【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2015年3月11日〜14日に開催された2015年 第62回 応用物理学会春季学術講演会にて発表 2015年3月29日〜4月1日に開催されたFocus on Microscopy 2015 G▲o▼ttingen,Germanyにて発表
【文献】
Katsumasa Fujita, et al.,Saturated excitation microscopy with image subtraction,Proceedings of Focus on Microscopy 2015, parallel sessions Optical Theory 3: Computer reconstructed,Focus on Microscopy society,2015年 3月31日,parallel session 3/31 forums,17:10-17:30,http://www.focusonmicroscopy.org/2015/
【文献】
Yasuo Yonemaru, et al.,Saturated Excitation Microscopy with Optimized ExcitationModulation,CHEMPHYSCHEM,ドイツ,Wiley-VCH Verlag GmbH & Co.,2014年 2月 2日,vol.15,p.743-749
【文献】
Rainer Heintzmann, et al.,Saturated patterned excitation microscopy.aconcept for optical resolution improvement,J. Opt. Soc. Am. A,米国,Optical society of America,2002年 8月,Vol. 19, No. 8,p.1599-1609
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
照射によって信号光を発生し、少なくとも1つが前記信号光を飽和または非線形増減させる照射強度を有し、相互に照射強度が異なる2以上の照射光を試料の同一箇所に別々に照射する照射部と、
各前記照射光を前記試料に照射することにより発生した前記信号光をそれぞれ検出する信号光検出部と、
該信号光検出部により取得された複数の光信号を、対応する各前記照射光の照射強度と照射時間とに基づき、飽和または非線形増減が生じていない光強度成分が一致するよう正規化して得られる複数の正規化光信号の差分を演算し、得られた差分信号を用いて信号光画像を生成する画像生成部とを備える顕微鏡。
前記照射部が、対応する各前記照射光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、各前記照射光の照射強度および照射時間を設定することにより、前記光信号を正規化させる請求項1または請求項2に記載の顕微鏡。
前記照射部が、2光子励起法によって前記信号光を発生させる前記照射光を照射するとともに、対応する各前記照射光の照射強度の2乗の前記照射時間内の積分値が等しくなるように、各前記照射光の照射強度および照射時間を設定することにより、前記光信号を正規化させる請求項2に記載の顕微鏡。
前記画像生成部が、前記照射光が照射されるライン毎、前記信号光画像毎、前記信号光画像のピクセル毎、または、複数の前記信号光画像のスタック毎に前記差分を演算する請求項1から請求項6のいずれかに記載の顕微鏡。
前記画像生成部が、前記差分の演算処理を行うロックインアンプを備え、該ロックインアンプにより前記信号光画像のピクセル毎に前記差分を演算する請求項1から請求項6のいずれかに記載の顕微鏡。
照射によって信号光を発生し、少なくとも1つが前記信号光を飽和または非線形増減させる照射強度を有し、相互に照射強度が異なる2以上の照射光を試料の同一箇所に別々に照射する照射ステップと、
各前記照射光を前記試料に照射することにより発生した前記信号光をそれぞれ検出する信号光検出ステップと、
該信号光検出ステップにより取得された複数の信号光信号を、対応する各前記照射光の照射強度と照射時間とに基づき、飽和または非線形増減が生じていない光強度成分が一致するよう正規化して得られる複数の正規化光信号の差分を演算する演算ステップと、
該演算ステップにより得られた差分信号を用いて信号光画像を生成する画像生成ステップとを含む画像取得方法。
前記照射ステップが、対応する各前記照射光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、各前記照射光の照射強度および照射時間を設定することにより、前記光信号を正規化させる請求項11または請求項12に記載の画像取得方法。
前記画像生成ステップが、対応する各前記照射光の照射強度の照射時間内の積分値の比率により、前記光信号を正規化する請求項11または請求項12に記載の画像取得方法。
前記照射ステップが、2光子励起法によって前記信号光を発生させる前記照射光を照射するとともに、対応する各前記照射光の照射強度の2乗の前記照射時間内の積分値が等しくなるように、各前記照射光の照射強度および照射時間を設定することにより、前記光信号を正規化させる請求項12に記載の画像取得方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載された変復調を利用した飽和成分の検出技術では、飽和成分の信号を部分的に検出しているに過ぎない。例えば、レーザ光が周波数fで変調されるものとすると、レーザ光の強度I
Ex(t)と蛍光の強度I
Fl(t)は下記の(1)式、(2)式により表すことができる。
【数1】
【数2】
ここで、αはレーザ光に対する1次(1乗に比例)の成分の係数であり、βはレーザ光に対する2次(2乗に比例)の成分の係数である。なお、レーザ光の強度によっては3次(3乗に比例)以上の成分も発生するが、ここでは簡単のために2次までの成分で示している。蛍光の非飽和成分はαに寄与し、蛍光の飽和成分はβに寄与する。即ち、蛍光の飽和成分を検出するということは、βの成分を検出することに等しい。特許文献1に記載の方法では、ロックインアンプを利用して2fの成分のみを復調することにより、(2)式の最終項のみ、即ちβの成分のみをαの成分から分離して検出することができる。しかし、βは他の項にも含まれており、最終項に含まれる強度は全体の1/8である。即ち、周波数2fで復調して得られる蛍光飽和の信号は、実際に発生しているものの1/8であり、残り7/8は出力画像に寄与しない。そのため、特許文献1の方法では飽和信号の全てを取得することはできず、S/N比が悪いという課題がある。
【0008】
また、特許文献1に記載されたフィッティングを利用する検出技術では、各ピクセルにおいてフィッティング処理を行う必要があり、膨大な計算量が必要となるとともに、フィッティングによる誤差が画像に影響する。
【0009】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、簡単な処理で、S/N比を向上してより高い空間分解能を実現することができる顕微鏡および画像取得方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1態様は、照射によって信号光を発生し、少なくとも1つが前記信号光を飽和または非線形増減させる照射強度を有し、相互に照射強度が異なる2以上の照射光を試料の同一箇所に別々に照射する照射部と、各前記照射光を前記試料に照射することにより発生した前記信号光をそれぞれ検出する信号光検出部と、該信号光検出部により取得された複数の光信号を、対応する各前記照射光の照射強度と照射時間とに基づき、飽和また非線形増減が生じていない光強度成分が一致するよう正規化して得られる複数の正規化光信号の差分を演算し、得られた差分信号を用いて信号光画像を生成する画像生成部とを備える顕微鏡である。
【0011】
本態様によれば、照射部により試料の同一箇所に対して別々に照射された各照射光の照射強度に対応する強度の光信号が信号光検出部によりそれぞれ取得される。この場合において、少なくとも1つの照射光が信号光を飽和または非線形増減させる照射強度を有しているので、画像生成部により、これらの光信号の光強度成分が一致するよう正規化された複数の正規化光信号の差分を演算することで、信号光の飽和または非線形増減成分のみを効率よく抽出して信号光画像を生成することができる。したがって、複数の正規化光信号の差分を演算するだけの簡単な処理で、S/N比を向上してより高い空間分解能を実現することができる。本態様においては、前記信号光が蛍光であってもよい。
【0012】
上記態様においては、前記照射部が、対応する各前記照射光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、各前記照射光の照射強度および照射時間を設定することにより、前記光信号を正規化させることとしてもよい。
このように構成することで、信号光検出部により取得された光信号をそのまま正規化光信号として差分の演算処理を行うことができ、差分の演算処理を簡易にすることができる。また、光信号のダイナミックレンジが狭くなるのを回避することができる。
【0013】
上記態様においては、前記画像生成部が、対応する各前記照射光の照射強度の照射時間内の積分値の比率により、前記光信号を正規化することとしてもよい。
このように構成することで、照射光の照射強度や照射時間の設定条件を調整することなく、信号光の飽和成分を正確に抽出することができる。
【0014】
上記態様においては、前記照射部が、2光子励起法によって前記信号光を発生させる前記照射光を照射するとともに、対応する各前記照射光の照射強度の2乗の前記照射時間内の積分値が等しくなるように、各前記照射光の照射強度および照射時間を設定することにより、前記光信号を正規化させることとしてもよい。
このように構成することで、簡易な差分の演算処理で、2光子励起観察により、S/N比を向上してより高い空間分解能を実現することができる。
【0015】
上記態様においては、前記照射部が、2光子励起法によって前記信号光を発生させる前記照射光を照射し、前記画像生成部が、対応する各前記照射光の照射強度の2乗の前記照射時間内の積分値の比率により、前記光信号を正規化することとしてもよい。
このように構成することで、照射光の照射強度や照射時間の設定条件の調整に手間を掛けずに、2光子励起観察により、S/N比を向上してより高い空間分解能を実現することができる。
【0016】
上記態様においては、前記画像生成部が、前記照射光が照射されるライン毎、前記信号光画像毎、前記信号光画像のピクセル毎、または、複数の前記信号光画像のスタック毎に前記差分を演算することとしてもよい。
このように構成することで、信号光画像毎またはスタック毎に差分を演算する場合は、照射光ごとに画像をある程度形成してから演算処理を行うことができ、差分処理を簡易にすることができる。また、ライン毎またはピクセル毎に差分を演算する場合は、環境温度の変化の影響などによって照射光の照射時間の揺らぎや試料の位置ずれなどが生じたとしても、誤差を生じ難くすることができる。
【0017】
上記態様においては、前記画像生成部が、前記差分の演算処理を行うロックインアンプを備え、該ロックインアンプにより前記信号光画像のピクセル毎に前記差分を演算することとしてもよい。
このように構成することで、市販されているロックインアンプを利用して差分の演算処理を簡易かつ正確に行うことができる。
【0018】
上記態様においては、前記照射部が、相互に照射強度が異なる3以上の前記照射光を前記試料に別々に照射し、前記画像生成部が、前記複数の正規化光信号に対する差分を複数回行うこととしてもよい。
このように構成することで、光信号におけるより高次の飽和成分に基づいて信号光画像を生成して、より高度の空間分解能を実現することができる。
【0019】
上記態様においては、前記画像生成部が、デコンボリューション機能を有することとしてもよい。
このように構成することで、差分の演算処理時に負の強度成分が発生したとしても、負の強度成分を含まない信号光画像を生成することができる。また、空間周波数の高周波成分を強調してより高い分解能を実現することができる。
【0020】
本発明の第2態様は、照射によって信号光を発生し、少なくとも1つが前記信号光を飽和または非線形増減させる照射強度を有し、相互に照射強度が異なる2以上の照射光を試料の同一箇所に別々に照射する照射ステップと、各前記照射光を前記試料に照射することにより発生した前記信号光をそれぞれ検出する信号光検出ステップと、該信号光検出ステップにより取得された複数の光信号を、対応する各前記照射光の照射強度と照射時間とに基づき、飽和または非線形増減が生じていない光強度成分が一致するよう正規化して得られる複数の正規化光信号の差分を演算する演算ステップと、該演算ステップにより得られた差分信号を用いて信号光画像を生成する画像生成ステップとを含む画像取得方法である。
【0021】
本態様によれば、照射ステップにより試料の同一箇所に対して別々に照射された各照射光の照射強度に対応する強度の光信号が信号光検出ステップによりそれぞれ取得される。この場合において、少なくとも1つの照射光が信号光を飽和または非線形増減させる照射強度を有しているので、演算ステップによるこれらの光信号の光強度成分が一致するよう正規化された複数の正規化光信号の差分の演算処理により、信号光の飽和または非線形増減成分のみを効率よく抽出することができる。したがって、画像生成ステップにより、S/N比が向上されたより高い空間分解能を有する信号光画像を生成することができる。本態様においては、前記信号光が蛍光であってもよい。
【0022】
上記態様においては、前記照射ステップが、対応する各前記照射光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、各前記照射光の照射強度および照射時間を設定することにより、前記光信号を正規化させることとしてもよい。
このように構成することで、信号光検出ステップにより取得された光信号をそのまま正規化光信号として差分の演算処理を行い、差分の演算処理を簡易にすることができる。また、光信号のダイナミックレンジが狭くなるのを回避することができる。
【0023】
上記態様においては、前記画像生成ステップが、対応する各前記照射光の照射強度の照射時間内の積分値の比率により、前記光信号を正規化することとしてもよい。
このように構成することで、照射光の照射強度や照射時間の設定条件を調整することなく、信号光の飽和成分を正確に抽出することができる。
【0024】
上記態様においては、前記照射ステップが、2光子励起法によって前記信号光を発生させる前記照射光を照射するとともに、対応する各前記照射光の照射強度の2乗の前記照射時間内の積分値が等しくなるように、各前記照射光の照射強度および照射時間を設定することにより、前記光信号を正規化させることとしてもよい。
このように構成することで、簡易な差分の演算処理で、2光子励起観察によりS/N比が向上されたより高い空間分解能を有する信号光画像を生成することができる。
【0025】
上記態様においては、前記照射ステップが、2光子励起法によって前記信号光を発生させる前記照射光を照射し、前記画像生成ステップが、対応する各前記照射光の照射強度の2乗の前記照射時間内の積分値の比率により、前記光信号を正規化することとしてもよい。
このように構成することで、照射光の照射強度や照射時間の設定条件の調整に手間を掛けずに、2光子励起観察により、S/N比を向上してより高い空間分解能を実現することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、簡単な処理で、S/N比を向上してより高い空間分解能を実現することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0028】
〔第1実施形態〕
本発明の第1実施形態に係る蛍光顕微鏡(顕微鏡)および画像取得方法について、図面を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る蛍光顕微鏡1は、
図1に示すように、1光子励起により試料Sを観察可能な構成を有している。すなわち、蛍光顕微鏡1は、レーザ光(照射光)を射出する光源装置(照射部)3と、光源装置3から射出されたレーザ光を試料Sに照射する照明光学系(照射部)5と、レーザ光が試料Sに照射されることにより発生する蛍光(信号光)を検出する検出光学系(信号光検出部)7と、検出光学系7により取得された蛍光信号(光信号)に基づいて蛍光画像(信号光画像)を生成するPC(Personal Computer)のような処理装置(画像生成部)9とを備えている。
【0029】
光源装置3は、レーザ光を発生するレーザ光源11と、レーザ光源11から発せられたレーザ光を変調する光変調部13とを備えている。
光変調部13は、例えば、音響光学素子であり、レーザ光源11からのレーザ光を所定の強度および所定のパルス幅の矩形形状からなるパルスに変調することができるようになっている。
【0030】
本実施形態においては、光変調部13は、レーザ光源11からのレーザ光を相互に照射強度およびパルス幅が異なる2つのレーザ光に切り替えて択一的に射出させるようになっている。また、光変調部13は、1ピクセル分の露光における各レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、これらレーザ光の照射強度およびパルス幅(照射時間)を設定するようになっている。
【0031】
照明光学系5は、光源装置3から射出されたレーザ光を2次元的に走査させる2軸ガルバノスキャナ(以下、単にスキャナという。)15と、スキャナ15により走査されたレーザ光を集光する瞳投影レンズ17と、瞳投影レンズ17により集光されたレーザ光を略平行光にする結像レンズ19と、結像レンズ19により略平行光にされたレーザ光を試料Sに照射する一方、試料Sの蛍光物質が励起されることにより発生する蛍光を集光する対物レンズ21とを備えている。
【0032】
スキャナ15は、互いに交差する揺動軸回りに揺動可能な一対のガルバノミラー16A,16Bを備えている。このスキャナ15は、これら一対のガルバノミラー16A,16Bの中間位置が対物レンズ21の瞳位置と共役な位置関係となるように配置されている。また、スキャナ15は、各ガルバノミラー16A,16Bの揺動角度に応じて、直交するX方向とY方向にレーザ光を走査させることができるようになっている。
【0033】
検出光学系7は、対物レンズ21により集光されてレーザ光の光路を戻る蛍光をレーザ光の光路から分岐させるダイクロイックミラー23と、ダイクロイックミラー23により分岐された蛍光を集光する集光レンズ25と、集光レンズ25により集光された蛍光の通過を制限するピンホール27と、ピンホール27を通過した蛍光を検出する検出器29とを備えている。
【0034】
ダイクロイックミラー23は、光変調部13を通過したレーザ光源11からのレーザ光をスキャナ15に向けて透過させる一方、試料Sから対物レンズ21、結像レンズ19および瞳投影レンズ17を介してレーザ光の光路を戻る蛍光を集光レンズ25に向けて反射するようになっている。
【0035】
ピンホール27は、試料Sと光学的に共役な位置に配置されており、共焦点光学系を構築している。このピンホール27は、試料Sにおける対物レンズ21の焦点位置において発生した蛍光のみを通過させることができるようになっている。
検出器29は、例えば、光電子増倍管(PMT)であり、検出した蛍光の輝度に相当する蛍光信号を処理装置9に送るようになっている。
【0036】
処理装置9は、スキャナ15から送られてくるレーザ光の走査位置と、その走査位置にレーザ光が照射されることにより発生する蛍光が検出されたときに検出器29から送られてくる蛍光信号とを対応づけて記憶することにより、2次元的な蛍光画像を生成するようになっている。処理装置9により生成された蛍光画像は、図示しないディスプレイに表示したり、図示しないメモリに保存したりすることができるようになっている。
【0037】
本実施形態においては、処理装置9は、相互に照射強度およびパルス幅が異なる2つのレーザ光に対応して検出器29から送られてくる2つの蛍光信号の差分を演算し、得られた差分信号を用いて蛍光画像を生成するようになっている。光変調部13により、各レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように2つのレーザ光の照射強度およびパルス幅が設定されることで、検出器29から送られてくる2つの蛍光信号は、飽和が生じていない非飽和成分(光強度成分)が互いに一致するよう正規化されている。したがって、検出器29から出力される2つの蛍光信号がそれぞれ正規化蛍光信号(正規化光信号)となる。
【0038】
次に、本実施形態に係る画像取得方法について説明する。
本実施形態に係る画像取得方法は、
図2のフローチャートに示されるように、一方が蛍光を飽和させる照射強度を有し、相互に照射強度およびパルス幅が異なる2つのレーザ光を試料Sの同一箇所に別々に照射する照射ステップS1と、各レーザ光が試料Sに照射されることにより発生する蛍光をそれぞれ検出する蛍光検出ステップ(信号光検出ステップ)S2と、蛍光検出ステップS2により取得された複数の蛍光信号を、対応する各レーザ光の照射強度とパルス幅とに基づき、飽和が生じていない非飽和成分が一致するよう正規化して得られる複数の正規化蛍光信号の差分を演算する演算ステップS3と、演算ステップS3により得られた差分信号を用いて蛍光画像を生成する画像生成ステップS4とを含んでいる。
【0039】
このように構成された蛍光顕微鏡1および画像取得方法の作用について説明する。
本実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法により試料Sを観察するには、光変調部13によりレーザ光を変調して、相互に照射強度とパルス幅が異なる2つのレーザ光によりそれぞれ蛍光画像を取得する。
【0040】
具体的には、まず、
図3Aに示すように、光変調部13により、レーザ光源11から発生させたレーザ光を1ピクセル毎に蛍光が飽和しない強度(I
EX1)でΔt1のパルス幅となるように変調する。以下、このように変調されたレーザ光を第1レーザ光という。
図3Aにおいて、縦軸はレーザ光の強度を示し、横軸は照射時間を示している。
図3B、
図7、
図9Aにおいて同様である。
【0041】
光変調部13から射出された第1レーザ光は、ダイクロイックミラー23を透過してスキャナ15により走査され、瞳投影レンズ17により集光される。そして、第1レーザ光は、結像レンズ19により平行光にされて対物レンズ21により試料Sに照射される(照射ステップS1)。これにより、スキャナ15の各ガルバノミラー16A,16Bの揺動角度に応じて、第1レーザ光が試料S上で2次元的に走査される。
【0042】
第1レーザ光が走査されて試料Sの蛍光物質が励起されることにより発生した蛍光は、対物レンズ21により集光されて結像レンズ19、瞳投影レンズ17、スキャナ15を介してレーザ光の光路を戻り、ダイクロイックミラー23によりレーザ光の光路から分岐される。
【0043】
そして、蛍光は集光レンズ25により集光され、試料Sにおける対物レンズ21の焦点位置において発生した蛍光のみがピンホール27を通過して、検出器29により検出される(蛍光検出ステップS2)。これにより、処理装置9において、検出器29により取得された蛍光の蛍光信号と対応するレーザ光の走査位置とに基づいて試料Sの蛍光画像が生成される。処理装置9により生成された蛍光画像はディスプレイに表示させてもよい。
【0044】
次に、
図3Bに示すように、光変調部13により、レーザ光源11から発生させたレーザ光を1ピクセル毎に蛍光が飽和する強度(I
EX2)でΔt1よりも短いΔt2のパルス幅となるように変調する。I
EX2>I
EX1である。以下、このように変調されたレーザ光を第2レーザ光という。これら第1レーザ光と第2レーザ光は、互いに1ピクセル分の露光における照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、照射強度(I
EX1,I
EX2)および照射時間(Δt1,Δt2)が設定されている。
【0045】
第2レーザ光は、第1レーザ光の場合と同様に、試料S上で2次元的に走査される。これにより、試料Sの蛍光物質が励起されて発生した蛍光が検出器29により検出され、処理装置9により試料Sの蛍光画像が生成される。
【0046】
続いて、処理装置9により、第1レーザ光により発生した蛍光が検出されることによって検出器29により取得された蛍光信号と、第2レーザ光により発生した蛍光が検出されることによって検出器29により取得された蛍光信号との差分が演算され(演算ステップS3)、得られた差分信号を用いて蛍光画像が生成される(画像生成ステップS4)。
【0047】
ここで、1ピクセル間に第1レーザ光で発生する蛍光(以下、第1蛍光とする。)の強度は下記の(3)式で示され、1ピクセル間に第2レーザ光で発生する蛍光(以下、第2蛍光とする。)の強度は下記の(4)式で示される。
【数3】
【数4】
【0048】
第1レーザ光(I
EX1)は蛍光が飽和しない条件であるため、(3)式においてはβの項は存在しない。また、レーザの時間波形が矩形波であるため、Δt
1およびΔt
2内での時間積分は、それぞれΔt
1およびΔt
2との積と置き換えられる。一方、第2レーザ光(I
EX2)は蛍光が飽和する強度であるため、(4)式においてはβの項が残る。
【0049】
この場合において、光変調部13により、1ピクセル分の露光における第1レーザ光と第2レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、2つのレーザ光の照射強度およびパルス幅が設定されることで、下記の(5)式が成り立つ。
【数5】
【0050】
これにより、処理装置9において、第1蛍光の蛍光信号と第2蛍光の蛍光信号との差分が演算されることで、下記の(6)式に示されるように、αがある線形項を消去して、βの非線形成分項のみ、すなわち、蛍光の飽和成分のみを抽出することができる。
【数6】
【0051】
(6)式では、(4)式のβの成分が減衰することなく残っており、これは本手法が蛍光の飽和成分をロスなく高効率に検出できることを意味している。したがって、処理装置9により、(6)式の差分演算処理によって得られた差分信号に基づいて蛍光画像が生成されることで、蛍光の飽和成分のみを利用した高い分解能をS/N比が高い状態で実現することができる。
【0052】
次に、ここまで数式を用いて説明した内容について、図を用いて概念的に説明する。
図4A,4B,4Cは蛍光の点像強度分布(PSF)を示したものである。
図4A,4B,4Cにおいて、縦軸は蛍光の強度を示し、横軸は位置を示している。
図6C、
図9Bにおいて同様である。
図4Aは、本実施形態の比較例として、相互に同じ照射時間で照射強度のみを変えた第1比較用レーザ光と第2比較用レーザ光を試料Sに照射した場合の第1比較用蛍光と第2比較用蛍光のPSFを示している。第1比較用レーザ光は蛍光が飽和しない強度に変調されたものであり、第2比較用レーザ光は蛍光が飽和する強度に変調されたものである。
【0053】
第1比較用蛍光と第2比較用蛍光は飽和の有無により形状が異なるが、レーザ光の照射強度が異なるために蛍光強度も大きく異なることになる。差分によって飽和成分のみを抜き出して空間分解能を向上させるということは、
図4Aに示すPSFの裾部分(すなわち、飽和が生じていない蛍光強度部分)を差分によって効率的にゼロに近づけるということであるが、
図4Aの状態では第1比較用蛍光と第2比較用蛍光の強度の差が大きいため、差分演算を行っても裾部がゼロにはならない、すなわち、線形成分が残ってしまう。
【0054】
これに対し、本実施形態においては、光変調部13により、
図4Bに示すように、飽和が生じていない非飽和成分(線形成分)が一致するよう第1蛍光と第2蛍光の強度が正規化されているので、第1蛍光と第2蛍光とで同図に示すPSFの裾部が一致し、中心部が飽和によって強度に差が出る状態となる。
【0055】
したがって、処理装置9により、第1蛍光の蛍光信号と第2蛍光の蛍光信号との差分を演算することで、
図4Bの裾部(線形成分)がゼロとなり、
図4Cに示すように、PSFの中心部である非線形成分(飽和成分)のみを効率的に抽出することができる。これにより、PSFの幅を狭くして空間分解能を高めることができる。
【0056】
以上説明したように、本実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法によれば、片方が蛍光を飽和させる照射強度を有する2つのレーザ光を試料Sに照射し、処理装置9により、レーザ光に対応する蛍光信号の非飽和成分が一致するよう正規化された2つの蛍光信号の差分を演算することで、蛍光の飽和成分のみを効率よく抽出して蛍光画像を生成することができる。したがって、2つの蛍光信号の差分を演算するだけの簡単な処理で、S/N比を向上してより高い空間分解能を実現することができる。
【0057】
本実施形態においては、光変調部13により、(5)式が成り立つように第1レーザ光と第2レーザ光の照射強度とパルス幅を予め設定することとした。これに代えて、処理装置9により、差分演算の際に、(5)式が実質的に成り立つように第1蛍光と第2蛍光の蛍光信号を係数倍して正規化することとしてもよい。あるいは、第1レーザ光および第2レーザ光の照射強度とパルス幅の設定と、第1蛍光と第2蛍光の蛍光信号の係数倍の双方を行うこととしてもよい。このように正規化された蛍光信号が正規化蛍光信号となる。
【0058】
この場合、例えば、各レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値の比率kを(7)式とする。
【数7】
【0059】
そして、処理装置9により、(7)式に示すように、レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値に対する比率kを設定し、第1蛍光の(3)式に比率kを乗算してから第2蛍光の(4)式との差分を演算することとすればよい。
【0060】
このようにすることで、下記の(8)式に示すように、αのある線形項を消去してβの非線形成分項(飽和成分)のみを抽出することができる。
【数8】
信号を係数倍するということは実質的に信号のダイナミックレンジを狭めることに繋がる反面、例えば非飽和状態の蛍光信号のS/N比が低い場合には、励起強度を高めてS/N比を向上させてから係数倍で正規化し、差分後のS/N比を高くすることもできる。
【0061】
また、通常、βは負の値であるので、差分演算の方向は(6)式や(8)式に示すように、非飽和状態で取得した蛍光信号から飽和状態で取得した蛍光信号を減算する方が望ましいが、特に限定するものではない。
また、各レーザ光のパルス波形についても矩形である必要は無く、差分時に(5)式が成り立てばよい。
【0062】
また、本実施形態においては、第1レーザ光は蛍光が飽和しない強度に設定することとしたが、第1レーザ光も蛍光が飽和する強度に設定することとしてもよく、αの項(線形項)が差分によって消去できればよい。この場合は、βの項も差分されたものが出力されることになる。
【0063】
また、本実施形態においては、非線形項として2次の項までを示したが、3次以降の成分が発生していてもよい。この場合においても、差分によって線形項が消去されるので、2次以降の高次項が全て検出されることになる。
【0064】
また、実際に蛍光画像を取得する際には、蛍光が飽和しない強度の第1レーザ光で先に蛍光画像を取得し、その後に、蛍光が飽和する強度の第2レーザ光で蛍光画像を取得することが望ましい。第2レーザ光の方が第1レーザ光よりも照射強度が強いため、第1レーザ光による画像取得を先に行うことで、観察の途中で蛍光の退色が起きる可能性を低減することができる。なお、第2レーザ光の照射時間は短いため、第2レーザ光を用いた画像取得であっても蛍光の退色は生じ難い。
【0065】
また、本実施形態においては、処理装置9がデコンボリューション機能を有し、差分演算後の蛍光画像をデコンボリューションすることとしてもよい。
例えば、測定条件の誤差で(5)式を満たせない場合や、(5)式ではなく下記の(9)式となるような係数Mを設けて、この式を満たすように差分演算時に第1蛍光の蛍光信号や第2蛍光の蛍光信号に係数Mを乗算したり、もしくは光変調部13でレーザ光の照射強度とパルス幅を設定したりする場合は、差分演算時にPSFに負の強度成分が発生する。
【数9】
【0066】
この負の強度成分を含んだPSFの形状を予めシミュレーションや実測定で把握しておき、把握したPSFの形状を用いて差分演算後の蛍光画像をデコンボリューションすれば、負の強度成分を含まない蛍光画像を復元することが可能になる。この場合、負の成分を含んだPSFは空間周波数の高周波が強調されたものになっており、デコンボリューションにより、空間分解能をより向上させることが可能にある。
【0067】
また、本実施形態においては、蛍光画像毎に差分を演算することとしたが、これに代えて、例えば、処理装置9により、複数の蛍光画像のスタック毎、レーザ光が照射されるライン毎、または、蛍光画像のピクセル毎のいずれかのタイミングで差分を演算することとしてもよい。
【0068】
蛍光画像毎や複数の蛍光画像のスタック毎に差分を演算する場合は、励起光ごとに画像をある程度形成してから演算処理を行うことができ、差分処理を簡易にすることができるという利点がある。一方、レーザ光のライン毎や蛍光画像のピクセル毎に差分を演算する場合は、環境温度の変化の影響などによって、レーザ光の照射時間に揺らぎが生じたり、試料Sが載置されるステージがドリフトして試料Sに位置ずれが生じたりしたとしても、誤差を生じ難くすることができるという利点がある。
【0069】
また、本実施形態においては、光変調部13として音響光学素子を例示して説明したが、レーザ光の照射強度とパルス幅を調整できればどのような構成でもよい。例えば、光変調部13として電気光学素子など他の素子を利用することとしてもよいし、あるいは、光変調部13を用いずにレーザ光源11を直接変調することとしてよい。
また、本実施形態においては、スキャナ15として、2軸ガルバノスキャナを例示して説明したが、例えば、ステージにより試料Sを保持してステージスキャンすることとしてもよく、2軸ガルバノスキャナに限定されるものではない。
【0070】
〔第2実施形態〕
次に、本発明の第2実施形態に係る蛍光顕微鏡(顕微鏡)および画像取得方法について、図を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法は、第1実施形態の1光子励起観察に代えて、2光子励起観察を行う点で第1実施形態と異なる。
本実施形態の説明において、上述した第1実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法と構成を共通とする箇所には同一符号を付して説明を省略する。
【0071】
本実施形態に係る蛍光顕微鏡1は、
図5に示すように、レーザ光源11として、チタンサファイアレーザなどの超短パルスレーザを備えている。また、ピンホール27を備えず、試料Sから発せられて対物レンズ21により集光された蛍光を結像レンズ19に入射させる前にダイクロイックミラー23によりレーザ光の光路から分岐させて集光レンズ25に入射させるようになっている。
【0072】
本実施形態においても、光変調部13は、レーザ光を矩形パルスで照射強度とパルス幅が異なる2つのレーザ光に切り替えるとともに、1ピクセル分の露光における各レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、これら2つのレーザ光の照射強度およびパルス幅を設定するようになっている。
【0073】
この場合の1ピクセル間に第1レーザ光で発生する第1蛍光の強度は下記の(10)式で示され、1ピクセル間に第2レーザ光で発生する第2蛍光の強度は下記の(11)式で示される。
【数10】
【数11】
【0074】
1光子励起の場合の(3)式、(4)式と比較して、(10)式、(11)式に示されるように、2光子励起の場合は、非飽和成分がレーザ光の照射強度の2乗に比例し、飽和成分がレーザ光の照射強度の4乗に比例する点で異なる。光変調部13により、1ピクセル分の露光における各レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、2つのレーザ光の照射強度およびパルス幅が設定されることで、上記の(5)式に相当する式として下記の(12)式が成り立つ。
【数12】
【0075】
そして、処理装置9により、第1蛍光の蛍光信号と第2蛍光の蛍光信号の差分が演算されることで、上記の(6)式と同様に、下記の(13)式に示されるように、αのある線形項を消して、βの非線形成分項のみ、すなわち、飽和成分のみを抽出することができる。
【数13】
【0076】
このように、(12)式の条件のように、1ピクセル間のレーザ光の照射強度の2乗の時間積分が第1レーザ光と第2レーザ光で等しいようにするところが第1実施形態の1光子励起の場合と大きく異なる点である。
【0077】
本実施形態により取得される蛍光画像の一例とその比較例等を
図6A,6B,6Cに示す。
図6Aは、本実施形態の比較例として、従来のように、直径100nmの蛍光ビーズを波長800nmのレーザ光で2光子励起観察した結果である。蛍光画像内に複数個のビーズが表示されている。
【0078】
一方、
図6Bは、本実施形態により、
図6Aと同じビーズを同じ集光位置で2光子励起観察した結果である。
図6Bは、
図6Aと比べて蛍光ビーズのサイズが小さく見えており、空間分解能が向上していることが分かる。
【0079】
図6Aにおいて1から5の数字で示したビーズのラインプロファイルを示したのが
図6Cである。
図6Cは、各ビーズの重心位置を横切る位置でラインプロファイルを取得し、重心位置を中心にラインプロファイルを取る位置を回転させて、各ラインプロファイルを足し合わせて平均化し、この工程を各ビーズについて行って1から5のビーズのラインプロファイルの平均を取ったものである。
図6Cにおいて、破線は
図6Aの従来の2光子観察手法で観察したビーズのラインプロファイルであり、実線は
図6Bに示す本実施形態の2光子励起観察で観察したビーズのラインプロファイルである。
【0080】
図6Cのラインプロファイルから明らかなように、本実施形態によれば、従来の2光子励起観察と比較して空間分解能を向上することができる。なお、
図6Cのラインプロファイルは蛍光ビーズのサイズも含んでいるため、顕微鏡の分解能そのもの(PSF)ではない。すなわち、本実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法によれば、PSFの分解能の向上度は
図6Cの結果よりも大きくなる。
【0081】
本実施形態においては、光変調部13によるレーザ光の変調により蛍光信号を正規化することとしたが、これに代えて、処理装置9が、対応する各レーザ光の照射強度の2乗の照射時間内の積分値の比率により、蛍光信号を正規化することとしてもよい。
【0082】
この場合、例えば、各レーザ光の照射強度の2乗の照射時間内の積分値の比率kを(14)式とする。
【数14】
【0083】
そして、処理装置9により、(14)式に示すように、レーザ光の照射強度の2乗の照射時間内の積分値の比率kを設定し、第1蛍光の(10)式に比率kを乗算してから第2蛍光の(11)式との差分を演算することとすればよい。
【0084】
このようにすることで、下記の(15)式に示すように、βの非線形成分項(飽和成分)のみを抽出することができる。
【数15】
【0085】
〔第3実施形態〕
次に、本発明の第3実施形態に係る蛍光顕微鏡(顕微鏡)および画像取得方法について、図を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法は、照明光学系5が、相互に照射強度が異なる3以上のレーザ光を試料Sに別々に照射し、処理装置9が、複数の正規化蛍光信号に対する差分を複数回行う点で第1実施形態と異なる。蛍光顕微鏡1の構成は
図1と同様である。
本実施形態の説明において、上述した第1実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法と構成を共通とする箇所には同一符号を付して説明を省略する。
【0086】
本実施形態では、1光子励起観察と2光子励起観察のどちらでも利用可能であるが、1光子励起観察について説明する。
光変調部13は、相互に照射強度とパルス幅が異なる3つのレーザ光を択一的に射出するようになっている。例えば、3つのレーザ光を
図3Aに示す第1レーザ光と、
図3Bに示す第2レーザ光と、
図7に示す第3レーザ光とし、これらを試料Sに照射することにより発生する蛍光をそれぞれ第1蛍光、第2蛍光、第3蛍光とする。第3レーザ光は、例えば、1ピクセル毎に第2レーザ光よりも強い照射強度で、Δt2よりも短いΔt3のパルス幅を有するものとする。
【0087】
光変調部13は、第1蛍光が飽和成分を含まず、第2蛍光が励起レーザに対して2次の非線形応答を示す飽和成分までを含み、第3蛍光が3次の飽和成分までを含み、1ピクセル分の露光における各レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、各々のレーザ光の照射強度およびパルス幅を調整するようになっている。
【0088】
この場合の第1蛍光の強度は下記の(16)式で示され、第2蛍光の強度は(17)式で示され、第3蛍光の強度は(18)式で示される。
【数16】
【数17】
【数18】
【0089】
これら3つのレーザ光のパルス形状は矩形であり、照射時間の積分はパルス幅による乗算に等しくなっている。
光変調部13による各レーザ光の照射強度とパルス幅の設定により、上記の(5)式が成り立ち、第1実施形態と同様に、第1蛍光の蛍光信号と第2蛍光の蛍光信号と差分によって上記の(6)式が成り立つ。
【0090】
同様に、第1蛍光と第3レーザ光に対しても下記(19)式が成り立ち、第1蛍光の蛍光信号と第3蛍光の蛍光信号との差分により(20)式が成り立つ。
【数19】
【数20】
【0091】
(6)式および(20)式は双方ともαがある線形項が消去された形となっている。
処理装置9において、(20)式をI
2EX2Δt
2/I
2EX3Δt
3倍してから(6)式と(20)式の成分で差分演算することで、下記の(21)式のようになる。
【数21】
【0092】
(21)式においては、蛍光強度がレーザ光の照射強度の2乗に比例するβの項も消去され、3乗に比例するγの項のみが残っている。これは、第1実施形態では2次以降の非線形項が検出されるのに対して、第3実施形態では3次以降の非線形項が検出されるということを意味する。したがって、本実施形態によれば、更なる空間分解能の向上を実現することができる。
【0093】
本実施形態は3次までに限定されるわけではなく、S/N比が許す限り、画像取得と差分回数を増やすことで検出される非線形項の次数を上げて空間分解能を向上させることが可能である。なお、第1蛍光は線形成分のみ、第2蛍光は2次の非線形成分までを含み、第3レーザ光は3次の非線形成分まで含むと仮定したが、いずれもそれよりも高次の非線形成分を含んでいてもよい。また、本実施形態は1光子励起に限定されるものではなく、第2実施形態と同様に、2光子励起観察においても利用できる。
【0094】
本実施形態においては、処理装置9が、対応する各レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値の比率により、蛍光信号を正規化することとしてもよい。
この場合、例えば、第1レーザ光と第2レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値の比率を上記の(7)式とし、第1レーザ光と第3レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値の比率を下記の(22)式とする。
【数22】
【0095】
そして、処理装置9により、(7)式に示すレーザ光の照射強度の照射時間内の積分値に対する比率kを第1蛍光の(16)式に乗算してから第2蛍光の(17)式との差分を演算することとすればよい。このようにすることで、上記の(8)式に示すように、αのある線形項を消去してβの非線形成分項(飽和成分)のみを抽出することができる。
【0096】
また、処理装置9により、(22)式に示すように、レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値に対する比率lを設定し、第1蛍光の(16)式に比率lを乗算してから第3蛍光の(18)式との差分を演算することとすればよい。
【0097】
このようにすることで、下記の(23)式に示すように、αのある線形項を消去してβとγを含む非線形成分項(飽和成分)のみを抽出することができる。
【数23】
【0098】
そして、処理装置9により、(8)式と(23)式に基づき、下記の(24)式に示すように、レーザ光の照射強度の時間積分値に対する比率kおよび比率lを利用することで、高次の非線形成分(飽和成分)のみを抽出することができる。
【数24】
【0099】
〔第4実施形態〕
次に、本発明の第4実施形態に係る蛍光顕微鏡(顕微鏡)および画像取得方法について、図を参照して以下に説明する。
本発明の第4実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法は、
図8に示すように、処理装置9が、差分の演算処理を行うロックインアンプ31を備え、ロックインアンプ31により蛍光画像のピクセル毎に差分を演算する点で第1実施形態と異なる。
本実施形態の説明において、上述した第1実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法と構成を共通とする箇所には同一符号を付して説明を省略する。
【0100】
光変調部13は、
図9Aに示すように、1ピクセルを検出する時間内に第1レーザ光と第2レーザ光を複数回切り替えて、交互に特定周波数で試料Sに照射するようになっている。
図9Aでは1ピクセル間に各レーザ光の切り替えを2回繰り返しているが、回数はこれに限られるものではない。また、光変調部13は、1ピクセル分の露光における各レーザ光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように、各々のレーザ光の照射強度およびパルス幅を調整するようになっている。
【0101】
各レーザ光の照射により発生する蛍光の蛍光信号の変化を
図9Bに示す。各々のピクセルの信号値は第1レーザ光および第2レーザ光で発生した第1蛍光および第2蛍光の蛍光信号の各ピクセル時間内での積分値となるが、
図9Bにおいては第1蛍光および第2蛍光の信号値をドットで示している。
【0102】
光変調部13による各レーザ光の照射強度とパルス幅の設定により、(5)式(2光子励起では(12)式)が満たされているので、第1蛍光と第2蛍光の信号強度の差は非線形成分のみとなる。また、光変調部13が、
図9Aのように、第1レーザ光と第2レーザ光を交互に特定周波数で試料Sに照射することで、
図9Bのように、その特定周波数で交互に発生する第1蛍光と第2蛍光が検出器29により検出される。
【0103】
ロックインアンプ31は、検出器29と処理装置9との間に配置されており、検出器29から送られてくる
図9Bに示す第1蛍光と第2蛍光の蛍光信号を検出して、光変調部13の特定周波数で復調するようになっている。これにより、第1蛍光の蛍光信号と第2蛍光の蛍光信号との差を取り出すことができる。
【0104】
本実施形態によれば、検出器29から出力される蛍光信号を演算処理して処理装置9で差分演算を行わなくても、市販のロックインアンプ31を通してから処理装置9で処理するだけで、飽和成分のみを利用した蛍光画像を作成することができる。この場合、処理装置9は蛍光画像の作成と表示を行うだけとなる。
【0105】
また、これまでは蛍光の飽和について述べてきたが、励起光強度の増加による蛍光信号の非線形応答であれば他の現象についても本案は利用可能である。例えば、蛍光のスイッチングが生じる蛍光タンパクや合成色素では励起光強度の増加によって異性化が生じる。これも励起光強度の増加に対する非線形応答(蛍光の非線形増減)であるため、飽和と同様に本案を適用することで、空間分解能を向上することができる。この場合、飽和が生じていない非飽和成分が互いに一致するよう各蛍光信号を正規化する上記各実施形態と同じようにして、非線形増減が生じていない光強度成分が互いに一致するよう各蛍光信号を正規化することとすればよい。
【0106】
また、これまでは信号光が蛍光の場合について述べてきたが、本案は照射レーザ光強度の増加によって信号光が非線形応答する他の光検出の場合にも有用であり、例えば、特許文献2にあるような、反射、吸収、散乱、多光子効果にも利用できる。以下、これら現象に対する効果について述べる。
【0107】
〔第5実施形態〕
本実施形態では信号光が試料から発せられた蛍光ではなく、レーザ光が試料に照射された際に生じる反射光や散乱光、透過光、または多光子効果で生じる光成分などの場合である。まず、信号光が反射光乃至後方散乱光である場合について述べる。なお、ここで述べる散乱はミー散乱、レイリー散乱のことを差す。装置構成図を
図10に示す。
本実施形態の説明において、上述した各実施形態に係る蛍光顕微鏡1および画像取得方法と構成を共通とする箇所には同一符号を付して説明を省略する。
【0108】
図10は
図1とほぼ同じであるが、ダイクロイックミラー23がビームスプリッタ33に置き換わり、ビームスプリッタ33と集光レンズ25との間にダイクロイックフィルタ35が挿入されている点が異なる。
図10において、レーザ光源11から出射された光は試料Sの蛍光を誘起するものである必要は無く、レーザ光が試料Sで反射乃至後方散乱された成分が信号光として検出される。即ち、試料Sに入射したレーザ光は試料Sによって反射乃至後方散乱を受けて、反射光乃至後方散乱光が対物レンズ21で集光される。その後反射光乃至後方散乱光はビームスプリッタ33によって偏向され、ダイクロイックフィルタ35を経て、ピンホール27を通過し、検出器29で検出される。
【0109】
ここで、レーザ光の強度を上げると、試料S内でレーザ光の非線形成分が発生する。即ち、レーザ光の波長をλとすると、波長がλ/n(n:2以上の自然数)の高調波が発生する。ダイクロイックフィルタ35はレーザ光の波長と同じ波長を透過させ、試料S内で生じた非線形成分を含む他の波長をカットするように設計されている。よって、ダイクロイックフィルタ35を透過して検出器29で検出される信号は非線形成分を含まない反射光乃至後方散乱光のみとなる。ここで、試料Sに入射したレーザ光の強度に着目すると、レーザ強度が高く非線形成分が発生している場合は、非線形成分が発生した分だけ、レーザ光と同波長の成分の強度が減少することになる。よって、非線形成分が発生していない状態においては、レーザ光の試料Sによる反射光乃至後方散乱光の強度は試料Sに入射するレーザ光の強度に比例するが、非線形成分が発生する状態においては、非線形成分が発生した分だけ非線形な減少が生じることになる。これは上記の蛍光の飽和と同様の効果であり、上記の式の蛍光強度I
flをそれぞれ反射強度I
Re、散乱強度I
Scと置き換えても式が成り立つ。即ち、反射や散乱においても、照射条件の異なる複数のレーザ光を入射して差分処理を行うことで、非線形成分のみを抽出し、それに基づいて画像を取得することができる。この場合、蛍光の飽和と同様に、空間分解能が向上した画像を取得できることになる。
【0110】
また、上記の説明では反射光乃至後方散乱光を検出するようにしたが、試料Sを透過した透過光乃至前方散乱光を検出するようにしてもよい。この場合においても、ダイクロイックフィルタ35でレーザ光と同じ波長成分のみを抜き出して、検出器29で検出する。照射条件の異なるレーザ光を照射して信号光を取得し、その信号を差分処理することで非線形成分のみを抽出して空間分解能を向上させる点については同じである。
【0111】
また、上記ダイクロイックフィルタ35は、レーザ光と同じ波長をカットし、他の波長を透過するようにしてもよい。その場合はレーザ光と異なる波長の成分が検出器29によって検出されることになる。例えば、ハイパーレイリー散乱、高調波発生、ラマン散乱、コヒーレントアンチストークスラマン散乱(CARS)、四光波混合、誘導放出、差周波発生、和週波発生、パラメトリック蛍光、または誘導ラマン散乱(SRS)などの各種光を検出してもよい。この場合、ラマン散乱のように信号光強度に対するレーザ光強度の関係が線形である場合、実施形態1の(5)式と同様にレーザ光の照射強度の照射時間内の積分値が等しくなるように照射条件を設定する。また、高調波発生のように信号光強度とレーザ光強度の関係が非線形である場合は実施形態2の(12)式のようにレーザ光の照射強度を非線形次数分だけ累乗したものの照射時間内の積分値が等しくなるように照射条件を設定する。なお、この際に差分によって取り出される非線形成分は、少なくとも信号光が発生するための非線形効果の次数よりも高次の非線形成分となる。即ち、2次の高調波発生であるSHGで考えると、少なくとも信号光が発生するための非線形効果の次数は2次であるが、本案の差分によって取り出される高次成分は3次以降の非線形成分となる。また、(7)式や(14)式のような比率kを用いて差分処理を行ってもよく、第3実施形態のように複数回の差分を行ってより高次の非線形成分のみを取り出すことや、第4実施形態のようにロックインアンプを利用して非線形成分のみを取り出すことも可能である。
【0112】
加えて、非線形光学効果により発生する信号光の非線形な増加成分を検出してもよい。例えば、試料が過飽和吸収体等の場合、レーザ光強度を増加することで非線形な信号光の増加が生じる。この非線形な増加成分のみを本案の差分で取得することも可能である。また、非特許文献1のような光音響信号の検出にも利用することができる。この場合は、本案と同様に試料に照射するレーザ光の照射強度と照射時間を複数条件で設定し、各々の条件化においてトランスデューサで検出された音響信号の差分を取ることで、レーザ光吸収の高次非線形成分を抽出して空間分解能を向上させることができる。このように、本案は光照射に対する信号の非線形応答成分を検出するものであり、その現象は何でもよく、上記に限られるものではない。また、これまでは試料に照射する光をレーザ光として述べてきたが、これは非線形応答が生じるためにはレーザのような強い光源が適しているからであり、非線形応答を生じさせる強度を有するものであればどのような光源でもよい。
【0113】
以上、本発明の各実施形態およびその変形例について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。