【文献】
本田紀彦、他,I 臨床編 Q9 点状表層角膜症を生じる疾患を教えてください,あたらしい眼科,2007年,Vol.23, 臨時増刊号,p.29-32
【文献】
深川和己,眼科領域におけるアレルギー疾患と組織障害のメカニズム,アレルギー,2002年,Vol.51, No.6,p.473-475
【文献】
原祐子,アレルギー性結膜疾患に対する角膜病変とその治療,あたらしい眼科,2000年,Vol.17, No.9,p.1193-1198
【文献】
鎌尾知行、他,ドライアイの生体染色,あたらしい眼科,2012年,Vol.29, No.12,p.1607-1612
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
角膜内皮細胞を以下の(a)〜(c)からなる群から選ばれるいずれか一つのポリペプチドの存在下で培養し、角膜内皮細胞を含む細胞シートを得ることを特徴とする細胞シートの製造方法
(a) 配列番号4に示されるアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(c) (a)又は(b)のポリペプチドと80%以上の配列同一性を有するポリペプチド。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療剤は、セマフォリン3Aを有効成分として含有する。
【0014】
有効成分であるセマフォリン3Aは、天然型のものであっても、変異体であってもよい。天然型セマフォリン3A又はセマフォリン3A変異体の具体例としては、下記(a)〜(c)のいずれかのポリペプチドからなる領域を含み、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有するポリペプチドを挙げることができる。
(a) 配列表の配列番号4に示されるアミノ酸配列中の連続する70個以上のアミノ酸から成り、配列番号4中の166aa〜235aa(「第166番アミノ酸〜第235番アミノ酸」を意味する)の領域を含むポリペプチド。
(b) 配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列中の連続する70個以上のアミノ酸から成り、配列番号2中の166aa〜235aaの領域を含むポリペプチド。
(c) (a)又は(b)のポリペプチドと80%以上の配列相同性を有するポリペプチド。
【0015】
ここで、「角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性」とは、角膜疾患若しくは角膜損傷の角膜病変部の症状を改善又は該症状の増悪を防止する活性を意味する。ポリペプチドが角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有するか否かは、in vitroにおける実験により調べることが可能であり、例えば角膜内皮細胞に対してポリペプチドを投与し、細胞の増殖又は遊走が促進されることにより調べることができる。角膜内皮細胞の増殖又は遊走は、後述の[実施例]における<培養実験3>及び<培養実験4>で示すようなWound healing実験により求めることができる。或いは、ポリペプチドが該活性を有するか否かは、in vivoにおける実験により調べてもよく、例えば、角膜疾患若しくは角膜損傷を発症している動物に点眼、結膜下投与等によりポリペプチドを投与し、病変部の症状が改善するか否かを評価することによって調べることができる。角膜疾患若しくは角膜損傷動物としては、例えば、下記実施例に記載される紫外線角膜炎発症マウスのようなモデル動物を用いることができる。このマウスは、眼に紫外線を照射することにより紫外線角膜炎を発症させたものある。このマウスを用いた角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性の評価は、下記実施例に具体的に記載するように、例えば、マウスの角膜病変部に点眼と結膜下投与により一定期間ポリペプチドを投与し、病変部の症状の改善の有無を評価することにより行なうことができる。結膜病辺部の症状の改善の有無は、例えば、下記実施例に記載されるように、瘢痕、角膜透明性、細胞形態などを指標として評価することができる。例えば、無処置の紫外線角膜炎発症個体群の角膜炎症状のスコア平均値と比較して、一定期間ポリペプチドを投与した角膜炎発症個体群の角膜炎症状のスコア平均値が有意に低下した場合、又は、例えば、ポリペプチド投与群のスコア平均値が無処置個体群のスコア平均値の約3分の2以下、好ましくは約2分の1以下となった場合には、該ポリペプチドは角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有すると判断できる。
【0016】
なお、本発明において、「ポリペプチド」とは、複数(2以上)のアミノ酸がペプチド結合することによって形成される分子をいい、構成するアミノ酸数が多い高分子量の分子のみならず、アミノ酸数が少ない低分子量の分子(オリゴペプチド)や、タンパク質も包含される。
【0017】
また、本発明において、「アミノ酸配列を有する」とは、アミノ酸残基がそのような順序で配列しているという意味である。従って、例えば、「配列番号2で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド」とは、Met Gly Trp Leu ・・・(中略)・・・Pro Arg Ser Valのアミノ酸配列を持つ771アミノ酸残基のサイズのポリペプチドを意味する。
【0018】
配列番号2及び4に示されるアミノ酸配列は、セマフォリン3Aタンパク質(それぞれヒト及びニワトリ)の配列であり、それぞれGenBankにアクセッション番号NM006080及びU02528として登録されている。セマフォリンとは、神経軸索の伸長をガイドする分子として同定されたタンパク質である。神経突起の先端にある成長円錐を退縮(collapse)させる活性をもとに発見されたことから、コラプシンと呼ばれることもある。セマフォリンは、分泌型又は膜貫通型のタンパク質ファミリーを構成し、現在までに線虫などの無脊椎動物からヒトなどの脊椎動物までで30種類を超えるメンバーが同定されている。セマフォリン3A(Sema3A)は、セマフォリンの分泌型タンパク質メンバーの1つであり、反発性神経軸索ガイダンス分子として知られるタンパク質分子である。Sema3A等の分泌型セマフォリンは、〜500aaアミノ末端のセマフォリン(sema)ドメイン、C−2型免疫グロブリン(Ig)ドメイン、及び塩基性末端ドメインの3つの構造ドメインを有する。Sema3Aが神経伸長抑制作用等の生理活性を発揮するのに必要な領域は、semaドメインのうち、特に166〜235番目にあたる70アミノ酸の領域であることが知られている(Koppel et al., Neuron, Vol.19, 531-537, 1997)。該70アミノ酸の領域(以下「70aa領域」という)は、配列番号2及び配列番号4のいずれにおいても166aa〜235aaの領域である。Sema3Aは、ヒト、ニワトリ、マウス、ラット等の種々の動物から同定されている。これらのSema3Aの相同性は、タンパク質全体として比較するとおおよそ85%前後と高く、上記した70アミノ酸の領域のみで比較すると、95%程度以上とさらに高い。なお、配列番号4のアミノ酸配列を有するニワトリSema3Aでは、semaドメインは61aa〜567aa、Igドメインは592aa〜655aa、塩基性末端は726aa〜772aaである(Feiner et al., Neuron, Vol.19, 539-545, 1997参照)。配列番号2のアミノ酸配列を有するヒトSema3Aでは、semaドメインは61aa〜567aa、Igドメインは591aa〜654aa、塩基性末端ドメインは726aa〜771aaである。
【0019】
上記(a)のポリペプチドとは、配列番号4に示されるアミノ酸配列を有するニワトリSema3Aタンパク質のうちの少なくとも70aa領域を含む領域から成るポリペプチドであり、具体的には、配列番号4の全長から成るポリペプチド又は70aa領域を含むその断片である。本発明の予防、抑制又は治療剤に有効成分として含有されるポリペプチドの1つの例は、(a)のポリペプチドから成る領域を含み、かつ、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有するポリペプチドである(以下、便宜的に「有効成分ポリペプチドa」と呼ぶ)。有効成分ポリペプチドaとしては、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有する限り、(a)のポリペプチドのみから成るものであってもよく、また、(a)のポリペプチドの一端又は両端にアミノ酸又はポリペプチドが付加されたものであってもよい。
【0020】
(a)のポリペプチドのみから成る有効成分ポリペプチドaの具体例としては、特に限定されないが、例えば、配列番号4に示されるアミノ酸配列の全長から成るポリペプチド(すなわちニワトリSema3Aタンパク質)が挙げられる。ニワトリSema3Aタンパク質が角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有することは、下記実施例に具体的に記載される通りである。また、ニワトリSema3Aタンパク質のN末端又はC末端の一部を欠失した断片であっても、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有する限り、有効成分ポリペプチドaとして本発明の範囲に包含される。
【0021】
また、(a)のポリペプチドにポリペプチド等が付加された有効成分ポリペプチドaの具体例としては、特に限定されないが、例えば、配列番号4の70aa領域をSema3A以外の分泌型セマフォリンの対応領域に入れ替えて構築したキメラタンパク質、及び(a)のポリペプチドにHisタグ、FLAGタグ、mycタグ等の各種タグ等が付加されたポリペプチド等が挙げられる。上記Sema3A以外の分泌型セマフォリンとしては、例えばコラプシン2、コラプシン3、コラプシン5等が挙げられるが、これらに限定されない。なお、コラプシン2、コラプシン3及びコラプシン5のアミノ酸配列は、Feiner et al., Neuron, vol.19, 539-545 (1997)に記載される通り公知である。Koppelらの上記論文に開示される通り、Sema3Aの少なくとも70aa領域を含む領域をコラプシン2の対応領域に入れ替えて構築したキメラタンパク質は、Sema3Aが有するDRG退縮活性を保持しており、Sema3Aと同様の生理活性を発揮する。従って、このようなキメラタンパク質も、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有するので、有効成分ポリペプチドaとして本発明の範囲に包含される。さらに、Igドメインを欠失したSema3AもDRG退縮活性を有するが(Koppel et al., 1997)、このようなポリペプチドも、Sema3AのうちIgドメインよりもN末端側の70aaを含む領域にSema3Aの塩基性ドメインを付加したポリペプチドとして、有効成分ポリペプチドaに包含され、本発明の範囲に含まれる。なお、上記した具体例は単なる例示であり、(a)のポリペプチドにいかなるアミノ酸又はポリペプチドが付加されたものであっても、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有する限り、有効成分ポリペプチドaとして本発明の範囲に包含される。
【0022】
上記(b)のポリペプチドとは、配列番号2に示されるアミノ酸配列を有するヒトSema3Aタンパク質のうちの少なくとも70aa領域を含む領域から成るポリペプチドであり、具体的には、配列番号2の全長から成るポリペプチド又は70aa領域を含むその断片である。本発明の予防、抑制又は治療剤に有効成分として含有されるポリペプチドのもう1つの例は、(b)のポリペプチドから成る領域を含み、かつ、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有するポリペプチドである(以下、便宜的に「有効成分ポリペプチドb」と呼ぶ)。ニワトリのSema3A(配列番号4)とヒトのSema3A(配列番号2)との相同性は、タンパク質全長では86%であり、Sema3Aの生理活性に重要な70aa領域のみで比較すると95%と更に高い。下記実施例に記載される通り、ニワトリのSema3Aがニワトリではないマウスの角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療できるのであるから、ニワトリのSema3Aを用いてヒト等のニワトリ及びマウス以外の角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療することも可能である。従って、ヒトSema3Aタンパク質等の有効成分ポリペプチドbも、ニワトリSema3Aタンパク質等の上記有効成分ポリペプチドaと同様に、水疱性角膜症、紫外線角膜炎等の角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療剤の調製に有用である。有効成分ポリペプチドbも、上記した有効成分ポリペプチドaと同様に、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有する限り、(b)のポリペプチドのみから成るものであってもよく、また、(b)のポリペプチドの一端又は両端にアミノ酸又はポリペプチドが付加されたものであってもよい。このようなポリペプチドの具体例は、上記有効成分ポリペプチドaと同様であり、例えば、特に限定されないが、配列番号2の全長から成るポリペプチド(すなわちヒトSema3Aタンパク質)、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有するその断片、Sema3A以外の分泌型セマフォリンとの上記態様によるキメラタンパク質、(b)のポリペプチドに各種タグ等が付加されたポリペプチド等が挙げられる。これらの具体例も単なる例示であり、(b)のポリペプチドにいかなるアミノ酸又はポリペプチドが付加された態様のものであっても、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有する限り、有効成分ポリペプチドbとして本発明の範囲に包含される。
【0023】
上記(c)のポリペプチドは、上記(a)又は(b)のポリペプチドのうちの少数(好ましくは1ないし数個)のアミノ酸残基が置換し、欠失し及び/又は挿入されたポリペプチドであって、元の配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上の相同性を有するポリペプチドである。一般に、タンパク質において、該タンパク質のアミノ酸配列のうち少数のアミノ酸残基が置換され、欠失され又は挿入された場合であっても、元のタンパク質とほぼ同じ機能を有している場合があることは、当業者において広く知られている。従って、上記(c)のポリペプチドから成る領域も、上記した70aa領域と同様にSema3Aタンパク質の生理活性をもたらし得るため、上記(c)のポリペプチドから成る領域を含み、かつ、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有するポリペプチド(以下、便宜的に「有効成分ポリペプチドc」と呼ぶ)も、上記有効成分ポリペプチドa及びbと同様に、本発明の予防、抑制又は治療剤の調製に有用である。
【0024】
ここで、アミノ酸配列の「相同性」とは、比較すべき2つのアミノ酸配列のアミノ酸残基ができるだけ多く一致するように両アミノ酸配列を整列させ、一致したアミノ酸残基数を、全アミノ酸残基数で除したものを百分率で表したものである。上記整列の際には、必要に応じ、比較する2つの配列の一方又は双方に適宜ギャップを挿入する。このような配列の整列化は、例えばBLAST、FASTA、CLUSTAL W等の周知のプログラムを用いて行なうことができる。ギャップが挿入される場合、上記全アミノ酸残基数は、1つのギャップを1つのアミノ酸残基として数えた残基数となる。このようにして数えた全アミノ酸残基数が、比較する2つの配列間で異なる場合には、相同性(%)は、長い方の配列の全アミノ酸残基数で、一致したアミノ酸残基数を除して算出される。なお、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸は、低極性側鎖を有する中性アミノ酸(Gly, Ile, Val, Leu, Ala, Met, Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸(Asn, Gln, Thr, Ser, Tyr Cys)、酸性アミノ酸(Asp, Glu)、塩基性アミノ酸(Arg, Lys, His)、芳香族アミノ酸(Phe, Tyr, Trp)
のように類似の性質を有するものにグループ分けでき、これらの間での置換であればポリペプチドの性質が変化しないことが多いことが知られている。従って、上記(a)又は(b)のポリペプチド中のアミノ酸残基を置換する場合には、これらの各グループの間で置換することにより、有効成分として用いるポリペプチドの結膜における角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を維持できる可能性が高くなる。
【0025】
上記(c)のポリペプチドとは、具体的には、配列番号2若しくは配列番号4で示されるアミノ酸配列の全長から成るポリペプチド(すなわちSema3Aタンパク質)と80%以上の配列相同性を有するポリペプチド、又は、70aa領域を含むSema3Aタンパク質断片と80%以上の配列相同性を有するポリペプチドである。従って、上記有効成分ポリペプチドcとは、これらのポリペプチドのみから成るポリペプチド、又は、(c)のポリペプチドの一端又は両端にアミノ酸又はポリペプチドが付加されたものであって、かつ、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有するポリペプチドである。これらの具体例は、上記有効成分ポリペプチドa及びbと同様であり、特に限定されないが、例えば、配列番号2又は4の全長から成るポリペプチド(すなわちSema3Aタンパク質)と80%以上の配列相同性を有するポリペプチド、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有するSema3Aタンパク質断片と80%以上の配列相同性を有するポリペプチド、70aa領域を含む領域と80%以上の配列相同性を有する領域と、Sema3A以外の分泌型セマフォリンのその他の領域とを融合させたキメラタンパク質、(c)のポリペプチドに各種タグ等が付加されたポリペプチド等が挙げられる。これらの具体例も単なる例示であり、(c)のポリペプチドにいかなるアミノ酸又はポリペプチドが付加された態様のものであっても、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有する限り、有効成分ポリペプチドcとして本発明の範囲に包含される。
【0026】
有効成分ポリペプチドcとしては、特に、70aa領域における相同性が、(c)のポリペプチドから成る領域全体の相同性よりも高いポリペプチドが好ましい。例えば、有効成分ポリペプチドcが、配列番号2のアミノ酸配列を有するポリペプチドと80%の相同性を有するポリペプチドである場合、70aa領域における相同性が80%を超えるものが好ましく、特に、70aa領域における相同性が90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは70aa領域における配列が同一であるポリペプチドが好ましい。また、例えば、有効成分ポリペプチドcが、ヒトSema3Aタンパク質のsemaドメインと80%の配列相同性を有する領域と、Sema3A以外の分泌型セマフォリンのsemaドメイン以外の領域とを融合させたキメラタンパク質である場合、semaドメイン中の70aa領域における相同性が80%を超えるものが好ましく、特に、70aa領域における相同性が90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは70aa領域における配列が同一であるキメラタンパク質が好ましい。
【0027】
上記した有効成分ポリペプチドaないしcの中でも、特に、配列番号2又は配列番号4で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチドと80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上の相同性を有するポリペプチドが好ましく、この中でも、上記したように、70aa領域における相同性がポリペプチド全体としての相同性よりも高いポリペプチドが好ましい。最も好ましくは、本発明の予防、抑制又は治療剤に有効成分として含まれるポリペプチドは、配列番号2又は配列番号4で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0028】
一般に、ポリペプチドから成る医薬において、生体内でのポリペプチドの安定性を高めるために、ポリペプチドに糖鎖やポリエチレングリコール(PEG)鎖を付加したり、ポリペプチドを構成するアミノ酸の少なくとも一部としてD体アミノ酸を用いたりする技術が広く知られており、用いられている。糖鎖やPEG鎖を付加したり、ポリペプチドを構成するアミノ酸の少なくとも一部としてD体アミノ酸を用いたりすることにより、生体内でのペプチダーゼによる分解を受けにくくなり、生体内におけるポリペプチドの半減期が長くなる。本発明に用いられるポリペプチドは、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療活性を有する限り、生体内安定化のためのこれらの公知の修飾を施したものであってもよく、本明細書及び特許請求の範囲における「ポリペプチド」という語は、文脈上そうでないことが明らかな場合を除き、生体内安定化のための修飾を施したものも包含する意味で用いている。
【0029】
ポリペプチドに対する糖鎖付加は周知であり、例えば、Sato M, Furuike T, Sadamoto R, Fujitani N, Nakahara T, Niikura K, Monde K, Kondo H, Nishimura S., "Glycoinsulins: dendritic sialyloligosaccharide-displaying insulins showing a prolonged blood-sugar-lowering activity.",J Am Chem Soc. 2004 Nov 3;126(43):14013-22やSato M, Sadamoto R, Niikura K, Monde K, Kondo H, Nishimura S,"Site-specific introduction of sialic acid into insulin.", Angew Chem Int Ed Engl. 2004 Mar 12;43(12):1516-20等に記載されている。糖鎖は、N末端、C末端又はそれらの間のアミノ酸に結合可能であるが、ポリペプチドの活性を阻害しないためにN末端又はC末端に結合することが好ましい。また、付加する糖鎖の個数は、1個又は2個が好ましく、1個が好ましい。糖鎖は、単糖から4糖が好ましく、さらには2糖又は3糖が好ましい。糖鎖は、ポリペプチドの遊離のアミノ基又はカルボキシル基に直接又は例えば炭素数1〜10程度のメチレン鎖等のスペーサー構造を介して結合することができる。
【0030】
ポリペプチドに対するPEG鎖の付加も周知であり、例えば、Ulbricht K, Bucha E, Poschel KA, Stein G, Wolf G, Nowak G., "The use of PEG-Hirudin in chronic hemodialysis monitored by the Ecarin Clotting Time: influence on clotting of the extracorporeal system and hemostatic parameters.", Clin Nephrol. 2006 Mar;65(3):180-90.やDharap SS, Wang Y, Chandna P, Khandare JJ, Qiu B, Gunaseelan S, Sinko PJ, Stein S, Farmanfarmaian A, Minko T., "Tumor-specific targeting of an anticancer drug delivery system by LHRH peptide.", Proc Natl Acad Sci USA. 2005 Sep 6;102(36):12962-7."等に記載されている。PEG鎖は、N末端、C末端又はそれらの間のアミノ酸に結合可能であり、通常、1個又は2個のPEG鎖が、ポリペプチド上の遊離のアミノ基やカルボキシル基に結合される。PEG鎖の分子量は、特に限定されないが、通常3000〜7000程度、好ましくは5000程度のものが用いられる。
【0031】
ポリペプチドを構成するアミノ酸の少なくとも一部をD体とする方法も周知であり、例えば、Brenneman DE, Spong CY, Hauser JM, Abebe D, Pinhasov A, Golian T, Gozes I., "Protective peptides that are orally active and mechanistically nonchiral.", J Pharmacol Exp Ther. 2004 Jun;309(3):1190-7やWilkemeyer MF, Chen SY, Menkari CE, Sulik KK, Charness ME., "Ethanol antagonist peptides: structural specificity without stereospecificity.", J Pharmacol Exp Ther. 2004 Jun;309(3):1183-9.等に記載されている。ポリペプチドを構成するアミノ酸の一部をD体としてもよいが、ポリペプチドの活性をできるだけ阻害しないため、一部のみをD体にするよりは、ポリペプチドを構成するアミノ酸の全てをD体アミノ酸とすることが好ましい。
【0032】
本発明で有効成分として用いられるセマフォリン3Aは、例えば市販のペプチド合成機を用いて常法により容易に調製することができる。また、公知の遺伝子工学的手法を用いて容易に調製することができる。例えば、Sema3A遺伝子を発現している組織から抽出したRNAから、Sema3A遺伝子のcDNAをRT−PCRにより調製し、該cDNAの全長又は所望の一部を発現ベクターに組み込んで、宿主細胞中に導入し、目的とするポリペプチドを得ることができる。RNAの抽出、RT−PCR、ベクターへのcDNAの組み込み、ベクターの宿主細胞への導入は周知の方法により行なうことができる。また、用いるベクターや宿主細胞も周知であり、種々のものが市販されている。キメラタンパク質の作製方法もこの分野で周知であり、例えば上記Koppelらの論文に記載される方法でキメラタンパク質を作製することができる。また、上記安定化修飾も、上記各文献に記載されているような周知の方法により容易に行なうことができる。
【0033】
本発明の予防、抑制又は治療剤における有効成分であるセマフォリン3Aは、角膜疾患若しくは角膜損傷の予防、抑制又は治療に有効である。
【0034】
角膜疾患の原因は特に限定されず、角膜局所的に生じる角膜疾患であっても、角膜以外の疾患に伴う角膜疾患であってもよい。
角膜疾患としては、角膜内皮細胞の減少又は機能不全を伴う角膜内皮障害であることが好ましい。角膜内皮細胞の減少又は機能不全が生じると、角膜内皮細胞による角膜実質の水分コントロールができなくなり、角膜内皮のみならず角膜全体の障害となり得る。また、角膜内皮細胞の機能を高めることにより角膜全体の障害の予防、抑制又は治療に有効となり得る。
角膜内皮細胞の減少又は機能不全を伴う角膜疾患としては、水疱性角膜症、落屑症候群(PE)、落屑角膜症、偽落屑角膜内皮症、角膜ヘルペス先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィーに代表される先天性角膜内皮変性症、滴状角膜、フックス角膜内皮変性症、フックス角膜内皮ジストロフィー、後部多形性角膜ジストロフィー、虹彩角膜内皮症候群等の角膜内皮変性、角膜内皮細胞ジストロフィー、ウイルス感染による角膜内皮炎(サイトメガロウイルス角膜内皮炎、単純ヘルペスウイルス角膜内皮炎)、細菌性角膜感染症、角膜真菌症、アメーバ角膜炎、角膜移植後拒絶反応等を挙げることができる。
【0035】
角膜内皮障害の原因となり得る外的要因として、角膜ぶどう膜炎、角膜実質炎などが挙げられる。また、角膜内皮損傷の原因となり得る物理的損傷として、外傷、手術による損傷、緑内障発作に代表される急激な眼圧の上昇、コンタクトレンズ長期装着による損傷、加齢による変性、紫外線等による酸化ストレスなどが挙げられる。外傷としては、分娩時外傷、感染症の跡や、アルカリ性や酸性の液体が飛入することによる化学外傷も含まれる。
角膜内皮損傷を引き起こす恐れのある手術手法としては内眼手術、レーザー治療などが挙げられ、これらに限定されない。具体的な手術の例としては、角膜移植手術、網膜・硝子体手術、白内障手術、PE患者への術後治療、緑内障手術(濾過手術、周辺虹彩切開、レーザー治療)、続発白内障に対するレーザー治療(YAG)、レーザー虹彩切開術(LI)、レーザー隅角形成術(LGP)、隅角癒着解離術(GSL)、レーザー近視手術、エキシマレーザーによる組織の蒸散などを例示できる。
上記に挙げられる原因によって引き起こされた角膜内皮障害により、最終的に至る疾患として水疱性角膜症がある。
【0036】
本発明の予防、抑制又は治療剤の投与対象は哺乳動物であり、例えばヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター等が挙げられる。なお、予防、抑制又は治療対象の患者と同一の生物種由来のセマフォリン3Aを用いた方が、予防、抑制又は治療効果も高いと考えられるし、臨床応用上の安全性の観点からも望ましい。従って、例えば、本発明の予防、抑制又は治療剤の投与対象がヒトの場合には、上記した有効成分ポリペプチドbを有効成分とする予防、抑制又は治療剤が特に好ましい。
【0037】
本発明の予防、抑制又は治療剤は、セマフォリン3Aのみから成っていてもよいし、各投与形態に適した薬理学的に許容される賦形剤、安定化剤、保存剤、緩衝剤、溶解補助剤、乳化剤、希釈剤、等張化剤などの添加剤を適宜混合させて製剤とすることもできる。製剤化方法及び使用可能な添加剤は、医薬製剤の分野において周知であり、いずれの方法及び添加剤をも用いることができる。
【0038】
本発明の予防、抑制又は治療剤は、予防すべき角膜部又は治療すべき角膜病変部に投与して用いられる。投与方法としては、局所投与(角膜上への点眼投与、結膜下注射投与、など)などが挙げられる。剤型としては、コンタクトレンズ型、眼軟膏剤、注射剤、点眼剤などが挙げられる。
上記コンタクトレンズ型では、コンタクトレンズ状の球面を有する透明の膜にセマフォリン3Aを含有させ、膜から放出されたセマフォリン3Aを角膜へと投与することができる。
投与量は、症状、年齢、体重、投与方法等に応じて適宜選択され、特に限定されないが、点眼量の場合、通常、対象動物に対し有効成分量として1日6000〜60000 U程度、好ましくは4000〜40000 U程度である(国際公開第2013/005603参照)。結膜下注射量の場合、通常、対象動物に対し有効成分量として1日500〜5000 U程度、好ましくは500〜5000 U程度であり、1回ないし数回に分けて投与される。例えば、結膜下注射量1日0.001〜10ng程度、0.05〜5ng程度とすることができ、例えば10ng/ml, 100ng/ml, 300ng/ml 1000ng/mlの濃度で各眼2μl、好ましくは、症状の改善の程度に応じ、数日ないし数ヶ月間にわたり、毎日1回若しくは数回、ないしは数日おきに1日若しくは数回、定期的に投与がなされる。
【0039】
本発明の予防、抑制又は治療剤は、単独で用いてもよいし、他の予防、抑制又は治療剤等と併用することもできる。他の予防、抑制又は治療剤としては、抗生物質、抗炎症剤、抗ウイルス剤、細胞増殖促進剤、創傷治療剤、細胞外マトリックス成分、ビタミン類などが挙げられる。
上記眼軟膏剤を例とすると、例えばSema3A/ヒアルロン酸軟膏、Sema3A/ネオメドロールEE軟膏、Sema3A/眼・耳科用リンデロンA軟膏、Sema3A/フラビタン眼軟膏0.1%を例示できる。Sema3A/ヒアルロン酸軟膏はヒアルロン酸眼科手術用製剤として使用することができる。上記ネオメドロールEE軟膏は抗生物質と合成副腎皮質ホルモン剤の配合剤であり、Sema3Aと併用することで高い抗炎症作用が期待できる。これは上記リンデロンA軟膏についても同様である。尚、ネオメドロールEE軟膏中の成分から副腎皮質ホルモンの成分を適宜減らして適用してもよい。
本発明の予防、抑制又は治療剤は、アスコルビン酸−2−リン酸、Rock阻害剤又はその類縁物質等の角膜内皮細胞の増殖促進を促すことが知られる物質と併用することができる。
【0040】
体内でのセマフォリン3Aの存在量はフィードバック作用により安定化されることが知られている。そのため、セマフォリン3Aは生体内で穏やかに作用する。また、セマフォリン3Aの投与は角膜内皮細胞の目立った形態変化を生じさせずに分裂能を活性化させることができるので、本発明の予防、抑制又は治療剤は副作用の恐れが少ない。
【0041】
≪細胞培養補助剤≫
本発明の角膜内皮細胞用の細胞培養補助剤は、セマフォリン3Aを有効成分として含有する。セマフォリン3Aとしては、上述の≪予防、抑制又は治療剤≫で示したものと同一のものを用いることができる。角膜内皮細胞としては、角膜より単離した角膜内皮プライマリ細胞、角膜内皮幹細胞の他、それを継代した継代後の角膜内皮細胞、角膜内皮前駆細胞若しくはその他任意の細胞から分化誘導された角膜内皮細胞、角膜内皮幹細胞、角膜内皮前駆細胞又は角膜内皮細胞と同様の性質を示す角膜内皮様細胞であってもよい。
また、本発明の細胞培養補助剤は上記セマフォリン3Aの他に、栄養成分、成長因子、細胞増殖因子、分化誘導因子、抗菌剤、抗真菌剤等の従来公知の細胞培養補助剤として用いられる成分をさらに含んでもよく、副腎皮質ステロイドホルモン等の抗炎症成分、アスコルビン酸−2−リン酸、Rock阻害剤又はその類縁物質等の角膜内皮細胞の増殖促進を促すことが知られる物質をさらに含んでもよい。
本発明の細胞培養補助剤は、培養対象である角膜内皮細胞の培地に適量を添加して用いてもよく、細胞培養補助剤が培地成分を含有して細胞培養補助剤自体を培地として用いてもよい。細胞培養補助剤が含有するセマフォリン3Aの濃度は、当該補助剤を用いる対象の角膜内皮細胞の種類、状態、量等に応じて適宜選択することが可能であるが、培地あたり1〜3000ng/mLとすることが好ましく、20〜900ng/mLとすることがより好ましく、50〜500ng/mLとすることがさらに好ましい。
【0042】
上記培地は、角膜内皮細胞を培養可能な培地であれば特に制限されず、一例として、DMEM培地、BME培地、IMDM培地、及びこれらの混合培地とすることができる。
上記培地成分としては、通常の動物細胞用の培地に含有される成分、グルコース、塩化ナトリウム、ビタミン・ミネラル類、アミノ酸類等の栄養成分、成長因子、細胞増殖因子、分化誘導因子、抗菌剤、抗真菌剤などを挙げることができる。
本発明の細胞培養補助剤によれば、本来の角膜内皮細胞に近い状態の角膜内皮細胞を、高い生産性で培養することができる。
【0043】
≪細胞培養方法、細胞シート≫
本発明の細胞培養方法は、角膜内皮細胞をセマフォリン3A存在下で培養する工程を有する。セマフォリン3Aとしては、上述の≪予防、抑制又は治療剤≫で示したものと同一のものを用いることができる。角膜内皮細胞としては、上述の≪細胞培養補助剤≫で示したものと同一のものを用いることができる。
当該培養にあたっては上記セマフォリン3Aの他に、栄養成分、成長因子、細胞増殖因子、分化誘導因子、抗菌剤、抗真菌剤等の従来公知の角膜内皮細胞の培養に用いられる成分をさらに含んでもよい。また、副腎皮質ステロイドホルモン等抗炎症成分、アスコルビン酸−2−リン酸、Rock阻害剤又はその類縁物質等の角膜内皮細胞の増殖を促進させる成分と組み合わせて用いることができる。本発明の細胞培養方法によれば、本来の角膜内皮細胞に近い状態の角膜内皮細胞を、高い生産性で培養することができる。
【0044】
本発明の細胞シートは、セマフォリン3A存在下で培養され、角膜内皮細胞を含む。本発明の細胞シートとしては、本発明の細胞培養方法により取得することが可能である。本発明の細胞シートは、細胞のみから成っていてもよいし、コラーゲンゲル等のスキャホールド又は移植キャリアをさらに含んだ状態としてもよい。本発明の細胞シートは、移植用の角膜組織として好適に用いることができる程度に高品質であり、従来にない極めて有用な細胞シートである。
【0045】
細胞シートが含む角膜内皮細胞の培養は、例えば、37℃、5%CO
2の条件で行うことができる。角膜内皮細胞の培養基材上での培養において、培養液中の角膜内皮細胞の濃度は、例えば、1×10
3〜6×10
3個/mlの範囲とすることができる。培養基材上で培養された角膜内皮細胞は互いに接着することで細胞シートを形成する。細胞シートを前記培養基材から剥離して移植手術に用いることができる。又は、培養基材のなかでも生体移植可能な細胞培養基材を移植キャリアとして用い、その上で角膜内皮細胞を培養して移植手術に用いても良い。培養期間は、細胞の増殖の程度により適宜定めればよいが、1〜3週間程度とすることができる。移植手術は従来のドナー由来の角膜移植手術と同様の方法により行うことができる。
前記培養基材としては、細胞培養用であれば特に限定されないが、例えば、フィブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸、アルギン酸、ラミニン等の天然物由来の高分子材料、ポリスチレン、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン等の合成高分子材料、ポリ乳酸、ポリグリコール酸等の生分解性高分子材料、ガラス、石英、ハイドロキシアパタイト等の無機材料、羊膜等が挙げられる。
細胞シートにおける角膜内皮細胞密度は、細胞シートを形成可能な程度であれば特に限定されず、前記角膜内皮細胞密度は1.0×10
4〜5.0×10
6cells/cm
2の範囲であることが好ましく、1.0×10
5〜1.0×10
6cells/cm
2の範囲であることがより好ましい。角膜内皮細胞が移植先の眼内で良好に機能可能な密度であることが好ましい。
細胞シートは角膜移植に好適に用いることができる。細胞シートの厚みは、特に制限されないが、移植片として用いることができる程度の厚みであることが好ましい。したがって、細胞シートの厚みは角膜の厚みと同程度であることが好ましく、角膜内皮の層の厚みと同程度であることがより好ましい。より具体的には、細胞シートの厚みは10〜200μmの範囲であることが好ましく、10〜100μmの範囲であることが好ましく、15〜50μmの範囲であることが好ましい。
【実施例】
【0046】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
≪in vitro≫
以下のin vitro実験で使用したSema3Aは、Recombinant Human Semaphorin 3A/Fc Chimera(R&D Systems社製)である。
<培養実験1>
Sema3A存在下でのヒト角膜内皮細胞の培養を行った。
(Sema3A群)
6cmウェル底面に150個(7.5/cm
2)の角膜内皮プライマリ細胞を、Sema3Aを含むDMEM Low Glucoseメディウム入りのウェル底面に播種し、37℃インキュベーター内で25日間培養した。メディウムはSema3Aを100 ng/mLの濃度で含むよう作製した。角膜内皮プライマリ細胞はSight Life 又は Rocky Mountain Lions Eye Bankから入手した。
(コントロール群)
Sema3Aを含まないメディウムを用いた以外は、上記Sema3A群と同様にしてヒト角膜内皮細胞を25日間培養した。
【0048】
25日間培養の後、血球計算盤を用いて細胞数を計測した。結果を
図1に示す。Sema3A群の培養25日後の細胞個数は、コントロール群の細胞個数よりもが有意に増加していた。このことから、Sema3Aが角膜内皮細胞の増殖を促進する効果を有することが分かる。細胞増殖速度も正常細胞の増殖速度の範囲であることから高い安全性が示された。
【0049】
<培養実験2−1>
従来用いられている角膜内皮細胞培養補助剤とSema3Aとの、ヒト角膜内皮細胞に対する効果について比較した。
(Sema3A-10 群)
1mLあたり10ngのSema3Aを含むDMEM Low Glucoseメディウム入りの6ウェルプレート底面に、細胞密度4000/cm
2で3〜4回継代後の角膜内皮細胞を播種し、37℃インキュベーター内で培養した。
(Sema3A-100 群)
1mLあたり100ngのSema3Aを含むメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A-10 群)と同様して培養を行った。
(Sema3A-1000 群)
1mLあたり1000ngのSema3Aを含むメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A-10 群)と同様にして培養を行った。
(ROCK阻害剤群)
Sema3Aに代えて、メディウムあたり10μMのROCK阻害剤(Y-27632)を胞培養補助剤として用いた以外は、前記(Sema3A-10 群)と同様にして培養を行った。
(ASC群)
Sema3Aに代えてメディウムあたり0.3mMのアスコルビン酸−2−リン酸を胞培養補助剤として用いた以外は、前記(Sema3A-10 群)と同様にして培養を行った。
(コントロール群)
Sema3A及び他の細胞培養補助剤を含まないメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A-10 群)と同様にして培養を行った。
【0050】
各培養補助剤とSema3Aとでヒト角膜内皮細胞に対する細胞増殖促進効果について比較した。コントロール群、ASC群、Sema3A-10 群、Sema3A-100 群、Sema3A-1000 群、Rock阻害剤群について、培養開始から3日後、及び培養開始から6日後時点での細胞数を、血球計算盤を用いて計測した。
【0051】
結果を
図2に示す。培養開始から3日後及び培養開始から6日後のいずれの時点においても、Rock阻害剤群、Sema3A-10 群では、角膜内皮細胞の増殖速度はコントロール群と同等であった。対して、アスコルビン酸−2−リン酸群、Sema3A-100 群、Sema3A-1000 群では、角膜内皮細胞の増殖速度はコントロール群に比べ格段に向上していた。
【0052】
<培養実験2−2>
従来用いられている角膜内皮細胞培養補助剤とSema3Aとの、ヒト角膜内皮細胞に対する細胞増殖促進効果について比較した。
(Sema3A-100 群)
1mLあたり100ngのSema3Aを含むDMEM Low Glucoseメディウム入りの12ウェルプレート底面に、細胞密度4000/cm
2で3〜4回継代後の角膜内皮細胞を播種し、37℃インキュベーター内で培養した。
(Sema3A-300 群)
1mLあたり300ngのSema3Aを含むメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A 100 群)と同様して培養を行った。
(Sema3A-1000 群)
1mLあたり1000ngのSema3Aを含むメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A-100 群)と同様して培養を行った。
(ASC 群)
Sema3Aに代えてメディウムあたり0.3mMのアスコルビン酸−2−リン酸を細胞培養補助剤として用いた以外は、前記(Sema3A-100 群)と同様にして培養を行った。
(Sema3A-100 + ASC群)
1mLあたり100ngのSema3A及び0.3mMのアスコルビン酸−2−リン酸を含むメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A-100 群)と同様して培養を行った。
(Sema3A-1000 + ASC群)
1mLあたり1000ngのSema3A及び0.3mMのアスコルビン酸−2−リン酸を含むメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A-100 群)と同様して培養を行った。
(コントロール群)
Sema3A及び他の細胞培養補助剤を含まないメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A-100 群)と同様にして培養を行った。
【0053】
Sema3A-100 群、Sema3A-300 群、Sema3A-1000 群、ASC群、Sema3A-100+ASC 群、Sema3A-1000+ASC 群、コントロール群について、培養開始から3日後(12wellプレート)時点での細胞数を、血球計算盤を用いて計測した。
【0054】
結果を
図3に示す。Sema3A、アスコルビン酸−2−リン酸、Sema3A及びアスコルビン酸−2−リン酸使用のいずれの場合も、コントロール群と比べて細胞数が顕著に増大していた。
【0055】
<細胞状態確認>
次に、<細胞培養実験2−1>でのコントロール群、ASC群、Sema3A-100 群、Rock阻害剤群における培養12時間後の角膜内皮細胞の様子を
図4に示す。
Rock阻害剤群及びASC群では、角膜内皮細胞の形態及び大きさが不規則であり、偽足を形成している細胞も多く見られた。また、タイトジャンクションの形成状態、細胞接着状態はやや不良であった。
一方、Sema3A-100 群では、角膜内皮細胞の形態及び大きは敷石状であって規則性に優れ、偽足を形成している細胞は少なく細胞形態も良好であった。また、細胞同士の接着状態も良好であった。
Sema3A-100 群の角膜内皮細胞の形態は、今回検討した従来用いられている角膜内皮細胞培養補助剤を使用した群と比較して、本来の角膜内皮細胞の状態に最も近い形態を示していた。また、タイトジャンクションの形成が良好であることから、角膜内皮細胞の重要な機能であるバリアー機能とポンプ機能にも優れることが推察される。
【0056】
以上のことから、アスコルビン酸−2−リン酸を投与することにより、ヒト角膜内皮細胞の増殖速度を向上させることができるが、それにより生産される細胞状態はSema3Aを投与した場合の方が優れることが判明した。Sema3Aを用いることでヒト角膜内皮細胞を、本来の角膜内皮細胞に近い状態でより早く培養することが可能である。また、Sema3A存在下でヒト角膜内皮細胞を培養することにより、高品質なヒト角膜内皮細胞の細胞シートを、高い生産性で得られることが示された。
【0057】
<培養実験3>
Sema3A存在下でのヒト角膜内皮細胞のWound healing(創傷治癒)実験を行った。
(Sema3A群)
3〜4回継代後の角膜内皮細胞を、4000/cm
2の細胞密度でSema3Aを含むDMEM Low Glucoseメディウム入りのウェル底面に播種し、37℃インキュベーター内で5日間培養した。メディウムは、Sema3Aを1mLあたり100ng/mlの濃度で含むよう作製した。ウェル底面から円状に細胞を削り取り、底面を露出させた(
図5(a))。その後培養を継続し、底面を露出させてから3日後の細胞の状態を観察した。
(コントロール群)
Sema3A及び他の細胞培養補助剤を含まないメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A群)と同様にして培養を行った。
【0058】
コントロール群のヒト角膜内皮細胞の様子を
図5(b)に示す。
図5(b)に示されるように、底面を円状に露出させた領域内では細胞がまばらに点在し、特に領域の中央部分では、底面が露出したままであった。
Sema3A群のヒト角膜内皮細胞の様子を
図5(c)に示す。
図5(c)に示されるように、底面を円状に露出させた領域全体がヒト角膜内皮細胞で覆われていた。
このことから、Sema3Aを用いることで、ヒト角膜内皮細胞の増殖及び遊走が促進されることが明らかとなった。
【0059】
<培養実験4>
さらに、角膜内皮細胞培養補助剤とSema3Aとで、ヒト角膜内皮細胞のWound healing(創傷治癒)の比較実験を行った。
(Sema3A群)
3〜4回継代後の角膜内皮細胞を、4000/cm
2の細胞密度でSema3Aを含むDMEM Low Glucoseメディウム入りのウェル底面に播種し、37℃インキュベーター内で24時間培養した。メディウムは、Sema3Aを1mLあたり100ng/mlの濃度で含むよう作製した。培養後、ウェル底面から帯状に細胞を削り取り、底面を露出させた(
図6(Wound healing))。その後培養を継続し、底面を露出させてから24時間後の細胞の状態を観察した。
(ROCK阻害剤群)
Sema3Aに代えて、メディウムあたり10μMのROCK阻害剤(Y-27632)を胞培養補助剤として用いた以外は、前記(Sema3A群)と同様にして培養を行った。
(ASC群)
Sema3Aに代えてメディウムあたり0.3mMのアスコルビン酸−2−リン酸を胞培養補助剤として用いた以外は、前記(Sema3A群)と同様にして培養を行った。
(Sema3A+ ASC群)
1mLあたり100ngのSema3A及び0.3mMのアスコルビン酸−2−リン酸を含むメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A群)と同様して培養を行った。(コントロール群)
Sema3A及び他の胞培養補助剤を含まないメディウムを用いた以外は、前記(Sema3A群)と同様にして培養を行った。
【0060】
コントロール群のヒト角膜内皮細胞の様子を
図6(Ctrl)に示す。底面を帯状に露出させた領域内では細胞密度が低く、特に領域の中央部分では、底面が露出したままであった。
ROCK阻害剤群のヒト角膜内皮細胞の様子を
図6(ROCK阻害剤)に示す。底面を帯状に露出させた領域内では細胞密度が低く、特に領域の中央部分では、底面が露出したままであった。
ASC群のヒト角膜内皮細胞の様子を
図6(ASC)に示す。底面を帯状に露出させた領域全体がヒト角膜内皮細胞で覆われていた。ただし、細胞の形態及び大きさにばらつきが見られた。
Sema3A群のヒト角膜内皮細胞の様子を
図6(Sema3A)に示す。底面を帯状に露出させた領域全体がヒト角膜内皮細胞で覆われていた。細胞の形態及び大きさは均一であった。
Sema3A+ASC群のヒト角膜内皮細胞の様子を
図6(Sema3A+ASC)に示す。底面を帯状に露出させた領域全体がヒト角膜内皮細胞で覆われていた。細胞の形態及び大きさは均一であった。
【0061】
各群のWound healingの速度を
図7に示す。
図7のグラフの縦軸は、帯状に露出させた領域における底面の露出面積である。最初の露出面積を100%として示し、領域全体が細胞で覆われた状態が0%である。
図7のグラフから、Sema3A、アスコルビン酸−2−リン酸、並びにSema3A及びアスコルビン酸−2−リン酸を用いることで、ヒト角膜内皮細胞の増殖及び遊走が促進されることが明らかとなった。従来の培養細胞補助剤とSema3Aとを比較すると、Sema3AのWound healing速度が最も優れていた。
【0062】
≪in vivo≫
以下のin vivo実験で使用したSema3Aは、Recombinant Mouse Semaphorin 3A/Fc Chimera(R&D Systems社製)である。
<紫外線角膜炎の予防及び/又は治療実験>
(Sema3A投与群)
対象動物として、C57BL6マウス(白色、4週齢オス、各群N=8)を用いて実験を行った。紫外線角膜炎症を誘起させるため、麻酔後のマウスの眼に、UVランプでUV−A 3.9 Jを1回/2日(計5回、第0,2,4,6,8日目)照射した。各UV−A照射後にSema3A(100ng/ml又は300ng/ml)を含むPBS2μlを結膜下注射した。10日目に前眼部写真撮影、眼球摘出を行った。
(コントロール群)
Sema3Aを含まないPBSを結膜下注射した以外は、前記Sema3A投与群と同様にして実験を行った。
【0063】
<角膜の状態確認>
実験開始後10日目のマウス前眼部の写真を
図8に示す。コントロール群では新生血管の形成が確認され、瘢痕面積は>100ng/ml群であった。対して、Sema3A投与群では、新生血管の形成及び瘢痕は確認されず、角膜透明性も良好であった。
【0064】
Whole mount法により角膜組織を染色した。
まず、アリザリンレッド染色を行い、角膜内皮細胞を観察した。写真を
図9に示す。コントロール群では新生血管の形成及び細胞脱落が確認された。Sema3A投与群では細胞配列の状態は良好であった。新生血管の形成及び細胞脱落はほとんど観察されなかった。
【0065】
次に、ブロモデオキシウリジン(BrdU)免疫染色により、組織中の細胞分裂を検出した。染色結果を
図10に示す。UV照射により炎症が誘起されたと考えられる部分(
図10中破線内側部分)を比較すると、Sema3A投与群の角膜組織では、コントロール群に比べて明確な蛍光シグナルが観察され、細胞増殖が確認された。
同様にDAPIによる核染色の結果、Sema3A投与群の角膜組織では、コントロール群に比べて明確な蛍光シグナルが観察され、角膜内皮組織の修復が確認された。
【0066】
以上の結果より、Sema3Aは角膜における細胞増殖を促進させ、紫外線による角膜の損傷を修復させる働きがあることが示唆された。in vivoでのSema3A投与により紫外線角膜炎の予防及び/又は治療が行われたことが示された。