化物からイオンである酸化生成物を生成する工程を有する光エネルギーの利用方法であって、
前記被酸化物と前記酸化生成物の組み合わせが、Cl-とClO-、およびBr-とBrO-の少なくとも一方である光エネルギーの利用方法
【請求項3】
前記n型半導体がTi、V、Bi、Fe、Nb、ランタノイド、およびTaの中から選択される1以上の元素を含む請求項1または2に記載の光エネルギーの利用方法。
【請求項4】
前記n型半導体が可視光応答性のBiVO4である請求項に記載の光エネルギーの利用方法。
【請求項5】
前記アノード電解液のpHが1以上である請求項1からのいずれかに記載の光エネルギーの利用方法。
【請求項6】
前記アノード電解液のpHが3以上9未満である請求項に記載の光エネルギーの利用方法。
【請求項7】
前記アノード室での酸化還元反応と並行して、前記カソード室内の電解液に含まれる被還元物から還元生成物の生成または水から水素ガスの生成を行う請求項1からのいずれかに記載の光エネルギーの利用方法。
【請求項8】
光の照射によって酸化生成物が生成する光エネルギーの利用装置であって、
隔膜で区分されたアノード室およびカソード室を備える電解槽と、
前記アノード室に設けられ、n型半導体を表面に備えるアノード電極と、
前記カソード室に設けられ、直流電源を介して前記アノード電極と電気的に接続されたカソード電極と、
前記アノード室に注入され、炭酸イオン、リン酸イオン、ホウ酸イオン、および過塩素酸イオンの中から選択される1以上のアニオンと、前記アニオンと異なる被酸化物とを含むアノード電解液と、
前記カソード室に注入されたカソード電解液と、
を有し、
前記被酸化物と前記酸化生成物の組み合わせが、硫酸イオンと過硫酸イオン、水と過酸化水素、およびCe3+とCe4+の中から選択される1以上である光エネルギーの利用装置。
【請求項9】
光の照射によってイオンである酸化生成物が生成する光エネルギーの利用装置であって、
隔膜で区分されたアノード室およびカソード室を備える電解槽と、
前記アノード室に設けられ、n型半導体を表面に備えるアノード電極と、
前記カソード室に設けられ、直流電源を介して前記アノード電極と電気的に接続されたカソード電極と、
前記アノード室に注入され、Cl-およびBr-の少なくとも一方である被酸化物を含むアノード電解液と、
前記カソード室に注入されたカソード電解液と、
を有し、
前記被酸化物と前記酸化生成物の組み合わせが、Cl-とClO-、およびBr-とBrO-の少なくとも一方である光エネルギーの利用装置。
【請求項10】
前記n型半導体がTi、V、Bi、Fe、Nb、ランタノイド、およびTaの中から選択される1以上の元素を含む請求項8または9に記載の光エネルギーの利用装置。
【請求項11】
前記n型半導体が可視光応答性のBiVO4である請求項10に記載の光エネルギーの利用装置。
【請求項12】
前記アノード電解液のpHが1以上である請求項から11のいずれかに記載の光エネルギーの利用装置。
【請求項13】
前記アノード電解液のpHが3以上9未満である請求項12に記載の光エネルギーの利用装置。
【請求項14】
前記アノード電解液を前記アノード室から移し入れ、このアノード電解液に含まれる酸化生成物を分解して酸素を発生させるための容器をさらに有する請求項から13のいずれかに記載の光エネルギーの利用装置。
【請求項15】
光の照射によって酸化生成物が生成する光エネルギーの利用装置であって、
隔膜で区分されたアノード室およびカソード室を備える電解槽と、
前記アノード室に設けられ、n型半導体を表面に備えるアノード電極と、
前記カソード室に設けられ、直流電源を介して前記アノード電極と電気的に接続されたカソード電極と、
前記アノード室に注入され、炭酸イオン、リン酸イオン、ホウ酸イオン、および過塩素酸イオンの中から選択される1以上のアニオンと、前記アニオンと異なる被酸化物とを含むアノード電解液と、
前記カソード室に注入されたカソード電解液と、
を有し、
前記アノード電解液を前記アノード室から移し入れ、このアノード電解液に含まれる酸化生成物を分解して酸素を発生させるための容器をさらに有する光エネルギーの利用装置。
【請求項16】
光の照射によってイオンである酸化生成物が生成する光エネルギーの利用装置であって、
隔膜で区分されたアノード室およびカソード室を備える電解槽と、
前記アノード室に設けられ、n型半導体を表面に備えるアノード電極と、
前記カソード室に設けられ、直流電源を介して前記アノード電極と電気的に接続されたカソード電極と、
前記アノード室に注入され、Cl-およびBr-の少なくとも一方である被酸化物を含むアノード電解液と、
前記カソード室に注入されたカソード電解液と、
を有し、
前記アノード電解液を前記アノード室から移し入れ、このアノード電解液に含まれる酸化生成物を分解して酸素を発生させるための容器をさらに有する光エネルギーの利用装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体光電極に光を照射して酸化生成物を製造・捕集する光エネルギーの利用方法および光エネルギーの利用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、n型半導体を備える光電極(以下「半導体光電極」ということがある)を使用した水の水素と酸素への分解は、太陽光エネルギーの変換および蓄積のために広く研究されている(特許文献1、特許文献2、および非特許文献1参照)。なかでも、Fe2O3、WO3、BiVO4などの酸化物、TaONなどの酸窒化物、Ta3N5などの窒化物、および硫化物などのn型半導体を備える光電極は、安価で大面積化しやすいという実用的な点で優れている。水素はPt等のカソード電極上で集中して製造され捕集される。大面積の半導体光電極上で生成する酸素をそのまま空気中に放出する場合には、電解槽に酸素のガス漏れ防止カバーが不要である。しかしながら、これらの半導体光電極の太陽光エネルギーの変換の実用化には様々な問題点がある。
【0003】
太陽光エネルギーの変換装置を実用化する場合は、経済性を考慮する必要がある。カソード電極で生成する水素の製造コストは、将来的に30円/Nm3以下にする必要がある。この条件を満たすためには、現状の太陽光エネルギーの変換効率の向上や半導体光電極の製造コストの低減を進める必要があるものの限界がある。経済性を考慮すると、水素のみを製造販売するシステムとコンセプトそのものを変更することが望ましいと考えられる。
【0004】
半導体光電極上では酸素の生成だけではなく、いろいろな酸化反応を進行させることができる。水に溶解する酸化還元媒体(レドックス媒体)の還元体を電解槽に共存させると、光照射中に半導体光電極上で発生した正孔によって酸化還元媒体が酸化されて酸化体が生成できる。高濃度の硫酸水溶液中で、WO3を備える光電極上で過硫酸のような過酸化物が生成できることが報告されている(非特許文献2参照)。また、NaCl水溶液中で、WO3を備える光電極上で塩素(Cl2)が生成できることが報告されている(非特許文献2および非特許文献3参照)。
【0005】
過硫酸は有機合成や有害物質の分解などに幅広く利用される高付加価値材料である。特定の触媒(Ag+やPtなど)存在下で過硫酸は容易に分解するため、過硫酸を用いて必要な場所や時間で高純度の酸素の生成が可能になる。純度の高い酸素も工業的にはきわめて重要な物質である。しかし、現在の水分解システムの多くは、カソード電極で生成する水素の回収に着目しているため、半導体光電極上で生成する酸素の回収利用に対する意識が低く、酸素を大気中に放出させている場合が多い。
【0006】
しかしながら、酸素も汎用性が高い材料であるため、必要に応じて酸素を製造・捕集できれば、水素および酸素の両生成物を製造・販売する観点から、工業的に付加価値の高いシステムとなり得る。高濃度の硫酸水溶液の電気分解では、使用する半導体および電解槽の耐酸性が必要となるため、半導体光電極を利用して硫酸から酸化生成物を製造・捕集する反応条件が制限される。pHが1以上、好ましくは中性付近で酸化生成物を安定的に製造・捕集できれば、半導体光電極を用いた太陽光の効率的利用が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2003−504799号公報
【特許文献2】特開2005−44758号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Rie Saito, Yugo Miseki, Kazuhiro Sayama, "Highly efficient photoelectrochemical water splitting using a thin film photoanode of BiVO4/SnO2/WO3 multi-composite in a carbonate electrolyte", Chemical Communications, 48(2012), 3833-3835
【非特許文献2】Qixi Mi, Almagul Zhanaidarova, Bruce S. Brunschwig, Harry B. Gray, Nathan S. Lewis, "A Quantitative assessment of the competition between water and anion oxidation at WO3 photoanodes in acidic aqueous electrolytes", Energy Environ. Sci., 2012, 5, 5694-5700
【非特許文献3】Jan Augustynski, Renata Solarska, Hans Hagemann, Clara Santato, "Nanostructured thin-film tungsten trioxide photoanodes for solar water and sea-water splitting", PROCEEDINGS OF THE SOCIETY OF PHOTO-OPTICAL INSTRUMENTATION ENGINEERS (SPIE), Solar Hydrogen and Nanotechnology, 6340, 2006, U140-U148, (September 08, 2006); doi:10.1117/12.680667.
【非特許文献4】Issei Fujimoto, Nini Wang, Rie Saito, Yugo Miseki, Takahiro Gunji, Kazuhiro Sayama, "WO3/BiVO4 composite photoelectrode prepared by improved auto-combustion method for highly efficient water splitting", International Journal of Hydrogen Energy, 39(2014), 2454-2461
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のような背景から、本発明は、半導体光電極を用いた太陽エネルギーの変換システムにおいて、有用な酸化生成物を効率よく製造・捕集する技術を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、炭酸イオン、リン酸イオン、ホウ酸イオン、過塩素酸イオン、臭化物イオン、および塩化物イオンの中から選択される1以上のアニオンを含む電解液中で、半導体光電極に光を照射して酸化生成物を効率よく製造・捕集する技術を鋭意検討し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明の光エネルギーの利用方法は、炭酸イオン、リン酸イオン、ホウ酸イオン、および過塩素酸イオンの中から選択される1以上のアニオンと、アニオンと異なる被酸化物とを含むアノード電解液が注入されたアノード室と、カソード電解液が注入されたカソード室とを備える電解槽で、アノード室に設けられたアノード電極の表面のn型半導体に光を照射して、標準酸化還元電位が+1.23V(RHE)より正側である酸化還元反応によって、被酸化物から酸化生成物を生成する工程を有する。被酸化物と酸化生成物の組み合わせが、硫酸イオンと過硫酸イオン、水と過酸化水素、およびCe3+とCe4+の中から選択される1以上であることが好ましい。標準酸化還元電位が+1.23V(RHE)とは、pH=0において+1.23V(NHE、pH=0)の電位であり、水の酸化還元を伴う反応の場合はネルンストの式に従い、pH=14においては+0.059V/pHシフトするので、+0.404V(NHE、pH=14)に相当する。
【0012】
本発明の他の光エネルギーの利用方法は、Cl-およびBr-の少なくとも一方である被酸化物を含むアノード電解液が注入されたアノード室と、カソード電解液が注入されたカソード室とを備える電解槽で、アノード室に設けられたアノード電極の表面のn型半導体に光を照射して、標準酸化還元電位が+1.23V(RHE)より正側である酸化還元反応によって、被酸化物からイオンである酸化生成物を生成する工程を有する。被酸化物と酸化生成物の組み合わせが、Cl-とClO-、およびBr-とBrO-の少なくとも一方であることが好ましい。
【0013】
本発明の光エネルギーの利用方法において、n型半導体がTi、V、Bi、Fe、Nb、ランタノイド、およびTaの中から選択される1以上の元素を含むことが好ましく、可視光応答性のBiVO4であることがより好ましい。本発明の光エネルギーの利用方法において、アノード電解液のpHが1以上であることが好ましく、3以上9未満であることがより好ましい。本発明の光エネルギーの利用方法において、アノード室での酸化還元反応と並行して、カソード室内の電解液に含まれる被還元物から還元生成物の生成または水から水素ガスの生成を行ってもよい。
【0014】
本発明の光エネルギーの利用装置は、光の照射によって酸化生成物が生成する光エネルギーの利用装置であって、隔膜で区分されたアノード室およびカソード室を備える電解槽と、アノード室に設けられ、n型半導体を表面に備えるアノード電極と、カソード室に設けられ、直流電源を介してアノード電極と電気的に接続されたカソード電極と、アノード室に注入され、炭酸イオン、リン酸イオン、ホウ酸イオン、および過塩素酸イオンの中から選択される1以上のアニオンと、アニオンと異なる被酸化物とを含むアノード電解液と、カソード室に注入されたカソード電解液とを有する。被酸化物と酸化生成物の組み合わせが、硫酸イオンと過硫酸イオン、水と過酸化水素、およびCe3+とCe4+の中から選択される1以上であることが好ましい。
【0015】
本発明の他の光エネルギーの利用装置は、光の照射によってイオンである酸化生成物が生成する光エネルギーの利用装置であって、隔膜で区分されたアノード室およびカソード室を備える電解槽と、アノード室に設けられ、n型半導体を表面に備えるアノード電極と、カソード室に設けられ、直流電源を介してアノード電極と電気的に接続されたカソード電極と、アノード室に注入され、Cl-およびBr-の少なくとも一方である被酸化物を含むアノード電解液と、カソード室に注入されたカソード電解液とを有する。被酸化物と酸化生成物の組み合わせが、Cl-とClO-、およびBr-とBrO-の少なくとも一方であることが望ましい。
【0016】
本発明の光エネルギーの利用装置において、n型半導体がTi、V、Bi、Fe、Nb、ランタノイド、およびTaの中から選択される1以上の元素を含むことが好ましく、可視光応答性のBiVO4であることがより好ましい。本発明の光エネルギーの利用装置において、被酸化物と酸化生成物の組み合わせが、硫酸イオンと過硫酸イオン、水と過酸化水素、炭酸イオンと過炭酸イオン、IO3-とIO4-、およびCe3+とCe4+の中から選択される1以上であることが好ましい。本発明の光エネルギーの利用装置において、アノード電解液のpHが1以上であることが好ましく、3以上9未満であることがより好ましい。本発明の光エネルギーの利用装置において、アノード電解液をアノード室から移し入れ、このアノード電解液に含まれる酸化生成物を分解して酸素を発生させるための容器をさらに有していてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、有用な酸化生成物を効率よく製造・捕集できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の第一実施形態に係る光エネルギーの利用装置である。
図2】本発明の第二実施形態に係る光エネルギーの利用装置である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の光エネルギーの利用装置および光エネルギーの利用方法について、図面を参照しながら実施形態と実施例に基づいて詳細に説明する。なお、同一部材には同一符号を付与することがあり、重複説明は適宜省略する。
【0020】
太陽光エネルギー変換の装置を実用化する場合は、経済性を考慮すると水素のみを製造販売するというシステムとコンセプトそのものを変更することが望ましい。本発明者らは、「光電気化学コンビナート」という新たなコンセプトを検討した。水を分解して水素を製造・捕集するだけではなく、複数の機能を融合して、有用化学品を製造するなどの付加価値が高い反応を同時に行う概念である。水素以外の高価な有用化学品を製造・販売できれば、結果的に水素製造システム全体の経済性は向上して、早期の実用化へとつながる。
【0021】
光電気化学コンビナートは、光電気化学装置を中心として、その周りに様々な化学プロセスが配置されてコンビナートを形成する形態である。アノード反応だけでなくカソード反応でも付加価値が高い反応を行うことも可能である。付加価値が高い反応としては、廃棄物処理、有害物質分解(漂白、洗浄、殺菌など)、および有機合成反応なども含まれる。本発明では、特に、温和な条件の下、半導体光電極上で生じる高付加価値な酸化生成物を製造・捕集する技術を鋭意検討し、それを完成するに至った。
【0022】
(第一実施形態)
図1は、本発明の第一実施形態に係る光エネルギーの利用装置10を模式的に示している。光エネルギーの利用装置10は、光の照射によって酸化生成物が生成する。光エネルギーの利用装置10は、電解槽12と、アノード電極14と、カソード電極16と、アノード電解液18と、カソード電解液20とを備えている。電解槽12は、隔膜22で区分されたアノード室24およびカソード室26を備えている。アノード電極14はアノード室24に設けられ、導電性基板28と、導電性基板28の表面に形成されたn型半導体30とを備えている。アノード電解液18は、炭酸イオン、リン酸イオン、ホウ酸イオン、および過塩素酸イオンの中から選択される1以上のアニオンと、これらのアニオンと異なる被酸化物とを含み、アノード室24に注入されている。
【0023】
半導体光電極を用いて水を電気分解する一般的な動作原理について説明する。半導体光電極に光を照射すると、伝導帯に電子(e-)が生成し、価電子帯に正孔が生成する。半導体光電極の表面に移動した正孔は、水を酸化して酸素を生成する。一方、生成した電子は、半導体光電極の導電性基板に移動した後、外部短絡線を通り対極に移動する。この際、n型半導体の伝導帯は水素の発生電位よりも正側であるため、半導体光電極と対極の間にバイアス電位をかけて電子のエネルギーを高くする。この電子によって、対極上で水が還元されて水素が生成する。
【0024】
n型半導体30は、価電子帯準位が+1.23V(RHE)よりも正で、中性付近において安定である物質が好ましい。このようなn型半導体30として、Ti、V、Bi、Fe、Nb、ランタノイド、およびTaの中から選択される1以上の元素を含むものが挙げられる。具体的には、TiO2、Fe2O3、BiVO4、Ta2O5、Bi2WO6のような酸化物、TaONなどの酸窒化物、Ta3N5などの窒化物、硫化物、オキシサルファイド、BiOCl、BiOBr、BiOI等のオキシハライド、またはこれらの化合物にドーピングした物質などである。太陽光の有効利用の観点から、n型半導体30は可視光応答性であることが好ましく、より長波長領域の可視光が利用できるBiVO4、Fe2O3、TaON、またはTa3N5であることがより好ましく、特にWO3が応答する可視光よりも長波長の可視光に応答するBiVO4であることがさらに好ましい。なお、WO3とBiVO4が積層された半導体光電極は、BiVO4が長波長の可視光を吸収し、水の電気分解による水素および酸素生成で、効率的な太陽光エネルギーの変換ができることが報告されている(非特許文献4参照)。
【0025】
アノード室24では、n型半導体30に光が照射されて、標準酸化還元電位が+1.23V(RHE)より正側である酸化還元反応が起こり、アノード電解液18中の被酸化物から酸化生成物が生成する。n型半導体30に光が照射されると、アノード電極14上で炭酸イオン、リン酸イオン、ホウ酸イオン、および過塩素酸イオンの中から選択される1以上のアニオンが酸化され、この酸化されたアニオンが被酸化物を酸化して酸化生成物が生成すると考えられる。この酸化生成物は、水溶性の高付加価値な物質である。酸化生成物は過酸化物であることが好ましく、過硫酸であることがより好ましい。過酸化物はO-O結合を持つ物質であり、過酸化水素、過硫酸、過炭酸などがある。過硫酸はO-O結合を持つ硫黄のオキソ酸のひとつであり、過硫酸イオンはSO52-またはS2O82-で表記される。
【0026】
被酸化物および酸化生成物は水溶性であることが好ましい。具体的には、被酸化物と酸化生成物の組み合わせは、SO42-とSO52-またはS2O82-(硫酸イオンと過硫酸イオン)、H2OとH2O2(水と過酸化水素)、IO3-とIO4-、およびCe3+とCe4+の中から選択される1以上であることが好ましい。また、アノード電解液18のpHは1以上であることが好ましく、3以上9未満であることがより好ましい。光エネルギーの利用装置10を構成する部材が腐食されにくいからである。
【0027】
カソード電極16はカソード室26に設けられ、直流電源を介してアノード電極14と電気的に接続されている。カソード電解液20は被還元物を含み、カソード室26に注入されている。カソード室26では、アノード室24での酸化還元反応と並行して、標準酸化還元電位が+1.23V(RHE)より負側である酸化還元反応によって被還元物から還元生成物または水から水素ガスが生成される。本発明の実施形態に係る光エネルギーの利用方法に使用できる被還元物と還元生成物の組み合わせとしては、Fe3+とFe2+、IO3-とI-、I3-とI-などが挙げられる。また、メチルビオロゲンなどの有機レドックスも使用できる。
【0028】
光エネルギーの利用装置10は、アノード電解液18をアノード室24から移し入れ、アノード電解液18に含まれる酸化生成物を分解して高純度の酸素を発生させるための容器(不図示)をさらに備えていてもよい。アノード電解液18を容器に移すのは、流通式またはバッチ式のどちらでも可能である。また、Ag+やPtなどの金属触媒、加熱、または光照射などが、酸素ガスを発生させる酸化生成物の分解に利用できる。なお、複数のアノード電極を隔壁で隔てた電解槽を用いれば、複数の異なる酸化反応を同時に行うこともできる。
【0029】
n型半導体30上には反応を効率よく進行させる助触媒を担持しても良い。助触媒としては、PtやPdなどの貴金属、RuO2やIrO2などの貴金属酸化物、および酸化チタン、酸化ビスマス、もしくは酸化スズなどの酸化物から選択される1以上の物質、またはこれらの複合化物質が挙げられる。助触媒をn型半導体30上に担持することは、ハロゲンイオンが関係する反応で特に好ましい。
【0030】
(第二実施形態)
図2は、本発明の第二実施形態に係る光エネルギーの利用装置11を模式的に示している。光エネルギーの利用装置11は、光の照射によってイオンである酸化生成物が生成し、アノード電解液19とカソード電解液21とを備えている。アノード電解液19は、光エネルギーの利用装置10のアノード電解液18と異なっている。カソード電解液21は、光エネルギーの利用装置10のカソード電解液20と同一であっても異なっていてもよい。
【0031】
アノード電解液19は、Cl-およびBr-の少なくとも一方である被酸化物を含んでいる。本実施形態では、第一実施形態のように炭酸イオン等のアニオンがアノード電解液19に含まれていなくても、n型半導体30に光が照射されると、標準酸化還元電位が+1.23V(RHE)より正側である酸化還元反応が起こり、アノード電極14上で被酸化物が直接酸化されてイオンである酸化生成物が生成する。このような被酸化物と酸化生成物の組み合わせとして、ハロゲン化物イオンとその酸化生成物イオンが好ましく、具体的にはBr-とBrO-、Br-とBrO3-、Cl-とClO-が挙げられる。酸化生成物はイオンであるため、水に溶けやすい。したがって、イオン状態の酸化生成物が水中で容易に蓄積できる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0033】
(実施例1)
まず、導電性基板であるF-SnO2(FTO)膜の表面に、塩化タングステンのジメチルホルムアミド溶液(0.76mol/L)をスピンコートした後、500℃で空気焼成することでWO3膜を作製した。つぎに、0.5mol/Lビスマス塗布液(高純度化学研究所製、EMOD塗布型材料) 400μLおよび0.4mol/Lバナジウム塗布液(高純度化学研究所製、EMOD塗布型材料) 500μLを酢酸ブチル2100μLに溶かした溶液に、エチルセルロースの酢酸ブチル溶液(10wt%)2000μLを加えて、WO3膜上にスピンコートした後、550℃で空気焼成してFTO膜上にWO3とBiVO4が積層されたアノード電極を作製した。
【0034】
そして、カチオン交換膜を隔膜とした二室型の電解槽のアノード室にこのアノード電極を、カソード室にPtからなるカソード電極をそれぞれ設置し、直流電源を介してこれらの電極を電気的に接続した。つぎに、アノード室およびカソード室に0.1mol/LのKHCO3水溶液を29mLずつ注入した。そして、アノード電解液およびカソード電解液にCO2ガスを流通しながら、アノード電極のBiVO4膜側から疑似太陽光を照射し、1mAの一定電流で1.8Cの電気量を流した。BiVO4で光吸収と酸化反応が起きている。その結果、アノード電解液に1.84μmolのH2O2(ファラデー効率20%)が生成したこと、すなわち、水から過酸化水素が生成したことを呈色実験で確認した。アノード電解液およびカソード電解液のpHは電気分解前後で変化なく、6.6の値を示した。
【0035】
(実施例2)
K2SO4が0.5mol/Lで、KHCO3が0.1mol/Lでそれぞれ含まれる混合水溶液をアノード室およびカソード室に29mLずつ注入したことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液に1.16μmolのH2O2(ファラデー効率12%)と0.84μmolの過硫酸(ファラデー効率9%)が生成したこと、すなわち、水から過酸化水素、および硫酸イオンから過硫酸が生成したことを呈色実験で確認した。アノード電解液およびカソード電解液のpHは光電極反応前後で変化はなく、6.6の値を示した。
【0036】
(実施例3)
電解槽の隔膜にアニオン交換膜を用いたこと、Ce(ClO4)3が0.1mol/LでHClO4が0.1mol/Lでそれぞれ含まれる混合水溶液29mLをアノード室に注入したこと、0.1mol/LのHClO4水溶液29mLをカソード室に注入したこと、1.0mAの一定電流で0.9Cの電気量を流したこと、ならびにアノード電解液およびカソード電解液にCO2ガスに代えてArガスを流通させたことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液に0.78μmolのCe4+(ファラデー効率8%)が生成したこと、すなわち、Ce3+からCe4+が生成したことを呈色実験で確認した。
【0037】
(実施例4)
FTO膜上にBiVO4膜のみを形成したアノード電極を用いたこと、キセノンランプを用いて420nm以上の波長の可視光を照射したこと、および0.5mAの一定電流で0.9Cの電気量を流したことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液に0.64μmolのH2O2(ファラデー効率14%)が生成したこと、すなわち、水から過酸化水素が生成したことを呈色実験で確認した。
【0038】
(実施例5)
FTO膜上にBiVO4膜のみを形成したアノード電極を用いたこと、キセノンランプを用いて420nm以上の波長の可視光を照射したこと、0.5mAの一定電流で0.9Cの電気量を流したこと、ならびにK2SO4が0.5mol/Lで、KHCO3が0.1mol/Lでそれぞれ含まれる混合水溶液をアノード室およびカソード室に29mLずつ注入したことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液に0.66μmolのH2O2(ファラデー効率14%)と0.13μmolの過硫酸(ファラデー効率3%)が生成したこと、すなわち、水から過酸化水素、および硫酸イオンから過硫酸が生成したことを呈色実験で確認した。
【0039】
(実施例6)
5.0mol/LのNaCl水溶液をアノード室およびカソード室に35mLずつ注入したこと、キセノンランプを用いて紫外・可視光を照射したこと、1.0mAの一定電流で2.0Cの電気量を流したこと、ならびにアノード電解液およびカソード電解液にCO2ガスを流通させなかったことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液に5.70μmolのClO-(ファラデー効率55%)が生成したことを呈色実験で確認した。アノード電解液のpHは5.8であった。
【0040】
(実施例7)
1.0mol/LのNaBr水溶液をアノード室およびカソード室に35mLずつ注入したこと、キセノンランプを用いて紫外・可視光を照射したこと、1.0mAの一定電流で2.0Cの電気量を流したこと、ならびにアノード電解液およびカソード電解液にCO2ガスを流通させなかったことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液に6.50μmolのBrO-(ファラデー効率63%)が生成したことを呈色実験で確認した。アノード電解液のpHは5.9であった。
【0041】
(実施例8)
5.0mol/LのNaCl水溶液にNaOHまたはHClを添加してpHを3段階に調整したこと、キセノンランプを用いて紫外・可視光を照射したこと、1.0mAの一定電流で2.0Cの電気量を流したこと、ならびにアノード電解液およびカソード電解液にCO2ガスを流通させなかったことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液のpHが2.5、5.8、8.4の時、ファラデー効率はそれぞれ44%、55%、47%であった。このpH範囲では、ClO-が十分に生成することが確認された。特に中性付近でファラデー効率がよいことがわかった。
【0042】
(実施例9)
FTO膜上にBiVO4膜のみを形成したアノード電極を用いたこと、5.0mol/LのNaCl水溶液をアノード室およびカソード室に35mLずつ注入したこと、キセノンランプを用いて紫外・可視光を照射したこと、1.0mAの一定電流で2.0Cの電気量を流したこと、ならびにアノード電解液およびカソード電解液にCO2ガスを流通させなかったことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液に2.0μmolのClO-(ファラデー効率19%)が生成したことを呈色実験で確認した。
【0043】
(実施例10)
FTO膜上にBiVO4膜のみを形成したアノード電極を用いたこと、1.0mol/LのNaBr水溶液をアノード室およびカソード室に35mLずつ注入したこと、キセノンランプを用いて紫外・可視光を照射したこと、1.0mAの一定電流で2.0Cの電気量を流したこと、ならびにアノード電解液およびカソード電解液にCO2ガスを流通させなかったことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液に3.30μmolのBrO-(ファラデー効率32%)が生成したことを呈色実験で確認した。
【0044】
(実施例11)
TiとSrをドープしたFe2O3膜をFTO膜上に形成したアノード電極を用いたこと、5.0mol/LのNaCl水溶液をアノード室およびカソード室に35mLずつ注入したこと、キセノンランプを用いて紫外・可視光をこのFe2O3膜に照射したこと、1.0mAの一定電流で2.0Cの電気量を流したこと、ならびにアノード電解液およびカソード電解液にCO2ガスを流通させなかったことを除いて実施例1と同様にして電気分解を行った。アノード電解液に1.90μmolのClO-(ファラデー効率18%)が生成したことを呈色実験で確認した。なお、アノード電極は、Fe、Ti、Srの各EMOD塗布型材料溶液(高純度化学研究所製)を、Fe:Ti:Sr=90:10:4.5のモル比となるように混合し、その混合液をFTO膜上にスピンコートした後、700℃で空気焼成して作製した。
【0045】
(比較例)
0.5mol/LのK2SO4水溶液をアノード室およびカソード室に29mLずつ注入したこと、ならびにアノード電解液およびカソード電解液にCO2ガスに代えてArガスを流通させたことを除いて実施例2と同様にして電気分解を行った。炭酸イオンが存在しないアノード電解液では、硫酸イオンから過硫酸が生成しないことを呈色実験で確認した。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、有用な酸化生成物を効率よく製造・捕集する技術に適用できる。また、本発明は、酸化生成物を利用した有機汚染物質の分解などにも応用できる。
【符号の説明】
【0047】
10,11 光エネルギーの利用装置
12 電解槽
14 アノード電極
16 カソード電極
18,19 アノード電解液
20,21 カソード電解液
22 隔膜
24 アノード室
26 カソード室
28 導電性基板
30 n型半導体
図1
図2