特許第6434573号(P6434573)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6434573環境汚染物質を低減させた高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸エチルエステル及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6434573
(24)【登録日】2018年11月16日
(45)【発行日】2018年12月5日
(54)【発明の名称】環境汚染物質を低減させた高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸エチルエステル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/232 20060101AFI20181126BHJP
   A61K 31/202 20060101ALI20181126BHJP
   A61K 35/60 20060101ALI20181126BHJP
   A61P 3/02 20060101ALI20181126BHJP
   A23L 33/12 20160101ALI20181126BHJP
【FI】
   A61K31/232
   A61K31/202
   A61K35/60
   A61P3/02
   A23L33/12
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-130947(P2017-130947)
(22)【出願日】2017年7月4日
(62)【分割の表示】特願2014-114769(P2014-114769)の分割
【原出願日】2013年5月14日
(65)【公開番号】特開2017-190335(P2017-190335A)
(43)【公開日】2017年10月19日
【審査請求日】2017年7月4日
(31)【優先権主張番号】特願2012-110809(P2012-110809)
(32)【優先日】2012年5月14日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】日本水産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100122644
【弁理士】
【氏名又は名称】寺地 拓己
(74)【代理人】
【識別番号】100188374
【弁理士】
【氏名又は名称】一宮 維幸
(72)【発明者】
【氏名】土居崎 信滋
(72)【発明者】
【氏名】秦 和彦
(72)【発明者】
【氏名】常盤 真司
(72)【発明者】
【氏名】松島 一倫
【審査官】 石井 徹
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/080503(WO,A1)
【文献】 特表平09−510091(JP,A)
【文献】 特表2005−532460(JP,A)
【文献】 山村 隆治、下村 泰志,高度不飽和脂肪酸の高度精製技術,日本油化学会誌,1998年,47(5),p.449-456
【文献】 Sprague, Matthew; Bendiksen, Eldar A.; Dick, James R.; Strachan, Fiona;,Effects of decontaminated fish oil or a fish and vegetable oil blend on persistent organic pollutant,British Journal of Nutrition,2010年,103(10),1442-1451
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
A23L 33/12
A61K 31/202
A61K 31/232
A23D 7/00−9/06
C11B
C11C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する油脂を原料油とする高度不飽和脂肪酸を含む脂肪酸組成物又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステルを含む脂肪酸エチルエステル組成物であって、含まれるダイオキシン類のうち、ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン(PCDD)及びポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)の含有量が0.05pg-TEQ/g未満、コプラナーPCB(Co-PCB)が0.03pg-TEQ/g未満である、医薬品、サプリメント又は食品のための、前記組成物。
【請求項2】
さらに、含まれる臭素化難燃剤の含有量が2,2',4,4'-テトラブロモジフェニルエーテル(BDE-47の量が0.18ng/g未満、2,2',4,4',6-ペンタブロモジフェニルエーテル(BDE-100の量が0.03ng/g未満、2,2',4,5'-テトラブロモジフェニルエーテル(BDE-49の量が0.05ng/g未満、又は、2,2',4,4',5-ペンタブロモジフェニルエーテル(BDE-99の量が0.05ng/g未満である請求項1の組成物。
【請求項3】
ガスクロマトグラフィーにより分析した際のピーク面積に基づき、前記脂肪酸組成物の脂肪酸中、又は前記脂肪酸エチルエステル組成物のエチルエステルを構成する脂肪酸中に占める高度不飽和脂肪酸の濃度が80面積%以上、85面積%以上、90面積%以上、95面積%以上、又は96面積%以上である、請求項1又は2の組成物。
【請求項4】
高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する油脂が魚油、オキアミ油、海洋哺乳類油又は微生物油である請求項1ないし3いずれかの組成物。
【請求項5】
高度不飽和脂肪酸がエイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、ドコサペンタエン酸、ジホモ−γ−リノレン酸、アラキドン酸のいずれか、又はこれらの組み合わせである請求項1ないし4いずれかの組成物。
【請求項6】
請求項1ないし5いずれかの組成物を有効成分として含有する医薬品、サプリメント又は食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高度不飽和脂肪酸を含有する油脂を原料として製造する高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸エチルエステルの製造において、油脂に含まれる環境汚染物質、特にダイオキシン類、臭素化難燃剤等の量を低減するための方法に関する。さらに本発明は、該方法に従って調製された油脂を原料とする食品、サプリメント、医薬品、化粧品および飼料に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイオキシン類に代表される環境汚染物質は、今日、地球上のほとんどどこでも見出される。また、汚染された海域に生息する魚類にも影響があることが知られている。微量であれば健康に直接影響はないと考えられるが、それでも、食品や飼料としてヒトが摂取する成分に含まれる環境汚染物質の量は少ないことが望まれる。
【0003】
海産物油、例えば魚油中にはEPA(エイコサペンタエン酸、C20:5,n−3、全−シス−5,8,11,14,17−エイコサペンタエン酸)およびDHA(ドコサヘキサエン酸、C22:6,n−3、全−シス−4,7,10,13,16,19−ドコサヘキサエン酸)などの高度不飽和脂肪酸が含まれている。EPA、DHAは種々の生理機能が知られており、医薬品、健康食品、食品、飼料などの成分として利用されている。海産物油中のEPA及び/又はDHAを利用するために、種々の精製工程が施される。
【0004】
非特許文献1には、分子蒸留により魚油から殺虫剤DDTおよびその代謝物を除去することが記載されている。非特許文献2には、真空ストリッピングまたは薄膜蒸留を用いて、脂肪または油から塩素化炭化水素および遊離脂肪酸を除去し得るということが記載されている。非特許文献3には、油組成物から遊離脂肪酸などの望ましくない物質の除去のために物理的精製および分子蒸留を使用することが記載されている。
特許文献1、非特許文献4には、油脂中の環境汚染物質を低減させるための方法であって:揮発性作業流体を該混合物に添加する過程、および該混合物が添加された該揮発性作業流体とともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付される過程を含む方法が記載されている。
非特許文献5には、魚油を高温で脱臭すると高度不飽和脂肪酸が熱分解することが記載されている。
非特許文献6には、短行程蒸留方式で魚油からダイオキシンや遊離脂肪酸、コレステロールを除去し、エチルエステルの原料とすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3905538号(WO2004/007654)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K. Julshamn, L. Karlsen and O.R. Braekkan, Removal of DDT and its metabolites from fish oils by molecular distillation, Fiskeridirektoratets skrifter; Serie teknologiske undersokelser, Vol. 5 No. 15 (1973)
【非特許文献2】Anthony P. Bimbo: Guidelines for characterization of food-grade fish oil. INFORM 9 (5), 473-483 (1998)
【非特許文献3】Jiri Cmolik, Jan Pokorny: Physical refining of edible oils, Eur. J. Lipid Sci. Technol. 102 (7), 472-486 (2000)
【非特許文献4】Harald Breivik, Olav Thorstad: Removal of organic environmental pollutants from fish oil by short-path distillation, Lipid Technology, 17 (3), 55-58 (2005)
【非特許文献5】Veronique Fournier, et al.; Thermal degradation of long-chain polyunsaturated fatty acids during deodorization of fish oil., Eur. J. Lipid Sci. Technol., 108, 33-42 (2006)
【非特許文献6】油脂, 62(11), 38-39, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する油脂からエチルエステルを製造する際に、油脂に含まれる環境汚染物質、特にダイオキシン類及び臭素化難燃剤を低減させる方法およびダイオキシン類及び臭素化難燃剤の含有量の少ないエチルエステルを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、酸化、異性化など変性しやすい高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する油脂の精製において、分子蒸留又は短行程蒸留を一定の条件で行うことにより、高度不飽和脂肪酸の変性を抑えながら、環境汚染物質を非常に低濃度に低減できることを見出し完成させたものである。この方法により、油脂中の環境汚染物質量を、ダイオキシン類の総含有量を毒性等量0.2pg-TEQ/g未満に低減することができる。さらにそれを原料とし、エチルエステルを得る。このエチルエステルを蒸留及びカラムクロマトグラフィ処理することにより、エチルエステル中のダイオキシン類をさらに低下することができる。
本発明は、下記の高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステル及びその製造方法、及びそれらを含有する飼料、食品、医薬品等を要旨とする。
【0009】
(1)高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する油脂を原料油として製造され、環境汚染物質の含有量が低減された、高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステルであって、含まれるダイオキシン類のうち、ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン(PCDD)及びポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)の含有量が0.05pg-TEQ/g未満、コプラナーPCB(Co-PCB)が0.03pg-TEQ/g未満である、高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステル。
(2)さらに、含まれる臭素化難燃剤の含有量がBDE-47の量が0.18ng/g未満、BDE-100の量が0.03ng/g未満、BDE-49の量が0.05ng/g未満、又は、BDE-99の量が0.05ng/g未満に低減されている(1)の高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステル。
(3)脂肪酸中に占める高度不飽和脂肪酸の濃度が80面積%以上、85面積%以上、90面積%以上、95面積%以上、又は96面積%以上である、(1)又は(2)の高度不飽和脂肪酸のエチルエステル。
(4)高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する油脂が魚油、オキアミ油、海洋哺乳類油又は微生物油である(1)ないし(3)いずれかの高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステル。
(5)高度不飽和脂肪酸がエイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、ドコサペンタエン酸、ジホモ−γ−リノレン酸、アラキドン酸のいずれか、又はこれらの組み合わせである(1)ないし(4)いずれかの高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステル。
(6)(1)ないし(5)いずれかの高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステルを有効成分として含有する医薬品、サプリメント又は食品。
【0010】
(7)a) 高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する原料油から、薄膜蒸留により遊離脂肪酸及び環境汚染物質を除去し、
b) 得られた高度不飽和脂肪酸含有油脂を加水分解又はエチルエステル化し、
c) 精留及びカラムクロマトグラフィにより精製することにより、
ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン(PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)及びコプラナーPCB(Co-PCB)の含有量を低減させた高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステルを製造する方法。
(8)さらに、臭素化難燃剤の含有量も低下させる(7)の方法。
(9)高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステルの脂肪酸中に占める高度不飽和脂肪酸の濃度が80面積%以上、85面積%以上、90面積%以上、95面積%以上、又は96面積%以上である、(7)又は(8)の方法。
(10)高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する原料油が魚油、オキアミ油、海洋哺乳類油又は微生物油である(7)ないし(9)いずれかの方法。
(11)前記薄膜蒸留が、200〜270℃、220〜260℃、又は220〜250℃の温度で実行される、(7)ないし(10)いずれかの方法。
(12)前記薄膜蒸留が、5Pa以下、2Pa以下、又は1Pa以下の圧力で実行される、(7)ないし(11)いずれかの方法。
(13)前記薄膜蒸留が、流速20〜200(kg/h)/m2、又は25〜120(kg/h)/m2で実行される、(7)ないし(12)いずれかの方法。
(14)前期薄膜蒸留が分子蒸留又は短行程蒸留である(7)ないし(13)いずれかの方法。
(15)精留が、3塔以上の蒸留塔にて行うものである(7)ないし(14)のいずれかの方法。
(16)カラムクロマトグラフィによる精製が、逆相分配系のカラムクロマトグラフィを用いるものである(7)ないし(15)のいずれかの方法。
【0011】
(17)(7)ないし(16)いずれかの方法により製造された、ダイオキシン類の含有量が0.07pg-TEQ/g、又は0.05 pg-TEQ/g未満である、高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステル。
(18)さらに、含まれる臭素化難燃剤の含有量が、BDE-47の量が0.18ng/g未満、BDE-100の量が0.03ng/g未満、BDE-49の量が0.05ng/g未満、又は、BDE-99の量が0.05ng/g未満に低減されている(17)の高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステル。
(19)脂肪酸中に占める高度不飽和脂肪酸の濃度が80面積%以上、85面積%以上、90面積%以上、95面積%以上、又は96面積%以上である(17)又は(18)の高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステル。
(20)(21)ないし(23)いずれかの高度不飽和脂肪酸又は高度不飽和脂肪酸のエチルエステルを含有する医薬品、サプリメント、又は食品。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法は高温、高真空、短時間の蒸留により脂肪酸中の高度不飽和脂肪酸含有率に影響を及ぼすことなく、魚油等に含まれる環境汚染物質特にダイオキシン類を非常に低レベルに低下させることができるので、ダイオキシン類による汚染について心配する必要のない魚油等を原料とする飼料、食品、サプリメント、医薬品等の各種製品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明において、高度不飽和脂肪酸とは、炭素数18以上、二重結合数3以上の脂肪酸であり、より好ましくは炭素数20以上、二重結合数3以上又は4以上の脂肪酸、特に好ましくは炭素数20以上、二重結合数5以上の脂肪酸である。具体的にはα‐リノレン酸(18:3,n‐3)、γ‐リノレン酸(18:3,n‐6)、ジホモ−γ−リノレン酸(20:3、n−6)、アラキドン酸(20:4,n‐6)、エイコサペンタエン酸(20:5,n‐3)、ドコサペンタエン酸(22:5,n‐6)、ドコサヘキサエン酸(22:6,n‐3)などが例示される。
これらはある種の微生物油、植物油や海産動物油などに多く含まれることが知られている。具体的には、イワシ油、マグロ油、カツオ油、メンヘイデン油、タラ肝油、ニシン油、カペリン油、およびサーモン油などの魚油やオキアミなどの甲殻類の海産動物油、エゴマ、アマ、大豆、菜種などの植物油、モルティエレラ(Mortierella)属、ペニシリューム(Penicillium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、フザリューム(Fusarium)属に属する微生物が産生する油脂などが例示される。
本発明の方法は、特にダイオキシン類による汚染が懸念される海産物由来の油脂、例えば、魚油、オキアミ油、又は海洋哺乳類油に適する。
本明細書において高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する油脂とはトリグリセリド、又はリン脂質を意味する。
これらの油脂を本発明の原料油として用いる場合、分子蒸留又は短行程蒸留に付す前に、前処理をしてもよい。このような前処理としては、脱ガム工程、活性白土や活性炭を用いた脱色工程、水洗工程などが例示される。
【0014】
本発明において、環境汚染物質とは、ポリ塩素化ビフェニル(PCB)、DDT、ポリ塩素化トリフェニル(PCT)、ジベンゾ−ダイオキシン(PCDD)およびジベンゾ−フラン(PCDF)、クロロフェノールおよびヘキサクロロシクロヘキサン(HCH)、トキサフェン、ダイオキシン、臭素化難燃剤、ポリ芳香族炭化水素(PAH)、有機スズ化合物(例えばトリブチルスズ、トリフェニルスズ)有機水銀化合物(例えばメチル水銀)などを含む。これらが除去された程度の目安としては、除去しにくく、どこにでも存在する代表的なものとして、ダイオキシン類の合計量を毒性等量(pg-TEQ/g)の単位で表示した。
本発明においてダイオキシン類とは、表1に示した、ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン(PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)及びコプラナーPCB(Co-PCB)の合計を意味し、各成分の含有量を測定し、それぞれの実測値に毒性等量をかけて合計したて算出した毒性等量(pg-TEQ/g)で表した。
また、臭素化難燃剤についても測定した。臭素化難燃剤とは、表9に示すような化合物の総称である。環境中のダイオキシン類の汚染が低下し始めているのに対し、臭素化難燃剤についてはまだ増加傾向が見られており、注目すべき物質である。魚油中に比較的多く含まれるBDE-100、BDE-49、BDE-99、BDE-47などを指標とすることができる。
【0015】
【表1】
【0016】
本発明において、ダイオキシン類の除去は薄膜蒸留で行う。薄膜蒸留の中でも分子蒸留(Molecular Distillation)又は短行程蒸留(SPD:Short Path Distillation)が好ましい。薄膜蒸留のうち、高真空(<0.1Pa)下の一定圧力において加熱面から蒸発したベーパー分子の平均自由行程よりも短い距離内に凝縮器を配置させて行われる蒸留を分子蒸留と呼ばれる。分子蒸留の蒸留能力を高めるために開発されたのが、短行程蒸留である。短行程蒸留は、0.1Paより高い中真空領域の圧力で行われ、凝縮器も蒸発分子の平均自由行程と等距離前後に配置されるため、分子蒸留と比べ蒸留能力が格段に改善され実用的な方法である。
分子蒸留又は短行程蒸留は、被蒸留物が高温にさらされる時間が非常に短いので、熱に弱いEPA,DHA等を含有するトリグリセリドから不要成分を除去するのに適している。
【0017】
本発明の分子蒸留又は短行程蒸留は、200〜270℃、好ましくは220〜260℃、特に好ましくは、220〜250℃の温度で実行される。また、圧力は5Pa、好ましくは2Pa、さらに好ましくは1Paより低い圧力で実行される。また、流速は20〜200(kg/h)/m、好ましくは、25〜120(kg/h)/mで実行される薄膜法で行う。流量は少なすぎると生産性が低下するので、ダイオキシン類が除去されることを確認しながら、除去できる範囲で最大量流すのが好ましい。このような条件で蒸留を行えば、温度に弱い高度不飽和脂肪酸ではあるが、ほとんど品質の劣化を生じない。
このような条件で蒸留することにより、ダイオキシン類のうち、PCDD及びPCDFは測定限界未満、すなわち実質的に0にすることができた。ここで0とは例えば、表6検出限界の数値から計算すると0.043pg-TEQ/g未満であり、0.05pg-TEQ/g未満にすることができる。コプラナーPCBも0.2pg-TEQ/g未満、さらに0.1 pg-TEQ/g未満、0.05 pg-TEQ/g未満、0.02 pg-TEQ/g未満、0.01pg-TEQ/g未満まで低下させることができる。
また、臭素化難燃剤では、BDE-100、BDE-49、BDE-99、BDE-47などを指標とすると、これらを0.05μg/g未満、好ましくは0.03μg/g未満、さらに0.02μg/g未満に低下させることができる。
【0018】
本発明の方法の実施態様を以下に説明する。
原料油は水洗などの方法で脱ガム処理を施したものを用いるのが好ましい。水洗した原料油をそのまま上述の条件で分子蒸留又は短行程蒸留に付し、コレステロール、遊離脂肪酸、環境汚染物質などを留分として除去し、トリグリセリドを含む残留分を得る。この残留分はそのまま用いてもよいし、さらに活性炭、活性白土などによる脱色処理、水蒸気蒸留などによる脱臭処理をして用いることもできる。こうして製造した精製油脂は飼料、食品、サプリメントの成分として用いることができる。
【0019】
さらに上記の残留分を原料として用いて、ダイオキシン類の含有量が低減されたエチルエステルを製造することができる。
残留分にエチルアルコールと触媒又は酵素を加え、反応させ、トリグリセリドの構成脂肪酸とエチルアルコールのエステルを生成させる。エチルエステル化は公知のどのような方法を用いてもかまわない。
エチルエステル化した後、必要に応じてさらに精製してもよい。EPAエチルエステルやDHAエチルエステルの純度を高めるためには、さらに分子蒸留、精留、カラムクロマトグラフィなどの方法を用いることができる。具体的には、特開平5-222392(ファミリーパテントEP0610506)、特開平4-41457(ファミリーパテントEP0460917)、特開平6-33088等に記載の方法で精製することができる。
精留は高真空下で3塔以上の蒸留塔により行い、EPAエチルエステル及び/又はDHAエチルエステルを主留として、より揮発性の高い初留及びより揮発性の低い残留と分離することにより得ることができる。精留の条件としては、温度は150〜200℃、好ましくは160〜190℃、さらに好ましくは170〜190℃であり、圧力は1〜300Pa、好ましくは1〜200Pa、さらに好ましくは1〜133Paである。1〜133Paの真空度で、160〜190℃、好ましくは170〜190℃の主留を得るのが好ましい。
特に好ましいのは、精留後にカラムクロマトグラフィを行う方法である。本願発明者らは、精留によりEPAやDHAを濃縮すると、相対的にダイオキシン類の濃度が上昇するが、カラムクロマトグラフィを行うことにより、精留前のレベルよりも低下させることができることを見出した。カラムクロマトグラフィにはシリカゲル、イオン交換樹脂、活性白土、硝酸銀などを用いることができるが、逆相分配系のカラムクロマトグラフィが特に好ましい。逆相分配系を構成するように、たとえばアルキル基結合シリカ充填剤(ODSカラム等)等を用い、また、溶媒系としては、水、アルコール、ケトン類を用いることができる。好ましくはメタノールである。これらは単独、もしくは混合してもちいてもよい。
上述の精留、カラムクロマトグラフィを組み合わせることにより、高度不飽和脂肪酸を濃縮する一方で環境汚染物質の濃度を低下させることができる。高度不飽和脂肪酸、例えば、EPAエチルエステル及び/又はDHAエチルエステルの濃度を80面積%以上、85面積%以上、90面積%以上、95面積%以上さらに96面積%以上の純度に高め、かつ、ダイオキシン類のうち、PCDD及びPCDFは測定限界以下、すなわち、実質的に0(検出限界からの計算では0.043pg-TEQ/g未満)にすることができ、コプラナーPCBも0.1pg-TEQ/g未満、さらに0.03 pg-TEQ/g未満、0.01 pg-TEQ/g未満まで低下させることができる。あるいは、臭素化難燃剤では、BDE-47の量で0.18ng/g未満、BDE-100の量で0.03ng/g未満、BDE-49の量で0.05ng/g未満、又は、BDE-99の量で0.05ng/g未満に低下させることができる。BDE-100、BDE-49、BDE-99、BDE-47を0.05μg/g未満、好ましくは0.03μg/g未満、さらに0.02μg/g未満に低下させることができる。医薬品としては、EPAエチルエステル及び/又はDHAエチルエステルの濃度が96面積%以上の純度が好ましい。
これらのような高度不飽和脂肪酸の濃度が高く、環境汚染物質の濃度が低い遊離脂肪酸や脂肪酸エステルは、高度不飽和脂肪酸を有効成分とする医薬品やサプリメント原料に適する。
【0020】
医薬品および食品サプリメントなどに用いる場合、目的によって脂肪酸中のEPA及び/又はDHAの含量を濃縮する必要がある。その場合、リパーゼ反応により高度不飽和脂肪酸を選択的に濃縮する方法(WO2009/17102など)でグリセリド中の高度不飽和脂肪酸を濃縮することができる。そのような処理をしたグリセリドについても、本発明の方法を用いることによって、高度不飽和脂肪酸の濃度を高める一方、環境汚染物質を低減させることが可能である。
高度不飽和脂肪酸は上記の方法で製造した高度不飽和脂肪酸のエステルを加水分解して得ることができる。
【0021】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
ダイオキシン類、臭素化難燃剤の測定
本発明の実施例において、ダイオキシン類の測定は財団法人日本食品分析センターに依頼した。測定方法は、「食品のダイオキシン類の測定方法暫定ガイドライン(平成20年2月)」(平成11年衛食第138号、衛乳第200号)による。
臭素化難燃剤の測定は、食品等の分析会社であるeurofinsに依頼した。測定方法は高分解能質量分析法(HRGC/HRMS法)による。
【0022】
酸価(AV)の測定
本発明の実施例において、酸価(AV)の測定は基準油脂分析試験法(2003年度版)(社団法人日本油化学会編)に準じて行った。
【0023】
脂肪酸組成の測定
原料に用いた魚油及び短行程蒸留による処理をした後の油の脂肪酸組成は、魚油をエチルエステル化してガスクロマトグラフィーにて測定した。すなわち、魚油40μLに1Nナトリウムエチラート/エタノール溶液1mLを加え、約30秒間撹拌した。その後、1N塩酸を1mL加えて中和し、ヘキサン2mL、飽和硫酸アンモニア水溶液3mLを加え、撹拌、静置後、上層をガスクロマトグラフィーにて測定した。
ガスクロマトグラフィー分析条件
機種;Agilent 6850 GC system (Agilent社)
カラム;DB−WAX J&W 123−7032E
カラム温度;200℃
注入温度 ;300℃
注入方法 ;スプリット
スプリット比;100:1
検出器温度:300℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム
【実施例1】
【0024】
酸価、ダイオキシン類の含有量が異なる2種類のイワシ原油用いて、各種蒸留条件で蒸留しダイオキシン類の除去する試験を行った。使用した蒸留装置は、短行程蒸留装置(SPD) KD 10 (UIC GmbH社製、蒸留表面積0.1 m)である。蒸留の条件(温度、圧力、流速)は表2に示した。蒸留温度を250℃に固定し、圧力を0.4〜3.0Pa、流速を25〜121(kg/hr)/mの範囲で変動させた。
原料油と蒸留後のダイオキシン類濃度と酸価を表2に示した。
原料油の酸価の高低にかかわらず、また、原料油のダイオキシン類の含有量の多寡にかかわらず、いずれの条件でもダイオキシン類の含有量を0.1pg-TEQ/g以下に低下させることができた。
【0025】
【表2】
【実施例2】
【0026】
実施例1と同じ装置を用いて、マグロ油(脱ガム、脱酸処理を施した精製油)について、表3の蒸留条件でダイオキシン類の除去を行った。表3に示すとおり、マグロ油でも本発明の方法(蒸留温度を250℃、圧力0.1Pa、流速48(kg/hr)/m)により、ダイオキシン類の含有量を0.1pg-TEQ/以下に低下させることができた。
また、別の短行程蒸留装置(SPD) KD 6 (UIC GmbH社製、蒸留表面積0.06 m)を用いてイワシ粗油からダイオキシン類の除去を行った。表3に示すとおり、この装置でも本発明の方法(蒸留温度を270℃、圧力0.6Pa、流速20(kg/hr)/m)により、ダイオキシン類の含有量を0.1pg-TEQ/以下に低下させることができた。
【0027】
【表3】
【実施例3】
【0028】
遠心式分子蒸留装置MS380(日本車輌製造株式会社製、蒸留表面積0.11m)を用いて、イワシ粗油について、表4に示す蒸留条件でダイオキシン類の除去を行った。表4に示すとおり、分子蒸留装置を利用しても、実施例1、2と同様にダイオキシン類の含有量を0.2pg-TEQ/以下に低下させることができた。
【0029】
【表4】
【実施例4】
【0030】
イワシ原油(酸価6、EPA19%、DHA8%含有)を85℃の温水(対油5%)で水洗した後、短行程蒸留装置(SPD)KD1800(UIC GmbH社製、蒸留面18 m)を用い、短行程蒸留を行った。条件は、真空度0. 7〜1Pa、本体温度250℃、フィード量約2000 kg/H(流速110 (kg/h)/ m)であった。
原油と蒸留後(SPD油)の油中のダイオキシン類の測定結果をそれぞれ表5、6に示す。ダイオキシン類の総量を毒性等量で3.0pg-TEQ/gから0.014 pg-TEQ/gに低下させることができた。また、蒸留後の油の酸価は0.2以下であり、脂肪酸組成に変化はなかった。
【0031】
【表5】
【0032】
【表6】
【実施例5】
【0033】
イワシ粗油について実施例4と同じ条件で短行程蒸留を行い、蒸留の前後の脂肪酸組成を前述の方法で測定した。結果を表7に示す。加熱により酸化、異性化など変性しやすい炭素数18以上、二重結合数3以上の脂肪酸について原料油と蒸留後の脂肪酸全体に占める割合とその増減を示した。いずれの脂肪酸の増減もわずかであり、二重結合数が多い脂肪酸についても特に変動が大きいようなことはなかった。この結果より、本発明の方法は高度不飽和脂肪を変性することなくダイオキシン類を除去するのに優れた方法であることが確認された。表7中、ARAはアラキドン酸、DPAはドコサペンタエン酸である。
【0034】
【表7】
【実施例6】
【0035】
実施例4で製造した蒸留後の油を原料として、EPAエチルエステルを製造した。
製造方法は、SPDにより蒸留処理した油をアルカリ触媒下エチルアルコールとエタノリシス反応を行い、エチルエステルにした。温水で水洗した後、脱水し、精留(真空度13Pa、主留の温度約176℃)により主留を得、さらに逆相分配系(ODS)のカラムクロマトグラフィーを用いたHPLC処理し、溶剤を留去し、EPA純度97%のEPAエチルエステルを製造した。
このエチルエステルのダイオキシン類を実施例4と同様に測定した結果を表8に示す。エチルエステル化及びその後の精製行程でダイオキシン類が濃縮することはなく、実施例4の処理をした原料を用いることでダイオキシン類の総量が毒性等量で0.07pg-TEQ/g以下のEPAエチルエステルを製造することができた。表8は3つの異なるロットの原料を用いて実施した結果を示したものである。本発明の方法により、安定してダイオキシン類の総量が毒性等量で0.006〜0.021pg-TEQ/gのEPAエチルエステルを製造することができることを確認した。測定限界以下のNDについて、測定限界の数値を挿入して計算しても、値として0.005上昇するだけであり、0.011〜0.026 pg-TEQ/gのEPAエチルエステルを製造することができることを意味する。
【0036】
【表8】
【実施例7】
【0037】
エチルエステル後の精製工程の精留とカラムクロマトグラフィ処理がダイオキシン類の濃度に与える影響について確認した。原料油として脱酸、脱色処理をしただけで、薄膜蒸留していないイワシ原油を用いた。ダイオキシン類を少しでも多めに含む油脂を用いたほうが、精製処理の影響を観察しやすいからである。
原料油をアルカリ触媒によりエチルエステル化した。エチルエステルをまず精留工程にかけ、炭素数20の脂肪酸のエチルエステルを含む留分を採取した。続いて、ODSのカラムクロマトグラフィにより、エイコサペンタエン酸エチルエステルの画分を採取した。
それぞれの段階で、ダイオキシン類を測定した。
【0038】
表9に変動が大きかった4つの成分(絶対量と毒性等量)とダイオキシン類の合計(毒性等量)を示した。エステル化後と比較して、精留工程により、#105、#118の成分は大きく濃縮していた。一方、#77ではむしろ低下した。精留においては、エイコサペンタエン酸エチルエステル等とダイオキシン類が類似の挙動を示し、エイコサペンタエン酸エチルエステル等の濃縮に伴ってダイオキシン類が濃縮したものと考えられる。
カラム処理により、#77は不変、あるいは、やや増加しているのに対し、他の成分は大きく低下した。カラム処理においては、エチルエステルとダイオキシン類が異なる挙動を示して、分離できたものと考えられる。
したがって、精留とカラム処理を組み合わせることによって、目的のエチルエステルを濃縮することとダイオキシン類を低減させることを同時に達成することができる。
【0039】
【表9】
【実施例8】
【0040】
イワシ粗油を原料とし、実施例4と同様にSPDで蒸留したSPD油を得、さらに実施例6と同じ方法でエチルエステル化、精製を行いEPAエチルエステルを得た。それらの臭素化難燃剤の含有量を測定した。測定は、分析機関であるeurofinsに依頼した。結果を表10に示した。原料イワシ油に含まれていた臭素化難燃剤のいずれもが検出限界以下に低減されていた。原料油に検出限界以上含まれていたBDE-100、BDE-49、BDE-99、BDE-47、BDE-28、BDE-66、BDE-154のいずれも低下しており、特に、BDE-100、BDE-49、BDE-99、BDE-47は明確に低減を確認できた。
【0041】
【表10】
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明により、EPAやDHAを含有する魚油のような、高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として含有する油脂に含まれる環境汚染物質、特にダイオキシン類や臭素化難燃剤を非常に低減させることができ、そのような油脂を提供することができる。飼料、食品、サプリメント、医薬品などに用いることができる。