特許第6429401号(P6429401)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6429401変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6429401
(24)【登録日】2018年11月9日
(45)【発行日】2018年11月28日
(54)【発明の名称】変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/192 20060101AFI20181119BHJP
   A61P 19/08 20060101ALI20181119BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20181119BHJP
【FI】
   A61K31/192
   A61P19/08
   A61P43/00 105
【請求項の数】5
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-173863(P2016-173863)
(22)【出願日】2016年9月6日
(65)【公開番号】特開2018-39748(P2018-39748A)
(43)【公開日】2018年3月15日
【審査請求日】2017年7月20日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、難治性疾患実用化研究事業「診療ガイドライン策定を目指した骨系統疾患の診療ネットワークの構築」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】大薗 惠一
(72)【発明者】
【氏名】武鑓 真司
(72)【発明者】
【氏名】窪田 拓生
【審査官】 高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】 Biochemical and Biophysical Research Communications,2016年 1月,Vol.469,p.437-442
【文献】 Bone,2014年,Vol.60,p.246-251
【文献】 Expert Opinion on Orphan Drugs,2015年,Vol.3, No.2,p.165-181
【文献】 Human Molecular Genetics,2014年,Vol.23, No.2,p.283-292
【文献】 Stem Cells,2012年,Vol.30,p.1465-1476
【文献】 Journal of Periodontal Research,2015年,Vol.50,p.500-508
【文献】 Drugs R D,2011年,Vol.11, No.3,p.227-249
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/192
A61P 19/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化剤であって、4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする剤。
【請求項2】
4−フェニル酪酸の薬学的に許容される塩が4−フェニル酪酸ナトリウムである請求項1に記載の剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の剤を含有する、I型コラーゲンの3重らせん構造を構成している部位に存在するグリシンが別のアミノ酸に置換された変異を有する骨形成不全症の治療用医薬。
【請求項4】
前記グリシンがI型コラーゲンのα1鎖のグリシンである請求項3に記載の医薬。
【請求項5】
前記グリシンがI型コラーゲンのα1鎖の821番目のグリシンである請求項3に記載の医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化剤およびそれを含有する医薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
骨形成不全症(Osteogenesis Imperfecta: OI)は主に骨の構成要素であるI型コラーゲンの変異によって易骨折性を示す疾患である。正常のI型コラーゲンはCOL1A1遺伝子によって翻訳されるα1鎖2本と、COL1A2遺伝子によって翻訳されるα2鎖1本がらせん構造をとることで形成される。骨形成不全症には、これらCOL1A1遺伝子やCOL1A2遺伝子に変異があり、いびつならせん構造を持つI型コラーゲンが産生されるタイプ(質的異常)と、ナンセンス変異によってI型コラーゲンの数が減るタイプ(量的異常)の存在が知られている。質的異常のタイプでは正常ならせん構造を構築できないため、タンパク質の翻訳の場である小胞体からのI型コラーゲンの分泌遅延をきたす。小胞体からの分泌遅延のために、小胞体内で翻訳後修飾が過剰に起こり、I型コラーゲンは糖鎖の過修飾を受ける。また、小胞体からの分泌遅延は小胞体内容量を増加させる。現在、このような正常ならせん構造を構築できないI型コラーゲンや糖鎖の過修飾を受けているI型コラーゲンが骨形成不全症の主な原因と考えられており、これらが質の悪い骨を形成することで骨折しやすい、もろい骨が形成されると考えられている。
【0003】
正しい高次構造をとっていない不良タンパク質が小胞体に蓄積すると小胞体ストレスという状態が生じることが知られている。このようなバランスの乱れた状態(小胞体ストレス)を感知した細胞は、恒常性を維持するために新たなタンパク質の翻訳を抑制し、不良タンパク質を正しい高次構造に折り畳み、正しい高次構造に折り畳むことができない不良タンパク質を分解するといった反応を行うことも知られている。このような小胞体ストレス状態を感知して恒常性を維持するための反応は、纏めてUPR(unfolded protein response)と呼ばれている。
【0004】
最近、Mirigianらは、プロコラーゲンα2鎖にGly610Cysのアミノ酸置換変異を有する骨形成不全症モデルマウスを用いた実験において、いびつならせん構造を持つI型コラーゲンは小胞体に蓄積して小胞体を拡張させるが、UPRの指標となる免疫グロブリン結合タンパク質のアップレギュレーション、および小胞体過負荷(ER overload)の指標となるNFκBの活性化が認められなかったことを報告した(非特許文献1)。つまり、骨形成不全症の原因となるいびつならせん構造を持つI型コラーゲンの小胞体への蓄積は、従来知られている小胞体ストレス状態や小胞体過負荷状態ではなく、これらと異なる細胞ストレス状態を生じさせることが示された。
【0005】
現在、骨形成不全症に対して使用されている治療薬は骨折リスクを下げる目的で投与されるビスフォスフォネート製剤のみである。この治療法は骨形成不全症の骨質の悪さを改善するものでなく、骨の量を増やして骨を補強するようなもので、骨折しなくなるわけではない。骨形成不全症に対する根本的治療薬は現在存在しない。
【0006】
ケミカルシャペロンは、タンパク質高次構造の形成や安定化にかかわる低分子化合物であり、4−フェニル酪酸(PBA)、トリメチルアミン−N−オキシド(TMAO)、タウロウルソデオキシコール酸(TUDCA)、ベタイン、タウリン、サルコシン、ルテインなどが知られている。4−フェニル酪酸ナトリウムは、尿素サイクル異常症の治療薬として認可され、臨床使用されている。また、4−フェニル酪酸ナトリウムは小胞体シャペロンとして機能することにより小胞体ストレスを軽減する作用を有することが知られている。例えば非特許文献2には、4−フェニル酪酸ナトリウムが、in vitroでシャペロンとして作用することおよびヒトの神経芽細胞腫SK−N−MC細胞において、小胞体ストレスを軽減させたことが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Mirigian LS et al., J Bone Miner Res. 2016 Aug;31(8):1608-16. doi: 10.1002/jbmr.2824. Epub 2016 Apr 13.
【非特許文献2】Kubota K et al., Journal of Neurochemistry, 2006, 97, 1259-1268. DOI: 10.1111/j.1471-4159.2006.03782.x
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積を正常化する作用を有する物質を見出し、骨形成不全症等のI型コラーゲンの変異に起因する疾患の治療に有用な医薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するために以下の各発明を包含する。
[1]変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化剤であって、4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする剤。
[2]4−フェニル酪酸の薬学的に許容される塩が4−フェニル酪酸ナトリウムである前記[1]に記載の剤。
[3]前記[1]または[2]に記載の剤を含有する、I型コラーゲンの変異に起因する疾患の治療用医薬。
[4]I型コラーゲンの変異に起因する疾患が、骨形成不全症、カフィー病またはエーラス・ダンロス症候群である前記[3]に記載の医薬。
[5]小胞体内I型コラーゲン過剰蓄積を伴う疾患が、骨形成不全症である前記[3]に記載の医薬。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化剤を提供することができる。また、本発明により、骨形成不全症等のI型コラーゲンの変異に起因する疾患の治療に有用な医薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】COL1A1遺伝子にミスセンス変異を有する骨形成不全症患者の皮膚線維芽細胞におけるI型コラーゲンの小胞体内蓄積量と、それに対するケミカルシャペロンの効果を、正常皮膚線維芽細胞と比較した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化剤を提供する。
【0013】
4−フェニル酪酸(4-Phenylbutyric acid、化学式:C6H5(CH2)3COOH、CAS番号:1821-12-1)は、例えば、Sigma-Aldrich(製品番号:P21005)、メルク(カタログ番号:820986)などから市販品を購入して使用することができる。また、4−フェニル酪酸は公知の方法で合成することができる。
【0014】
本発明において、薬学的に許容される塩は、4−フェニル酪酸の効能を維持し、かつ人体に対して悪影響を与えない限り特に限定されない。4−フェニル酪酸の薬学的に許容される塩は、4−フェニル酪酸を適切なカチオンを用いて処理することにより得ることができる。4−フェニル酪酸の薬学的に許容される塩としては、例えば、アルミニウム、カルシウム、リチウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、亜鉛などの金属カチオンと共に形成されたもの、ベンザチン、クロロプロカイン、コリン、ジエタノールアミン、エチレンジアミン、メグルミン、プロカインなどの有機カチオンと共に形成されたものが挙げられる。
【0015】
本発明の小胞体内過剰蓄積正常化剤の有効成分として、4−フェニル酪酸ナトリウムを用いることが好ましい。4−フェニル酪酸ナトリウム(Sodium 4-phenylbutyrate、化学式:C6H5(CH2)3COONa、CAS番号:1716-12-7)は、尿素サイクル異常症の治療薬として認可され、臨床使用されている(商品名:ブフェニール)。本発明の小胞体内過剰蓄積正常化剤には、当該尿素サイクル異常症の治療用医薬品として販売されている4−フェニル酪酸ナトリウムを好適に用いることができる。また、市販品を購入して使用することができる。公知の方法で合成した4−フェニル酪酸ナトリウムを使用してもよい。
【0016】
I型コラーゲンは2本のα1鎖と1本のα2鎖から構成され、3重らせん構造をとっている。変異を有するI型コラーゲンは、α1鎖をコードするCOL1A1遺伝子およびα2鎖をコードするCOL1A2遺伝子の少なくとも一方に変異を有するものであればよいが、タンパク質レベルでの変異を有することが好ましい。タンパク質レベルでの変異としては、ミスセンス変異(アミノ酸置換変異)、アミノ酸欠失変異、アミノ酸挿入変異、アミノ酸重複変異、フレームシフト変異などが挙げられる。このようなタンパク質レベルでの変異を有するI型コラーゲンは、正常ならせん構造を構築できないため小胞体内に蓄積すると考えられる。I型コラーゲンが変異を有することは、本発明の小胞体内過剰蓄積正常化剤を適用しようとする対象のCOL1A1遺伝子またはCOL1A2遺伝子の塩基配列を公知の方法で分析することにより、確認することができる。
【0017】
I型コラーゲンは主にグリシン−X−Y(X、Yは別のアミノ酸)の3つのアミノ酸の繰り返しで構成されている。グリシンはコラーゲンの3重らせん構造の中心部にあり、構造の維持に重要な役割を果たしていると考えられている。それゆえ、グリシンが別のアミノ酸に置換されると正常ならせん構造を維持できず、コラーゲンの強度が弱まると考えられる。そして、グリシンが別のアミノ酸に置換されたI型コラーゲンは、らせん構造がいびつになるため小胞体内に蓄積すると考えられる。したがって、変異を有するI型コラーゲンは、α1鎖およびα2鎖の少なくとも一方の鎖に、グリシンが別のアミノ酸に置換された変異を有するものであることが好ましい。
【0018】
変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積とは、正常なI型コラーゲン発現細胞(例えば、健常人の皮膚線維芽細胞、骨芽細胞等)における小胞体内のI型コラーゲンの蓄積量(存在量)と比較して、変異を有するI型コラーゲン発現細胞(例えば、骨形成不全症患者の皮膚線維芽細胞、骨芽細胞等)のI型コラーゲンの蓄積量(存在量)が増加している状態を意味する。また、変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化とは、小胞体内に過剰蓄積している変異I型コラーゲンの量を減少させて、正常なI型コラーゲン発現細胞の小胞体内I型コラーゲン量に近づけることを意味する。小胞体内のI型コラーゲン量は、例えば実施例1に記載のように、I型コラーゲン発現細胞の標本を作製し、抗I型コラーゲン抗体と小胞体マーカーに対する抗体を用いて蛍光免疫染色を行い、小胞体マーカーと共局在を示すI型コラーゲンの蛍光強度を測定することにより確認することができる。
【0019】
本発明の小胞体内過剰蓄積正常化剤は、I型コラーゲンの変異に起因する疾患を治療するための医薬として実施することができる。すなわち、本発明は、上記本発明の小胞体内過剰蓄積正常化剤を含有する、I型コラーゲンの変異に起因する疾患の治療用医薬を提供する。換言すれば、本発明は、4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、I型コラーゲンの変異に起因する疾患の治療用医薬を提供する。
【0020】
I型コラーゲンの変異に起因する疾患としては、骨形成不全症(Osteogenesis Imperfecta: OI)、カフィー病(Caffey disease)、エーラス・ダンロス症候群(Ehlers-Danlos syndrome: EDS)などが挙げられる。骨形成不全症は、全身の骨脆弱性による易骨折性や進行性の骨変形に加え、様々な程度の結合組織症状を示す先天性疾患である。骨形成不全症の90%以上の症例は、I型コラーゲンの遺伝子変異が原因である。カフィー病は小児性皮質性骨増殖とも称される。カフィー病は、I型コラーゲンのα1鎖のアミノ酸置換を原因とする軟組織の急性炎症およびその下層の骨皮質の局所的肥厚を特徴とする乳児性骨障害であり、多くは自然治癒性である。エーラス・ダンロス症候群は、皮膚、関節の過伸展性、各種組織の脆弱性を特徴とする遺伝性結合組織疾患である。エーラス・ダンロス症候群はいくつかの病型に分類されるが、その中の多発関節弛緩型の原因遺伝子はI型コラーゲン遺伝子(COL1A1、COL1A2)である。
【0021】
本発明の医薬は、4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩を有効成分とし、医薬製剤の製造法として公知の方法(例えば、日本薬局方に記載の方法等)に従って、薬学的に許容される担体または添加剤を適宜配合して製剤化することができる。具体的には、例えば錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠、舌下錠、口腔内崩壊錠、バッカル錠等を含む)、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤、マイクロカプセル剤を含む)、トローチ剤、シロップ剤、液剤、乳剤、懸濁剤、放出制御製剤(例えば速放性製剤、徐放性製剤、徐放性マイクロカプセル剤等)、エアゾール剤、フィルム剤(例えば口腔内崩壊フィルム、口腔粘膜貼付フィルム等)、注射剤(例えば皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤等)、点滴剤、経皮吸収型製剤、軟膏剤、ローション剤、貼付剤、坐剤(例えば肛門坐剤、膣坐剤等)、ペレット、経鼻剤、経肺剤(吸入剤)、点眼剤等の経口剤または非経口剤が挙げられる。担体または添加剤の配合割合については、医薬分野において通常採用されている範囲に基づいて適宜設定することができる。配合できる担体または添加剤は特に制限されないが、例えば水、生理食塩水、その他の水性溶媒、水性または油性基剤等の各種担体;賦形剤、結合剤、pH調整剤、崩壊剤、吸収促進剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、香料等の各種添加剤が挙げられる。
【0022】
錠剤、カプセル剤などに混和することができる添加剤としては、例えばゼラチン、コーンスターチ、トラガント、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸などのような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖またはサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油またはチェリーのような香味剤などが用いられる。調剤単位形態がカプセルである場合には、上記タイプの材料にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。注射のための無菌組成物は通常の製剤化手順(例えば有効成分を注射用水、天然植物油等の溶媒に溶解または懸濁させる等)に従って調製することができる。注射用の水性液としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えばD−ソルビトール、D−マンニトール、塩化ナトリウムなど)などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール(エタノール等)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン性界面活性剤(ポリソルベート80、HCO−50等)などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤である安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどと併用してもよい。また、緩衝剤(例えばリン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等)、無痛化剤(例えば塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカイン等)、安定剤(例えばヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール等)、保存剤(例えばベンジルアルコール、フェノール等)、酸化防止剤などと配合してもよい。
【0023】
本発明の医薬は、剤型、投与方法、担体等により異なるが、有効成分を製剤全量に対して通常0.01〜100%(w/w)、好ましくは0.1〜95%(w/w)の割合で添加することができる。
【0024】
本発明の医薬の有効成分である4−フェニル酪酸ナトリウムは、尿素サイクル異常症の治療薬としてヒトへの投与実績があることから、ヒトや他の哺乳動物(例えば、ラット、マウス、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して安全に投与することができる。
【0025】
本発明の医薬の投与量は、投与対象、症状、投与ルートなどにより差異はあるが、経口投与の場合、一般的に例えば、体重約60kgのヒトにおいては、1日当たり約0.01mg〜20g、好ましくは約0.1mg〜15g、より好ましくは約0.5mg〜10gである。非経口投与の合は、その1回投与量は患者の状態、症状、投与方法などによっても異なるが、例えば注射剤では、通常体重1kg当たり約0.01〜500mg、好ましくは約0.01〜300mg、より好ましくは約0.01〜200mgである。1日当たりの総投与量は、単一投与量であっても分割投与量であってもよい。
【0026】
本発明の医薬は、他の薬剤と併用して用いることができる。他の薬剤としては、例えば骨形成不全症に対して骨折リスクを下げる目的で投与されるビスフォスフォネート製剤などが挙げられる。
【0027】
本発明には、以下の各発明も含まれる。
変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積を正常化する方法であって、哺乳動物に対して4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩を投与することを特徴とする方法。
変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化に使用するための4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩。
変異を有するI型コラーゲンの小胞体内過剰蓄積正常化剤を製造するための4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩の使用。
哺乳動物に対して4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩を投与することを特徴とするI型コラーゲンの変異に起因する疾患の治療方法。
I型コラーゲンの変異に起因する疾患の治療に使用するための4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩。
I型コラーゲンの変異に起因する疾患の治療用医薬を製造するための4−フェニル酪酸またはその薬学的に許容される塩の使用。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0029】
〔実施例1:変異を有するI型コラーゲンの小胞体内蓄積に対するケミカルシャペロンの効果〕
1.材料と方法
(1)細胞
骨形成不全症患者(COL1A1遺伝子にc.2461G>A (p.G821S)の変異を有する)から手術の際に採取した皮膚線維芽細胞を使用した。正常細胞として、初代ヒト皮膚線維芽細胞新生児(Human Dermal Fibroblasts, neonatal, Gibco, Cat.# C0045C)を用いた。継代数5〜6の細胞を用いて実験を行った。これらの細胞を96ウェルプレートに6〜8×10個/ウェルで播種し、通常の皮膚線維芽細胞の培養液であるDMEM(Wako)、10%FBS(Equitech Bio)、0.5%ペニシリン−ストレプトマイシン(Gibco)に、ケミカルシャペロンを添加するウェル、添加しないウェルを設けて2日間培養した。
【0030】
(2)ケミカルシャペロン
ケミカルシャペロンとして、4−フェニル酪酸ナトリウム(Sigma-Aldrich, Cat.# SML0309, 以下「4PBA」と略記する)およびトリメチルアミン−N−オキシド二水和物(Sigma-Aldrich, Cat.# 317594, 以下「TMAO」と略記する)を用いた。4PBAは5mM、1mMおよび0.2mMの各濃度で培地に添加し、TMAOは100mM、50mMおよび5mMの各濃度で培地に添加した。
【0031】
(3)小胞体内I型コラーゲンの定量
小胞体内のI型コラーゲンの蓄積を定量化するために蛍光免疫染色を行った。I型コラーゲンに対する一次抗体として抗I型コラーゲン抗体(Abcam, Cat.# ab34710)を用い、小胞体マーカーに対する一次抗体として抗PDI(protein disulfide isomerase)モノクローナル抗体(Enzo, Cat.# ADI-SPA-891)を用いた。二次抗体としてAnti−Rabbit IgG(Jackson Immunoresearch; 711-485-152)およびAnti−Mouse IgG(Jackson Immunoresearch; 715-505-151)を用いた。
細胞を2日間培養した後に、4%パラホルムアルデヒドで10分間、続いて冷メタノールで1分間インキュベートして細胞を固定し、ブロッキングバッファー(PBS, 1% BSA, 10% FBS, 0.3 M glycine, 0.1% Tween 20)を添加して1時間室温でインキュベートした。その後、抗コラーゲンI型抗体および抗PDIクローナル抗体を、ブロッキングバッファーでそれぞれ1:100および1:200に希釈した一次抗体溶液で、一晩4℃でインキュベートした。続いて各二次抗体をブロッキングバッファーでそれぞれ1:500に希釈した二次抗体溶液で、1時間室温でインキュベートした。
【0032】
(4)蛍光強度の測定
蛍光染色した細胞を、In Cell Analyzer 6000(GE Healthcare)で撮影し、In Cell Developer Toolbox(GE Healthcare)を用いて小胞体マーカーと共局在を示すI型コラーゲンの蛍光強度を測定した。
【0033】
2.結果
結果を図1に示した。小胞体内I型コラーゲンの蓄積量は、正常細胞(normal)のケミカルシャペロン非添加群のI型コラーゲンの蛍光強度を1とし、各群のI型コラーゲンの蛍光強度の相対値で示した。骨形成不全症患者細胞(OI)のケミカルシャペロン非添加群では、正常細胞の1.6倍を超えるI型コラーゲンが小胞体内に蓄積していた。4PBAを添加した骨形成不全症患者細胞では、濃度依存的にI型コラーゲンの小胞体内蓄積量を減少させ、5mM群では正常細胞と同レベルにまで減少した。また、4PBAの正常細胞に対する影響は少なかった。一方、骨形成不全症患者細胞にTMAOを添加した群でも50mMおよび5mMの濃度において、I型コラーゲンの小胞体内蓄積量の減少が認められたが、4PBAのように顕著な効果は認められなかった。この結果は、骨形成不全症患者細胞における小胞体内I型コラーゲン蓄積量の減少(正常化)は、単にケミカルシャペロンによる高次構造の修復のみでは十分でなく、4PBAによる何らかの別の作用が寄与しているものと考えられる。
【0034】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
図1