(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
X線のエネルギーを弁別することが可能なX線分析装置として、エネルギー分散型X線検出器(Energy Dispersive Spectroscopy、以後EDSと呼ぶ)やWDS(Wavelength Dispersive Spectroscopy、以後WDSと呼ぶ)がある。
上記EDSは、検出器に取り込まれたX線のエネルギーを検出器内で電気信号に変換し、その電気信号の大きさによってエネルギーを算出するタイプのX線検出器である。また、WDSはX線を分光器で単色化(エネルギー弁別)し、単色化されたX線を比例計数管などで検出するタイプのX線検出器である。
【0003】
EDSとしては、SiLi(シリコンリチウム)型検出器、シリコンドリフト型検出器、またはゲルマニウム検出器などの半導体検出器が知られている。例えばシリコンリチウム型またはシリコンドリフト型の検出器は、電子顕微鏡の元素分析装置に多用され、0.2keV〜20keV程度の広範囲のエネルギーを検出できる。しかし、検出器にシリコンを用いているため、原理上、その性質はシリコンのバンドギャップ(1.1eV程度)に依存し、エネルギー分解能を130eV程度以上に改善することが難しく、WDSと比較して10倍以上エネルギー分解能は劣る。
【0004】
このようにX線検出器の性能を示す指標の一つであるエネルギー分解能が、例えば130eVであるとは、X線検出器にX線が照射されると、130eV程度の不確かさでエネルギーを検出可能であることを意味する。従って、この不確かさが小さいほど、エネルギー分解能が高いということになる。すなわち、隣接する2本のスペクトルからなる特性X線を検出する場合、エネルギー分解能が高くなると不確かさが小さくなる。2本の隣接するピークのエネルギー差が20eV程度であると、原理的に20eV〜30eV程度のエネルギー分解能で2本のピークを分離することができるということである。
【0005】
近年、エネルギー分散型でかつWDSと同等のエネルギー分解能を有する超伝導X線検出器が注目されている。この超伝導X線検出器のうちで超伝導転移端センサ(Transition Edge Sensor、以後TESと呼ぶ)を有する検出器は、金属薄膜の超伝導−常伝導遷移時の急激な抵抗変化(例えば、温度変化が数mKにて抵抗変化が0.1Ωなど)を用いた高感度の熱量計である。なお、このTESは、マイクロカロリーメータとも呼ばれる。
【0006】
TESがX線検出を可能とする有感領域は、常伝導と超伝導の中間領域にあり、この点を動作点と呼ぶ。TESをこの動作点に保持するためにTES内で発生するジュール熱とTESから熱リンクを介して熱槽へ逃げる熱との熱バランスが形成される。この熱バランスは、TESに流れる電流I、TESの動作抵抗R、熱リンクの熱伝導度G、TESの温度T、熱槽温度Tb、および外部からの侵入熱Pexによって、下記数式(1)に示すように記述される。なお、外部からの侵入熱Pexは、理想的にはゼロである。
【0007】
【数1】
【0008】
このTESは、一次X線や一次電子線などの放射線照射によりサンプルから発生した蛍光X線や特性X線が入射した際に起こるTES内の温度変化を検出することでサンプルの分析をする。TESは、他の検出器よりも高いエネルギー分解能を有し、例えば5.9keVの特性X線において10eV以下のエネルギー分解能を得ることができる。
走査電子顕微鏡や透過電子顕微鏡にTESを取り付けた場合、電子線が照射されたサンプルから発生する特性X線をTESで取得することで、半導体型X線検出器では分離不可能な特性X線(例えば、Si−Kα、W−Mα、W−Mβなど)のエネルギースペクトルのピークを容易に分離することができる。
【0009】
TESは高感度な熱量計のため、安定した動作をさせるために複数枚の熱シールドが必要となる。ただし、サンプルから発生するX線をTESに導入する必要があるため、X線窓が熱シールドに装着される(非特許文献1参照)。非特許文献1では4Kおよび80Kの各々に冷却された熱シールドにX線窓が装着されている。X線窓は分析対象となるX線は通過させるが、ノイズの原因となる可視光や赤外光を遮断する働きがある。
【0010】
更に熱シールドではなく、TESを一つの真空チャンバーとするために、耐真空性を有するX線窓が室温の外界雰囲気を遮蔽するように設けられる。一般的に耐真空性を有するX線窓として、有機膜によるX線窓が利用される(特許非文献2参照)。このX線窓を3枚装着したときに、X線の透過率は60%(1keV)から1%以下(0.2keV未満)と大幅に低下する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記のX線分析装置では、1keV以下のX線透過効率が悪く、例えばボロン(183eV)の検出効率が既存のシリコンドリフト型半導体検出器(Silicon Drift Detector、以後SDDと呼ぶ)より一桁悪い。これはSDDのX線窓が有機膜によるX線窓の一枚で十分であることに対して、TESは有機膜によるX線窓に加えて熱シールド用にX線窓が2枚以上必要なことが原因である。
TESはSDDに比べ動作温度が低く、TESを安定的に動作させるために熱シールドとしてX線窓をSDDに比べ余分に設ける必要がある。そのため1keV以下の特性X線の取得効率を上げつつ、かつTESを安定動作させることが必要である。
【0013】
X線の透過効率を向上させるためには出来るだけ窓厚みを薄くした方がよいが、TESを安定動作させる場合、室温からの黒体輻射を十分考慮する必要がある。黒体輻射は温度の4乗に比例するため、X線窓厚みが薄すぎるとX線窓で吸収しきれずに透過する室温による黒体輻射熱がTESに吸収され、TESの動作が不安定となる。TESは常に一定の動作点に保持される(つまり、TESに流れる電流が一定である)必要があるが、上記数式(1)に示すように、外部からの侵入熱Pexが多いと自己ジュール熱(IR
2)が小さくても外部からの侵入熱PexとTESから熱槽への熱がバランスするようになる。
このように外部からの熱侵入があるとTESに流れる電流が変化することになり、エネルギー分解能の劣化を引き起こす。TESを安定して動作させるためにはTESの電流を一定にさせ、外部からの侵入熱Pexの影響が無視できるように熱設計する必要がある。
【0014】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、黒体輻射等の外部からの侵入熱を遮蔽し、かつX線窓を最小限に薄くすることができ、その結果、1keV以下のX線を効率よく取得可能なX線分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決して係る目的を達成するために、本発明は以下の態様を採用した。
(1)本発明の一態様に係るX線分析装置は、分析対象である試料を励起して特性X線を放出させる励起源と、前記特性X線を検出するX線検出器と、前記X線検出器に入射する前記特性X線の範囲を規制するコリメータと、前記試料と前記X線検出器との間において、前記特性X線を透過させる少なくとも1つの窓部と、前記窓部の温度を雰囲気温度よりも低くするように前記窓部を冷却する冷却部と、を備え、前記窓部は、積層されたアルミニウム膜および絶縁膜を備え、前記少なくとも1つの窓部における全ての前記アルミニウム膜の累積した膜厚は、150nm以上かつ300nm未満に形成され、前記コリメータの大きさは、前記X線検出器への熱輻射量を10μW以下にする大きさに形成されている。
【0016】
上記(1)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、外部からの黒体輻射を少なくとも1つの窓部およびコリメータにより十分低下させることが出来、結果としてX線検出器に付与される輻射熱量をX線検出器の発熱量よりも小さくすることが出来るため、X線検出器を安定して動作させることができる。さらに、少なくとも1つの窓部におけるアルミニウム膜の累積した膜厚を最小限に薄くすることができ、その結果、1keV以下のX線を効率よく取得することができる。
なお、アルミニウム膜の累積した膜厚が150nm未満に薄くなると、外部からの黒体輻射を十分低下させることができないという問題が生じる。また、アルミニウム膜の累積した膜厚が300nm以上に厚くなると、1keV以下のX線の透過減衰が増大して効率が低下するという問題が生じる。
また、コリメータの大きさが、窓部が存在しない場合での雰囲気温度のX線検出器への熱輻射量を10μW以下にすることができない大きさであると、外部からの黒体輻射を十分低下させることができないという問題が生じる。
【0017】
(2)上記(1)に記載のX線分析装置では、前記少なくとも1つの窓部は、第1窓部および第2窓部を備え、前記第1窓部の温度を20K以上かつ50K以下にするように前記第1窓部を冷却する第1冷却部と、前記第2窓部の温度を1K以上かつ5K以下にするように前記第2窓部を冷却する第2冷却部と、を備える。
【0018】
上記(2)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、分析対象である試料の周囲の雰囲気温度からX線検出器に向かって第1窓部および第2窓部によって段階的に温度を低下させることにより、熱輻射によるX線検出器の温度上昇を防止し、所望の動作特性を確保することができる。
なお、第1窓部の温度が50Kよりも高くなると、雰囲気温度からX線検出器に向かって段階的な温度低下を適切に達成することができなくなるという問題が生じる。また、第1窓部の温度を20K未満にするためには第1冷却部に必要とされる出力が過大になるという問題が生じる。
なお、第2窓部の温度が5Kよりも高くなるとX線検出器に付与される輻射熱量を十分に小さくすることができないという問題が生じる。また、第2窓部の温度を1K未満にするためには第2冷却部に必要とされる出力が過大になるという問題が生じる。
【0019】
(3)上記(2)に記載のX線分析装置では、前記第1窓部の前記アルミニウム膜の膜厚は、100nm以上に形成されている。
上記(3)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、雰囲気温度からX線検出器に向かって段階的な温度低下を適切に達成することができる。
なお、第1窓部のアルミニウム膜の膜厚が100nm未満になると、段階的な温度低下を適切に達成することができないという問題が生じる。
【0020】
(4)上記(2)または(3)に記載のX線分析装置では、前記少なくとも1つの窓部は、前記第1窓部、前記第2窓部、および第3窓部を備え、前記第3窓部の温度を0.3K以下にするように前記第3窓部を冷却する第3冷却部を備える。
【0021】
上記(4)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、分析対象である試料の周囲の雰囲気温度からX線検出器に向かって第1窓部、第2窓部、および第3窓部によって段階的に温度を低下させることにより、熱輻射によるX線検出器の温度上昇を、より安定的に防止し、所望の動作特性を、より安定的に確保することができる。
なお、第3窓部の温度が0.3Kよりも高くなるとX線検出器の動作安定性を向上させることができないという問題が生じる。
【0022】
(5)上記(1)から(4)の何れか1つに記載のX線分析装置では、前記コリメータの大きさは、300μm以下に形成されている。
上記(5)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、5K以下の黒体輻射の影響を、より遮蔽することが可能となる。
なお、コリメータの大きさが300μmよりも大きくなると、5K以下の黒体輻射の影響を有効に遮蔽することができないという問題が生じる。
【0023】
(6)上記(1)から(5)の何れか1つに記載のX線分析装置では、前記絶縁膜の膜厚は、100nm以下に形成されている。
上記(6)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、特性X線の透過減衰が増大することを抑制しつつ、アルミニウム膜を適切に保持することができる。
なお、絶縁膜の膜厚が100nmよりも大きくなると、特性X線の透過減衰が増大して、効率が低下するという問題が生じる。
【0024】
(7)上記(1)から(6)の何れか1つに記載のX線分析装置では、前記絶縁膜は、ポリイミドおよびパラキシレン系ポリマーの少なくとも何れか1つを含む有機材料により形成されている。
上記(7)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、特性X線の透過減衰が増大することを抑制しつつ、アルミニウム膜を適切に保持することができる。
【0025】
(8)上記(1)から(6)の何れか1つに記載のX線分析装置では、前記絶縁膜は、窒化シリコンまたはシリコンを含むシリコン材料により形成されている。
上記(8)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、1keV以下の特性X線の取得効率が低下することを抑制しつつ、アルミニウム膜を適切に保持することができる。また、シリコン窒化膜によれば、膜中に酸素もしくは炭素を含まないので、酸素および炭素の各々の分析を適正に行なうことができる。
【0026】
(9)上記(1)から(8)の何れか1つに記載のX線分析装置は、前記試料と前記X線検出器との間において、複数の貫通孔が設けられた貫通孔形成部を備え、前記複数の貫通孔の各々の大きさは、5μm以下に形成されている。
上記(9)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、雰囲気温度(例えば、室温である27℃など)の黒体輻射の波長が10um程度であることから、複数の貫通孔の各々の大きさが5um以下であれば、黒体輻射をより一層、効果的に遮蔽することができる。
なお、複数の貫通孔の各々の大きさが5umよりも大きくなると、黒体輻射を効果的に遮蔽することができないという問題が生じる。
【0027】
(10)上記(1)から(9)の何れか1つに記載のX線分析装置は、前記少なくとも1つの窓部および前記X線検出器を収容する収容部において前記試料と前記X線検出器との間に設けられた貫通孔に装着される耐圧力性のX線窓を備える。
上記(10)に記載の態様に係るX線分析装置によれば、試料を収容するチャンバーと収容部に収容されたX線検出器との間に圧力差が生じても、X線検出器を安定して動作させることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明のX線分析装置によれば、外部からの黒体輻射を少なくとも1つの窓部およびコリメータにより十分低下させることが出来、結果としてX線検出器に付与される輻射熱量をX線検出器の発熱量よりも小さくすることが出来るため、X線検出器を安定して動作させることができる。さらに、少なくとも1つの窓部におけるアルミニウム膜の累積した膜厚を最小限に薄くすることができ、その結果、1keV以下のX線を効率よく取得することができる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態に係るX線析装置について添付図面を参照しながら説明する。
本実施形態のX線分析装置10は、例えば、電子顕微鏡、イオン顕微鏡、X線顕微鏡、および蛍光X線分析装置などの組成分析装置として利用可能である。
X線分析装置10は、
図1に示すように、分析対象である試料11に電子線12を照射することによって試料11を励起して、試料11から特性X線13を放出させる電子銃14と、試料11から放出される特性X線13を検出するX線検出器としての超伝導転移端センサ(Transition Edge Sensor、TES)15と、を備えている。
【0031】
TES15は、超伝導体が有する超伝導転移を利用するものであり、X線の検出動作では、常伝導と超伝導の中間状態に動作点を保持する。これにより、X線1個がTES15に吸収された場合、超伝導転移中に動作点を保持された状態において、例えば100μKの温度変動に対して数mΩの抵抗変化が得られ、μAオーダーの放射線パルスを得ることができる。また、予めパルス波高値と放射線のエネルギーとの関係を求めたデータを記憶しておくことにより、未知エネルギーを有する放射線がTES1に照射されても信号パルス波高値から入射した放射線のエネルギーを検出することができる。
【0032】
X線分析装置10は、TES15を冷却する冷却部16を備えている。
冷却部16は、冷凍機本体16aと、冷凍機本体16aにおいて最も冷却される箇所に接続されたコールドヘッド16bと、を備えている。TES15は、冷凍機本体16aに装着された断熱構造を有するスノート17の内部に配置されたコールドヘッド16bの先端に設置されている。
なお、試料11、電子銃14、およびスノート17の先端部は、チャンバー18の内部に配置され、スノート17およびチャンバー18の各々の内部は、ターボ分子ポンプまたは拡散ポンプなどにより真空排気され、真空度は10
−3〜10
−5Pa程度である。
【0033】
冷凍機本体16aは、例えば希釈冷凍機または断熱消磁冷凍機などである。希釈冷凍機はミキシングチャンバー内において濃厚相から希薄相へ3Heが溶け込む時のエンタルピー差を利用して冷却を行なう。断熱消磁冷凍機は磁性体に磁場を印加することでスピンの向きを揃えておき、磁場を除去する際にエントロピーが増大することで、磁性体に接続された物体を冷却する。
【0034】
例えば希釈冷凍機である冷凍機本体16aは、外囲シールド20と、第1熱シールド21と、第2熱シールド22と、第1ポット23と、第2ポット24と、分溜器(Still)25と、混合器(ミキシングチャンバー)26と、ガス循環器27と、予備冷却器28と、を備えている。
外囲シールド20、第1熱シールド21、および第2熱シールド22の各々の一部は、コールドヘッド16bを覆うように伸びる形状に形成されることによって、スノート17を構成している。
外囲シールド20は、第1熱シールド21を内部に収容している。第1熱シールド21は、第2熱シールド22を内部に収容している。
【0035】
第1ポット23は、外囲シールド20の内部において第1熱シールド21に設けられている。第2ポット24は、第1熱シールド21の内部において第2熱シールド22に設けられている。分溜器25および混合器26は、第2熱シールド22の内部に収容されている。混合器26にはコールドヘッド16bが接続されている。
ガス循環器27は、外囲シールド20の外部に配置されている。ガス循環器27は、外囲シールド20の内部に配置されるガス循環流路27aに接続され、ガス循環流路27aにおいて3Heを循環させる。ガス循環流路27aには、第1ポット23、第2ポット24、分溜器25、および混合器26が接続されている。
予備冷却器28は、外囲シールド20の外部に配置されている。予備冷却器28は、第1ポット23および第2ポット24に接続されている。予備冷却器28は、例えば、GM冷凍機などの機械式冷凍機である。
【0036】
第1ポット23は、予備冷却器28によって、例えば20K程度までに冷却される。第1ポット23は、第1熱シールド21を冷却する。
第2ポット24は、予備冷却器28によって、例えば1K程度までに冷却される。第2ポット24は、第2熱シールド22を冷却する。
第1ポット23および第2ポット24は、ガス循環流路27aの3Heを液化する。
分溜器25は、希薄相にある3Heを蒸発(分溜)させる。分溜器25は、例えば1K未満の0.7K程度に保たれる。
混合器26は、3Heを濃厚相から希薄相へ移動させる。混合器26は、例えば100mK程度に保たれる。混合器26は、コールドヘッド16bを100mK近傍まで冷却する。
なお、外囲シールド20の温度は、雰囲気温度(例えば、室温である27℃など)である。
【0037】
図2に示すように、スノート17において、外囲シールド20は、試料11から放出された特性X線13をTES15に向かって通過させる貫通孔30が設けられた先端部を備えている。
スノート17において、第1熱シールド21は、外囲シールド20と第2熱シールド22との間に設置されている。第1熱シールド21は、試料11から放出された特性X線13をTES15に到達させるための第1X線窓31を備えている。第1X線窓31は、積層されたアルミニウム膜31aおよび絶縁膜31bを備えている。
スノート17において、第2熱シールド22は、第1熱シールド21とコールドヘッド16bとの間に設置されている。第2熱シールド22は、試料11から放出された特性X線13をTES15に到達させるための第2X線窓32を備えている。第2X線窓32は、積層されたアルミニウム膜32aおよび絶縁膜32bを備えている。
スノート17において、第1熱シールド21および第2熱シールド22は、コールドヘッド16bに対して、試料11から放出された特性X線13を透過させるとともに、外囲シールド20からの熱輻射を遮蔽する。
【0038】
なお、
図2に示すスノート17においては、各絶縁膜31b,32bが、各アルミニウム膜31a,32aよりもTES15側に配置されているが、各アルミニウム膜31a,32aが、各絶縁膜31b,32bよりもTES15側に配置されてもよい。
また、試料11からTES15に向かう方向(例えば、Z方向)においてTES15の手前の位置には、コリメータ33が設けられている。コリメータ33は、外部からTES15への侵入熱を制限するとともに、TES15の一部の領域にのみ特性X線13を照射する。
【0039】
以下において、実施形態の比較例として、スノート17において、試料11とコリメータ33との間に第1X線窓31および第2X線窓32が存在しない場合について説明する。
図3は比較例のスノート40の構成を模式的に示す断面図である。
第1X線窓31および第2X線窓32が存在しない場合、室温からの黒体輻射による電磁波がコリメータ33を通過してTES15に侵入する。TES15は、上記数式(1)に示す熱バランスで動作点が保持されるが、外部からの侵入熱PexはTES15の発熱量より十分小さくなくてはならない。例としてTES15の電流を50μA、動作抵抗を30mΩとしたときの自己発熱量は75pWである。TES15の動作点が、外部からの侵入熱Pexの変動によって変化するとエネルギー分解能劣化の原因となるため、外部からの侵入熱Pexは0.1pW以下とすることが望ましい。第1X線窓31および第2X線窓32が存在しないときTES15は外囲シールド20を直接見ることになる。コリメータ33の開口のサイズ(例えば、直径)を0.2mmとし、コリメータ33とTES15の距離を0.3mmとしたとき、TES15から外囲シールド20を見たときの外囲シールド20のエリアのサイズ(例えば、直径)は6.6mmとなる。
【0040】
外囲シールド20からコールドヘッド16bの先端部への熱輻射Qは、ステファン−ボルツマン定数σ(=5.67(W/(m
2・K
4)))と、外囲シールド20の面積S1と、コリメータ33通して外囲シールド20を見るTES15の面積S2と、外囲シールド20の放射率ε
1と、コールドヘッド16bの先端部の放射率ε
2と、TES15および外囲シールド20の各々の温度T
1,T
2と、に基づき、例えば下記数式(2)に示すように記述される。
【0042】
上記数式(2)において、外囲シールド20の反射率が悪い場合を想定して放射率ε
1を0.9とし、コールドヘッド16bの反射率が良い場合を想定して放射率ε
2を0.1とすれば、外囲シールド20からコールドヘッド16bの先端部への熱輻射Qは、1.8uWとなる。この計算結果は理想的であるため、実際は、この数値より大きい値、例えばQ=10uW程度を見積もっておくべきである。
【0043】
以下に、実施形態の第1X線窓31および第2X線窓32について説明する。
TES15を安定動作させるためには外部からの侵入熱Pexは0.1pW以下とすることが望ましいため、第1X線窓31および第2X線窓32により7桁以上、外囲シールド20からの黒体輻射を減少させる必要がある。
図4は、第1X線窓31および第2X線窓32における全てのアルミニウム膜31a,32aの累積した膜厚を其々150nm、200nm、および300nmとしたときのX線の透過特性を示す図である。
雰囲気温度(例えば、室温である27℃など)の黒体輻射を波長に換算すると、約10um程度になる。なお、プランク定数h、光速c、波長λ、ボルツマン定数k
B、および温度Tに対して、hc/λ=k
B・Tの関係がある。そのため波長10um近傍の透過特性が7桁以上小さくなるためには、少なくともアルミニウムの膜厚が200nm以上必要であることがわかる。
なお、雰囲気温度として適宜の温度範囲を用いることによって、必要となるアルミニウムの膜厚は、150nm以上かつ300nm未満となる。
【0044】
第1X線窓31は第1熱シールド21と同じ温度まで冷却されるため、第1熱シールド21の温度をT1としたとき、第1X線窓31は温度T1の黒体輻射を及ぼす。第1X線窓31の温度T1を20K〜50Kとしたときの黒体輻射は、36pW〜1.4nW(波長:60um〜150um)となる。
第2X線窓32は第2熱シールド22と同じ温度まで冷却されるため、第2熱シールド22の温度をT2としたとき、第2X線窓32は温度T2の黒体輻射を及ぼす。第2X線窓32の温度T2を1K〜5Kとしたときの黒体輻射は、0.0002pW〜0.14pW(波長:600um〜3mm)となる。第2X線窓32は、温度T2の黒体輻射をTES15に及ぼすので、目的の輻射熱を得ることが可能となる。
【0045】
雰囲気温度の外囲シールド20からTES15までの間にアルミニウムの膜厚が、好ましくは200nm以上あればよいため、例えば第1X線窓31のアルミニウム膜31aの厚さを100nmとし、第2X線窓32のアルミニウム膜32aの厚さを100nmとすればよい。
なお、第1X線窓31のアルミニウム膜31aの厚さを、100nm以上にすることによって、第2X線窓32に必要とされる黒体輻射の低減量を小さくすることができ、TES15の動作安定性を向上させることができる。
【0046】
また、コリメータ33の開口のサイズDと、コリメータ33に入射する電磁波の波長λとによれば、波長限界の原理からD=λ/2より長い波長の電磁波は開口を通さないことが知られている。そのため第2X線窓32の温度T2が5Kであるときの波長が600umであるため、コリメータ33の開口のサイズを300um以下とすれば、5K以下の黒体輻射の影響を、より遮蔽することが可能となる。
さらに、コリメータ33の開口のサイズを75umとすれば、50Kからの黒体輻射を遮蔽することが可能となり、よりTES15を熱的に安定動作させることが可能となる。
【0047】
第1X線窓31および第2X線窓32の各々の絶縁膜31b,32bは、各アルミニウム膜31a,32aを保持するために用いられているが、特性X線13の減衰に寄与するため、構造物として破損しない程度に出来るだけ薄くした方がよい。各絶縁膜31b,32bとしては、特性X線13の透過率を考慮した元素から構成されることが望ましく、ポリイミドおよびパラキシレン系ポリマーの少なくとも何れか1つを含む有機材料であること、または、窒化シリコンもしくはシリコンを含むシリコン材料がよい。X線透過率の観点から各絶縁膜31b,32bの厚みは100nm以下とするのが好ましい。
【0048】
上述したように、本実施形態によるX線分析装置10によれば、外部からの黒体輻射を第1X線窓31および第2X線窓32、並びにコリメータ33により十分低下させることができる。これによりTES15に付与される輻射熱量をTES15の発熱量よりも小さくすることが出来るため、TES15を安定して動作させることができる。さらに、第1X線窓31および第2X線窓32におけるアルミニウム膜31a、32aの累積した膜厚を最小限に薄くすることができ、その結果、1keV以下の特性X線13を効率よく取得することができる。
なお、アルミニウム膜31a、32aの累積した膜厚が150nm未満に薄くなると、外部からの黒体輻射を十分低下させることができないという問題が生じる。また、アルミニウム膜31a、32aの累積した膜厚が300nm以上に厚くなると、1keV以下の特性X線13の透過減衰が増大して効率が低下するという問題が生じる。
また、コリメータ33の大きさが、第1X線窓31および第2X線窓32が存在しない場合での雰囲気温度のTES15への熱輻射量を10μW以下にすることができない大きさであると、外部からの黒体輻射を十分低下させることができないという問題が生じる。
【0049】
さらに、分析対象である試料11の周囲の雰囲気温度からTES15に向かって第1X線窓31および第2X線窓32によって段階的に温度を低下させることにより、熱輻射によるTES15の温度上昇を防止し、所望の動作特性を確保することができる。
なお、第1X線窓31の温度が50Kよりも高くなると、雰囲気温度からTES15に向かって段階的な温度低下を適切に達成することができなくなるという問題が生じる。また、第1X線窓31の温度を20K未満にするためには第1ポット23に必要とされる出力が過大になるという問題が生じる。
なお、第2X線窓32の温度が5Kよりも高くなるとTES15に付与される輻射熱量を十分に小さくすることができないという問題が生じる。また、第2X線窓32の温度を1K未満にするためには第2ポット24に必要とされる出力が過大になるという問題が生じる。
【0050】
さらに、コリメータ33の開口の大きさが300μm以下に形成されているので、TES15に対して、5K以下の黒体輻射の影響を、より遮蔽することが可能となる。
なお、コリメータ33の大きさが300μmよりも大きくなると、5K以下の黒体輻射の影響を有効に遮蔽することができないという問題が生じる。
【0051】
さらに、各絶縁膜31b,32bの膜厚は、100nm以下に形成されているので、特性X線13の透過減衰が増大することを抑制しつつ、アルミニウム膜31a,32aを適切に保持することができる。
なお、各絶縁膜31b,32bの膜厚が100nmよりも大きくなると、特性X線の透過減衰が増大して、効率が低下するという問題が生じる。
【0052】
さらに、各絶縁膜31b,32bが、ポリイミドおよびパラキシレン系ポリマーの少なくとも何れか1つを含む有機材料により形成されている場合には、特性X線13の透過減衰が増大することを抑制しつつ、アルミニウム膜31a,32aを適切に保持することができる。
さらに、各絶縁膜31b,32bが、窒化シリコンまたはシリコンを含むシリコン材料により形成されている場合には、1keV以下の特性X線の取得効率が低下することを抑制しつつ、アルミニウム膜31a,32aを適切に保持することができる。また、シリコン窒化膜によれば、膜中に酸素もしくは炭素を含まないので、酸素および炭素の各々の分析を適正に行なうことができる。
【0053】
以下に、上述した実施形態の第1変形例について説明する。
上述した実施形態においてX線分析装置10は、2つの第1X線窓31および第2X線窓32を備えるとしたが、これに限定されない。
上述した実施形態の第1変形例に係るX線分析装置10は、
図5および
図6に示すように、上述した実施形態のX線分析装置10における第1X線窓31が省略されている。
第1変形例に係るX線分析装置10の構成が、上述した実施形態のX線分析装置10の構成と異なる点は、第1変形例に係るX線分析装置10が、第1熱シールド21、第1ポット23、および第1X線窓31を備えていない点である。
第1変形例に係るX線分析装置10において、第2X線窓32のアルミニウム膜32aの膜厚は、150nm以上かつ300nm未満である。第2X線窓32のアルミニウム膜32aの膜厚は、より好ましくは、200nmである。第2X線窓32の絶縁膜32bの厚みは100nm以下とするのが好ましい。
第2熱シールド22と同じ温度まで冷却される第2X線窓32の温度T2は1K〜5Kである。
【0054】
この第1変形例によれば、第2ポット24の冷却出力が第2X線窓32の温度T2を1K〜5Kに保持することができる程度に十分であれば、TES15を熱的に安定動作させながら、X線分析装置10の装置構成を簡略化することができる。
【0055】
以下に、上述した実施形態の第2変形例について説明する。
上述した実施形態においてX線分析装置10は、2つの第1X線窓31および第2X線窓32を備えるとしたが、これに限定されない。2つよりも多い数(例えば、3つなど)のX線窓を備えてもよい。
上述した実施形態の第2変形例に係るX線分析装置10は、
図7に示すように、上述した実施形態のX線分析装置10における第1X線窓31および第2X線窓32に加えて、第3X線窓50を備えている。
第2変形例に係るX線分析装置10の構成が、上述した実施形態のX線分析装置10の構成と異なる点は、第2変形例に係るX線分析装置10が、第3X線窓50を備える点である。
【0056】
第2変形例に係るX線分析装置10において、第3X線窓50は、コリメータ33の開口を塞ぐように装着されている。第3X線窓50は、積層されたアルミニウム膜50aおよび絶縁膜50bを備えている。なお、
図7に示すスノート17においては、絶縁膜50bが、アルミニウム膜50aよりもTES15側に配置されているが、アルミニウム膜50aが、絶縁膜50bよりもTES15側に配置されてもよい。
雰囲気温度の外囲シールド20からTES15までの間にアルミニウムの膜厚が、好ましくは200nm以上あればよいため、第1X線窓31、第2X線窓32、および第3X線窓50の各々のアルミニウム膜31a、32a、50aの累積した膜厚は、150nm以上かつ300nm未満、より好ましくは200nm、に形成されている。
コールドヘッド16bにより冷却される第3X線窓50の温度は、0.3K以下に設定されている。
【0057】
この第2変形例によれば、分析対象である試料11の周囲の雰囲気温度からTES15に向かって第1X線窓31、第2X線窓32、および第3X線窓50によって段階的に温度を低下させることにより、熱輻射によるTES15の温度上昇を、より安定的に防止し、所望の動作特性を、より安定的に確保することができる。
【0058】
以下に、他の変形例について説明する。
上述した実施形態においてX線分析装置10は、試料11とTES15との間において、複数の貫通孔が設けられた金属メッシュを備えてもよい。
雰囲気温度(例えば、室温である27℃など)の黒体輻射の波長が10um程度であることから、複数の貫通孔の各々の大きさが5um以下であれば、黒体輻射をより一層、効果的に遮蔽することができる。
【0059】
上述した実施形態において、TES15にコリメータ33を設けるとしたが、これに限定されず、コリメータ33はコールドヘッド16bに固定されてもよい。
また、上述した実施形態において、
図8に示すように、貫通孔30に耐圧性のあるX線窓60を備えてもよい。耐圧性のあるX線窓60としては、例えば、ポリイミドおよびパラキシレン系ポリマーの少なくとも何れか1つを含む有機材料を用いてもよい。これにより、試料11を収容するチャンバー18とスノート17に収容されたTES15との間に圧力差が生じてもTES15を安定して動作させることが可能である。
【0060】
なお、本発明の技術的範囲は上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上述した実施形態に種々の変更を加えたものを含む。すなわち、上述した実施形態の構成はほんの一例に過ぎず、適宜変更が可能である。