特許第6422342号(P6422342)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6422342
(24)【登録日】2018年10月26日
(45)【発行日】2018年11月14日
(54)【発明の名称】酸化物超電導薄膜
(51)【国際特許分類】
   H01B 12/06 20060101AFI20181105BHJP
   C01G 1/00 20060101ALI20181105BHJP
   C01G 3/00 20060101ALI20181105BHJP
   H01L 39/02 20060101ALI20181105BHJP
   H01L 39/24 20060101ALI20181105BHJP
【FI】
   H01B12/06ZAA
   C01G1/00 S
   C01G3/00
   H01L39/02 B
   H01L39/24 B
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-544533(P2014-544533)
(86)(22)【出願日】2013年10月29日
(86)【国際出願番号】JP2013079313
(87)【国際公開番号】WO2014069481
(87)【国際公開日】20140508
【審査請求日】2016年8月19日
【審判番号】不服2017-18084(P2017-18084/J1)
【審判請求日】2017年12月5日
(31)【優先権主張番号】特願2012-243004(P2012-243004)
(32)【優先日】2012年11月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 宏和
(72)【発明者】
【氏名】笠原 甫
(72)【発明者】
【氏名】中尾 健吾
(72)【発明者】
【氏名】松井 正和
【合議体】
【審判長】 深沢 正志
【審判官】 加藤 浩一
【審判官】 河合 俊英
(56)【参考文献】
【文献】 小田祺景,Y−Ba−Cu−O系高温超伝導体における超伝導正方相について,大阪大学低温センターだより,日本,大阪大学低温センター,1998年7月,No.63,p.5−p.8
【文献】 加藤将樹,Bi系およびY系銅酸化物高温超伝導体の高酸素圧合成と構造・物性の微視的評価,学位申請論文,日本,京都大学,1997年11月25日,p.1−38,p.76−p.123
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B12/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に形成され希土類元素、Ba、Cu、およびOのみで構成されたRE系超電導体らなる超電導層を含む酸化物超電導薄膜であって、前記RE系超電導体は、CuO鎖を有し、当該CuO鎖はCu欠損部を有し、前記Cu欠損部は、点状欠陥または線状欠陥を形成し、前記CuO鎖中のCu欠損箇所数は、15000箇所/μm以上50000箇所/μm以下であり、前記RE系超電導体は、単相でピニングセンターが導入されている、酸化物超電導薄膜。
【請求項2】
前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO単鎖を有し、前記Cu欠損部は前記CuO単鎖のCuが連続欠損して形成された線状欠陥である、請求項1に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項3】
前記Cu欠損部は前記CuO単鎖のCuが鎖方向に連続欠損して形成された線状欠陥である、請求項2に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項4】
前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO単鎖を有し、前記Cu欠損部は、前記CuO単鎖のCuが前記RE系超電導体の結晶構造におけるb軸方向に連続欠損して形成されており、前記RE系超電導体は、前記結晶構造におけるa軸方向に前記Cu欠損部を複数有し、前記a軸方向において前記複数のCu欠損部の間にCuを有している、請求項1又は2に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項5】
前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO二重鎖を有し、前記Cu欠損部は、前記CuO二重鎖における二つのCuO鎖のうち、少なくとも1つのCuO鎖のCuが鎖方向に連続欠損して形成されている、請求項1に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項6】
前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO単鎖とCuO二重鎖とを有し、前記Cu欠損部は、前記CuO単鎖と前記CuO二重鎖とを構成する複数のCuO鎖のうち少なくとも1つのCuO鎖のCuが鎖方向に連続欠損して形成されている、請求項1に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項7】
前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO二重鎖を有し、当該CuO二重鎖を構成するCuO鎖のうち、一方のCuO鎖においてOが欠損している、請求項1〜6のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、酸化物超電導材料を実用化するための技術として、基板を用意し、その基板上に酸化物超電導体を成膜して酸化物超電導薄膜を得る方法がある。
【0003】
成膜する酸化物超電導体としては、例えば、液体窒素温度(77K)以上で超電導現象を示すRE系超電導体(RE:希土類元素)、特にYBaCu7−δ(以下、YBCOと表す)の組成式で表されるイットリウム系超電導体がよく用いられている。このようなRE系超電導体を用いた酸化物超電導薄膜は、超電導限流器やケーブル、SMES(超電導エネルギー貯蔵装置)等への応用が期待されており、RE系超電導体及びその製法が大いに注目を集めている。
【0004】
一般に、純粋なRE系超電導体を用い良好な結晶配向性を持つように成膜された酸化物超電導薄膜は、無磁場下で高い臨界電流特性を示す。しかし、純粋なRE系超電導体は、高磁場下で臨界電流特性が急激に低下するという問題がある。
【0005】
磁場下で臨界電流特性を向上させるためには、量子化磁束の運動を阻止するためのピニングセンターが必要となる。ピニングセンターとしては、常電導析出物や積層欠陥、転位などが有効だと言われているが、これらを制御して超電導薄膜を作製することは容易ではない。そこで、近年では、人工的にピニングセンターを導入する試みがなされている。YBCO中にピニングセンターとしてBaZrOのナノロッドを人工的に導入することにより、磁場特性が高まることが報告されている(例えば、Y.Yamada,K.Takahashi,H.Kobayashi,M.Konishi,T.Watanabe,A.Ibi,T.Muroga,S.Miyata,T.Kato,T.Hirayama,Y.Shiohara,”Epitaxial nanostructure and defects effective for pinning in Y(RE)Ba2Cu3O7−x coated conductors”,Appl.Phys.Lett.,2005,vol.87,p.132−502参照)。しかし、ナノロッドの場合は1次元的な常電導領域が存在するので、特定の角度における磁場印加電流特性が高いものの、それ以外の角度では電流特性が低下してしまう。等方的な磁場印加電流特性を高めるには、ナノ粒子を3次元的に分散させる3次元ピニングセンターを導入することが好ましい(例えば、Masashi Miura, Takeharu Kato, Masateru Yoshizumi, Yutaka Yamada, Teruo Izumi, Tsukasa Hirayama, and Yuh Shiohara: "Magnetic field angular dependence of critical current in Y1-xSmxBa2Cu3Oycoated conductors with nanoparticles derived from the TFA-MOD process", TEION KOGAKU (J. Cryo. Soc. Jpn.) Vol. 44 No.5 (2009) 参照)。また、YBCOにAlをドープすることにより、CuO鎖のCuの一部をAlに置換してピニングセンターを導入することや(例えば、V Antal,M Kanuchova,M Sefcikova,J Kovac,P Diko,M Eisterer,N Horhager,M Zehetmayer,H W Weber,X Chaud,”Flux pinning in Al doped TSMG YBCO bulk superconductors”,Supercond.Sci.Technol.,2009,vol.22,105001参照)、YBCOのCu原子サイトの一部を様々な金属元素に置換すること(例えば、特開平7−330332号公報参照)が試みられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
量子化磁束をピン止めするためのピニングセンターは、先行技術にあるように多くがYBCOを構成する元素であるY、Ba、Cu、O以外の元素を導入することにより、ナノサイズの常電導相を形成するものであった。この場合、安定的に常電導相を形成することは容易ではなく、構成元素が多くなればなるほど、製造プロセスとしても不安定となる。また、コストの観点からも、レアメタルなどの不純物金属等を用いない方が望ましい。従って、Y、Ba、Cu、Oのみの構成でピニングセンターを作製することが好ましい。
【0007】
本発明は、上記に鑑みなされたもので、Zrなどの異種添加元素を導入することなく、単相でピニングセンターを導入することにより、高い臨界電流特性を発揮できる酸化物超電導薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明の酸化物超電導薄膜は、RE系超電導体を主成分として含有する超電導層を含む酸化物超電導薄膜であって、RE系超電導体は、CuO鎖を有し、そのCuO鎖のCuが一部欠損している。
【0009】
CuO鎖のCuを欠損させることにより、原料の種類を増加させることなくピニングセンターを導入することができる。CuO鎖のとりうる形態としてはCuO鎖が1層のCuO単鎖とCuO鎖が2層のCuO二重鎖が代表的であるが、CuO単鎖とCuO二重鎖の両方又はいずれかのCuを欠損させればよい。すなわち、CuO単鎖のCuが一部欠損している及び/又はCuO二重鎖のCuが一部欠損している酸化物超電導薄膜が挙げられる。これらのCu欠損によりその周囲に応力が加わるなどして、Tが変化し、Cu欠損部はピニングセンターとして作用する。尚、超電導電流が流れるCuO面でのCu欠損は超電導電流特性を低下させることになり、好ましくない。
【0010】
また、CuO鎖での酸素の欠損量はYBaCu7−δのδ値によって変り得る。この酸素欠損がつらなる形で存在すると、1次元のピニングセンターとなりうるので、同様に臨界電流値の向上が見込まれる。例えば、CuO二重鎖における一方のCuO鎖においてOが連続して欠損している酸化物超電導薄膜が挙げられる。
【0011】
なお、特開平07−206437号公報にあるように、CuO面でCuを欠損させると、CuO面は超電導電流が流れる面であるため、超電導電流が低下する。そのため、CuO面のCuを欠損させずに、CuO鎖のCuを選択的に欠損させることが重要である。
【0012】
具体的には、本発明によれば、下記の<1>〜<7>が提供される。
<1>基材上に形成された、希土類元素、Ba、Cu、およびOからなるRE系超電導体を主成分として含有する超電導層を含む酸化物超電導薄膜であって、前記RE系超電導体は、CuO鎖を有し、当該CuO鎖はCu欠損部を有する、酸化物超電導薄膜。
<2>前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO単鎖を有し、前記Cu欠損部は前記CuO単鎖のCuが連続欠損して形成された線状欠陥である、<1>に記載の酸化物超電導薄膜。
<3>前記Cu欠損部は前記CuO単鎖のCuが鎖方向に連続欠損して形成された線状欠陥である、<2>に記載の酸化物超電導薄膜。
<4>前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO単鎖を有し、前記Cu欠損部は、前記CuO単鎖のCuが前記RE系超電導体の結晶構造におけるb軸方向に連続欠損して形成されており、前記RE系超電導体は、前記結晶構造におけるa軸方向に前記Cu欠損部を複数有し、前記a軸方向において前記複数のCu欠損部の間にCuを有している、<1>又は<2>に記載の酸化物超電導薄膜。
<5>前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO二重鎖を有し、前記Cu欠損部は、前記CuO二重鎖における二つのCuO鎖のうち、少なくとも1つのCuO鎖のCuが鎖方向に連続欠損して形成されている、<1>に記載の酸化物超電導薄膜。
<6>前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO単鎖とCuO二重鎖とを有し、前記Cu欠損部は、前記CuO単鎖と前記CuO二重鎖とを構成する複数のCuO鎖のうち少なくとも1つのCuO鎖のCuが鎖方向に連続欠損して形成されている、<1>に記載の酸化物超電導薄膜。
<7>前記RE系超電導体は、前記CuO鎖としてCuO二重鎖を有し、当該CuO二重鎖を構成するCuO鎖のうち、一方のCuO鎖においてOが欠損している、<1>〜<6>のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、Zrなどの異種添加元素を導入することなく、単相でピニングセンターを導入することにより、高い臨界電流特性を発揮できる酸化物超電導薄膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施形態に係る酸化物超電導薄膜の積層構造を示す斜視図である。
図2図1における超電導層を構成するRE系超電導体の結晶構造の例を示す図である。
図3】本発明の実施形態に係るRE系超電導層のTEM像を示す図である。
図4】本発明の実施形態の実施例1に係るYBCO層のTEM像を示す図である。
図5】本発明の実施形態の実施例1に係るYBCO層の、収差補正STEMを用いたHAADF像とABF像を示す図である。
図6】比較例1に係るYBCO層のTEM像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照して、本発明を実施するための形態(以下、「実施形態」という。)について詳細に説明する。
【0016】
本発明では、RE(Rare Earth、希土類元素)を含む、REBaCu7−δ(RE−123)、REBaCu(RE−124)、REBaCu15−δ(RE−247)等の組成式で表される酸化物超電導体をRE系超電導体と呼び、以下、「REBCO」と表す。特にYBaCu7−δ(Y−123)や、YBaCu(Y−124)、YBaCu15−δ(Y−247)の組成式で表されるY系超電導体を、「YBCO」と表す。
【0017】
図1は、本発明の実施形態に係る酸化物超電導薄膜の積層構造を示す図である。図1に示すように、酸化物超電導薄膜1は、基板11上に中間層12、超電導層13、安定化層(保護層)14が積層方向P順に形成された積層構造を有している。なお、基板11と中間層12を含めて「基材」と表すが、基板11上に直に超電導層13を配向させることができる場合には、中間層12はなくてもよい。
【0018】
基板11には、低磁性の金属基板やセラミックス基板を用いることができる。基板11の形状は、主面があることを前提として特に限定されることはなく、板材、線材、条材等の種々の形状のものを用いることができる。例えば、テープ状の基材を用いると、酸化物超電導薄膜1を超電導線材として利用することができる。
【0019】
金属基板としては、例えば、強度及び耐熱性に優れたCr、Cu、Ni、Ti、Mo、Nb、Ta、W、Mn、Fe、Ag等の金属又は該金属を含む合金を用いることができる。特に好ましいのは、耐食性及び耐熱性に優れているステンレス、ハステロイ(登録商標)、その他のニッケル合金である。また、これら各種金属材料上に、各種セラミックスを配してもよい。また、セラミックス基板としては、例えば、Al、MgO、SrTiO、イットリウム安定化ジルコニア、サファイア等を用いることができる。
【0020】
基板11の厚みは特に限定されないが、例えば1mmである。
【0021】
中間層12は、超電導層13において高い面内配向性を実現するために基板11の主面上に形成され、かつ超電導層13の基板11側に隣接する層であり、単層膜で構成されていても多層膜で構成されていてもよい。この中間層12は、特に限定されないが、最表層(超電導層13側の層)は例えばCeO及びREMnOから選ばれる物質である。中間層12の膜厚は特に限定されないが、例えば20nmである。
【0022】
超電導層13は、中間層12上に形成され、RE系超電導体を主成分として含有する。「主成分」とは、超電導層13に含まれる構成成分中で超電導層13における含有量(質量基準)が最も多い成分を意味し、該含有量は好ましくは90質量%超である。RE系超電導体としては、代表的なものとして、REBaCu7−δ(RE−123)、REBaCu(RE−124)、REBaCu15−δ(RE−247)が挙げられる。いずれのRE系超電導体も層状ペロブスカイト構造をとるが、内部に存在する構造は、RE、Ba、CuがOとペロブスカイト構造を形成している部分と、CuとOが鎖状に結合している部分と、に分けられる。ペロブスカイト構造の部分は、構造内にCuO面を持ち、超電導電流を通す部分として知られている。CuO鎖の部分としては、CuO鎖が単鎖しかない場合のCuO単鎖及び/又はCuO鎖が二重になっているCuO二重鎖が存在し得る。すべてのCuO鎖が単鎖のものはRE−123、単鎖と二重鎖が交互に存在するものはRE−247,すべてのCuO鎖が二重鎖のものはRE−124と呼ばれる。
【0023】
図2は、図1に示した超電導層13を構成するRE系超電導体20の例として、REBaCu7−δ(RE−123)の結晶構造を示したものである。図2(a)に示した結晶構造は、図全体でRE−123の単位格子(ユニットセル)を示している。本実施形態のRE系超電導体20は、RE−123のみで構成される場合だけでなく、RE−123のCuO単鎖部分がCuO二重鎖となったRE−124や、RE−123とRE−124の構造を1周期ごとに繰り返したRE−247が混在し、図2(a)全体のRE−123の結晶構造がRE系超電導体20の単位格子の一部を構成する場合もある。超電導層13は、このような単位格子を積層方向Pにも幅方向にも複数含有して構成される。
【0024】
図2(a)に示したように、RE−123は、単位格子内にRE22を挟んでc軸方向両側に位置するCuO面24と、RE22を基準としてCuO面24よりもc軸方向外側に位置するCuO単鎖26と、を有している。
【0025】
上記REは、Y、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuなどからなる群から選択される単一種類の希土類元素又は複数種類の希土類元素であり、これらの中でもBaサイトと置換が起り難い等の理由でYであることが好ましい。δは酸素不定比量で、例えば0以上1以下であり、超電導転移温度が高いという観点から、0に近い程好ましい。酸素不定比量δは、オートクレーブ等の装置を用いて高圧酸素アニール等を行えば、0未満、すなわち、負の値をとることもある。超電導層13の膜厚は特に限定されないが、例えば200nmである。
【0026】
図2(b)は、図2(a)のRE−123の結晶構造に含まれる複数のCuO単鎖26のうち1本のCuO単鎖26のCu(21a,21b)が一部欠損することによって形成されたCu欠損部(21a’,21b’)を有したRE−123の結晶構造である。
また、図2(c)は、CuO二重鎖を有するRE系超電導体の結晶構造であって、CuO二重鎖27における1本のCuO鎖27aのCuが一部欠損し、空の格子点からなるCu欠損部(21a’,21b’)が形成されている。なお、CuO二重鎖27におけるCuO鎖27a,27bの両方がCu欠損部を有していてもよく、図2(b)と同様に、CuO鎖27aが21a’,21b’のCu欠損部を有している場合には、CuO鎖27aのCu欠損部に対応するCuO鎖27bのCu(21α,21β)が欠損していてもよい。
【0027】
図2(b)及び図2(c)に示すCu欠損部は、鎖方向に近接するCuが複数欠損しており、線状欠陥を形成しているが、Cu欠損部はこれに限られない。
例えば、図2(a)におけるCuO単鎖26のCu(21a,21b)のCu(21a)のみが欠損してCu欠損部(21a’)とし、Cu(21b)は欠損させずにそのままの状態としてもよい。また、図2(c)においても、CuO二重鎖27におけるCuO鎖27a,27bにおいて、Cu(21a)のみが欠損してCu欠損部(21a’)としてもよく、Cu(21a,21β)のみが欠損してCu欠損部(21a’,21β’)としてもよい。これらのCu欠損部は、近接するCuが連続して欠損しておらず、点状欠陥を形成している。
以上のように、Cu欠損部は点状欠陥でも線状欠陥でもよい。しかし、Cu欠損部が点状欠陥である場合、例えば、5T程度の高磁場における量子化磁束のピン止め力が不十分であることがあるので、高磁場応用に用いる際にはCu欠損部は線状欠陥であることが好ましい。
【0028】
安定化層14は、超電導層13上に形成され、例えばAu、Ag、Cu等で構成されている。安定化層14の膜厚は特に限定されないが、例えば200nmである。
【0029】
(薄膜型超電導素子の製造)
本実施形態においては、超電導層内に通常のYBCO(Y−123)やその超格子構造体(単なる積層欠陥や変調構造を含む)等が混在した酸化物超電導薄膜を備えた薄膜型超電導素子を作製する。
【0030】
まず、サファイア単結晶のr面方向が主面となるサファイア基板を用意し、このサファイア基板を1000℃でプレアニールする。次に、電子ビーム蒸着法を用いて、3×10−2Paの酸素中でプラズマを発生させ、750℃でサファイア基板を加熱した状態でCeOを20nm程度サファイア基板の切断面上に蒸着させて中間層を形成する。そして、基板を800℃でポストアニールして、中間層の表面処理(平坦化・価数の制御)を行う。
【0031】
次に、Y、Ba、Cuの有機錯体の溶液を中間層の表面上にスピンコーターで塗布し、その後、仮焼成と焼成を行う。仮焼成は510℃で空気中で行い、次いで、10ppm以上100ppm以下の酸素濃度の雰囲気中で780℃まで昇温し、焼成を行う。その後、降温時に雰囲気を100%酸素雰囲気に切り替える。これにより、CuO単鎖のCu、及び/又はCuO二重鎖のCuが欠損したYBCO層が形成される。以上の製造工程を経て、酸化物超電導薄膜が作製される。
【0032】
図6は、後述するように、CeO中間層の形成までは上記と同様の工程を行い、中間層の表面上にスピンコーターで塗布したY、Ba、Cuの有機錯体の溶液を500℃で空気中で仮焼成し、次いで10ppm以上100ppm以下の酸素濃度の雰囲気中で800℃まで昇温して、焼成を行ない、降温時に雰囲気を100%酸素雰囲気に切り替えて得られたYBCO層のTEM写真を示したものである。
【0033】
図6には、仮焼成を500℃で空気中で行い、焼成を10ppm以上100ppm以下の酸素濃度の雰囲気中で800℃まで昇温して行った場合には、YBCO層にはCuの欠損が生じないことが明瞭に示されている。
【0034】
図3は、CeO中間層の形成までは上記と同様の工程を行い、中間層の表面上にスピンコーターで塗布したY、Ba、Cuの有機錯体の溶液を510℃で空気中で仮焼成し、次いで10ppm以上100ppm以下の酸素濃度の雰囲気中で780℃まで昇温して、焼成を行ない、降温時に雰囲気を100%酸素雰囲気に切り替えて得られたYBCO層のTEM写真を示したものである。
【0035】
図3には、仮焼成を510℃で空気中で行い、焼成を10ppm以上100ppm以下の酸素濃度の雰囲気中で780℃まで昇温して行った場合には、YBCO層には、白抜き矢印で示したように、CuO鎖(CuO二重鎖)におけるCuの欠損部が典型的に観察されることが示されている。
【0036】
具体的には、図6のTEM写真では、Cu二重鎖において横方向に複数のCuが規則的に配置しており、Cuの上下に存在する複数のBaのうち横方向に存在するBaとBaとの間の位置に対応する位置に、必ずCuが存在しているが、図3のTEM写真では、Cuの上下に存在する複数のBaのうち横方向に存在するBaとBaとの間の位置に対応する位置に必ずCuが存在している訳ではなく、不規則にCuが欠損している。また、このCuの欠損部分(Cu欠損部)では、図3の幅方向において、隣り合うCuが連続して欠損しておらず、Cu欠損部とCu欠損部との間には必ずCuが存在している。
【0037】
このようなCu欠損部は、図3のTEM写真の紙面に垂直な方向に連続してCuが欠損して形成されており、1次元の構造欠陥としての線状欠陥となっている。この線状欠陥すなわちCu欠損部はピニングセンターとして作用する。
【0038】
なお、Cu欠損部が図3のTEM写真の紙面に対して垂直方向及び横方向において連続して形成された場合には、Cu欠損部は線状欠陥ではなく、ab面内において面状の欠陥として存在し、CuO面の構造を乱す要因となり得る。そのため、Cu欠損部がTEM写真の紙面に対して垂直方向及び横方向において連続している場合には超電導電流特性を低下させる要因となるため、好ましくない。従って、Cu欠損部は図3のTEM写真の横方向において連続せずに、Cu欠損部とCu欠損部との間には必ずCuが存在していることが好ましい。つまり、Cu欠損部は、ab面内において、面状の欠陥ではなく、線状の欠陥として存在していることが好ましい。
【0039】
なお、CuO鎖でのCu欠損部は、図2における1本のCuO鎖26におけるCu(21a,21b)が鎖方向(b軸方向)に連続して欠損していても、隣り合うCuO単鎖26のa軸方向における対応した位置に存在するCu(21a,21c)が連続して欠損していてもよい。
ただし、製造上の制御容易性という理由から、CuO鎖でのCuの欠損部分は、図2(b)のように、1本のCuO単鎖26のCu(21a,21b)が鎖方向(b軸方向)に連続して欠損して形成されている(21a’,21b’)ことが好ましい。
【0040】
なお、CuO二重鎖を有するRE系超電導体においては、図2(c)のようにCuO二重鎖27における2本のCuO鎖(27a,27b)のうち少なくとも1本のCuO鎖27aにおけるCu(21a’,21b’)が鎖方向(b軸方向)に連続して欠損していても、CuO鎖27aのCu欠損部分21a’と、a軸方向における対応した位置(21a’と隣り合う位置)に存在するCuO鎖27cのCu(21c)と、が連続して欠損していてもよい。
ただし、製造上の制御容易性という理由から、CuO鎖でのCuの欠損部分は、図2(c)のように、1本のCuO鎖27aのCuが鎖方向(b軸方向)に連続して欠損して形成されている(21a’,21b’)ことが好ましい。また、CuO二重鎖27におけるCuO鎖27a,27bの両方においてCu欠損部を有していてもよく、CuO鎖27aのCu欠損の部分(21a’,21b’)に対応するCuO鎖27bのCu(21α,21β)が欠損していてもよい。
【0041】
また、CuO二重鎖を有するRE系超電導体においては、CuO二重鎖のうち、一方のCuO鎖のみにおいてOが欠損していることがより好ましい。CuO二重鎖を構成するCuO鎖のうちの一方のみに酸素(O)欠損を導入することで、この酸素欠損部分もまた、ピニングセンターとして作用し、J向上に寄与する。
【0042】
このようなピニングセンターとしてのCu欠損部を設けるための仮焼成条件と焼成条件の組合せは、YBCO層の所望の磁場−臨界電流特性、すなわち量子化磁束の配列や分布に応じて最適化することができる。
【実施例】
【0043】
以下に実施例を示すが、これらにより本発明は何ら制限を受けるものではない。
【0044】
(実施例1)
超電導層内に通常のYBCO(Y−123)やその超格子構造体(単なる積層欠陥や変調構造を含む)等が混在した酸化物超電導薄膜を備えた薄膜型超電導素子を、上記(薄膜型超電導素子の製造)で示したのと同様の工程で作製した。
【0045】
CeO中間層の表面上にスピンコーターで塗布したY、Ba、Cuの有機錯体の溶液を510℃で空気中で仮焼成し、次いで10ppm以上100ppm以下の酸素濃度の雰囲気中で780℃まで昇温して、焼成を行ない、降温時に雰囲気を100%酸素雰囲気に切り替えてYBCO層を得た。これにより、CuO鎖のCuのみが欠損するYBCO層が形成された。以上の製造工程を経て、酸化物超電導薄膜を作製した。
【0046】
得られた酸化物超電導薄膜に金銀合金をスパッタ法で成膜し、電極を取り付けることで薄膜型超電導素子を作製した。
【0047】
この試料についてTEM(Transmission Electron Microscopy、透過電子顕微鏡)観察を行った。尚、TEM試料作製には、Gaイオンビームの加速電圧が30kVのFIB(Focused Ion Beam、集束イオンビーム)法を用いた。その後、FIBによる試料表面のダメージ除去のため、1kVのArイオンビームを30分照射した。この手法により、明瞭にSTEM観察できる試料を作製した。
【0048】
TEM観察の結果を図4に示す。日本電子(株)製の収差補正STEM(Scanning Transmission Electron Microscopy、走査透過電子顕微鏡)2100Fを用い、HAADF−STEM(High Angle Annular Dark Field−Scanning Transmission Electron Microscopy、高角環状暗視野走査透過電子顕微鏡)像を取得した。電子線の入射方向は(100)方向である。図に示すように二重CuO鎖(CuO二重鎖)が多数形成されている。その二重CuO鎖において、図中の白抜き矢印に示すように、一部のCu原子が欠損している様子が観察されている。また、一部の二重CuO鎖(白抜き矢印A)では、上下二つのCu原子が1つのCu原子となっていることが確認される。
ここで、それぞれの白抜き矢印が示すCu欠損部は、紙面に垂直な方向に複数個のCuが欠損していることを示している。紙面に垂直な方向にCuが1個だけ欠損している場合には、TEM写真では、薄くCuが観察されるが、図4のTEM写真における白抜き矢印が示すCu欠損部では、Cuが観察されていないことから、上述のようにCu欠損部は紙面に垂直な方向に複数個のCuが欠損して形成されており、線状欠陥であるといえる。
なお、ここでは、特開平07−206437号公報に示されているようなCuO面でのCu欠損は観察されていない。
【0049】
収差補正STEM観察によるTEM像から、二重CuO鎖中の上下2つのCuが1個のCuになっている箇所は22100箇所/μm、二重CuO鎖中の上下2つCuが共に欠損している箇所は19600箇所/μmと算出された。このようなピニングセンターとしてのCuO鎖中のCuの欠損濃度は、本発明のRE酸化物超電導薄膜の適用機器に固有の運転磁場における量子磁束の分布に応じて、製造条件を変えることにより最適化することができる。
特に、発生磁場が5T以上のような高磁場応用に利用する場合には、CuO鎖中のCu欠損箇所数としては、好ましくは15000箇所/μm以上、更に好ましくは20000箇所/μm以上である。一方、超電導層内における欠損量が多すぎると、臨界温度Tcの低下が生じてしまうことから、CuO鎖中のCu欠損箇所数は50000箇所/μm以下であることが好ましい。
【0050】
これらのCu欠損部に関連したピニングセンターを含むYBCO超電導薄膜はJ=4.5MA/cmと高い臨界電流密度を示した。
【0051】
図5に収差補正STEMを用いたHAADF像とABF(Annular Bright Field、環状明視野)像を示す。ABF像は酸素原子などの軽元素の原子を観察することが可能となる手法である。一方、HAADF像ではY、Ba、Cu原子は観察できるが、O原子を直視することはできない。これらの二つの特徴から、ABF像で観察されて、HAADF像で観察されない原子がO原子である。尚、HAADF像では白いコントラストの点に原子があり、ABF像では黒いコントラストの場所に原子が存在する。これらの像の電子線の入射方向は(100)方向である。ABF像において、二重CuO鎖を観察すると、矢印で示す二重CuO鎖のうち、片方のCuO鎖の部分でOが連続して欠損している部分が観察されることがある。このOが連続して欠損している部分もピニングセンターとして作用し、J向上に寄与していると考えられる。
【0052】
(比較例1)
超電導層内に通常のYBCO(Y−123)やその超格子構造体(単なる積層欠陥や変調構造を含む)等が混在した酸化物超電導薄膜を備えた薄膜型超電導素子を、CeO中間層の形成までは上記(薄膜型超電導素子の製造)で示したのと同様の工程を行い、その後下記の工程を行うことで作製した。
【0053】
CeO中間層の表面上にスピンコーターで塗布したY、Ba、Cuの有機錯体の溶液を500℃で空気中で仮焼成し、次いで10ppm以上100ppm以下の酸素濃度の雰囲気中で800℃まで昇温して、焼成を行ない、降温時に雰囲気を100%酸素雰囲気に切り替えてYBCO層を得た。これにより、Cu−O鎖のCuのみが欠損するYBCO層が形成された。以上の製造工程を経て、酸化物超電導薄膜を作製した。
【0054】
得られた酸化物超電導薄膜に金銀合金をスパッタ法で成膜し、電極を取り付けることで薄膜型超電導素子を作製した。
【0055】
この試料は、J=3MA/cmの臨界電流密度を示した。この試料について、収差補正STEMを用いたHAADF法で評価を行った。TEM像を図6に示す。この試料では、上記実施例1で観察されたようなCuO鎖におけるCu欠損は確認できなかった。
【0056】
以上、実施形態を用いて本発明を説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施形態に記載の範囲には限定されないことは言うまでもない。上記実施形態に、多様な変更または改良を加えることが可能であることが当業者に明らかである。また、そのような変更又は改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲の記載から明らかである。
2012年11月2日に出願された日本国特許出願2012-243004号の開示は、その全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
【符号の説明】
【0057】
1 酸化物超電導薄膜
11 基板
12 中間層
13 超電導層
14 安定化層
20 RE系超電導体
21 Cu
22 RE
24 CuO
26 CuO単鎖
27 CuO二重鎖
図1
図2
図3
図4
図5
図6